僕のもふもふ異世界生活(仮)

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番外編:橘大樹の受難

覚醒

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「おい、大丈夫か!? 今、出してやるからな!」

 防衛隊員達が魔物の近くに集まってきている、そして聞こえてきた救助の声。その声の方を見やればそこに見慣れた大きなもふっとした腕が見えた。けれど見えたのはその腕と上半身だけで下半身は魔物の巨体の下敷きになっている。

「ロウヤっ!」
「意識がない、救護班呼んで来い! 早く!」

 ばたばたと駆けて行く防衛隊員、俺はその場にへたりこむ。魔物の下から引きずり出されたロウヤは瞳を閉じたままピクリとも動かない。
 駆けつけた救護隊員が脈を取ろうとするのだが、人と獣人では勝手が違うのは当然で手間どっているのが見て取れる。
 おい、ロウヤ? まさか死んだりしてないよな? 悪い冗談だ止めてくれよ、早く早く目を開けろ!
 駆け寄って掴んだ腕の毛はしっとり濡れて、それが血なのはすぐに分かった。見ればその身体は傷だらけで流れ出る血が止まらない。

「これは輸血が必要だ、だが、人と同じ血を輸血して大丈夫なのかどうか……」
「俺の血を使ってくれ! どんな型だろうと、こいつは俺の血なら受け入れる!」

 これは根拠のない確信。俺の体液はこいつに何かしらの力を与える。それは今までも証明されてきている。けれど救護隊員は「何を言っている? 型の合わない血を輸血すれば最悪こいつは死ぬんだぞ?」と渋い表情を隠さない。

「いいからやってくれ! 迷っている時間はないんだろ!」

 俺の勢いに押されて救護隊員は渋々頷く。そもそも獣人のいないこの世界で獣人の生態など知っている者など誰もいない。唯一俺がロウヤの身内で、その俺がそう言っているのなら……と彼等は渋々了承した。
 防衛隊の本部に運ばれ止血を施され、ロウヤの身体の中には俺の抜ける血ぎりぎりいっぱいまでの血液が送り込まれた。けれどそもそも俺達と獣人では体格が違い過ぎる、それで足りるのかといえば全然足りなくて、かと言って調べてみればロウヤの血液型は人よりは動物に近く、無闇な献血は避けた方がいいと、それ以上の血の提供はなされなかった。
 小さすぎるベッドの上で横になるロウヤ、人口呼吸器を付けられて息はしているものの目を覚ます気配はない。

「君も少し休んだ方がいい」

 そう声をかけられても、俺はその場から動けない。クロームさんのように魔術が使えたら俺にだってこいつを癒す事が出来たかもしれないのに……俺にもっと力があったなら、こんなに傷だらけになる前に何か手助けも出来たかもしれないのに。なんで俺はこんなに無力で何も出来ないのだろう。

「ロウヤ、早く目を覚ませ。俺を一人にしないでくれよ」

 何もかも変わってしまった俺の世界、恐らく俺の暮らしていた町はもう存在すらしていなくて、両親もきっともう生きてはいない。唯一向こうの世界が滅んでなければ妹だけは生きているかもしれないが、今の俺にはもう何も残っていないのだ。
 そんな世界に送り込まれて、正気を保っていられたのは俺の横にはずっとロウヤが居て呑気に笑っていたからだ。なのにそのお前がもしいなくなったらと考えてぞっとする。
 こんな何もない世界、俺一人でどう生きればいい?
 この街に辿り着いた時に出会ったおじさんの言葉が頭をよぎる。『なんでこんなに苦しい思いまでして生き続けなきゃならんのかな……』そう言っておじさんは悲しげな瞳で笑っていた。そのおじさんの気持ちが分かる気がして、俺は胸が苦しくなった。
 そもそもこの街に行くと言い張ったのは俺なのだ、最初からロウヤは反対していて危険が伴う事など最初から分かっていたのに。
 俺はきっと頭のどこかでロウヤは死なないと思っていた。人よりずいぶんと寿命が長いらしい獣人はきっと人より丈夫で頑丈なのだと勝手にそう思いこんでいた。実際クロームさんは殺しても死ななさそうな性格をしていたし、恐らく怪我などしてもその魔術で簡単に治していたに違いない。けれど、俺は失念していた、俺は魔術を使えないし、ロウヤも多少の魔術を扱いこそすれ回復魔法には全く精通していない。仮に使えたとしても当の本人がこれでは癒しようもない。
 身体中に巻かれた包帯が痛々しい、そのもふりとした毛皮で包み込んでくれたからいつでも安心して俺は眠りにつけた。だけどお前がこんな状態じゃ俺はおちおち寝る事も出来やしない。

「ロウヤ……」

 呼びかけても返事は返ってこない。俺は彼の大きな腕を持ち上げて、その肉球に口付けた。
 その時、ロウヤの指がぴくりと反応を返す。意識が戻ったのかと彼の顔を見やるがその瞳は閉じたまま動かない。

「ロウヤ……あいつを倒したらご褒美やるって約束しただろう? 敵は変わっちまったけど、お前ちゃんと倒したもんな、偉いぞ。だけど俺、お前が何をねだりたかったのかまだ聞いてないぞ?」 

 上下する胸、その動きだけがロウヤがまだ生きていると確認できる唯一の術。怖い。喋っていなければ、その動きすら止まってしまうのではないかと、喋る事を止められない。

「お前いつまで寝てるつもりだよ? そんなんじゃ俺、何を準備すればいいのか分かんねぇよ……」

 少しばさついた腕の毛並みを撫でると、また少し指が動いた気がした。

「起きろ、ロウヤ……聞こえてるんだろ?」

 こんな事で泣いたら男がすたる、そう思うのに泣いてしまいそうで鼻をすする。泣くな、みっともない、俺はそんなに女々しい男じゃなったはずだろ?

「……起きてくれよ、ロウヤ……頼むから」
「……っ、ダ……イキ?」

 返ってきた声に顔を上げる、けれど彼の瞳は開かない。聞き間違い? いや、そんな事はない! 今確かにこいつは俺の名を呼んだ!!

「ロウヤ!」
「ぅう……」

 ロウヤの腕が上がり、人工呼吸器を邪魔だとばかりにむしり取る。

「ここ……は?」
「防衛隊の救護室だ!」
「防衛隊……? あぁ、俺……」
「何処か痛くないか!? いや痛くない訳ないな、大怪我だもんな」
「怪我……? あぁ、俺、失神してたのか? うわぁ、カッコ悪……」
「何がだよ! どこがだよっ! お前は凄く格好良かったよ!!」

 俺の叫びにロウヤがうっすら笑って瞳を開けた。あぁ、良かった、目を覚ました……

「ダイキ……目が、赤いな……」

 俺は思わず片手で顔を隠し「寝不足だからな!」と返してしまう。

「お前がいつまでも起きないから!」
「ずっと寝ないで付いててくれたのか?」

 休めと言われても休めなかった、寝ようと思っても寝られなかった。心配で仕方なかったんだよ、察しろ馬鹿!

「ダイキ、顔を見せてくれ」
「やだ、お前が起きたんなら俺は寝る、お前も大人しく寝てろ」
「だったらダイキもここで寝ればいい」

 そう言ってロウヤにぐいと抱き寄せられた。ロウヤの身体には不釣り合いな小さなベッドがぎしりと嫌な音を立てる。

「馬鹿、無理だよ! お前と俺とじゃ重量オーバーだ、ベッドが壊れる!」
「こっちの世界のベッドは脆いんだな」
「こっちの世界じゃ、お前が大きすぎるんだよ! しかも介護用の簡易ベッドだ、重量に耐えれるような造りじゃない」

 ロウヤは「そうか」と呟き、むくりと起き上がると「じゃあ、テントに戻るか」と俺の腕を取る。

「いや、だからお前は大怪我なんだって……大人しくここで寝てろよ」
「こんな小さなベッドじゃ安眠できない、俺は寝床と枕にはこだわるたちなんだ」
「そうは言っても、テントは壊れたぞ?」
「!?」

 テントの中の快適な居住域、それは魔術で設えられたものなのだが、そんな場所で大暴れしたロウヤとサツキの父親のおかげで見事にテントは木っ端みじんで、さすがにアレではもう修復不可能だと思うんだよな……
 外から襲われる分には強固な魔法障壁が張られていたようなのだけど、どうやら内側からの破壊行動は想定されていなかったのだろう。

「なんてこった……母さんにどやされる」

 「母さんは怒ると怖いんだ」と本気で青褪めるロウヤに笑ってしまった。なりは大きいくせに、まるでおもちゃを壊して怒られると怯える子供のようだ。

「お前は十分頑張った、テントが壊れたのは不可抗力だ、そんな事で母親も怒りやしないだろう? なんなら俺が弁明してやってもいい」
「ダイキはうちの母さんに会ってもいいと?」
「ん? 別にそれは全然、どんな半獣人なのかも気になるし」

 ロウヤが化けたのを見る限り相当美形なのが分かっているから余計に、ちょっと興味が湧くんだよな。ロウヤが何やらにぱっと笑った。

「ダイキの世界はこちらの世界だし、もしかしたらダイキは向こうに帰る手段を見付けても、こっちに残ると言うかと思ってた」
「え……? あぁ……」

 そう言われればそうだよな、俺にとって向こうの世界の方が異世界で、こっちの世界の方が言ってしまえば現実世界なのだからそう思っても不思議ではないはずなのに、そういえば一度もそんな事考えもしなかったな。そもそもこっちの世界も妙に現実感がないからか? 残った所でもう俺の家もないからなぁ……

「向こうに帰ったら俺の家に行こう! きっと皆大歓迎だ! それでダイキも一緒に暮らそう!」
「ふふ、そうだな。そうするか」

 俺の言葉にロウヤは更ににぱっと笑って、またしても俺をぎゅっと抱きしめた。
 包帯だらけのその肢体、もふもふさかげんが少し足りないけれど、ようやく少しだけほっとした。良かった、ロウヤが死ななくて。
 思わずその鼻面にキスしたら、ロウヤは目をぱちくりしている。

「初めてダイキからしてくれた! いや、どうせするなら口にしてくれ!」
「はは、それじゃあ魔物を退治したご褒美はそれでいいか?」
「ごほうび……ご褒美! いやいや駄目だ! それはもっと重要な場面で使わないと!」
「重要な場面ってなんだよ?」

 思わず俺が笑うと「それはまだ秘密」とロウヤも笑った。

「ロウヤ、お前人間に化けろ」
「ん? 何でだ? ダイキはやっぱり獣人の俺は嫌なのか?」
「そうじゃなくて、単純に重量の問題。このままじゃ、いつベッドが壊れるかと冷や冷やするから人間に化けろ。俺もここで寝る」

 やはりにぱぁと笑ったロウヤはいそいそといつもの美形に化けて俺を手招く。まぁ、それでも男2人じゃ狭いんだけどな、完全に足がはみ出している獣人の姿よりはマシだろう?
 そして俺達はそのまま眠りにつき、翌朝救護班の人間の驚いたような声で目を覚ました。

「あの獣人は何処にいった!?」
「ふぁぁ……ん、ロウヤならここに……」

 そう言って指さした先、そこにはモデルのように綺麗な半裸の男が俺の腰に抱きつくようにしてまだ寝ている。

「これがあの獣人? いや、そんな訳ないだろう?」
「いや、本人ですって、今起こしますよ。ロウヤ~起きろ、朝だぞ!」

 半覚醒のロウヤはむにゃむにゃと何事か呟きながら俺の腕を引いて押し倒す。

「こらっ、起きろって! 朝だって言って……むぐぅ、んん……ちょ、ロウ……っ」

 朝からするには濃厚過ぎるキスに俺の頭は完全に覚醒するのだが、ロウヤの瞳は開かない。

「んぅ……っは、っっ……! いい加減に……しろっ! この馬鹿犬!」

 思わず後ろ頭を引っぱたいて、ようやくロウヤが目を覚ました時には救護隊員は真っ赤な顔で瞳を逸らしていた。なんだか朝っぱらから申し訳ない……

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