僕のもふもふ異世界生活(仮)

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シロさんの試練①

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 スバルがコテツ様の魔術で連れ去られてしまった。
 故郷に帰郷し、族長であるラウロ様にご挨拶の後、スバルの事情を説明し自宅へ向かう予定でいたのに、ラウロ様の番相手であるコテツ様に問答無用でスバルと引き離されてしまった。
 透明な球状の魔法障壁の中でスバルが私の名を呼んでいるのが分かるのだが、それに手を伸ばそうとしたら、その玉と共にスバルは宙に消えてしまった。

「スバル!!」
「ずいぶんあの魔物にご執心だね、シロウ」
「コテツ様! スバルは魔物などではありません!! 確かにシリウスの体の中に入り込んだスバルは魔物のようにも感じられるかもしれませんが、スバルは我等を襲う事も騙す事もしやしない!!」
「本当にそうなのかな? 現に君はすっかりあの魔物に魅了されてしまっているじゃないか。それにも関わらず騙す事はないと言われてもねぇ……」

 コテツ様の瞳が細められる。コテツ様は亡き母と仲がよく、母が死んだ後は私の事もまるで我が子のように可愛がってくれていた。そんなコテツ様が、私の愛したスバルを敵であるかのように扱うのが私はどうしても解せないのだ。

「スバルを返してください! もし、それ程までにスバルの事を疑うのであれば、私はすぐにでもスバルを連れてこの町を出ます。あなた方に迷惑をかけたりはしない!」
「あくまでも、あの魔物を庇うつもり?」
「スバルは魔物ではありません!!」
「そう、分かった。あの魔物は南の砦に幽閉したよ、取り戻したければ取り戻しに来ればいい。私はそれまであの子の取調べをさせてもらうよ」

 そう言って、コテツ様はすうっとその姿を消した。コテツ様は魔術師だ、空間転移などお手のもので、きっとコテツ様はスバルの元へと向かったのだろう事は簡単に予想できた。

「ラウロ様! コテツ様を止めてください! スバルは私の大事な妻なのです!! 私はこの尾にかけてスバルに終生の愛を誓ったのです! スバルは決してこの町に害を及ぼすような者ではありません!!」
「ふむ……だが、あの者の姿は間違えようもなくシリウスの物で、そのシリウスの中に別人格、スバルと言ったか? そんな怪しげな者がとり憑いているとしたら、それはやはりコテツの言う通り魔物であると判断するしかあるまいよ」
「ラウロ様!!」
「魔術師でもないわしにはその判断も下せやしない。異議があるならコテツの言ったように南の砦へ向かうがいい。見事自力であの者を取り戻せたら、あとは好きにすればいい」

 ラウロ様の言葉に心を決めた。南の砦、そこはこの町から南に一キロほど離れた小さな砦だ。ここいら近辺では一番世界の果てに近い建造物でもある。
 普段は狩りの休憩場所に使われたりする場所なのだが、自分はまだそこに足を踏み入れた事は一度もない。何故なら私はこの集落で狩りに参加させてもらえた事がほとんどないからだ。
 参加をさせてもらえても町周辺のみで、そこまで世界の果てに近付いた事がないのだ。

「分かりました、ラウロ様、今の言葉お忘れなきようお願いします。例えスバルが魔物であったとしても、私にとってスバルは唯一の番相手、二度と手離す気はありません」
「ふむ、分かった」

 ラウロ様の言葉を聞いて踵を返す。ぐずぐずしてなどいられない。早くスバルを助けなければ!

「おい! 待てって! おい! シロウ!!」

 追いかけて来たのはラウロ様の三番目の息子、ロウヤ。私の弟分で、私が長年コンプレックスを抱えている相手でもある。
 歳はひとつ年下のロウヤ、けれどその体格は私の二倍近い。父親似の逞しい肉体はそれを見るだけで私のプライドを傷付ける。もって生まれてしまったものは仕方がない、それでも妬まずにはいられない、そんな醜い自分の心にうんざりする。

「なんだ、ロウヤ! 付いてくるな!」
「いや、だって南の砦だろう!? お前一人で行くなんて無茶もいい所だろう! せめて仲間を募って……」
「これは私に対する試練だ、誰の手も借りる気はない」
「試練……あぁ、これってそういう……?」
「真意は知らん! だが、そういう事だろう! だったら私は自分の手でスバルを取り戻すまでだ!」

 ロウヤが困ったように眉を下げる。恐らくこの弟分は本気で私を心配しているのだ。ロウヤにコンプレックスを抱えているのはこちらだけで、ロウヤ自身はきっと私を仲のいい兄貴分くらいにしか思っていない。
 それもそれで腹立たしいのだが、絶対そんな惨めな事を私は口にする気もない。

「そうは言っても、お前、今まで向こう側にはほとんど行った事もなかったじゃないか!」
「仲間に入れてもらえなかったからな!」
「それは、シロウは体も小さいし……」
「仕方がないだろう、これはもう生まれつきだ!」

 そう、自分の毛色が白いのも、身体が小さく生まれついたのも自分の努力でどうにかなるような事ではない。けれど、仲間は私の中身を見る事もなく私を差別し続けた。確かに体が小さい分、他者に劣るのは致し方がない。けれどそれでも、自分は自分なりに頑張ってここまできたのにこの仕打ち、私は故郷に対して絶望しか感じられない。

「私達がここに帰ってきたのは、実家に用があったからだ。そうでなければ、こんな場所もう二度と帰って来ない! それでお前等満足だろう!!」
「シロウ、落ち着けって……」
「そんな悠長な事を言っていてスバルが魔物に喰われたらどうしてくれる!? スバルはシリウスとは違う、私が守らねばすぐに魔物に喰われてしまう!」
「分かった、分かったから……だけどな、シロウ、南の砦は確かに世界の果てに近いけど、あそこには強固な魔法障壁が張られていて、そう簡単に魔物は入り込めなくなっているんだ。少なくともその中にいる限りお前の嫁に危険はない。南の砦に行くのを俺は止めない、だけど準備と装備だけはちゃんと整えて行ったほうがいい」

 ロウヤの言葉に私は少し冷静に、それもそうかと思い直す。ここまでの旅で自分もずいぶん消耗している、まずは充分に回復してから町を出た方がいいのは自明の理だ。

「分かった、一度実家に戻って準備を整えよう。あそこなら親父の武具も残っているはずだし、今の私にだったら使いこなせる物もあるかもしれない」
「そうだ、その方がいい。俺は薬草なんかの回復薬を買ってきてやるよ、だから一人で突っ走るなよ! 俺が行くまで絶対待ってろ!!」

 そう言ってロウヤは駆けていく。あれでいて、本気で心配してくれているのだな。大きなお世話だとも思うのだが、周り全員敵だらけと思っているよりなんぼかマシか。
 実家に帰るのも三年ぶりか、まったく手入れもしていないはずなので、荒れ放題な家の中を想像していたのだが、家に入ると確かに少し空気は籠っているし、部屋の端々に蜘蛛の巣も張っているのだが、そこまで荒れ果てた廃墟にはなっていなかった。
 誰かが手を入れてくれているのか、それとも時々は父親が帰って来ているという事もあるのだろうか? 自分自身はもう何年も父親には会っていないし、そういえば家を出た事すら言っていないな、とふと思った。
 父と母と三人で暮らした家はそこまで大きな家ではないが、私にとっては懐かしいふるさとだ。リビングの暖炉の上には母の遺品である髪飾りが置かれている。一番大事にしていた指輪は未だに父が身に付けているはずだ。
 母亡き後、この家には母との思い出が多すぎると、父は家を出て行った。けれど、母を忘れたくはない父親は母の私物を処分する事も許さず、この家の中は母の生前と変わらずに母の面影を残している。
 父も母もいなくなったこの家で、私は両親の残したものに囲まれて生きていた。そこに私というモノは異物でしかなく、少し居心地の悪さも感じていた。母の生前はそんな事を感じた事もなかったのに、私と父の二人だけでは母を囲んで暮らした穏やかさは戻ってこなかった。けれど、父の連れてきたシリウスとこの家に暮らす事で、ようやく私はこの家に居場所を見付けた。私にとってシリウスは救いの神でもあったのだ。
 何を思って父がシリウスを連れ帰ったのか未だに分からない。けれど、私のそんな寄る辺のなさを父はもしかしたら気付いていたのかもしれない。

 私は父の私室へと向かう。父が出て行ってからこっち、そこはまるで開かずの部屋だ。父の私室は両親の私室でもあった場所。そこには母の私物も所狭しと置かれている。
 ふと、ドレッサーにかかった母のドレスが目に付いた。母の体格はスバルと然程変わらない。父はよく母に服やアクセサリーを贈って母を喜ばせていたのだが、きっと父は母を着飾らせて自分自身も喜んでいたのだと思う。
 そういえば、私はまだスバルに贈り物をした事がない。シリウスはこだわりが強く、私の贈るものを受け取った試しもなかったので、そういえばそういう基本的なやりとりすらしていなかったかと改めて思う。
 無事にスバルを取り戻した暁には怖い思いをさせたお詫びに、何かスバルの喜ぶものを贈ろうと心に決めた。
 私室の机の上には今回スバルにこの故郷への里帰りを決意させた不思議な魔道具が鎮座している。いや、それはビットに魔道具ではないと断言されたので、魔道具ではないのかもしれないのだが、父が操っていたそれは私には魔道具にしか見えなかったので、あえて魔道具と呼ぶ事にする。
 それは四角い形の箱だった。前面はガラス張りになっていて、そこに何かしらの情報が表示されるのをちらりと覗き見た事がある。それは父がシリウスを連れてくる前、まだ時々はこの家に帰って来る事もあった十年以上前の品物だ。動くかどうかも怪しい代物なのだが、私はそれに触れてみる。すると、驚いた事にガラスの表面がぴかっと光を放った。

「な……これは?」

 ガラスには誰かの影が映っていた。そのガラスの向こう側にいる影も驚いているようで「点いた!」と、慌てたような声が聞こえてきた。

『本当に点いたの? こんな壊れかけのパソコン、よく動いたわね』
『これ、どうやって使うんだ?』
『えっと、どれどれ?』

 知らない人がガラスの向こうに映りこむ。長い黒髪の綺麗な『人』だ、そしてもう一人、その脇から覗き込むようにこちらを見やった人物に思わず私は声を上げた。

「スバル!?」

 そのガラスの向こうにいたのは間違えようもなくスバルだった。いや、スバルの姿形はシリウスの物なのだから、そのガラスの向こうにいたのはシリウスのそっくりさんと言えるのかもしれないのだが、画面の向こうにも私の声が聞こえたのか『お前は誰だ!』と厳しく声を上げられた。
 ガラスの向こうの人物が私を睨みつける。それは見れば見るほどシリウススバルにそっくりで唖然とする。けれどその頭に耳は付いていない。

『これ、映像は映らないのか!?』
『向こうにカメラが付いていれば映るかもしれないけど、もしかしたら付いていないのかもね』

 画面の向こうのそっくりさんは、ちっ! と舌打ちを打ち、もう一度『お前は誰だ』と、そう言った。その話し方、その態度、その動きひとつひとつに見覚えがある。ありすぎる。

「もしかして、シリウスなのか……?」
『は? なんで俺の名前まで知っている! これどこと繋がってるんだ!』
『そんな事、私に言われても分かる訳ないじゃない』

 向こうのやりとりはこちらには筒抜けなのに、どうやら向こうには私の声しか届いていない様子で、シリウスの姿をしたシリウスのそっくりさんは、やはり私のよく知っている苛立った動作で髪を掻き上げた。

「お前は本当にシリウスなんだな」
『だったらどうした!? 名を名乗れ!』
「私だ、シロウだ」
『お前、シロウか! どういう事だ!? どうやって、こっちに繋いでる!』
「お前の言う『こっち』と言うのは一体何処だ? 私は今、父の私室にいて、父の魔道具でお前と話している。お前こそ、一体今何処にいる?」
『お前はさっき、俺を昴と呼んだな? お前は何故昴を知っている? まぁ、なんとなく予想はつくんだけどな。もしかして、今、俺の体の中には昴が入り込んでいるんだろう? だったら話しは簡単だ、俺は今、昴の体の中にいる』

 スバルはシリウスの中に入っても自分自身にあまり違和を感じていない様子だった。元々自分には耳も尻尾も付いていなかったというのは言っていたが、そういえば顔は自分とそっくりだと言っていたのだ、そのスバルの言葉に嘘はなかったという事だ。

「何故そんな事に……」
『魔物にやられたんだよ、あいつだ、北の祠の魔物だよ! あいつが変な術を使って俺をこっちに飛ばしたんだ』

 それで元々のスバルの体からスバル自身が弾かれてシリウスの中に入り込んだ? そんな話聞いた事もない。

『おい、シロウ、昴を出せ。そこに昴もいるんだろう!』
「いや、スバルはここにはいない。コテツ様に南の砦に連れて行かれた」
『はぁ!? おい! 俺の体大丈夫なんだろうな!? 南の砦なんて、俺の体が魔物に喰われて、帰れないなんて事になったらどうしてくれる! お前一体何してやがった!!』

 一方的な捲し立てに辟易する。姿形はこんなにも似ているのに、何故こんなにも違うのか。スバルを知ってしまった今となっては、彼のそんな傲慢さが鼻に付いて仕方がない。

「だから今から私はスバルを助けに行くんだろう。お前はお前で好きに生きろ、私はスバルと生きていく」
『はぁ!?』
「私はスバルと結ばれた、シリウス、お前なら一人で生きていける」
『確かに俺は一人で生きていく事もできるだろうが、昴と結ばれたってのは……』

 俄かにシリウスが口籠った。

「言葉の通り、番になった」
『なっ! ふざけんなっ、お前!!』
「ふざけてなどいない、私はスバルを愛している。だからシリウス、悪いがお前はそちらで一人で生きてくれ、私達はうまくやっている」
『なっ……!!』

 シリウスの後ろで黒髪の美人が『番って何!? 愛してるってどういう事!?』と、きゃーきゃーと騒いでいるが、シリウスはそんな声はがん無視でガラスの向こう側、恐らくこの魔道具を揺さぶっているのだろう、向こうの景色がゆらゆらと揺れた。そして、映されていた画像がふいにぷつりと消え失せ、その後、その魔道具をいくら触ってもうんともすんともいわなくなった。壊れたか?

「まぁ、言いたいことは言えたから、良しとしよう」

 それよりも、今はスバル救出が一番の最優先事項だ。シリウスも元気そうだったし、何より傍らには美人が立っていた。シリウスはシリウスで向こうでも何とかやっているという事なのだろう、だったらシリウスは二の次だ。
 再び部屋の中をぐるりと見渡し、今度は父の武具を漁った。一回り以上体格差のある父の使っていた武具はどれもこれも私には大きすぎる。使い古しの武具を片端から見ていくのだが、使えそうな物はほとんどない。そんな中で少し大きいのだが体を守る簡易の防具と甲に嵌めるタイプの爪を見付けた。これならなんとか私にも使えそうだ。

「待っていてくれ、スバル。必ず助けに行くからな!」
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