僕のもふもふ異世界生活(仮)

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橘大樹の受難①

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 今まで俺はわりと平凡な人生を生きてきたと思っている。少し過保護な両親と、最近少し小生意気になったけれど、可愛い妹の四人家族で今までこれといった問題もない平々凡々とした人生だ。
 そこそこの成績でそこそこの大学に進学し、呑気な大学生活を満喫していた俺に突如降りかかったのは『女子高生失踪事件』だった。失踪したのは俺の妹の橘美鈴。俺はそんな妹の失踪事件を調べて回っていて、奇妙な事件に巻き込まれていく事になる。
 俺の名前は橘大樹たちばなだいき、俺は今、人語を喋る黒猫と猫耳尻尾付きの少年に挟まれて何故か茶を啜っている。

「昴君、昴君! そんなパソコンばっかり見てないで、もっとパパと話そうよ! パパね、昴君とたくさんたくさんお話したかったんだよ! 本当はね小さい頃からずっとお喋りしたかったんだ、だけどね、由紀ちゃんが駄目って言うから、僕ずっと我慢していたんだよっ」

 どこで息継ぎをしているのかと思うくらいの勢いで黒猫は喋り続け、その傍らで猫耳少年はノートパソコンを膝の上に乗せて、その画面を食い入るように眺めている。黒猫と猫耳少年は実の親子、黒猫の名前がクロームさんで猫耳少年は大崎昴おおさきすばる
 昴は俺の家の隣に数年前に引っ越してきた少年で、初めて会った時にはずいぶん大人しい男の子だなって思ったのが第一印象だった。
 その時は、彼はまだ普通の「人間」だった。というか、つい先日まで彼は普通に人間だったのだが、今の彼はいわゆる「半獣人」という生き物に変わってしまったらしい。
 最初はその頭に付いた猫耳がただの飾りだと思って力一杯引っ張ってしまったのだが、それは完全に頭に付いていて取ることはできなかったので、それが本物なのは間違いない。そして彼の尻には尻尾も付いていて右に左にと揺れている。
 耳を力任せに引っ張られた彼は、尻尾に触るのは頑なに拒んで触らせてはくれなかったので、それが本物なのかは確認できていないのだが、そんな自然な動きのできる作り物の尻尾なんて見た事もないので恐らく本物で間違いないのだと思う。
 左右に揺れるもふもふの尻尾、俺はそれを食い入るように眺めてしまうのだが、それに気付く者は誰もいない。

「あ、あった、これ!」

 昴が顔をあげてこちらを見やる。ずいっと目の前に差し出されたノートパソコンの画面に映っていたのは、少し前に隣県であった殺人事件の記事だ。犯人は親族で既に捕まっており、事件自体は解決しているのだが、捕まった犯人は犯行を否認しているらしい。

「これの何処に魔物がいる?」
「ここだよ、ここ」

 画面を指差して円を描くようにして昴は言うのだが、俺にはそこに薄らぼんやりと靄のような物が見えるだけで、そこに何が写っているのか分からない。昴と黒猫のクロームさんにはそこに得体の知れない化け物『魔物』の姿が映って見えるらしいのだが、俺にはその姿はまるで見えないのだ。どうやらその『魔物』の姿は彼等曰く魔力というものがなければ見る事ができないらしい。
 魔力だなんて、そんなゲームの中でしか聞いた事のない力が人の中に内包されているだなんて、なかなか信じることもできないのだが、目の前にはすでに不思議な生き物が二人も存在しているのだから、信じざるを得ない。
 覗き込むようにして見ているパソコン、目の前には昴の首筋が見えて、俺はその首筋をつい眺めてしまう。
 昴は俺より身長が頭ひとつ分くらい小さいので、並んで顔を見ようと思うと横顔から首筋がよく見えるのだ。そして彼のその首筋後ろ側、項部分の目に付く場所に今までホクロが見えていたのだが、今の彼にはそれがない。それが何故なのかと言えば、今のこの昴の身体は昴の双子の兄である『北斗』と言う名の少年の物であるからだと昴は言った。
 昴に双子の兄弟がいた事にも驚いたが、そのホクロや猫耳尻尾以外には特に大きく違うと思う場所も見付けられなくて、本当にそっくりな双子なのだなと思う。
 いや、よくよく見れば多少違う所もなくはない。元々の昴は本当に至って普通のどこにでもいる少年だったけれど、今目の前にいる『半獣人』昴は、見た目は変わらないのだが妙な色香を纏ってこちらを見上げるので、どきっとしてしまう。
 何が、どこが違うとははっきりと言えないのだが、何かが違う。匂いか? それがよく分からないままに、俺はそのもふっとした耳の生えた黒髪に頬を摺り寄せそうになっては、はっと我に返るというような事をここ数日何度か繰り返していて、自分の行動に少しばかり戸惑っている。
 昴やクロームさんに気付かれていないといいのだけれど……

「それにしても、○川市か……ちょっと遠いな。魔物が簡単に倒せたとしても日帰りは厳しいかもな、なんせこの辺りは交通の便が悪い。電車の本数も少ないし、車で行くにしても道が少ないから行くならこう回り道しながら山を越えないと……」

 俺が地図を指差しそう言うと、昴は「それはちょっと困ったね」と、そう言った。
 現在猫耳と尻尾の生えた昴はその姿を人目に晒さないようにして生活をしているのだが、昴の尻尾はもふもふと重量感もあり、気分で勝手に動くし、驚けば膨らんだりもするのでズボンや服の中に隠すのはとても大変なのだそうだ。
 耳にしても帽子の中に押し込むと声も聞こえづらいとかで、本当はあまり被りたくない様子で、仕方のない事とはいえ不便な生活を余儀なくされている。

「今回僕は留守番してようかな」

 昴のそんな言葉に黒猫のクロームさんは「え~昴君が行かないなら僕も行かないっ」と、拗ねたように言うのだが、あんたが行かなきゃ話にならないだろう……

「パパはいいよ、見付かっても黙ってにゃんにゃん言っとけば普通に猫だと思ってもらえるんだから。だけど僕の場合そういう訳にはいかないんだよ? 最悪化け物扱いで写真とか撮られたらどうするの? 今は情報の拡散なんてあっという間なんだよ?」
「この国にはコスプレって文化があるんだよ? いざとなったらコスプレ撮影会してました☆ で、乗り切れるよ」

 クロームさん、異世界人の癖にこっちの世界に馴染み過ぎだろ……コスプレ撮影会なんて言って一般人に通じるか? いや、コスプレも最近では一般認知もあがっているか?

「それに、本当にいざとなったら僕が魔法でなんとかするしね」
「パパが魔法使ったら、また魔力減っちゃうじゃん……」

 黒猫が器用に片目をつぶってウインクを投げるのに、昴は少し困り顔。そう、黒猫のクロームさん、なりは小さな黒猫だが実は魔法使いなのだそうだ。しかも凄腕の魔術使いで向こうの世界では『大賢者』とか呼ばれているらしいのだが、言動を見る限りはただのわがまま親父で、そのギャップに俺はやはり戸惑う。
 俺達が何故こんな風に魔物を探しているのかと言えば、クロームさんが魔物を食べる為で、何故魔物を食べなければならないのかと言えば、魔物を食べないと『魔力』が回復しないかららしい。
 魔法使いにとって魔力がないという事は、魔法使いとして何の役にも立たないという事で、クロームさんのその魔力回復の為に俺達はこうして魔物を探しているのだ。
 俺の妹、美鈴は昴の兄である『北斗』と共に向こうの世界へ行ってしまっているらしく、そんな妹を連れ戻す為にはどうしてもクロームさんの魔法の力を頼らなければならないのだが、その魔法を使う為の『魔力』が現在クロームさんの中にはないらしいのだ。だから俺達はそんなクロームさんの魔力を回復させる為に頑張っているのだけれど、当のクロームさんはそんな事はどうでもいいとばかりに昴にべったりで、昴がいないと動こうとしなくて困ってしまう。
 近場に繰り出す時には俺とクロームさん二人だけで出掛けて行く時もあるのだが、そんな時はテンション駄々下がりで本当に困る。どんだけ息子激ラブなんだよ……
 昴は溜息を吐きつつ、わがままな父親の頭を撫でる。一方でクロームさんのごろごろと喉を鳴らすその様はその見た目通りの猫の姿で、この人本当にそんなに凄い魔法使いなのかな? と疑問に思わずにはいられない。

「ごめん、大樹さん。また車出してもらってもいい?」
「あぁ、それは構わんよ」

 上目遣いにお願いされて、断る理由もないしな。俺は妹を連れ戻したい、それにはクロームさんと昴の力が必要なのだから、これはもう仕方のない事なのだ。
 それじゃあ明日の朝一出発で、という事で話しは纏まり帰ろうとすると「ご飯食べてく?」と声をかけられた。
 「なんだか大樹さんには迷惑かけてばっかりだし、僕、こんな事くらいしかできないけど」と、遠慮がちに言われて、それならばと頷いた。
 昴は「準備するから待っていて」と、台所へと向う。俺達が今いるのはリビングなのだが、台所はそのリビングの奥にある対面キッチンで、そこで忙しなく動く昴の姿を瞳で追う。それにしてもあの耳、もう一度触ってみたいなぁ……

「大樹君さぁ、実は昴君の事好きだよね?」
「…………え?」

 声をかけられ振り返ると、クロームさんが瞳を細めてこちらを見やりお茶を啜っている。世の中には猫舌って言葉もあるんだけど、お茶は平気なのだろうか?

「大樹君には色々とお世話になっているから、アレだけど、昴君はあげないよ?」
「え? えぇ? いや、え?」
「無自覚? いつも昴君に触りたそうにしてるけど、駄目だからね? 僕達まだ昴君をお嫁に出す気ないから、やめてね?」

 バレてた! 完全にバレてたよ……

「とはいえ、もう既に獣人には手を出されちゃってるっぽいけどさ……向こうで暮らしていた北斗君が大丈夫だったから安心してたのに、こんな短期間で昴君の操が奪われるなんて想定外! どれだけ手の早い奴なのか……向こうに戻った暁には八つ裂きにしてやらないと気が済まないよ!」
「…………」

 最初にクロームさんと会った時にもクロームさんは言っていた。何を根拠にそう言っているのか分からないのだが、どうやら昴は向こうの世界に恋人ができたらしい。そして、昴は向こうの世界のその恋人に抱かれていた……?
 少年である昴は普通に考えれば『抱いていた』という形になると思うのだが、この昴の両親は最初から昴が妊娠していないか、そっちの心配をしていたので昴は子供を生む側なのだとそう思う。見た目に昴と変わらない兄、北斗の身体は子を孕める身体なのだろうか? 兄と言うからには北斗も男で間違いないと思うのだが、その辺の生態がよく分からない。
 それにしても、クロームさんの言う事を信じるのであれば、あれでいて昴は既に非処女だという事だ。昴自身もその辺を全く否定していないので、それはもう間違いない。
 俺の投げた視線に気付いたのか昴が顔を上げ、こちらに向って「どうしたの?」という風に小首を傾げた。俺はその行動ひとつにぱっと瞳をそらす。明らかな不審行動、だが何となく顔を見られない。
 あの昴が獣人に組み敷かれている図を想像してしまって止められない。そもそも獣人というのがどんな姿をしているのかもよく分からないのだが、そんな獣人に蹂躙されている昴の姿を想像してしまって、動悸が上がる。

「昴君は今、初めての交尾でフェロモン駄々漏れてるけど、大樹君は当てられてるだけだから、変に誤解とかしちゃ駄目だよ?」
「フェロモン……?」
「そう、本来ならこういう状態の時は番相手が手の内に囲って周りから守らなきゃいけないんだ、そうじゃなきゃ無闇やたらに周りが誘惑されて危なっかしいからね。パパは昴君の今後が心配で仕方がないよ」

 最近昴から感じる妙な色気はそのフェロモンのせいなのか? 俺はそれに当てられているだけ?

「パパ、大樹さんに余計なこと喋ったりしないでよ」

 俺とクロームさんが話し込んでいる事に気付いたのだろう昴が父親に釘を刺してくるのだが、それに対してクロームさんは「余計なことなんて話してないもん」と、不満顔だ。「僕は昴君の心配をしてるだけなのに、昴君は本当に何も分かってないんだからっ」と、頬を膨らませた黒猫はぺしぺしとその尾でソファーを叩く。

「昴君は可愛いんだから、ちゃんと自覚を持たないと!」
「なんの話?」
「僕のベイビーは世界で一番可愛いって話!」

 クロームさんのその言葉に昴は「はいはい」と呆れたように苦笑して、料理に戻る。そして、やはり俺はまたその姿を瞳で追ってしまう。

「大樹君、駄目だからね」
「知ってます? 他人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死ぬんですよ?」
「え……こわっ、なにそれ?」
「俺、他に恋人がいる奴に手を出すほど節操無しじゃないんで、ちゃんと分かってます」

 それでも昴を追う視線を止められないのは、きっとそのフェロモンとやらのせいなのだろう。これは存外厄介だな。

「それよりも明日の計画立てましょうか、クロームさん」

 無理矢理視線を外して自身のスマホに手を伸ばした。大体の道順は確認したし、事件の詳細も確認済みだ。それでも、そんな事をしていないと俺は昴のその姿を瞳で追ってしまう。

「そういえば、大樹君、ちょっとこれ貸してくれる?」
「え? いいですけど、何するんですか?」
「うん、ちょっとね……最近僕のパソコン調子悪くて向こうと繋がらないんだよねぇ」

 クロームさんは俺のスマホを覗き込み、その肉球で俺のスマホをすいすいと操作していく。

「……え? 向こうの世界ってパソコンあるんですか?」
「ううん、ないよ。だけど魔道具ならある。こっちのパソコンと向こうの魔道具を繋げて多少の交信は出来てたんだけど、最近ホント調子悪くて困ってたんだよ」

 そう言って、クロームさんはテキストに何やら分からない文字列を大量に打ち込みつつ、何かをぶつぶつ詠唱し始める。すると俺のスマホは何故かぽわっと光り始めて、これ、大丈夫なのだろうかと不安になった。まだ端末代金払い終わってないんだけど、壊れたら困るな……と思い始めた頃「できたっ」とクロームさんがにこっと笑った。

「できたって、何ができたんですか?」

 ぽわっと淡い光を放っていた俺のスマホは、すっかり元通りにそこにあって何をされたのか分からない俺は首を傾げる。

「向こうの世界に干渉できる魔法をかけたよ。これ、小さいからいいよねぇ、持ち運びにも便利だし。こっちの世界は向こうと違ってあっという間に色々な道具が進化していくからびっくりだよ。寿命が短いせいなのか生き急ぐみたいに色々な物が目まぐるしく変わっていく。僕には少し忙しなく感じるけどね」

 クロームさんはそんな事を言いながら、たしたしとやはりとても器用にスマホを操作して、カメラを立ち上げ、「ほ・く・と・く~ん!!」と声をあげた。
 もちろんカメラには何も映っていないし、どうなっているのかさっぱり分からないのだが、クロームさんが何度か同じように声をかけると、突然画面ががさごそと動いてぱっと画面が明るくなったと思ったら「うっさいわ、ハゲ!」と、突然罵られた。

「ひどいっ! パパ、禿げてないもん!」
『もん、とか言ってんじゃねぇよ、いい歳した親父が!』

 画面の向こう側に映ったのは昴……いや、これが噂の北斗か? 異国風の服を着て、ひどく機嫌が悪そうだ。

『ってか、これこっちでも使えたのかよ! 危うく捨てる寸前だったわっ!』
「捨てられてなくて良かったよ~ 北斗君も無事だったし、良かった良かった」
『良かねぇわっ! こっちに帰ってきたのはいいけど、何故かあんたの息子だって事がバレてるし、変なのに追い掛け回されて、こっちは大変なんだからな!!』
「あれぇ? そうなの? でも、それ半分自業自得なんだからね? 僕の作った転移門ゲートに無理矢理飛び込んだのは北斗君なんだから、助けに行くまでは頑張って☆」
『いらんっ! それにオレはシリウスだ、北斗なんて名前じゃないっ!』
「えぇ……」

 ぽんぽんと交わされる会話。クロームさんのもう一人の息子はずいぶん威勢がいいみたいだ。姿形は昴にそっくりなのに、完全に別人だとよく分かる。

『シリウス、それ、何処と繋がってるの?』
『場所は分からんが、とりあえず禿親父と繋がっているのは間違いない』
「ちょっと、北斗君!? 僕、禿げてないからっ! 僕の体毛はふわっふわのもふもふなんだからねっ!」
『うっさい!』

 ふいに北斗の脇から聞こえた声。俺はその声に聞き覚えがある。画面に映るのは昴の姿、そしてその脇には……
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