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第五章
勇者と聖女
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何かを決意したかのようなロイドの真剣な眼差し。先程まで自分の職業が勇者に変わっている事に戸惑っているだけだった彼がはっきりと自分は勇者だと言い切った。
「はん、冒険者風情が勇者を名乗るなどおこがましい」
けれど、そんなロイドの決意を嘲笑うかのようにユーベル第二王子はまたしても彼を鼻で笑った。
「何が選ばれただ、選ばれた人間というのは私達のように選ばれた血筋を持って生まれた者のことを言うのだ。勇者だなんだと言ってもどうせ『自称勇者』なのだろう?」
居丈高な王子の物言いが鼻につく。
ふむ、どうやらこのユーベル第二王子というのは血統主義者か。元々この国を起こしたフロイド国王陛下は冒険者上がりだと言うのに、その冒険者を蔑むのはどうにもいただけないな。
そしてその一方で困惑顔のエリシア様は僕とロイドの顔を見比べる。
「あの……これは一体どういう……? 聖剣グランバルトが彼を選んだというのは本当の事なのですか?」
「本当ですよ。聖剣は彼を主人と定めた、それは恐らく神も認めた事で身分証にもそう刻まれています」
この世界の身分証は教会で発行されていて、刻まれた個人情報は随時更新されていく。それがどういった仕組みなのか僕はよく分かっていないのだけれど教会の認める聖女であるエリシア様ならその意味が分かるだろうと思い言ってみたら、大きく瞳を見開いた彼女は姿勢を正し、片足を引くとドレスの裾を摘まみ上げ、それはもう綺麗な所作でロイドに臣下の礼をとった。
「な! 聖女エリシア、お前は一体何を!?」
「失礼ながら王太子殿下、私は神に仕える聖女です。神がお認めになった勇者様に臣下の礼をとるのは当然です」
聖女と勇者、僕的には立場は同等なのではないかと思うのだけれど、やはり勇者の方が上なのか? それにしても身分制度面倒くさいな。
どうやら王子は聖女であるエリシア様が庶民であるロイドに対して臣下の礼をとったのが相当に腹立たしかったようで「私は認めない!」とロイドを睨み付けた。
「お前が真に勇者であると言うのならばそれを証明してみせよ!」
相変らず居丈高な態度のユーベル第二王子にロイドは負けるかと言わんばかりの姿勢で王子の前にすっと聖剣を差し出した。
「な……王家の人間の前に剣を差し出すなど、謀反の意志ありと……」
「抜刀はしていない」
王子の言葉を遮ってロイドは聖剣を王子に押し付けた。
確かにロイドは抜刀していないし、柄に指をかけてもいない。鞘を掴んで王子の胸元に押し付けているだけでは謀反の意志ありとは言えないと僕は思う。
「聖剣グランバルト、お前の主人は誰だ?」
聖剣はロイドに押し付けられるがままうんともすんとも言わない、というか元々聖剣は喋る事はないのだけれど全く微動だにもしない。あれ?
あんなに自己主張激しく暴れ回っていた聖剣が、まるで普通の剣のように大層大人しい。
今まで通りの展開でいけば聖剣が王子を打ち据えるくらいの事はすると僕も思っていただけに、これには何も言わないがロイドも内心焦っている様子がうかがえる。
「は! 何も起こらぬではないか! コレの何が証明だ!」
ユーベル第二王子が何も起こらない事にしびれを切らし押し付けられた聖剣に手を伸ばした時、ようやく聖剣が動いた。
バチっ! と放電するように一瞬激しく光った聖剣がユーベル第二王子を打ち据える。今までは他者に対しては鞘に収まったままポカポカと牽制する程度の攻撃だったのが、するりと鞘から抜け落ちて刀身が明らかな殺意を持って切っ先を王子へと向けた。
「な……」
ロイドがそんな聖剣を抑えるようにその柄を掴み「聖剣よ、その意思を示せ」と告げると、聖剣はバチバチと稲光を走らせてユーベル王子の頬を掠めて稲光を走らせた。
さすがの出来事に王子は腰を抜かしたようにその場にへたり込んだのだが、聖剣は未だ刀身にバチバチと電気を纏い王子を威嚇する。聖女様も驚愕の表情で聖剣を見つめたまま動かない。
ってか、これ絶対やり過ぎだ……
あわあわと僕がロイドを窺い見ればロイドも視線を泳がせていて、これ完全に引っ込み付かなくなってるだけだろ!?
「ロイド君、もうその辺で……」
「あ、ああ……」
僕が声をかけると、はっと我に返った様子のロイドが剣を鞘に収めるとようやく聖剣の放電が治まって場がしんと静まり返った。
そういえば聖剣グランバルトは魔剣とも呼ばれていたんだったな。ロイドは剣に魔法を纏わせて戦う魔法剣を体得する為にこの三年間修練を積んでいたし、元々魔剣である聖剣グランバルトとは相性が良かったんだろうな。納得。
僕がそんな事を考えていたら、俄かに庭園が騒がしくなった。
どうやら聖剣が放った稲光が何処かの防御結界に触れたのだろう、警備兵が三人慌てたように駆けてきたのだ。
「ユーベル第二王子、これは一体……」
「し、侵入者だ! 私は攻撃を受けた! あの者を即刻捕縛せよ!!」
ユーベル第二王子がロイドを指差しがなり立てる。
「王子、勇者様は王子が命じられた通り勇者の証明をなさっただけで攻撃をされた訳ではありませんわ。現にユーベル様はお怪我もされては……」
「うるさい、ババア! 私は攻撃を受けたのだ、その事実は揺るがない! 王家の者に剣を向けたのだ、許される訳がないだろう!」
瞬間、別の意味で場が凍り付いた。
「誰が『ババア』ですって……?」
表情を失くしたエリシア様の背後に炎が見えるようだよ。女性に年齢の話は禁句だし、ましてや侮蔑の言葉を投げるだなんて礼儀がなってないにも程がある。
「ババアをババアと言って何が悪い!? 私より一回りも年上なのだからどう若作りしたってババアはババアだろうが!」
「ユーベル様は私の事をそんな風に思っておいでだったのですね……」
「当たり前だ! 兄上がダメなら次とばかりに簡単に乗り換えて、こっちはいい迷惑だ! ババアはババアらしくさっさと聖女なんて引退しとけよ、この糞ババア!」
王子は一体どれだけババアを連呼すれば気が済むのか。
しかもエルフの血が混じっているエリシア様は見た目にはまだ20代にしか見えないし、はっきり言って滅茶苦茶美人さんなのに贅沢にも程がある。
こんな美人に対しての罵詈雑言、はっきりと僕の中のユーベル第二王子の印象は地に落ちたぞ。
これならレオンハルト王子の方がまだマシだ。
「私、簡単にユーベル様に乗り換えたつもりなどございませんわ。王妃様にどうしてもと請われてこの場に居るのです。ユーベル様がそんなに私の事がお嫌なのでしたら、お兄上と同じようにどうぞ好きに婚約破棄でもなんでもなさったら良いのではございませんか?」
「それは……」
何故か王子が言葉を濁した所で、笑みを消し顔を俯かせた聖女様が「私は神に仕える聖女です、決して王位継承権争いの道具ではございません!」とハラハラと涙を零した。
そうだよなぁ……はっきり言ってエリシア様は事これに関しては被害者以外の何者でもない。
聖女としての資質が高いから王妃として望まれて王子の婚約者となったのだろうにそれを簡単に破棄されて、それならばと別の人間をあてがわれた彼女は王家に振り回されている可哀想な女性でしかない。
なのにそんな婚約者から愛情の欠片もない言葉をかけられたら傷付くのは当然だ。
「この婚約は私が望んだ婚約ではございません、けれど私から婚約破棄を望む事もできないのです。ですからユーベル様も私と同じお気持ちなのでしたらどうぞ遠慮なく婚約破棄を宣言してくださいませ。私はそのお言葉を胸に教会に戻り神に一生を捧げます」
ぐぬぬと王子が言葉を詰まらせ黙りこむ。
ユーベル王子は第二王子という事で手に届きそうで届かない王位に魅了されてしまっているのだろうか、エリシア様にここまで言われてもまだ婚約破棄を宣言する事なく黙りこんだ。
「警備の方、大変申し訳ございませんでした。彼等は私が招いたお客様で不審者などではございません。そして、どうやらユーベル様は一人でお立ちになる事が出来ないようですので、どうぞ自室へ運んで差し上げてくださいませ」
そう言ってエリシア様はユーベル王子に背を向けた。それは彼女の拒絶の意志で、ユーベル王子は何かを言いかけた様子だったが結局黙りこんで警備兵に連れて行かれた。
「はん、冒険者風情が勇者を名乗るなどおこがましい」
けれど、そんなロイドの決意を嘲笑うかのようにユーベル第二王子はまたしても彼を鼻で笑った。
「何が選ばれただ、選ばれた人間というのは私達のように選ばれた血筋を持って生まれた者のことを言うのだ。勇者だなんだと言ってもどうせ『自称勇者』なのだろう?」
居丈高な王子の物言いが鼻につく。
ふむ、どうやらこのユーベル第二王子というのは血統主義者か。元々この国を起こしたフロイド国王陛下は冒険者上がりだと言うのに、その冒険者を蔑むのはどうにもいただけないな。
そしてその一方で困惑顔のエリシア様は僕とロイドの顔を見比べる。
「あの……これは一体どういう……? 聖剣グランバルトが彼を選んだというのは本当の事なのですか?」
「本当ですよ。聖剣は彼を主人と定めた、それは恐らく神も認めた事で身分証にもそう刻まれています」
この世界の身分証は教会で発行されていて、刻まれた個人情報は随時更新されていく。それがどういった仕組みなのか僕はよく分かっていないのだけれど教会の認める聖女であるエリシア様ならその意味が分かるだろうと思い言ってみたら、大きく瞳を見開いた彼女は姿勢を正し、片足を引くとドレスの裾を摘まみ上げ、それはもう綺麗な所作でロイドに臣下の礼をとった。
「な! 聖女エリシア、お前は一体何を!?」
「失礼ながら王太子殿下、私は神に仕える聖女です。神がお認めになった勇者様に臣下の礼をとるのは当然です」
聖女と勇者、僕的には立場は同等なのではないかと思うのだけれど、やはり勇者の方が上なのか? それにしても身分制度面倒くさいな。
どうやら王子は聖女であるエリシア様が庶民であるロイドに対して臣下の礼をとったのが相当に腹立たしかったようで「私は認めない!」とロイドを睨み付けた。
「お前が真に勇者であると言うのならばそれを証明してみせよ!」
相変らず居丈高な態度のユーベル第二王子にロイドは負けるかと言わんばかりの姿勢で王子の前にすっと聖剣を差し出した。
「な……王家の人間の前に剣を差し出すなど、謀反の意志ありと……」
「抜刀はしていない」
王子の言葉を遮ってロイドは聖剣を王子に押し付けた。
確かにロイドは抜刀していないし、柄に指をかけてもいない。鞘を掴んで王子の胸元に押し付けているだけでは謀反の意志ありとは言えないと僕は思う。
「聖剣グランバルト、お前の主人は誰だ?」
聖剣はロイドに押し付けられるがままうんともすんとも言わない、というか元々聖剣は喋る事はないのだけれど全く微動だにもしない。あれ?
あんなに自己主張激しく暴れ回っていた聖剣が、まるで普通の剣のように大層大人しい。
今まで通りの展開でいけば聖剣が王子を打ち据えるくらいの事はすると僕も思っていただけに、これには何も言わないがロイドも内心焦っている様子がうかがえる。
「は! 何も起こらぬではないか! コレの何が証明だ!」
ユーベル第二王子が何も起こらない事にしびれを切らし押し付けられた聖剣に手を伸ばした時、ようやく聖剣が動いた。
バチっ! と放電するように一瞬激しく光った聖剣がユーベル第二王子を打ち据える。今までは他者に対しては鞘に収まったままポカポカと牽制する程度の攻撃だったのが、するりと鞘から抜け落ちて刀身が明らかな殺意を持って切っ先を王子へと向けた。
「な……」
ロイドがそんな聖剣を抑えるようにその柄を掴み「聖剣よ、その意思を示せ」と告げると、聖剣はバチバチと稲光を走らせてユーベル王子の頬を掠めて稲光を走らせた。
さすがの出来事に王子は腰を抜かしたようにその場にへたり込んだのだが、聖剣は未だ刀身にバチバチと電気を纏い王子を威嚇する。聖女様も驚愕の表情で聖剣を見つめたまま動かない。
ってか、これ絶対やり過ぎだ……
あわあわと僕がロイドを窺い見ればロイドも視線を泳がせていて、これ完全に引っ込み付かなくなってるだけだろ!?
「ロイド君、もうその辺で……」
「あ、ああ……」
僕が声をかけると、はっと我に返った様子のロイドが剣を鞘に収めるとようやく聖剣の放電が治まって場がしんと静まり返った。
そういえば聖剣グランバルトは魔剣とも呼ばれていたんだったな。ロイドは剣に魔法を纏わせて戦う魔法剣を体得する為にこの三年間修練を積んでいたし、元々魔剣である聖剣グランバルトとは相性が良かったんだろうな。納得。
僕がそんな事を考えていたら、俄かに庭園が騒がしくなった。
どうやら聖剣が放った稲光が何処かの防御結界に触れたのだろう、警備兵が三人慌てたように駆けてきたのだ。
「ユーベル第二王子、これは一体……」
「し、侵入者だ! 私は攻撃を受けた! あの者を即刻捕縛せよ!!」
ユーベル第二王子がロイドを指差しがなり立てる。
「王子、勇者様は王子が命じられた通り勇者の証明をなさっただけで攻撃をされた訳ではありませんわ。現にユーベル様はお怪我もされては……」
「うるさい、ババア! 私は攻撃を受けたのだ、その事実は揺るがない! 王家の者に剣を向けたのだ、許される訳がないだろう!」
瞬間、別の意味で場が凍り付いた。
「誰が『ババア』ですって……?」
表情を失くしたエリシア様の背後に炎が見えるようだよ。女性に年齢の話は禁句だし、ましてや侮蔑の言葉を投げるだなんて礼儀がなってないにも程がある。
「ババアをババアと言って何が悪い!? 私より一回りも年上なのだからどう若作りしたってババアはババアだろうが!」
「ユーベル様は私の事をそんな風に思っておいでだったのですね……」
「当たり前だ! 兄上がダメなら次とばかりに簡単に乗り換えて、こっちはいい迷惑だ! ババアはババアらしくさっさと聖女なんて引退しとけよ、この糞ババア!」
王子は一体どれだけババアを連呼すれば気が済むのか。
しかもエルフの血が混じっているエリシア様は見た目にはまだ20代にしか見えないし、はっきり言って滅茶苦茶美人さんなのに贅沢にも程がある。
こんな美人に対しての罵詈雑言、はっきりと僕の中のユーベル第二王子の印象は地に落ちたぞ。
これならレオンハルト王子の方がまだマシだ。
「私、簡単にユーベル様に乗り換えたつもりなどございませんわ。王妃様にどうしてもと請われてこの場に居るのです。ユーベル様がそんなに私の事がお嫌なのでしたら、お兄上と同じようにどうぞ好きに婚約破棄でもなんでもなさったら良いのではございませんか?」
「それは……」
何故か王子が言葉を濁した所で、笑みを消し顔を俯かせた聖女様が「私は神に仕える聖女です、決して王位継承権争いの道具ではございません!」とハラハラと涙を零した。
そうだよなぁ……はっきり言ってエリシア様は事これに関しては被害者以外の何者でもない。
聖女としての資質が高いから王妃として望まれて王子の婚約者となったのだろうにそれを簡単に破棄されて、それならばと別の人間をあてがわれた彼女は王家に振り回されている可哀想な女性でしかない。
なのにそんな婚約者から愛情の欠片もない言葉をかけられたら傷付くのは当然だ。
「この婚約は私が望んだ婚約ではございません、けれど私から婚約破棄を望む事もできないのです。ですからユーベル様も私と同じお気持ちなのでしたらどうぞ遠慮なく婚約破棄を宣言してくださいませ。私はそのお言葉を胸に教会に戻り神に一生を捧げます」
ぐぬぬと王子が言葉を詰まらせ黙りこむ。
ユーベル王子は第二王子という事で手に届きそうで届かない王位に魅了されてしまっているのだろうか、エリシア様にここまで言われてもまだ婚約破棄を宣言する事なく黙りこんだ。
「警備の方、大変申し訳ございませんでした。彼等は私が招いたお客様で不審者などではございません。そして、どうやらユーベル様は一人でお立ちになる事が出来ないようですので、どうぞ自室へ運んで差し上げてくださいませ」
そう言ってエリシア様はユーベル王子に背を向けた。それは彼女の拒絶の意志で、ユーベル王子は何かを言いかけた様子だったが結局黙りこんで警備兵に連れて行かれた。
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