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番外編:橘大樹の受難
化け物
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テントの外には先程までの穏やかさなどなく、辺り一面驚くほどの数の小さな魔物が飛び交っていた。それは魔物同士の全面戦争とでも表現すればいいのか、あちらこちらで魔物同士がぶつかり合い食いつ喰われつ戦っている。
そんな中、人間達はそれに巻き込まれないように逃げ惑い、こちらに歯を向けるような魔物相手には応戦しながら身を寄せ合っていた。
頭上を見上げれば、ロウヤの言った通りあの目玉は何処にも見当たらない。先程のサツキの父親があの目玉の正体だというのは本当の話なのだろうか? 俄かには信じられないのだが、その姿が消えているのは間違えようのない真実で、俺はパニック寸前だ。
それでも腕の中には小さな温もりを抱えている俺は、こんな所で狼狽えている場合ではないと分かっている。
「サツキ、大丈夫か!?」
「うん」
細い腕が背中に回り、きゅっと掴む指に力が籠った。父親を目の前にして、そんな父親より俺を選んでくれたサツキを俺は守らなければ。その時、背後で大きな爆発音が響いた、続いた爆風に俺はとっさにサツキを抱えたまま身を伏せる。
振動で窓ガラスが砕け散りばらばらと降り注ぐ。小さな魔物達、特に俺達の車を襲った鳥のような姿の魔物達は元々軽い身体をしているのだろう、爆風で吹っ飛ばされていく。
「なに……?」
思わず振り返ると、テントの置いてあった部屋からロウヤが転がり出てくるのが見て取れた、そして続くサツキの父親はのんびりとした足取りで、こんな状況にも関わらず落ち着いているように見える。
ロウヤは直ぐに体勢を整え直し唸り声を上げる、サツキの父親は何をしているようにも見えないのだが、彼が歩けばその周りの物はどんどんと破壊されていく。
人ならざる者の力、アレが天空にあった目玉の力なのか?
ロウヤが男に襲い掛かる、けれどまるで見えない壁に阻まれているかのように彼の寸前でその巨体は弾き飛ばされる。けれどロウヤの武器は牙と爪、近寄らなければ攻撃も出来ない。またすぐに体勢を立て直し、彼は何度も何度も彼に立ち向かって行った。
その時響いた一発の銃声、ロウヤの身体が吹っ飛んだ。
「え……」
「この化け物が! 人間様を舐めんじゃねぇ!!」
見覚えのない老人だ、防衛隊の人間ではないのかもしれない、そんな老人の手に握られた散弾銃、その銃口はロウヤに向けられている。
「やめろ! ロウヤは敵じゃない!!」
混乱した状況、襲い来る魔物達、ここにはまだ魔物が見えない人間が幾らも居て、そんな見えない敵に混乱する人の目には人間を襲う獣人の姿はさぞ恐ろし気に見えたのだと理解はできる、けれどよく見てくれ! ロウヤは人を襲ったりしていない!! そこにいるのは人の形をしたただの魔物だ!
響く銃声、俺の声は混乱した老人の耳には届かない。
「ロウヤ!!!」
ロウヤの身体が傾いで倒れた、そして流れ出す鮮血が床を濡らすのが見て取れる。
「なんで……」
一体ロウヤが何をした? ロウヤは俺達を守って魔物と戦っていただけじゃないか、なのに何で! なんでロウヤが撃たれなければならない!!?
サツキの父親がゆっくりとこちらを見やる。その顔は不自然なほどの笑顔で吐き気がした。
「さぁ、サツキ、父さんと一緒に帰ろう」
男は穏やかな笑みでこちらに手を伸ばす。それを見たサツキは身を震わせて「……っ! お前なんか父ちゃんじゃないっっ!!!」と涙を零して男に叫んだ。
瞬間、また暴風が吹き荒れる。風に煽られた老人は吹き飛ばされ、したたかに壁に頭を打ち付けたのだろう、そのままずるりと崩れ落ちた。
「父ちゃんは優しい人だった! 魔物相手にだって無駄な殺生は駄目だっていつも言ってた! 人の命、虫の命、動物だって魔物だって全部同じ生き物なんだって! だから今、そんな顔をして笑ってる父ちゃんは絶対僕の父ちゃんなんかじゃない!!!」
サツキの言葉に男の顔が歪む。
『優しくしていれば生意気ばかり、昔からお前は本当にやかましい』
サツキの父親の口から今まで聞いていた声とは違う別の声が聞こえてきた。
「お前、もう悪さはしないって言ってたじゃないか! なのに何で!!?」
『悪さなどしていないだろう? 我は人を襲ってなどいない』
どうやらその声はサツキの父親に憑いた魔物の声であるようで、元々その目玉の魔物と顔見知りだったサツキは魔物を責める。けれど魔物の方は飄々として悪びれた様子も見えない。
『ここには餌が大量にあった、だから我はここを拠点にしていただけだ、それに今現在ここがこんな状況なのは我のせいではないぞ? お前の父親がお前を取り戻そうと自我に目覚め我を抑え込もうとするからこんな事になっている』
「? どういう事だ?」
『我の世界には縄張りという物がある。ここは良質な餌場で、ここを狙う同胞は幾らもいてな、我は睨みを利かせてそれを退けていたというのに、こいつが……』
「これは父ちゃんのせいだって言うのか!」
『その通りなのだから仕方がないな』
魔物はそう言ってくつくつと嗤う。
『我の中で大人しくしておればよいものを、我を操ろうなどとするから』
「っ! 父ちゃんを返せっ!!」
『別に返してもいいが、我と分離すればこやつは死ぬぞ?』
「!?」
『何を驚く? 我は山で死にかけておったこやつを助けてやったのだぞ? 我の命を分け与えて、こやつは今を生きている』
「嘘だ!」
『嘘なものか、なんならやってみるか? 恐らくこやつの命、一分ともちはしないぞ?』
サツキは悔しそうに唇を噛む。
『あの日、こやつは山に入り、山神を守る為に戦い瀕死になった。それを助けたのは我なのだぞ、我を恨むのは筋違いだ。恨むのならば山神を襲った黒い悪魔を恨むがいい』
あぁ、黒い悪魔……クロームさんはもしかしてあそこの山神様も襲って喰ったのか?
本当に迷惑な黒猫だな!
「父ちゃんはもう、元の父ちゃんには戻らないの?」
『それでもこやつは我と共に生き続ける、我を操ろうなどと過ぎた事を考えなければな』
それは果たして生きていると言えるのだろうか? 身体はこうやって生き残っていても、自我は封じられ魔物に乗っ取られている、それならいっそ死んでしまった方が楽だったのではないかと思わずにはいられない。
『我は主の事が嫌いではない、こやつがそれを望むのであれば主と共に暮らすのもやぶさかではないのだが……』
「誰がお前なんかにサツキをやるかよっ!」
声と共に男の身体が横へ吹っ飛んだ。そしてそこに立っていたのは血を流し、撃たれた患部を押さえながら荒い呼吸を繰り返すロウヤ。
「ロウヤ! お前、生きてたのか!」
「これっくらいの傷で死んでたまるか! 妻子を守れず死ぬなんて、そんな恥さらしな死に方できねぇよ!」
ロウヤの『妻子』という言葉になんとなく突っ込みを入れたい俺なのだが、今はそんな状況ではない事くらい俺にだって分かっている。それにロウヤは生きていたが、その傷が軽傷でないのは一目瞭然だ。
「人の事散々化け物呼ばわりしやがって、お前だって充分化け物じゃないか! 魔物に生かされてるくらいなら、潔く死んだ方がなんぼかマシだろ! サツキは俺の子として立派に育ててやるからお前は大人しくあの世に逝きやがれ!!」
「化け物風情が生意気な、サツキは私の子だ! 誰にも渡さない!!」
ロウヤに吹っ飛ばされた事で中身が入れ替わったのか、サツキの父親から聞こえてくる声のトーンが変わった。
埃を払い立ち上がった男は手を合わせ何かを唱え始める。
「!? 詠唱!? ダイキ、お前はこの世界に魔法はないと言っていなかったか!?」
「え……ないよ、ないはずだけど……」
少なくとも向こうの世界程魔法は一般的ではないけれど、そういえばこっちの世界にも向こうで精霊と呼ばれるモノは存在しているらしいし、最初から魔物が見えている人間もいる訳で、もしかして俺が知らないだけで、この世界にも魔術を操れる人間というのは存在していたのか?
そもそもサツキの父親は退魔師とか言っていたが、そんな職業が存在していた事すら俺は知らないのだ、自分が知らないから『ない』と決めつけるのは早計だったのかもしれない。
またしても男の方角から風が吹く、それは力を強め辺りの物を手当たり次第に破壊していく、そしてそんな瓦礫を巻き込み渦となった竜巻がロウヤめがけて襲い来る。
「ぐっ……」
身体の大きなロウヤはその風自体にはびくともしないが、巻き込まれた瓦礫の破片が少しずつロウヤの身体を傷付けていく。いつもふわふわと俺達を包み込んでいたその毛皮が削がれ、剥き出しになった肌に血が滲む。
「死にたくなければここを去れ」
「はっ、笑わせる! これくらいの攻撃で俺が尻尾を巻いて逃げるなんてあり得ない、こんなへっぽこ魔術、母さんの仕置きの方がよっぽど強烈だった!」
瓦礫が目に入らないようにだろうか、腕で顔を庇いつつそれでもロウヤは憎まれ口を叩く。傍目には大丈夫そうには全く見えないのだが、気持ちで負ける気がない所が例え強がりだとしてもこいつの凄い所だと思う。
こいつが俺達の前に立っている限り大丈夫だという安心感が俺にはある。いつの間にか俺はずいぶんとこいつに頼っていたんだな。
その時、不意に視界が陰って俺は顔を上げた。
目玉の魔物がサツキの父親の中にいるせいなのか、空に広がっていた暗雲は消え、満月に近い丸い月が顔を覗かせている、そんな月明かりの中、月の光を遮断するように何かが空を飛んでいる。
「なに……?」
それは長くうねり、こちらへと近付いてくる。まるで蛇のようにも見えるのだが、蛇が空を飛ぶわけがない。
それはどんどんこちらに近寄って来て、俺はその大きさに言葉を失う。これを言ってしまって信じる人間がどれだけいるか分からないが、あれは蛇じゃない龍だ。
「な・な・な……」
龍は大空を舞い、俺達とサツキの父親の間に割って入った。
『ようやく見付けましたよ、ご主人様』
「おぉ! ミヤビじゃないか、久しいな」
ミヤビ……? え!? ミヤビってサツキの母親の中にいた!? あの人本体は龍だったのか!?
『ご主人様はずいぶん変わってしまわれたのですね……そんなちんけな輩に身体を乗っ取られるなど嘆かわしい』
「使い魔の癖に生意気な口を……それにしてもお前にはミヤコとサツキの護衛を任じていたはず、今更のこのこ現れてどういう了見だ? ミヤコはどうした? サツキは何故こんな化け物と共に居る?」
『ミヤコは亡くなりました』
「……なに?」
『私に人の子を育てる事は出来ません、ですから私は彼らにサツキを託し、ご主人様を探していたのです』
サツキの父親から動揺が伝わってくる。そういえば奥さんが亡くなった事知らなかったのか……けれど、それはサツキも同じはずで咄嗟に腕の中のサツキの顔を覗き込んだら彼は寂しげな表情で瞳を伏せた。
「もしかして、知っていたのか……?」
「一年くらい前から母ちゃんが少しおかしくなったのは分かってた……その頃からミヤビの姿が見えなくなったし、もしかしたらって。ミヤビは父ちゃんの使い魔だから僕の言う事は聞いてくれない、だけど母ちゃんは僕の言う事を聞いてくれたから違うと思ってたんだけどなぁ……」
またしてもサツキの瞳が潤む。まだ幼い子供には酷な現実だ、母親はとうに亡くなり、父親は魔物憑きでおかしくなってしまっている。泣くなという方が無理な話で、俺は黙ってサツキを抱き締めた。
そんな中、人間達はそれに巻き込まれないように逃げ惑い、こちらに歯を向けるような魔物相手には応戦しながら身を寄せ合っていた。
頭上を見上げれば、ロウヤの言った通りあの目玉は何処にも見当たらない。先程のサツキの父親があの目玉の正体だというのは本当の話なのだろうか? 俄かには信じられないのだが、その姿が消えているのは間違えようのない真実で、俺はパニック寸前だ。
それでも腕の中には小さな温もりを抱えている俺は、こんな所で狼狽えている場合ではないと分かっている。
「サツキ、大丈夫か!?」
「うん」
細い腕が背中に回り、きゅっと掴む指に力が籠った。父親を目の前にして、そんな父親より俺を選んでくれたサツキを俺は守らなければ。その時、背後で大きな爆発音が響いた、続いた爆風に俺はとっさにサツキを抱えたまま身を伏せる。
振動で窓ガラスが砕け散りばらばらと降り注ぐ。小さな魔物達、特に俺達の車を襲った鳥のような姿の魔物達は元々軽い身体をしているのだろう、爆風で吹っ飛ばされていく。
「なに……?」
思わず振り返ると、テントの置いてあった部屋からロウヤが転がり出てくるのが見て取れた、そして続くサツキの父親はのんびりとした足取りで、こんな状況にも関わらず落ち着いているように見える。
ロウヤは直ぐに体勢を整え直し唸り声を上げる、サツキの父親は何をしているようにも見えないのだが、彼が歩けばその周りの物はどんどんと破壊されていく。
人ならざる者の力、アレが天空にあった目玉の力なのか?
ロウヤが男に襲い掛かる、けれどまるで見えない壁に阻まれているかのように彼の寸前でその巨体は弾き飛ばされる。けれどロウヤの武器は牙と爪、近寄らなければ攻撃も出来ない。またすぐに体勢を立て直し、彼は何度も何度も彼に立ち向かって行った。
その時響いた一発の銃声、ロウヤの身体が吹っ飛んだ。
「え……」
「この化け物が! 人間様を舐めんじゃねぇ!!」
見覚えのない老人だ、防衛隊の人間ではないのかもしれない、そんな老人の手に握られた散弾銃、その銃口はロウヤに向けられている。
「やめろ! ロウヤは敵じゃない!!」
混乱した状況、襲い来る魔物達、ここにはまだ魔物が見えない人間が幾らも居て、そんな見えない敵に混乱する人の目には人間を襲う獣人の姿はさぞ恐ろし気に見えたのだと理解はできる、けれどよく見てくれ! ロウヤは人を襲ったりしていない!! そこにいるのは人の形をしたただの魔物だ!
響く銃声、俺の声は混乱した老人の耳には届かない。
「ロウヤ!!!」
ロウヤの身体が傾いで倒れた、そして流れ出す鮮血が床を濡らすのが見て取れる。
「なんで……」
一体ロウヤが何をした? ロウヤは俺達を守って魔物と戦っていただけじゃないか、なのに何で! なんでロウヤが撃たれなければならない!!?
サツキの父親がゆっくりとこちらを見やる。その顔は不自然なほどの笑顔で吐き気がした。
「さぁ、サツキ、父さんと一緒に帰ろう」
男は穏やかな笑みでこちらに手を伸ばす。それを見たサツキは身を震わせて「……っ! お前なんか父ちゃんじゃないっっ!!!」と涙を零して男に叫んだ。
瞬間、また暴風が吹き荒れる。風に煽られた老人は吹き飛ばされ、したたかに壁に頭を打ち付けたのだろう、そのままずるりと崩れ落ちた。
「父ちゃんは優しい人だった! 魔物相手にだって無駄な殺生は駄目だっていつも言ってた! 人の命、虫の命、動物だって魔物だって全部同じ生き物なんだって! だから今、そんな顔をして笑ってる父ちゃんは絶対僕の父ちゃんなんかじゃない!!!」
サツキの言葉に男の顔が歪む。
『優しくしていれば生意気ばかり、昔からお前は本当にやかましい』
サツキの父親の口から今まで聞いていた声とは違う別の声が聞こえてきた。
「お前、もう悪さはしないって言ってたじゃないか! なのに何で!!?」
『悪さなどしていないだろう? 我は人を襲ってなどいない』
どうやらその声はサツキの父親に憑いた魔物の声であるようで、元々その目玉の魔物と顔見知りだったサツキは魔物を責める。けれど魔物の方は飄々として悪びれた様子も見えない。
『ここには餌が大量にあった、だから我はここを拠点にしていただけだ、それに今現在ここがこんな状況なのは我のせいではないぞ? お前の父親がお前を取り戻そうと自我に目覚め我を抑え込もうとするからこんな事になっている』
「? どういう事だ?」
『我の世界には縄張りという物がある。ここは良質な餌場で、ここを狙う同胞は幾らもいてな、我は睨みを利かせてそれを退けていたというのに、こいつが……』
「これは父ちゃんのせいだって言うのか!」
『その通りなのだから仕方がないな』
魔物はそう言ってくつくつと嗤う。
『我の中で大人しくしておればよいものを、我を操ろうなどとするから』
「っ! 父ちゃんを返せっ!!」
『別に返してもいいが、我と分離すればこやつは死ぬぞ?』
「!?」
『何を驚く? 我は山で死にかけておったこやつを助けてやったのだぞ? 我の命を分け与えて、こやつは今を生きている』
「嘘だ!」
『嘘なものか、なんならやってみるか? 恐らくこやつの命、一分ともちはしないぞ?』
サツキは悔しそうに唇を噛む。
『あの日、こやつは山に入り、山神を守る為に戦い瀕死になった。それを助けたのは我なのだぞ、我を恨むのは筋違いだ。恨むのならば山神を襲った黒い悪魔を恨むがいい』
あぁ、黒い悪魔……クロームさんはもしかしてあそこの山神様も襲って喰ったのか?
本当に迷惑な黒猫だな!
「父ちゃんはもう、元の父ちゃんには戻らないの?」
『それでもこやつは我と共に生き続ける、我を操ろうなどと過ぎた事を考えなければな』
それは果たして生きていると言えるのだろうか? 身体はこうやって生き残っていても、自我は封じられ魔物に乗っ取られている、それならいっそ死んでしまった方が楽だったのではないかと思わずにはいられない。
『我は主の事が嫌いではない、こやつがそれを望むのであれば主と共に暮らすのもやぶさかではないのだが……』
「誰がお前なんかにサツキをやるかよっ!」
声と共に男の身体が横へ吹っ飛んだ。そしてそこに立っていたのは血を流し、撃たれた患部を押さえながら荒い呼吸を繰り返すロウヤ。
「ロウヤ! お前、生きてたのか!」
「これっくらいの傷で死んでたまるか! 妻子を守れず死ぬなんて、そんな恥さらしな死に方できねぇよ!」
ロウヤの『妻子』という言葉になんとなく突っ込みを入れたい俺なのだが、今はそんな状況ではない事くらい俺にだって分かっている。それにロウヤは生きていたが、その傷が軽傷でないのは一目瞭然だ。
「人の事散々化け物呼ばわりしやがって、お前だって充分化け物じゃないか! 魔物に生かされてるくらいなら、潔く死んだ方がなんぼかマシだろ! サツキは俺の子として立派に育ててやるからお前は大人しくあの世に逝きやがれ!!」
「化け物風情が生意気な、サツキは私の子だ! 誰にも渡さない!!」
ロウヤに吹っ飛ばされた事で中身が入れ替わったのか、サツキの父親から聞こえてくる声のトーンが変わった。
埃を払い立ち上がった男は手を合わせ何かを唱え始める。
「!? 詠唱!? ダイキ、お前はこの世界に魔法はないと言っていなかったか!?」
「え……ないよ、ないはずだけど……」
少なくとも向こうの世界程魔法は一般的ではないけれど、そういえばこっちの世界にも向こうで精霊と呼ばれるモノは存在しているらしいし、最初から魔物が見えている人間もいる訳で、もしかして俺が知らないだけで、この世界にも魔術を操れる人間というのは存在していたのか?
そもそもサツキの父親は退魔師とか言っていたが、そんな職業が存在していた事すら俺は知らないのだ、自分が知らないから『ない』と決めつけるのは早計だったのかもしれない。
またしても男の方角から風が吹く、それは力を強め辺りの物を手当たり次第に破壊していく、そしてそんな瓦礫を巻き込み渦となった竜巻がロウヤめがけて襲い来る。
「ぐっ……」
身体の大きなロウヤはその風自体にはびくともしないが、巻き込まれた瓦礫の破片が少しずつロウヤの身体を傷付けていく。いつもふわふわと俺達を包み込んでいたその毛皮が削がれ、剥き出しになった肌に血が滲む。
「死にたくなければここを去れ」
「はっ、笑わせる! これくらいの攻撃で俺が尻尾を巻いて逃げるなんてあり得ない、こんなへっぽこ魔術、母さんの仕置きの方がよっぽど強烈だった!」
瓦礫が目に入らないようにだろうか、腕で顔を庇いつつそれでもロウヤは憎まれ口を叩く。傍目には大丈夫そうには全く見えないのだが、気持ちで負ける気がない所が例え強がりだとしてもこいつの凄い所だと思う。
こいつが俺達の前に立っている限り大丈夫だという安心感が俺にはある。いつの間にか俺はずいぶんとこいつに頼っていたんだな。
その時、不意に視界が陰って俺は顔を上げた。
目玉の魔物がサツキの父親の中にいるせいなのか、空に広がっていた暗雲は消え、満月に近い丸い月が顔を覗かせている、そんな月明かりの中、月の光を遮断するように何かが空を飛んでいる。
「なに……?」
それは長くうねり、こちらへと近付いてくる。まるで蛇のようにも見えるのだが、蛇が空を飛ぶわけがない。
それはどんどんこちらに近寄って来て、俺はその大きさに言葉を失う。これを言ってしまって信じる人間がどれだけいるか分からないが、あれは蛇じゃない龍だ。
「な・な・な……」
龍は大空を舞い、俺達とサツキの父親の間に割って入った。
『ようやく見付けましたよ、ご主人様』
「おぉ! ミヤビじゃないか、久しいな」
ミヤビ……? え!? ミヤビってサツキの母親の中にいた!? あの人本体は龍だったのか!?
『ご主人様はずいぶん変わってしまわれたのですね……そんなちんけな輩に身体を乗っ取られるなど嘆かわしい』
「使い魔の癖に生意気な口を……それにしてもお前にはミヤコとサツキの護衛を任じていたはず、今更のこのこ現れてどういう了見だ? ミヤコはどうした? サツキは何故こんな化け物と共に居る?」
『ミヤコは亡くなりました』
「……なに?」
『私に人の子を育てる事は出来ません、ですから私は彼らにサツキを託し、ご主人様を探していたのです』
サツキの父親から動揺が伝わってくる。そういえば奥さんが亡くなった事知らなかったのか……けれど、それはサツキも同じはずで咄嗟に腕の中のサツキの顔を覗き込んだら彼は寂しげな表情で瞳を伏せた。
「もしかして、知っていたのか……?」
「一年くらい前から母ちゃんが少しおかしくなったのは分かってた……その頃からミヤビの姿が見えなくなったし、もしかしたらって。ミヤビは父ちゃんの使い魔だから僕の言う事は聞いてくれない、だけど母ちゃんは僕の言う事を聞いてくれたから違うと思ってたんだけどなぁ……」
またしてもサツキの瞳が潤む。まだ幼い子供には酷な現実だ、母親はとうに亡くなり、父親は魔物憑きでおかしくなってしまっている。泣くなという方が無理な話で、俺は黙ってサツキを抱き締めた。
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