僕のもふもふ異世界生活(仮)

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番外編:橘大樹の受難

不穏

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「冗談抜きにさ、マジでお前サツキに当たるの止めろよな。そもそもなんでそういう心理になるのか俺には全く分からん。サツキは両親を亡くした可哀想な子供だぞ? 大事に扱って何が悪い? お前はアレか? 子供ができたら嫁を子供に取られたって拗ねるタイプか? 俺だったらそんな奴絶対願い下げだし、自分はそんな風にはなりたくねぇな。子供は一体誰の子供だよって話だし、嫁だって産んだ子供一人育てるのだって大変なのに旦那の子守りまでしなきゃなんねぇとかあり得ないって言うと思うぞ?」
「……子供……」
「お前だっていい大人なんだから子供は大事なんだって事くらい分かるだろ? 子供は世界の宝だぞ、そんな子供っぽい理由で当たり散らすんじゃねぇよ」

 しばしの沈黙の後「そうか、分かった」と少し弾んだロウヤの声が返ってきた。おぉ、ようやく分かってもらえたか! まだまだ旅は続くんだ、ぎくしゃくしたまま一緒に旅を続けるのはお互いの精神衛生上あまり良くないからな。

「これからはサツキは俺とダイキの子供だと思って接する事にする!」

 ロウヤからの元気なお返事。
 ん? なんですと?

「父親か、確かにそう思えば俺の行動は確かに子供っぽかったな。父親は子供の見本にならなきゃだもんな、俺、頑張るわ!」
「ちょっと待て、なんでそういう話になった?」

 ロウヤの突然の方向転換に俺は戸惑いを隠せない。

「うんうん、そう思うとダイキは本当に子供想いの良い母親になりそうだよな。やっぱり俺の目に狂いはなかった」
「ちょ……なんの話……」
「こんな寒い外に追いやって悪かった、中で温かくして皆で寝ような。親子で並んでとか、最高だよな」

 そんな事を言いながらロウヤは車の中で眠るサツキをそれは大事そうに抱き上げた。さっきまでの扱いとえらい差だな!?

「確かに自分の子だと思えば子供は可愛く見えてくるもんだ」

 なんて瞳を細めるロウヤは何故だか既に父親面でとても解せない。

「ほら、ダイキも早く来い、風邪ひくぞ?」

 なんて平気な顔で手を差し出すのだから、どう返していいのかも分からない。
 しまいには「俺達きっといい家族になれるよな」なんて勝手な事をぬかし始めたロウヤに「おま……人の話を聞けぇぇぇぇ!!!」と、思わず俺が叫んだとしても誰にも責められないと思う。
 「ダイキ、そんな大声を出したらサツキが起きてしまうだろ」と、ロウヤにたしなめられた。
 解せない……とても解せないぞ!!!




 大いなる暴走からロウヤの態度はころりと変わった。始終不機嫌顔だったのが、元の呑気な態度に戻ったし、サツキにあたるような事もなくなった。それどころか、父親とはこうあるべきという想いがあるのか、妙に前に出たがって率先して俺達を引っ張っていこうとするので少しばかり振り回される。
 まぁ、そこはそれうまい具合に誘導してやれば暴走もしないし、むしろ面倒くさい仕事(テントの設営や狩り、あと力仕事)は全てこなしてくれるので、俺としては楽でいい。
 サツキに対しても積極的に関わっていってあれやこれや教えたりしていて、いつの間にかサツキもロウヤに懐くようになっていった。

「ねぇ、ロウヤは狼男なの?」

 ある日サツキが小首を傾げてそう言った。

「狼男?」
「そう。僕、狼男は満月になると狼に変身して人を食べるんだと思ってた。でもロウヤは満月とか関係ないんだね。それに人も食べないんだよね?」
「確かに満月は関係ないな。俺のこれは呪いみたいなもので、その呪いを解いてくれるのがダイキなんだ。言わばダイキは俺の運命のつが……」
「はいはい、そういう戯言は言わなくてもいいからな~」
「別に隠さなくてもいいのに」

 くすくすと可笑しそうに笑うサツキ。サツキの前ではキスを控えるようになったロウヤだが、俺への好意は相変わらず隠さない。お陰でサツキは俺たち2人を恋人関係だと完全に信じ込んでいる。おかしい、なんでこうなった?

「でも普通の時のロウヤも格好いいけど、狼男の姿の時のロウヤも僕、格好いいと思うよ」

 最近では人型で過ごす事が増えているロウヤ、獣人の姿に戻るのは狩りの時だけで、どうやらサツキはロウヤの本体はこの人型で、獣人の姿を呪われた姿だと思っているみたいだ。
 ロウヤはサツキにそんな風に褒められてまんざらでもない表情を見せる。なんだよお前、そのゆるみ切った顔は……なんて思ってから、なんで俺はそんな事でイラついてんだ? と小首を傾げる。
 別に二人が仲良くなるのは良い事じゃないか、変にぎくしゃくしてるより余程マシな状況なのに何か小骨が刺さったような妙な感覚にもやっとした。
 車を手に入れてからずっと助手席に座っていたロウヤがサツキと一緒に後部座席できゃっきゃしてるのにも、ちょっともやる。

「お前達、どうでもいいがもうじき着くぞ」

 サツキの住んでいた町を出て、既に10日程が経過していた。回り道回り道で本当に辿り着けるのかと思ったがようやく……と、思ったその時俺は妙な違和感に視線を上げると同時に「ダイキ! 車を停めろっ!!」とロウヤに背後から叫ばれて、俺は車を急停車させた。

「あれ、なんだ……」

 フロントガラスから見える景色、そこに映るのは魔物の群れ。それも空を覆う程の大群がこちらをめがけて飛んでくるのが見えた。それは鳥型の魔物だと思われ、一羽ずつのサイズはとても小さいのだがその数が尋常じゃない。

「ダイキ伏せろ!」

 いや、そんな伏せろって言われても……俺は慌ててシートベルトを外し助手席側に身を伏せる。と同時に、フロントガラスにがんっ! と何かが激突する音、それは立て続けに何度も何度も軽自動車を揺さぶる程に強い衝撃で俺は身を竦ませた。
 時間にしてどれくらい経っただろうか、ずいぶん長く感じたがたぶん5分か10分くらい、辺りに静けさが戻る。
 身を起こして辺りを窺う、もうそこにあの黒い影は見えない。後部座席ではロウヤがサツキを抱えるようにして身を伏せていたのだろう、同じように起き上がったロウヤと目が合った。

「今の、なんだったんだ……」
「よく分からない、だが小さな魔物の大群だったのは間違いない。魔物の中には群れを成して行動するものもあると聞く、きっとそういう類の魔物だったのだろうが、あれは俺達を襲ってくると言うよりは逃げ惑っているという感じにも見えたな」

 確かに言われてみればそんな感じで、執拗に攻撃を受けたと言うよりは飛んできてただぶつかったという方が正しい気がする。けれどだとするとあの魔物の群れは一体何から逃げてきたのか……?
 ロウヤが魔物達が飛んできた方角を睨む、それは真っすぐに俺達が目指していた場所だ。
 ロウヤが睨む先、そこにはどす黒い暗雲が立ち込めている。それはとても不自然にまるでとぐろを巻くようにその街の上空を覆っていた。

「なにアレ?」
「分からん、だが嫌な気配が漂っている。近付かない方がいいって、俺の本能が叫んでる」

 確かにそれはもう傍から見て明らかに不自然な雲だ、そしてさっきの魔物の群れ、ただの雨雲だなんて絶対にあり得ない。

「もしかして、あれがミヤビが言っていた黒い悪魔とかいう奴か?」
「いや、それはないだろ?」
「何故断定できる?」
「だって、ミヤビさんが言ってた黒い悪魔ってクロームさんの事だろ?」
「……は?」

 あれ? 俺、こいつにその辺の話してなかったっけ?

「いや、だから、この世界の神と呼ばれる魔物を食べたのは昴の父親のクロームさんなんじゃないかって話」
「大賢者クロームが黒い悪魔? 俺の知っているクロームはユキヒョウだと聞いている。ミヤビは神を喰らったのは小さくて黒い悪魔だと言っていた、どう考えても違うだろ?」
「でも、それで言ったらアレだってそんな姿はしていないし、クロームさんのこっちでの姿はこのくらいのサイズの黒猫だったんだぞ?」

 俺が身振り手振りで説明すると、ロウヤは「そんな馬鹿な」と口をぽかんと開ける。
 その時、ロウヤの腕の中にいたサツキが小さく悲鳴を上げた。

「サツキ、どうした?」
「あれ、見た事ある……」
「え?」

 サツキの身体が目に見えて震えだし、ロウヤの服の袖をきゅっと掴んだ。

「アレが僕の町を壊したんだ、父ちゃん僕には山に近付くなって言って山に入ってった、そのすぐ後、アレがおりてきて町を壊しちゃったんだ……」

 サツキの言葉に俺達は再びその不気味な暗雲を見上げる。そこには何かがいる気配がする、けれどその正体は掴めない。

「アレには近付かない方がいいと俺は思う」

 ロウヤがぼそりとそう言った。だが、そうは言っても俺達が目指していた場所はあの怪しげな雲の下なのだ、サツキを保護してくれるであろう施設も勿論あそこにある。だが、明らかに不穏なあの場所へサツキを連れて行くのもどうかと思う。

「でも、あそこには人がたくさん住んでいるはずだよな……」

 未曽有の大災害で土地は荒廃しているが、それでもそこには多くの人が身を寄せ合って暮らしているはずで、だけど恐らくそんな人々にアレは見えていないのだと思うのだ。
 人は基本的に魔物が見えない。それは俺自身がそうだったのだから、よく分かっている。今となっては本当に当たり前のようにその辺をころころしているので、気付かずにいた事に逆に驚くくらいだが、そんな場所でもやはり人には魔物が見えないのだ。

「このまま放っておいたらあそこに暮らす人達に何かが起こる可能性は高いんだろう……」

 俺達にはアレが見える、だからアレが危険だと判断できる。だが、何も見えない人にとってアレはただの雨雲だ、きっとなんの危機感もなく今もあそこで普通に暮らしているはずだ。危険にわざわざ近付くのは愚か者のする事だ、それでも俺は……

「行こう」
「!? ダイキ、正気か!? お前にだってアレは見えているだろう!?」
「だからと言って俺はあそこに暮らしている人達を見殺しになんてできないんだよ、せめて事が起こる前に避難を呼びかけるくらいの事はできるかもしれないだろ!」
「そんな事をしている間に巻き込まれたらどうする!?」
「だったらお前はあそこにいる人達を全員見殺しにしろって言うのか!」

 街を指さしそう言うとロウヤはぐっと押し黙った。見殺しにする事は人道に反していると彼にも分かってはいるのだろう、だが長年魔物を狩って暮らしてきた彼にはアレがとても危険な物だと言う事も本能で分かっているのに違いない。

「ロウヤの言う事も分からんでもない、だけど俺にはそんな事は出来ない! もし、どうしても行きたくないと言うのならお前達は来なくていい、俺一人で行ってくる」
「ダイキ!」

 ロウヤが俺の肩を掴む、けれどその傍らで「僕はダイキに付いてくよ……」とサツキが言った。

「お前までなんで!」
「僕はもう置いて行かれるのは嫌だ」

 サツキの父親は山には近付くなと言い置いてサツキを残し山に登って行ったと聞いている、そして彼は山から帰ってこなかった。そして恐らくあそこにいるのはサツキの父親が行方不明になった時に見た魔物なのだろう。
 危険なのはサツキにも分かっている、それでも何が起こったのかも分からずただ待ち続けるだけの辛さをサツキは経験してきている。

「だから僕はダイキと一緒に行く」

 サツキの言葉にロウヤは瞬間逡巡し、何か言いかけ言葉を飲み込み、しばらくすると大きな溜息と共に「分かった」とそう言った。

「お前達の事は何があっても俺が守る、安心しておけ」
「いいのか?」
「どうせ止めたって行くんだろ?」
「それはな」
「俺の住んでいた世界の人間達とダイキは違う、俺はそんなお前に惚れたんだから受け入れるしかない」

 諦めたように苦笑して彼は腕を伸ばし後部座席から俺の頭を抱き寄せた。

「久しぶりの大物だ。仲間がいればもう少し気も楽なんだが、こればっかりは仕方がない……悪いが人型では心許ない。街に着いたら獣人の姿に戻らせてもらうぞ」

 それはどうかと一瞬思ったが、今はもうそんな事を言っている場合ではないと思い直し、俺は頷く。

「悪いな、ロウヤ」
「俺に悪いと思うなら、これが終わったらご褒美でもくれたらいい」
「ご褒美? なに?」

 ロウヤは何も言わずにっと笑うと、俺の頬にキスを落とす。だから、そういう事をサツキの前でするなと何度も!!

「事が済んだらおねだりするから覚悟しておけ」

 一体何をおねだりされるのか分からないが、俺は「分かった」と頷いた。

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