童貞のまま40を超えた僕が魔法使いから○○になった話

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第六章

エルフの女王フレデリカ

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 仏頂面の青年エルフ、恐らく名前は「アル」さん。次代様と呼ばれていたのは恐らく彼がこの集落のトップである女王様の婚約者だからなのだと僕は推測する。
 今から僕はフレデリカ様という人の元に連れて行かれるらしいのだけれど、誰なんだろうな、フレデリカ様。

「お前……」

 不意に次代様に声をかけられ、僕は彼の方を向く。やっぱりこの人、綺麗な顔立ちしているよな。兄であるペリトスさんがあまりにも小汚かったのでその美しさが際立つようだ。
 ついでにやっぱりちょっとルーファウスに似てる。

「お前、兄となんの話をしていた?」
「え? えっと、魔法の話とか、この集落の話とか、ですかね」
「それで何で、兄の身の振り方の話になってんだ? お前、兄をこの里から連れ出す気か? 確かに兄は前々からこの里から出たいとは言っていたが……」
「え!? 僕はそんなつもりは全然ないですよ! ただ会話の流れでそういう話になっただけで、連れ出そうとか僕は思ってませんから!」

 思わず「僕は」に力を込めてしまう。だってペリトスさんがどう考えているのかは僕の知る所ではないし、確かに彼はこの里では居心地が悪いような事を言っていた。だけど、僕がそれを扇動しようとしていると思っているのならそれは大きな勘違いだ。
 次代様は僕の返答に「そうか」と一言頷いてから声を潜めるようにして「兄を連れて行くのなら、私も一緒に連れていけ」とそっぽを向くようにしてぽそりと呟いた。
 僕はそんな彼の台詞に驚いて彼の横顔をまじまじと眺めてしまったのだけれど、そんな僕に彼は「冗談だ、誰にも言うなよ」と、やはり視線を合わせずにそう返してきた。

「えっと……はい」

 何に対して「誰にも言うなよ」なのかよく分からなのだけれど、とりあえず今の会話は誰にも言うなという事なのだろうと判断して僕は頷く。
 何となく面倒くさい事情がありそうな予感しかしない。
 僕はあまり首を突っ込まぬが吉だろうと口を閉ざし、彼に導かれるままに里の中を進んでいく。
 里の中からはどこからでも大きな聖樹がよく見える、というかこの里自体がまるで聖樹に護られているかのように緑に覆われている。
 進む道や建物は全て聖樹やその周りの樹々を自然のままに活用したような建物で正に聖樹と共存しているように僕には見える。
 建物は聖樹の枝や葉が使われているのか薄く発光していてとても幻想的だ。

「とても綺麗ですね」

 そんな里の建築物の造形美に思わず出た僕の言葉だったのだけど、次代様は「そうか?」と、やはりそっけない。
 見慣れている人にはこの神秘的な光景もただの日常風景なのだろうなと思うと、何故だか少し勿体ないなと僕は思ってしまった。
 連れて行かれた先、そこは聖樹のほぼ真下、小さいながらも雰囲気的には神殿のような佇まいの木造建築は壁すらもうっすらと発光していて建物自体が魔力に満ちているのがよく分かる。

「フレデリカ様、連れてきました」
「うむ、入れ」

 その部屋に扉はない。蔓で作ったと思われる簾のような物が下がっているだけで、建物の造りはとてもシンプルだ。
 簾をくぐって部屋へ入ると一番に目に飛び込んでくるのは祭壇のような造形物とそこに泰然と腰掛けている恐ろしい程に顔立ちの整った美女だった。
 彼女の髪はとても長く、恐らく立って歩いても引きずってしまうほどの長さだと思う。そんな彼女の髪の毛が祭壇いっぱいに広がっていてキラキラと輝いている。
 纏っているのは今にも中が透けて見えてしまいそうな程の薄絹で、彼女の曲線美を際立たせている。年齢は二十後半から三十前半くらいの年齢に見えるけれど、エルフの年齢は見た目では分からないので正確な数字はさっぱりだ。
 彼女の脇にはこれまた美しい男性エルフが侍っており、彼女の持つグラスにキラキラとした黄金色の液体を注いでいた。
 何と言うか言葉が出ない、ビジュアルが異次元過ぎてまさに神々しいの一言に尽きる。

「ふむ、お前が森への侵入者か」

 僕がぼんやりと彼女の美しさに見惚れていると、注がれた液体をグラスの中でぐるりと回して彼女はこちらへと視線を向けた。

「一体何用でここへ参った?」

 一応次代様には説明したのだけどな、と思いつつ僕はどもりながらも先程と同じ説明を繰り返す。彼女は僕の説明を一通り聞き終えると次代様に視線を向ける、そして彼は無言でひとつ頷くので、先程彼にした話と今僕が話した内容に矛盾がないかの事実確認をされたのだなと気が付いた。

「あの、僕は本当に怪しい者ではありません。仲間を見付けだし次第すぐにお暇しますので……」
「現在、この森にお前以外の侵入者は居ない」
「何故そう言い切れるのですか?」
「私はこの森の盟主、森の中で私に分からぬ事はない」

 なるほど、そう言われてしまったら僕にはもう反論できないな。彼女は先程ペリトスさんとの会話の中でも出てきたこの里の女王様なのだろう。
 ここへ来るまでに感じた探索魔法の魔力、あんな感じで常に警戒は怠らず、森に異変があればすぐに察知できるような体制が取られているのだろうと僕は推測する。

「でしたら僕は早々にお暇を。仲間を探さないといけませんので」
「ふむ、それはならぬ」

 フレデリカ様の瞳がゆるりと僕の視線を奪っていく。

「私はまだお前を信用しておらぬ。お前が人族からの偵察部隊で、この里の情報を持ち帰るのが使命の可能性はまだ残っている。それを否定できるだけの論証をお前は私に提示できるか?」
「それは……」
「人族にとってこの地は資源豊富で魅力的な土地であるらしい、エルフは争いを好まない……だが、私はエルフの長として我らの生活を脅かす者どもを許さない」
「そんな! 僕はそんな事考えてもないです!」

 フレデリカ様はわずかに瞳を細め「誰しも自分の身に危険が迫ればそのように言うであろうな」と、ぴしゃりと僕の言葉を封じてしまう。

「だが、私にもお前はただの人族の子供のように見える。冒険者であると言っていたが、それもまだ駆け出しであるのだろう? 今すぐにこの里を出してやる訳には行かないが、時間をかけてお前の事を見極めてやる故に、ゆるりとこの里に滞在していくといい。私はお前を客人として遇しよう。監視役にはそうだな……今回の騒動の罰にペリトスに任せるとしようか、連れてこい」

 まさかの監視役にペリトスさん! 瞬間次代様がわずかに眉間に皺を刻んだのを僕は見逃さなかったぞ。

「お前にはうちの里の者を一人付ける、生活全般はその者の預かりとして面倒見てもらえ。なに、悪いようにはならないだろう。ペリトスは少々変わり者ではあるが悪い男ではない。ただし、お前がペリトスの目を盗みこの里を出たり、外部に情報を漏らすような素振りを僅かにでも見せたら、そこはそれ、ペリトス共々連帯責任で罰を与える事になる」
「な! フレデリカ様!!」

 次代様が困惑した様子で声を上げると、フレデリカ様はにぃっと口角を上げて「なに、こやつが普通にこの里で暮らしている分には誰にも何も起こらない、そうだろう?」と彼に告げる。

「ペリトスは狩りもできぬ、魔法も使えぬ、できる事と言ったら珍妙な魔道具の開発くらい、そんな男に役目を与えてやると言っているのだ、悪い話ではないだろう?」
「ですが、それではこの者が外へ逃げ出したら罰を受けるのは兄一人……」
「だな。その際には凄惨な罰がペリトスには待ち受けている」

 そう言ってフレデリカ様がもう一度こちらを見やる。

「それが分かっていてなお逃げ出すようならば、こやつはエルフに逆らう者と判断ができる。なに、人族が単独でこのエルフの森を出るのは不可能、その暁には私自らこの小僧に制裁を加えよう」

 瞳は猫のように細められているがその実、彼女の顔はまるで笑っていない。っていうか、僕が逃げ出したら実質罰を受けるのはペリトスさん、自分の里の民に情は無いのか、この人は?
 この言動はもしかしたら僕を試しているだけなのかもしれないけれど、あまりいい感情は湧かない。
 間もなくして檻から引きずり出されて来たペリトスさんがフレデリカ様の前に傅いて、先程僕に告げられたのと同じように沙汰が下される。
 ペリトスさんはどうにも複雑そうな表情を僕に向けたけれど、何も言葉は発しなかった。恐らく女王様の前で嫌だとも言えなかったのだろう。
 元々彼は檻に入れられていて何かしらの沙汰を待っていたのだろうし、この女王様の決定が彼にとってどれ程の罰になるのか僕には分からない。
 けれどそんな兄を見て次代様は苦々しい表情をしているので、何か思うところはありそうな感じがする。

「それではお前等下がってよいぞ」

 フレデリカ様は一通りの沙汰を告げると面倒くさそうに追い払うような仕草で片手を振った。
 僕がペリトスさんに続いて部屋を出ようとすると「ああ、そうだ、今夜はお前の歓迎の宴を開こうと思う。是非参加してくれ」とフレデリカ様から声がかかった。
 この状況で歓迎会って、歓迎されているのか、全くされていないのさっぱり分からないのだけど!
 けれどここで口答えは心証が悪い、僕は「ありがとうございます、是非参加させていただきます」と心中は表に出さないようにして笑顔で頷いて見せる。
 こうして僕には監視役が付けられて、否が応もなく僕はこの地に留まる事になってしまった。

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