僕のもふもふ異世界生活(仮)

矢の字

文字の大きさ
上 下
85 / 107
番外編:橘大樹の受難

荒木という男

しおりを挟む
「お前達の言う事を信じよう、だがそんな得体の知れない物を喰うのには俺だって勇気がいる、それに俺はここの代表だ、今ここで倒れる訳にはいかない。毒見役だ、お前達には先に食ってもらうぞ」

 荒木さんの言葉に俺は頷く。別にいつも食っている物だし特別断る理由もない。そうとなったらと、荒木さんは俺達を炊事場へと連れて行ってくれた。そこにはちゃんとしたキッチンがあって、調味料もきっちり揃っている。俺は感動に打ち震えた。

「醤油がある!」
「あぁ、最近はすっかり貴重品だがな、ここにはある程度の物が揃っている」

 俺達も幾らかの調味料は持っていたが、ロウヤが元々持っていた調味料は香辛料が多く、その後に購入した物も塩や砂糖は手に入ったが醤油だけは手に入らなくて、俺は醤油味の料理に飢えていた。日本人はやっぱり香辛料より醤油だろ!

「米もある! うわぁぁ、久しぶりに米が食える!」
「言っておくが米も無尽蔵にある訳じゃない、そんなにたくさんは提供出来ないからな!」

 そんな言葉を尻目に俺はロウヤに大鍋を出すように所望する。この際だ、食えるうちに喰うのが正解、俺は大鍋に水道から水を注ぐ。ちゃんと水道も稼働してんだな。

「おい、ちょっと待て、お前今何処から鍋出した?」

 荒木さんが戸惑い顔で俺達を見やる。

「何処って、この中だが?」

 それはロウヤが腰にぶら下げた小さな袋。それはロウヤの収納魔術で中は無限に広がっているのだが、そんな事荒木さんに分かる訳がないもんな。

「なんだそれは? 四次元ポケットか?」

 はは、おれもそう思う。某子供向けアニメの猫もどきが持つ不思議道具のひとつだが、まぁそう思って貰えば間違いはないな。
 俺が無造作にガスコンロを点火すると今度はロウヤが「!?」とびっくり眼でこちらを見やった。

「この中には火の精霊が? これは魔道具なのか?」
「うんにゃ、普通にガスコンロだな。説明はあとあと、ロウヤは肉出せ、肉。ネギ、お! 卵もあった! 雑炊作るぞ雑炊!」

 米と醤油だけで俺のテンションは爆上がりだ。やっぱり日本食最高だな!



「うっっまっ! 何だこれ!? やべぇ、久しぶりの肉、旨すぎる……酒、どっかに酒……」

 目の前の男はがつがつと雑炊を胃袋の中に収めていく。自分達も勿論食べるつもりで多めに作った雑炊があっという間に底を尽く、あぁぁぁ、おっさん喰い過ぎだ。
 酒が欲しいと言い募る荒木本部長の前にロウヤはそっと酒を差し出す。実は俺、酒はあまり強くなくてなロウヤの晩酌には付き合ってやれなかったんだよ。
 その酒自体もうさほど残っていないとロウヤは言っていたのだが、本部長の豪快な喰いっぷりに気をよくしたのか、どうやら残り少ない酒を大盤振る舞いする気になったらしい。

「お? 何だこの酒? こいつも美味いじゃねぇか。こんないい酒、ここしばらく飲んでねぇぞ。くっはぁ、たまんねぇな」

 『魔物肉の試食』だけのはずだった荒木本部長、もうすっかり宴会モードで「つまみもあったらなぁ……」と、ちらりとこちらを見やる。さすがに酒のつまみまでは出てこねぇよ、図々しいおっさんだな!

「ぷっはぁ、喰った喰った……ん?」

 不意に荒木さんが瞳を細めて何かを見やる。あぁ、ようやく見えてきたか。

「んん? 酒が回ったか? いや、俺はそこまで酒に弱くないはずなんだが……」

 訝し気に瞳を瞬かせる荒木さん、目の前に小さな魔物がぴょこんと飛び出してきて「うおっ」と後ろにのけぞった。

「何だこれ!? って、うわっ! ちょ……近寄るなっ!」

 荒木本部長は腕を振り回す。さっきまでそいつを頭に乗せて飯をかっ喰らってた人間だとは思えない反応だ。

「大丈夫ですよ、そいつに害はありません」
「害はないって、お前……」
「周りを見てください、これだけいて今まで悪さを働いてこなかった奴等です、害獣扱いは可哀想だと思いますよ」

 俺の言葉に荒木さんは部屋の中を見渡した、部屋の隅の暗がりを好むのかその魔物はころころとこちらを窺うように転がっている。
 基本こちらを襲ってこない魔物に関しては俺達は無視する事にしている、食料にする分は襲ってくる魔物だけで十分だし、たぶんこういう害のなさそうなのは無闇に狩ると逆に牙を剥かれる、なにせ数も多いのだ、敵に回すのは得策ではない。放置して共存するのが正解なのだろう。

「これが、お前等の言う『魔物』なのか? ここにも元々こんなにいたのか……?」
「だな。お前達は駆除もしてないみたいだから繁殖し放題で、大きな魔物にとってもここは良い狩場になってんだろうな」
「は?」
「魔物同士は基本が共食いだ、さっき襲って来た奴等も襲っていたのはお前達、と言うよりはたぶんこいつ等なんだろう。そうでなければお前達の被害はもっと甚大なものになっているはずだからな。俺だってこんなかすり傷じゃすまなかったはずだ」

 荒木本部長はぽかんと口を開けて懐くように寄ってきた魔物を摘まみ上げると、眺め回す。魔物は摘ままれたのが不満なのかきーきーと鳴き声をあげて短い手足をばたつかせた。

「これ、意外と可愛いな」
「小さいうちはな。魔物は大きくなればなるほど獰猛になる、適度に共食いさせておかないと収拾がつかなくなるぞ、なにせ分裂増殖でいくらでも増えるからな」
「分裂増殖……?」

 ロウヤが荒木さん同様、その辺に転がっていた魔物を一匹摘まみ上げると、その魔物を爪で半分ほど切り裂いた。するとその魔物はうぞりと分裂を始め、半分サイズの魔物になるとまたその辺を転がり始める。

「なんだそりゃ!? ゾウリムシか!?」
「ゾウリムシ?」

 荒木さんの常識とロウヤの常識、どちらも分かっているのは俺だけで、彼らは2人揃って首を捻っている。

「まぁ、とりあえず『ぞうりむし』とやらは置いておいて、今までの話を踏まえた上で、あれを見て欲しい」

 ロウヤが窓辺に寄って頭上を指さす。そこには大きな雨雲が相変わらず渦巻いている。そしてその中心部分、巨大な目玉がぎょろりと動いた。

「なんだありゃ!?」
「見ての通り巨大な魔物だ、その辺に転がっているような小物とは違う。あれはこの街ごとあんた等を喰らおうと狙っている」

 荒木さんはその目玉に釘付けで、呆然とその雨雲を凝視する。

「俺達はそれを伝える為にここに来た。早く住民を避難させた方がいい、もう何時あいつが襲ってくるか分からない、あんたならそれが出来るはずだ」
「くっそ、お前等はここを捨てて逃げろと? できる訳がないだろう!? 俺達がここまでこの組織を体系化させるのにどれだけ苦労したと思ってんだ!」
「だったらここで全員纏めて死ぬのか?」

 ロウヤの遠慮の欠片もない言葉に荒木さんはぎりっと歯噛みをして、頭上の目玉を睨み付けた。

「避難は一刻も早い方がいい」
「……あいつを倒す方法はないのか?」
「無茶を言うな、目玉だけであのサイズだぞ!? 倒せるような相手じゃない!」
「俺もそれは無理だと思います。あれは人間が『神』と呼ぶモノです、人がどうこうできるモノじゃない」
「はん、神だと? 俺はそんなモノは信じねぇ、あれはただの巨大な化け物だ!」
「だとしても倒すのは……」

 荒木さんが目玉を睨み付け「あの化け物に何か弱点はないのか?」と問うてくる。

「今までは俺には奴らの姿が見えなかった、だから対抗の術も見付けられなかったが、姿が見える相手なら戦える」
「ちょ……荒木さん本気ですか!?」
「自衛隊員舐めんな! 俺達は国と国民を守るのが仕事だ、ここまで成す術もなくやられっぱなしだったが、ようやくだ! これでまともに戦える、俺はこの時を待っていた!」

 防衛隊の本部長である荒木さんは思いのほか気性の荒い男だったと見えて、戦う気満々で頭上の敵を睨み付ける。だが、それにしても無謀が過ぎる、あんな未知の魔物相手に一体どう戦うと言うのだ? しかも相手は空の上、武器だって届かない。魔術が使える訳でもない俺達に一体どんな対抗手段があると言うのか……

「どんな魔物にも共通しているのは『核』だ。その核を見付けだし粉砕できればあるいは……」
「ほう、核……ね」

 ロウヤの返答に荒木さんの瞳が楽しそうに細められた。この人本気であの魔物をヤル気だ、マジか……そんなつもりじゃなかったのに。俺もう知~らね。

しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

左遷先は、後宮でした。

猫宮乾
BL
 外面は真面目な文官だが、週末は――打つ・飲む・買うが好きだった俺は、ある日、ついうっかり裏金騒動に関わってしまい、表向きは移動……いいや、左遷……される事になった。死刑は回避されたから、まぁ良いか! お妃候補生活を頑張ります。※異世界後宮ものコメディです。(表紙イラストは朝陽天満様に描いて頂きました。本当に有難うございます!)

侯爵様の愛人ですが、その息子にも愛されてます

muku
BL
魔術師フィアリスは、地底の迷宮から湧き続ける魔物を倒す使命を担っているリトスロード侯爵家に雇われている。 仕事は魔物の駆除と、侯爵家三男エヴァンの家庭教師。 成人したエヴァンから突然恋心を告げられたフィアリスは、大いに戸惑うことになる。 何故ならフィアリスは、エヴァンの父とただならぬ関係にあったのだった。 汚れた自分には愛される価値がないと思いこむ美しい魔術師の青年と、そんな師を一心に愛し続ける弟子の物語。

騎士が花嫁

Kyrie
BL
めでたい結婚式。 花婿は俺。 花嫁は敵国の騎士様。 どうなる、俺? * 他サイトにも掲載。

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

黒豹拾いました

おーか
BL
森で暮らし始めたオレは、ボロボロになった子猫を拾った。逞しく育ったその子は、どうやら黒豹の獣人だったようだ。 大人になって独り立ちしていくんだなぁ、と父親のような気持ちで送り出そうとしたのだが… 「大好きだよ。だから、俺の側にずっと居てくれるよね?」 そう迫ってくる。おかしいな…? 育て方間違ったか…。でも、美形に育ったし、可愛い息子だ。拒否も出来ないままに流される。

側妻になった男の僕。

selen
BL
国王と平民による禁断の主従らぶ。。を書くつもりです(⌒▽⌒)よかったらみてね☆☆

次男は愛される

那野ユーリ
BL
ゴージャス美形の長男×自称平凡な次男 佐奈が小学三年の時に父親の再婚で出来た二人の兄弟。美しすぎる兄弟に挟まれながらも、佐奈は家族に愛され育つ。そんな佐奈が禁断の恋に悩む。 素敵すぎる表紙は〝fum☆様〟から頂きました♡ 無断転載は厳禁です。 【タイトル横の※印は性描写が入ります。18歳未満の方の閲覧はご遠慮下さい。】 12月末にこちらの作品は非公開といたします。ご了承くださいませ。 近況ボードをご覧下さい。

処理中です...