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運命に祝福を
運命に祝福を ②
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瞳を見つめて唇を重ねる。とても綺麗なアメジスト色の瞳が俺だけを見つめている。
「んっ、ふぅん……っは……」
何度も何度も舌を絡め口付けを繰り返していると、少し息が上がった。ユリウスが俺を見ている。俺だけを見てくれている。それがもう俺は嬉しくて仕方がない。
けれど唇が離れると彼は少しだけ戸惑い顔だ。俺はそんな彼の表情に不安を覚える。お互いの心の内を確認したつもりでも、相手の本心が見える訳ではない、いくら口では愛を囁かれてもそれが本心なのかどうかなんて俺には分からないんだ。
「ユリ……」
「君は、もしかして、私を抱きたいと思っていたりするのか?」
「え……?」
「さっき壁に押し付けられた時、身の危険を感じた。そんな風に君は私を……?」
ユリウスの戸惑い顔の理由はそんな事? 確かに今の俺なら彼を押し倒して、彼が俺にしたように無理矢理抱く事も出来ると思う、けれど俺はそんな事を望んでいる訳じゃない。
「嫌だった?」
「考えた事がなかった。アルファというのは無条件で抱く側で、誰かに抱かれるという選択肢なんてありはしない。だから、傲慢かもしれないが、私は今まで一度もそんな事を考えた事がなかったんだ。だがそう言えばアルファであるツキノはオメガのカイトの子をその腹に宿していたんだったな、そんな事も綺麗に忘れていたが……」
「俺に抱かれてみる? 俺の方は望む所だけど」
「君がそれを望むなら……」
へぇ、そんな殊勝な事を言うんだ……と、俺は再び彼を押し倒した。
「後悔しても知らないよ?」
「もう後悔は嫌というほどしてきている、今更ひとつやふたつ増えた所でどうという事もない。それに君には私を好き勝手にする権利がある。私はそれだけの事を君にした」
「別に気にする必要ないよ、俺が好きでやっていた事だ」
「だが……」
黙れとばかりに口付けた、この優しい男はきっと後悔を重ね、俺に嫌われようと今まで俺にきつく当たってきたのだろう。だけど、それくらいの事で俺はあなたを諦めない。そんな時期はもうとっくに過ぎている。
「名前を呼んで……」
「ノエル」
「もっとだよ、ユリ兄」
「ノエル、本当にすまなかった」
「俺が聞きたいのはそんな言葉じゃないよ。俺を愛して、誰よりも好きだと言って」
情けない顔で俺の顔を見ていたユリウスが俺の傷だらけの身体を撫でて瞳を伏せた。そこに残るのはあの事件の折にユリウスの仲間たちに付けられた傷だ。
「これ、自分のせいだと思ってる?」
俺が自身の腹の傷を撫でるようにして言うと「実際そうだろう」とユリウスが眉根を寄せて苦しそうな表情を見せるので、俺はそんな彼が愛しくて彼の頬に口付けた。
「もう痛みもしないし、気にしなくていいのに」
「でも……」
「あなたのために負った傷は全部俺の勲章だよ」
今度は俺が彼の身体を撫で、愛撫を繰り返すと「もっと乱暴にしてもらっても構わない。私が君にしたように、もっと乱暴に抱いてくれ」とユリウスは懇願するように俺に言う。
「ふふ、なんで? 俺はそんなの望んじゃいないし、俺の好きにしても良いって言ったのはユリ兄の方だ」
「だが、そんなに優しく抱かれたら居たたまれない」
「俺は俺の好きなようにする、ユリ兄は黙って俺のする事を素直に受け入れてくれればそれでいい」
彼の下肢に顔を埋めて、彼の男根を舐めあげると、またしても彼は切なげな吐息を零す。俺が調子に乗ってそれを何度も繰り返すと彼は悲鳴をあげるようにして達ってしまった。
「あっは、元気だね」
顔にかけられたその精液を指でぬぐい取って、これ見よがしに舐め上げると、彼は小さく首を振って瞳をそらした。無理やり咥えさせられた事はあったけど、自発的にやったのは初めてだったんだ、感じてくれて嬉しいよ。
「それに、まだまだ元気そう」
彼の男根は精液を吐き出してもまだ雄々しく立ち上がり上を向く。俺はそれを撫でて彼の上へと乗り上げた。
「え……ノエル、君?」
「んっふ、いけるかな?」
彼の腰に跨って自身の中に彼を埋め込む、まったく衰えていなかったソレは俺の中に楔を打ち込んだ。
「なんで……」
「俺はね、今までもずっとあなたを抱いてるつもりで抱かれてた。それはこれからも変わらない。俺はあなたに抱かれているのじゃなく、こうしてここでユリ兄を抱いているんだ」
「君は……」
「もう泣かなくていいよ、俺がずっと付いてるから。あなたは1人なんかじゃない」
ゆるりゆるりと腰を揺らす。こんなに穏やかな性交は初めてだ。ユリ兄が俺の腰を抱き込み胸に顔を埋めてまた静かに泣き出した。俺はそんな彼の頭を抱いて金色に輝く彼の髪をずっと黙って撫でていた。
きみのみむねに いだかれて
ねむるわがこの さちねがい
よあけをねがい たてまつる
「ノエル君、その歌……」
「あ、ごめんうるさかった?」
情事の名残をそのままに膝の上に彼の頭を乗せてその髪を撫でながらつい口ずさんでいた歌はリリーが教えてくれた子守唄だ。ユリウスはもうすっかり寝入ったものだと思っていたので、ついうっかりした。
「いえ、ですが母以外にその唄をそんな風に歌っている人を聞いたのは初めてで……」
「そうなんだ、でもそうかもね。リアンさんはこの曲を忘れられた古の民謡だって言っていた。だからもう知っている人は少ないのかもしれないね」
「私はこの曲を呪いの唄だと聞きました」
「呪いの? なんで? どう考えてもおかしいだろ? 歌詞を見るだけでも分かる、これは愛しい我が子を想う子守唄だ」
「私もずっとそう思っていた、ですがアギトはその唄には呪いがかかっているのだと……」
「へぇ、何の呪い?」
俺の何気ない言葉にユリ兄は瞬間言葉に詰まったあと「何でしょうかね?」と、俺の腹に顔を埋めた。
「でもさ、俺もこれは最初神様を称える唄だって思ってたんだ。でもどうやら違ったみたいで、なんだか不思議だよね、何で同じ曲が色々な意味を持って色んな場所で歌われているんだろう? 伝え方が違うだけで受け取り方は様々で解釈の違いもたくさんあって、それが多様性なんだと思うけど、真逆の意味で捉えられちゃうのとか嫌だよね。こういうのも広い意味では争いの種になったりするのかな? だとしたらそれはとても悲しいよね。俺さ、なんかこの曲は好きなんだ、だから呪いになんて絶対ならないよ」
俺の腹に顔を埋めていたユリウスがそっと俺を見上げて「ずっと聞きたいと思っていた事がある」と上体を起こした。
「ん? なに?」
「君が教会で腹を刺された時、君は私に『いいよ』と言った。あれはどういう意味だったんですか?」
はて? そんな事があっただろうか? まるで覚えていない記憶を反芻するように俺は首を傾げる。
正直あの時の記憶は俺の中にはあまり残っていないのだ。ただ、ようやく彼に触れることができて嬉しかった事だけは覚えてる。
「俺、そんな事言ったかな?」
「はい、はっきりと。私はあの時のあなたの笑みとその言葉がどうしても忘れられなくて……」
そんなに難しく考えるような言葉じゃなかったと思う、色々言いたい事はあったと思うのだが、泣きそうな彼の顔を見ていたらたぶんどうでも良くなったのだ。
「泣かなくていいよ」
「え……」
「何も心配しなくていいよ、大丈夫だよ、会えて嬉しいよ、大好きだよ……が、全部合わさった『いいよ』だと思う。本当は恨み辛みも言おうと思ってたと思うんだけど、ユリ兄の顔見たら全部どうでも良くなって全部許してた、だから『いいよ』だったんじゃないかな」
ユリウスの顔がまたくしゃりと歪んだ。
「君はどこまで私を甘やかすつもりなんだ……」
「別に甘やかしてるつもりはないんだけどな。だけど、ユリ兄はそのままでいいんだよ、もう頑張らなくていいからね」
瞬間、驚いたような表情のユリウスは幼子が泣きだしそうな顔をしている。
「はは、男前が台無しだ」
「ずっと待っていたのです」
「ん?」
「泣きながら膝を抱えてずっと……」
誰を? と思いはしたが、俺は黙ってユリウスの言葉に耳を傾ける。
「忘れていたのですよ、ちゃんと迎えに来てくれたのに、私はそれを忘れていた。呪いなんて言葉に踊らされて、勝手に傷付き恨んでしまった……」
ユリウスは「本当に……私は愚か者だ」と、また俺の腹に顔を埋める。俺は彼が何にそんなに落ち込んだのか分からないのだが、もう一度子守唄を歌ってほしいと彼が言うので、俺は彼の髪を撫でながら彼が深く寝付くまでその子守唄を歌ってあげた。
その後しばらくして俺は騎士団を辞め、小さな部屋を引き払いイリヤを出た。
誰にも行き先を告げずに失踪した形だけれど、俺のもとには時々手紙が届く。誰が届けてくれているのか分からないのだが、どこに越してもその手紙は届けられるので、どこかの誰かがきっと俺達の所在を把握しているのだろう。
最初は警戒していた俺達だったのだけれど、追っ手がかかるような事もなく、俺達は小さな村の一軒家で今は穏やかに暮らしている。
「ユリ、また手紙が届いたよ」
「今日は誰から?」
「ルーンのアジェ様から、母さんからの手紙も一緒に入ってた」
「そうか」と、俺の伴侶となった男は微かに瞳を伏せた。彼は俺が故郷に帰ることも出来ない生活を送っている事を未だに申し訳ないと思っているようで、時々こうやって瞳を翳らせるのだ。
「もう、そんな顔しない! それより凄い、大ニュース! ロディ様がご結婚だよ、お相手は誰だと思う?」
「え……? 私の知っている人ですか?」
「うん、よく知ってる人」
俺はもう一度手紙に瞳を落として、安堵する。
俺は散々彼女を傷付けてきた、イリヤを出る時も結局彼女には別れも告げずに出てきてしまった。
最後に彼女に会った時、彼女は何かを悟ったような瞳で「お元気で」と、そう言ったのだ。
「またね」でも「さようなら」でもなく「お元気で」だった事に彼女はもしかしたら俺の決意に気付いていたのではないかと思っている。
「誰だろう? ヒントは?」
「きっと、ユリにとっても大切な人……」
少し考え込む素振りの、ユリウスに俺は笑みを零す。
「ノエル! 父さん! ただいまっ!」
元気よく家に飛び込んでくるのは息子のノーア。言葉の少なかった彼も、俺達と穏やかに暮らすようになってから、少しずつ言葉が増えて、今ではその辺の子供と大差のない成長を続けている。
ノーアの中に住んでいるあの人ならざるモノは、あの日以来表に出てきた事は一度もない。それは宣言通りにノーアの中でノーアとして人生を謳歌している証拠なのか、それは俺には到底分からないのだが、今はノーアが笑っているのでそれでよしとする。
「コレ見て! 凄くない!? 大きいだろ! オレのが一番大きいの!」
友達と川釣りに出掛けていた息子は嬉々とした様子でその釣果を見せてよこすので、今日の晩御飯は魚尽くしかなと、俺は晩飯へと思いを馳せる。
「ノーア、ノエルの事は母さんと呼びなさいと、何度言えば分かるんだ!」
「ユリ、それ無理があるから止めてって俺が止めたんだからやめてよ」
「え~? オレはどっちでもいいよ? ノエルはノエルだし」
こんな会話が日常になって、俺はユリウスの言葉に苦笑する。
「これは大事な事なんだ、立場は明確にしておかなければいけない」
「立場って……もしかしてユリって、本気でノーアを恋敵だとでも思ってるの?」
彼はふいと瞳を逸らす、沈黙は肯定。俺は思わず吹き出した。
「ないない、ホントないから。妬いてくれるの嬉しいけど、大人気ないよ、ユリ」
「ノーアは私の子だから油断ならない。血が繋がっている訳でもなし、万が一があると困る」
「そういえば昔、じいちゃんにユリはマザコンだって言われてたっけ」
またしても沈黙、そしてまた瞳を逸らした。あはは、なんか可笑しいの。
俺達の会話の向こう側で、ノーアが少しだけ大人びた表情で笑みを浮かべている。きっとないよ、絶対ない。だって彼は貴方の幸せを祈っている。貴方がこれ以上苦しむ事を彼は望まないし決してしやしない。
たくさんの苦しみがあった、たくさんの想いが交錯して、たくさん涙を流したけれど、今、俺達はこうやって穏やかに笑っている。
運命は時に残酷で抗えない波のように俺達を襲うけれど、もう決してそんな運命に屈する事はないと俺は心に誓う。
俺は祈り続ける、全ての運命に限りない祝福を……
「んっ、ふぅん……っは……」
何度も何度も舌を絡め口付けを繰り返していると、少し息が上がった。ユリウスが俺を見ている。俺だけを見てくれている。それがもう俺は嬉しくて仕方がない。
けれど唇が離れると彼は少しだけ戸惑い顔だ。俺はそんな彼の表情に不安を覚える。お互いの心の内を確認したつもりでも、相手の本心が見える訳ではない、いくら口では愛を囁かれてもそれが本心なのかどうかなんて俺には分からないんだ。
「ユリ……」
「君は、もしかして、私を抱きたいと思っていたりするのか?」
「え……?」
「さっき壁に押し付けられた時、身の危険を感じた。そんな風に君は私を……?」
ユリウスの戸惑い顔の理由はそんな事? 確かに今の俺なら彼を押し倒して、彼が俺にしたように無理矢理抱く事も出来ると思う、けれど俺はそんな事を望んでいる訳じゃない。
「嫌だった?」
「考えた事がなかった。アルファというのは無条件で抱く側で、誰かに抱かれるという選択肢なんてありはしない。だから、傲慢かもしれないが、私は今まで一度もそんな事を考えた事がなかったんだ。だがそう言えばアルファであるツキノはオメガのカイトの子をその腹に宿していたんだったな、そんな事も綺麗に忘れていたが……」
「俺に抱かれてみる? 俺の方は望む所だけど」
「君がそれを望むなら……」
へぇ、そんな殊勝な事を言うんだ……と、俺は再び彼を押し倒した。
「後悔しても知らないよ?」
「もう後悔は嫌というほどしてきている、今更ひとつやふたつ増えた所でどうという事もない。それに君には私を好き勝手にする権利がある。私はそれだけの事を君にした」
「別に気にする必要ないよ、俺が好きでやっていた事だ」
「だが……」
黙れとばかりに口付けた、この優しい男はきっと後悔を重ね、俺に嫌われようと今まで俺にきつく当たってきたのだろう。だけど、それくらいの事で俺はあなたを諦めない。そんな時期はもうとっくに過ぎている。
「名前を呼んで……」
「ノエル」
「もっとだよ、ユリ兄」
「ノエル、本当にすまなかった」
「俺が聞きたいのはそんな言葉じゃないよ。俺を愛して、誰よりも好きだと言って」
情けない顔で俺の顔を見ていたユリウスが俺の傷だらけの身体を撫でて瞳を伏せた。そこに残るのはあの事件の折にユリウスの仲間たちに付けられた傷だ。
「これ、自分のせいだと思ってる?」
俺が自身の腹の傷を撫でるようにして言うと「実際そうだろう」とユリウスが眉根を寄せて苦しそうな表情を見せるので、俺はそんな彼が愛しくて彼の頬に口付けた。
「もう痛みもしないし、気にしなくていいのに」
「でも……」
「あなたのために負った傷は全部俺の勲章だよ」
今度は俺が彼の身体を撫で、愛撫を繰り返すと「もっと乱暴にしてもらっても構わない。私が君にしたように、もっと乱暴に抱いてくれ」とユリウスは懇願するように俺に言う。
「ふふ、なんで? 俺はそんなの望んじゃいないし、俺の好きにしても良いって言ったのはユリ兄の方だ」
「だが、そんなに優しく抱かれたら居たたまれない」
「俺は俺の好きなようにする、ユリ兄は黙って俺のする事を素直に受け入れてくれればそれでいい」
彼の下肢に顔を埋めて、彼の男根を舐めあげると、またしても彼は切なげな吐息を零す。俺が調子に乗ってそれを何度も繰り返すと彼は悲鳴をあげるようにして達ってしまった。
「あっは、元気だね」
顔にかけられたその精液を指でぬぐい取って、これ見よがしに舐め上げると、彼は小さく首を振って瞳をそらした。無理やり咥えさせられた事はあったけど、自発的にやったのは初めてだったんだ、感じてくれて嬉しいよ。
「それに、まだまだ元気そう」
彼の男根は精液を吐き出してもまだ雄々しく立ち上がり上を向く。俺はそれを撫でて彼の上へと乗り上げた。
「え……ノエル、君?」
「んっふ、いけるかな?」
彼の腰に跨って自身の中に彼を埋め込む、まったく衰えていなかったソレは俺の中に楔を打ち込んだ。
「なんで……」
「俺はね、今までもずっとあなたを抱いてるつもりで抱かれてた。それはこれからも変わらない。俺はあなたに抱かれているのじゃなく、こうしてここでユリ兄を抱いているんだ」
「君は……」
「もう泣かなくていいよ、俺がずっと付いてるから。あなたは1人なんかじゃない」
ゆるりゆるりと腰を揺らす。こんなに穏やかな性交は初めてだ。ユリ兄が俺の腰を抱き込み胸に顔を埋めてまた静かに泣き出した。俺はそんな彼の頭を抱いて金色に輝く彼の髪をずっと黙って撫でていた。
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「ノエル君、その歌……」
「あ、ごめんうるさかった?」
情事の名残をそのままに膝の上に彼の頭を乗せてその髪を撫でながらつい口ずさんでいた歌はリリーが教えてくれた子守唄だ。ユリウスはもうすっかり寝入ったものだと思っていたので、ついうっかりした。
「いえ、ですが母以外にその唄をそんな風に歌っている人を聞いたのは初めてで……」
「そうなんだ、でもそうかもね。リアンさんはこの曲を忘れられた古の民謡だって言っていた。だからもう知っている人は少ないのかもしれないね」
「私はこの曲を呪いの唄だと聞きました」
「呪いの? なんで? どう考えてもおかしいだろ? 歌詞を見るだけでも分かる、これは愛しい我が子を想う子守唄だ」
「私もずっとそう思っていた、ですがアギトはその唄には呪いがかかっているのだと……」
「へぇ、何の呪い?」
俺の何気ない言葉にユリ兄は瞬間言葉に詰まったあと「何でしょうかね?」と、俺の腹に顔を埋めた。
「でもさ、俺もこれは最初神様を称える唄だって思ってたんだ。でもどうやら違ったみたいで、なんだか不思議だよね、何で同じ曲が色々な意味を持って色んな場所で歌われているんだろう? 伝え方が違うだけで受け取り方は様々で解釈の違いもたくさんあって、それが多様性なんだと思うけど、真逆の意味で捉えられちゃうのとか嫌だよね。こういうのも広い意味では争いの種になったりするのかな? だとしたらそれはとても悲しいよね。俺さ、なんかこの曲は好きなんだ、だから呪いになんて絶対ならないよ」
俺の腹に顔を埋めていたユリウスがそっと俺を見上げて「ずっと聞きたいと思っていた事がある」と上体を起こした。
「ん? なに?」
「君が教会で腹を刺された時、君は私に『いいよ』と言った。あれはどういう意味だったんですか?」
はて? そんな事があっただろうか? まるで覚えていない記憶を反芻するように俺は首を傾げる。
正直あの時の記憶は俺の中にはあまり残っていないのだ。ただ、ようやく彼に触れることができて嬉しかった事だけは覚えてる。
「俺、そんな事言ったかな?」
「はい、はっきりと。私はあの時のあなたの笑みとその言葉がどうしても忘れられなくて……」
そんなに難しく考えるような言葉じゃなかったと思う、色々言いたい事はあったと思うのだが、泣きそうな彼の顔を見ていたらたぶんどうでも良くなったのだ。
「泣かなくていいよ」
「え……」
「何も心配しなくていいよ、大丈夫だよ、会えて嬉しいよ、大好きだよ……が、全部合わさった『いいよ』だと思う。本当は恨み辛みも言おうと思ってたと思うんだけど、ユリ兄の顔見たら全部どうでも良くなって全部許してた、だから『いいよ』だったんじゃないかな」
ユリウスの顔がまたくしゃりと歪んだ。
「君はどこまで私を甘やかすつもりなんだ……」
「別に甘やかしてるつもりはないんだけどな。だけど、ユリ兄はそのままでいいんだよ、もう頑張らなくていいからね」
瞬間、驚いたような表情のユリウスは幼子が泣きだしそうな顔をしている。
「はは、男前が台無しだ」
「ずっと待っていたのです」
「ん?」
「泣きながら膝を抱えてずっと……」
誰を? と思いはしたが、俺は黙ってユリウスの言葉に耳を傾ける。
「忘れていたのですよ、ちゃんと迎えに来てくれたのに、私はそれを忘れていた。呪いなんて言葉に踊らされて、勝手に傷付き恨んでしまった……」
ユリウスは「本当に……私は愚か者だ」と、また俺の腹に顔を埋める。俺は彼が何にそんなに落ち込んだのか分からないのだが、もう一度子守唄を歌ってほしいと彼が言うので、俺は彼の髪を撫でながら彼が深く寝付くまでその子守唄を歌ってあげた。
その後しばらくして俺は騎士団を辞め、小さな部屋を引き払いイリヤを出た。
誰にも行き先を告げずに失踪した形だけれど、俺のもとには時々手紙が届く。誰が届けてくれているのか分からないのだが、どこに越してもその手紙は届けられるので、どこかの誰かがきっと俺達の所在を把握しているのだろう。
最初は警戒していた俺達だったのだけれど、追っ手がかかるような事もなく、俺達は小さな村の一軒家で今は穏やかに暮らしている。
「ユリ、また手紙が届いたよ」
「今日は誰から?」
「ルーンのアジェ様から、母さんからの手紙も一緒に入ってた」
「そうか」と、俺の伴侶となった男は微かに瞳を伏せた。彼は俺が故郷に帰ることも出来ない生活を送っている事を未だに申し訳ないと思っているようで、時々こうやって瞳を翳らせるのだ。
「もう、そんな顔しない! それより凄い、大ニュース! ロディ様がご結婚だよ、お相手は誰だと思う?」
「え……? 私の知っている人ですか?」
「うん、よく知ってる人」
俺はもう一度手紙に瞳を落として、安堵する。
俺は散々彼女を傷付けてきた、イリヤを出る時も結局彼女には別れも告げずに出てきてしまった。
最後に彼女に会った時、彼女は何かを悟ったような瞳で「お元気で」と、そう言ったのだ。
「またね」でも「さようなら」でもなく「お元気で」だった事に彼女はもしかしたら俺の決意に気付いていたのではないかと思っている。
「誰だろう? ヒントは?」
「きっと、ユリにとっても大切な人……」
少し考え込む素振りの、ユリウスに俺は笑みを零す。
「ノエル! 父さん! ただいまっ!」
元気よく家に飛び込んでくるのは息子のノーア。言葉の少なかった彼も、俺達と穏やかに暮らすようになってから、少しずつ言葉が増えて、今ではその辺の子供と大差のない成長を続けている。
ノーアの中に住んでいるあの人ならざるモノは、あの日以来表に出てきた事は一度もない。それは宣言通りにノーアの中でノーアとして人生を謳歌している証拠なのか、それは俺には到底分からないのだが、今はノーアが笑っているのでそれでよしとする。
「コレ見て! 凄くない!? 大きいだろ! オレのが一番大きいの!」
友達と川釣りに出掛けていた息子は嬉々とした様子でその釣果を見せてよこすので、今日の晩御飯は魚尽くしかなと、俺は晩飯へと思いを馳せる。
「ノーア、ノエルの事は母さんと呼びなさいと、何度言えば分かるんだ!」
「ユリ、それ無理があるから止めてって俺が止めたんだからやめてよ」
「え~? オレはどっちでもいいよ? ノエルはノエルだし」
こんな会話が日常になって、俺はユリウスの言葉に苦笑する。
「これは大事な事なんだ、立場は明確にしておかなければいけない」
「立場って……もしかしてユリって、本気でノーアを恋敵だとでも思ってるの?」
彼はふいと瞳を逸らす、沈黙は肯定。俺は思わず吹き出した。
「ないない、ホントないから。妬いてくれるの嬉しいけど、大人気ないよ、ユリ」
「ノーアは私の子だから油断ならない。血が繋がっている訳でもなし、万が一があると困る」
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またしても沈黙、そしてまた瞳を逸らした。あはは、なんか可笑しいの。
俺達の会話の向こう側で、ノーアが少しだけ大人びた表情で笑みを浮かべている。きっとないよ、絶対ない。だって彼は貴方の幸せを祈っている。貴方がこれ以上苦しむ事を彼は望まないし決してしやしない。
たくさんの苦しみがあった、たくさんの想いが交錯して、たくさん涙を流したけれど、今、俺達はこうやって穏やかに笑っている。
運命は時に残酷で抗えない波のように俺達を襲うけれど、もう決してそんな運命に屈する事はないと俺は心に誓う。
俺は祈り続ける、全ての運命に限りない祝福を……
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