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一方その頃シロさんは……
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「シロさ……」
泣きだしそうに私を呼ぶスバルの声、縋りつくように伸ばされた手、その手を私は掴んだつもりだったのに、扉の向こうの謎の光る触手にスバルの身体は繭のように包まれて、その声を最後にスバルは私の前から消え失せた。
スバルが扉の中に飲み込まれ消え失せた瞬間、扉は元の扉へと戻り、その向こう側はただの階段の続く回廊となった。それはこの砦そのものの造りで、この扉は何処にも繋がってなどいなかったかのように、しんと静まり返った。
「スバル……」
茫然自失で呟いた。だが、応える声などありはしない。
「スバル! スバル! 何処だ!?」
その螺旋階段を駆け下りて、砦の入り口へと向かうのだが、やはりそこにも誰もいない。へたり込みそうな自分を叱咤して、きっと顔を上げた瞬間、ごごごと地響きを鳴らし地面が揺れた。
「なっ……」
この土地は地震が多い、今までも地震は何度もあったが今回の地震は立っているのがやっとくらいの大きな地震でその不穏さに眉を顰める。あの時もそうだった、スバルがヨム老師の店で扉を開けた時、あの時もやはり地震が起こって魔物が現れたのだ。
ふいに螺旋階段の上、先程まで自分達がいた部屋から何かが壊れるような音が聞こえた。
「スバル!?」
慌てて部屋に戻ろうと階段上部を見上げると、そこからは無数の魔物の腕と思われる触手がぬるりと大量に伸びてきた。
「!?」
今度は自分自身絡めとられそうになって、腕を払う。これは一体何なのだ! 一体何が起こっている!?
「シロウ!!」
その時かかった声、コテツ様がそこにいた。
「シロウ、これは一体どういう事!? 何が起こっているんだ!?」
「そんなのこっちが聞きたいくらいだ!!」
「スバル君は!?」
「触手に絡め取られて、扉の向こうに……」
「そんな馬鹿な……」とコテツ様は青褪めたのだが、伸びてきた触手に分が悪いと判断したのか私の腕を掴んで何かを唱える。
「待ってくれ、まだここにはスバルが!!」
「スバル君はここにはいない、いったん集落に戻るんだ!」
「そんな……」
問答無用のコテツ様の転移魔法で私は集落に戻された。戻った町の様子は、何故かどこか浮かれ気味で、まるで祭りの準備でもしていたかのように綺麗な飾りつけが施されている。
「これは……」
「母さん、突然どうしたんだ? さっきの地震、何かあった? あれ? シロウ?」
呑気な声音のロウヤの手には何故か煌びやかなモールが握られている。
「シリウ……じゃない、スバルは?」
「それどころじゃない! 魔物が町にやって来る!! 戦闘準備だ! ロウヤ! ウルも町中に警戒の鐘を!!」
コテツ様の剣幕に何かが起こった事を察したのだろう、モールを投げ捨て弾かれたようにロウヤが駆け出した。それに続くようにその辺に居たのだろうウルも駆け出し、町中に緊急事態の鐘が鳴り響く。
町の堅牢な城門が閉じられる。普段は軽い結界が張られているだけの町の上部に、自分が見ても分かる程のぶ厚い結界が張られていく。こんな事は今まで一度として経験した事がなかった私は戸惑う、一体何が起こっている? そしてスバルは一体何処へ?
「シロウ、お前は詳しい状況を聞かせておくれ」
町に結界を張り終えたのだろうコテツ様が私に向かってそう言った。詳しくも何も、自分自身何が起こっているのかも分からないのに、一体何を説明すればいいと言うのか……
「スバルと共に砦を出ようとしたのです。あの部屋の扉は転移門になっていたのですよね?」
「そうだよ、あの砦自体に私の魔術がかけられていて、あの扉はお前達の家に繋がる転移門になっていた。だけどそのゲートに誰かが干渉したのが分かったから、私は砦に向かったんだ」
「干渉?」
「あぁ、魔力というモノにはそれぞれ個性が出るものでね、私達魔導師クラスになれば誰がその魔術を使ったのか、その痕跡を追って追跡だってできるようになる。自分の施した魔術に干渉する輩が現れればそれもちゃんと分かるようになっている。あのゲートに何者かが干渉したのは間違いない」
「それは一体誰が!? コテツ様なら分かるのですね! だったらスバルを! スバルを早く見付け出してください!!」
けれど、コテツ様は渋い表情で首を振った。
「それを辿るのは繊細な作業でね、あんな魔物が溢れかえった場所で追跡するのは難しい。しかも時間が経てば経つほど痕跡は消えていく」
「そんな……」
「だから、スバル君がその干渉者に攫われたと言うのなら、一刻も早く魔物を倒さなければならない。全ての手がかりが途絶えてしまう前に、だが……」
どこかでバチバチと花火の爆ぜるような音が響く。見上げれば、結界に阻まれているのだろう魔物がその結界に張り付くようにしてこちらをぎょろりと見やった。
そいつは今まで見た事もない程の大物の魔物で、血の気が引いた。
「アレは……」
「ここまでの大物は久しぶりだよ。一体何処から湧いて出たのやら」
「あんなデカブツ倒せるんですか!?」
「やらなきゃ町がなくなる。でも大丈夫、皆がいるから」
警鐘の鐘に武装した者達が次々に駆けて行く。きっと町の長、ラウロ様の元へと向かっているのだろう。
「私達も行くよ、さっさと倒して君のお嫁さんを取り戻さなけりゃ、せっかくの結婚式の準備も台無しだ」
どこか華やかに飾り付けられた町、ロウヤも何やら飾り付けをしていると思っていたら、そういう事だったか。どうやら彼等は戻ってきた私達を祝う為の準備をしていてくれたらしい。
だがそんな飾り付けも準備半ばで放置され、中には無残に踏みにじられたようなものまで散見されて悲しくなった。
スバル、お前はどこに消えた? 私は一体どうすればいい、スバル……
その魔物との戦いは一昼夜続いた。集落の者達が全員一丸となって、どうにかこうに討ち果たしたその魔物は今まで見た事もないような大物で、それを討ち果たした時には皆疲労困憊、言葉もなくただ呆然と立ち尽くしていた。
「こんな魔物がまだこの世界にはいたのだな……」
「冗談じゃない! こんなのが今後増えたらと思うと、もう生きていくのにも嫌気がさすわ!」
皆の想いは様々で、魔物を倒した事を喜んでいる者ももちろんいるのだが、何か絶望したような瞳を世界の果てへと向ける者もいて、その心中は複雑だ。
「シロウ、大丈夫か?」
声をかけられ顔を上げると、そこにはグレイが大剣を担いでこちらを見ていた。
「難儀だったな……」
哀れむようなグレイの瞳。スバルがあの魔物に攫われた事をグレイも既に知っているのだろう。スバルは何処にもいない、どこにもその姿を見つける事ができない。
「だが、嫁ならまた……」
「! またとは何だ!? スバルはこの世界に一人しかいないのだぞ! 代わりになる者などいやしない、スバルは! ……スバルは…………」
死んでしまったのだろうか? 魔物に喰われてしまったのか? そんな現実には耐えられない、そんな事がある訳がない!!
「スバルはあの魔物が現れる前に何処かへ引きずり込まれたのだ、スバルは必ずどこで生きている、決して死んでなど……」
死んだなどとは思っていない、スバルは生きていると信じている、それでも悔し涙が頬を伝う、私はスバルを守れなかった……
「シロウ……」
ふらりと立ち上がり、家へと向かう。誰にも会いたくはなかった、哀れむような瞳も見たくはない。激しい戦闘で身体中傷だらけだ、魔物の血も大量に浴びていてボロ雑巾のようなこんな姿をスバルには見せられない。
スバルはいつでも笑っていた。私の毛並みが綺麗だと、そう優しく私のこの毛皮を撫でてくれていたのだ。こんな薄汚れた姿をスバルには絶対見せたくない。
家に帰りひたすら身体を洗った。洗っても洗っても生臭い匂いは消えてはくれず、苛立ちは募る。自分はとても疲れている、少しだけ休もうとベッドに潜り込んだのだが、目は冴えるばかりで眠気はやってこなかった。
自分はこの尾にかけてスバルを愛すると誓ったのだ、なのに何故今ここにスバルはいない? 何度も何度も繰り返される、スバルが扉の向こうへ消えた瞬間の記憶に私は呻くように叫んでいた。
スバル! スバル!! スバル!!! お前は一体何処にいる!!
訳も分からずふらりと起き上がり、父の部屋へと向かう。何かの手がかりがそこにあるのではないかとそう思ったのだ。
得体の知れない魔道具、シリウスとスバルの関係も未だによく分からないまま、スバルには何か秘密があるのだとそう思う。
ふいに何か声が聞こえた気がした。見やれば父のあの得体の知れない魔道具が光っている。そしてその画面の向こうに映っていたのは……
「スバル!?」
『え? 誰?』
画面の向こうのスバルが驚いたようにこちらを見やった。
「やはり、スバルか! 無事だったのだな……」
『え……えぇ!? もしかしてシロさん!?』
「スバル、もっとよく顔を見せてくれ」
『え? 顔?』
困ったような表情のスバル。だが見える範囲でスバルに怪我はないように思える。無事だった、やはりスバルは生きていた!
『昴、どうした? 何か分かったのか?』
『なんか、向こうと繋がった……』
誰か知らない『人』が画面の向こう、スバルに声をかけている。これは一体誰だ? 思わず私が問うと、スバルは私の大好きな笑みでその人は母親だとそう言った。
『こっちからはそっちが見えないんだけど、シロさんの側からは見えるんだね。この人は僕の母さんだよ。ついでに僕と北斗……っと、シリウスさんね、双子だった! シリウスさんは北斗だったんだよ! 僕の父さんそっちの世界の獣人で名前はクロームって言うんだって!』
私はスバルの発したその獣人の名に、思わずその魔道具を取り落とした。何故ならその名に私は聞き覚えがあったからだ。
『クローム』それは、間違いがなければこの大陸中に名を響かせた『魔王の使い』と呼ばれた大賢者の名前だ。今は囚われ、中央で厳しい監視の中で投獄されていると聞いている。
「待て、スバル、それは本当の話なのか!?」
「うん、そうみたい。僕も驚いた」
「まさかと思うが、クロームとは『大賢者クローム』の事なのか?!」
「あれ? シロさん知ってるの?」
「知ってるも何も、この大陸中、いや、この世界でその名を知らぬ者などいない大悪党だろう!!」
少し驚いたような表情のスバル。知らなかったのか? いや、知っていたのか?
「あのね、シロさん、それ、全部誤解だからね?」
スバルの言葉に「誤解なのか!?」と言葉を返したのだが、急に画面の光が薄く明滅しだして私は慌てる。
「な! 待て、ちょっと待ってくれ! スバル!!」
だが、無常にもその光は淡く淡く、そしてついには消えてしまった。私はその今は何も映さない板を呆然と見やる。やはりこの父の魔道具は何かスバルと関係している物なのだろう。今は微塵も動かないこの魔道具だが、もしかしたら自分には分からない魔術を扱う人間にのみ分かる仕掛けのような物があるのかもしれない。
居ても立ってもいられずに私はそれを抱えて駆け出した。ビットはそんな魔道具は存在しないと言っていたが、きっとコテツ様ならこれがどんなモノか分かるはずだ。
「コテツ様! コテツ様!!」
族長の館の扉を叩いた。時間は昼を少し回った所だが、一昼夜の戦いで誰しも皆が疲弊していて休んでいるのだろう、辺りに人の気配もしない。それでも私はその扉を叩かない訳にはいかない。スバルの手がかりを掴めるのはこの町にはコテツ様しかいないのだ。
「うるさい! 何用だ! 現在族長ご夫妻は御体をお休めになっている、誰にもお会いにはなられない、さっさと立ち去れ!」
恐らく使用人だと思われる者に扉の向こうから怒鳴られた、だがそんな事で怯んでなどいられない。
「そんな事は重々承知で訪ねて来ている! お願いだ、開けてくれ!!」
「お前も分かっているだろう! 一昼夜の戦闘で奥方様は疲労で寝込んでおられる、明朝に出直してこい!」
扉は堅く閉ざされたまま、その後はいくら門を叩いても、使用人すら出てきてはもらえず、焦る気持ちで叫びだそうとした時「シロウ?」と声をかけてくる人影に私は声の主を見やった。
「ウル……」
族長の家の使用人でもあるウルの住まいは屋敷の脇で、私の声に気が付いたのだろうウルが家から顔を覗かせていた。
「何を騒いでいるのです? そうでなくても今はまだ皆の気が立っている、急用でもないのなら明朝出直しておいで」
「そんな事は分かっている、急用に決まっているだろう!」
「そうがなり立てないでください、うるさくてかなわない。そんなに急の用件なら理由くらいは聞いてあげましょう、一体コテツ様に何用ですか?」
「スバルが生きていた! この魔道具の向こう側にスバルがいる、その場所をコテツ様に教えていただきたいのだ。きっとコテツ様ならスバルの居場所が分かるに違いない!!」
ウルが怪訝な表情で私が腕に抱えたその魔道具を見やる。
「その板切れが魔道具? そんなもの、今まで見た事もないですよ」
「そんな事は分かっている、だが、確かにさっきここにスバルが!!」
「分かった、分かりました……はぁ、ですがやはり今それをコテツ様に見ていただくのは不可能ですよ。戦闘での消耗が激しくて完全に寝込んでおられる、半獣人は獣人ほどタフに出来ていないのは知っているでしょう? きっとラウロ様も面会を許しはしない。お前が伴侶を取り戻したい気持ちは分かりますが、伴侶が大事なのはラウロ様も同じなのですよ」
言われてしまえば確かにその通りだ。ラウロ様にとってのコテツ様は私にとってのスバルと同じ、その身を案じて休ませたいと思う気持ちは理解ができる。だが、私の気は焦るばかりで、帰れと言われて素直に帰ることもできやしない。
そんな私の気持ちを察したのか、ウルが「少しお話しお聞きしましょうか?」と私を家に招いてくれて、私は落ち着かない気持ちでウルの家へとお邪魔する事にした。
「それで、その魔道具は一体どこにあったのです?」
「これは父の私物だ」
私の言葉に「そうですか……」とウルはその魔道具を見やる。
「少し見せてもらっても……?」
「あぁ」
私がそれをウルに手渡すと、ウルはそれを眺め透かしつ首を傾げた。
「微量の魔力の流れを感じますが、私ではやはりこれがどんな代物なのかまでは分かりませんね」
ウルは『魔闘士』で攻撃系の魔術を得意とする。魔闘士は魔術系の資格の一種だが魔術師ほど魔術には精通していない。当然魔道具にも向き不向きがあって、ウルは「少なくともこれは武器ではなさそうです」と頷いた。
「そんな事は分かっている! そこのガラス面だ、そこにスバルの姿が映し出された。何か情報のようなものをやり取りする、これはそういうモノなのだと私は思う」
四角い枠にガラスの嵌った板切れ、そんなモノを今まで見た事はないが、きっとそれはそういう物なのだ。
「あと……そうだ! 大賢者クローム!!」
その名前にウルはぴくりと反応を返し、顔を上げた。
「その名を口にするのは、あまり感心しませんね。この世界を滅ぼそうと企む魔王の手下が何かこの件に絡んでいるとでも……?」
「もしかしたら、絡んではいるのかもしれない。スバルは自分がそのクロームの子供なのだとそう言った。だが……」
「クロームが悪党だというのは誤解だと言っていた」と続けようとしたら、ウルが険しい表情でこちらを見やる。
『大賢者クローム』それは十数年前大量の魔物をこの大陸に招き寄せたという罪状で囚われている罪人だ。そんな罪人が何故処刑もされずに囚われの身のままなのかと言えば、それはひとえに彼が『大賢者』であるが故だ。
大賢者は魔術を扱う者の中で最高位の位であると言っていい。大賢者と呼ばれる者はこの世界に三人しかいない。一人目が『大賢者ヨセフ』二人目が『大賢者カトリーヌ』そして三人目が『大賢者クローム』だ。
三人はそれぞれ特別な魔術を扱う。大賢者は一人一人が国を滅ぼせるほどの強大な魔力を持っているのだが、その力を私利私欲に使う事なく、この世界を守護していた。
けれどやはりその力は強大で、抑止力としてお互いがお互いを見張ることでこの世界は均衡を保っていたのだ。
けれどその均衡はクロームがその魔力を己の欲に利用しようとした事で崩れてしまった、クロームはこの世界に魔物を呼び寄せ、世界の3分の1を闇で覆ってしまった。ガレリア大陸は大賢者ヨセフの守護のもと、まだ平穏を保っているのだが、現在父が在籍しているガレリア調査団が赴いている東の大陸イグシードはガレリア大陸とは比べものにならないほどの魔物が跋扈していると聞く。
クロームはこの世界に魔物を呼び寄せはしたが、その守護魔法もまだ生きていて、それはクロームの魔力により維持運営されている。その為、中央の官吏はクロームを殺す事が出来ないのだそうだ。
その守護魔法は大陸イグシードから魔物が溢れ出すのを防いでいて、今その魔法陣を解いてしまうと世界中に魔物が放たれてしまう。それはこの世界の安寧のために絶対に避けなければならい事で、だからこそ、その魔法陣を維持できる新たな大賢者を探す為、中央は躍起になっているという話も聞いた事がある。
クロームが死んでしまえばその守護魔法も消えてなくなる、それを防ぐ為クロームは中央で眠りにつかされ幽閉されているのだそうだ。新たな大賢者が現れるまで、クロームは死ぬ事なくその魔力を魔法陣に注ぎ、この世界を守り続けるのだ。
「お前の嫁が……クロームの子供……?」
ウルの瞳が暗く揺れる。
「いや、それは誤解で……」
「誤解なのか?」
「えっと、いや……クロームが魔王の手下だというのが誤解だとスバルが……」
「お前は! 敵側の言葉をそんなに簡単に信じてどうする!! 分かったぞ、合点がいった、あんな巨大な魔物が出現した理由、それは大賢者クロームが何らかの方法で子を使い、この町へと魔物を呼び寄せたのだ! この世界を滅ぼす為に!!」
「え……」
そんな事を言われるとは思わなかった私は戸惑う。あの時、スバルが攫われた時だ、スバル自身もとても怯えて泣いていた、そんな悪党の手引きのような事がスバルにできるわけがない!
「ウルはスバルが魔王の使いの仲間だとでも言いたいのか!?」
「そもそもおかしな話だった、お前のその『スバル』の姿はシリウスの物で、お前はそのスバルの真の姿も知らないのだろう! そしてそうなってしまったのは魔物討伐の折に言葉を解する魔物にやられたのだとそう言っていたな。その魔物自体がもしや魔王であったのではないのか!?」
ウルの言葉に目を見開いた。
『そんなはずがない、スバルが魔王の手下でなどある訳がない!』と、そう思う気持と『まさか……』と思う気持ちが拮抗する。
確かにスバルが魔物を呼び寄せたのはこれで二度目、一度目はヨム老師のもとで、そして今回も。そもそもあんな風に魔物に攫われ、スバルが無事な姿でいた事もおかしな話ではある。
「シリウスの身体は魔王の手下に乗っ取られていたのでしょう、お前の言う『スバル』という者自体がまやかしであったと考えた方がしっくり来る。魔王は東の大陸イグシードだけでは飽き足らず、ついに我が大陸ガレリアにも手を出そうとしているのです」
「そんな、馬鹿な……」
穏やかに笑う可愛いスバル、歳より少し幼げで「シロさん、シロさん」と私を撫でてくれたあの姿が全てまやかしであったとそう言うのか? 私は操られていたのか? この世界に魔物を呼び寄せる為に……?
「そんなはずは……」
「この魔道具、預からせてもらう。これはきっと危険な代物に違いない。それこそ、これ自体が魔物を呼び寄せるゲートにだってなりかねない」
それは現在唯一私とスバルを結ぶ物、けれどそれをウルに取り上げられて私は絶望した。
泣きだしそうに私を呼ぶスバルの声、縋りつくように伸ばされた手、その手を私は掴んだつもりだったのに、扉の向こうの謎の光る触手にスバルの身体は繭のように包まれて、その声を最後にスバルは私の前から消え失せた。
スバルが扉の中に飲み込まれ消え失せた瞬間、扉は元の扉へと戻り、その向こう側はただの階段の続く回廊となった。それはこの砦そのものの造りで、この扉は何処にも繋がってなどいなかったかのように、しんと静まり返った。
「スバル……」
茫然自失で呟いた。だが、応える声などありはしない。
「スバル! スバル! 何処だ!?」
その螺旋階段を駆け下りて、砦の入り口へと向かうのだが、やはりそこにも誰もいない。へたり込みそうな自分を叱咤して、きっと顔を上げた瞬間、ごごごと地響きを鳴らし地面が揺れた。
「なっ……」
この土地は地震が多い、今までも地震は何度もあったが今回の地震は立っているのがやっとくらいの大きな地震でその不穏さに眉を顰める。あの時もそうだった、スバルがヨム老師の店で扉を開けた時、あの時もやはり地震が起こって魔物が現れたのだ。
ふいに螺旋階段の上、先程まで自分達がいた部屋から何かが壊れるような音が聞こえた。
「スバル!?」
慌てて部屋に戻ろうと階段上部を見上げると、そこからは無数の魔物の腕と思われる触手がぬるりと大量に伸びてきた。
「!?」
今度は自分自身絡めとられそうになって、腕を払う。これは一体何なのだ! 一体何が起こっている!?
「シロウ!!」
その時かかった声、コテツ様がそこにいた。
「シロウ、これは一体どういう事!? 何が起こっているんだ!?」
「そんなのこっちが聞きたいくらいだ!!」
「スバル君は!?」
「触手に絡め取られて、扉の向こうに……」
「そんな馬鹿な……」とコテツ様は青褪めたのだが、伸びてきた触手に分が悪いと判断したのか私の腕を掴んで何かを唱える。
「待ってくれ、まだここにはスバルが!!」
「スバル君はここにはいない、いったん集落に戻るんだ!」
「そんな……」
問答無用のコテツ様の転移魔法で私は集落に戻された。戻った町の様子は、何故かどこか浮かれ気味で、まるで祭りの準備でもしていたかのように綺麗な飾りつけが施されている。
「これは……」
「母さん、突然どうしたんだ? さっきの地震、何かあった? あれ? シロウ?」
呑気な声音のロウヤの手には何故か煌びやかなモールが握られている。
「シリウ……じゃない、スバルは?」
「それどころじゃない! 魔物が町にやって来る!! 戦闘準備だ! ロウヤ! ウルも町中に警戒の鐘を!!」
コテツ様の剣幕に何かが起こった事を察したのだろう、モールを投げ捨て弾かれたようにロウヤが駆け出した。それに続くようにその辺に居たのだろうウルも駆け出し、町中に緊急事態の鐘が鳴り響く。
町の堅牢な城門が閉じられる。普段は軽い結界が張られているだけの町の上部に、自分が見ても分かる程のぶ厚い結界が張られていく。こんな事は今まで一度として経験した事がなかった私は戸惑う、一体何が起こっている? そしてスバルは一体何処へ?
「シロウ、お前は詳しい状況を聞かせておくれ」
町に結界を張り終えたのだろうコテツ様が私に向かってそう言った。詳しくも何も、自分自身何が起こっているのかも分からないのに、一体何を説明すればいいと言うのか……
「スバルと共に砦を出ようとしたのです。あの部屋の扉は転移門になっていたのですよね?」
「そうだよ、あの砦自体に私の魔術がかけられていて、あの扉はお前達の家に繋がる転移門になっていた。だけどそのゲートに誰かが干渉したのが分かったから、私は砦に向かったんだ」
「干渉?」
「あぁ、魔力というモノにはそれぞれ個性が出るものでね、私達魔導師クラスになれば誰がその魔術を使ったのか、その痕跡を追って追跡だってできるようになる。自分の施した魔術に干渉する輩が現れればそれもちゃんと分かるようになっている。あのゲートに何者かが干渉したのは間違いない」
「それは一体誰が!? コテツ様なら分かるのですね! だったらスバルを! スバルを早く見付け出してください!!」
けれど、コテツ様は渋い表情で首を振った。
「それを辿るのは繊細な作業でね、あんな魔物が溢れかえった場所で追跡するのは難しい。しかも時間が経てば経つほど痕跡は消えていく」
「そんな……」
「だから、スバル君がその干渉者に攫われたと言うのなら、一刻も早く魔物を倒さなければならない。全ての手がかりが途絶えてしまう前に、だが……」
どこかでバチバチと花火の爆ぜるような音が響く。見上げれば、結界に阻まれているのだろう魔物がその結界に張り付くようにしてこちらをぎょろりと見やった。
そいつは今まで見た事もない程の大物の魔物で、血の気が引いた。
「アレは……」
「ここまでの大物は久しぶりだよ。一体何処から湧いて出たのやら」
「あんなデカブツ倒せるんですか!?」
「やらなきゃ町がなくなる。でも大丈夫、皆がいるから」
警鐘の鐘に武装した者達が次々に駆けて行く。きっと町の長、ラウロ様の元へと向かっているのだろう。
「私達も行くよ、さっさと倒して君のお嫁さんを取り戻さなけりゃ、せっかくの結婚式の準備も台無しだ」
どこか華やかに飾り付けられた町、ロウヤも何やら飾り付けをしていると思っていたら、そういう事だったか。どうやら彼等は戻ってきた私達を祝う為の準備をしていてくれたらしい。
だがそんな飾り付けも準備半ばで放置され、中には無残に踏みにじられたようなものまで散見されて悲しくなった。
スバル、お前はどこに消えた? 私は一体どうすればいい、スバル……
その魔物との戦いは一昼夜続いた。集落の者達が全員一丸となって、どうにかこうに討ち果たしたその魔物は今まで見た事もないような大物で、それを討ち果たした時には皆疲労困憊、言葉もなくただ呆然と立ち尽くしていた。
「こんな魔物がまだこの世界にはいたのだな……」
「冗談じゃない! こんなのが今後増えたらと思うと、もう生きていくのにも嫌気がさすわ!」
皆の想いは様々で、魔物を倒した事を喜んでいる者ももちろんいるのだが、何か絶望したような瞳を世界の果てへと向ける者もいて、その心中は複雑だ。
「シロウ、大丈夫か?」
声をかけられ顔を上げると、そこにはグレイが大剣を担いでこちらを見ていた。
「難儀だったな……」
哀れむようなグレイの瞳。スバルがあの魔物に攫われた事をグレイも既に知っているのだろう。スバルは何処にもいない、どこにもその姿を見つける事ができない。
「だが、嫁ならまた……」
「! またとは何だ!? スバルはこの世界に一人しかいないのだぞ! 代わりになる者などいやしない、スバルは! ……スバルは…………」
死んでしまったのだろうか? 魔物に喰われてしまったのか? そんな現実には耐えられない、そんな事がある訳がない!!
「スバルはあの魔物が現れる前に何処かへ引きずり込まれたのだ、スバルは必ずどこで生きている、決して死んでなど……」
死んだなどとは思っていない、スバルは生きていると信じている、それでも悔し涙が頬を伝う、私はスバルを守れなかった……
「シロウ……」
ふらりと立ち上がり、家へと向かう。誰にも会いたくはなかった、哀れむような瞳も見たくはない。激しい戦闘で身体中傷だらけだ、魔物の血も大量に浴びていてボロ雑巾のようなこんな姿をスバルには見せられない。
スバルはいつでも笑っていた。私の毛並みが綺麗だと、そう優しく私のこの毛皮を撫でてくれていたのだ。こんな薄汚れた姿をスバルには絶対見せたくない。
家に帰りひたすら身体を洗った。洗っても洗っても生臭い匂いは消えてはくれず、苛立ちは募る。自分はとても疲れている、少しだけ休もうとベッドに潜り込んだのだが、目は冴えるばかりで眠気はやってこなかった。
自分はこの尾にかけてスバルを愛すると誓ったのだ、なのに何故今ここにスバルはいない? 何度も何度も繰り返される、スバルが扉の向こうへ消えた瞬間の記憶に私は呻くように叫んでいた。
スバル! スバル!! スバル!!! お前は一体何処にいる!!
訳も分からずふらりと起き上がり、父の部屋へと向かう。何かの手がかりがそこにあるのではないかとそう思ったのだ。
得体の知れない魔道具、シリウスとスバルの関係も未だによく分からないまま、スバルには何か秘密があるのだとそう思う。
ふいに何か声が聞こえた気がした。見やれば父のあの得体の知れない魔道具が光っている。そしてその画面の向こうに映っていたのは……
「スバル!?」
『え? 誰?』
画面の向こうのスバルが驚いたようにこちらを見やった。
「やはり、スバルか! 無事だったのだな……」
『え……えぇ!? もしかしてシロさん!?』
「スバル、もっとよく顔を見せてくれ」
『え? 顔?』
困ったような表情のスバル。だが見える範囲でスバルに怪我はないように思える。無事だった、やはりスバルは生きていた!
『昴、どうした? 何か分かったのか?』
『なんか、向こうと繋がった……』
誰か知らない『人』が画面の向こう、スバルに声をかけている。これは一体誰だ? 思わず私が問うと、スバルは私の大好きな笑みでその人は母親だとそう言った。
『こっちからはそっちが見えないんだけど、シロさんの側からは見えるんだね。この人は僕の母さんだよ。ついでに僕と北斗……っと、シリウスさんね、双子だった! シリウスさんは北斗だったんだよ! 僕の父さんそっちの世界の獣人で名前はクロームって言うんだって!』
私はスバルの発したその獣人の名に、思わずその魔道具を取り落とした。何故ならその名に私は聞き覚えがあったからだ。
『クローム』それは、間違いがなければこの大陸中に名を響かせた『魔王の使い』と呼ばれた大賢者の名前だ。今は囚われ、中央で厳しい監視の中で投獄されていると聞いている。
「待て、スバル、それは本当の話なのか!?」
「うん、そうみたい。僕も驚いた」
「まさかと思うが、クロームとは『大賢者クローム』の事なのか?!」
「あれ? シロさん知ってるの?」
「知ってるも何も、この大陸中、いや、この世界でその名を知らぬ者などいない大悪党だろう!!」
少し驚いたような表情のスバル。知らなかったのか? いや、知っていたのか?
「あのね、シロさん、それ、全部誤解だからね?」
スバルの言葉に「誤解なのか!?」と言葉を返したのだが、急に画面の光が薄く明滅しだして私は慌てる。
「な! 待て、ちょっと待ってくれ! スバル!!」
だが、無常にもその光は淡く淡く、そしてついには消えてしまった。私はその今は何も映さない板を呆然と見やる。やはりこの父の魔道具は何かスバルと関係している物なのだろう。今は微塵も動かないこの魔道具だが、もしかしたら自分には分からない魔術を扱う人間にのみ分かる仕掛けのような物があるのかもしれない。
居ても立ってもいられずに私はそれを抱えて駆け出した。ビットはそんな魔道具は存在しないと言っていたが、きっとコテツ様ならこれがどんなモノか分かるはずだ。
「コテツ様! コテツ様!!」
族長の館の扉を叩いた。時間は昼を少し回った所だが、一昼夜の戦いで誰しも皆が疲弊していて休んでいるのだろう、辺りに人の気配もしない。それでも私はその扉を叩かない訳にはいかない。スバルの手がかりを掴めるのはこの町にはコテツ様しかいないのだ。
「うるさい! 何用だ! 現在族長ご夫妻は御体をお休めになっている、誰にもお会いにはなられない、さっさと立ち去れ!」
恐らく使用人だと思われる者に扉の向こうから怒鳴られた、だがそんな事で怯んでなどいられない。
「そんな事は重々承知で訪ねて来ている! お願いだ、開けてくれ!!」
「お前も分かっているだろう! 一昼夜の戦闘で奥方様は疲労で寝込んでおられる、明朝に出直してこい!」
扉は堅く閉ざされたまま、その後はいくら門を叩いても、使用人すら出てきてはもらえず、焦る気持ちで叫びだそうとした時「シロウ?」と声をかけてくる人影に私は声の主を見やった。
「ウル……」
族長の家の使用人でもあるウルの住まいは屋敷の脇で、私の声に気が付いたのだろうウルが家から顔を覗かせていた。
「何を騒いでいるのです? そうでなくても今はまだ皆の気が立っている、急用でもないのなら明朝出直しておいで」
「そんな事は分かっている、急用に決まっているだろう!」
「そうがなり立てないでください、うるさくてかなわない。そんなに急の用件なら理由くらいは聞いてあげましょう、一体コテツ様に何用ですか?」
「スバルが生きていた! この魔道具の向こう側にスバルがいる、その場所をコテツ様に教えていただきたいのだ。きっとコテツ様ならスバルの居場所が分かるに違いない!!」
ウルが怪訝な表情で私が腕に抱えたその魔道具を見やる。
「その板切れが魔道具? そんなもの、今まで見た事もないですよ」
「そんな事は分かっている、だが、確かにさっきここにスバルが!!」
「分かった、分かりました……はぁ、ですがやはり今それをコテツ様に見ていただくのは不可能ですよ。戦闘での消耗が激しくて完全に寝込んでおられる、半獣人は獣人ほどタフに出来ていないのは知っているでしょう? きっとラウロ様も面会を許しはしない。お前が伴侶を取り戻したい気持ちは分かりますが、伴侶が大事なのはラウロ様も同じなのですよ」
言われてしまえば確かにその通りだ。ラウロ様にとってのコテツ様は私にとってのスバルと同じ、その身を案じて休ませたいと思う気持ちは理解ができる。だが、私の気は焦るばかりで、帰れと言われて素直に帰ることもできやしない。
そんな私の気持ちを察したのか、ウルが「少しお話しお聞きしましょうか?」と私を家に招いてくれて、私は落ち着かない気持ちでウルの家へとお邪魔する事にした。
「それで、その魔道具は一体どこにあったのです?」
「これは父の私物だ」
私の言葉に「そうですか……」とウルはその魔道具を見やる。
「少し見せてもらっても……?」
「あぁ」
私がそれをウルに手渡すと、ウルはそれを眺め透かしつ首を傾げた。
「微量の魔力の流れを感じますが、私ではやはりこれがどんな代物なのかまでは分かりませんね」
ウルは『魔闘士』で攻撃系の魔術を得意とする。魔闘士は魔術系の資格の一種だが魔術師ほど魔術には精通していない。当然魔道具にも向き不向きがあって、ウルは「少なくともこれは武器ではなさそうです」と頷いた。
「そんな事は分かっている! そこのガラス面だ、そこにスバルの姿が映し出された。何か情報のようなものをやり取りする、これはそういうモノなのだと私は思う」
四角い枠にガラスの嵌った板切れ、そんなモノを今まで見た事はないが、きっとそれはそういう物なのだ。
「あと……そうだ! 大賢者クローム!!」
その名前にウルはぴくりと反応を返し、顔を上げた。
「その名を口にするのは、あまり感心しませんね。この世界を滅ぼそうと企む魔王の手下が何かこの件に絡んでいるとでも……?」
「もしかしたら、絡んではいるのかもしれない。スバルは自分がそのクロームの子供なのだとそう言った。だが……」
「クロームが悪党だというのは誤解だと言っていた」と続けようとしたら、ウルが険しい表情でこちらを見やる。
『大賢者クローム』それは十数年前大量の魔物をこの大陸に招き寄せたという罪状で囚われている罪人だ。そんな罪人が何故処刑もされずに囚われの身のままなのかと言えば、それはひとえに彼が『大賢者』であるが故だ。
大賢者は魔術を扱う者の中で最高位の位であると言っていい。大賢者と呼ばれる者はこの世界に三人しかいない。一人目が『大賢者ヨセフ』二人目が『大賢者カトリーヌ』そして三人目が『大賢者クローム』だ。
三人はそれぞれ特別な魔術を扱う。大賢者は一人一人が国を滅ぼせるほどの強大な魔力を持っているのだが、その力を私利私欲に使う事なく、この世界を守護していた。
けれどやはりその力は強大で、抑止力としてお互いがお互いを見張ることでこの世界は均衡を保っていたのだ。
けれどその均衡はクロームがその魔力を己の欲に利用しようとした事で崩れてしまった、クロームはこの世界に魔物を呼び寄せ、世界の3分の1を闇で覆ってしまった。ガレリア大陸は大賢者ヨセフの守護のもと、まだ平穏を保っているのだが、現在父が在籍しているガレリア調査団が赴いている東の大陸イグシードはガレリア大陸とは比べものにならないほどの魔物が跋扈していると聞く。
クロームはこの世界に魔物を呼び寄せはしたが、その守護魔法もまだ生きていて、それはクロームの魔力により維持運営されている。その為、中央の官吏はクロームを殺す事が出来ないのだそうだ。
その守護魔法は大陸イグシードから魔物が溢れ出すのを防いでいて、今その魔法陣を解いてしまうと世界中に魔物が放たれてしまう。それはこの世界の安寧のために絶対に避けなければならい事で、だからこそ、その魔法陣を維持できる新たな大賢者を探す為、中央は躍起になっているという話も聞いた事がある。
クロームが死んでしまえばその守護魔法も消えてなくなる、それを防ぐ為クロームは中央で眠りにつかされ幽閉されているのだそうだ。新たな大賢者が現れるまで、クロームは死ぬ事なくその魔力を魔法陣に注ぎ、この世界を守り続けるのだ。
「お前の嫁が……クロームの子供……?」
ウルの瞳が暗く揺れる。
「いや、それは誤解で……」
「誤解なのか?」
「えっと、いや……クロームが魔王の手下だというのが誤解だとスバルが……」
「お前は! 敵側の言葉をそんなに簡単に信じてどうする!! 分かったぞ、合点がいった、あんな巨大な魔物が出現した理由、それは大賢者クロームが何らかの方法で子を使い、この町へと魔物を呼び寄せたのだ! この世界を滅ぼす為に!!」
「え……」
そんな事を言われるとは思わなかった私は戸惑う。あの時、スバルが攫われた時だ、スバル自身もとても怯えて泣いていた、そんな悪党の手引きのような事がスバルにできるわけがない!
「ウルはスバルが魔王の使いの仲間だとでも言いたいのか!?」
「そもそもおかしな話だった、お前のその『スバル』の姿はシリウスの物で、お前はそのスバルの真の姿も知らないのだろう! そしてそうなってしまったのは魔物討伐の折に言葉を解する魔物にやられたのだとそう言っていたな。その魔物自体がもしや魔王であったのではないのか!?」
ウルの言葉に目を見開いた。
『そんなはずがない、スバルが魔王の手下でなどある訳がない!』と、そう思う気持と『まさか……』と思う気持ちが拮抗する。
確かにスバルが魔物を呼び寄せたのはこれで二度目、一度目はヨム老師のもとで、そして今回も。そもそもあんな風に魔物に攫われ、スバルが無事な姿でいた事もおかしな話ではある。
「シリウスの身体は魔王の手下に乗っ取られていたのでしょう、お前の言う『スバル』という者自体がまやかしであったと考えた方がしっくり来る。魔王は東の大陸イグシードだけでは飽き足らず、ついに我が大陸ガレリアにも手を出そうとしているのです」
「そんな、馬鹿な……」
穏やかに笑う可愛いスバル、歳より少し幼げで「シロさん、シロさん」と私を撫でてくれたあの姿が全てまやかしであったとそう言うのか? 私は操られていたのか? この世界に魔物を呼び寄せる為に……?
「そんなはずは……」
「この魔道具、預からせてもらう。これはきっと危険な代物に違いない。それこそ、これ自体が魔物を呼び寄せるゲートにだってなりかねない」
それは現在唯一私とスバルを結ぶ物、けれどそれをウルに取り上げられて私は絶望した。
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