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僕とシロさんの帰郷①
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僕達は旅の準備を整えて、翌日には街を出た。ちなみに、僕達の暮らしていたあの街の名前は『ノースラッド』って言うんだって。
それで、僕達の暮らすこの大陸の名前は『ガレリア大陸』って名前。シロさんのお父さんが所属している『ガレリア調査団』はこの大陸の名前から付けられたんだって。要するにこの大陸を代表する調査団って事みたいで、僕達の世界で言うところの国家公務員みたいな扱いらしいよ。凄いね!
世界は幾つかの大陸に分かれていて、その中央に位置している大陸が、皆が目指している中央と呼ばれている場所になる、名前はそのまま中央都市って呼ばれているらしいよ。少しずつだけど、段々この世界の地理が分かってきた気がするよ。まだ知らない事の方が多いけどね! そして、僕達が今目指しているのはシロさんとシリウスさんの故郷、狼の獣人達が暮らす集落。ノースラッドより世界の果てが近いから魔物の数も増えるってシロさんが言っていたんだけど、今現在、僕達二人は魔物に追い掛け回されて大変な事になっているよ!
「シロさ~ん! また、きたぁぁ!!」
街の周辺にも小さな魔物はちょこちょこ出てくるものだから、僕がものは試しと、魔法で蹴散らしてみたら、これが思いの外よく効いて、『これ、もしかしたら魔物退治って楽勝なんじゃね?』なんて最初のうちは思っていたんだけど、段々街から離れるにつれて魔物の数は増えるし、地味に強くなるし、ついでに僕の魔力はあっという間に枯渇するしで、現在僕はシロさんに抱えられての旅路となっている。本当に申し訳ない。
無駄に魔物狩ったりして調子に乗りすぎました、反省してます。だって、あの魔術師さんの所で遭遇した魔物と違って、街周辺にいる魔物って本当に小さくて、いかにも小動物って感じだったものだから、いける! って思ったんだよ……
最初のうちこそシロさんも一緒になって闘ってくれていて、その姿がこれまた予想外に格好良くて、シロさん、格好いい~! なんて見惚れていたんだけど、僕が動けなくなった事で、シロさんの両手も塞がり、今はひたすら逃げの一手だ。足手纏いでごめんなさい、反省してます(二回目)
ちなみにシロさんは『格闘家』だから、自分の体でがちんこ勝負、両手が塞がると戦えないんだよ。ホントごめん。
「はぁ……何とか振り切ったか……」
シロさんが肩で息をしていて、本当に申し訳ない。
「ごめんね、シロさん。僕、そろそろ自分の足で歩けると思うから、おろしてくれていいよ」
「いや、しかしだな……」
「大丈夫だから、ホント、足手纏いでごめんね」
「それで言うなら、これは私のせいでもあるからな、申し訳ない」
「シロさんの? 何が?」
「言っただろう? 私の毛色が目立つんだ、魔物はこの毛色に寄って来る」
あ……そういえばそんな事言ってたっけ。確かに白いの目立つのかな? でもそこまで? 服を着こんで旅装束のマントまで羽織っているシロさんの体毛なんて、顔と手足以外ほとんど見えやしないのに、それって被害妄想じゃない? なんて言ったら、シロさんまた色々と傷付きそうだから黙ってよ。
「じゃあ、お互い様って事で休憩しよ。シロさん疲れただろ?」
「スバルと一緒ならどうという事もないさ」
そんな事を言っていても、疲れているのは分かってる。僕を庇って逃げるから、怪我をしているのも知ってるんだよ。ヒーラーでもあるシロさんは自分で傷も治せるんだけど、せっかく綺麗なシロさんの毛並みが乱れているのも本当に本当に申し訳なくて、僕はその腕をなでなでと撫でやった。
「あとどのくらいで着きそう?」
「もう然程遠くもないさ、ここは既に集落の狩場だからな」
「狩場? 魔物の?」
「あぁ、集落のこちら側は訓練用の子供達の狩場。集落の向こう側が大人達の狩場だ」
「何が違うの?」
「魔物の種類が違う、集落の向こう側は『世界の果て』だからな、より強い魔物が出る。こちら側は大人達が目こぼしした小物がほとんどだ」
「もしかして、さっきまでのって小物? なの?」
「逃げ切れる程度の魔物なら、小物と言っていいだろうな」
それは強い魔物だったら逃げ切れないし、倒すしかないって事? 結構ヘビーな世界だな、生傷絶えなさそう。
「シロさんとシリウスさんはこんな所で暮らしてたんだ、怖くないの?」
「生まれた時からそうだからな、怖いと思った事はない」
そんなもんなんだ。僕は最初がノースラッドの街だから、こんな魔物だらけの場所、住みたいとも思わないけど。
「シロさんは、ここで生まれたの?」
「あぁ、そうだ。父が母を中央から連れ帰り、私はこの集落で生まれ落ちた。中央育ちの母はずいぶんこの地を恐れていたが、その頃は父も集落で暮らしていて全力で母を守っていたからな。そんな母も、もう亡くなって久しいのだが」
「シロさんのお父さんはお母さんが亡くなったから出て行ったの?」
「まぁ、恐らくそうなのだろうな。父ならば次の番相手を中央に探しにも行けただろうが、番相手は母だけでいいと言って、ガレリア調査団の一員になったんだ。何かしていなければ心の穴が埋められなかったのだろう。それくらい父は母を愛していた」
ビットさんは『人』の事を『生む道具』みたいに言ったけれど、シロさんはそんな言葉は決して口にしなかった。きっとシロさんは両親に愛されて育ったんだろうね。寿命の長さの違う種族の交わり、それがこの世界の必然なのだろうけど、一緒の時間を過せない、刹那の時間の交わりでも、そこにちゃんと愛は育つんだ。
「シロさんも、それくらい僕を愛してくれる?」
「それは勿論そのつもりだ」
僕は思わずにへらと笑ってしまう。僕は自分が愛情に縁の薄い人間だと思っていた、そんな風に愛される事など一生ないのだと諦めていた。家族の愛をほとんど知らない僕にはシロさんのその言葉が嬉しくて仕方がないよ。
「僕もシロさんが大好きだよ」
思わずもふっとその胸に抱き付いたら、少し驚いたようだったけれど、やはりいつものようにその大きな手でシロさんは優しく僕の髪を撫でてくれた。
集落に近付くにつれ、だんだん魔物の数が減ってきた。魔物にだってある程度の危機意識はあるみたいで、集落の近くは危険な場所だってちゃんと分かっているんだね。
「見えてきたぞ、スバル」
シロさんが指差した先、そこは堅固な壁の立ちはだかる城塞のような集落だった。ノースラッド程大きな街ではないけれど、そこそこ大きそうだ。
「あの壁は、魔物避け?」
「あぁ、何度も言うが世界の果てが近いからな、物理的な壁も勿論だが魔法障壁も完璧だ」
魔法障壁……そうか、そうだよね。この世界、剣と魔法の世界だもの、そんな物だってあるよね。
僕達は手を繋いで歩いて行く、町はだいぶ近くに見えたんだけど、歩いても歩いても辿り着かなくて、変だな……? と、思って気が付いた。僕は僕の感覚で町との距離を測ってたんだけど、違うんだよサイズが……当たり前の話だったんだけど、思わず失念していたんだよね、町が僕のサイズじゃない。
「でっか……!」
門がね、すでに大きいんだよ。そして、覗き込んだ町の中は、本当に何もかもがでかかった。
「うわぁ……」
僕は思わず言葉に詰まる。だってノースラッドの街はまだ僕に優しいサイズの街だったのに、この町全然その優しさがない。まるで巨人の国に迷い込んだ小人の気分だよ!
「スバル、こっちだ」
シロさんに促されて僕は歩いて行く、何もかもが大き過ぎて上を向いて歩かなければならない僕は首が痛くなりそうだよ。町の中にはシロさんの言う通り、シロさんの倍以上のサイズの獣人さん達がごろごろしていて、本当にいる所にはいるんだな……と、改めて驚いてしまった。
あと、もうひとつ驚いた事はここの獣人さん達、服着てない。下は穿いてるんだよ、それでも短パンみたいな短いの。上はベストみたいなのをさらっと羽織っている人もたまに居るくらいで街の人達みたいにきっちり服を着込んでる獣人さんなんて一人もいなかった。
「シロウ……? それにシリウスか!?」
突然かけられた声に振り向いたら、そこに居たのは大きな体躯の狼さん。まぁね、ここ狼の暮らす集落だし、住んでいるのは全員狼だよね。本当に真っ白な体毛はシロさんだけで、皆見事に黒から銀灰色で、それはそれで綺麗だけど、僕はやっぱりシロさんが一番綺麗だと思う。
相手が誰なのか分からない僕は、ついシロさんの後ろに隠れてしまうのだが、相手は僕のそんな態度に怪訝そうな表情を見せた。
「シリウスどうしたんだ? なんかおかしくないか?」
「あぁ……久しぶりだな、ロウヤ。これにはちょっとした理由があってな……」
「理由……? あれ? お前達……」
「ちょっと前に正式に番になった」
「マジか! それでシリウスのその態度か!」
「いや、それとこれとはまた別で……」
「歯切れが悪いな、お前は相変わらずどこか頼りないな。よくそれでシリウスと番になれたな。なぁ、シリウス? お前本当に、こいつでいいのか?」
話をふられてどう答えていいのか分からなかった僕はシロさんを見上げる。シロさんも少し困り顔だ。
「後悔してたりするんじゃないか? 大丈夫か?」
なおも言い募るそのロウヤと呼ばれた狼さんに「僕はシロさんがいいんです」と、小さな声で答えたら、その狼さんは大きく目を見開いた。
「僕? シロさん……? おい、シロウ! こいつ本当にシリウスか?! そういえばトレードマークの剣も担いでいないじゃないか! こいつ絶対偽者だろう! それとも何か呪いでもかけられてるんじゃないのか!?」
「いや、これで普通に正常だ。あと、この子はシリウスじゃない、スバルだ」
「スバル……? は? どういう事だ!?」
「話せば長くなる。今から長にそれも含めて説明に行こうと思っていた所だ。ロウヤも一緒に来るか?」
狼さんはそれならばと僕達に付いて来た。その狼さん、名前はロウヤさんと言うらしい。ロウヤさんはじろじろと僕の顔を覗き込んでくるので、僕はシロさんの背中へと逃げ込んだ。
「あんまり見るな、スバルが怖がる」
「そうは言われても、どこからどう見ても、こいつはシリウスだろう? なのに別人だって言われても俄かに信じられるか」
「確かに顔はそっくりだが、別人だ。スバルはこの世界に慣れてない。ましてや街にはお前達みたいな大きな獣人はほとんどいないんだ、怯えさせないでくれ」
そう言って、シロさんは僕を抱きあげた。え、ちょっと! 僕、自分の足で歩けるよ!
「一丁前に旦那気取りか、シロウもずいぶん偉くなったもんだな」
「旦那気取りなんじゃなくて、旦那なんだ」
「まだ試練も受けてないのに?」
「それも含めての帰郷だ」
『試練』? 一体なんの話しだろう? 僕、そんな話聞いてないよ? 僕がシロさんを見上げると、シロさんは小さく頷いて笑みを見せた。心配するなってこと? そんなの心配するに決まってるだろ! しかも、いつの間にか僕達大注目で獣人さん達の視線が痛い。良くも悪くも大歓迎はされないだろうって言われていたけど、ちょっと怖い。
シロさんは僕を抱えたまま、ある一軒の大きな家の前に立った。その建物は、周りに立ち並ぶ家々よりも一際大きくて圧倒される。
「ここは?」
「この町の長、一族を纏める族長の家だ。ちなみにロウヤは族長の三番目の息子になる」
「そうなんだ……」と、僕がロウヤさんを見やると、彼はそれに気付いたのか、にっと笑った。
「ロウヤさんとシロさんはお友達?」
「ロウヤは一応、私の弟分だ」
弟分? 弟……という事は歳下? 若いのかな? サイズ的にはシロさんの方が全然小さいし、弟分と言うわりに彼の態度は兄貴分に対するような態度にも見えないんだけど、その辺の関係性よく分からないから、とりあえず黙っとこ。
シロさんは僕を抱っこしたまま家の中に入って行こうとするのだけど、いいのかな? ここ族長さんの家なんだよね? 失礼なんじゃないの?
「僕、おりた方が良くない?」
「いや、番連れはこれが正式な形だから問題ない」
え? そうなの? そういうもの? なんて、思ったんだけど、その理由はすぐに分かった、この家、当たり前だけど大きいんだよ。番相手って基本的に『人』か『半獣人』な訳だろ? 抱っこでもされてないと周りも見えないの。ついでにシロさんは少しサイズが小さいから、抱っこされてても周り、よく見えない……この世界に最初に来た時にも感じた感覚、小さな子供になったような気分だよ。
抱っこされたまま通された部屋の奥、そこには今まで見た事がないくらい大きな大きな獣人さんが座っていた。この集落の獣人さんは最初に思ったとおり、やはりあまり服は着ないみたいで、その大きな狼さんも上半身はそのまま、その大きくてもふもふな体躯を晒している。もう見るからに筋骨隆々でムキムキしているのだけど、その身体は大小傷だらけだ。言われなくても分かるくらいの歴戦の猛者って感じ。
「久しいなシロウ、それにシリウス」
「ご無沙汰をしております、族長」
「そうは言っても二年……三年か、然程の時も経ってはいないが、シロウ、ついにシリウスを手懐けたか」
族長さんはそう言って瞳を細める。そして、そんな族長さんの膝の上にはちょこんと乗っかっている半獣人さんがいる。とても綺麗な顔立ちで、綺麗過ぎて少し冷たい感じ。ぴん! と立った耳が微かに揺れた、あの人は犬かな? 狼かな?
「ねぇ、ラウロ……あの子、シリウスじゃないよ」
綺麗な半獣人さんが族長さんを見上げてそう言った。
「ん? そんな訳ないだろう? いくらわしが歳だと言っても、うちで育った子供の顔を見間違えるほど耄碌しとらん」
「顔は一緒、でもシリウスじゃない」
「なに?」
ラウロと呼ばれた族長さんは、瞳を細めてまじまじと僕を見やった。
「コテツ様もお久しぶりです、ですが何故お分かりになりましたか? この現象は私達にもまだ理解が出来ていないのに……」
「精霊の騒ぎ方が違うもの、シリウスだったら、そんな風に精霊が騒いだりしない」
あぁ、ヨム老師に言われたのと同じだ。この人にも精霊が見えるんだ? 僕には全然見えないけど、やっぱり僕の周りには精霊がいるんだね。
彼が族長さんに「おろして」と一言告げると、族長さんが丁寧に彼をおろし、彼は静かに僕達の方へと歩いて来た。僕にとってはこの世界で二人目の半獣人、凄く綺麗な顔立ちだから、今度こそ女の人かと思ったんだけど、やっぱりその声は男の人の声だった。
シロさんも僕をおろしてくれて、僕はおずおずと彼の前に立つ。すらりとスタイルの良いコテツさん、僕より身長もあるし体付きもがっしりしているのに華奢に見えたのは族長さんの膝の上にいたせいか……コテツさん、族長さんの番相手なのかな?
「ふうん、やっぱり外見はシリウスなんだ」
そう言って彼は僕の顔を覗き込んだ。
「名前は? シリウスでいいの?」
「あ……僕、昴って言います」
「スバル……君はどうしてシリウスの中にいるの? シリウスはどこ?」
「それは僕にも分からないです。ある日目が覚めたらこうなっていて、僕にもどうしてこうなったのかさっぱり分からないんです」
「でも原因はあったはずだろう? 君の元々の肉体はどこ?」
「たぶん、この世界ではない、僕の世界に置き去りなんだと……」
僕の言葉にコテツさんは小首を傾げた。
「別世界?」
「僕の住んでいる世界には獣人も半獣人もいませんし、魔法もなければ精霊なんてモノもいなかったんです。だから僕にとってこの世界は異世界で、どうしてこんな事になっているのか僕にも分かりません」
「なのにシロウと番になったの? それともシリウスとシロウが番になった後でシリウスの体の中に寄生したの?」
寄生って……嫌な言い方だな。僕のこと寄生虫扱い? まるで僕がシリウスさんの体を乗っ取ったとでも思っているみたい……というか、事実そう思っているのかな?
「最近魔物の中にも知恵の働くのが出てきてさ……」
「え?」
「私の張っている魔法障壁は魔物を全部跳ね除けるけど、こんな風に知った者の中に寄生されてちゃ、正常に起動しやしない」
「え? え? ちょ……は!?」
「君、どこから来たの?」
瞳を細めたコテツさんに襟首を掴まれた。待って、待って、僕魔物だと思われてる!?
「うちの村の子供達は全員我が子みたいもんでさ、シリウスを無事に返さないようなら、ただじゃおかないよ」
「な……コテツ様、止めてください! スバルは魔物なんかじゃない!!」
シロさんがコテツさんの腕から攫うようにして僕を抱き上げてくれる。僕はどうしていいか分からなくて、そんなシロさんに縋りついた。
「シロウ、君は騙されている。シリウスがそんな風になってしまった原因は確かにあったはずだよ、それは魔物絡みだったんじゃないのかな?」
「それは……」
シロさんが俄かに口籠った。僕自身は目が覚めたらこうなっていたんだけど、そう言えばシリウスさんは北の祠で魔物と戦っていて返り討ちにあったからこうなったんだったっけ? でも、だからと言って、僕が魔物って……
「シロさん、僕、本当に魔物なんかじゃないから!」
「分かっている、スバル」
シロさんの僕を抱く腕に力が籠った。けれど、そんなシロさんの腕の中から僕の身体はふわりと浮き上がる。
「……!?」
「魔物なのか、そうでないのか、その判断はこちらでするよ」
僕の体の回りにシャボン玉のような透明な膜が張られ、僕はその中に閉じ込められた。透明なその膜は脆そうに見えるのだけど、叩いても蹴ってもびくともしない。
「シロさん! シロさ~ん!!」
もうどうしていいか分からない僕はその透明な壁をぺちぺちと叩く、シロさんも僕の方へと手を伸ばしてくれるのだけど、そのシャボン玉はふわりと浮き上がり、シロさんからどんどん遠ざけられて、僕はへたりこんだ。
こんなのあんまりだ、人の話もがん無視で魔物呼ばわり酷すぎる……
透明な膜の外の景色がぐにゃりと歪んだ、驚いている間もなく僕の視界からシロさんも、コテツさんも、あのお屋敷自体が掻き消えて、僕は小さな部屋の中へと移動していた。
「どこ、ここ? ……うにゃっ!?」
急にシャボン玉の膜が割れて、僕はベッドの上に放り出された。ちょっと扱い手荒じゃない!?
ベッドの上から周りを見渡せば、小さな部屋には小さな窓がひとつだけで出入り口すらありゃしない。その窓ですら鉄格子が嵌っていて完全に閉じ込められた感じだ。
ベッドから飛び降りて窓の外を見れば、窓の向こう側には砂漠が広がり、更にその向こう側には何かおどろおどろしく闇が続いていた。もしかして、あの砂漠の向こう側が、シロさんが言っていた『世界の果て』? 僕、一体どうなっちゃうの!?
それで、僕達の暮らすこの大陸の名前は『ガレリア大陸』って名前。シロさんのお父さんが所属している『ガレリア調査団』はこの大陸の名前から付けられたんだって。要するにこの大陸を代表する調査団って事みたいで、僕達の世界で言うところの国家公務員みたいな扱いらしいよ。凄いね!
世界は幾つかの大陸に分かれていて、その中央に位置している大陸が、皆が目指している中央と呼ばれている場所になる、名前はそのまま中央都市って呼ばれているらしいよ。少しずつだけど、段々この世界の地理が分かってきた気がするよ。まだ知らない事の方が多いけどね! そして、僕達が今目指しているのはシロさんとシリウスさんの故郷、狼の獣人達が暮らす集落。ノースラッドより世界の果てが近いから魔物の数も増えるってシロさんが言っていたんだけど、今現在、僕達二人は魔物に追い掛け回されて大変な事になっているよ!
「シロさ~ん! また、きたぁぁ!!」
街の周辺にも小さな魔物はちょこちょこ出てくるものだから、僕がものは試しと、魔法で蹴散らしてみたら、これが思いの外よく効いて、『これ、もしかしたら魔物退治って楽勝なんじゃね?』なんて最初のうちは思っていたんだけど、段々街から離れるにつれて魔物の数は増えるし、地味に強くなるし、ついでに僕の魔力はあっという間に枯渇するしで、現在僕はシロさんに抱えられての旅路となっている。本当に申し訳ない。
無駄に魔物狩ったりして調子に乗りすぎました、反省してます。だって、あの魔術師さんの所で遭遇した魔物と違って、街周辺にいる魔物って本当に小さくて、いかにも小動物って感じだったものだから、いける! って思ったんだよ……
最初のうちこそシロさんも一緒になって闘ってくれていて、その姿がこれまた予想外に格好良くて、シロさん、格好いい~! なんて見惚れていたんだけど、僕が動けなくなった事で、シロさんの両手も塞がり、今はひたすら逃げの一手だ。足手纏いでごめんなさい、反省してます(二回目)
ちなみにシロさんは『格闘家』だから、自分の体でがちんこ勝負、両手が塞がると戦えないんだよ。ホントごめん。
「はぁ……何とか振り切ったか……」
シロさんが肩で息をしていて、本当に申し訳ない。
「ごめんね、シロさん。僕、そろそろ自分の足で歩けると思うから、おろしてくれていいよ」
「いや、しかしだな……」
「大丈夫だから、ホント、足手纏いでごめんね」
「それで言うなら、これは私のせいでもあるからな、申し訳ない」
「シロさんの? 何が?」
「言っただろう? 私の毛色が目立つんだ、魔物はこの毛色に寄って来る」
あ……そういえばそんな事言ってたっけ。確かに白いの目立つのかな? でもそこまで? 服を着こんで旅装束のマントまで羽織っているシロさんの体毛なんて、顔と手足以外ほとんど見えやしないのに、それって被害妄想じゃない? なんて言ったら、シロさんまた色々と傷付きそうだから黙ってよ。
「じゃあ、お互い様って事で休憩しよ。シロさん疲れただろ?」
「スバルと一緒ならどうという事もないさ」
そんな事を言っていても、疲れているのは分かってる。僕を庇って逃げるから、怪我をしているのも知ってるんだよ。ヒーラーでもあるシロさんは自分で傷も治せるんだけど、せっかく綺麗なシロさんの毛並みが乱れているのも本当に本当に申し訳なくて、僕はその腕をなでなでと撫でやった。
「あとどのくらいで着きそう?」
「もう然程遠くもないさ、ここは既に集落の狩場だからな」
「狩場? 魔物の?」
「あぁ、集落のこちら側は訓練用の子供達の狩場。集落の向こう側が大人達の狩場だ」
「何が違うの?」
「魔物の種類が違う、集落の向こう側は『世界の果て』だからな、より強い魔物が出る。こちら側は大人達が目こぼしした小物がほとんどだ」
「もしかして、さっきまでのって小物? なの?」
「逃げ切れる程度の魔物なら、小物と言っていいだろうな」
それは強い魔物だったら逃げ切れないし、倒すしかないって事? 結構ヘビーな世界だな、生傷絶えなさそう。
「シロさんとシリウスさんはこんな所で暮らしてたんだ、怖くないの?」
「生まれた時からそうだからな、怖いと思った事はない」
そんなもんなんだ。僕は最初がノースラッドの街だから、こんな魔物だらけの場所、住みたいとも思わないけど。
「シロさんは、ここで生まれたの?」
「あぁ、そうだ。父が母を中央から連れ帰り、私はこの集落で生まれ落ちた。中央育ちの母はずいぶんこの地を恐れていたが、その頃は父も集落で暮らしていて全力で母を守っていたからな。そんな母も、もう亡くなって久しいのだが」
「シロさんのお父さんはお母さんが亡くなったから出て行ったの?」
「まぁ、恐らくそうなのだろうな。父ならば次の番相手を中央に探しにも行けただろうが、番相手は母だけでいいと言って、ガレリア調査団の一員になったんだ。何かしていなければ心の穴が埋められなかったのだろう。それくらい父は母を愛していた」
ビットさんは『人』の事を『生む道具』みたいに言ったけれど、シロさんはそんな言葉は決して口にしなかった。きっとシロさんは両親に愛されて育ったんだろうね。寿命の長さの違う種族の交わり、それがこの世界の必然なのだろうけど、一緒の時間を過せない、刹那の時間の交わりでも、そこにちゃんと愛は育つんだ。
「シロさんも、それくらい僕を愛してくれる?」
「それは勿論そのつもりだ」
僕は思わずにへらと笑ってしまう。僕は自分が愛情に縁の薄い人間だと思っていた、そんな風に愛される事など一生ないのだと諦めていた。家族の愛をほとんど知らない僕にはシロさんのその言葉が嬉しくて仕方がないよ。
「僕もシロさんが大好きだよ」
思わずもふっとその胸に抱き付いたら、少し驚いたようだったけれど、やはりいつものようにその大きな手でシロさんは優しく僕の髪を撫でてくれた。
集落に近付くにつれ、だんだん魔物の数が減ってきた。魔物にだってある程度の危機意識はあるみたいで、集落の近くは危険な場所だってちゃんと分かっているんだね。
「見えてきたぞ、スバル」
シロさんが指差した先、そこは堅固な壁の立ちはだかる城塞のような集落だった。ノースラッド程大きな街ではないけれど、そこそこ大きそうだ。
「あの壁は、魔物避け?」
「あぁ、何度も言うが世界の果てが近いからな、物理的な壁も勿論だが魔法障壁も完璧だ」
魔法障壁……そうか、そうだよね。この世界、剣と魔法の世界だもの、そんな物だってあるよね。
僕達は手を繋いで歩いて行く、町はだいぶ近くに見えたんだけど、歩いても歩いても辿り着かなくて、変だな……? と、思って気が付いた。僕は僕の感覚で町との距離を測ってたんだけど、違うんだよサイズが……当たり前の話だったんだけど、思わず失念していたんだよね、町が僕のサイズじゃない。
「でっか……!」
門がね、すでに大きいんだよ。そして、覗き込んだ町の中は、本当に何もかもがでかかった。
「うわぁ……」
僕は思わず言葉に詰まる。だってノースラッドの街はまだ僕に優しいサイズの街だったのに、この町全然その優しさがない。まるで巨人の国に迷い込んだ小人の気分だよ!
「スバル、こっちだ」
シロさんに促されて僕は歩いて行く、何もかもが大き過ぎて上を向いて歩かなければならない僕は首が痛くなりそうだよ。町の中にはシロさんの言う通り、シロさんの倍以上のサイズの獣人さん達がごろごろしていて、本当にいる所にはいるんだな……と、改めて驚いてしまった。
あと、もうひとつ驚いた事はここの獣人さん達、服着てない。下は穿いてるんだよ、それでも短パンみたいな短いの。上はベストみたいなのをさらっと羽織っている人もたまに居るくらいで街の人達みたいにきっちり服を着込んでる獣人さんなんて一人もいなかった。
「シロウ……? それにシリウスか!?」
突然かけられた声に振り向いたら、そこに居たのは大きな体躯の狼さん。まぁね、ここ狼の暮らす集落だし、住んでいるのは全員狼だよね。本当に真っ白な体毛はシロさんだけで、皆見事に黒から銀灰色で、それはそれで綺麗だけど、僕はやっぱりシロさんが一番綺麗だと思う。
相手が誰なのか分からない僕は、ついシロさんの後ろに隠れてしまうのだが、相手は僕のそんな態度に怪訝そうな表情を見せた。
「シリウスどうしたんだ? なんかおかしくないか?」
「あぁ……久しぶりだな、ロウヤ。これにはちょっとした理由があってな……」
「理由……? あれ? お前達……」
「ちょっと前に正式に番になった」
「マジか! それでシリウスのその態度か!」
「いや、それとこれとはまた別で……」
「歯切れが悪いな、お前は相変わらずどこか頼りないな。よくそれでシリウスと番になれたな。なぁ、シリウス? お前本当に、こいつでいいのか?」
話をふられてどう答えていいのか分からなかった僕はシロさんを見上げる。シロさんも少し困り顔だ。
「後悔してたりするんじゃないか? 大丈夫か?」
なおも言い募るそのロウヤと呼ばれた狼さんに「僕はシロさんがいいんです」と、小さな声で答えたら、その狼さんは大きく目を見開いた。
「僕? シロさん……? おい、シロウ! こいつ本当にシリウスか?! そういえばトレードマークの剣も担いでいないじゃないか! こいつ絶対偽者だろう! それとも何か呪いでもかけられてるんじゃないのか!?」
「いや、これで普通に正常だ。あと、この子はシリウスじゃない、スバルだ」
「スバル……? は? どういう事だ!?」
「話せば長くなる。今から長にそれも含めて説明に行こうと思っていた所だ。ロウヤも一緒に来るか?」
狼さんはそれならばと僕達に付いて来た。その狼さん、名前はロウヤさんと言うらしい。ロウヤさんはじろじろと僕の顔を覗き込んでくるので、僕はシロさんの背中へと逃げ込んだ。
「あんまり見るな、スバルが怖がる」
「そうは言われても、どこからどう見ても、こいつはシリウスだろう? なのに別人だって言われても俄かに信じられるか」
「確かに顔はそっくりだが、別人だ。スバルはこの世界に慣れてない。ましてや街にはお前達みたいな大きな獣人はほとんどいないんだ、怯えさせないでくれ」
そう言って、シロさんは僕を抱きあげた。え、ちょっと! 僕、自分の足で歩けるよ!
「一丁前に旦那気取りか、シロウもずいぶん偉くなったもんだな」
「旦那気取りなんじゃなくて、旦那なんだ」
「まだ試練も受けてないのに?」
「それも含めての帰郷だ」
『試練』? 一体なんの話しだろう? 僕、そんな話聞いてないよ? 僕がシロさんを見上げると、シロさんは小さく頷いて笑みを見せた。心配するなってこと? そんなの心配するに決まってるだろ! しかも、いつの間にか僕達大注目で獣人さん達の視線が痛い。良くも悪くも大歓迎はされないだろうって言われていたけど、ちょっと怖い。
シロさんは僕を抱えたまま、ある一軒の大きな家の前に立った。その建物は、周りに立ち並ぶ家々よりも一際大きくて圧倒される。
「ここは?」
「この町の長、一族を纏める族長の家だ。ちなみにロウヤは族長の三番目の息子になる」
「そうなんだ……」と、僕がロウヤさんを見やると、彼はそれに気付いたのか、にっと笑った。
「ロウヤさんとシロさんはお友達?」
「ロウヤは一応、私の弟分だ」
弟分? 弟……という事は歳下? 若いのかな? サイズ的にはシロさんの方が全然小さいし、弟分と言うわりに彼の態度は兄貴分に対するような態度にも見えないんだけど、その辺の関係性よく分からないから、とりあえず黙っとこ。
シロさんは僕を抱っこしたまま家の中に入って行こうとするのだけど、いいのかな? ここ族長さんの家なんだよね? 失礼なんじゃないの?
「僕、おりた方が良くない?」
「いや、番連れはこれが正式な形だから問題ない」
え? そうなの? そういうもの? なんて、思ったんだけど、その理由はすぐに分かった、この家、当たり前だけど大きいんだよ。番相手って基本的に『人』か『半獣人』な訳だろ? 抱っこでもされてないと周りも見えないの。ついでにシロさんは少しサイズが小さいから、抱っこされてても周り、よく見えない……この世界に最初に来た時にも感じた感覚、小さな子供になったような気分だよ。
抱っこされたまま通された部屋の奥、そこには今まで見た事がないくらい大きな大きな獣人さんが座っていた。この集落の獣人さんは最初に思ったとおり、やはりあまり服は着ないみたいで、その大きな狼さんも上半身はそのまま、その大きくてもふもふな体躯を晒している。もう見るからに筋骨隆々でムキムキしているのだけど、その身体は大小傷だらけだ。言われなくても分かるくらいの歴戦の猛者って感じ。
「久しいなシロウ、それにシリウス」
「ご無沙汰をしております、族長」
「そうは言っても二年……三年か、然程の時も経ってはいないが、シロウ、ついにシリウスを手懐けたか」
族長さんはそう言って瞳を細める。そして、そんな族長さんの膝の上にはちょこんと乗っかっている半獣人さんがいる。とても綺麗な顔立ちで、綺麗過ぎて少し冷たい感じ。ぴん! と立った耳が微かに揺れた、あの人は犬かな? 狼かな?
「ねぇ、ラウロ……あの子、シリウスじゃないよ」
綺麗な半獣人さんが族長さんを見上げてそう言った。
「ん? そんな訳ないだろう? いくらわしが歳だと言っても、うちで育った子供の顔を見間違えるほど耄碌しとらん」
「顔は一緒、でもシリウスじゃない」
「なに?」
ラウロと呼ばれた族長さんは、瞳を細めてまじまじと僕を見やった。
「コテツ様もお久しぶりです、ですが何故お分かりになりましたか? この現象は私達にもまだ理解が出来ていないのに……」
「精霊の騒ぎ方が違うもの、シリウスだったら、そんな風に精霊が騒いだりしない」
あぁ、ヨム老師に言われたのと同じだ。この人にも精霊が見えるんだ? 僕には全然見えないけど、やっぱり僕の周りには精霊がいるんだね。
彼が族長さんに「おろして」と一言告げると、族長さんが丁寧に彼をおろし、彼は静かに僕達の方へと歩いて来た。僕にとってはこの世界で二人目の半獣人、凄く綺麗な顔立ちだから、今度こそ女の人かと思ったんだけど、やっぱりその声は男の人の声だった。
シロさんも僕をおろしてくれて、僕はおずおずと彼の前に立つ。すらりとスタイルの良いコテツさん、僕より身長もあるし体付きもがっしりしているのに華奢に見えたのは族長さんの膝の上にいたせいか……コテツさん、族長さんの番相手なのかな?
「ふうん、やっぱり外見はシリウスなんだ」
そう言って彼は僕の顔を覗き込んだ。
「名前は? シリウスでいいの?」
「あ……僕、昴って言います」
「スバル……君はどうしてシリウスの中にいるの? シリウスはどこ?」
「それは僕にも分からないです。ある日目が覚めたらこうなっていて、僕にもどうしてこうなったのかさっぱり分からないんです」
「でも原因はあったはずだろう? 君の元々の肉体はどこ?」
「たぶん、この世界ではない、僕の世界に置き去りなんだと……」
僕の言葉にコテツさんは小首を傾げた。
「別世界?」
「僕の住んでいる世界には獣人も半獣人もいませんし、魔法もなければ精霊なんてモノもいなかったんです。だから僕にとってこの世界は異世界で、どうしてこんな事になっているのか僕にも分かりません」
「なのにシロウと番になったの? それともシリウスとシロウが番になった後でシリウスの体の中に寄生したの?」
寄生って……嫌な言い方だな。僕のこと寄生虫扱い? まるで僕がシリウスさんの体を乗っ取ったとでも思っているみたい……というか、事実そう思っているのかな?
「最近魔物の中にも知恵の働くのが出てきてさ……」
「え?」
「私の張っている魔法障壁は魔物を全部跳ね除けるけど、こんな風に知った者の中に寄生されてちゃ、正常に起動しやしない」
「え? え? ちょ……は!?」
「君、どこから来たの?」
瞳を細めたコテツさんに襟首を掴まれた。待って、待って、僕魔物だと思われてる!?
「うちの村の子供達は全員我が子みたいもんでさ、シリウスを無事に返さないようなら、ただじゃおかないよ」
「な……コテツ様、止めてください! スバルは魔物なんかじゃない!!」
シロさんがコテツさんの腕から攫うようにして僕を抱き上げてくれる。僕はどうしていいか分からなくて、そんなシロさんに縋りついた。
「シロウ、君は騙されている。シリウスがそんな風になってしまった原因は確かにあったはずだよ、それは魔物絡みだったんじゃないのかな?」
「それは……」
シロさんが俄かに口籠った。僕自身は目が覚めたらこうなっていたんだけど、そう言えばシリウスさんは北の祠で魔物と戦っていて返り討ちにあったからこうなったんだったっけ? でも、だからと言って、僕が魔物って……
「シロさん、僕、本当に魔物なんかじゃないから!」
「分かっている、スバル」
シロさんの僕を抱く腕に力が籠った。けれど、そんなシロさんの腕の中から僕の身体はふわりと浮き上がる。
「……!?」
「魔物なのか、そうでないのか、その判断はこちらでするよ」
僕の体の回りにシャボン玉のような透明な膜が張られ、僕はその中に閉じ込められた。透明なその膜は脆そうに見えるのだけど、叩いても蹴ってもびくともしない。
「シロさん! シロさ~ん!!」
もうどうしていいか分からない僕はその透明な壁をぺちぺちと叩く、シロさんも僕の方へと手を伸ばしてくれるのだけど、そのシャボン玉はふわりと浮き上がり、シロさんからどんどん遠ざけられて、僕はへたりこんだ。
こんなのあんまりだ、人の話もがん無視で魔物呼ばわり酷すぎる……
透明な膜の外の景色がぐにゃりと歪んだ、驚いている間もなく僕の視界からシロさんも、コテツさんも、あのお屋敷自体が掻き消えて、僕は小さな部屋の中へと移動していた。
「どこ、ここ? ……うにゃっ!?」
急にシャボン玉の膜が割れて、僕はベッドの上に放り出された。ちょっと扱い手荒じゃない!?
ベッドの上から周りを見渡せば、小さな部屋には小さな窓がひとつだけで出入り口すらありゃしない。その窓ですら鉄格子が嵌っていて完全に閉じ込められた感じだ。
ベッドから飛び降りて窓の外を見れば、窓の向こう側には砂漠が広がり、更にその向こう側には何かおどろおどろしく闇が続いていた。もしかして、あの砂漠の向こう側が、シロさんが言っていた『世界の果て』? 僕、一体どうなっちゃうの!?
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