僕のもふもふ異世界生活(仮)

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僕が母親になった日①

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 僕が元々住んでいたこちらの世界に戻って二か月半、僕には色々な事があった。いないと思っていた父親との再会、しかもそれが異世界に暮らしていた獣人で現在は小さな黒猫の姿をしているだなんて一体誰が信じるというのだろう?
 そして僕も僕で今現在、異世界で恋人になった狼獣人のシロウさんの子供を抱いている。男の僕が子供を産むなんてこれまで本当に考えた事もなかったんだよ? だけど腕の中の子供は小さくて可愛くて、僕はこの子の為に頑張らなきゃってそう思うんだ。

 僕がこの子を産んだのは数日前、妊娠が分かってからの僕はそれはもう本当に大変だったんだ。だって僕のお腹の中にいるのはこの世界の子供じゃない、いわゆる異世界の獣人の子なんだもの、妊娠出産がこちらの世界の常識で進むわけがなくて、僕が自分の妊娠に気付いた時には僕はすでに自分ではどうにもならないくらいに大変な事になっていた。
 その日、父さんが狩ってきた魔物肉を料理していた僕は気が付くとその生肉を貪るように食んでいたのだ。自分で自分の行動の意味も分からないのに、そんな僕の奇行の理由が父さんや大樹さんに分かるはずもなく、僕は手に持っていた生肉を大樹さんに取り上げられた。

「返してよ! それは僕のだっ!」
「いや、それでも生肉は衛生上どうかと思うぞ? せめて火を通してから……」
「うるさいっ、返せっ!」

 僕にはもうその時その魔物の生肉しか見えていなかった、何がどうしてそうなっているのか自分でも分からないまま、取り上げられた肉を取り返そうと大樹さんに飛び掛かる。

「分かった、分かったから少し落ち着け。クロームさん、これどうなってるんですか!?」

 僕は大樹さんから生肉を取り返し、また貪るように生肉を食む。そんな僕を羽交い絞めにするように抱きしめた大樹さんは僕を止めようとするけど。邪魔だよ、邪魔! 僕の邪魔をしないで!! これじゃ足りない全然足りない、飢えは全くしのげないし、食べれば食べただけ逆に食べる事への欲求は強くなった。

「どうしよう、足りない……これじゃ全然足りない」

 何が足りていないのか分からないのに、訳も分からず涙が零れた。これでは駄目だ、全然足りない。こんな物では僕の飢えはしのげない。

「昴君、君もしかして……いや、もうこれ確定だ……」

 パパが何事か呟いて僕の足元へとやって来る。あぁ、でも何でだろう? それの中身は僕の父親で外身も家族同然の黒猫だと分かっているのに、僕には何故だかそれがとても美味しそうなご馳走に見えたのだ。
 僕は黒猫の胴を鷲掴み目線の高さにまで持ち上げる。

「昴君、落ち着いて。パパは食べても美味しくないよ!」
「そんなの食べてみなけりゃ分からない」
「待って! 待って待って!!」

 胴を掴まれた黒猫が僕の手を外そうと暴れるのだけど、不思議と僕の手は外れる事もなく僕は大きな口を開ける。だって僕はとてもとてもお腹が空いていたんだもの。

「昴君~っっ!?」

 パパがいっそう大きな声で叫んだ時に、ごうっと室内に風が吹き抜けた。

『クローム、世界の理の破壊者よ』

 そしてそこに姿を現したのは向こうの世界で魔物と呼ばれる存在。

「うっそでしょ! 今なんでこのタイミング!? ちゃんと順番は守ってくれないかな!? 僕、今すんごく忙しいの、見れば分かるよねぇ!?」
『戯言は聞かぬ、お主は戯れが過ぎたのだ。向こうの世界で大人しく自分の生だけを全うすれば良かったものを、世界の理に触れたお主が……』
「もう! 今、そういうのどうでもいいからっ!! 大樹君、ぼぉ~としてないでちょっと助けてっっ!!」
「え……あ、はいっ!」

 慌てたように大樹さんが僕の手の内から黒猫を奪取する。けれど相変わらず大樹さんには魔物の姿は見えていないのだろう、大樹さんの存在は魔物の中をすり抜けるのが本当に変な感じ。僕は黒猫を奪われて少し悲しくなった、けれど目の前に現れた大きな魔物に僕の目は釘付けだし、腹の虫はぎゅるりと鳴いた。

「魔物肉……」

 食べなきゃ食べなきゃ、こいつを食べなきゃ。だって食べなきゃ死んでしまう、お腹の子供が泣いている。
 どくん! と跳ねるような胎動を感じて僕はひたと魔物を見つめた。魔物の方の視線は黒猫パパにだけ注がれて、まるで僕の事なんて見えていないみたい。だけど、僕はそんな無防備な魔物の背中にある核を見やる。あぁ、なんて美味しそう。それはシロさんのくれた紅い水晶のような核とは色が違う。深い濃紺のその核が何故か僕にはとても美味しそうに見えたのだ。

「昴君っ、それ食べてもいいけど、食べすぎ厳禁だよっ」
「でも僕、お腹が空いてるんだ……」
「分かる、分かるけど――」
「クロームさん、これどうなってるんですかっ!? 俺にも状況を説明してください!」

 大樹さんは戸惑ったようにパパを抱っこしている、目の前の魔物は見えてないんだね。本来なら逃げるのが賢明だと思うんだけど、見えないモノから逃げるのって難しいよね。
 僕が目の前の魔物を撫でると、魔物が驚いたように振り返った。

『主は……』
「いただきます」

 魔物に口付けを贈るように唇を寄せると、魔物が驚愕の表情で身を返そうとした。だけどもう遅い、ごめんね、でもこの子の為に僕は食べなきゃダメなんだ。あなたの魔力はこの子の糧になるんだよ。
 食べて咀嚼するという感覚はあまりない、それは呑み込まれるように僕の体内に吸収されていく、僕のお腹の中の子はとかく大食漢みたいで美味しそうに魔物をすする。満足そうで良かったよ。
 魔物の断末魔の咆哮が響く。その声は大樹さんにも聞こえたみたいで視界の端、少し引き攣ったような表情でこちらを見ていた。パパはちょっと苦笑いかな?

「由紀ちゃんもそうだったけど、昴君のお腹の子は昴君や北斗君よりよっぽど大食らいかもしれないな、これは本当に困ったねぇ……」
「お腹の子……?」

 小首を傾げて大樹さんが問う。

「そう、向こうの世界は当たり前に魔力のある世界で、魔力を持たずに生まれる者はまずいない。なにせ生活全てに何かしらの魔力が必要だし、それが無いとなったら生きていかれない。だから子供は腹の中にいる内から魔力を貯め込むんだよ」

 僕は少し膨れた腹を撫でる。父さんが懇切丁寧に大樹さんに説明している事は僕も知らなかった事だけど、なんだか不思議、まるで知ってたみたいに身体が勝手に魔力を求めた。

「向こうの世界には幾らも魔物がいるし妻が望めば旦那がそれを狩ってくる。それが旦那の甲斐性ってやつだしね。だけど困ったね……こっちには望むだけ食べさせてあげられる魔物がいない……事もないけど、ダメなんだよ狩っちゃ。狩ったらまた魔物に恨まれて永久的に狙われ続ける。詰んだ……これ、詰んだよ……」
「普通の食事じゃ駄目なんですか? 向こうの世界の子供は魔力がないと産まれない……?」
「どうなんだろう? 向こうの世界ではそれが当たり前なんだよ、由紀ちゃんも昴君と北斗君がお腹の中にいる間はむこうで暮らしていたし、もちろん僕は夫として満足いくまで食べさせたからね。まぁ、由紀ちゃんはそれを知らないんだけど、はは。向こうで食べていたお肉が魔物肉だって知ったら由紀ちゃん卒倒するだろうね」
「ねぇ、パパ……」
「あ、昴君が正気に戻った!」

 大樹さんの腕から抜け出したパパが窺うように僕を見やる。

「僕のお腹の中にはやっぱりシロさんの子供がいるの?」
「まぁ、間違いないだろうね。向こうの世界では妊婦はだいたいこんな感じ。さっきも言ったように、食べたいって言う奥さんにはお腹いっぱい食べさせるのが旦那さんの甲斐性だし、子育ての始まりだからね」

 僕はまた自身の腹を撫でる。最近少し太ったかもとは思っていたんだけど、妊娠しているとは思わなかった。信じられないけど本当にいるんだ……

「ちなみにもう臨月だね。今月中には生まれるよ」
「へ……?」
「向こうの世界の妊娠出産の期間ってだいたい三か月だからね、昴君がこっちに戻ってきて二か月ちょい、相手はジロウの息子だろう? もういつ産まれても不思議じゃない、ホント忌々しいったらないよ!」

 嘘だろ? いや、でもそう言えばコテツ様もパパと同じこと言ってたっけ。僕とシロさんがそういう事をしたのは二回、たぶん妊娠したのは二回目のHの時だと思うんだけど、それでももう二か月以上経っている。

「……どうしよう、僕ちゃんと産めるかな」
「昴君は産みたいの?」
「え……?」
「これは昴君を想って言うんだけど、僕は今回子供は諦めた方がいいと思う。さっきの発作みたいなので分かったと思うけど、今昴君の身体は子供の為に魔力を欲している。だけどこっちの世界では向こうの世界のように魔物は狩れないし思うように魔力の補給もできないんだ、正直言ってこのまま魔力が不足した状態で子供を産むのは昴君にとっても危険だと僕は思う」

 まだ妊娠の実感すら薄いのに突き付けられたのは非情な現実。

「昴君はまだ若い、今回は諦めてもまだ次が……」
「なんでそんなこと言うの!」

 僕は腹を隠すようにして思わず叫んだ。だって諦めろって事はこの腹の中の子を堕胎しろという事だ、僕はそれを容認できない。

「パパが僕とシロさんの関係を快く思ってないのは分かってるよ! だけどこの子になんの罪があるって言うのさ! せっかく宿ったこの命を、殺すなんて僕にはできない!」
「……っ、でも、その子を産むって事は昴君自身の命が危なくなるってことなんだよ!? 子供はまだこれからだって作れるよ、だけど今は状況が悪い、こっちの世界でその子を産むのはリスクが高すぎる!」
「だったら僕を向こうの世界に帰してよ! 僕をシロさんの所に帰してよっ! 勝手に僕をこっちに引っ張り込んで、パパは勝手な事ばっかり! 僕はパパのおもちゃじゃない!」

 思わずぼろりと涙が零れた。突然僕の目の前に現れた僕の父親はどこか子供じみて僕達を困らせてばかりいる。父親らしい事なんて何ひとつしないくせに、僕の大事な物を片端から奪っていくのかと思ったら、怒れるやら悲しいやらでぼろぼろと涙が止まらない。

「シロさんに会いたいよっ、なんで僕を連れ戻したの?! 僕はそんなの望んでなかった! 僕は向こうの世界で幸せになれると思ったんだよ! こっちの世界には何もなかった、いつも暗い静かな家で一人ぼっちでいる事がどれだけ寂しかったかパパに分かる!? 確かに僕のそばにはいつもクロがいてくれた、だけどパパは僕に何もしてくれなかった!」
「それは由紀ちゃんが駄目だって言うから……それでも僕は……」
「知らない! 聞きたくない! パパなんか嫌いだよっ! パパがいなければ僕はこんな事にはならなかった、何もかも全部パパが悪いのに、それに僕を巻き込まないでっ!!」

 僕は叫んで踵を返す。パパと一緒にいたらシロさんの子供に何をされるか分からない。僕がこの子を守らなきゃ。だって僕はこの子のお母さんなんだから。
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