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番外編:橘大樹の受難
共闘
しおりを挟む『ですが、ご主人様を見付けてみたらこの有様、私は失望いたしました。よもや裏山に住まうチンピラ風情に身体を明け渡しているとは……』
「明け渡した訳ではない、私はこいつを取り込み飼い慣らしていただけだ。それにこいつはチンピラなどではないよ、これからはこいつも私達の仲間だ、仲良くしてやってくれ」
『飼い慣らされているのは一体どちらの方ですか? もう既に半分以上取り込まれてしまっている、私はご主人様に仕えているのであってお前に仕えている訳ではない! そんな言葉片腹痛くて聞いておられぬわ!』
『はは、さすがに騙されないか』
男の身体がふわりと持ち上がる。一体何処までが本当のサツキの父親の言葉だったのか俺には分からない。ずっと操られ続けているのか、それとも多少なり自我は残っているのだろうか?
『それでも主の大事なご主人様の命をすくったのは我なのだぞ?』
『それは分かっている、そこだけは礼を述べてもいい。だがご主人様のその身体、好き勝手にされるのは下僕としては看過出来ぬ、返してもらうぞ』
ミヤビの長い身体が男の身体を絡め取り、そして龍は大きな口を開けた。
『主は主人ごと我を喰らうつもりか!?』
『元よりご主人様とはその約束で契約を結んでいる。屍となった主人の身体は私の物だ』
『主の主人はまだ死んではいないぞ!』
『虚ろな器など死んでいるのと同じだろう?』
「ミヤビ、お前なかなか辛辣だな……」
2人の魔物の声に男の声が重なり、サツキの父親の身体がどういう訳か、ぶれて見え始めた。
『あなたがいつまでも奥様の死にショックを受けて引き籠っているからです、さっさとそんなチンピラ追い出してしまいなさい』
「それでも私の身体は現在こいつの魔力で生かされている、こいつの言う通りこいつと分離すれば私は一分と持たずに絶命するだろう」
『そんな事は分かっていますよ、だからその身体を私に寄越せと言っているのでしょう?』
「魔物はしょせん魔物か、これでも可愛がっていたつもりだったんだがな。だが契約は契約だ、私の血肉はミヤビ全てお前の物だ。もはやこいつとの分離は不可能、こいつごと私を喰らえ、私の自我が消え失せる前に!」
『なに!? お前、何を……!?』
ミヤビの口が再び大きく開く、そして龍は男の身体を丸ごと飲み込んだ。魔物達の襲撃で騒がしかったのが急にしんと静まり返った。
恐らくミヤビが現れた時点で小物たちは身を潜ませていたのだ、圧倒的な存在感を放つ龍を前に誰も言葉が出てこない。鱗が月灯りに艶めかしく光輝き、まるで身体自体がきらきらと発光しているようにすら見える。
「なんで? ミヤビ……」
腕の中のサツキがぽつりと呟いた。
「なんで父ちゃん食べちゃうの?」
『お前の父はもう、とうの昔に死んでいたのですよ。ただ無為に生かされていた、あのチンピラが何を思ってそうしたのかまでは私には分からない。ですがそのお陰で取り戻せた、完全に取り込まれる前で良かった』
「なに? どういう事?」
サツキが訝し気な瞳をミヤビへと向け、ミヤビは虹色に輝く瞳を細めた。
『私達のような者は戯れに人を襲う事はあるが、よほどの事がなければ人を食す事はないのですよ。人間は決して旨くはないのでね』
そう言ってミヤビはその巨体でとぐろを巻き、地に降りてくる。月明かりしかない夜の闇、その中でミヤビは微かに光を放ち、ゆるりゆるりと鎌首をもたげる。そしてとぐろを解くとその真ん中に先程の男がぼんやりと立っていた。
「父ちゃん!」
「これは……何故?」
男も驚いているのだろう訝しむように自身の両手を見つめ、そして大きな龍を見上げた。
『私はもう十分に生きた、私はあのチンピラのようにその身体を奪おうとは思わない、子には親が必要です、サツキにはまだ父親が必要でしょう?』
「ミヤビ、お前……」
『ミヤコに、くれぐれも貴方とサツキを頼むと言われているのです……私はその約束を違える訳にはいきません。ですが、その身体はもう既に人の物ではありません、貴方はこの先、私と共に人ならざる者として生きていかなければならない、それを是とするか否とするか、それは貴方自身が決めればいい』
「ミヤビ、お前はそれでいいのか?」
『先程も言いましたが私はもう十分に生きました、私自身はもうどうなろうと構いはしない。私は貴方の中で休みます、さすがに不眠不休で3年間は長すぎました、使い魔をこき使うにも程があります。必要な時にはお声かけください、寝惚けていなければお返事いたします』
そう言うと巨大な龍はきらきらと輝き、闇夜に溶けるように姿を消した。そしてそこにはぽつんと男が一人呆けたように立ち尽くしていた。
その男からは先程までの禍々しさは既になく、何かを確認するように掌を握った。そして、ゆるりとこちらを見やって「サツキ、大きくなったな……」と泣き笑いのような笑みを浮かべた。
「ふざけんなっ! サツキはお前なんかに渡さない!」
声を上げたのはロウヤ、俺達と男の間に立ち塞がったままのロウヤはふーふーと荒い息を吐いている。目の前にいるのは先程まで死闘を繰り広げていた相手だ、それが急に大人しくなったからと言って無害になったのかなんて、俺達には分からない。
サツキ自身もまだ戸惑っているのだろう、俺の服を掴んだまま父親を凝視している。
その時ぶわっと風が騒いだ。生臭いような温い風が吹いて自然に鳥肌が立った。
「いかん! この地を守護する者が消えた事で奴等活気づきやがった!」
サツキの父親が警戒するように辺りを見回す。頭上には蝙蝠のような無数の魔物が辺りを旋回し始め、その数はどこに隠れていたのかと驚くほどの数で戦慄する。
「おい、お前これはどういう事だ!?」
「あの目玉はそれでもこの地を守っていたという事だ! 確かに奴はここを餌場と定めて魔物達を集めていたが、不要な魔物は退けて良質な餌だけをより分けていた。当然この地には良質な魔物ばかりが集まって、この地を餌場として奪い取りたい輩が、奴の消失で活気づいたという事だ!」
なんという事だ、それでもこの街はあの目玉の守護の中にいたと言うのか? そういえば俺達を襲ったあの魔物の群れは何かから逃げ惑うように街から逆方向へと向かっていた、あれは目玉に追い散らかされた魔物だったのか。
男は掌を合わせ何かを唱えると今度は両腕を大きく広げ円を描く、するとその円が広がるように透明な壁のような物が広がって魔物達をその壁の外へと押し出していく。
「お前、やっぱり魔術師か!」
「魔術師? 私は退魔師だ、西洋の魔術とは系統が違う」
「やってる事は同じだろうが!」
「いや、そもそも魔術と退魔とでは……」
「そんな議論、今はどうでもいいだろう!? 来るぞ!!」
透明な壁に阻まれた小さな魔物が壁にぶつかるばちばちという音が耳に響く。そして、ずしんずしんと突き上げるような地響き。これは先程の揺れと同じものだ。
「はは、これはなかなかデカいな。だが、弱点を隠す事もしていないとは、この世界の魔物はずいぶんと甘やかされた環境で育っているようだ」
苦笑するようなロウヤの呟き、そこに居たのはまるで恐竜のようなサイズの大きな魔物。人の目にはその姿が見えないとは言え、大きく育ち過ぎなのではないだろうか? そいつはゆっくりとした歩みでのそりのそりと近付いてくるのだが、胸元には紅色の核が光って見える。
「ロウヤ……」
「心配すんな、空を飛ぶ魔物は厄介だが、地を這う魔物ならどうとでもなる。あいつは動きも鈍いし大した事はない。それよりもお前達は怪我しないように下がっておけよ」
「でも……お前、それ大怪我だろ?」
ロウヤの身体は、すでに毛皮に隠れられない程に傷だらけだ。
「あぁ……やっぱり回復係がいないのはきっついな。シロウはその点プロフェッショナルだったから安心して背中を任せられたんだけど」
ロウヤの言い方に、こんな時なのに少しだけカチンときた。どうせ俺はお前に背中を任されるような事は何も出来ない、悪かったな役立たずで!
「でも、守るべき者の為に戦うってのはなかなか気分が昂る。親父がいつも言っていた、『愛する者を見付けたら、お前はもっと強くなれる』ってな。はは、その言葉の意味が今なら分かる気がする」
そう言ってサツキごとぐいっと抱き寄せられて、キスされた。おま……子供の前ではするなとアレほど!!!
「行ってくる!」
そのままロウヤは駆け出して、少しばかり気が抜けた。あいつ意外とまだまだ元気だ。
だけど、その時ふと気づく、抱き寄せられた時にロウヤが触れた俺の服にはべったり血が付いている。その血に気が付き血の気が引いた。あんな傷、大丈夫な訳がない。こんなに血がべったりと付くくらいあいつの身体は傷だらけなのだ、なのになんで……
「ロウヤ!!!」
俺の叫びにも、ロウヤはもう振り向かない。
「援護する!」
サツキの父親が地面に片手を付き、もう一方の手は印のようなものを結んで何事か唱えると地面が俄かに盛り上がり、ぼこぼことロウヤの後を追うように移動していく。あれは一体何なんだ? このおっさん本当に何者だ?
その時大きな爆音が響き、かっ! と光の筋がこちらを照らした。何事かとそちらを見やれば戦闘機がぐるぐると頭上を旋回してこちらを照らしている。照明弾も打ちあがり、俄かに辺りは昼間のように明るくなった。
そんな中、光の中に浮かび上がる魔物は戸惑っているようにも見える、今まで人間は魔物の姿をその視界に捉える事ができなかった、だから一方的に人間はやられるばかりで、こんな風に魔物を迎え撃ったのは恐らく初めてなのだ。
バラバラバラと砲弾の音がする。魔物の左右、防衛隊の隊員達が完全装備で魔物を攻撃すると、砲弾に弾かれ裂けた肉の破片から小さな魔物が蠢きだす。
「お前達! どうせ撃つなら核を狙え!」
ロウヤの声が微かに聞こえる、確かに肉を削いでもキリがない、何故なら魔物は核が存在し続ける限り幾らでも分裂増殖するからだ。どしん! と魔物が足を踏みしめるとまた地面が激しく揺れて立っていられない。
けれど、ぼこぼこと地中を進んでいたと思われる得体の知れないモノがそんな魔物の足を掴み地面へと固定する。それは泥の塊のような姿をしていて生き物なのか、それとも何かしらの技なのか俺には分からない。
退魔師だと言うサツキの父親、なんかよく分からないけど凄い力の持ち主なのだという事だけはよく分かった。先程までは魔物の力を借りて暴れているのだとばかり思っていたのだが、どうもそう言う訳ではないらしい。
「サツキ、お前も手伝え! やり方は覚えているだろう!」
腕の中のサツキがはっと顔を上げた。
え? なに? もしかしてお前も何かできちゃうの? もがくように俺の腕の中から飛び出したサツキが父親の元に駆けて行く。そして父親と同じように地面に両手を置いて瞳を伏せると、泥の塊はめきめきと伸び出して、魔物の身体を覆っていく。
「よくやった、サツキ!」
「僕、父ちゃんがいない間もちゃんと練習してたもん!」
泣き笑いのような表情でサツキは地面を押さえている。あぁ、本当にこの人はサツキの父親なんだな……しかもなんだよサツキ、お前俺より全然戦闘力高いんじゃないか。
なんだろう、俺のこの役立たず感。こんな時に俺は何も出来ないんだな。
大地に足止めを喰らった魔物が身を震わせ、咆哮を上げる。そんな魔物の身体をよじ登っていくのはロウヤ、目指すのはたぶん胸元に輝く紅い核。けれどその核の色は今は少しくすんで紫色っぽく変化した。
戦闘機と地上部隊の砲撃は援護射撃に変わり、ロウヤの姿を魔物の目から逸らしている。けれど、援護射撃とはいえ砲弾は魔物を掠めて飛んでいて、その砲弾がいつロウヤに当たるかと考えるだけでひやひやする。
ロウヤの手が核にかかる、そこは魔物の急所だ。魔物も死に物狂いで暴れ出し、地面に縫い留められていた4本の脚のうち、前足が1本が持ち上がる。
斜めに上体を上げる魔物、振り落とされないようにロウヤは懸命に魔物にしがみついた。手を伸ばせばもう届く、なのにその一手が届かない。
「ロウヤぁぁ!!!」
思わず叫んだその声にロウヤの耳が微かに揺れた。そして次の瞬間全体重をかけるようにして、ロウヤが核を魔物からむしり取った。
魔物から大きく断末魔の咆哮が上がる。その後、しんと辺りが静まるとその巨体が横倒しに倒れた。あがる土埃、視界が霞む。
「やったか!?」
「ああ! ついにやったぞ! ついに俺達は自分達の手でこの得体の知れない化け物に打ち勝つ術を身につけた!」
防衛隊員達の歓声が聞こえる。だけど、ロウヤの姿がそこに見えない。人間より一回り以上大きな体躯のロウヤ、そこにいたら見えない訳がないのにその姿が見当たらない。
土埃が収まって、視界が開けても尚その姿がどこにも見えない事に俺は不安を覚え駆け出した。
「明け渡した訳ではない、私はこいつを取り込み飼い慣らしていただけだ。それにこいつはチンピラなどではないよ、これからはこいつも私達の仲間だ、仲良くしてやってくれ」
『飼い慣らされているのは一体どちらの方ですか? もう既に半分以上取り込まれてしまっている、私はご主人様に仕えているのであってお前に仕えている訳ではない! そんな言葉片腹痛くて聞いておられぬわ!』
『はは、さすがに騙されないか』
男の身体がふわりと持ち上がる。一体何処までが本当のサツキの父親の言葉だったのか俺には分からない。ずっと操られ続けているのか、それとも多少なり自我は残っているのだろうか?
『それでも主の大事なご主人様の命をすくったのは我なのだぞ?』
『それは分かっている、そこだけは礼を述べてもいい。だがご主人様のその身体、好き勝手にされるのは下僕としては看過出来ぬ、返してもらうぞ』
ミヤビの長い身体が男の身体を絡め取り、そして龍は大きな口を開けた。
『主は主人ごと我を喰らうつもりか!?』
『元よりご主人様とはその約束で契約を結んでいる。屍となった主人の身体は私の物だ』
『主の主人はまだ死んではいないぞ!』
『虚ろな器など死んでいるのと同じだろう?』
「ミヤビ、お前なかなか辛辣だな……」
2人の魔物の声に男の声が重なり、サツキの父親の身体がどういう訳か、ぶれて見え始めた。
『あなたがいつまでも奥様の死にショックを受けて引き籠っているからです、さっさとそんなチンピラ追い出してしまいなさい』
「それでも私の身体は現在こいつの魔力で生かされている、こいつの言う通りこいつと分離すれば私は一分と持たずに絶命するだろう」
『そんな事は分かっていますよ、だからその身体を私に寄越せと言っているのでしょう?』
「魔物はしょせん魔物か、これでも可愛がっていたつもりだったんだがな。だが契約は契約だ、私の血肉はミヤビ全てお前の物だ。もはやこいつとの分離は不可能、こいつごと私を喰らえ、私の自我が消え失せる前に!」
『なに!? お前、何を……!?』
ミヤビの口が再び大きく開く、そして龍は男の身体を丸ごと飲み込んだ。魔物達の襲撃で騒がしかったのが急にしんと静まり返った。
恐らくミヤビが現れた時点で小物たちは身を潜ませていたのだ、圧倒的な存在感を放つ龍を前に誰も言葉が出てこない。鱗が月灯りに艶めかしく光輝き、まるで身体自体がきらきらと発光しているようにすら見える。
「なんで? ミヤビ……」
腕の中のサツキがぽつりと呟いた。
「なんで父ちゃん食べちゃうの?」
『お前の父はもう、とうの昔に死んでいたのですよ。ただ無為に生かされていた、あのチンピラが何を思ってそうしたのかまでは私には分からない。ですがそのお陰で取り戻せた、完全に取り込まれる前で良かった』
「なに? どういう事?」
サツキが訝し気な瞳をミヤビへと向け、ミヤビは虹色に輝く瞳を細めた。
『私達のような者は戯れに人を襲う事はあるが、よほどの事がなければ人を食す事はないのですよ。人間は決して旨くはないのでね』
そう言ってミヤビはその巨体でとぐろを巻き、地に降りてくる。月明かりしかない夜の闇、その中でミヤビは微かに光を放ち、ゆるりゆるりと鎌首をもたげる。そしてとぐろを解くとその真ん中に先程の男がぼんやりと立っていた。
「父ちゃん!」
「これは……何故?」
男も驚いているのだろう訝しむように自身の両手を見つめ、そして大きな龍を見上げた。
『私はもう十分に生きた、私はあのチンピラのようにその身体を奪おうとは思わない、子には親が必要です、サツキにはまだ父親が必要でしょう?』
「ミヤビ、お前……」
『ミヤコに、くれぐれも貴方とサツキを頼むと言われているのです……私はその約束を違える訳にはいきません。ですが、その身体はもう既に人の物ではありません、貴方はこの先、私と共に人ならざる者として生きていかなければならない、それを是とするか否とするか、それは貴方自身が決めればいい』
「ミヤビ、お前はそれでいいのか?」
『先程も言いましたが私はもう十分に生きました、私自身はもうどうなろうと構いはしない。私は貴方の中で休みます、さすがに不眠不休で3年間は長すぎました、使い魔をこき使うにも程があります。必要な時にはお声かけください、寝惚けていなければお返事いたします』
そう言うと巨大な龍はきらきらと輝き、闇夜に溶けるように姿を消した。そしてそこにはぽつんと男が一人呆けたように立ち尽くしていた。
その男からは先程までの禍々しさは既になく、何かを確認するように掌を握った。そして、ゆるりとこちらを見やって「サツキ、大きくなったな……」と泣き笑いのような笑みを浮かべた。
「ふざけんなっ! サツキはお前なんかに渡さない!」
声を上げたのはロウヤ、俺達と男の間に立ち塞がったままのロウヤはふーふーと荒い息を吐いている。目の前にいるのは先程まで死闘を繰り広げていた相手だ、それが急に大人しくなったからと言って無害になったのかなんて、俺達には分からない。
サツキ自身もまだ戸惑っているのだろう、俺の服を掴んだまま父親を凝視している。
その時ぶわっと風が騒いだ。生臭いような温い風が吹いて自然に鳥肌が立った。
「いかん! この地を守護する者が消えた事で奴等活気づきやがった!」
サツキの父親が警戒するように辺りを見回す。頭上には蝙蝠のような無数の魔物が辺りを旋回し始め、その数はどこに隠れていたのかと驚くほどの数で戦慄する。
「おい、お前これはどういう事だ!?」
「あの目玉はそれでもこの地を守っていたという事だ! 確かに奴はここを餌場と定めて魔物達を集めていたが、不要な魔物は退けて良質な餌だけをより分けていた。当然この地には良質な魔物ばかりが集まって、この地を餌場として奪い取りたい輩が、奴の消失で活気づいたという事だ!」
なんという事だ、それでもこの街はあの目玉の守護の中にいたと言うのか? そういえば俺達を襲ったあの魔物の群れは何かから逃げ惑うように街から逆方向へと向かっていた、あれは目玉に追い散らかされた魔物だったのか。
男は掌を合わせ何かを唱えると今度は両腕を大きく広げ円を描く、するとその円が広がるように透明な壁のような物が広がって魔物達をその壁の外へと押し出していく。
「お前、やっぱり魔術師か!」
「魔術師? 私は退魔師だ、西洋の魔術とは系統が違う」
「やってる事は同じだろうが!」
「いや、そもそも魔術と退魔とでは……」
「そんな議論、今はどうでもいいだろう!? 来るぞ!!」
透明な壁に阻まれた小さな魔物が壁にぶつかるばちばちという音が耳に響く。そして、ずしんずしんと突き上げるような地響き。これは先程の揺れと同じものだ。
「はは、これはなかなかデカいな。だが、弱点を隠す事もしていないとは、この世界の魔物はずいぶんと甘やかされた環境で育っているようだ」
苦笑するようなロウヤの呟き、そこに居たのはまるで恐竜のようなサイズの大きな魔物。人の目にはその姿が見えないとは言え、大きく育ち過ぎなのではないだろうか? そいつはゆっくりとした歩みでのそりのそりと近付いてくるのだが、胸元には紅色の核が光って見える。
「ロウヤ……」
「心配すんな、空を飛ぶ魔物は厄介だが、地を這う魔物ならどうとでもなる。あいつは動きも鈍いし大した事はない。それよりもお前達は怪我しないように下がっておけよ」
「でも……お前、それ大怪我だろ?」
ロウヤの身体は、すでに毛皮に隠れられない程に傷だらけだ。
「あぁ……やっぱり回復係がいないのはきっついな。シロウはその点プロフェッショナルだったから安心して背中を任せられたんだけど」
ロウヤの言い方に、こんな時なのに少しだけカチンときた。どうせ俺はお前に背中を任されるような事は何も出来ない、悪かったな役立たずで!
「でも、守るべき者の為に戦うってのはなかなか気分が昂る。親父がいつも言っていた、『愛する者を見付けたら、お前はもっと強くなれる』ってな。はは、その言葉の意味が今なら分かる気がする」
そう言ってサツキごとぐいっと抱き寄せられて、キスされた。おま……子供の前ではするなとアレほど!!!
「行ってくる!」
そのままロウヤは駆け出して、少しばかり気が抜けた。あいつ意外とまだまだ元気だ。
だけど、その時ふと気づく、抱き寄せられた時にロウヤが触れた俺の服にはべったり血が付いている。その血に気が付き血の気が引いた。あんな傷、大丈夫な訳がない。こんなに血がべったりと付くくらいあいつの身体は傷だらけなのだ、なのになんで……
「ロウヤ!!!」
俺の叫びにも、ロウヤはもう振り向かない。
「援護する!」
サツキの父親が地面に片手を付き、もう一方の手は印のようなものを結んで何事か唱えると地面が俄かに盛り上がり、ぼこぼことロウヤの後を追うように移動していく。あれは一体何なんだ? このおっさん本当に何者だ?
その時大きな爆音が響き、かっ! と光の筋がこちらを照らした。何事かとそちらを見やれば戦闘機がぐるぐると頭上を旋回してこちらを照らしている。照明弾も打ちあがり、俄かに辺りは昼間のように明るくなった。
そんな中、光の中に浮かび上がる魔物は戸惑っているようにも見える、今まで人間は魔物の姿をその視界に捉える事ができなかった、だから一方的に人間はやられるばかりで、こんな風に魔物を迎え撃ったのは恐らく初めてなのだ。
バラバラバラと砲弾の音がする。魔物の左右、防衛隊の隊員達が完全装備で魔物を攻撃すると、砲弾に弾かれ裂けた肉の破片から小さな魔物が蠢きだす。
「お前達! どうせ撃つなら核を狙え!」
ロウヤの声が微かに聞こえる、確かに肉を削いでもキリがない、何故なら魔物は核が存在し続ける限り幾らでも分裂増殖するからだ。どしん! と魔物が足を踏みしめるとまた地面が激しく揺れて立っていられない。
けれど、ぼこぼこと地中を進んでいたと思われる得体の知れないモノがそんな魔物の足を掴み地面へと固定する。それは泥の塊のような姿をしていて生き物なのか、それとも何かしらの技なのか俺には分からない。
退魔師だと言うサツキの父親、なんかよく分からないけど凄い力の持ち主なのだという事だけはよく分かった。先程までは魔物の力を借りて暴れているのだとばかり思っていたのだが、どうもそう言う訳ではないらしい。
「サツキ、お前も手伝え! やり方は覚えているだろう!」
腕の中のサツキがはっと顔を上げた。
え? なに? もしかしてお前も何かできちゃうの? もがくように俺の腕の中から飛び出したサツキが父親の元に駆けて行く。そして父親と同じように地面に両手を置いて瞳を伏せると、泥の塊はめきめきと伸び出して、魔物の身体を覆っていく。
「よくやった、サツキ!」
「僕、父ちゃんがいない間もちゃんと練習してたもん!」
泣き笑いのような表情でサツキは地面を押さえている。あぁ、本当にこの人はサツキの父親なんだな……しかもなんだよサツキ、お前俺より全然戦闘力高いんじゃないか。
なんだろう、俺のこの役立たず感。こんな時に俺は何も出来ないんだな。
大地に足止めを喰らった魔物が身を震わせ、咆哮を上げる。そんな魔物の身体をよじ登っていくのはロウヤ、目指すのはたぶん胸元に輝く紅い核。けれどその核の色は今は少しくすんで紫色っぽく変化した。
戦闘機と地上部隊の砲撃は援護射撃に変わり、ロウヤの姿を魔物の目から逸らしている。けれど、援護射撃とはいえ砲弾は魔物を掠めて飛んでいて、その砲弾がいつロウヤに当たるかと考えるだけでひやひやする。
ロウヤの手が核にかかる、そこは魔物の急所だ。魔物も死に物狂いで暴れ出し、地面に縫い留められていた4本の脚のうち、前足が1本が持ち上がる。
斜めに上体を上げる魔物、振り落とされないようにロウヤは懸命に魔物にしがみついた。手を伸ばせばもう届く、なのにその一手が届かない。
「ロウヤぁぁ!!!」
思わず叫んだその声にロウヤの耳が微かに揺れた。そして次の瞬間全体重をかけるようにして、ロウヤが核を魔物からむしり取った。
魔物から大きく断末魔の咆哮が上がる。その後、しんと辺りが静まるとその巨体が横倒しに倒れた。あがる土埃、視界が霞む。
「やったか!?」
「ああ! ついにやったぞ! ついに俺達は自分達の手でこの得体の知れない化け物に打ち勝つ術を身につけた!」
防衛隊員達の歓声が聞こえる。だけど、ロウヤの姿がそこに見えない。人間より一回り以上大きな体躯のロウヤ、そこにいたら見えない訳がないのにその姿が見当たらない。
土埃が収まって、視界が開けても尚その姿がどこにも見えない事に俺は不安を覚え駆け出した。
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