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第五章

アランとアレン

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 アランの兄を名乗るアランにそっくりな顔をしたアレンは自分は王国軍に所属している兵士だとそう言った。

「なんで冒険者を辞めた?」
「まぁ、理由は色々だが一番は家族のため、だな」

 どうやらアレンは元々アランと同じ冒険者だったのだろう、驚いたようなアランの問いに彼は家族のために冒険者を辞めて兵士になったと屈託なく笑みを浮かべた。
 彼の腕の中の娘はむずがるように父親の腕の中で暴れている、そんな子供をあやしながら肩車をして「この子の為に俺は冒険者を辞めたんだ」と真正面からアランを見やる、そんな彼からアランは複雑な表情で瞳を逸らした。
 確かに冒険者というのは危険と隣り合わせだ。自分の身ひとつで稼げる職ではあるけれどその稼ぎは安定したものではない。
 魔物を狩りダンジョンに挑み一攫千金の旅に出る、そんな冒険者稼業にはロマンがあるけど、それで家族を養っていくとなると話は別で、ある程度の稼ぎがある高ランク冒険者でないとそれは難しい。
 しかも高ランクになると依頼も当然難易度の高いものになり危険性も増していくのだ、そのため家庭を持つと同時に冒険者を引退して別の職業に就く元冒険者というのは意外と多い。アレンはそうして冒険者を辞め兵士になったのだろう。

「とうちゃ、ありぁ、かあちゃのとこ、かえりゅ」
「お、そうか。じゃあ父ちゃんと一緒に帰ろうな~」

 娘が母親の元へ帰りたいと言い出した事でアレンは「それじゃあな、後は任せたぜ」とアランの背中を叩いて踵を返した。
 そんなさばさばしたアレンの背中を見送り、神妙な顔をしたままのアランは何も言わない。任せたって、アランは何を任されたのだろうか?
 それにアランの様子がどこかおかしい気がするのは気のせいだろうか?

「アレンさん、アランにそっくりでしたね。びっくりしました」
「ああ……そうだな」
「そういえば、ご家族には会えましたか?」
「まぁな……」

 どこか上の空な雰囲気のアランは心ここにあらずといった風情で生返事しか返ってこない。

「アラン、大丈夫?」

 あまりにもぼんやりしているアランにさすがに少し心配になって腕を掴んで顔を覗き込むように下から見上げると、ようやく焦点が合ったかのようにアランが「タケル……」と一言呟いた。
 まさかと思うけど僕の事も見えてなかった? 別行動をしている間にアランに一体何があったのかと僕はアランが心配で仕方がなくなる。
 アランは陽気で気遣いのできる男だが、それでいて自分の弱味はなかなか見せない男だ、そんな彼が自分を取り繕う事もなくぼんやりしているという事は恐らくこの数日で彼の身の上に何かがあったという事だと思うのだ。

「アラン、何かあったのなら話を聞くよ?」
「………………」

 何から話したものかと逡巡するアラン。僕は黙ってアランが話し出すのを待つ。

「イライザの……」

 イライザって確かアランの奥さんの名前だよな。再婚したって聞いてるけど……

「イライザの、再婚相手があいつだった……」
「!」

 ちょ……っと、これはキツイな。もしかしてアランは実の兄に嫁を奪われた形なのか。しかもさっき抱いてたアレンの子、もしかしなくてもアレンと元嫁の間の子か! これはキツイ、めっちゃキツイ!
 僕はかける言葉が見付からず、どうアランを慰めたものかと頭を悩ませる。
 それにしても弟の嫁を寝取っておいてアレンのあの態度か、さすがにそれもちょっとどうかと思ってしまう。
 だけど家族を置いて冒険者を続けたアランと、家族のためにと冒険をすっぱりやめて定職についたアレン、比べてしまうと考えてしまう所も無くはない。
 金だけは送ってくるが帰ってこない旦那と常に自分に寄り添ってくれる旦那、お嫁さんとしてはより堅実な方を選んだと言うべきなのか、それは現実的な選択とも言えるよな……

「俺もまだ混乱してる、だからこれ以上は……」
「いいよ! 大丈夫! 落ち着いて、話したい事ができたら話して聞かせてくれたらそれでいいから、アランは少し休んだ方がいいよ!」
「ああ……そうだな。そういえばお前等宿は? ロイドとコタローもいないんだな。お前達2人だけか?」

 アランが辺りを見回すようにしてそう言うので、それに関してはこちらも報告しなければならない事があるのだと、僕達は場所を移して話をする事になった。
 中央広場近くにあったこじんまりとしたカフェの端に陣取って僕は王城であった一連の出来事をアランに語って聞かせる。
 そしてロイドが勇者だと鑑定されたというくだりでは、やはりアランも「マジか」と一言呟き絶句した。でもまぁ、そうだよね。驚くよね。

「とまぁ、そういう訳でロイド君と小太郎君の二人は外出許可がおりなくて今日はお城でお留守番です」
「タケルの外出許可はおりたんだな」
「? だって僕はただの一般庶民ですし、誤解さえ解けてしまえばただの一冒険者ですよ」
「でも異世界転生者だろう」
「それはそうですけど」
「そんな特別な人間を王家の奴等が放っておくか?」

 何故か少し食い下がってくるアランに「何が言いたいのですか?」と、今まで涼し気な表情で茶を啜っていたルーファウスが眉根を寄せた。
 ルーファウスは元々僕がそういうあれやこれやに巻き込まれる事を快く思っていないので、今のこの状況は面倒ごとをロイドや小太郎に擦り付けられる絶好のチャンスとでも思っていそうな所がある。だから、まるでそれはおかしいだろうと言わんばかりのアランに不機嫌な表情を見せたのだ。
 僕はといえばロイドや小太郎に面倒ごとを全て押し付けようとするのはどうかと思っているけれど、僕自身、聖者だ勇者だと変に祭り上げられる事を望んでいない事はアランも分かっているはずなので、そんな風に食い下がってくるのは少し変だなと首を傾げた。
 アランは今まで僕が異世界人だと知っても変な色眼鏡で僕を見る事はなかった。タケルはタケルでお前の好きにしたらいいというスタンスで、僕はそのアランの大らかさに今までずいぶん救われてきたのだ。

「異世界からの転生者ってのは須らく全員特別な力を持っていると聞いた」

 確かにそれはそうなのだろう。自分もそうだし小太郎や茉莉だってこの世界に来るにあたって特別な力チート能力を与えられている。それは恐らくタロウさんも同じで、異世界からやって来る事で僕達には神様というふわふわした存在から特別な能力を与えられているのだ。
 そんな能力を与えられる事に意味があるのかないのか分からないけれど、そうやってこの世界にやって来た者達はこの世界で何かしら新しい事を始め、この世界の活性化に一役買っているのではないかと僕は思っている。

「タケルと出会った当初からそんな事は分かっていたはずでしょう。タケルは出会った当初から素晴らしい能力を発揮していた。けれどあなたはそれに今までとやかく言う事はなかったのに、何故今更そんな事を言うのですか?」
「俺がタケルを異世界人だと知ったのはまだつい最近の事だ。お前は何もかも知っていたのかもしれないが俺は何も知らなかった。俺が知っているのは俺の周りの事だけで、俺は何も知らない。お前は何処まで何を知っている? 俺はこれから一体どうすればいいんだ?」
「? アラン、あなたは一体何を言っているのですか? 話している事が支離滅裂であなたが何を言いたいのか私にはさっぱり分かりません」

 ルーファウスが更に眉間の皺を深くする。けれどそれは僕も同様で、アランが何を言いたいのかまるで分からず困惑を隠せない。

「アラン、やっぱり何かあった? 悩み事があるのなら話を聞くよ?」

 僕の言葉にアランは何かを言いかけたように口を開いたが、結局言葉は飲み込んで何も言葉を発しなかった。沈黙ばかりが続く中、僕とルーファウスは顔を見合わせる。
 今日のアランは明らかにおかしい。けれど、アランが何も話してくれないと、こちらも何故アランがそんな事を言い出したのかが分からなくて対処のしようがない。

「なぁ、ルーファウス、ひとつだけ聞いてもいいか?」
「はい、何ですか?」

 真剣な面持ちのアラン、そんなアランの問いかけは僕には意外なものだった。

「もしお前の目の前でタケルとタロウの二人が危険に晒されていたとしたら、お前は一体どちらを選ぶ?」

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