童貞のまま40を超えた僕が魔法使いから○○になった話

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第四章

閑話:小太郎君は愛されたい

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 ボクの名前は蓮見小太郎。
 朝目覚めたら、昨夜皆の前で派手に喧嘩をしていた二人が、何故か現在ボクの目の前で仲良くいちゃついているように見える。
 目の前で繰り広げられている光景、それは椅子に腰掛けたタケルさんの長い髪をひたすら丁寧に梳き続けるルーファウスさん、という光景だ。
 はっきり言って二人とも滅茶苦茶にビジュアルがいいので、まるでドラマか何かのワンシーンでも見ているようだ。
 綺麗な顔立ちのルーファウスさんは性格がきつく、ボクの苦手なタイプだ。そんな彼からボクを守るような立ち位置でタケルさんは何度も意見をしてくれたけど、何故か完全に敵視されているボクに対する彼の態度は変わる事がない。
 まだ出会って数日で嫌われるような事もしていないはずなのに。やっぱりボクのこの女々しい性格が駄目なのだろうか?
 自分に自身のある人達はボクのような人間をどうやら嫌うらしいというのはボクのさして長くない人生経験の中でも充分理解しているつもりなのだけど、それならそれで放っておいてくれたらいいのに、なんで怒りをぶつけてくるのだろうか……お互い関わり合いにならない方が精神衛生上良いとボクは思うんだけどなぁ。

「コタ、おはよ。あれ? あの二人……」

 すっかりこの世界に馴染んでしまっている幼馴染がボクの目の前で繰り広げられている光景にボク同様、不思議そうな表情で首を傾げた。
 昨日はあれだけ怒っていたはずのタケルさんは気持ち良さそうにルーファウスさんに髪を梳かれていて、そんな彼の髪を梳き続けるルーファウスさんも何故か少し困り顔なのだけど幸せそう。茉莉に「あの二人って一体どういう関係?」と聞かれたけれど、それはボクの方が聞きたいくらいだよ。

「ねぇ、もしかしてあの二人って付き合ってんの?」
「え!? まさか、だって二人とも男だよ?」

 中性的な顔立ちの二人だが、二人ともが男性だ。この世界の倫理観がどうなっているのか分からないけれど、少なくともボク達が暮らしていた世界とそれほど差があるとは思えない。

「あのビジュアルならあたしはアリだと思うけどなぁ……あたしも彼ぴの為にもっと自分磨きしなきゃ♡ いつもよりスキンケア念入りにしとこ♡」

 そんな事を言って茉莉はいそいそと自分の部屋へと戻っていく。
 あのビジュアルなら、か。
 茉莉の何気なく放った一言がボクの心に小さなひっかき傷を付けていく。それは即ちボクみたいな平凡なビジュアルの人間だったらそんな関係は『ナシ』だと言っているのと同じだ。
 『お前キモイんだよ、この男女』そう言ってまるでバイ菌のように扱われた事が何度もある。好きになった相手にさえ、罵りの言葉を投げかけられた。
 同性同士の恋愛というのは傍から見ればきっとそういうものなのだろう。
 ボクはゲイだ。幼い頃から好きになるのは男の人ばかりで、将来なりたい職業で『お嫁さん』と答えて保育士の先生に苦笑された事を今でもはっきり覚えている。

『小太郎君、男の子は「お嫁さん」じゃなくて「お婿さん」って言うのよ』

 そう言って先生が指差したのはお嫁さんの隣で笑う男性だった。ボクはお嫁さんの着ているドレスが可愛いと思っていたのに、それは女の子が着るものだから、あなたはこっちと指差されたタキシード姿にはボクはちっとも魅力を感じなかった。
 怪獣ごっこやヒーローごっこ、そんなモノよりボクはおままごとが大好きだった、だけど回される役はいつも大体パパ役で、ママの役はやらせてもらえなかった。
 それでもボクはボクの思う通りに料理をしたり掃除をしたり、そんなごっこ遊びを楽しんでいたら『パパは外にお仕事に行くんだよ、パパはお料理なんてしないんだから』なんて、口の達者な女の子達にいつも怒られていた。
 我が家は共働きだったので基本的に家事は両親共にしていたので、その感覚は理解できなくて、女の子達と口喧嘩になる事も度々あった。ただ、僕は元来気も弱く、ほとんどの場合言い負かされて女の子達の理想のパパを演じざるを得なかった。
 ボクは戦隊モノより女の子向けの魔法少女が好きだった、別に魔法少女になりたいだとか、女の子になりたいだとかそういう感情ではなく、ただ可愛くてキラキラした物が好きだったのだ。
 幸いボクの両親はそういう所には理解があって、嗜好を咎められる事はなかったけれど、外ではそういう訳にはいかなかった。

『小太郎君って女の子みたいね』

 そんな風に言われてた頃はまだ良かった、そのうちそれは罵声に変わって『オカマ』なんて呼ばれるようになった。子供の攻撃に遠慮はない。キモい男女といつしか男子だけではなく女子からも蔑みの目で見られるようになって、ボクは学校での居場所を失っていった。
 そんな中で幼馴染である茉莉だけは普通にボクに話しかけ続けてくれていたけれど、それは決して優しい言葉ではなかった。

『あんたがそんな態度だから相手がつけ上がんの! 男ならもっとビシッと反撃しな!』

 茉莉は強い。家庭環境に問題があってあまり素行が良くない彼女だったけれど、そんな環境をものともせずに彼女はいつも凛と立っていた。
 そんな彼女が羨ましくも妬ましく、中学生になってからは疎遠にしていたボクだけど、補習授業で偶然一緒になって、何故か今はこんな事に……なんで選ばれたのが彼女とボクだったのか、本当に意味が分からない。
 勇者にするなら茉莉ちゃんの方が絶対似合うのに、ボクなんかに勇者をやらせようなんて、この世界の神様はどう考えても間違ってる。
 そんな彼女は一昨日、一目惚れしたドラゴンに告白して彼女になった。それを羨ましいなとボクは思う。
 なんの躊躇もなく好きな人に好きだと告げられる事が、どれ程幸せな事か彼女は知らない。そんな彼女がボクは羨ましくも妬ましくて仕方がないのだ。
 ボクはどうせ異世界に来るならお嫁さんになりたかった。
 ボクのことを誰も知らない世界で、ボクだけを愛してくれる人に出会いたかった。そんな陳腐な異世界恋愛ものの物語はいくらでもあるはずなのに、ボクの物語はボクの望む通りにはいかないのだ。それどころかボクの人生はボクの望むとおりになった事なんて一度もない。
 何故ボクが勇者なのだろう、何故茉莉やタケルはこの世界で愛され、守られ大事にされているのにボクだけが一人ぼっちなのだろう……
 この物語の主人公はボクじゃない、何処に居てもボクには脇役としての人生しかないのに、付いた称号が『召喚勇者』だなんて、あまりにも馬鹿馬鹿しくて逆に笑えるくらいだ。
 普通『勇者』って誰からも愛される英雄だろう? タケルさん曰くボクにもチート能力は備わっているらしいけど、チート能力で無双した所で、どのみちボクは一人ぼっちだ。
 ボクの能力は攻撃特化の闇魔法らしい、他人を直接攻撃なんて今までした事ないけれど、心の中ではいつでも相手を呪っていた陰キャなボクにはピッタリすぎて笑ってしまう。闇魔法は使い続けると心身を闇に蝕まれてしまうらしい、だけどボクの心なんて元々最初から闇の中だ。
 闇魔法を使わなければこれ以上闇に支配される事はないらしいけど、持って生まれた気質がそうなのに、今更何言ってんの? って感じ。
 ボクは闇の魔力を纏っているらしいと聞いて、あまりにも自分らしすぎるその力に納得してしまった。
 タケルさんは闇魔法を使わなければこれ以上闇に呑まれる事はないと言っていたけれど、それはこの世界へやって来て、ただひとつボクが手に入れたチート能力すらも封じる言葉だ。
 戦えない勇者に何の意味がある? 魔王を倒し、この世界を救うのがボクの使命なのだとしたら、その力を封じる意味ってなに?
 積極的に戦いたいとは思わない、だけどボクに力があるのなら……

「コタロー、顔色悪いけど大丈夫か?」

 膝を抱えて自分の指先を見つめていたら声をかけられボクはビクッと身を竦ませた。

「悪い。驚かせるつもりじゃなかった」
「いえ、平気です。大丈夫……」

 ボクの顔を覗き込んできたのはロイドさん。このパーティーメンバーの中で、唯一ボクの気の休まる人。
 獣人のアランさんも優しい人なのは分かっているのだが、体格がいい分威圧感があってボクには少し近寄りがたい。
 自分に自信がありそうなタイプに元々苦手意識が強いのは、自分を上に見せるため最初は優しくしても掌を返してボクを下げて罵ってくるタイプの人間が今まで多かったからだ。その点彼はボクと同じに割と平凡な感じで、そこが逆にボクの安心感に繋がっている。
 彼の前では色々と痴態・失態を晒しているボクだけど、それを馬鹿にしてこなかったというのもボクの中で彼への信頼度が上がったポイントだ。あと、何故かルーファウスさんに嫌われているという点でも親近感を持っている。
 ボクが顔を上げると髪を結い終えたのだろう、タケルさんがこちらを見て「小太郎君、ロイド君、おはよう」と、にっこり笑みを見せた。
 そんな彼に聞こえないくらいの小声で「ちぇっ、結局あの二人仲直りしたのかよ……」というロイドさんの呟きが聞こえてきて、ボクはまた視線を足元に落とした。
 まだ数日しか付き合いのないボクだけど、このパーティーの中心がタケルさんである事はもう分かっている。ルーファウスさんは言わずもがな、アランさんもロイドさんもタケルさんを好いている。
 何なんだろうな、同じ日本人で理不尽に異世界へ連れて来られたのも同じなのに、なんでタケルさんばかりこんなに愛されているんだろう。
 いや、タケルさんだけじゃない、茉莉ちゃんだって金も権力も美貌も兼ね備えた王子様に溺愛されている上に自分好みの彼氏までとっ捕まえて、異世界生活を満喫している。
 ボクもタケルさんのように綺麗な容姿にしてもらえていたら良かったのに。それとも茉莉ちゃんのようにはっきりと物を言えたなら、誰かに愛してもらえるようになるのだろうか?

「なぁ、コタロー、お前本当に大丈夫か? どっか具合でも悪いのか?」

 またしてもロイドさんがボクを気遣うように声をかけてくれて、泣いてしまいそうだ。既に誰かのものだと分かっているその優しさを、自分のためにと求めるのはボクの我が儘だろうか?
 彼の視線の先に居る人物なんてもう分かっているのに、それでもボクだって誰かの一番になりたいと夢見るのは欲張りなのだろうか?

「……に居て」
「ん?」

 声が聞こえなかったのだろう、耳を傾けるように寄って来てボクの顔を覗き込む、彼はやはりとても優しい人だ。

「っっ……」

 泣き顔を見られないように顔を掌で覆って、何でもないと首を振る。自分が情けないのは分かってる、きっと彼も呆れてどこかに行ってしまうのだろうなと思っていたら、思いがけず優しく頭を撫でられて、僕の涙は止まらなくなってしまった。

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