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第三章

召喚勇者と聖剣グランバルト

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 僕の質問に質問で返してくるエリシア様。それにしても勇者召喚? 召喚術と言うくらいだから勇者を召喚する術なんだろうけど、僕はその術に関しては全く聞き覚えがない。
 僕が素直に「知らない」と首を横に振ると、エリシア様は少しだけ疑わし気な表情で「タケル様はその勇者召喚の召喚術で呼び出されたのではありませんか?」と、僕に言う。

「は? 知りませんよ、一体何の話ですか? 確かに僕はある日突然この異世界に飛ばされてきましたけど、そんな話は知りません」
「え? 何それ? 俺、聞いてないんだけど」

 僕の返答に何故か一番に驚いたような声を上げたのは背後に立っていたロイドだった。そういえば僕はロイドにもアランにも僕が異世界人だって話は一度もした事なかったな。
 敢えて話す必要もなかったし、ルーファウスにはかなり早い段階でバレていたけど今まで生活に支障はなかったからな。ついでに言うなら僕の中身が40過ぎのおじさんだって事も結局黙ったままだ。

「やはりタケル様も異世界からの召喚者である事は間違いないのですね」
「え、ああ、それはその……」

 神様に連れて来られたという点では確かに僕は召喚者になるのだろうけど、少なくとも勇者召喚されてきた訳ではないはずなんだよな。そもそも僕はその件に関しては神様にお断りをしている。

「先程私はマツリ様がある日突然この国へやって来たと申し上げたと思うのですが、それが王家による勇者召喚の儀式によるものだという事が現在判明しております」

 へぇ、そうなんだ。それじゃあ、そのハヤシダさんが勇者という事になるのだろうか?

「ですが、その儀式で召喚された者は二名、お一人は件のマツリ様、そしてもうお一人が現在行方不明なのです」
「行方不明?」
「はい、お二人は同時に召喚されこの世界へとやって参りましたが、召喚の儀式を行った国王陛下のお話を聞くやいなや出奔なさったとかで……聞くところによりますとそのお話は私がお告げを受けた時期とも一致しております、タケル様は勇者として召喚されたもう一人の召喚者なのではないのですか?」

 いや、知らん知らん、何のこと!? 僕はそんな儀式も知らないし、国王陛下に会った事もなければ、ハヤシダさんの話だって今日初めて聞いたばかりだよ!
 僕は全力でエリシア様の言葉を否定するのだが、エリシア様も枢機卿も疑わしげな表情を隠さない。

「でしたら三年前タケル様は何故、私の前から姿を消したのですか? 勇者様である事を気付かれるといけないので姿を消したのではないのですか?」
「それは違います! 僕はエリシア様が僕の事を神子だとか聖者様だとか言うのが嫌で逃げただけです。僕はあの頃新生活を始めて冒険者になったばかりで、せっかく新しい生活を始めたのに誰かの言いなりに自分の未来を縛られるのが嫌で、それで――」
「私はタケル様の未来を縛ろうなどとは思っておりませんでしたわ」
「でも、冒険者たちの前で僕を聖者様の生まれ変わりだと宣言して教会に連れて行こうとはしていましたよね!?」

 エリシア様は事それに関しては思い当たるふしがあったのか「あの時はタケル様の力を間近に拝見して、つい」と、言葉を濁した。

「その後だって、僕の捜索願を各地に出して追いかけまわしたりしましたよね!?」
「それは、聖者としてタケル様程の逸材は今までおりませんでしたもの! 現に今もドラゴンを従魔になさるという更なる功績をあげられているタケル様はまさに聖者様の生まれ変わり――」
「僕はそれが嫌なんですよ!」

 思わず声を荒げた僕にエリシア様は目をぱちくりさせている。

「ですが、聖者という地位は教会の中でも最上位の位なのですよ? 何不自由のない生活を保証され、民草に施しを授ける事の出来る立派な……」
「僕はそんな立派な人間ではありません! そもそも施しって何ですか!? 僕はそんな風に誰かの上に立って施しを授けて敬われるような生活なんて真っ平ごめんです、僕はそんな生活望んでいない! 僕がこの世界にやって来て、やりたかった事は誰にも何にも縛られずに僕がやりたい事をできる生活です。それは貴女の言うような生活なんかじゃない、僕はもっと自由に自分本位に自分の生を生きたいんだ!」

 一気に言い切った僕の言葉に「自由に自分本位に、ねぇ」と枢機卿は目を細める。

「エリシア様、彼には聖者を名乗る資格はない。そもそも他者を顧みない者は聖者になんてなれやしない。件の聖女様も同様に、資質があるからと言ってその地位に相応しいかと言ったらそれは別問題、お探しの聖者様がこんな身勝手な少年であった事に私は心底がっかりいたしましたよ」
「そんな、枢機卿……」
「君は件の勇者召喚の勇者でもない、それは真実ですか?」
「え、あ、はい。それは本当に間違いないです」
「それでは、君は聖剣グランバルトを知っていますか?」
「聖剣? グランバルトと言ったらこの国の国名だと思うのですが、そんな剣があるのですか?」

 男は僕の疑問に小さく首を振り「でしたら貴方に用はありません、帰りますよ、エリシア様」と、聖女様を促すように腰を上げた。

 え? それだけ?
 あまりにもあっさりと男が引き下がったので、僕は逆に少し慌ててしまう。

「あの、その出奔した勇者様って何か追われるような事をしたんですか?」
「それはその……」

 聖女様がにわかに口籠る。もうこの際だから全部話してくれればいいのに、その勇者様は何かよほどの事をしでかしたのか?

「これ以上は無関係の輩に話す事ではない、失礼する」

 無関係の輩って、この人本当に失礼だな! こちらは会いたくないのに勝手に会いに来たのはそっちだろう! と、言ってやりたい気持ちを僕はぐっと堪えた。
 男の後を追うようにエリシア様は腰を上げたのだけど、何か言いたげな視線をこちらに向けつつもぺこりと頭を下げる。

「本日は貴重なお時間をさいていただきありがとうございました。そして度重なる配下の無礼な態度、大変申し訳ございません」
「いえ、まぁ、もう僕に余計なちょっかいをかけてこないって言うのなら別に……」
「タケル様は本当に今の生活に満足していらっしゃるのですか?」
「それはどういう意味ですか?」
「タケル様は人の上に立つ器の持ち主ですのに、庶民にまみれ生活するのはあまりにも勿体なく思います」
「そこの価値観は人それぞれですよ。僕は今の生活に不満はありません。出世欲もないので人の上に立ちたいとも思いません」

 僕の言葉にエリシア様はまだ何か言いたげだったが、きゅっと唇を結んで、頭を下げると部屋を出て行った。マチルダさんと従魔のフェンリルもそれに続き、部屋にはホッとした空気が流れる。

「これでもう自由だな、タケル」

 ポンと撫でるように頭を撫でられ、顔を上げたらアランがにかっと笑っていた。

「自由……」
「これからは誰にも何にも妨げられる事なく、何処へでも自分の思うがままに行動できるって事だ、冒険だってし放題だぞ」
「!!」

 そうか、そうだよ! 僕は自由だ! 今までは身分証を提示する事も出来なくて行動を制限される事ばかりだった僕だけど、ちゃんと話し合いをする事で僕は自由を手に入れた! 今の話し合いに一体何の意味があったのかよく分からないけど、こんな事ならもっと早く、エリシア様と話し合いをしておけば良かった!
 メイズでの三年間だって無駄な時間ではなかったけれど、これからはもう僕を縛るものなんて何もないんだ! それに気付いた僕と、それを喜んでくれるアランはハイタッチで喜びを分かち合ったが、一方で浮かない表情の人物が二人。それは当然ルーファウスとロイドの二人だ。

「ルーファウス、もっと喜べよ。お前だって今まで色々大変だっただろう」
「私にとってタケルと分かち合う苦労は苦ではありませんので、そこはどうでもいいのです。ただ、少し、あの枢機卿が最後に残した聖剣の話が気になって……」
「聖剣?」

 確かに先程枢機卿は「聖剣グランバルトを知っているか?」と僕に問うたのだ。この国の名前を冠するその剣のことを僕は何も知らないけれど、もしかして有名な剣だったのだろうか?

「聖剣グランバルトというのは初代国王陛下が愛用していた魔剣だと聞いています。今でこそ聖剣と呼ばれ教会で厳重に保管されていますが、纏う魔力が強すぎて生半可の者ではその剣に近付く事もできないのだとか」

 おおお、なんだその剣、格好いいな! それは所謂『勇者の剣』というやつか! 王道だけれど、そういう剣の存在はテンション上がるな!

「それって見る事はできますか!?」
「王都の教会で精巧に模倣した偽物レプリカの展示はされているようですが本物は宝物庫で厳重に保管されているようですよ、なにせ宝剣ですから」

 まぁ、それはそうだよね。だけどいいな、勇者の剣にはロマンが詰まってる!

「それにしても何故あのタイミングで枢機卿がタケルにそんな聖剣の話を振ったのか、私にはそれが少し気にかかります。時間がないと仰っていた聖女様のお言葉に明確な理由は提示されず、出奔した勇者の話も初耳です。勇者召喚の儀式なんて、それこそお伽噺だと思っていたのに……」
「余計な事を考えすぎだろ、ルーファウス。今はタケルの自由を喜んでおけばいいと俺は思うぞ」
「アランは相変らず楽観的ですね」

 そう言って、ルーファウスは小さく頭を振った。
 異世界からやって来た勇者と勇者の剣か、僕には関係ない話だけれど、なんだかワクワクする要素は詰まっているよな。自分が勇者になるなんて論外だけど、それを傍から眺めているのはとても楽しそうで、その出奔した勇者様は一体何処で何をしているのかと考えてしまう。
 一緒にやって来た聖女様が14歳の少女だったのだから、勇者様も同じくらいの年齢の少年だったのだろうか? そう思うと、もう少し勇者様について詳しい話も聞いておけば良かったなと、僕は思う。

「なぁ、タケル……お前は異世界から来たって話は本当の事なのか?」

 不意に真剣な表情でロイドに問われ、僕は「え?」と首を傾げる。

「そんな話、俺は聞いてない。そんな重要な秘密、なんで俺に黙ってた!? 知らなかったのは俺だけか?」
「俺もタケルから直接は聞いてないぞ、何だか訳ありそうだなとは思っていたけどな」
「ルーファウスさんは……」
「知っていましたよ、私はタケルの事で知らない事などありませんからね」

 ふふんと鼻で笑うようなルーファウス、変なマウントの取り方やめて! ロイドに誤解されるだろ!

「そうか……」
「あのね、ロイド君! 別にロイド君にだけ隠してた訳じゃないから! ただ言っても信じてもらえないと思っていたし、言って何かが変わる訳でもない。僕はこの世界で新しく生まれ直しただけで、僕は僕だから!」
「でも、ルーファウスさんには話してたんだろう?」
「話したって言うより、ルーファウスは自分で気付いただけだよ」
「俺には洞察力がなかっただけか……」

 そう言ってロイドは視線を下げると「俺、先に帰ります」と、踵を返した。けれど、どうして彼がそんな思い詰めたような表情になっているのか分からない僕は戸惑う。

「あの時期の少年の心は少しの事ですぐに揺れる、お前は気にするな。ロイドにだって色々と思う所はあるんだろう、今はそっとしておけ」
「でも……」

 ロイドを追いかけようとした僕の肩をアランが掴んで僕を止めた。

「お前に気を遣われれば遣われただけ、あいつは余計に傷付く」

 そうなのか? そういうものなのか? 少年の感情なんて遥か昔の記憶過ぎて思い出せもしない僕は立ち尽くした。

「彼はまだ子供なのですよ」
「まぁ、そういうこった」

 そんな二人の言葉に怪訝な表情を見せたのは冒険者ギルドのギルドマスターであるスラッパーだった。今まで完全に空気だった彼だけれど、このメンバーの中でどう見ても一番年下であろう僕を捕まえて、あたかも大人扱いをする二人に疑問を持ちつつ、何も口に出さないあたりはやはり空気を読める大人だ。
 ってか、この様子だとアランは僕が年齢詐称してるのに完全に気付いてるな。今までずっと何も言わずに僕のこと子供扱いしてきた癖に、一体いつから確信してたんだろう。アランは意外と食えない男だ。

 その後僕達はギルドマスターにダンジョン城完全攻略の報告を入れた。まさか49階層が最下層だと思っていなかった様子のスラッパーはとても驚いたのだが、ダンジョン核の封印はなされている事、転移魔法陣もすべての階層に設置された事を聞いて「これでもう、下層からの魔物の侵入に脅えることなくダンジョン城を運営できます!」と、多いに喜んだ。
 ダンジョン城内の各階層への転移魔法陣設置依頼の価格は僕が思っていたより高額で、ルーファウスは結構な金額の依頼料を受け取っていた。
 ダンジョン城完全攻略にも報奨金がかかっていたので、それはグループで山分けする事になり、僕の手元にもかなりの金額が転がり込む事になった。
 冒険者もDランクくらいになれば自分の稼ぎで家を建てられるようになるという話はあながち間違いではないのだな、と金貨のたくさん詰まった袋を見つめ僕は感動した。

「これだけあれば思う存分、王都観光を楽しめますね!」

 僕が笑顔でそう言うと「皆さん、次は王都へ行かれるのですか?」と、スラッパーは残念そうな表情だ。聞けばアランから買い取ったリヴァイアサンの素材が結構な額で取引されたようで、ギルドの財政が一時的にかなり潤ったらしい。これからは定期的にそんな高級素材が手に入ると捕らぬ狸の皮算用をしていた様子の彼は少々残念そうだ。
 僕が「まだありますけど、要りますか?」と声をかけると「是非に!」と瞳を輝かせたので、僕は自分の分の残りは冒険者ギルドで売る事に。ロイドの分は「本人の意思を確認してまた後日」と告げれば、またしても瞳を輝かせて「お待ちしております!」と小躍りして喜んでいた。
 ちなみにルーファウスの分は売らなくてもいいのか? と彼に問うと、ルーファウス自身お金には困っていない事と、素材は素材として使うあてがあると首を横に振った。

「何に使うんですか?」
「魔力の強い魔物の素材は良い魔道具の部品になるのですよ」

 ルーファウスはそれだけ言って、それ以上には語ってくれない。ルーファウス程にもなると、魔道具も自分で作るようになるのか、と僕はそれ以上追及はしなかったけれど、その素材が秘密裏に4体目の僕の人形になっていたのは、また別のお話。
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