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第五章
洞の中
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目の前に口を開ける大きな穴、そこからは水が流れてきている。穴の正面には侵入を防ぐ為なのか鉄格子が嵌っているのだが、見張りなどは特に立っていない。
穴のサイズはそこそこ大きく、直径はアランがギリギリ立って歩けるくらいのサイズ感、だがその穴からは水が流れてきている訳で、好んで踏みこんで行きたいとは思わない。流れている水も清流という感じではないしね。
そんな穴の中に食いしん坊な僕の従魔はぴょこぴょこと侵入しようとしている。
「こらっ、ちょっと待て!」
僕はとっさにライムのぷにぷにボディを掴んで持ち上げた。
『いや~ん、なんでダメ? あっちから美味しそうな匂いがするのに~』
「美味しそうな匂いって何? 変な場所に一人で行ったら危ないだろ」
『みんなで行くから、大丈~夫』
みんな? と僕が首を傾げた瞬間にはライムの体はどろりと崩れて、あっという間に分裂したスライム達がこぞって穴へと突進して行こうとするので僕はそれに慌ててしまう。
「もう、駄目だって言ってるのに!」
『食べたらすぐに戻ってくるから~』
ライムと出会って今まで、こんなに聞き分けの悪いライムは初めてで僕は戸惑う。ライムの言ういい匂いの正体はそれ程までにスライムを惹きつけるものなのかと逆に興味の湧いてしまった僕はライムの後を追いかけるようにして穴の中を覗き込んだ。
けれど穴の中は漆黒の闇で、体の小さなスライム達はあっという間に闇の中へと消えてしまう。
「あああ、行っちゃった……どうしよう」
「タケル、追わなくていいのか?」
「やっぱり追った方がいいですかね? すぐに戻ってくるとは言ってたんですけど……」
僕が穴の前で立ち尽くしているとアランも穴の奥を覗き込んで「ライムは美味しそうな匂いとか言っていたみたいだが、特に変わった匂いはしなけどな」とアランはくんと空気を嗅ぐようにして穴の中の様子を窺う。
「ですよねぇ、もう何なんだろう」
戸惑い迷って穴の前、5分ほど待っていた僕達だったが一向にライムが戻ってくる気配がないので僕はライムとの感覚共有を試してみる事に。
いつもならライムを傍らに置いて別のスライムが見ている景色を共有・視覚化して使う技だけれど、ライムがいなくても使えるものかと試してみたら使えた。ただ、傍らにライムがいないので共有できる情報はライムからの情報のみになるようなのだが今はそれだけで充分だ。
僕は心の中でライムに呼びかけると『なぁに?』と相変らず呑気なライムから返答があって僕はほっと胸を撫でおろした。
ライムから送られてくる視覚情報は限りなく暗闇に近いのだが、壁の所々に光が見える。それは人工物の灯りには見えなくて、よくよく目を凝らして見るとどうやらそれは土壁に自生している植物が発光しているように見える。
これはアレか? ヒカリゴケみたいなものか? いや、でもヒカリゴケは自ら発光する植物ではなかったはず。確かあれは暗闇の中で光を反射する事で光っているように見えるだけで、発光している訳ではない。
けれど今、僕が目にしている植物は暗闇のなか光源も無いのに明らかに淡い光を放っているように見える。そして無数に広がるその淡い光によってそこが鍾乳洞のようになった場所である事が分かった。
現在出入り口付近で待機している僕達の目の前の穴は明らかに人の手の入った整備された洞であるように見えるのに、僕が見た限りそこは自然に出来上がった鍾乳洞のように見えるのだ。
ライムのもたらす情報は少ない、けれどライム達の目指していた『美味しそうな匂い』のするモノはどうやらそのヒカリゴケのような物であったらしく、ライムの目に映るスライム達は嬉しそうにその光る草を消化していた。
「ライム、その光ってるのって食べて大丈夫なものなの?」
『美味しいよ~タケルもたべる? おみやげいるぅ?』
恐らく僕と通信しながらも周りにあるその光る草を取り込み消化しているライムはどこまでも呑気だ。
「僕へのお土産はいいから早く食べて帰っておいで」
僕が全くもう、と呆れたように溜息を吐き顔を上げると目の前には少し考えこむように腕を組んだルーファウスが「ライムは何か光るモノを食べているのですか?」と僕に問うてきた。
「え? ああ、そうですね。土壁に自生している植物みたいなんですけど、それが光っていて、スライム達はそれを美味しそうに食べてました。何か問題ありますか? もしかして毒、とか!?」
俄かに慌てだした僕にルーファウスは「毒ではないと思いますよ」と答えを返し僕を宥めると「どうやらそこが私達の目指している目的地のようですね」とそう言った。
「え? 目的地? って、魔力溜まりがあるって事? そんなの周りに見えないけど」
いや、そもそも魔力溜まりというのは目に見えるモノなのだろうか? 魔力が溜まっている場所ではあるけれど、そもそも魔力というのは目に見えない。とすると魔力溜まりが視認できるかと言われたらそれは甚だ疑問だ。
もしかして魔力溜まりは目には見えないモノなのか? 問うてみたら、今度はアランが「見えるぞ」と返事を返して寄越す。
「俺は元々魔力量が少ないし魔力感知はほぼできないが、魔力だまりは、う~ん、なんて言うのか、魔力が光って見えるんだ」
魔力が、光る?
「そうですね、魔力というか魔素は高濃度になると光ります、高濃度の魔素に晒され魔素をため込んだ植物も同じく発光するのです。そういった草花は魔力回復薬の原材料となるので採取依頼が出る事もあるのですよ。魔物は魔力を好みますのでライムが美味しいと言って食べているのは恐らく魔力をため込んだ植物だと思われます」
なるほど。
とすると、あのヒカリゴケのように光っていた植物は多量の魔素を取り込んだ植物であるという事で、発光するほどの魔素を含むという事は近くに魔素の発生源があるという事か!
そうと分かれば僕達は目の前の洞穴に足を踏み入れた。
しかし目の前に広がるのはどこまでも続く闇、しかも何処からか水が流れてきているので足場も悪くじめついている。
一体ライムは何処からどうやってあの場所に辿り着いたのかと道なりに慎重に進んで行くと人工的な洞の壁の一部が崩れている場所に辿り着いた。その奥もやはり暗闇は続いているのだが、松明を消して瞳を凝らしてよく見ると僅かにうっすらと道の先に光が見えた。
「恐らくここだな」
アランが危険な魔物や罠などがないか慎重に確認しながら穴の内部を窺い中へと踏み込む。
崩れた壁穴はあまり大きくはなかったのだが、屈んで1メートルも進めばその先は先程まで歩いていた洞穴よりも余程広い場所へと辿り着く。そこは先程ライムの目を通して見た鍾乳洞そのものだった。
ライムの目を通して見た時は光って見えた植物だったが松明の灯りが灯ってしまうとその淡い光はもう僕達の瞳には映らない。
魔力の光(とりあえず『魔光』とでも呼んでおこうか)はそれほどまでに淡い淡い光だった。
「この辺の植物はまだ魔素の濃度が低いようですね」
ルーファウスが植物の葉に触れ観察するようにそう言うので、どうして分かるのかと問うてみたら、魔素の濃度が高くなればなるほど松明など必要なくなるくらいに植物が発光するとルーファウスは教えてくれた。
「という事は明るい方へ進んでいけばいいって事だな?」
アランの言葉にルーファウスは頷いた。けれど「ただ先程も言いましたけれど魔物は魔力を好みます、そういった場所には――」ルーファウスが言い終わる前に仄暗い暗闇の中、何かが動く気配を感じた。
「まぁ、いるよな」
「ですよね」
松明の灯りの中、僕達の目の前にわっと襲い掛かってくる魔物の群れ。それは数は多いものの姿形は小さいコウモリのような魔物。
「ちっ、数が多いな。二人とも大丈夫か?」
「私は平気ですけれど」
アランとルーファウスの二人が敵に視線を向けたまま僕を気遣うようにこちらの様子を窺っているのが分かる。確かに僕は二人に比べて経験値が圧倒的に足りていない、だけど僕だってこの世界に来てからの三年間をただ無為に過ごしてきた訳ではない。
「僕も、大丈夫です!」
このコウモリはメイズのダンジョン城で戦った事のある魔物だ、僕はひとつ深呼吸をして両の掌を一度合わせてからその掌を敵に向け両腕を開く。その動きに伴い僕の眼前には魔力の膜が広がって群がるコウモリ達を押し返した。
いつもだったらこんな時、傍らにいるライムがスライム結界を張ってくれるのだけど、今回は食欲に負けたライムがお出掛け中なのだ、僕は自前の魔法で頑張るしかない。
暗がりに住まう魔物は視覚があまり発達していない、敵を認識するのは聴覚や嗅覚などの感覚器官、それを遮断してしまえば途端に魔物達は僕達を認識する事自体が難しくなる。
「火炎放射」
ルーファウスがコウモリに掌を向けて腕を払うとそれに伴い炎が広がり辺りを明るく照らす。同時にそんなルーファウスの炎がコウモリを焼き払い辺りには肉の焦げる匂いが充満していく。それでも次から次へと洞の奥からコウモリは群れをなして襲い掛かってくるのだからげんなりしてしまう。
ルーファウスが火魔法でコウモリを一掃していく一方でアランは向かってくるコウモリをちぎっては投げ、ちぎっては投げしているけれど多勢に無勢で分が悪そうだ。
アランはどちらかと言えば大物相手に組み合う方が得意で、こういう数で攻めてくる相手とは相性が悪い。僕はそんな様子を見てアランの援護に回る事にした。
「アラン、援護します!」
僕はアランに攻撃力と防御力、そしてついでに機動力アップの補助魔法をかけ、僕自身も洞の奥を見つめた。
いくら数が多いとは言っても無限に湧いて出てくるという事もないだろう、僕はアランの後方から洞の奥へと向けて竜巻を放つ。
竜巻に巻き込まれたコウモリ達は暴風に弄ばれぼとぼとと地面に落ちた。
時間にして数十分そんな攻防を繰り返し、ふと気付けばコウモリの数も減ってきたなと思った刹那、体にずんっと振動が伝わる。それはどうやら地響きで、地震かと思い辺りを見渡したら洞の奥からぬっと大きな影が浮かび上がった。
「今度はでかいのが出てきたな」
アランの言葉に影に視線を向ければ、それは僕にとっては因縁の魔物オーク、思わず嫌悪の表情を浮かべてしまったのだが、もうこれは不可抗力だ。
この世界に来たばかりで幼気な少年だった僕を散々にいたぶってくれたオークへの嫌悪感を僕は未だ消す事ができない。
あの事件があって以降、僕は冒険に対して慎重になったし、魔物と対峙する時の心構えもできるようになったので一概に悪い事ばかりではなかったけれど、それでもやはり醜いオークのその姿を見ただけで僕の気持ちはすうっと冷める。
オークはその辺に落ちているコウモリを指で摘まみ上げると口の中へと放り込む。それはまるでスナック菓子でも食むようにむしゃむしゃと咀嚼するその姿にまたしても嫌悪感が増した。
洞の奥から現れたオークの数は一体ではなく五体、三年前は一体だけでとんでもなく恐ろしかったが、経験値を積んだ現在の僕はそんなオークをもう恐ろしいとは思わない。恐怖よりも忌避感が勝ってムカムカする。
「オークが五体……嫌な予感がしますね」
そんな僕の悪感情を知ってか知らずかルーファウスがぽつりと零した。そして相変らず続く地響きにアランも警戒を強めているのが分かる。
そういえばオークは基本的にオークだけで群れを作る事はないらしい。魔物の世界は弱肉強食、縄張り意識の強いオークはゴブリンのような卑小な魔物を従える事はあっても仲間を持つ事はないとかなんとか何かの本で読んだ気がする。そしてそんなオークが群れていた場合、それは更に強い魔物に従属しているという可能性――
そこまで考えたところで洞の奥からぬうっと目の前にいるオークより更に一回り大きな個体が現れた。その姿は基本的に目の前のオークと変わらない、けれど身体には防具、手にはこん棒のような武器を装備していた。
魔物は基本的に知能が低いと言われている。ドラゴンのように知性を持った魔物だっている所にはいるのだけれど、それでも人間と敵対している魔物は対話もできない為、知能は人間の子供より低いというのが定説だ。
けれど今僕達の目の前にいるオークは武器と防具を装備している、それは少なくとも武器や防具は装備する事で役に立つという事が分かる程度には知恵があるという事だ。
「あれは恐らくオークジェネラルですね」
『オークジェネラル』その呼び名は聞いた事があるけれど、今まで遭遇した事は一度もない。
オークの中には稀に同胞を纏め上げる事ができるような統率力を持った個体が現れる事があるらしい、そんな個体を通常のオークとは区別して人の間では『オークジェネラル』と呼ぶのだそうだ。
普通のオークもオークジェネラルも魔物の個体識別としては同じオークだが、オークジェネラルは普通のオークより知恵が回り小賢しい、と本には記されていたように記憶している。
そんなオークジェネラルがコウモリを貪り食っているオークの頭をこん棒で小突き、向こうを見ろと言わんばかりに僕達の方へと視線を向けた。どうやら普通のオークの方はコウモリの焼け焦げる美味しそうな匂いにつられて僕達の方へとやって来ただけで僕達の存在に気付いていた訳ではなかったらしい。
僕達の存在に気付いたオークは俄かに殺気を放つ。ってか遅い、気付くのも殺気を放つのも遅すぎる。
けれど僕達の存在に気付いてからのオークの動きは速かった。五体のオークがまるで僕達の前に立ち塞がるように横に広がり、先には行かせないと言わんばかりに威嚇してくるのだ。そんなオークの動きに満足するようにオークジェネラルは五体の後ろに存在感を持って立ち塞がった。
「あいつはもしかしたらこの地下道を護る役目でも担っているのかもしれんな」
「その可能性はありますね」
魔物は人より知能が低い分、統率を取るのが難しいと言われている。人はワイバーンなど慣らしやすい魔物を従魔として飼い慣らし従える従魔師という職業も確立しているくらいだけれど、魔物同士で連携を取ったり何かしらの役目を担って働くという事はほぼないと言っていい。
けれど現在僕達がいるのは魔王の住まう城の地下、魔王は魔族を束ねる王であり、魔族は魔物に限りなく近い種である、配下に魔物が居たとしても不思議ではない。
オークジェネラルが部下であろうオークに一声雄叫びを上げると、五体のオークは揃って僕達の方へと突進してきた。
穴のサイズはそこそこ大きく、直径はアランがギリギリ立って歩けるくらいのサイズ感、だがその穴からは水が流れてきている訳で、好んで踏みこんで行きたいとは思わない。流れている水も清流という感じではないしね。
そんな穴の中に食いしん坊な僕の従魔はぴょこぴょこと侵入しようとしている。
「こらっ、ちょっと待て!」
僕はとっさにライムのぷにぷにボディを掴んで持ち上げた。
『いや~ん、なんでダメ? あっちから美味しそうな匂いがするのに~』
「美味しそうな匂いって何? 変な場所に一人で行ったら危ないだろ」
『みんなで行くから、大丈~夫』
みんな? と僕が首を傾げた瞬間にはライムの体はどろりと崩れて、あっという間に分裂したスライム達がこぞって穴へと突進して行こうとするので僕はそれに慌ててしまう。
「もう、駄目だって言ってるのに!」
『食べたらすぐに戻ってくるから~』
ライムと出会って今まで、こんなに聞き分けの悪いライムは初めてで僕は戸惑う。ライムの言ういい匂いの正体はそれ程までにスライムを惹きつけるものなのかと逆に興味の湧いてしまった僕はライムの後を追いかけるようにして穴の中を覗き込んだ。
けれど穴の中は漆黒の闇で、体の小さなスライム達はあっという間に闇の中へと消えてしまう。
「あああ、行っちゃった……どうしよう」
「タケル、追わなくていいのか?」
「やっぱり追った方がいいですかね? すぐに戻ってくるとは言ってたんですけど……」
僕が穴の前で立ち尽くしているとアランも穴の奥を覗き込んで「ライムは美味しそうな匂いとか言っていたみたいだが、特に変わった匂いはしなけどな」とアランはくんと空気を嗅ぐようにして穴の中の様子を窺う。
「ですよねぇ、もう何なんだろう」
戸惑い迷って穴の前、5分ほど待っていた僕達だったが一向にライムが戻ってくる気配がないので僕はライムとの感覚共有を試してみる事に。
いつもならライムを傍らに置いて別のスライムが見ている景色を共有・視覚化して使う技だけれど、ライムがいなくても使えるものかと試してみたら使えた。ただ、傍らにライムがいないので共有できる情報はライムからの情報のみになるようなのだが今はそれだけで充分だ。
僕は心の中でライムに呼びかけると『なぁに?』と相変らず呑気なライムから返答があって僕はほっと胸を撫でおろした。
ライムから送られてくる視覚情報は限りなく暗闇に近いのだが、壁の所々に光が見える。それは人工物の灯りには見えなくて、よくよく目を凝らして見るとどうやらそれは土壁に自生している植物が発光しているように見える。
これはアレか? ヒカリゴケみたいなものか? いや、でもヒカリゴケは自ら発光する植物ではなかったはず。確かあれは暗闇の中で光を反射する事で光っているように見えるだけで、発光している訳ではない。
けれど今、僕が目にしている植物は暗闇のなか光源も無いのに明らかに淡い光を放っているように見える。そして無数に広がるその淡い光によってそこが鍾乳洞のようになった場所である事が分かった。
現在出入り口付近で待機している僕達の目の前の穴は明らかに人の手の入った整備された洞であるように見えるのに、僕が見た限りそこは自然に出来上がった鍾乳洞のように見えるのだ。
ライムのもたらす情報は少ない、けれどライム達の目指していた『美味しそうな匂い』のするモノはどうやらそのヒカリゴケのような物であったらしく、ライムの目に映るスライム達は嬉しそうにその光る草を消化していた。
「ライム、その光ってるのって食べて大丈夫なものなの?」
『美味しいよ~タケルもたべる? おみやげいるぅ?』
恐らく僕と通信しながらも周りにあるその光る草を取り込み消化しているライムはどこまでも呑気だ。
「僕へのお土産はいいから早く食べて帰っておいで」
僕が全くもう、と呆れたように溜息を吐き顔を上げると目の前には少し考えこむように腕を組んだルーファウスが「ライムは何か光るモノを食べているのですか?」と僕に問うてきた。
「え? ああ、そうですね。土壁に自生している植物みたいなんですけど、それが光っていて、スライム達はそれを美味しそうに食べてました。何か問題ありますか? もしかして毒、とか!?」
俄かに慌てだした僕にルーファウスは「毒ではないと思いますよ」と答えを返し僕を宥めると「どうやらそこが私達の目指している目的地のようですね」とそう言った。
「え? 目的地? って、魔力溜まりがあるって事? そんなの周りに見えないけど」
いや、そもそも魔力溜まりというのは目に見えるモノなのだろうか? 魔力が溜まっている場所ではあるけれど、そもそも魔力というのは目に見えない。とすると魔力溜まりが視認できるかと言われたらそれは甚だ疑問だ。
もしかして魔力溜まりは目には見えないモノなのか? 問うてみたら、今度はアランが「見えるぞ」と返事を返して寄越す。
「俺は元々魔力量が少ないし魔力感知はほぼできないが、魔力だまりは、う~ん、なんて言うのか、魔力が光って見えるんだ」
魔力が、光る?
「そうですね、魔力というか魔素は高濃度になると光ります、高濃度の魔素に晒され魔素をため込んだ植物も同じく発光するのです。そういった草花は魔力回復薬の原材料となるので採取依頼が出る事もあるのですよ。魔物は魔力を好みますのでライムが美味しいと言って食べているのは恐らく魔力をため込んだ植物だと思われます」
なるほど。
とすると、あのヒカリゴケのように光っていた植物は多量の魔素を取り込んだ植物であるという事で、発光するほどの魔素を含むという事は近くに魔素の発生源があるという事か!
そうと分かれば僕達は目の前の洞穴に足を踏み入れた。
しかし目の前に広がるのはどこまでも続く闇、しかも何処からか水が流れてきているので足場も悪くじめついている。
一体ライムは何処からどうやってあの場所に辿り着いたのかと道なりに慎重に進んで行くと人工的な洞の壁の一部が崩れている場所に辿り着いた。その奥もやはり暗闇は続いているのだが、松明を消して瞳を凝らしてよく見ると僅かにうっすらと道の先に光が見えた。
「恐らくここだな」
アランが危険な魔物や罠などがないか慎重に確認しながら穴の内部を窺い中へと踏み込む。
崩れた壁穴はあまり大きくはなかったのだが、屈んで1メートルも進めばその先は先程まで歩いていた洞穴よりも余程広い場所へと辿り着く。そこは先程ライムの目を通して見た鍾乳洞そのものだった。
ライムの目を通して見た時は光って見えた植物だったが松明の灯りが灯ってしまうとその淡い光はもう僕達の瞳には映らない。
魔力の光(とりあえず『魔光』とでも呼んでおこうか)はそれほどまでに淡い淡い光だった。
「この辺の植物はまだ魔素の濃度が低いようですね」
ルーファウスが植物の葉に触れ観察するようにそう言うので、どうして分かるのかと問うてみたら、魔素の濃度が高くなればなるほど松明など必要なくなるくらいに植物が発光するとルーファウスは教えてくれた。
「という事は明るい方へ進んでいけばいいって事だな?」
アランの言葉にルーファウスは頷いた。けれど「ただ先程も言いましたけれど魔物は魔力を好みます、そういった場所には――」ルーファウスが言い終わる前に仄暗い暗闇の中、何かが動く気配を感じた。
「まぁ、いるよな」
「ですよね」
松明の灯りの中、僕達の目の前にわっと襲い掛かってくる魔物の群れ。それは数は多いものの姿形は小さいコウモリのような魔物。
「ちっ、数が多いな。二人とも大丈夫か?」
「私は平気ですけれど」
アランとルーファウスの二人が敵に視線を向けたまま僕を気遣うようにこちらの様子を窺っているのが分かる。確かに僕は二人に比べて経験値が圧倒的に足りていない、だけど僕だってこの世界に来てからの三年間をただ無為に過ごしてきた訳ではない。
「僕も、大丈夫です!」
このコウモリはメイズのダンジョン城で戦った事のある魔物だ、僕はひとつ深呼吸をして両の掌を一度合わせてからその掌を敵に向け両腕を開く。その動きに伴い僕の眼前には魔力の膜が広がって群がるコウモリ達を押し返した。
いつもだったらこんな時、傍らにいるライムがスライム結界を張ってくれるのだけど、今回は食欲に負けたライムがお出掛け中なのだ、僕は自前の魔法で頑張るしかない。
暗がりに住まう魔物は視覚があまり発達していない、敵を認識するのは聴覚や嗅覚などの感覚器官、それを遮断してしまえば途端に魔物達は僕達を認識する事自体が難しくなる。
「火炎放射」
ルーファウスがコウモリに掌を向けて腕を払うとそれに伴い炎が広がり辺りを明るく照らす。同時にそんなルーファウスの炎がコウモリを焼き払い辺りには肉の焦げる匂いが充満していく。それでも次から次へと洞の奥からコウモリは群れをなして襲い掛かってくるのだからげんなりしてしまう。
ルーファウスが火魔法でコウモリを一掃していく一方でアランは向かってくるコウモリをちぎっては投げ、ちぎっては投げしているけれど多勢に無勢で分が悪そうだ。
アランはどちらかと言えば大物相手に組み合う方が得意で、こういう数で攻めてくる相手とは相性が悪い。僕はそんな様子を見てアランの援護に回る事にした。
「アラン、援護します!」
僕はアランに攻撃力と防御力、そしてついでに機動力アップの補助魔法をかけ、僕自身も洞の奥を見つめた。
いくら数が多いとは言っても無限に湧いて出てくるという事もないだろう、僕はアランの後方から洞の奥へと向けて竜巻を放つ。
竜巻に巻き込まれたコウモリ達は暴風に弄ばれぼとぼとと地面に落ちた。
時間にして数十分そんな攻防を繰り返し、ふと気付けばコウモリの数も減ってきたなと思った刹那、体にずんっと振動が伝わる。それはどうやら地響きで、地震かと思い辺りを見渡したら洞の奥からぬっと大きな影が浮かび上がった。
「今度はでかいのが出てきたな」
アランの言葉に影に視線を向ければ、それは僕にとっては因縁の魔物オーク、思わず嫌悪の表情を浮かべてしまったのだが、もうこれは不可抗力だ。
この世界に来たばかりで幼気な少年だった僕を散々にいたぶってくれたオークへの嫌悪感を僕は未だ消す事ができない。
あの事件があって以降、僕は冒険に対して慎重になったし、魔物と対峙する時の心構えもできるようになったので一概に悪い事ばかりではなかったけれど、それでもやはり醜いオークのその姿を見ただけで僕の気持ちはすうっと冷める。
オークはその辺に落ちているコウモリを指で摘まみ上げると口の中へと放り込む。それはまるでスナック菓子でも食むようにむしゃむしゃと咀嚼するその姿にまたしても嫌悪感が増した。
洞の奥から現れたオークの数は一体ではなく五体、三年前は一体だけでとんでもなく恐ろしかったが、経験値を積んだ現在の僕はそんなオークをもう恐ろしいとは思わない。恐怖よりも忌避感が勝ってムカムカする。
「オークが五体……嫌な予感がしますね」
そんな僕の悪感情を知ってか知らずかルーファウスがぽつりと零した。そして相変らず続く地響きにアランも警戒を強めているのが分かる。
そういえばオークは基本的にオークだけで群れを作る事はないらしい。魔物の世界は弱肉強食、縄張り意識の強いオークはゴブリンのような卑小な魔物を従える事はあっても仲間を持つ事はないとかなんとか何かの本で読んだ気がする。そしてそんなオークが群れていた場合、それは更に強い魔物に従属しているという可能性――
そこまで考えたところで洞の奥からぬうっと目の前にいるオークより更に一回り大きな個体が現れた。その姿は基本的に目の前のオークと変わらない、けれど身体には防具、手にはこん棒のような武器を装備していた。
魔物は基本的に知能が低いと言われている。ドラゴンのように知性を持った魔物だっている所にはいるのだけれど、それでも人間と敵対している魔物は対話もできない為、知能は人間の子供より低いというのが定説だ。
けれど今僕達の目の前にいるオークは武器と防具を装備している、それは少なくとも武器や防具は装備する事で役に立つという事が分かる程度には知恵があるという事だ。
「あれは恐らくオークジェネラルですね」
『オークジェネラル』その呼び名は聞いた事があるけれど、今まで遭遇した事は一度もない。
オークの中には稀に同胞を纏め上げる事ができるような統率力を持った個体が現れる事があるらしい、そんな個体を通常のオークとは区別して人の間では『オークジェネラル』と呼ぶのだそうだ。
普通のオークもオークジェネラルも魔物の個体識別としては同じオークだが、オークジェネラルは普通のオークより知恵が回り小賢しい、と本には記されていたように記憶している。
そんなオークジェネラルがコウモリを貪り食っているオークの頭をこん棒で小突き、向こうを見ろと言わんばかりに僕達の方へと視線を向けた。どうやら普通のオークの方はコウモリの焼け焦げる美味しそうな匂いにつられて僕達の方へとやって来ただけで僕達の存在に気付いていた訳ではなかったらしい。
僕達の存在に気付いたオークは俄かに殺気を放つ。ってか遅い、気付くのも殺気を放つのも遅すぎる。
けれど僕達の存在に気付いてからのオークの動きは速かった。五体のオークがまるで僕達の前に立ち塞がるように横に広がり、先には行かせないと言わんばかりに威嚇してくるのだ。そんなオークの動きに満足するようにオークジェネラルは五体の後ろに存在感を持って立ち塞がった。
「あいつはもしかしたらこの地下道を護る役目でも担っているのかもしれんな」
「その可能性はありますね」
魔物は人より知能が低い分、統率を取るのが難しいと言われている。人はワイバーンなど慣らしやすい魔物を従魔として飼い慣らし従える従魔師という職業も確立しているくらいだけれど、魔物同士で連携を取ったり何かしらの役目を担って働くという事はほぼないと言っていい。
けれど現在僕達がいるのは魔王の住まう城の地下、魔王は魔族を束ねる王であり、魔族は魔物に限りなく近い種である、配下に魔物が居たとしても不思議ではない。
オークジェネラルが部下であろうオークに一声雄叫びを上げると、五体のオークは揃って僕達の方へと突進してきた。
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【登場人物】
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完璧超人。真面目で自信家。良き跡継ぎ、良き兄、良き息子であろうとし続ける、実直な男だが、興味関心がない相手にはどこまでも無関心で辛辣。当初は異国の使者だと思っていたレイナードを警戒していたが…
受→レイナード
和平交渉の一環で異国のアドラー家に人質として出された。主人公。立ち位置をよく理解しており、計算せずとも人から好かれる。常に兄を立てて陰で支える立場にいる。課せられた使命と現状に悩みつつある上に、義兄の様子もおかしくて、いろんな意味で気苦労の絶えない。
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別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。
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ハッピーエンドのために妹に代わって惚れ薬を飲んだ悪役兄の101回目
カギカッコ「」
BL
ヤられて不幸になる妹のハッピーエンドのため、リバース転生し続けている兄は我が身を犠牲にする。妹が飲むはずだった惚れ薬を代わりに飲んで。
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