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番外編:橘大樹の受難
おまけの後日談②
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何かの物音に目が覚める、あれ? ここ何処だっけ?
だだっ広い部屋、大きな天蓋付きのベッド……あぁ、そういえばここは昴達に連れて来られた、えっと『悪者のアジト』だっけ? 何か設定とかなんとか言ってたけど、どういう意味だったのかな?
俺はぼんやり瞳を開けて物音の方を見やる。その物音は壁際に置かれた箪笥を漁る音で、その箪笥を漁っている者のもふりとした背中、灰色の毛皮が見えた。
「……ロウヤ?」
その背中は一見とてもロウヤに似ていたので思わず声をかけると、その影はびくりとこちらを振り返った。あれ? これロウヤじゃない……
「人がいたのか……」
「誰……?」
「お前、族長の息子の花嫁か?」
花嫁……うん、まぁ、それはそうらしいけど、そう言われると滅茶苦茶変な気持ちだな。
それにしても、こいつ何者だ? ベッドから上体を起こしぼんやりと相手を見やる。先程までの事を思えば身体も軽くなったが、やはりまだどこか現実味が薄くふわふわする。
「族長の息子に見初められたと聞いたから、どれだけ美しいのかと思ったが意外と大した事なかったな」
かっち~ん! はぁ!? 確かに俺は顔に自信がある方じゃないけども、初対面のしかも名も名乗らない不審者にそんな事言われる筋合いなんかないわっ!
「それにしても祭りに乗じて金目の物をと思って来たが……ふむ、まぁ花嫁強奪というのも悪くはないか」
そう言ってその獣人はゆらりとこちらへと歩いて来る。
「盗みより余程金になりそうだしな」
花嫁強奪、金になる……こいつ悪者か? あれ? そう言えばここは『悪者のアジト』で、そういう設定だとか昴が言ってたような? だとすると、もしかしてこれって余興? 花嫁を驚かせて実はただのドッキリでした~的な? だとしたら随分たちが悪い……
「なんだ、大人しいな。こういう時『人』はもっと泣き喚いたりするものだろう?」
そう言って獣人はにやりと口角を上げる。獣人ってぱっと見見分けが付かないと思ってたけど意外とそうでもないな。俺、こいつ嫌いだわ。
「うっせぇ! 近寄るな!!」
俺は思わず手元にあった水晶玉を投げつける。その水晶玉は獣人に当たり、床に落下して粉々に砕け散った。
「ひゅ~これはなかなか威勢がいいな」
けれど、その程度の攻撃は屁でもないのだろう獣人はへらへらとこちらへと寄ってくる。俺はベッドから這い出して逃げようと思うのだが、如何せん着慣れない服を着ているのでどうにも身動きが取りづらい。無駄に長い裾を踏んづけ躓いたりしている内に獣人はすぐそこにまで迫って来て俺の腕を掴んだ。
「勝気な奴は嫌いじゃないぜ」
「触んな! 離せっ!!」
大きく威圧感のある獣人、力強く掴まれた腕が痛い。身体のサイズはロウヤとそう大差ないはずなのに大きく見える。
「勝気なのは嫌いではないが、喧しいの好きじゃない、大人しくしろ」
「誰がお前の言う事なんて聞くかよっ! ロウヤっ!!!」
叫んだ所でそこにロウヤがいない事は分かっている、けれどつい叫んでしまった俺の言葉に呼応するように寝室の扉が勢いよくばたんと開いた。
「お前、俺の嫁に何しくさってる!」
「ロウヤ!」
「ちっ、動くな! 動けば花嫁の命はない!」
鋭い爪が獣人の指から飛び出して、俺の喉元へとあてがわれた。大きな手、その爪は充分凶器になりえる代物で血の気が引く。どうにかその腕から逃れようと獣人の腕の中で暴れたらその爪が引っかかって薄絹が裂けた。
けれど、その一瞬を逃さなかったロウヤは踏み込み、獣人に襲い掛かって俺は放り出される。
響く唸り声、激しい戦闘、呆然とそれを見ていたら「大丈夫?」と昴に何かを着せかけられ、俺は自分の服が完全に裂けている事に気付く。
そして、そんな俺達の傍らでは「うちの息子滅茶苦茶格好良くない!?」とコテツさんがキラキラした瞳でロウヤを見ている。うん、ロウヤが格好いいのは俺、もう知ってた……
「これ何……? 何が起こってんだ?」
「ちょっとイレギュラーなんだけど、これは結婚の儀式の為の試練なんだよ。花婿さんが花嫁さんをこの集落に連れて帰ってきたら結婚式前に花嫁さんを攫って、その攫われた花嫁さんを旦那さんが助けに行くっていうのがこの集落の結婚式前の慣例なんだ。まさか本当に襲われるとは思わなかったけど、今のロウヤさん物凄く気が立ってる状態だから、あの獣人さん少し気の毒だね。まぁ、犯罪者は罰せられてしかるべきだし、同情はできないけど」
あぁ、それでここが『悪者のアジト』で、そういう『設定』なんだ。意外と手が込んでるな。そんでもってあいつはそんなイベントにたまたま遭遇した本物の悪党って事か、なんかもうぼこぼこだけど、自業自得だし仕方ないな。
「ダイキ、大丈夫か?」
ぼこぼこの状態で気を失った悪党の襟首を掴んだロウヤが、まだ殺気を放ちながら一息吐いてこちらを見やる。ってか、ロウヤの毛並みがずいぶんとズタボロなのはどういう事なのだろうか? 今の戦闘はかなり一方的な感じだったし、そこまでボロボロになる要素どこにもなかった気がするのだけど……
「俺は平気だけど、お前はなんでそんなにボロボロなんだ?」
「ん? ちぃっと暴れてきたから」
「ふぅん?」
俺が小首を傾げているとコテツさんが「その悪党、あとは私が処分しよう! 若い2人は少し休むといい」と嬉々として気絶した獣人を恐らく魔術で拘束して浮かせるようにして連れて行った。昴も昴で「あ、ニィアの泣き声が聞こえる!」とぱたぱたと駆けて行き、部屋はしんと静まり返った。
なんかやたらと沈黙が重いぞ?
「あの……」
ロウヤがどかりと床に座り込んで頭を掻く。その拍子に砂埃が舞ってズタボロの彼がずいぶん汚れているのに気が付いた。
「ダイキが無事でホントに良かった。まさかこんな第二の試練があるなんて知らなかった、くそっ、騙された」
「第二の試練?」
「うちの集落では嫁を娶る為には試練をクリアしなきゃ、そもそも嫁探しにもいかせてもらえないんだよ、俺はもうその試練はとっくにクリアしていたんだが、まさかその試練に続きがあるなんて知らなかったんだ!」
「そうなんだ?」
ずいぶんご立腹な様子のロウヤ、俺はどう返していいのか分からなくて曖昧に笑みを返す。
「悪かったな、怖い思いをさせて」
「いや、俺は別に……」
なんだかよく分からない内にロウヤのその第二の試練とやらは終わってたし、俺、完全に蚊帳の外だったじゃん? 一体なんの意味があるイベントだったんだろうな? 結婚式の余興的な? 新郎新婦に対してドッキリとか、あんまり趣味は良くないな。
「まぁ何にせよ、お疲れさま。コテツさんの言う通り少し休むか?」
「そうだな……でもこれじゃあな」
そう言ってロウヤが視線を下げるので俺もその視線の先を追うと、そこには立派に聳え立つイチモツが見て取れて思わず笑う。
「お前、なんで勃ってんの?」
「こんなの本能みたいなもんだろう?」
あぁ、あれか? これはいわゆる疲れマラってやつ? それにしても本気でデカいな。体自体がデカいんだから当たり前なんだろうけど。
「抜く?」
「はは、なんだ? やってくれるのか?」
「ああ、お前の息子も労ってやらんとな」
「!?」
俺の返答に驚いたような顔のロウヤ、自分で言っといてなんで驚いてるんだよ?
「本気か!?」
「なんだ、嫌なのか?」
「そんな事は言ってない! やってくれるならお願いする!」
少し食い気味に言われてまた笑ってしまう。まぁ、何だかんだで俺はお前の嫁になったみたいだし、こういうのだって勿論込み込みなんだろう? ズボンの前を開くと元気に飛び出したイチモツは更に大きい、両手で掴んでようやく一周か……口の中にも入らないな。
硬さは少し柔らかい? 両手で扱いていてもブツがデカすぎてどうにもエロと直結できない俺は、それが何らかの作業みたいで笑ってしまう。
「何を笑う?」
「だってこれデカすぎだろ? どう頑張っても絶対入んないって。こっちの世界の奴等、こんなのどうやって受け入れてんだろと思ったら笑えてきた」
「そこは笑う所か?」
「だって笑うしかないだろう?」
口の中には収まりきらないので、亀頭の部分だけ舌で舐め上げると「うっ……」と一声呻いてロウヤは達った。結構な量の精液が顔にかかってべたべたする、やっぱり量も多いんだな。
「意外と早かったな……」
「他人にしてもらったのは初めてだからな」
「マジで? やった事ないの? 童貞?」
「ダイキ、お前はもしかして意外と慣れているのか……?」
「まぁ、経験人数はそこそこ? 掘られた事はないけど」
「ほられる……?」とロウヤは首を傾げる。だって俺、男相手でもタチだったし、そっちはやる気がなかったから。
顔にかかった精液を拭い取り、ぺろりと舐め上げる。服も破けてるから首筋から胸の方まで垂れてきてべたべたする。胸にそれを塗りつけるようにしながら上目遣いにロウヤを見上げると、彼は狼狽えたように「ダイキはエロ過ぎだろ」と呻いた。
「なぁ、ロウヤ、お前人間に化けろ」
「あ? なんでだ? ダイキはそんなに獣人の俺とやるのが嫌なのか?」
「はぁ? 嫌なら既にこんな事やってないっての! そもそもこのサイズじゃ物理的に不可能だって言ってるだけだろ。こんなデカいの受け入れられるか! お前は俺を殺す気か!?」
「他の奴等はみんなヤってる!」
「俺はこの世界の人間じゃないんだから、そもそもそんな身体の造りになってない!」
本当にさぁ、こんなサイズのブツを普通に受け入れるとかあり得ないだろ? なにかしらの魔術を使ってるってんなら納得いくけど、俺には無理無理。俺を抱きたいと思うなら少しは考えろっての。
酷く不服そうなのだが、ロウヤは仕方がないというように人型に化ける。目の前にあのいつものイケメンが現れて思わず笑う。
「ダイキ! やっぱりお前はこの母さんの顔の方が好きなだけだろ!?」
「ぶふっ、そもそもそれあんまり似てないぞ。お前化けるの下手だなぁ」
「んなっ!?」
ロウヤは俺の前で母親であるコテツさんと俺の妹の美鈴に化けて見せたけど、コテツさんは本当にあまり似ていない。それにロウヤの化けた美鈴はあの時全裸だったものだから女体に気を取られていた俺は顔をあまり直視してなかったんだよなぁ……実は美鈴もそこまで似ていなかったのかもしれん。
「コテツさんよりお前の顔の方が好みだよ」そう言ってその頬に口付けると、これまたロウヤはビックリ顔で笑ってしまう。
「ダイキ、もしかしてお前、実は偽者とかそんな事は……?」
「なんでだよ? 俺どっかおかしいか?」
「今まで散々拒否られてきてるのに、やたらと積極的にこられたら戸惑うに決まってんだろ!?」
「はっ、散々俺の事を『嫁』呼ばわりしてきた奴が何を今更」
俺が長すぎる服の裾をたくし上げ、生足を晒し「俺の初めて、欲しいんだろ?」と笑ってやるとロウヤが息を呑むのが見て取れた。童貞、分かりやすいな。
「サイズが小さくなったとはいえ、俺だってこっちは初めてなんだから丁重に扱えよ」
「それは勿論!」
言うが早いか押し倒されて、またしても俺は笑ってしまう。お前、ちょっとがっつき過ぎだ。
「んっ、ん……ふっ……」
シーツを掴み食んで声を殺す、そうでなければ際限なく声が漏れてしまうから。今まで抱く側だった俺は相手に対してなんで声を噛み殺すのだろう? と思っていたけど、自分の喘ぎ声って聞いてると自分の声じゃないみたいで意外と恥ずかしい。
足を開かれ、全てを晒して思うさまに蹂躙されるのはなんだか不思議な感覚だ。内臓を押し上げられて苦しいのだが、一生懸命に腰を振るロウヤはやっぱりちょっと可愛いと思う。
なんだろうなぁ、抱かれる側ってこんな感じなんだ……こっちもこっちで抱いてやってる感が結構あるな。
「ダイキ……気持ちいいか?」
「んぅ……ん~それは、ちょっと、っ……分からん!」
揺さぶられれば必然的に喘ぎ声は零れるけど、気持ちいいかと問われるとどうなんだろうな?
入れる場所じゃない所に入れてるから、どれだけほぐされてもやっぱり痛いし、苦しいし、身も世もなく「あん、あん」喘ぎ声を上げられるほど気持ちがいいかと問われれば正直微妙。
あ、でもここは演技でも気持ちがいいと言っとくべきだったか? 童貞は繊細だから萎えるかも……なんて思ったけれど、更に腰を押し進められて息が詰まった。
「俺は、すごく気持ちがいいんだが」
「んっ……ふ、そっか」
ならばそれでいいとロウヤの首に腕を回し抱きついてキスをせがむ。まぁな、最初から気持ち良くなれるだなんて俺も思ってなかったし、別に構わん。今は抱いて欲しいと思ったから抱かれてるだけだし、人型なら主導権を俺が握る事だって出来るかもだし? そこは今後の課題だな。
「なぁ、ロウヤっ、サイズこのままで獣人に戻るのとか、可能?」
「ん? やった事はないが……なんで?」
「お前のこの顔も好きだけどさ、お前はやっぱり狼だろ?」
俺は面食いだ、だから勿論このイケメン顔は好きなのだが、俺が惚れたロウヤは獣人のロウヤだからな。子供っぽくて我儘で、ほっとけない可愛い奴。意地っ張りで情に厚い所も結構好き。ロウヤはぱっと笑みを見せて「やってみる!」と俺の中からずるりと出て行った。うん、失敗して元のサイズにでもなったら俺が死ぬ、賢明な判断だが急に抜かれるとちょっと切ない。
メタモルフォーゼ……ロウヤの姿が変わっていく。
「出来た!」
「はは、上出来」
俺は足を開いて自身の秘奥に指を伸ばす。先程までロウヤが入っていた場所は、まだ彼のサイズを覚えていてひくついている。少しぬるりとするのは彼の先走りか? 零れ落ちる雫を指に纏わせ「早く」と囁けば、すぐにでも抱きついてくるのだから本当に可愛い。
もふりとした腕に抱かれて、快楽云々は抜きにして気持ちがいいなとそう思った。というか、これは幸せという感情なのかもしれないけれど。
思う存分交わって、気が付くと室内がうっすらと日差しに照らされ明るくなってきた。やり始めたのいつだっけ? 確かまだ日暮れ前だったような気もするのだが正直あんまり覚えていない。やり始める前、俺、寝てたしな。
「ロウヤ、夜が明けたぞ」
「んん……あともう少し」
ゆるりゆるりとロウヤは俺の身体を揺さぶる、激しさはないし、ロウヤのサイズにすっかり慣れてしまって苦しくはないのだが、さすがにちょっとやり過ぎな気が……節々が痛むのもきっと気のせいじゃないだろうし。
そういえばコテツさんが『今晩の夜は長い』って言っていたけど、もしかしてこういう事か? 確かロウヤはここに来る前、第二の試練とやらで一戦交えて来ているはずなのに獣人の体力半端ないな……
「さすがにもう疲れた……」
「ん……俺も」
そんな事を言いながらロウヤが俺の中に入ったまま、ぱたんと寝落ちた。
えぇ……やってる最中に寝落ちるとか、子供か!
「ロウヤ、重いって! せめて抜けっ!」
ぺしぺしと背中を叩くのだが、完全に寝入ってしまったロウヤは動かない。仕方がないのでどうにか身体の下から這い出ると、どろりと下肢から流れ出た精液が結構な量で苦笑う。
「これ、本気で子供、出来ちまうかもなぁ……」
なにせここは何でもありの魔法の世界だし、そんな奇跡だって起きるかも……なんて夢見過ぎかな?
「まさかお兄ちゃんが本当に獣人さんのお嫁さんになっちゃうなんて……」
寝落ちからの目覚め、俺達がやり過ぎで寝込んでいる間、狼の集落では飲めや歌えの宴会がずっと続いていたらしい。その宴会は勿論俺とロウヤの結婚を祝うもので、主役は完全にそっちのけなんだな……と思わなくもないのだが、そんな宴会に妹の美鈴も参加していると聞き、俺は妹に会いに行った。
美鈴に声をかければその口ぶりは驚いたという感じなのだが、その表情は少しにやけていて腐った趣味が透けて見えるようだ。お前、今絶対『美味しすぎる』とか思ってんだろ?
「お前はホント変わらんなぁ……」
「何よ、失礼ね! これでもあの頃からは色々と成長してるのよ!」
まぁ、確かに少し変わった所もあるけれど、というか、お前少し肥えたな? 言ったら怒られそうだから言わないけど。
「そういえば、お前、シリウスと結婚したとか聞いたけど?」
「うん、そう。私も一足お先に人妻よ」
「旦那は?」
「さっきうちの子のオムツ替えに行ったわよ」
「……え?」
「え? って何? 昴から聞いてない? こっちの世界は良いわよぉ、子育ては旦那の仕事だから嫁は子供を生んだらふんぞり返ってるだけでいいんですもの」
そう言って美鈴はけらけら笑っているのだが、まさかの既に子供までいたのか!?
俺の驚愕にまるで気付かない美鈴は笑顔で「お兄ちゃんも頑張って」と声援を送って寄越すのだが、そもそも男は産めない事、お前忘れてんじゃないのか?
「お兄ちゃん、子供なんてね、案ずるより産むが易しよ」
そう言って美鈴は自身の腹をぽんと叩く。いやいや、待て待て、俺にはそれ以前の問題が山積みだろ?
「ダイキ君、こんな所にいたんだ。ちゃんと食べてる? お酒は飲み過ぎちゃダメだよ」
そう言って声をかけてきたのはロウヤの母親のコテツさん、にこにこと何か食べたいものはないか、すぐに準備させるからと至れり尽くせりだ。
「そんなに気を遣ってもらわなくても、自分で……」
「駄目だよ、母体は大事にしないと!」
「ぼたい……?」
「ふふふ、楽しみだなぁ。まさか孫をこの目で見られるなんて、私は本当に果報者だ」
ちょ……待って! もう生まれるの前提なのか!? そんな期待の眼差しを向けられても困るんだが!?
「ダイキ、こんな所にいたのか。母さんも楽しそうだな。なんの話だ?」
そんな所にロウヤもひょっこり顔を出し、さりげなく俺を抱きしめる。そんな俺達の様子を見てコテツさんは更に満面の笑みだ。
「ロウヤのお嫁さんが可愛くて、母さん嬉しくてねぇ。孫はどっちに似るだろう? ロウヤ似の子も可愛いだろうけど、ダイキ君似の子でもきっと可愛い」
「母さんは少し気が早すぎだ。だけどどっち似の子供が産まれたとしても名前はもう決めてある」
「そうなの?」
「あぁ、子供の名前はサツキ、そこだけは譲らない」
ロウヤが『名前』と言った時点でなんとなく察した、ホントもう言うと思ったぁぁ!
ってか、お前には『俺は産めない』と何度も何度も言ったはずなんだがなぁ!?
きゃっきゃ、うふふと、話はどんどん膨らんでいく。何だかもう正直逃げたい……逃げてもいいかな? 孫の顔が見れるとこんなに喜んでいる相手に「それは無理」なんてさすがに言い辛い。
やだな、これがいわゆる姑の「孫産め」攻撃ってやつなのか? 世の嫁さんの辛い気持ちがとても身に染みる。相手に悪気がなさそうなのが余計にキツイ。しかも分かってるはずの旦那まで一緒になってそんな事を言いだしたら俺の立場がないだろう……?
ここまでの人生も色々あったけど、これからもまだ俺には平穏な生活はやってこないのか……? 俺のこの受難は一体いつまで続く? 答えは誰にも分からない。
だだっ広い部屋、大きな天蓋付きのベッド……あぁ、そういえばここは昴達に連れて来られた、えっと『悪者のアジト』だっけ? 何か設定とかなんとか言ってたけど、どういう意味だったのかな?
俺はぼんやり瞳を開けて物音の方を見やる。その物音は壁際に置かれた箪笥を漁る音で、その箪笥を漁っている者のもふりとした背中、灰色の毛皮が見えた。
「……ロウヤ?」
その背中は一見とてもロウヤに似ていたので思わず声をかけると、その影はびくりとこちらを振り返った。あれ? これロウヤじゃない……
「人がいたのか……」
「誰……?」
「お前、族長の息子の花嫁か?」
花嫁……うん、まぁ、それはそうらしいけど、そう言われると滅茶苦茶変な気持ちだな。
それにしても、こいつ何者だ? ベッドから上体を起こしぼんやりと相手を見やる。先程までの事を思えば身体も軽くなったが、やはりまだどこか現実味が薄くふわふわする。
「族長の息子に見初められたと聞いたから、どれだけ美しいのかと思ったが意外と大した事なかったな」
かっち~ん! はぁ!? 確かに俺は顔に自信がある方じゃないけども、初対面のしかも名も名乗らない不審者にそんな事言われる筋合いなんかないわっ!
「それにしても祭りに乗じて金目の物をと思って来たが……ふむ、まぁ花嫁強奪というのも悪くはないか」
そう言ってその獣人はゆらりとこちらへと歩いて来る。
「盗みより余程金になりそうだしな」
花嫁強奪、金になる……こいつ悪者か? あれ? そう言えばここは『悪者のアジト』で、そういう設定だとか昴が言ってたような? だとすると、もしかしてこれって余興? 花嫁を驚かせて実はただのドッキリでした~的な? だとしたら随分たちが悪い……
「なんだ、大人しいな。こういう時『人』はもっと泣き喚いたりするものだろう?」
そう言って獣人はにやりと口角を上げる。獣人ってぱっと見見分けが付かないと思ってたけど意外とそうでもないな。俺、こいつ嫌いだわ。
「うっせぇ! 近寄るな!!」
俺は思わず手元にあった水晶玉を投げつける。その水晶玉は獣人に当たり、床に落下して粉々に砕け散った。
「ひゅ~これはなかなか威勢がいいな」
けれど、その程度の攻撃は屁でもないのだろう獣人はへらへらとこちらへと寄ってくる。俺はベッドから這い出して逃げようと思うのだが、如何せん着慣れない服を着ているのでどうにも身動きが取りづらい。無駄に長い裾を踏んづけ躓いたりしている内に獣人はすぐそこにまで迫って来て俺の腕を掴んだ。
「勝気な奴は嫌いじゃないぜ」
「触んな! 離せっ!!」
大きく威圧感のある獣人、力強く掴まれた腕が痛い。身体のサイズはロウヤとそう大差ないはずなのに大きく見える。
「勝気なのは嫌いではないが、喧しいの好きじゃない、大人しくしろ」
「誰がお前の言う事なんて聞くかよっ! ロウヤっ!!!」
叫んだ所でそこにロウヤがいない事は分かっている、けれどつい叫んでしまった俺の言葉に呼応するように寝室の扉が勢いよくばたんと開いた。
「お前、俺の嫁に何しくさってる!」
「ロウヤ!」
「ちっ、動くな! 動けば花嫁の命はない!」
鋭い爪が獣人の指から飛び出して、俺の喉元へとあてがわれた。大きな手、その爪は充分凶器になりえる代物で血の気が引く。どうにかその腕から逃れようと獣人の腕の中で暴れたらその爪が引っかかって薄絹が裂けた。
けれど、その一瞬を逃さなかったロウヤは踏み込み、獣人に襲い掛かって俺は放り出される。
響く唸り声、激しい戦闘、呆然とそれを見ていたら「大丈夫?」と昴に何かを着せかけられ、俺は自分の服が完全に裂けている事に気付く。
そして、そんな俺達の傍らでは「うちの息子滅茶苦茶格好良くない!?」とコテツさんがキラキラした瞳でロウヤを見ている。うん、ロウヤが格好いいのは俺、もう知ってた……
「これ何……? 何が起こってんだ?」
「ちょっとイレギュラーなんだけど、これは結婚の儀式の為の試練なんだよ。花婿さんが花嫁さんをこの集落に連れて帰ってきたら結婚式前に花嫁さんを攫って、その攫われた花嫁さんを旦那さんが助けに行くっていうのがこの集落の結婚式前の慣例なんだ。まさか本当に襲われるとは思わなかったけど、今のロウヤさん物凄く気が立ってる状態だから、あの獣人さん少し気の毒だね。まぁ、犯罪者は罰せられてしかるべきだし、同情はできないけど」
あぁ、それでここが『悪者のアジト』で、そういう『設定』なんだ。意外と手が込んでるな。そんでもってあいつはそんなイベントにたまたま遭遇した本物の悪党って事か、なんかもうぼこぼこだけど、自業自得だし仕方ないな。
「ダイキ、大丈夫か?」
ぼこぼこの状態で気を失った悪党の襟首を掴んだロウヤが、まだ殺気を放ちながら一息吐いてこちらを見やる。ってか、ロウヤの毛並みがずいぶんとズタボロなのはどういう事なのだろうか? 今の戦闘はかなり一方的な感じだったし、そこまでボロボロになる要素どこにもなかった気がするのだけど……
「俺は平気だけど、お前はなんでそんなにボロボロなんだ?」
「ん? ちぃっと暴れてきたから」
「ふぅん?」
俺が小首を傾げているとコテツさんが「その悪党、あとは私が処分しよう! 若い2人は少し休むといい」と嬉々として気絶した獣人を恐らく魔術で拘束して浮かせるようにして連れて行った。昴も昴で「あ、ニィアの泣き声が聞こえる!」とぱたぱたと駆けて行き、部屋はしんと静まり返った。
なんかやたらと沈黙が重いぞ?
「あの……」
ロウヤがどかりと床に座り込んで頭を掻く。その拍子に砂埃が舞ってズタボロの彼がずいぶん汚れているのに気が付いた。
「ダイキが無事でホントに良かった。まさかこんな第二の試練があるなんて知らなかった、くそっ、騙された」
「第二の試練?」
「うちの集落では嫁を娶る為には試練をクリアしなきゃ、そもそも嫁探しにもいかせてもらえないんだよ、俺はもうその試練はとっくにクリアしていたんだが、まさかその試練に続きがあるなんて知らなかったんだ!」
「そうなんだ?」
ずいぶんご立腹な様子のロウヤ、俺はどう返していいのか分からなくて曖昧に笑みを返す。
「悪かったな、怖い思いをさせて」
「いや、俺は別に……」
なんだかよく分からない内にロウヤのその第二の試練とやらは終わってたし、俺、完全に蚊帳の外だったじゃん? 一体なんの意味があるイベントだったんだろうな? 結婚式の余興的な? 新郎新婦に対してドッキリとか、あんまり趣味は良くないな。
「まぁ何にせよ、お疲れさま。コテツさんの言う通り少し休むか?」
「そうだな……でもこれじゃあな」
そう言ってロウヤが視線を下げるので俺もその視線の先を追うと、そこには立派に聳え立つイチモツが見て取れて思わず笑う。
「お前、なんで勃ってんの?」
「こんなの本能みたいなもんだろう?」
あぁ、あれか? これはいわゆる疲れマラってやつ? それにしても本気でデカいな。体自体がデカいんだから当たり前なんだろうけど。
「抜く?」
「はは、なんだ? やってくれるのか?」
「ああ、お前の息子も労ってやらんとな」
「!?」
俺の返答に驚いたような顔のロウヤ、自分で言っといてなんで驚いてるんだよ?
「本気か!?」
「なんだ、嫌なのか?」
「そんな事は言ってない! やってくれるならお願いする!」
少し食い気味に言われてまた笑ってしまう。まぁ、何だかんだで俺はお前の嫁になったみたいだし、こういうのだって勿論込み込みなんだろう? ズボンの前を開くと元気に飛び出したイチモツは更に大きい、両手で掴んでようやく一周か……口の中にも入らないな。
硬さは少し柔らかい? 両手で扱いていてもブツがデカすぎてどうにもエロと直結できない俺は、それが何らかの作業みたいで笑ってしまう。
「何を笑う?」
「だってこれデカすぎだろ? どう頑張っても絶対入んないって。こっちの世界の奴等、こんなのどうやって受け入れてんだろと思ったら笑えてきた」
「そこは笑う所か?」
「だって笑うしかないだろう?」
口の中には収まりきらないので、亀頭の部分だけ舌で舐め上げると「うっ……」と一声呻いてロウヤは達った。結構な量の精液が顔にかかってべたべたする、やっぱり量も多いんだな。
「意外と早かったな……」
「他人にしてもらったのは初めてだからな」
「マジで? やった事ないの? 童貞?」
「ダイキ、お前はもしかして意外と慣れているのか……?」
「まぁ、経験人数はそこそこ? 掘られた事はないけど」
「ほられる……?」とロウヤは首を傾げる。だって俺、男相手でもタチだったし、そっちはやる気がなかったから。
顔にかかった精液を拭い取り、ぺろりと舐め上げる。服も破けてるから首筋から胸の方まで垂れてきてべたべたする。胸にそれを塗りつけるようにしながら上目遣いにロウヤを見上げると、彼は狼狽えたように「ダイキはエロ過ぎだろ」と呻いた。
「なぁ、ロウヤ、お前人間に化けろ」
「あ? なんでだ? ダイキはそんなに獣人の俺とやるのが嫌なのか?」
「はぁ? 嫌なら既にこんな事やってないっての! そもそもこのサイズじゃ物理的に不可能だって言ってるだけだろ。こんなデカいの受け入れられるか! お前は俺を殺す気か!?」
「他の奴等はみんなヤってる!」
「俺はこの世界の人間じゃないんだから、そもそもそんな身体の造りになってない!」
本当にさぁ、こんなサイズのブツを普通に受け入れるとかあり得ないだろ? なにかしらの魔術を使ってるってんなら納得いくけど、俺には無理無理。俺を抱きたいと思うなら少しは考えろっての。
酷く不服そうなのだが、ロウヤは仕方がないというように人型に化ける。目の前にあのいつものイケメンが現れて思わず笑う。
「ダイキ! やっぱりお前はこの母さんの顔の方が好きなだけだろ!?」
「ぶふっ、そもそもそれあんまり似てないぞ。お前化けるの下手だなぁ」
「んなっ!?」
ロウヤは俺の前で母親であるコテツさんと俺の妹の美鈴に化けて見せたけど、コテツさんは本当にあまり似ていない。それにロウヤの化けた美鈴はあの時全裸だったものだから女体に気を取られていた俺は顔をあまり直視してなかったんだよなぁ……実は美鈴もそこまで似ていなかったのかもしれん。
「コテツさんよりお前の顔の方が好みだよ」そう言ってその頬に口付けると、これまたロウヤはビックリ顔で笑ってしまう。
「ダイキ、もしかしてお前、実は偽者とかそんな事は……?」
「なんでだよ? 俺どっかおかしいか?」
「今まで散々拒否られてきてるのに、やたらと積極的にこられたら戸惑うに決まってんだろ!?」
「はっ、散々俺の事を『嫁』呼ばわりしてきた奴が何を今更」
俺が長すぎる服の裾をたくし上げ、生足を晒し「俺の初めて、欲しいんだろ?」と笑ってやるとロウヤが息を呑むのが見て取れた。童貞、分かりやすいな。
「サイズが小さくなったとはいえ、俺だってこっちは初めてなんだから丁重に扱えよ」
「それは勿論!」
言うが早いか押し倒されて、またしても俺は笑ってしまう。お前、ちょっとがっつき過ぎだ。
「んっ、ん……ふっ……」
シーツを掴み食んで声を殺す、そうでなければ際限なく声が漏れてしまうから。今まで抱く側だった俺は相手に対してなんで声を噛み殺すのだろう? と思っていたけど、自分の喘ぎ声って聞いてると自分の声じゃないみたいで意外と恥ずかしい。
足を開かれ、全てを晒して思うさまに蹂躙されるのはなんだか不思議な感覚だ。内臓を押し上げられて苦しいのだが、一生懸命に腰を振るロウヤはやっぱりちょっと可愛いと思う。
なんだろうなぁ、抱かれる側ってこんな感じなんだ……こっちもこっちで抱いてやってる感が結構あるな。
「ダイキ……気持ちいいか?」
「んぅ……ん~それは、ちょっと、っ……分からん!」
揺さぶられれば必然的に喘ぎ声は零れるけど、気持ちいいかと問われるとどうなんだろうな?
入れる場所じゃない所に入れてるから、どれだけほぐされてもやっぱり痛いし、苦しいし、身も世もなく「あん、あん」喘ぎ声を上げられるほど気持ちがいいかと問われれば正直微妙。
あ、でもここは演技でも気持ちがいいと言っとくべきだったか? 童貞は繊細だから萎えるかも……なんて思ったけれど、更に腰を押し進められて息が詰まった。
「俺は、すごく気持ちがいいんだが」
「んっ……ふ、そっか」
ならばそれでいいとロウヤの首に腕を回し抱きついてキスをせがむ。まぁな、最初から気持ち良くなれるだなんて俺も思ってなかったし、別に構わん。今は抱いて欲しいと思ったから抱かれてるだけだし、人型なら主導権を俺が握る事だって出来るかもだし? そこは今後の課題だな。
「なぁ、ロウヤっ、サイズこのままで獣人に戻るのとか、可能?」
「ん? やった事はないが……なんで?」
「お前のこの顔も好きだけどさ、お前はやっぱり狼だろ?」
俺は面食いだ、だから勿論このイケメン顔は好きなのだが、俺が惚れたロウヤは獣人のロウヤだからな。子供っぽくて我儘で、ほっとけない可愛い奴。意地っ張りで情に厚い所も結構好き。ロウヤはぱっと笑みを見せて「やってみる!」と俺の中からずるりと出て行った。うん、失敗して元のサイズにでもなったら俺が死ぬ、賢明な判断だが急に抜かれるとちょっと切ない。
メタモルフォーゼ……ロウヤの姿が変わっていく。
「出来た!」
「はは、上出来」
俺は足を開いて自身の秘奥に指を伸ばす。先程までロウヤが入っていた場所は、まだ彼のサイズを覚えていてひくついている。少しぬるりとするのは彼の先走りか? 零れ落ちる雫を指に纏わせ「早く」と囁けば、すぐにでも抱きついてくるのだから本当に可愛い。
もふりとした腕に抱かれて、快楽云々は抜きにして気持ちがいいなとそう思った。というか、これは幸せという感情なのかもしれないけれど。
思う存分交わって、気が付くと室内がうっすらと日差しに照らされ明るくなってきた。やり始めたのいつだっけ? 確かまだ日暮れ前だったような気もするのだが正直あんまり覚えていない。やり始める前、俺、寝てたしな。
「ロウヤ、夜が明けたぞ」
「んん……あともう少し」
ゆるりゆるりとロウヤは俺の身体を揺さぶる、激しさはないし、ロウヤのサイズにすっかり慣れてしまって苦しくはないのだが、さすがにちょっとやり過ぎな気が……節々が痛むのもきっと気のせいじゃないだろうし。
そういえばコテツさんが『今晩の夜は長い』って言っていたけど、もしかしてこういう事か? 確かロウヤはここに来る前、第二の試練とやらで一戦交えて来ているはずなのに獣人の体力半端ないな……
「さすがにもう疲れた……」
「ん……俺も」
そんな事を言いながらロウヤが俺の中に入ったまま、ぱたんと寝落ちた。
えぇ……やってる最中に寝落ちるとか、子供か!
「ロウヤ、重いって! せめて抜けっ!」
ぺしぺしと背中を叩くのだが、完全に寝入ってしまったロウヤは動かない。仕方がないのでどうにか身体の下から這い出ると、どろりと下肢から流れ出た精液が結構な量で苦笑う。
「これ、本気で子供、出来ちまうかもなぁ……」
なにせここは何でもありの魔法の世界だし、そんな奇跡だって起きるかも……なんて夢見過ぎかな?
「まさかお兄ちゃんが本当に獣人さんのお嫁さんになっちゃうなんて……」
寝落ちからの目覚め、俺達がやり過ぎで寝込んでいる間、狼の集落では飲めや歌えの宴会がずっと続いていたらしい。その宴会は勿論俺とロウヤの結婚を祝うもので、主役は完全にそっちのけなんだな……と思わなくもないのだが、そんな宴会に妹の美鈴も参加していると聞き、俺は妹に会いに行った。
美鈴に声をかければその口ぶりは驚いたという感じなのだが、その表情は少しにやけていて腐った趣味が透けて見えるようだ。お前、今絶対『美味しすぎる』とか思ってんだろ?
「お前はホント変わらんなぁ……」
「何よ、失礼ね! これでもあの頃からは色々と成長してるのよ!」
まぁ、確かに少し変わった所もあるけれど、というか、お前少し肥えたな? 言ったら怒られそうだから言わないけど。
「そういえば、お前、シリウスと結婚したとか聞いたけど?」
「うん、そう。私も一足お先に人妻よ」
「旦那は?」
「さっきうちの子のオムツ替えに行ったわよ」
「……え?」
「え? って何? 昴から聞いてない? こっちの世界は良いわよぉ、子育ては旦那の仕事だから嫁は子供を生んだらふんぞり返ってるだけでいいんですもの」
そう言って美鈴はけらけら笑っているのだが、まさかの既に子供までいたのか!?
俺の驚愕にまるで気付かない美鈴は笑顔で「お兄ちゃんも頑張って」と声援を送って寄越すのだが、そもそも男は産めない事、お前忘れてんじゃないのか?
「お兄ちゃん、子供なんてね、案ずるより産むが易しよ」
そう言って美鈴は自身の腹をぽんと叩く。いやいや、待て待て、俺にはそれ以前の問題が山積みだろ?
「ダイキ君、こんな所にいたんだ。ちゃんと食べてる? お酒は飲み過ぎちゃダメだよ」
そう言って声をかけてきたのはロウヤの母親のコテツさん、にこにこと何か食べたいものはないか、すぐに準備させるからと至れり尽くせりだ。
「そんなに気を遣ってもらわなくても、自分で……」
「駄目だよ、母体は大事にしないと!」
「ぼたい……?」
「ふふふ、楽しみだなぁ。まさか孫をこの目で見られるなんて、私は本当に果報者だ」
ちょ……待って! もう生まれるの前提なのか!? そんな期待の眼差しを向けられても困るんだが!?
「ダイキ、こんな所にいたのか。母さんも楽しそうだな。なんの話だ?」
そんな所にロウヤもひょっこり顔を出し、さりげなく俺を抱きしめる。そんな俺達の様子を見てコテツさんは更に満面の笑みだ。
「ロウヤのお嫁さんが可愛くて、母さん嬉しくてねぇ。孫はどっちに似るだろう? ロウヤ似の子も可愛いだろうけど、ダイキ君似の子でもきっと可愛い」
「母さんは少し気が早すぎだ。だけどどっち似の子供が産まれたとしても名前はもう決めてある」
「そうなの?」
「あぁ、子供の名前はサツキ、そこだけは譲らない」
ロウヤが『名前』と言った時点でなんとなく察した、ホントもう言うと思ったぁぁ!
ってか、お前には『俺は産めない』と何度も何度も言ったはずなんだがなぁ!?
きゃっきゃ、うふふと、話はどんどん膨らんでいく。何だかもう正直逃げたい……逃げてもいいかな? 孫の顔が見れるとこんなに喜んでいる相手に「それは無理」なんてさすがに言い辛い。
やだな、これがいわゆる姑の「孫産め」攻撃ってやつなのか? 世の嫁さんの辛い気持ちがとても身に染みる。相手に悪気がなさそうなのが余計にキツイ。しかも分かってるはずの旦那まで一緒になってそんな事を言いだしたら俺の立場がないだろう……?
ここまでの人生も色々あったけど、これからもまだ俺には平穏な生活はやってこないのか……? 俺のこの受難は一体いつまで続く? 答えは誰にも分からない。
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