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第五章

エルフのおじさん

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「次代様、こんな所で何をなさっているのですか? その者は?」

 不意にかけられた声。
 出会ってからこっち、ずっとしかめっ面だったエルフの青年がようやく僕に興味を示してくれたと思った矢先に声をかけられた。声をかけてきたのは青年よりも年嵩なのだが若々しい容姿のやはり美しい青年だった。
 なんだろうね、やっぱりエルフって美形しかいないんだろうね。最初に僕を見付けてくれた青年はまだ少年が抜けきらない感じの細身の美青年なのだけど、今度の人は割とがっちりしたイケメンで、これはこれで美しい。
 声をかけられた事に対し、ようやく少し表情を緩めていた青年がまた瞬時に表情を歪め「ちっ」と舌打ちを打つ。

「森で拾った、檻にでも入れておいてくれ。私はフレデリカ様に報告してくる」

 それだけ言って青年はさっさと僕の前から姿を消し、次に現れた青年が今度は僕の腕を掴んだ。

「え、なに……」

 ここまで抵抗のひとつもしてないのに突然扱いが手荒くなって僕は戸惑う。それにしても檻? なんで? 僕、何か悪い事した?

「あの、僕、何もしませんし逃げませんので、腕を放してもらえませんか?」
「そんな事が信じられるか、次代様の言いつけは絶対だ、さっさと来い」

 どうやら先程の青年はこの集落では少し偉い立場の人であるらしい。現在僕の腕を掴んでいる人の方が年上に見えるのだけど、エルフの年齢は見た目では分からないし、人間関係もさっぱりだ。
 引きずられるままに進んで行くと、急に目の前の視界が開けた。そして家々が立ち並ぶ集落のその向こう側にそれはもう大きな大きな大樹が見えた。
 これがライムの言ってた大きな樹か、と僕は納得する。
 その樹の幹はぱっと見ただけでは何メートルあるのかも分からない、それほど立派な大木で樹齢なんて想像もつかない。

「ふふん、見事な聖樹だろう。我が集落のご神木だ」

 僕の腕を引く青年が少し誇らしげに胸を張った。確かにその大樹は誰がどう見ても神々しいと感じる光を放っていた。というか、物理的にも僅かばかり光を纏っているように僕には見える。
 現在まだ陽のある時間帯なのでそこまで発光している訳ではないのだが、恐らく日が暮れたら更に美しく葉の一枚一枚まで輝くのだろう。

「これが聖樹……」

 魔力の素である魔素を溜め込んだ植物は光るのだとルーファウスは言っていた。という事はこの聖樹は相当量の魔素を溜め込んでいるという事になる。
 確かにこれは聖なる樹で、神の宿る樹と言われても不思議ではない。

「ほら、いつまでも見とれてないでさっさと来い」

 またしても腕を引かれて僕が連れて行かれたのは聖樹ほどではないがそこそこ大きな樹の幹をくりぬいたような穴に木材で柵を作った檻だった。
 木でできた檻には苦い思い出が甦るなと、僕は苦笑する。
 オークが作った檻はもっと作りが乱雑だったけれど、あの時は破壊するのも一苦労だった。
 けれど今の僕は柵が鉄格子ではない事にホッとしてしまう。だってこの程度の檻、今なら破壊して逃げ出す事は簡単にできてしまうのだから。
 檻の中に放り込まれ鍵をかけられた。檻の中は意外と奥が深く薄暗い、外との明るさの違いに目を細めて暗がりを見つめると奥の方で何かが動く気配。
 何かが……誰かがいる、と咄嗟に判断し身構えると、向こうも僕に気が付いたのか半分寝惚けたような声音で「誰?」と奥から這い出してきた。
 瞳を擦るようにして奥から這い出してきた見知らぬ人、格好はお世辞にも綺麗とは言い難い。服は着の身着のままという感じだし、風貌も髭が伸び放題でまるでドワーフのようにすら見える。
 ドワーフは一般的に小柄で身長は1m程だと言われている、しかし目の前のその人の身長は僕より高いのでドワーフではないと思うのだけど……と、思った所でガシガシと頭を掻いたその拍子にエルフの特徴的な耳が見えた。この人はやはりエルフなのだろうと僕は判断する。
 見目麗しいエルフを立て続けに見てきたので、襤褸を纏ったその人とのギャップに困惑していると、そんな僕の困惑をガン無視して、その人はもう一度眠そうな声であくびを噛み殺し「誰?」と首を傾げた。

「よそ者? なんでこんな辺鄙な場所へ?」
「えっと、迷子……です」
「んん……君、人族の、子供!? うわっ、珍しっ! どっから来たんだ!? 歳は? 何でここへ?」

 急にハイテンションな質問攻め、僕は目を白黒させながらグランバルト王国から来た事と年齢を伝え、先程も次代様に説明した事情を一通り説明する。

「へぇ、大変だったねぇ。小さいのに泣かずに偉い偉い」

 思い切り子供扱いで頭を撫でられた。ってか13歳は迷子くらいで泣き出す年齢ではないはずなのだけれど、彼には僕はそんなに頼りなく見えるのだろうか。
 これでも既に冒険者になって三年、ランクだってDランクでその辺の大人と同じくらいには稼げている。見た目は成人年齢に達していないとはいえ中身は40過ぎのおじさんだし、ここまでの子供扱いは心外だ。
 僕は頭の上に乗った彼の手をやんわりと引き剥がし「そんな事より貴方は何で檻の中に?」と、素直な疑問を口にした。

「え? ああ、まぁ、ちょっとばっかし実験に失敗して? 家を半壊させたかもしれんかなぁ……って」

 何というか気まずそうに視線を逸らして言うその内容はどこまでも他人事のように聞こえるが、やっている事は悪質だ。実験で家を半壊ってどういう状況だよ。

「一体何の実験をしたらそんな事に?」
「俺の研究は誰にでも簡単に魔法が使えるようになる方法と魔法の強化の研究、それと魔道具の開発だ。今回は新しい魔道具の開発実験中に魔道具が暴走してしまってな……」

 魔道具の暴走って、一体何をどうしたらそんな事になるのかと僕は言葉を失う。

「だけどな、今は聖樹の加護を受けてしか使えない魔法だが、聖樹の加護がなくても誰でも簡単に魔法が使えるようになったら便利だと坊主も思うだろう? 俺の魔道具はそんな便利な生活の手助けになると思うんだ!」

 生活に役立つ魔道具製作については素晴らしい事だと思うけれど、それで家を半壊させていたら本末転倒だろうと僕は思う。
 それにしても聖樹の加護? 聖樹の加護ってなんだ? 僕は今まで魔法を使うのに聖樹の加護は受けていないと思うのだけど? 

「あの、聖樹の加護? って何ですか? ここでは聖樹の加護がないと魔法が使えないんですか?」
「え?」

 僕の素朴な疑問に予想外という顔をする小汚い風貌のエルフのおじさん。いや、おじさんなのだろうか? 声は若い気がしなくもないのだけれど如何せん伸ばしっぱなしの髭がより一層彼の年齢を分からなくさせているのでどうにも年齢が掴みずらい。

「えっと、僕は魔術師ですが聖樹の加護は持ってません。そもそも僕は今日初めて聖樹を見ました」
「え? 君、魔術師なの? 聖樹の加護がないのに魔法が使えるだなんて、余程精霊に愛されているんだね。君の守護精霊は誰? 火の精霊? それとも水?」
「えっと、それはエレメンタルの事ですか? 僕は精霊というモノも先程初めて見たのですけど……」
「ちょっと待って、エレメンタルって何?」

 あれ? どういう事? まるで話が噛み合わない。
 確かに僕をここまで連れて来てくれた次代様と呼ばれていた青年との会話の中でも魔術の知識は遅れていそうだと感じたのだけれど、ここの人達には根本的な所から全く魔法や魔術の知識がない、のか?
 僕が戸惑いながらルーファウスから教わった魔術の基礎知識を彼に教えると、彼は腕を組んで唸りながら「君のその理論だと、体内に魔力を持っている者なら誰でも魔術が使える、という話になってくるのだけど?」と、真剣な瞳を僕に向けてくる。

「えっと、違うんですか? 体内魔力量は人によって個人差がありますし、四元素の魔術には適性もありますけど、魔法は誰にでも使えるものだと僕は教わりましたよ」
「ちょっとその話は俄かに信じられないんだけど、その様子だともしかして君は色々な魔術を使えるという事かな?」
「まぁ、師匠程ではないですけどある程度は。あと現在は火魔法は使えませんけど」
「現在は、という事は以前は使えたって事だね。何故使えなくなったんだい? 何か理由が?」

 恐らく彼は知識欲に忠実で貪欲な人なのだろう、怒涛の質問攻めに僕は応えられる限り詳細に応えていくのだけど、その一つ一つに応えるたびに質問が増えていく。

「火魔法が使えない理由はドラゴンの卵を触ったら属性ごと持っていかれてしまったからです」

 僕のその返答に彼は絶句し「よく死ななかったね、君」と呆れられてしまった。僕だってこんな事になると知ってたら卵になんて触らなかったよ。
 だけど知らなかったのだから仕方ないじゃないか。

「それにしてもドラゴンか……一体君は何処でそのドラゴンを? ドラゴンが卵を儲けるためにはそれこそ聖樹の加護が必要なはずだけど、ここ最近この付近にドラゴンが現れたという話は聞いていないのだけど?」

 ふむ、そういえばオロチ達も確かに卵の話をしていた時に聖樹がどうとか言っていた気がするな……色々な事が一度に情報として入ってきてあまり詳しい所までは聞けていないのだけど、古老が聖樹まで連れて行ったような事を言っていたのだから、その聖樹は恐らく魔物の楽園の何処かに存在していたのだろう。
 けれど現在その楽園の扉は開かないのだからどう説明したものか。というか、楽園の存在自体、従魔師ギルドの人達に他言無用と言われいるのだ、今日初めてあった見知らぬ他人に話すべきではないだろう。

「たぶん別の聖樹なんでしょうね、その聖樹はグランバルト王国の管轄下にあると思いますし、僕も詳しい場所は知りません」

 グランバルト王国を知らないというエルフ達、ホーリーウッドというエルフの一族の名を出しても首を傾げられてしまったのだ、ここは僕の知らない異国の地だという事はもうほぼ確定だと考えていいと思う。

「俺は聖樹は世界に一本しかないと聞いているのだが?」
「でも、少なくともオロチが卵を授かったのはここの聖樹ではないと思います」

 僕の返答におじさんは「オロチ?」と、またしても首を傾げた。

「オロチは僕の従魔のドラゴンの名前です。従魔と言っても期間限定ですけど」
「従魔? ドラゴンを? そのドラゴンの卵って言うのは君の従魔のドラゴンの卵という事か?」
「まぁ、そうなりますね」

 今度はおじさんが考え込むように黙りこんでしまった。
 ドラゴンを従魔にしていると言うと大概驚かれるし、言わない方が良かっただろうか……もう言ってしまった今となっては後の祭りだけれど。

「君は本当に人族なのか?」
「それは一体どういう質問ですか? 僕は間違いなく人族ですよ」
「俺もしばらく集落に籠っていたから知らなかっただけか、人族は気付くと文明が変わっているからいつも驚く」

 文明が変わるって……いや、でも、エルフは寿命が長いし、エルフだけが暮らすこの集落では時の流れ方が外とは違うのかもしれないな。

「あの、因みに貴方の年齢を聞いても?」
「ん? 俺か? 確か1300くらいだったと思うが、もう数える事もしなくなったから正確な年齢は覚えていないな」

 うん、完全に桁がおかしい。
 エルフの『しばらく』の時間というのがどれ程のものなのか分からないけれど、100年引き籠っただけでも人の世界では生活が変わる。これは完全に文明に置いてかれているのだろう。

「ねぇ、君! 俺に外の世界の魔法の事、もっと色々と教えてくれよ!」

 あれ? 何だか少し既視感が……
 ルーファウスと出会った当初、彼も僕に魔法の根幹を知っているのではないかと僕に教えを乞うてきたのだった。だけど結局僕はルーファウスに教わるばかりで何も彼に教えてあげる事など出来ないままなのだけれど。
 それにしてもルーファウスやアランに会えないまま、僕はこんな所でグズグズしていていいのだろうか?
 今や世界は危機的状況だって言うのに、帰る術が見付からない。
 僕はキラキラした瞳を僕に向けるおじさんを前にして、どうしたものかと途方に暮れた。

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