童貞のまま40を超えた僕が魔法使いから○○になった話

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第五章

最古のスライム

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 魔王討伐隊が王都を出立してから数日、その日は少しだけ曇り空が広がっていた。
 大義名分は魔王討伐だが、どうにかしなければならないのは魔王よりも魔物達を狂わす魔力溜まりの方であるという事を知っているのは限られた極一部の者のみ。
 その魔力溜まりの魔力を使って魔王がこちらへ進軍してくる事も考えられる現状、魔王という存在を疎かには出来ないけれど今の僕達の第一目的は魔王より危険な存在である魔力溜まり。
 僕達はアランの情報を元に真っ直ぐ最短距離でそこへ向かっていた。

「ふむ、なんというか順調すぎて怖いくらいだな……」

 目の前に聳え立つのは魔王城。魔王領には様々な魔物が暮らしているのだが、魔王城のお膝元には城下町があり、そこでは様々な亜人や魔人が普通に暮らしていた。
 亜人や魔人は見た目は人と違っている異形の者だが、知能の高い者達は生活様式も人と大差ないという事が分かる程度にその城下町は整備されていた。
 そしてそこに暮らす住民達は、僕達と変わらない平凡な生活を営んでいるのが見てとれる。

「なんか普通の街、ですね」

 アランはそんな僕の言葉に「そうだな」と一言返して周りを見渡した。
 亜人には角や尾がほぼ標準装備されている。肌の色はカラフルで赤青緑でバラエティに富み、肌質は鱗だったり剛毛だったりして人族のようにつるっとした肌の者はあまり見かけない。
 僕は自分が人族である事を悟られないように深くフードを被った。

「まさかここまで普通の街だったとは思わなかったな……」
「? 前は違った?」
「前に来た時、俺達はここへ進軍して来たんだぜ? 俺がこの街に着いた頃には魔族と人族入り乱れの戦闘状態で街はもう荒れに荒れていて、見る影もなかったな。それにあれは魔力溜まりの魔力の影響だったのかもしれないが魔物どもも見境なく街を破壊していたように思う。今はそんな魔力の影響をさほど感じないんだが、どうなってんだろうな」

 最短距離で魔王城まで辿り着いた僕達は先遣隊と言っていい。
 最初は王国軍と共に行動していた僕達だけど、元々僕達は冒険者、王国軍と行動を共にしていても指示が出せる立場にいる訳ではなく、大所帯の国軍を連れての行動ではあまりにも効率が悪い。
 という訳では現在僕とアランとルーファウスの三人は王国軍とは別行動中だ。連絡は密に取り合っているのだけどね。
 連絡係はライムとヒビキ、さっそく役に立ったよスライム通信。
 本当はオロチも連れてくる予定だったのだけど、色々な事情が重なって無理だった。だってオロチを連れて行こうとすると必然的に茉莉が付いてきて、茉莉が付いて来るとやはり必然的に王子が付いてくる。
 そんでもって王子が付いて来ると王国軍が……ってなにこれ、わらしべ長者か? って感じになってしまうので置いて来た。まぁ、僕は龍笛を持っているし、いざとなったらそれを吹けばオロチは何処へでも飛んできてくれるそうなので問題なし。
 ちなみにスライム通信には小太郎の協力が必要不可欠なので小太郎もお留守番、そして小太郎の護衛のようになっているロイドもそちらに残った。
 そこまで考えて、僕はロイドの事を思い出し、何となく溜息を吐く。
 今現在、少しばかり僕とロイドの間には気まずい空気が流れている。
 僕が誰かを選べばこうなる事は分かっていた。僕達は今まで四人で仲良くやってきたけれど、その均衡は決して安定しているというものではなかった。
 この四人パーティ、アランは置いておくとして、ルーファウスとロイドの二人は恐らく僕という存在がいなければ交わる事すらなかった二人だ。
 そんな二人に求愛されて、どちらか一人を選んだらこんな事になるのは想定の範囲内、だけどやっぱり気持ちは沈む。
 恋人としては選べなくても、友人としては長く付き合っていきたいと思っていたのだけど友情って間に愛を挟むと簡単に崩壊するんだよな……

「どうしたタケル浮かない顔をして。ここまで来て怖気づいたか? まぁ、こんな普通の生活の営みを見せつけらると、これからここを攻撃しなけりゃならん事に戸惑う気持ちも分かるがな」

 アランがひょいと僕の顔を覗き込み、そんな事を言う。でも確かにアランの言う通り、人と姿形こそ違っているが、そこには生活と僕達と然程変わらない営みがある事を知ってしまえば、何故そんな事をしなければならないのかという気持ちは当然湧いてくる。
 100年に一度の魔物の大暴走(スタンピード)、それさえ起らなければ、そして魔王が僕達の国へと進軍して来る事がないのであれば、この彼等の生活を奪う権利は僕達にはないように思うのだ。
 真面目に僕がそんな事を考えていると、唐突にぐいっと腰に腕を回され「あなた達、近い」と、僕はすぐ後方に居たルーファウスの胸に抱き込まれるように腕の中に閉じ込められてしまった。

「ちょっと、ルーファウス! こういう事するなって僕、何度も言ったよね!?」
「了承した覚えはありません」

 確かに僕の顔を覗き込んでいたアランと僕の距離は多少近かったと思うけれど、この距離感は今まで当たり前にあったもので目くじらを立てる程のものではない。けれどしれっと言葉を返してくるルーファウスは僕の言葉なんて軽く無視して僕の身体を離さない。
 魔術師であるルーファウスの腕力はさほど強いわけではない。僕の力でも全力で振りほどこうと思えば振りほどけない事はないのだけれど、僕はルーファウスの腕の中で溜息を吐く。
 こういう事をなるべくさせない為にわざわざ付き合いを公言したというのに、全く意味がなかったよ。

「あ~……別にいちゃつくのは構わんが、お前等本当に仲良いな。傷心中の俺には目に毒だわ」

 そんなアランの台詞に僕は申し訳ない気持ちになる。奥さんをよく分からない自分のそっくりさんに寝取られて傷心中なのは本当のところだろうけど、場の空気が悪くならないように軽口めいてそんな事を言ってくれる彼には相当気を遣わせていると思うのだ。
 本当なら『もうお前等の事なんか知らん! 俺は俺で自分の好きなようにやらせてもらう!』くらいにぶち切れてもいいような状況なのにアランはそんな事は一言も言わない。
 そういう所アランはやっぱりとても大人で、アランのような人と付き合ったらきっと穏やかに暮らせるのではないかと僕は思ったりもする。だけどそんなアランも家庭を継続できなかった過去があるのだから、人間関係って本当に難しい。

「まあ、それはさておき、どうやって侵入するかな、魔王城」

 アランがもう既に目の前に聳え立つ魔王の城を見上げる。魔王が住んでいるから魔王城、だけど言ってしまえばただの王城。普通に警固は頑強だし簡単に侵入できるような感じではない。

「アランは前回どうやって魔王城に侵入したんですか?」
「ん? さっきも言ったが俺がこここ辿り着いた時には既に国王軍が城に進軍した後だったもんだから普通に正面から乗り込んだぞ」

 なるほど。
 確かに傭兵として雇われている冒険者が先陣切って城に乗り込むなんて事はさすがにあり得ないもんな。どちらかと言えば冒険者の役割は雑魚敵の掃討とかだろうし。

「あの時は恐らく国王軍の主戦力は魔王へと向かってったんだと思うんだが、俺達は城の地下から魔物が湧いてくるって言うんでそっちに向かわされたんだ。そんでそのまま地下ダンジョンに迷い込んだ」
「今回用があるのは城というよりその地下ダンジョンですし、何処か排水路とかそういう所から忍び込めたりしませんかね?」

 僕がそんな風に考えながら辺りに視線を巡らせると視界の端に何かが映る。

「え? あれ? ライム?」

 そこでポムポムと飛び跳ねているのは僕の従魔であるスライムのライム、いつもは僕のローブの内ポケットに収まっているライムが何故かポムポムと飛び跳ねて勝手に何処かへ行こうとしている。

「ちょっと待って、ライム何処行くの! 迷子になるよ!」
「ん? ライム?」

 アランとルーファウスも驚いたようにそちらを見やると、ライムは少し立ち止まるように動きを止めたのだが、すぐにまたポムポムと飛び跳ね僕達から離れていってしまう。
 基本的にはライムは僕にとても従順で反抗的な事をした事は一度もない。駄目だと言えば素直に聞くし、今までこんな風に勝手な行動をした事などなかったのにと、と僕は慌ててライムの後を追った。

「あ? おい、タケル!?」

 そんな僕を追いかけるようにアランとルーファウスも追ってくる。一方でライムはまるで止まる様子もなくポムポムとまるで僕達を導くかのように雑踏の間をすり抜けて跳ねて行ってしまうので追いかけるのも一苦労だ。

「ライム、駄目だって! 戻っといで!」
『タケル~』

 頭の中にライムの声が響く、けれど前方を跳ねているライムは止まらない。って言うか、僕の名前を呼びながらライムは一体何処へ行く気なのか。
 気が付けば僕達は路地裏に迷い込んでいた。
 
「タケル、単独行動は危険です! 一体どうしたと言うのですか!」

 ルーファウスに腕を掴まれ制止され、僕はようやく立ち止まる。

「だって、ライムが……」
「タケルのスライムでしたら先程からずっとあなたの頭の上ですよ」
「……え?」

 言われて僕が頭上に手を伸ばすとそこには触り慣れたぷにっとした感触。そして『タケル~どこいくの?』という呑気な声も頭に響く。
 嘘だろ? 僕、間違えた!?
 確かにスライムの個体を区別するのは難しい。それでも僕は今までライムと他のスライムを間違えたことは一度もなかった。何故ならライムは一匹だけ他のスライムと微妙に色が違うのだ。
 僕のライムは他のスライムより少しだけ色が緑がかっていて綺麗な若草色をしているので僕には完璧に区別がついている、はずだった。なのに僕はどうやら別の個体のスライムをライムと誤認していたらしい。

「あああ、ごめんなさい! ライムもごめん、間違えた!」
『? タケルはあっちのボクに用があるの?』

 僕の手の中で身をくねらせるように首(?)を傾げるライムに僕も「あっちのボク?」と首を傾げた。

『さっきのボクはボクのカケラだよ』

 ??? ライムが何を言っているのかまるで分からないのだが、僕がライムと間違えたと思っていたスライムは少なくともライムの分裂体の一匹ではあったようで、一概に別スライムと間違えたわけではなかったらしい。けれどやはり僕はそれが腑に落ちない。
 だって今までライムの分裂体とだって僕はライムを見間違えたりしたことはなかったのだ。けれど僕は先程のスライムをライムだと信じて疑いもしなかった。

「さっきの子、何処に行ったか分かる?」
『ん~? わかんない!』
「え? 分からないの? いつもなら感覚共有とかそういうので他の子の居場所も分かるよね?」
『ずっと離れてたからわかんない。もう一度くっついたらわかるよ』

 ずっと離れていた? という事はあのライムの欠片は少なくとも最近ライムと分裂した分裂体ではないという事なのだろう。

「タケル? 難しい顔になっているが大丈夫か?」
「え、ああ、えっと、実はですね……」

 僕は今知り得たライムの情報をアランとルーファウスに共有すると「相変らずスライムという生き物はよく分からんな」とアランには苦笑されてしまった。
 スライムには雌雄というものが存在しない、増えていく時は分裂で数を増やしていくアメーバのような生き物だ。でも、だとすると、この世界に存在するスライムはことごとく全部が同一個体から派生したスライムである可能性を僕は否定できない。
 そういえばだいぶ前、ライムのステータスを見た時『最古のスライムの一片』とかそんな事書いてあったような記憶が……
 僕は掌の上で伸び縮みを繰り返すライムをもう一度見やる。けれど相変らずライムはライムでそれ以上の何者でもない。

『ねぇ、タケル~向こうの方から美味しそうな匂いがするの~』
「? 美味しそうな?」

 ライムの言葉に視線を向けた先、そこにはぽっかりと大きな穴が口を開けていた。

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