僕のもふもふ異世界生活(仮)

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シロさんとグレイ②

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「これは凄いな……」
「魔術使いは自分の魔術で自力で飛ぶ事もできるけど、ほとんどの獣人は空を飛ぶ事なんてないもんね。あはは、凄いだろ?」

 みるみる地面が遠ざかり町はどんどん小さくなって、代わりに地平の向こう側、壊れかけの建造物が見えてきた。崩れた城壁、骨組みだけしか見えないかつて家屋だったと思われる建物。

「もしかしてあれがシルス遺跡なのか?」
「そうだよ、意外と大きいだろ? かつてここには巨大な都市があったんだ、だけどなんでこんな風に寂れてしまったのか、誰も住めない廃墟になって魔物の巣窟になってしまったのか知っている者は誰もいない。世界の果てが近いからね、魔物が多いのは当然として、だけどここまで栄えていたはずの都市が誰にも知られず朽ちている、これはとてもおかしな話だ。だから僕たちはここを調べている」

 眼下に広がる広大な遺跡群、確かにこの規模の都市が誰に知られることもなく滅びるだなんてあり得ない。けれどこの場所は遺跡がある事は知られているが、その由来となるような伝承も残っていないのだとシィバは言った。

「この都市が滅んだ頃からこの世界には魔物があふれ出した……なんてね、まるでここから魔物が生まれてきているみたいな事を世間の人は言うけれど、実際に魔物が現れるのはやはり世界の果てからなんだよ。だから、ここの遺跡はどこかで世界の果てと繋がっているのかもしれないというのが、今のところ僕たちガレリア調査団の見解だよ。特にあの大賢者クロームの事件以降ここは完全に危険地帯で、神殿の底から魔物が湧いてくるんだ、本当に困ったことだね。湧いてくる魔物を退治するのが精一杯で調査も一向に捗りやしない」
「大賢者クローム……」
「あれ? 知らない? そんな事ないよね?」
「あぁ、もちろん知っているさ」
「彼もさぁ、あんな事件を起こす前は一緒に遺跡の調査なんかもしていたらしいんだよ。僕はまだその頃は調査団に入っていなかったから詳しいことは知らないけど、自分たちは奴に利用されていたんだって、クロームを憎む奴は大勢いる。だけど話を聞いてる限り、その大賢者クロームってそこまで悪い獣人だと僕は思えないんだよねぇ」

 シィバはそう言って首を傾げる。

「悪い奴じゃないって、さっきあんたが言ったんだろう、クロームの事件からここは魔物が溢れて危険地帯になったってな。そんな事をしでかした奴を悪人ではないなんて言えないだろう? それともそれは奴の仕業ではなかったとでも言いたいのか?」

 グレイが少し怒ったようにそう言った。大賢者クロームをよく思わない者は世界中にいる。なにせ彼のしでかした事件がこの世界を窮地に追い込んでいるのだ。ここイグシードは特にあの事件以降魔物の数が桁違いに増えている。誰も大賢者クロームを擁護する者などいやしない。

「話を聞く限り事件自体はクロームのやった事で間違いないらしいよ、僕は詳しくは知らないけどね。だけど彼の逸話なんかを聞いてると、なんかイメージ違うんだよねぇ……魔王の手下って言葉がしっくりこない。どちらかと言えばただのいたずらっ子で、な~んか、腑に落ちないんだよねぇ……」
「腑に落ちなかろうがやった事は重罪だろう」
「魔物を呼び出したのはねぇ、でも元々魔物はいた訳で、確かに数は増えたけど、それだけでそれを全部彼のせいだと一概に言えるのかな? そもそも魔物が溢れ出した現場にはジロウさんもいたらしいけど、彼は無傷で生きている。そんな事を企むんだったら目撃者は一番に始末しなきゃだろ? なのにクロームは彼を守ったって聞いている、それも僕には腑に落ちない要因のひとつなんだよ。ジロウさんはあんまり多くを語らないし、なんか納得いかないんだよねぇ」

 まさか父親があの事件の当事者だったとは思わず驚いた。大賢者クロームが魔物を呼び出し捕縛されたあの大事件、親父はその目でその一部始終を見ていたという事か。

「あとね、ここだけの話……この遺跡お化けが出るんだよ」
「お化け?」
「そう、これも僕は見た事ないんだけど、こんな所にいるはずのない『ヒト』の幽霊が出るらしいって聞いている。僕の母親は半獣人だし、僕はそもそもヒトを見た事がないんだけど、どんな姿をしてるのかちょっと興味あるんだよね」

 そう言ってシィバは楽しそうにけらけらと笑った。魔物の巣窟の遺跡に魔物に対抗する術も持たない無力なはずのヒトの幽霊……そのお化けは一体何を思ってここへ現れるのか? 私はもう一度眼下に広がる遺跡を眺めやった。

「あれ?」

 遺跡の上を旋回していたシィバが首を傾げ、にわかに険しい表情を見せた。

「ん? どうかしたか?」
「煙が上がってる……」

 煙? 確かに、遺跡の端から細く筋のような煙が上がっている。

「炊き出しでもしているんじゃないのか?」
「あそこはキャンプを張っている場所じゃない、ピピ」

 シィバがピピの首筋を軽く叩き促すとピピがその煙に向かって行く、そして煙の上がっている場所の上空へとやって来ると、シィバは「まずい」とそう言った。

「魔物が湧いてきてる、まだたぶん誰も気付いてないんだ……」

 眼下には建物から魔物がぞろりと這い出し、威嚇でもするかのように炎と煙を吐きだし鎌首をもたげた。

「キャンプの場所は?」
「もう少し先だよ」
「気付いていないなら危険なんじゃ?」
「あぁ、まったくもってその通り、早く知らせに行かなきゃ!」

 シィバがピピを旋回させて一目散にキャンプ場へと向かう。予備部隊のキャンプ場、その上空でシィバは叫ぶ。

「遺跡南西方向に中型の魔物発生! 属性は炎、エリアは1の3、至急緊急体制に入って!!」

 シィバの叫びに呼応するようにキャンプ場が俄かに慌てだした。

「あの魔物あれでいて中型なのか? それにエリア1の3って……?」
「あぁ遺跡は広いからね、分かりやすいようにエリア分けしてるんだ、サイズ的にはここではまだあんなの可愛いもんさ。うまくいけば今日はごちそうだ! なんて、呑気に話している場合じゃない、僕たちも荷物をおろして行かないと! 君たち悪いけどさっさと降りて」

 シィバはキャンプ場に着くやいなや私たちを蹴り落とすようにしてピピからおろし、ピピに括り付けられている荷を外す。そしてそのままもう一度ピピに飛び乗り飛び立って行ってしまった。

「忙しない奴だな……」
「この場合仕方がないだろう、緊急事態だ」

 私とグレイは飛び立つシィバとピピを見送り、キャンプの中をぐるりと見渡した。シィバの叫びに警護にあたっていた者たちは軒並み出払ってしまったようで、残されている者達はほんのわずか、右も左も分からない私たちはとりあえずシィバが戻ってくるのを待つしかない。
 何もせずにぼんやりしているのも気が引けて、とりあえず荷解きでもするかとシィバが運んできた荷を解く。どこに運んでいいのか分からないので、解いただけで何もできはしないのだが……
 その時、そう遠くない場所から叫び声が聞こえた。続いて何かが壊れるような音、私たちがそちらを見やるとそこには新たな魔物がその体を揺らしこちらへのそりのそりと近付いてくる所だった。

「こりゃまたえらい大歓迎だな」
「そんな呑気なことを言っている場合か、グレイ! 今ここは戦闘要員がほとんど出払っているんだろう! 放っておけばここにいる者たち全員喰われてしまうぞ!」
「確かにな」

 そう言って、グレイは背負った大剣を抜き放ち魔物を見やる。

「それは困るから、とりあえずできる限りのことはやっておかないとな……」

 現れた魔物は先程見た魔物に比べればさほど大きくはないのだが、それでも集落で普段狩っている魔物と大差のない大きさで身震いする。怖いわけではない、これは武者震いだと自分自身に言い聞かせた。スバルを助けるために狩った魔物の方が大きかった、これはそこまでのサイズじゃない。いや、魔物の強さはサイズで測ることはできないのだが、そうでも思わないとやっていられない。

「シロウはさがっていろ」
「は!? ふざけるなっ、私を子供扱いするのはいい加減にやめてくれ!」
「お前は元来戦闘向きじゃない、さがっていろ」
「私はお前のそういう所が大嫌いだっ!」

 今までだったら年長者であるグレイの言葉に逆らうような事はしなかっただろう、こういう場においてグレイの言うことは全面的に正しい。だが、まるでか弱い子供のように扱われるのには辟易しているのだ。私は魔物を狩ることができた。もう一人前の立派な戦士だ。私はグレイの言葉を無視して前へ出る、腕には父のお古のかぎ爪を装備して魔物を見据える。
 魔物の核はどこだ? 注意深くその動きを見定めると、その魔物の核は胸元にきらりと光る。

「あそこか!」
「シロウ、一人で突っ走るなっ!」

 重量級のグレイの動きは私より遅い、バジルほどの戦闘センスはないかもしれないが、私だって魔物に一太刀くらい浴びせることはできるはずだ。
 魔物がこちらに気が付いて威嚇の咆哮をあげた。だが、そんなものに怯える子供ではいられない。魔物が上体を持ち上げ腕を振り上げ、それによって魔物の核も目の前に晒される。私はそれに向かって突進した。

「シロウ!」

 魔物の体が一回り大きく膨れあがった。え……? と気付いた時には目の前には炎の渦が立ち上がり勢いのついた私は止まる事もできずに炎に巻き込まれる。

「ぐっ……」

 ここで先程購入してきた防具が思いがけずに役に立った。けれど、それは一時の事、そう長い時間をしのぐ事はできやしない。とっさに身を縮め直撃は避けたが、その炎は灼熱の業火だ。

「だからっ! 先走るなと、言っただろう!!」

 襟首を掴まれて、グレイに後方へと投げ飛ばされる。転がり、身体に纏わりつく火の粉を払った。辺りに生臭い肉の焦げるような臭いが漂った。

「グレイ!」
「大丈夫だ、まぁ、多少焦げ付いたが……」

 前を向くグレイの表情は見えない。だが、次の瞬間にはグレイは大剣を構え踏み込むと一刀両断に魔物を切り裂いていた。

「シロウ、そっちだ核を狙え!」

 魔物は核がある限り分裂して何度でも甦る。そいつも核の残った上体からぞろりと手足が伸びてきて新たな身体を作り出そうとしていたのだが、させるか! と私はそいつに飛び掛かり核をえぐり取った。魔物の断末魔の咆哮があがる。えぐり取った核を踏みつけ粉砕すると、ようやく辺りに静けさが戻った。
 魔物の残骸はまだぴくぴくと蠢いてはいるが、そのうちこれも動かなくなるだろう。

「良くやった、シロウ」

 肩で息をする私の背をグレイがポンと叩いた。そんなグレイを見上げると、毛皮がずいぶんと焦げ付いているし、肩から腕のあたりは完全に燃えたのだろう、肉がむき出しになって赤黒く腫れあがり血を流していた。

「…………」

 言葉が出ない。私も多少毛先は焦げたがそこまでの大怪我を負わなかったのはとっさにグレイが私を後方へと放り投げたからだ。そして、その放り投げた腕が見事に焼け焦げたのだという事が一目瞭然で理解できた。
 狼の集落の者は元来あまり着込むことをしない。しなくてもそこに強靭な肉体があるからだ。けれど、そのむき出しの肉体はあまりにも脆い。

「ちゃんと防具を揃えないから!」

 グレイの購入した防具は袖のないベストのような形をしていて、それこそ腕はむき出しだった、けれどこれは言いがかりだ。私が無茶をしなければグレイはこんな傷を負うこともなかったはずだ。けれどグレイは反論することもなく「だな」と笑ったのだ。
 いたたまれない、まだ怒られた方がなんぼかマシだ。

「回復するからそこに座って腕を出せ!」
「あぁ、別にこれくらい舐めておけば治る」

 そんな簡単に自然治癒でその傷が治る訳がない、毛並みだって元の状態に戻るまで幾日もかかるだろう。

「いいから黙って腕を出せ!」

 私の言葉にグレイは黙ってその場に座り込み腕を差し出した。回復だけは私の得意分野だ、物の役には立たない特技だが、こういう場所では重宝だ。

「見かけない顔だが、あんた達何処からきたんだ?」

 魔物から隠れるように瓦礫に身を潜ませていたのであろうガレリア調査団の団員が、魔物が完全に事切れたと判断したのだろう、少しの不審な音も聞き漏らさないぞ、という感じに耳をそばだて恐る恐る姿を現しこちらに問う。魔物出現に現場に駆り出されなかった者達はそれこそ戦闘要員ではない者達ばかりなのだろう、獣人の中でも小さな種族の者ばかりでそこにでん、と横たわるかつて魔物であったモノを横目にびくびくと近寄ってきた。

「あぁ、ちょっと人を訪ねて補給係のシィバに連れてきてもらったのだが、急な魔物の来襲があったみたいで置いて行かれた」
「そうなんだ、ありがとう、助かったよ。今ここには戦えるような者がいなくて、危うく全員やられる所だった。魔法防御がかかっているとは言え、頭から丸ごと喰われたら意味ないからね」

 団員はそう言って苦笑すると「薬草あるよ」と差し出した。傷口をふさぎ、赤黒く腫れあがっていたのもなんとかある程度回復させたが燃えてしまった毛並みは如何ともしがたい。私はその薬草を受け取って、患部へと貼り付けぐるぐると包帯を巻く。薬草が効いて少しでも早くハゲが治るといいのだが……

「ところで君たち誰を訪ねて来たんだい? こんな場所まで訪ねて来るだなんて物好きだね」
「私たちはここの調査団員のジロウを訪ねて来た」
「ジロウさん? ジロウさんならあいにく遺跡の奥に調査に出ていて不在だよ」
「あぁ、それはシィバにも聞いて知っている。だが、それでも私は親父に会わなければならないんだ」
「親父、さん? あんた達ジロウさんの息子か! どおりで!」

 小さな獣人たちが私とグレイを取り囲む。そんなに期待のこもったような瞳を向けないで欲しい、しかもほとんどの者がグレイの方にその視線を向けているので、これはまた完全にグレイが息子だと思われているパターンだ。そりゃそうだよな、無謀に突っ込んでいった私より、冷静に適切な判断のもと魔物を倒したグレイの方が優秀な親父の息子にふさわしい。確かに核を粉砕したのは私だが、私はグレイの手助けをしたに過ぎないのだから。

「俺はただの付き添いで、ジロウさんの息子はこっちだけだ」

 グレイがなんの気なくそう言うと、周りは「そうなのか?」というような不思議顔でいたたまれない。
 「まぁ、何はともあれ、あんた達のおかげで今日は腹いっぱい肉が食えそうだよ」と、彼らが笑うので私はそんな彼らから瞳をそらした。

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