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第七章
閑話:青年ロイドの想いの行き先(前編)
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最初に出会った時、正直苦手なタイプだなと思った事を覚えている。
他人の顔色ばかりを窺って、言いたい事も言わず言葉を飲み込み、誰かの後ろに隠れている臆病者、それが俺のコタローへの第一印象だった。
タケルと同郷だというコタローはあまり見かける事のない衣服を身に纏い、最初はタケルにべったりと引っ付いていたので、俺はそれだけで少し苛ついていた。
タケルとよく似た暗い髪色、けれどそれはタケルの色とは違っていて陽の下に居ても輝きもしない漆黒だ。
タケルの髪色は限りなく黒に近くはあったが、タケルの色は日に透かすとまるで瑠璃色の宝石のように青く輝く。それに比べてコタローの黒は何処をどう見ても黒以外の色を見つけられない。別に黒がダメだと言うつもりはないけれど、それはコタローの性格と相まって陰気臭いという印象を持たざるを得なかった。
俺は最初、そんなコタローと仲良くするつもりなどさらさらなかった。タケルが連れて行くというから仲間にはなったけれど、俺は正直またライバルが増えたとしか思わなかったからだ。
俺達のパーティーは基本的にタケルを中心に動いていて、コタローもタケルの一存で仲間になった。なので当然コタローもルーファウスさん達のようにタケルにべったりになるのだろうと思っていたのだ。
タケルには人誑しの才がある。出会う人誰もかれもが彼を好きになる、それは俺も同じで、最初は散々反発していたのに何故かいつの間にか惚れていた。
タケルはいつでも誰かに囲まれていて、俺はそんなタケルの取り巻きの一人でしかなく、コタローの存在はその取り巻きがまた一人増えたな、というそれだけだったのだ。
けれど俺の予想に反して何故かコタローはタケルと共にいる事よりも俺を選ぶ事が増えていった。まあ、それに関して理由がない訳ではない。
どうやらコタローはルーファウスさんが苦手なようなのだ。正直俺だってルーファウスさんは得意ではないのでその気持ちはわかる。
ルーファウスさんはタケルの取り巻きの中でも一番のタケル過激派で信奉者なのだ、そんな彼の言動は時に常軌を逸している事もあるのだけれど、そんな彼を疎む事もなく、さらりとその言動を受け流し従わせるタケルの手腕は凄いと常々俺は思っているくらいだ。
タケルには常にルーファウスさんがついて回っている、そんな彼を苦手とするコタローは必然的に歳の近い俺に付いてくる事が増えて、いつしか俺はコタローのお世話係のようになっていた。
俺は正直この頃少しコタローの事を煩わしいと思っていた。コタローは俺に聖剣グランバルトを押し付けるだけ押し付けて、自分は関わりたくないとどこまでも逃げ腰だったからだ。
アランさんとルーファウスさんは大人で高ランクの冒険者だ。そんな二人と肩を並べてタケルはどんどん俺を置いて前へと進んでいく。
俺はそんな彼らに付いて行こうと必死で追いかけているというのに、コタローはまるで俺の足を引っ張るように俺に纏わりつくのだ。本当に煩わしくて仕方がなかった。
意気地なしの臆病者、俺のコタローに対する第一印象はそんな感じで、それだけだったら俺はコタローをもっと邪険に扱っていたと思う。けれどコタローは何故かパーティメンバーの中で俺を一番に頼ってきていて俺はそんな彼を無下に扱う事は出来なかった。
コタローにとって頼りにするのが何故『俺』だったのか俺はいまだに分からない。何故なら当時俺はパーティーの中では一番のみそっかすだったから。
ルーファウスさんが怖いというのは何となく分からなくはない、ルーファウスさんは最初から怪しさ満点だったコタローを厄介者扱いしていて彼への扱いは酷かった。
けれどあの時は包容力のある頼れる大人のアランさんもおり、何より温和で人当たりのいいタケルがいたのだ、だから何故コタローが俺に懐くのか意味が分からなくて俺は多いに戸惑っていた。
けれど『自分が自立できるまで守って欲しい』とどこか哀し気な表情で懇願されてしまっては、その願いを断るなんて俺にはできなかった。
なにせ俺はそこまで他人に頼られる事がほぼなかったのだ。
幼く無知で可愛かったタケルは年齢差は変わらないのにどんどん俺を置いて魔術師としての頭角を現し、その頃には既にAランク冒険者のルーファウスさんと肩を並べていた。
ついでにタケルの実年齢が俺より遥かに年上だった事を知らされたのもこの頃で、それに気付いていなかったのは俺だけだった。
年下だと思っていたタケルは年上の包容力で俺を見守っていただけなのだと知って俺は少なからずショックを受けた。それでも俺がタケルを好きだと思う気持ちが変わる事はなかったけれど、その頃から俺にとってタケルは『守るべき対象』ではなくなっていたのだと思う。
そもそも自分より実力が上のタケルを守るという考え自体がおこがましかったのだろうけれど、それまでは俺にとってタケルは年下で守るべき存在だったのだ。
タケルには『僕の事よりも小太郎君を守ってあげて欲しい』と言われて当時の俺は不本意ながらも頷いた。それがこんなに長期に渡る約束になるとは思わなかったけれど、コタローと共に生活を始めたきっかけと言われれば結局は『タケルがそう言ったから』だったのは間違いない。
グランバルト王国の王城に残された俺達が過去を遡った理由は分からない。ただ、用意された王城の一室で時間を持て余していた俺達は何を話すでもなく二人一緒に居た。だから二人同時に過去へと飛ばされたのだろう。
その部屋には最初、聖女マツリやオロチ、そして王子様やその護衛もいたのだけれど、自由気ままな聖女様とオロチは何をするでもない時間に早々に飽きてしまったようで、大事に大事に安置される事が決定されたドラゴンの卵の元へと出向いていた。
迂闊に触れば魔力を根こそぎ奪われるドラゴンの卵ははっきりと危険物のため結界の張られた部屋を特別に用意されていて、その部屋で彼等は卵に魔力を注ぐのだ。
これには王城の魔法や魔物の研究者達も興味津々で卵の生育経過を見守っていると聞いた。けれど生憎俺はそこまでドラゴンの卵に興味はなく、それならば剣の稽古をしていた方が余程有意義だと思っていた。
コタローはそんな俺に付き合う形で部屋に残っていたのだが、正直二人でいても会話はなく、コタローは従魔にしたばかりのスライムのヒビキと戯れていて、俺はそんな彼等をちらりと盗み見しつつも素知らぬふりで無言で剣を振るっていた。
そんな時だ、突然大地が大きく揺れた。
最初は王城が攻撃でもされているのかと思った。スタンピードはいつ起こるか分からないと言われていたから、ついに魔物が攻め込んできたのかと窓から周辺を見渡したのだけれど、魔物の姿は視認できない。
けれど断続的に揺れはやって来て、コタローがいつものように俺の服の端を掴んだ、そして気付けば俺達は見知らぬ街の片隅に二人で佇んでいたのだ。
何が起こったのか分からないのに街の風景は何処までも穏やかで、動けずにいる俺達二人に気付いた街の者に「旅の人かい?」と声をかけられて、何をどう答えていいのか言葉に詰まった。
「ここ、何処ですか?」
通りがかりの街の者に尋ねてみた問いに返って来た街の名前は聞いた事も無い名前で俺達は途方に暮れるしかない。しかも何故か持っていた通貨も通用せず、買い物もできなければ宿も取れないと気付いた俺達は本格的に途方に暮れた。
「ぼ、ボク達、これからどうすれば……」
「ん~まあ、こういう時はとりあえず冒険者ギルドだな」
俺にも不安は勿論あった、突然知らない場所に二人きりだ、不安にならない方がおかしい。けれど俺はそんな不安を隠してコタローの手を引いた。コタローを守らなければとそう思ったのだ、それが俺の役目だとそう思ったから。
冒険者ギルドには色々な情報が集まってくる、その街の冒険者ギルドは酒場も兼ねているようでガラの悪い酔っ払いのいる冒険者ギルドはあまり治安は良くなさそうだった。
「すみません、ここ冒険者ギルドですよね? ちょっと聞きたい事があるんですけどいいですか?」
冒険者ギルドの受付にいたのは厳つい男性だった。今まで訪れた冒険者ギルドでは受付に立っていたのはほとんどが女性で、そうでなければいかにも事務という感じのひょろりとした男性しかいなかったので、その風体には少しばかり驚いた。
「あ? なんだ? ここは子供の遊び場じゃねぇぞ」
ガラが悪い。
冒険者というのはガラの悪い者も多いけれど、ギルドはギルドとしてそんなガラの悪い者達でも受け入れ整然としているのが当たり前の環境にいた俺はそのガラの悪さに驚きを隠せない。
実を言えば俺の両親もどちらかと言えば見た目にはガラの悪そうに見えるタイプの冒険者だ。なので見た目が強面だからと言って中身までガラが悪い者ばかりではないと分かってはいるが少々怯む。
「そんな事は分かっている、俺は少しばかり聞きたい事があると――」
「金は?」
言いかけた言葉に被せるようにして男は指で円を作り「情報には金がかかる」とにやりと笑った。
「金はない」
「ほおん、だったら話す事は何もない。帰りな、坊ちゃん」
問答無用か! 本当にここは冒険者ギルドで、こいつはギルドの受付なのかと疑いたくなるのだが、確かにそこには冒険者達が集っていて依頼掲示用のボードもかかっているのだ、ここは間違いなく冒険者ギルドだ。
「分かった。だったらまずは依頼を受けたい。適当に金になりそうな依頼をくれ」
「だから、ここは子供の遊び場じゃねぇと……」
「俺は冒険者だ!」
そう言って俺は冒険者ギルドカードをカウンターの上に叩きつけたのだが、男はソレを一瞥するだけで手に取りもしない。俺はひとつ舌打ちを打ってギルドカードを懐にしまった。
「依頼ならそこに掲示してある、勝手に見ろ」
「受付は!」
「達成証明さえ持って来ればそれでいい」
どうやらここの冒険者ギルドは俺達が今まで慣れ親しんできていた冒険者ギルドとは違うと悟った俺は「分かった」とそれだけ言って依頼書の掲示されている掲示板へと歩を進めた。
俺達二人のやり取りをただおろおろと見ていたコタローも慌てたように俺を追って来て、横並びに掲示板を眺める。
「あの、ボク、あまりよく分からないんですけど、冒険者ギルドって何処もこんな感じなんですか?」
「いいや、俺もこんなのは初めてだ。それにしても使える金がないってのは正直困る、さっさと行って今日の食い扶持くらいはどうにかしないと」
通貨は使えないとはいえ、魔物素材は金になる。タケルのマジックバッグの中には俺の分のリヴァイアサン素材も入っているので、アレが手元にあったらと思わずにはいられない。
「そういえばコタローは空間魔法が使えるんだったか?」
「え? えっと、うん。たぶん」
タケルに聞いたのだが、空間魔法にはアイテムボックスというスキルがあって、それはマジックバッグと同じように物が収納できるのだと聞いている。
俺にはそういう特殊能力も特殊な魔道具もないので羨ましい限りだ。
「だったら素材は取り放題だな。そんじゃコレとコレいくか」
俺は掲示板から薬草の採取と魔物討伐の二枚の依頼書を剥がして「行くぞ」とコタローを促した。
そんな俺達を受付の男はニヤニヤしたような顔で見ているのだが本当に感じが悪い。
「あの、ロイドさん……ボク、あまりお役に立てないとは思うんですけど、お手伝い、頑張ってみますので、よろしくお願いします!」
「はは、この程度ならそこまで難しい依頼じゃないし、俺一人でもどうにかなる。なんならコタローはここで待っててもらっても――」
「い、嫌です!」
思いがけず力強く拒否られた。
「ひ、一人は、嫌です」
ああそうか、一人で留守番は心細いのか。
「この街そこまで治安悪くはなさそうだし、一人でも大丈夫だとは思うけど。まあそういう事なら仕方ないか。いざという時、自分の身くらいは守れそうか?」
「えっと……頑張り、ます」
心許ない。
俺は近場でとりあえず簡単に出来そうな依頼書を剥がしてきた訳だが、実際のところコタローはどの程度戦えるのだろうか?
一人で彷徨っていた時期も多少はあるという話だし、戦えない事はないのだろうけど俺はコタローが戦っている姿を見た事はない。
「魔法は使えるんだったか?」
「そうらしいですけど、まだほとんど使った事ない、です」
う~ん、これはどうなんだろうか? 本当に連れて行って大丈夫か?
そんな事を考えていると、コタローの服のポケットからひょこりとスライムが顔を覗かせる。ああ、そういえばこいつが居たな。
「お前もスライム結界ってできるのか?」
俺の問いには当たり前だがスライムからの返事はない。
けれどそのスライムと従魔契約をしているコタローにはそんなスライムの返事が聞こえたのだろう「あの、できる、って言ってます」と、コタローが返事をくれた。
「よし分かった。だったらコタローが危ない時にはお前がご主人様を守るんだぞ」
そう言って俺がそのヒビキと名付けられたスライムの頭を指で撫でると、ヒビキは任せろとばかりに伸び縮みを繰り返す。
なにせタケルの従魔のライムとの付き合いもそこそこ長い俺なので、なんとなくその動きでスライムの言わんとする事は察する事が出来るようになっていた。
ライムはタケルにべったりで俺に懐く事はなかったけれど、ヒビキは俺の撫でた指に身を摺り寄せるようにすりすりと甘えてくる。
ライムを可愛がっているタケルには悪いのだが今まで俺はスライムを可愛いとは思った事もなかったのに(なにせライムは凶悪なほどに強く、『可愛い』よりも『末恐ろしい』の方が先に立ってしまうので)ヒビキに関しては思わず可愛いなと思ってしまった。
他人の顔色ばかりを窺って、言いたい事も言わず言葉を飲み込み、誰かの後ろに隠れている臆病者、それが俺のコタローへの第一印象だった。
タケルと同郷だというコタローはあまり見かける事のない衣服を身に纏い、最初はタケルにべったりと引っ付いていたので、俺はそれだけで少し苛ついていた。
タケルとよく似た暗い髪色、けれどそれはタケルの色とは違っていて陽の下に居ても輝きもしない漆黒だ。
タケルの髪色は限りなく黒に近くはあったが、タケルの色は日に透かすとまるで瑠璃色の宝石のように青く輝く。それに比べてコタローの黒は何処をどう見ても黒以外の色を見つけられない。別に黒がダメだと言うつもりはないけれど、それはコタローの性格と相まって陰気臭いという印象を持たざるを得なかった。
俺は最初、そんなコタローと仲良くするつもりなどさらさらなかった。タケルが連れて行くというから仲間にはなったけれど、俺は正直またライバルが増えたとしか思わなかったからだ。
俺達のパーティーは基本的にタケルを中心に動いていて、コタローもタケルの一存で仲間になった。なので当然コタローもルーファウスさん達のようにタケルにべったりになるのだろうと思っていたのだ。
タケルには人誑しの才がある。出会う人誰もかれもが彼を好きになる、それは俺も同じで、最初は散々反発していたのに何故かいつの間にか惚れていた。
タケルはいつでも誰かに囲まれていて、俺はそんなタケルの取り巻きの一人でしかなく、コタローの存在はその取り巻きがまた一人増えたな、というそれだけだったのだ。
けれど俺の予想に反して何故かコタローはタケルと共にいる事よりも俺を選ぶ事が増えていった。まあ、それに関して理由がない訳ではない。
どうやらコタローはルーファウスさんが苦手なようなのだ。正直俺だってルーファウスさんは得意ではないのでその気持ちはわかる。
ルーファウスさんはタケルの取り巻きの中でも一番のタケル過激派で信奉者なのだ、そんな彼の言動は時に常軌を逸している事もあるのだけれど、そんな彼を疎む事もなく、さらりとその言動を受け流し従わせるタケルの手腕は凄いと常々俺は思っているくらいだ。
タケルには常にルーファウスさんがついて回っている、そんな彼を苦手とするコタローは必然的に歳の近い俺に付いてくる事が増えて、いつしか俺はコタローのお世話係のようになっていた。
俺は正直この頃少しコタローの事を煩わしいと思っていた。コタローは俺に聖剣グランバルトを押し付けるだけ押し付けて、自分は関わりたくないとどこまでも逃げ腰だったからだ。
アランさんとルーファウスさんは大人で高ランクの冒険者だ。そんな二人と肩を並べてタケルはどんどん俺を置いて前へと進んでいく。
俺はそんな彼らに付いて行こうと必死で追いかけているというのに、コタローはまるで俺の足を引っ張るように俺に纏わりつくのだ。本当に煩わしくて仕方がなかった。
意気地なしの臆病者、俺のコタローに対する第一印象はそんな感じで、それだけだったら俺はコタローをもっと邪険に扱っていたと思う。けれどコタローは何故かパーティメンバーの中で俺を一番に頼ってきていて俺はそんな彼を無下に扱う事は出来なかった。
コタローにとって頼りにするのが何故『俺』だったのか俺はいまだに分からない。何故なら当時俺はパーティーの中では一番のみそっかすだったから。
ルーファウスさんが怖いというのは何となく分からなくはない、ルーファウスさんは最初から怪しさ満点だったコタローを厄介者扱いしていて彼への扱いは酷かった。
けれどあの時は包容力のある頼れる大人のアランさんもおり、何より温和で人当たりのいいタケルがいたのだ、だから何故コタローが俺に懐くのか意味が分からなくて俺は多いに戸惑っていた。
けれど『自分が自立できるまで守って欲しい』とどこか哀し気な表情で懇願されてしまっては、その願いを断るなんて俺にはできなかった。
なにせ俺はそこまで他人に頼られる事がほぼなかったのだ。
幼く無知で可愛かったタケルは年齢差は変わらないのにどんどん俺を置いて魔術師としての頭角を現し、その頃には既にAランク冒険者のルーファウスさんと肩を並べていた。
ついでにタケルの実年齢が俺より遥かに年上だった事を知らされたのもこの頃で、それに気付いていなかったのは俺だけだった。
年下だと思っていたタケルは年上の包容力で俺を見守っていただけなのだと知って俺は少なからずショックを受けた。それでも俺がタケルを好きだと思う気持ちが変わる事はなかったけれど、その頃から俺にとってタケルは『守るべき対象』ではなくなっていたのだと思う。
そもそも自分より実力が上のタケルを守るという考え自体がおこがましかったのだろうけれど、それまでは俺にとってタケルは年下で守るべき存在だったのだ。
タケルには『僕の事よりも小太郎君を守ってあげて欲しい』と言われて当時の俺は不本意ながらも頷いた。それがこんなに長期に渡る約束になるとは思わなかったけれど、コタローと共に生活を始めたきっかけと言われれば結局は『タケルがそう言ったから』だったのは間違いない。
グランバルト王国の王城に残された俺達が過去を遡った理由は分からない。ただ、用意された王城の一室で時間を持て余していた俺達は何を話すでもなく二人一緒に居た。だから二人同時に過去へと飛ばされたのだろう。
その部屋には最初、聖女マツリやオロチ、そして王子様やその護衛もいたのだけれど、自由気ままな聖女様とオロチは何をするでもない時間に早々に飽きてしまったようで、大事に大事に安置される事が決定されたドラゴンの卵の元へと出向いていた。
迂闊に触れば魔力を根こそぎ奪われるドラゴンの卵ははっきりと危険物のため結界の張られた部屋を特別に用意されていて、その部屋で彼等は卵に魔力を注ぐのだ。
これには王城の魔法や魔物の研究者達も興味津々で卵の生育経過を見守っていると聞いた。けれど生憎俺はそこまでドラゴンの卵に興味はなく、それならば剣の稽古をしていた方が余程有意義だと思っていた。
コタローはそんな俺に付き合う形で部屋に残っていたのだが、正直二人でいても会話はなく、コタローは従魔にしたばかりのスライムのヒビキと戯れていて、俺はそんな彼等をちらりと盗み見しつつも素知らぬふりで無言で剣を振るっていた。
そんな時だ、突然大地が大きく揺れた。
最初は王城が攻撃でもされているのかと思った。スタンピードはいつ起こるか分からないと言われていたから、ついに魔物が攻め込んできたのかと窓から周辺を見渡したのだけれど、魔物の姿は視認できない。
けれど断続的に揺れはやって来て、コタローがいつものように俺の服の端を掴んだ、そして気付けば俺達は見知らぬ街の片隅に二人で佇んでいたのだ。
何が起こったのか分からないのに街の風景は何処までも穏やかで、動けずにいる俺達二人に気付いた街の者に「旅の人かい?」と声をかけられて、何をどう答えていいのか言葉に詰まった。
「ここ、何処ですか?」
通りがかりの街の者に尋ねてみた問いに返って来た街の名前は聞いた事も無い名前で俺達は途方に暮れるしかない。しかも何故か持っていた通貨も通用せず、買い物もできなければ宿も取れないと気付いた俺達は本格的に途方に暮れた。
「ぼ、ボク達、これからどうすれば……」
「ん~まあ、こういう時はとりあえず冒険者ギルドだな」
俺にも不安は勿論あった、突然知らない場所に二人きりだ、不安にならない方がおかしい。けれど俺はそんな不安を隠してコタローの手を引いた。コタローを守らなければとそう思ったのだ、それが俺の役目だとそう思ったから。
冒険者ギルドには色々な情報が集まってくる、その街の冒険者ギルドは酒場も兼ねているようでガラの悪い酔っ払いのいる冒険者ギルドはあまり治安は良くなさそうだった。
「すみません、ここ冒険者ギルドですよね? ちょっと聞きたい事があるんですけどいいですか?」
冒険者ギルドの受付にいたのは厳つい男性だった。今まで訪れた冒険者ギルドでは受付に立っていたのはほとんどが女性で、そうでなければいかにも事務という感じのひょろりとした男性しかいなかったので、その風体には少しばかり驚いた。
「あ? なんだ? ここは子供の遊び場じゃねぇぞ」
ガラが悪い。
冒険者というのはガラの悪い者も多いけれど、ギルドはギルドとしてそんなガラの悪い者達でも受け入れ整然としているのが当たり前の環境にいた俺はそのガラの悪さに驚きを隠せない。
実を言えば俺の両親もどちらかと言えば見た目にはガラの悪そうに見えるタイプの冒険者だ。なので見た目が強面だからと言って中身までガラが悪い者ばかりではないと分かってはいるが少々怯む。
「そんな事は分かっている、俺は少しばかり聞きたい事があると――」
「金は?」
言いかけた言葉に被せるようにして男は指で円を作り「情報には金がかかる」とにやりと笑った。
「金はない」
「ほおん、だったら話す事は何もない。帰りな、坊ちゃん」
問答無用か! 本当にここは冒険者ギルドで、こいつはギルドの受付なのかと疑いたくなるのだが、確かにそこには冒険者達が集っていて依頼掲示用のボードもかかっているのだ、ここは間違いなく冒険者ギルドだ。
「分かった。だったらまずは依頼を受けたい。適当に金になりそうな依頼をくれ」
「だから、ここは子供の遊び場じゃねぇと……」
「俺は冒険者だ!」
そう言って俺は冒険者ギルドカードをカウンターの上に叩きつけたのだが、男はソレを一瞥するだけで手に取りもしない。俺はひとつ舌打ちを打ってギルドカードを懐にしまった。
「依頼ならそこに掲示してある、勝手に見ろ」
「受付は!」
「達成証明さえ持って来ればそれでいい」
どうやらここの冒険者ギルドは俺達が今まで慣れ親しんできていた冒険者ギルドとは違うと悟った俺は「分かった」とそれだけ言って依頼書の掲示されている掲示板へと歩を進めた。
俺達二人のやり取りをただおろおろと見ていたコタローも慌てたように俺を追って来て、横並びに掲示板を眺める。
「あの、ボク、あまりよく分からないんですけど、冒険者ギルドって何処もこんな感じなんですか?」
「いいや、俺もこんなのは初めてだ。それにしても使える金がないってのは正直困る、さっさと行って今日の食い扶持くらいはどうにかしないと」
通貨は使えないとはいえ、魔物素材は金になる。タケルのマジックバッグの中には俺の分のリヴァイアサン素材も入っているので、アレが手元にあったらと思わずにはいられない。
「そういえばコタローは空間魔法が使えるんだったか?」
「え? えっと、うん。たぶん」
タケルに聞いたのだが、空間魔法にはアイテムボックスというスキルがあって、それはマジックバッグと同じように物が収納できるのだと聞いている。
俺にはそういう特殊能力も特殊な魔道具もないので羨ましい限りだ。
「だったら素材は取り放題だな。そんじゃコレとコレいくか」
俺は掲示板から薬草の採取と魔物討伐の二枚の依頼書を剥がして「行くぞ」とコタローを促した。
そんな俺達を受付の男はニヤニヤしたような顔で見ているのだが本当に感じが悪い。
「あの、ロイドさん……ボク、あまりお役に立てないとは思うんですけど、お手伝い、頑張ってみますので、よろしくお願いします!」
「はは、この程度ならそこまで難しい依頼じゃないし、俺一人でもどうにかなる。なんならコタローはここで待っててもらっても――」
「い、嫌です!」
思いがけず力強く拒否られた。
「ひ、一人は、嫌です」
ああそうか、一人で留守番は心細いのか。
「この街そこまで治安悪くはなさそうだし、一人でも大丈夫だとは思うけど。まあそういう事なら仕方ないか。いざという時、自分の身くらいは守れそうか?」
「えっと……頑張り、ます」
心許ない。
俺は近場でとりあえず簡単に出来そうな依頼書を剥がしてきた訳だが、実際のところコタローはどの程度戦えるのだろうか?
一人で彷徨っていた時期も多少はあるという話だし、戦えない事はないのだろうけど俺はコタローが戦っている姿を見た事はない。
「魔法は使えるんだったか?」
「そうらしいですけど、まだほとんど使った事ない、です」
う~ん、これはどうなんだろうか? 本当に連れて行って大丈夫か?
そんな事を考えていると、コタローの服のポケットからひょこりとスライムが顔を覗かせる。ああ、そういえばこいつが居たな。
「お前もスライム結界ってできるのか?」
俺の問いには当たり前だがスライムからの返事はない。
けれどそのスライムと従魔契約をしているコタローにはそんなスライムの返事が聞こえたのだろう「あの、できる、って言ってます」と、コタローが返事をくれた。
「よし分かった。だったらコタローが危ない時にはお前がご主人様を守るんだぞ」
そう言って俺がそのヒビキと名付けられたスライムの頭を指で撫でると、ヒビキは任せろとばかりに伸び縮みを繰り返す。
なにせタケルの従魔のライムとの付き合いもそこそこ長い俺なので、なんとなくその動きでスライムの言わんとする事は察する事が出来るようになっていた。
ライムはタケルにべったりで俺に懐く事はなかったけれど、ヒビキは俺の撫でた指に身を摺り寄せるようにすりすりと甘えてくる。
ライムを可愛がっているタケルには悪いのだが今まで俺はスライムを可愛いとは思った事もなかったのに(なにせライムは凶悪なほどに強く、『可愛い』よりも『末恐ろしい』の方が先に立ってしまうので)ヒビキに関しては思わず可愛いなと思ってしまった。
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本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。
こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
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2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
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スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
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小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
ちっちゃくなった俺の異世界攻略
鮨海
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あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた!
精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!
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