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第五章

エルフの森

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 おやつを食べて小休憩の後、僕は意を決して立ち上がる。どれだけ待ってもやはりオロチはやって来ないし、事態が動く気配もない。
 これはオロチがやって来られない程に僕が遠くへ飛ばされたか、龍笛の音が届かないような何かそういう作用のある場所に僕が居るという事だ。
 もしかしたらオロチは「魔物の楽園」の方に戻っているのかもと思って鍵を回してみたのだけど、こちらもどういう訳か魔法の扉が現れる気配がなく壊れてしまったのかと溜息を吐いた。
 この森はもしかしたら魔法の使えない場所なのかもしれないと考察してみた僕は火魔法以外の魔術を一通り試してみたのだけど、これに関しては一通り使う事ができたので魔法が全く使えない訳ではない事に僕は安堵する。
 これで魔法まで使えなくなっていたら僕のサバイバル生活の難易度がぐんと上がってしまう。いくらマジックバッグの中にある程度の生活用品が揃っていると言っても普通に生活するには限度がある。

「どっかに人が住んでる集落でもあればなぁ……」

 途方に暮れて僕がぽつりと呟くと、ライム二号が伸びをするようにして『あのね、向こうの方に人いるよ』と、小首を傾げた。

「え! 人、居るの!?」
『んとね、大きな樹の近くに、たくさん人が住んでるの』

 なんと、意外な事にここから然程遠くない場所に人の暮らす集落があるとライム二号は言う。そういえばこの森の名称は分からないと言ったライム二号だけれど、誰も住んでいないなんて事は一言も言っていない。

「ライム、僕をそこへ案内してくれる?」
『いいよ~』

 そう言うと、ライム二号はぴょんぴょんと元気よく僕を先導するように移動し始めた。僕は慌ててそれに付いて行く。
 万が一ライムを見失えば僕はまた迷子に逆戻りだ。

「そういえばライム、そこに住んでる人達ってどんな人達?」
『どんな?』

 僕の言葉の意味を理解できない様子のライム二号が移動をやめて伸び縮みをしながら不思議そうに僕の前に戻ってきた。
 けれど僕自身、然程深い意味を持って質問した訳ではないので少し困って言葉を探す。

「あ~えっと、何をして暮らしてる人達なのかな、とか?」

 一応聞いた理由としては人と言いながらも魔族だったらちょっと困るな、とか、外の人間に対してあまり友好的ではない集落の人だったりしたら危険かな、とかそれくらいの気持ちだったのだけど、幼児と同じくらいの知能しかないであろうライムにその辺の事を察して欲しいと思っても無理な話だ。

『えっとねぇ、いつも大きな樹にお祈りしてる~』
「樹にお祈り?」

 それは一体どういう状況なのだろうか? 何か宗教的なそういう話なのだろうか? 全く意味は分からないのだが、とりあえずその集落にとってライムの言う大きな樹というのは大事な樹ではあるのだろう。
 森は鬱蒼としていてその大きな樹というのが視界の中に全く見えてはこないのだけれど……そんな風に思いながら気を取り直し、またライムと共に歩き出した。
 そんな風に歩く事数分、不意に何かが僕の身体の周りに纏わりついて、数秒後に霧散した。僕はその感覚には覚えがある。それは魔力による索敵魔術「探索サーチ」の魔力残留だ。
 風魔法に分類されるそれは風を纏い僕の居場所を術者に知らせたはず。もしかしたら集落の人間に警戒されているのかもしれないと、僕は少し身構えた。

『あるじ、どうしたの?』

 ライムはそんな魔術に気付いた様子もなく、不思議そうに僕を見上げた。恐らく僕が相手の魔術に気付けたのは僕の魔力感知のスキルが高いせいだ。
 相手はまだ僕が向こうの存在に気付いた事に気付いていない可能性もあり、ここで逆に僕も探索サーチをし返したら相手を挑発する事になるかもしれないと考えた僕は「何でもないよ」とライムに返し、何事もなかったかのように歩き出した。
 しかし僕は相手に敵意がないけれど向こうが僕に敵意がないとは限らない、行動はより慎重に、僕はさりげない動作で常にはローブにしまっている杖を手に取りいつ何が起こっても対処ができるように握り込んだ。
 つい先程の失態『僕は火魔法が使えない』その事も頭の中で反芻する。まるで無意識の行動で攻撃魔法である火魔法を使おうとした、僕も随分この世界に慣れたものだと苦笑する。

「止まれ!」

 突然頭上からかかった厳しい声に僕はビクッと身を竦ませた。いきなり無言で攻撃を仕掛けられなかっただけ、相手は良心的な人だと思いたい。
 僕は恐る恐る声の方を見上げた。
 声の主は生い茂る樹の枝に立ち、弓をつがえこちらに向けている。その立ち姿は美しく、流れる金の長髪が風に靡いた。
 瞬間思い描いたのはルーファウスの面影、けれど違う、ルーファウスは絶対に僕に攻撃などしてこない。
 僕は何をどういう言うべきか逡巡し、相手も僕が何者であるのか見極めるかのように睨み付けてくる。無言のままの数秒、先に口を開いたのは相手の方だった。

「お前、何者だ?」

 頭からつま先までまるで値踏みするかのように相手は僕を睨み付ける。

「僕はタケル、冒険者です」
「冒険者? 冒険者が一体ここに何の用だ? しかもお前一人なのか?」
「どうやら道に迷ったみたいで、仲間とははぐれてしまいました」

 間違った事は言っていない、少なくとも今の僕は完全に迷子なのだから。

「冒険者が一体何の目的でここへ来た?」
「目的……えっと、魔王討伐、でしょうか」

 一から十まで全てを説明すると長くなるので僕はとりあえず端的に説明したつもりなのだが、相手は怪訝な表情で「魔王?」と更に不審顔を隠さない。

「ここに魔王が居るとでも?」
「いえ、違うんです。魔王討伐に向かった先でどうやら転移魔法で僕だけがここへ飛ばされてしまったみたいで、一体ここは何処なんですか?」
「…………」

 何故か沈黙してしまった弓矢の青年、まだ僕の事を疑っている様子はありありと表情から窺い見る事ができるのだが、それでも攻撃の意志はないと見てとったのか弓は構えたまま、スタンと樹の枝から降りてきた。

「お前はここが何処だか本当に分からないのか?」
「ええ、はい。僕はグランバルト王国の要請で魔王城へ魔王討伐に出向いた冒険者なのです。僕達は魔王城へ侵入してオークと戦っていたのですが、その最中に何故か僕だけここへ飛ばされてしまって……」
「ちょっと待て、グランバルト王国、というのは?」
「え……?」

 言われた言葉に困惑して僕は弓を構えたままのその人をまじまじと見やる。

「えっと、グランバルト王国、分かりませんか?」
「知らないな、聞いた事もない」

 えっと、ちょっと待って、これ完全に詰んだんじゃない? もしかしてこの場所ってそもそもグランバルト王国の外ってこと? 確かにこの世界にはグランバルト王国以外にも国があるとは聞いている、けれど僕は今まで国を出た事がない上に国外に関してはほとんど知識を持っていないと言ってもいい。
 知っている知識としては近隣諸国の名前くらいのもので、しかも目の前の相手はグランバルト王国の事を知らないと言う。

「あの、ここって一体何処の国に属した場所なんですか?」
「この森は何処の国にも属してはいない、しいて言うならエルフの住まう森だ」

 エルフの森! ああ、もしかしてここはルーファウスの生まれ故郷だったりするのかも!?

「あの! ルーファウス、ルーファウス・ホーリーウッドを知りませんか!? 僕はルーファウスの冒険者仲間なんです!」
「ルーファウス……聞いた事ないな」

 駄目か。
 いやでも目の前で弓を構えたその人の外見は随分若く見える。見た目だけならたぶん十代後半か二十代前半。もしルーファウスが集落を出た後に生まれた人物なのだとしたらルーファウスを知らない可能性だって充分に考えられる。
 なにせエルフは長命で、少なくともルーファウスの年齢は300歳そこそこであるはずなのだから。

「それにしてもお前、若いな。まだ子供じゃないか。そのグランバルト王国とやらでは子供まで戦いへ駆り出すのか?」

 確かに僕の現在の年齢は13歳、子供と言って差支えない年齢だけど中身はおじさんだからなぁ……

「僕はパーティメンバーで最年少なので、他の皆は大人です」

 まぁ15歳で成人のこの世界、小太郎君もまだ未成年だけれど、そこはそれ、敢えて言う必要はないだろう。
 目の前の彼は一言「ふうん」と頷いて、ようやく弓をおろし「着いてこい」と踵を返した。どうやら警戒を解いて僕を集落へと案内してくれるようだ。良かった。

 僕の前を歩いて行く青年、僕はそれを追いかける。なにせ足の長さが違う上に、僕にとっては知らない場所であるという気遣いなどまるでなく身軽にさっさと悪路を進むので追いかけるだけで一苦労だ。
 僕はピョンピョンと飛び跳ね付いてくるライム二号を抱き上げ、ローブの中のライム一号の定位置に収めた。うっかりするとはぐれてしまいそうだからね。
 それにしても最初に見た時も思ったけれど、彼は少しルーファウスに似ている気がする。ルーファウスの髪はシルバーブロンドで彼の髪色とは違っているのだけれど、それでもその整った目鼻立ちが少し似ていると思ってしまったのだ。
 エルフは長命だが種族としての数は少ないと聞いている、もしかして何処かで血の繋がった血縁関係なのかもしれないなと僕は思った。

「あの、貴方の名前を聞いてもいいですか?」
「…………」

 彼は一瞬僕の方を一瞥したのだが、ふいっとそっぽを向いて「必要ない」と一言告げた。
 確かに僕はよそ者で、まだ敵か味方かも分からないから警戒するのは分かるのだけどこの人すごく愛想がない。僕だって一応自己紹介したのだからそっちだってしてくれたっていいと思うのだけど、必要ないと言われてしまってはもうそれ以上には言葉を重ねる事はできない。
 僕達は無言で道を進む、と、その時目の前の木がうねっと不自然に動いた気がして僕は瞬間足を止めた。

「どうした?」
「今、その木が動いた気がして」

 僕の返事と同時に木の枝がするすると伸びてこちらへと向かってくるのが見えて、僕は咄嗟に杖を構え「風刃ウィンドカッター!」と風魔法を繰り出した。
 僕の風魔法は枝を切り裂き、それに驚いたかのように枝はシュルシュルと元に戻っていった。
 けれど枝が戻っていったからといって気は抜けない。この世界には木に擬態して獲物を狩る魔物だって存在するのだ。

「お前、今の……」
「魔物ですよね! 下がってください!」

 僕が彼を庇うように木の前に立つと「そいつは大丈夫だ」と、彼は僕の杖をおろすように腕を掴んだ。

「え、大丈夫なんですか? 魔物ですよね?」
「魔物じゃない、精霊だ。こいつらは森を護ってる、森を攻撃しない限り襲ってはこない」

 そうなのか、精霊なんて初めて見た。

「それにしてもお前、今のはこの杖から出したのか? 魔法? お前魔術師なのか?」
「えっと、一応、はい」

 彼は興味深そうにまじまじと僕の杖を見やる。
 おかしいな、杖ってそんなに珍しい物だったっけ? ある程度の魔術師なら当たり前に持ってる魔道具だと思っていたのだけど、ここでは違うのか?

「あの、貴方も魔術師、ですよね?」
「は? 何でだ? 私は戦士だ」

 あれ、そうなのか? 確かに彼は最初からずっと僕を弓で狙っていたし、ここまで魔術は一切使っていなかったけれど、先に探索サーチを使ってきたのは彼の方だ。てっきり彼もルーファウスと同じ魔術師なのだと思っていたのにそうではなかったらしい。
 探索は風魔法の応用で風魔法が使える者なら使えない事はない、彼は魔法を多少操る戦士という事なのだろう。

「それにしても今のは凄い威力だったな。あんな魔法は初めて見た」
「……え?」

 僕は思わず首を傾げる。だって風刃ウィンドカッターは風の攻撃魔法の中でも初歩の初歩、一番最初に覚える魔術だ。それなのにそれを見た事がないだなんて、そんな事があるのだろうか。

「貴方の集落にはもしかして魔術師がいないんですか?」
「いや、いない事はないが、そんな魔法を使っている所は見た事がない。その杖が威力を上げているのか?」
「ええ、それはそうです、ね」

 どうも何かがおかしい。ここはグランバルト王国と比べるとずいぶん魔術に対する知識が遅れているように感じる。
 彼は「他にも色々な魔法を使えたりするのか?」と少しそわっとした様子で問うてくるので、僕は戸惑いつつも頷いた。

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