運命に花束を

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運命に祝福を

運命に祝福を ①

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「ただいま」

 時間はもう既に深夜という時間、俺はこそりと自宅へと戻る。部屋の中は真っ暗で、人の気配がまるでしない。不安に思って寝室のドアを開けると、ノーアは既に部屋の隅で寝息を立てていたのだが、ユリ兄は朝と同じ場所で、朝と同じように窓の外を眺めていた。
 「遅くなって、ごめん」と俺が一言告げると胡乱気な瞳がこちらを向いて「……アレは、誰だ?」と不機嫌な様子でこちらを見やる。
 彼は窓の外、俺の帰宅する姿を眺めていたようで、父と肩を並べて帰宅した姿をどうやら見られていたらしい。
 恐らく夜目に父だとは分からなかったのだろう。妬いてくれたのかと思ったら、俺の心はそれだけで浮上する。

「父さんだよ、今日ちょっと体調悪かったから送ってくれたんだ」
「そうか……」

 ユリウスは俺から瞳を逸らしてまた窓の外へと瞳を向けたのだが、ぼそりと「体調が悪いのか?」と呟くように問いかけられた。

「もう大丈夫だよ、それより晩御飯足りた?」
「お前はもっと自分の事を考えた方がいい」
「突然、何? ちゃんと考えてるよ? 俺は自分のしたい事しかしてない」

 仄暗い薄暗がりの中、アメジスト色の瞳がこちらを向いた。

「お前が無理をするのは私のせいなんだろう……?」
「だから無理なんてしてないってば」

 ふいと、彼がこちらへとやって来る。

「ここしばらくで、お前はずいぶん痩せたと思う」
「え? そう? そんな事ないと思うけど……」

 俺の目の前に立った男はそっと俺の頬に触れた。

「私がお前の負担になっているのは分かっている。しなくていい苦労を抱える必要はない」
「何言ってるの? 俺は別に……」

 優しく頬に触れていた手が離れ、瞳を逸らした彼は俺に背を向け「近いうちに、私達はここを出て行こうと思っている。私はお前に甘え過ぎた」と、そう言った。

「ちょ……待ってよ! 嫌だよ! 出て行くって言うなら、俺も一緒に付いてくからね! 俺はもう決めてるんだ、もう二度と貴方の傍を離れない、それが俺の望みだから!」
「っ……私達に関わるとお前も不幸になる。もう私の事は忘れて、自分の幸せを追った方がいい」
「俺の幸せを貴方が決めないでよ、俺は今幸せだよ、だって毎日俺の大好きな人がこの小さな城で俺の帰りを待っている、それだけで俺は幸せなんだ!」

 俺の返した言葉に彼は背を向けたまま「そんな幸せは間違っている」と絞り出すような声音で返事を寄越し「お前はもっと自分に見合った相手を見付けるべきだ」と息を吐く。

「どうして! 俺は貴方がいいってそう言ってるんだよ!」
「私は犯罪者だ、一生陽の下を歩く事も出来ないお尋ね者だ。だが、お前は違う、お前は明るい陽の下で、もっと幸せに暮らすべきだ」
「そんなの要らない! 貴方が陽の下を歩けないって言うなら、俺も一緒に闇夜を歩くよ、貴方が幸せに暮らすべきだと言うなら、俺は貴方と一緒に幸せになれる道を探す」

 泣いてしまいそうだ、俺は二度彼に置いていかれて捨てられた。だから俺はもう二度とこの人の手を離したくはないのに、彼はそれを理解してくれない。

「私はお前を幸せにはできない」
「自分の幸せは自分で決める、貴方にだってそこは譲らない、もし貴方がそれでも俺のもとを去ると言うなら、俺は実力行使にだって出るつもりだから」

 俺の言葉に驚いたのか、俺に背を向けていたユリウスが「実力行使……?」と怪訝そうな声を上げ振り返ろうとしたので、俺はそんな彼の腕を掴んで壁に押し付けた。

「この家から出られないように、そうだな……まずは足を折ろうか?」

 視線が近い、昔は見上げていたはずの彼との身長差は今となってはもうほとんど存在しないのだ。
 ぐっと身体を押し付けると、彼はくぐもったような声を上げた。

「まさか痩せた事に気付かれてるとは思わなかったよ、だけどごめん、これ、痩せたんじゃなくて締まっただけだから」
「なに……」
「正気を取り戻したら、優しい貴方の事だから、いずれそんな事を言い出すかもしれないと思っていたんだ。最近貴方は俺を抱いてもくれなかったから、気付かなかったよね」

 何を言われているのか理解出来ていなさそうな彼は、少し怯えたような表情を見せる。

「逃がさないよ『貴方は俺のモノ』だから……」

 俺がその言葉を吐くと、彼はとても驚いた様子で瞳を見開いた。

「あはは、コレ一度言ってみたかったんだ、いつもそんな事を言っていても貴方は俺を見ていなかった、だけど、俺のコレは本気だよ?」

 ぎりぎりと掴んだ腕の力を上げる、苦悶の表情を見せる彼が少しだけ可笑しくて、俺は思わず笑ってしまった。それはきっと泣き笑いのような表情で、とても情けない顔だったと思う。

「最初にここへユリ兄達を招いた時、言ったはずだよ『どんな悪い奴でもねじ伏せられる自信がある』ってね。俺のあの言葉に嘘はない、現役の騎士団員舐めないでよね」
「ノエル……君?」
「あっは、やっと名前呼んでくれた、嬉しいよ、ユリ兄」

 押さえる力そのままに口付ける。いつも強引にねじ伏せられるばかりだったけど、これで形勢逆転だ。

「二度と逃がさないから。貴方がそういう風に俺を変えたんだ、覚悟して、俺は存外しつこいよ」
「ノエ……」
『「あはははははは!」』

 青褪めたような表情で、俺を見やった彼からではなく見当違いの方向から、けたたましい笑い声が響いた。俺は彼を壁に押し付けたまま、その笑い声の主を見やる。

『これはいい、これは傑作だのう。主の想い人は存外タフで図太い男であったようだの』
「っつ……!」

 それは彼の幼い息子ノーアから発せられている言葉だったのだが、その声は直接頭に響くようで、今まで俺が聞いていた彼の声ともどこか違っている。

「ノーア……?」
『我はノーアであってノーアではない、しいて言うのであればノーアの中に寄生する「化け物」と言った所かの』

 ユリ兄は自分の息子であるノーアの事を「化け物の子」と呼んでいた。それはこの得体の知れない声の持ち主の事を指しての言葉だったという事か? 彼は語った所で理解も出来ないと言っていたが、確かに、今目の前で起こっている事が俺は俄かに理解できずにいる。
 姿形は確かに彼の息子のノーアの姿なのだが、その口調はどう考えても子供の口調ではなくとても尊大で、到底ノーアらしくもない。

「な……ノーアに何をする気だ! この化け物!」

 ユリウスの腕を離して俺が叫ぶと、ユリウスはずるりとその場に座り込んだ。

『ノーアと我は一心同体、何もせんよ、我はノーア自身でもあるからの』
「……どういう事だ?」
『我とノーアは運命共同体なのじゃ、我が死ねばノーアも死ぬし、ノーアが死ねば我も死ぬ。要するに我とノーアでこのひとつの身体を分け合っているという感じかの。普段はどちらかが意識の底に沈んでおる、今は我の番じゃ』
「じゃあ、お前はノーアの中の一部って事なのか?」
『まぁ、そうであるの』

 俺が困惑の表情でユリウスを見ると、彼はふいと瞳を逸らした。

「なんで? 何でこんな事に?」
『主も言っておったであろう? これは変えられぬ運命の流れであったのだ。主達には辛い思いをさせたがの、この流れは我でも変える事はできなんだ。すまんの』
「ノーアは私の息子だが、その中に住まうソレが私の番相手。運命の番だった……」

 ユリウスの『運命の番』、それがこの得体の知れない化け物だって? こいつが全ての事の発端? 俺からユリ兄を奪い、今はノーアをも苦しめている……?

『主よ、それは違うぞ』

 まるで俺の頭の中を読んででもいるかのように化け物から返事が返ってきた。

『こうなってしまったのはすべて人の成せる業、ユリウスがそのようになってしまったのも我のせいではありはせぬ、我はきっかけに過ぎぬのだよ、全ては人の業故に……』
「でも、結果的に全部お前がいたから!」
『我は存在をも否定されるか……我は自ら望んでこの世界に生み出された訳ではありはせん、人が望んで我は在る。我を否定するのであれば、まずは人の存在を否定するべきだの。我は人と共に在り、人なくしては存在もせぬモノよ』
「それは一体どういう……」

 ノーアの身体が闇の中、僅かに発光して見える。もしかして、こいつが謎に包まれていた「神」の正体か?

『人の想いが我を生んだのだ、人の命は短なものよ、孫子を想う気持ちを託され、我は自我を持たされた。我はただ泰然とそこに在るだけのモノであったのに、そんな我を神と崇め奉り洞の中に封じたのも人であり、それを解き放ったのも人であった。我に宿る力は人ならざるものではあるが、特別な力ではありはせん。それは自然の中に備わった人には操る事ができぬ力、我はそれを少しだけ操れたというそれだけの事ぞ』

 ノーアの中に住む何者かは瞳を細めて語り続ける。

『我は人を見守り続けその営みを眺めてきた。生まれ育ち老いて死ぬ、我にはない概念で生きる主達を我は羨ましいと思っておったのだよ、だから我は限りのない命を捨てて限りある命へと宿る事としたのだ。我はただ在る事に疲弊していた、我を形の上だけ敬っておっても、我の存在を感じる者も今となってほんの僅か、我は消えゆくモノだと悟った。ならば最後は我も好きなように生きようと思ったのじゃ』
「それにノーアを利用した……?」
『聞こえは悪いがそうなるかの。我が宿る器は必要だった、力はユリウスに預けたが、魂の宿る無垢な器はそう簡単に手に入れる事は出来なかったのでの、巫女の力を利用させてもらった』
「じゃあノーアは一生このまま、あんたの器として生きろと言う事か!」
『我はノーアの人生を阻害するつもりはない。言うたであろう? 我はノーアでノーアは我なのだ、ノーアはノーアの好きなように生きればよい、我はノーアと共にその人生を謳歌するのみ』
「いずれはノーアの自我を飲み込むつもりなんじゃ……」

 言った俺の言葉に人ならざる者は『笑止』と一言笑みを零す。

『それでは我が人の人生を謳歌できぬではないか、それは我の本意ではない。我はノーアの中でノーアの人生を眺め、共に生き死ぬ事を望む』
「綺麗事だな、お前は私の中の、私に渡したお前の力を虎視眈々と狙っているではないか! 今となってはお荷物の私が邪魔になったのだろう!」

 ユリウスが吐き捨てるようにノーアに悪態を吐いた。

『そんなモノは今となってはどうでもいい、我はただ人の身でその力を抱えるのは難儀であろうと思うていたるだけじゃ。その力、主は本当に必要か?』
「それは……」

 ユリウスは俄かに口籠る。

『主はずっとその力を手離す事を望んでいたはずじゃ。そう、それこそノエルに再会するまではの』
「まだ無理だと言ったのはお前の方だ!」
『そうであるの、ただ少しずつ時期を早めることは出来る。それが主の望みであろう?』

 ユリウスが掌で顔を覆って呻き声をあげる。その呻き声は悲痛なもので、俺は彼の身体を抱き寄せた。

「お前は何なんだ! 何でこの人を苦しめる! お前にとってこの人は運命の番なんじゃないのか!」

 子供の姿のその化け物は、子供らしからぬ笑みを浮かべて『人の尺度で我ははかれぬ』とそう言った。

『逆に言えば、我も人というモノを学んでいる最中でな、人となってまだ数年で人というモノが理解できぬ。そ奴はその力を手離す事を望んでいた、だからその通りにしようとしていたのに、最近そ奴はそれを拒みよる』
「っ……ううう」

 ユリウスが床に突っ伏すように号泣する。一体その「力の受け渡し」というものがどういう意味を持つのか分からない俺は、ユリウスの背を抱き締めたままノーアを、いや、ノーアの中の化け物を睨み付けた。

『そういえば、これは主にも関係する話であったの』
「俺……?」

 突然の言葉に俺は首を傾げる。その力の一体何が俺に関係あるというのか俺には全く分からない。

『ふむ。主の中にも僅かながら我の力が宿って……』
「言うな!」

 顔を上げたユリウスが叫ぶ。その叫びに呼応するかのように家が揺れるほどの大風が吹き、窓ガラスが嫌な音を立てた。

『だが、こ奴にも知る権利はあろう?』

 ユリウスは言葉も出ないのか首を横に振る。けれど俺は、その俺に関係のある話というのに少しだけ心当たりがあった。
 それは事件の後、俺に少しだけ不思議な力が宿った事に気が付いたのだ。それは本当に僅かな違和感、気のせいで片付けられるほどの小さな変化だ。
 軽く腕を振ればつむじ風が起こり、気分が沈むと陽が陰る、それも毎回ではなく極稀にだったので、俺はその異変を気に留めてはいなかった。

「知る……必要はない」

 頑なに首を横に振るユリウス、けれど、だからこそ俺はこれは俺が知らなければならない事なのだと確信を持った。

「ノーア教えて」
『主の命はこ奴の命を削って成った紛いものじゃ』
「やめろっ、ノーア!!」

 俺の命が紛いもの……? 

『主は一度命を落とした。お主のその命は我の力とそ奴の命を削り取り練り上げて作り上げた紛いものなのじゃよ。主のその命はユリウスのもので、今のユリウスは我の力のみで生かされている』
「え……」

 俺は腕の中のユリウスを見やる。もしノーアの言った事が真実であるのならばユリウスの力がこの化け物に還った時、もしかしてユリウスは命を落とす……のか?
 悲鳴にもならない叫びが俺の喉を鳴らす。

『こ奴は力などいらぬと言い続けた、だが我の身体はまだ幼く、全てを収めるには未熟すぎるこの器に力が全て還元するにはまだ数年を要する。それでも我がユリウスの望みを早く叶えてやりたいと思う事は人として間違った感情であったかのう?』
「それは、あなたに力が全て戻れば彼は死ぬ、という事なのか……?」
『まぁ、端的に言ってしまえばそうじゃな。ユリウスもそれを望んでいる、いや、正しく言えば「望んでいた」と言うべきかの、最近はそれを拒むので我は理解に苦しんでおる訳なのじゃが……』

 俺がユリウスを見やると、彼は身を小さく丸めるようにして泣いていた。

「……もういい」
「ユリ兄」
「私は小さな男なのだ、死ねば罪が償えると思っていた。だから、こんな力はさっさと手離して死んでしまいたかった、なのに……君が私の目の前に現れて、私をどこまでも甘やかすから……」

 膝を抱えて泣き続ける彼はまるで幼い子供のようだ。

「死ぬのが怖くなった……君を手離すのが怖くなった……私は、そんな情けなくも小さな男なのだよ……」
「だったら……俺の命を貴方に返すよ」
「!? それでは意味がないだろう!」

 涙に濡れた瞳がこちらを見やる。確かにユリウスの今の姿は情けない事この上ない。だけど、それでも俺は彼のそんな姿を見られたことが嬉しくて仕方がないのだ。
 俺は彼の顔を両手で包んで、唇を重ねた。

「貴方の命と引き換えに生き永らえたって、俺にとっては意味がない」

 ノーアが『ふむ』と何事か考えるように腕を組み、しばらくして口を開いた。

『主等にはずいぶん迷惑をかけておる。我にそれを還して人に戻るか、その力を持ち続け、人ならざる者として生きていくかユリウスには選ぶ権利がある。好きに選ぶがよい。我はどちらでも構わんよ。どのみちこのノーアの身体の成長と共にその力はゆるりと我に還る、急いてはおらん』
「な……っ」
『人として生きたいという望みは我のわがままでもある、それに主はこれまでよく付き合ってくれた、長生きは出来ぬかもしれないが、これからの人生、主は主の望むままに生きるがいい。我は主の番相手として主の望みを叶えたい』

 俺はユリウスと顔を見合わせる。それは俺達にはまだノーアが成長しきるまでの間、時間が残されているという事だ。

『のう、ノエル、主の作るパンケーキは存外旨い、また作ってはくれぬかの?』
「え……何を突然……」

 突然の言葉に俺はノーアを見やる。

『ノーアは主を好いておる。優しくしてやってはくれぬかの? ノーアはここまで愛情を与えられずに育ってきた、我を身の内に宿しているが故に誰にも愛されずに育ってきた子じゃ。我にとってノーアは器であると同時に我が子でもある、どうかノーアを嫌わないでやって欲しい』
「それは……」

 勝手な言い分だ、それは自分を愛してくれと言っているようなものなのに、その表情はどこか穏やかで、この化け物は本気でそれを告げているのだとなんとなく分かってしまう。

『ノーアはの、主の事を母だと思っておるのだよ』
「……え?」

 どこからどう見ても立派に男にしか見えないはずの俺を母親? そんな言葉が理解できずに怪訝は表情を見せた俺に、ノーアの中の化け物は笑みを零す。

『我は人の中に在る時しか人の姿を認識できぬ、故に巫女の中に在った我は自分の姿が分からなかった。巫女はノーアを産んですぐに他界したでの、ノーアも母の姿を覚えておらぬ、我がノーアに教えられるは、ノーアを孕んだ時の巫女の姿。それは主の姿だったでの』

 意味が理解できずに混乱は増すばかりだ、巫女というのは恐らくノーアの母親の事なのだろうが、それが俺の姿だったというのは一体どういう事だ?

『ユリウスは主が思うよりずっと、主の事を好いておるという事だの。我は姿を持たぬ化け物ゆえ、そう言った容姿の区別も付かぬのだが、ユリウスの頭を覗いて、大事な人間を模したら主の姿になった。だから、ユリウスの筆おろしも主の姿であったのよ』
「な……そんな話を今更っ!!」

 慌てた様子のユリウス。
 筆おろしって、ユリ兄の初めてって事だよね? え? 待って、その時この化け物は俺の姿だったって事?
 呆然とユリウスを見やると、彼は気まずげに瞳を逸らす。

『だからの、ノーアの知る母の姿は主の姿形をしておるのだ、故にノーアは主を母親だとそう思っているのだよ。勿論本物の母と思っておる訳ではない、ノーアは主に母の面影を追っておるのだ』
「ノーアが……」

 懐かれているとは思っていたが、まさか母親だと思われているとは思わなかった。俺は本当はユリウスを独占したかった、彼の息子だと思うからノーアには優しく接していたが、そうでなかったらきっとユリウスと一番強い繋がりを持っているだろう彼を俺は憎んでしまっていたと思う。
 そんな心の狭い俺をノーアはそんな風に見ていたのかと思うと自分の狭量が恥ずかしい。

『そろそろ邪魔者は退散の時間じゃ、主達はお互い少し言葉が足りぬ。我は主達の決めた事に否は唱えぬ、好きに話し合え』

 そう言って、ノーアは静かに部屋を出て行った。落ちる沈黙、部屋は静寂に包まれる。

「ねぇ、ユリ兄、今の話って……」
「……概ね、全て真実だ」

 ノーアの中には得体の知れない何者かがいる、それはユリ兄の運命の番。へたり込んだまま、ユリ兄は頭を抱えて小さくなっている。
 俺は跪いて彼の顔を覗き込んだ。

「色々衝撃的な話ばっかりだったけど、俺、今ちょっと嬉しいよ」
「何を……」
「だって、ユリ兄、運命の相手より俺の方が好きなんじゃん」
「…………」

 頬に手を添えて顔を上げさせると、何とも情けない顔の男前がこちらを見上げた。

「それともノーアが育ったら、また番になる予定だった?」
「! 馬鹿言うな! アレは私の子だ! そんな相手には絶対になれない」
「ふふ、そうだよね。ユリ兄だったらそう言うと思った。ユリ兄が父親で、俺が母親か……だったら俺達、家族にだってなれるんじゃないかな?」
「……家族……?」
「俺はユリ兄の子供は産んであげられないけど、ユリ兄が望んでくれるなら俺はノーアの母親にだってなってみせるよ。外見は……母親ってなりじゃないけどさ、ノーアを愛する事はできる……だから、ユリ兄もノーアを愛してあげて。それで俺達、きっと家族になれるよ」

 彼の顔がまた泣きそうに歪む。

「そんな幸せを望む権利など、私にはないのだよ……」
「幸せになるのに権利なんて必要ないよ。誰の許可もいらないんだ。ねぇ、ユリ兄、お願いだから俺を置いていかないで……」
「ノエル……」
「大好きだよ、ユリ兄、だから、俺の旦那さんになってよ」

 臆面もなくぼろぼろとユリウスは涙を零す。俺も、もう涙を止められない。

「ノエル……!」

 力一杯に抱き締められた。骨が軋む、だけどそんな痛みが心地いい。

「ずっと思っていたんだ、ユリ兄が俺を抱くのはただの代償行為でしかないんだって、だけどユリ兄は最初から俺を選んでくれていたんだ……」
「あんな形で抱きたくはなかった、あんな風に抱くつもりもなかった。私はそんな後悔ばかりを抱いている」
「どんな形でも、貴方が俺を求めてくれるのは嬉しいよ。本当はね、こんなに育つ前に抱いて欲しかったって思ってたよ、実際今の俺には可愛げもないし、代償行為でなければきっとこんな身体抱く気にもならないんだって思ってた。でも、違ったんだね」
「君はどれだけ歳を重ねても、私にとっては世界で一番可愛い恋人だ」

 『可愛い』なんて単語、俺の人生の中で最後に向けられたのは本当に幼い頃のことで、まるで別の誰かに言っているのではないかと錯覚しそうになる。だけど彼の瞳は真っ直ぐこちらを見詰めて、瞳を逸らす事もなく言い切るので、俺はまた思わず涙ぐんでしまう。

「嬉しい、ありがとう……」



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