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第四章

宿屋にて

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 獣人御用達の定食屋『わんにゃん亭』を後にした僕達の次の行き先は本日の宿だ。元々観光地でもあり、宿場町でもあるリブルにはピンからキリまで色々な種類の宿屋がある。けれど、やはり冒険者でもある僕達は綺麗で豪華なホテルより冒険者が集まるホステルのような場所の方が何故か安心感がある。
 立派なホテルはあまり庶民は利用しないようなので、場違い感があるんだよね……
 今回僕達が選んだ宿屋はそんなホテルとホステルの中間のような宿屋。個室利用もできるし、他の宿泊者との相部屋でも利用ができる。個室利用はそれなりに金額を取られるけれど相部屋だとかなり金額を抑えられる感じかな。
 キッチンやトイレが共用である所なんかはシュルクの街で暮らしていた冒険者専用のシェアハウスを思い出させる。実際この宿もそんな感じの場所なのだろう。
 あの頃はアランとルーファウス、そして僕の三人部屋だったけど、現在はそれにロイドと小太郎が加わって五人だ。オロチは夜間は寝に帰るので数の中には入っていない。

「私は個人的によそ者のいない個室が望ましいのですが……」
「とすると、五人部屋ですかね」

 フロントにその旨告げて部屋があるかと尋ねると「五人部屋はない」と言われてしまった。
 部屋は一人個室・二人個室・三人個室の次が六人相部屋、五人で宿を取るのであれば残ったひとつのベッドには別の客が入るらしい。だったら六人分の料金を払えば一部屋貸しきれるかと問えば、相部屋に関しては元々常駐で暮らしている者もいるので、それは難しいと言われてしまった。
  結局僕達は話し合いの結果二人部屋と三人部屋の二部屋を借りて部屋を分ける事になった。さて、ここで問題になるのが部屋割りであるのだが、ルーファウスは最初に防犯面を考えてルーファウス・僕・小太郎の三人での三人部屋を提案してきた。
 僕はそれに特別異議もなかったのだが「なんでだよ」と、異議を唱えたのはアランだった。
 「カワイ子ちゃん二人も侍らせて、何をする気だ」という、アランの冗談半分の台詞に小太郎が何故か脅えてしまった。
 というのも、ルーファウスは常々言動がキツイ、更に小太郎が不思議と信頼を寄せているロイドへのあたりもキツイので小太郎の中ではルーファウスは『パーティーメンバーの中で一番怖い人』という印象があるようなのだ。そしてできれば同室はロイドが良いとそう言った。
 まぁ、確かに見た目に同年代の僕達三人が同室であるのは変な事ではない。なにせ二人部屋は三人部屋と部屋の広さは同じなのだがベッド数の関係で二人部屋の方がゆったりしている、その広い二人部屋を(中身年齢は置いておいて)年長者に使ってもらうというのは理にかなっている。けれど、それに関しては当然のようにルーファウスが良い顔をしない。
 僕が面倒を見ると言った手前、小太郎と僕は同室と考えると自然に選択肢は狭まって、結果的に僕と小太郎で二人部屋、アラン・ルーファウス・ロイドの三人で三人部屋と決定した。ルーファウスは不満そうだったけどね。
 それぞれ分かれて部屋に入った瞬間「ルーファウスさんって、すごく綺麗な人なのに、滅茶苦茶性格きつくないですか!?」と小太郎に言われて僕は苦笑する。

「あ~……本来はルーファウスもそこまできつい性格ではないんだよ。まぁ、色々事情があるというか、ルーファウスが一方的にロイド君を嫌っていて、あたりがきつくなってるというか……」
「何でですか!? ロイドさんってめっちゃ良い人ですよね!?」
「あまり勝手に個人の事情を話すのよくないから詳しくは言わないけど、ルーファウスの言動は愛情の裏返しみたいなものだから……」
「それって、実はツンツンしてるけどルーファウスさんはロイドさんの事が好きって事ですか!?」

 驚いたように言われてしまって僕もその考え方にビックリだよ。
 いや、確かに僕の言い方だとそう取れなくもないのだけど、ここで『二人とも僕のことが大好きすぎて、僕を取り合ってこうなってるんだよ☆』なんて言える訳もなく、「どうなんだろうねぇ……」と僕は言葉を濁した。

「そういえば小太郎君、お風呂入りたくない?」

 これ以上この話を続けるのは面倒くさい事になりそうだと判断した僕は話題を変える事にする。同じ日本人である小太郎君はきっとお風呂の価値観も僕と同じはずという判断のもと話を振ってみたら「ここ、風呂があるんですか!?」と彼はすぐに食いついてきた。

「ここに、というか僕の私物、よいしょ――」

 僕がマジックバッグの中から猫足のバスタブを取り出し部屋の空いたスペースに設置すると、小太郎は何が起こったのか分からないというポカンとした表情でこちらを見やる。

「え? バスタブ? 自前?」
「うん、良いだろ」

 バスマットと簡易の間仕切りも取り出して、蛇口を捻れば即お風呂。いやぁ、こういう所はホント便利だよね、この世界。

「ちょっと理解が追い付かないんですけど……」
「理解しようと思わなくていいよ、こういうもんなんだって思えばいいだけだから」

 まだこちらの世界に来たばかりの小太郎に「魔法陣が」とか「水の魔術が」と、説明した所でどうせちんぷんかんぷんだろうから、仕組みの説明はまた今度。
 「お先にどうぞ」とバスタオルを手渡すと、小太郎は嬉しそうにいそいそと風呂に浸かりに行った。とはいえ、場所は間仕切りのすぐ向こう側なのだけど。

「湯加減どう?」
「久しぶりの風呂、最高です! 今までずっと汚いままで、こっちの世界では魔法で全部汚れを落とすんだって聞いて、なんかそれってどうなんだって思ってたんで、めっちゃ嬉しい! 気持ちいい~」

 そうだろ、そうだろ、僕もそう思うよ。感覚が同じ人がいるってのは嬉しいものだね。やっぱり日本のお風呂文化は最高なんだよ!

「一応今着てる服は洗浄クリーンで綺麗にしておくけど、たぶん僕のサイズで着られると思うから着替えも用意しておくね」
「至れり尽くせり、ありがとうございます! ボク、今初めてこの世界でも生きていけるかもって思いました!」

 ははは、大袈裟。でも、それだけ小太郎の今までの生活が大変だったって事だもんな、同情を禁じ得ないよ。
 ちなみに小太郎が今まで着ていた服は黒の学生服だ。懐かしいな、学ラン。所々破れている個所もあって、今までの彼の生活の過酷さを物語っている。
 僕はそんな破れのひとつひとつを魔法で修復して、学ランはすっかり新品同様。致命的な破れがなかったあたり、制服って意外と頑丈にできてるんだなと感心しきりだ。

「そういえばさ、僕、小太郎君に教えておくことあったんだった」
「え? 何ですか?」
「ステータス・オープンって言ってごらん」

 僕のその言葉に戸惑いながらもおずおずと「ステータス・オープン」と小太郎が言うと、恐らく目の前に自分のウィンドウ画面が開いたのだろう、小太郎は「わぁ!?」と驚いたような声を上げる。

「え!? ちょっと、何ですかこれ!?」
「うん、だからステータス画面。自分のステータスって自分にしか見えないんだね、初めて知ったよ」

 バスタブの中であわわしている小太郎を覗き込んで僕が言うと、小太郎はこれがこの世界の普通なのか? と戸惑い顔なので、それは違うようだと僕は告げる。

「この世界に暮らしてきてこの世界の人達がこうやってステータス画面を開いているのは見た事ないんだよね。ステータスはあくまで教会、もしくは鑑定士に鑑定してもらうものみたいで、こうやって自分のステータスが見られるのは僕達だけの特別な能力みたいだよ。だから僕も周りには言ってない」
「へ、へぇ……なんか凄いや。あ、職業『召喚勇者』と『偽装冒険者』になってる。これって大丈夫なんですかね?」
「それって文字が反転してたりする?」
「えっと『召喚勇者』と偽装冒険者の『偽装』の部分だけ反転してます」

 なるほど。という事は『召喚勇者』は完全に隠蔽されていて『偽装冒険者』の方は『冒険者』の部分だけ有効で『偽装』の部分は一応隠蔽されているという事か。

「ん~まぁ、大丈夫なんじゃないかな? どのみち他人の個人情報を盗み見できる人なんてそういないし、身分証はきっちり発行されてるんだから問題ないと思う。例え見られたとしても、その反転文字の部分は教会の鑑定水晶もすり抜けるみたいだし問題ないんじゃないかな。それよりも僕は小太郎君のスキルを知りたいんだけど、どうなってる?」
「え? スキル? えっと……」

 小太郎が幾つかのスキルを言葉にして羅列していく、その中には当然だけど冒険に必要な各種スキルが揃っていて、案の定というか小太郎も充分チートと呼ぶに相応しい充実具合に僕は笑ってしまう。

「あの、なんで笑うんですか?」
「だって、小太郎君は自分のことダメ人間みたいに言うけど、それだけのスキルを持ってたら、この世界で充分やっていけるよ。スキルレベルは大体3あれば支障なく使えるレベルなんだけど、小太郎君、ナイフ術が8なんだよね? それって既に達人レベルだよ」

 そう、小太郎のナイフ術のレベルは8、これはこちらに来て早々からナイフ型の聖剣グランバルトを使って戦っていたせいかレベルが飛び抜けて高い。
 魔法関係のスキルに関しても軒並み5~6と高いレベルで、この世界にやって来たばかりの頃の僕よりも余程高い数値になっている。
 これはあれか? 元々が勇者としての異世界召喚だったから最初からボーナスが付いてる感じなのか? 僕の場合はこつこつレベル上げをしたいという要望が通った形のレベルの振り分けだったけど、小太郎の場合は連れて来られた理由がそもそも違うからな。
 この調子なら知識さえ身に付ければ充分この世界に順応して生活はできそうだ。ただ、小太郎の最終目標が元の世界への帰還だとするならば、また話は違ってくるけれど。

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