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運命に祝福を
事件の裏側 ③
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「そんな馬鹿な……」
そう呟いたのはグレン、はっとしたように口を噤んだ。だが思うことは私も同じ。アレクセイがグライズ公爵家の人間? そんな馬鹿な話があるだろうか? 私の幼い頃からずっと傍にいた彼がメリアの人間ではなかったと、アジェ王子はそう言うのか!?
「姫に縁談を持ってきたのはアレクセイさん、そして最初はグライズ公爵家との縁談だったと聞いているよ。そして、グライズ公爵の口利きで王子との見合い話に発展した。だけど何故? 何故アレクセイさんはグライズ公爵と繋ぎを取る事ができたんだろう? 姫はそれを不思議には思わなかった?」
「思うわけがないでしょう! 私は姫よ! 向こうからそんな縁談を持ち込むことに何の疑問を持てというの? そんな話、信じられませんわ!!」
「だよね、そう言うと思った。こちらとしても証拠はない。あるのは幾つかの証言だけだ」
「証言? 一体誰がそんな事を!」
「グライズ公爵家にいくらか縁のある人達だよ。名前は言えない、余計に混乱してしまうから」
そんな名も名乗れないような人間の言葉にどれ程の信憑性があるというのか? 私はもう20年もアレクセイと共に生きてきたのだ、そんな言葉を信じられる訳もない。
「嘘を並べるのもいい加減にして!!」
「残念だけど、これは嘘じゃない」
「そんな馬鹿な話あり得ない!!」
「僕は言ったよ、現在当主を失って混乱しているはずのグライズ公爵家がとても静かだ、それが一体何故なのか? サムエル・グライズ公爵には跡継ぎがいなかった、結婚もしていないからね。兄弟もいる事はいるが、現在行方不明でどこにいるかも分からない。なのに混乱もせずにいるのは何故なのか? それはね、ここメルクードにグライズ公爵の叔父にあたるアレクセイさんがいたからなんだ」
「アレクセイが、グライズ公爵の叔父……?」
私の言葉に彼は静かに頷いた。
「そうだよ、彼は先代のグライズ公爵の弟。だけど妾腹でほとんど公にはされていなかった存在だ。だけど血統的には間違いなくグライズ公爵家の血を引いている」
衝撃的な彼の言葉、だけど……
「だからなんだって言うのよ! 別にそんな事どうでもいいわ! アレクセイが私と共に生きてきたこの20年は消えはしない。そんな出自なんて知らないわよ! アレクセイはアレクセイだわ!!」
「そうだね、僕もそう思う。だけど彼の心にはいつでも野心が渦巻いている。彼はグライズ公爵家を継ぐ事になるだろう、そうなった時、姫は一体どうするのかな? 彼はもう執事ではいられない、けれど姫は変わらず彼を執事のように扱うの? そんな事できやしない」
「そんな……」
アレクセイは私を父親代わりで育ててくれた、そんな彼が私の元を去るなんて考えられない。
「もし、ここに亡くなったグライズ公爵の弟が現れれば、そんな話も立ち消えになるだろうけどね」
「弟……」
「そう、彼の実弟。実はねグライズ公爵には兄弟が何人かいるんだよ、だけど公にされていないのはその弟が不倫の末にできた子供で、現在所在が掴めていないからなのさ」
私の傍らに腰掛けているグレンが少し驚いたように顔を上げた。
「そんな所在も分からないような人間、今更のこのこ出てくるなんてあり得ないわ! よしんば出てきたとして、一体誰がそれを証明するというの? 先代の公爵も既にお亡くなりになっているのでしょう? そして兄であるグライズ公爵も亡くなっているのよ? 誰もその弟が本物だって証明なんてできやしない」
「そうだね、だけどその弟には身体的特徴があってね、その弟君が現れればきっと一目で分かるだろうっていう特別な特徴があるんだよ。だからグライズ公爵もずっとその弟を探し続けていたのだけどね。彼が裏で奴隷売買なんてやっていたのはその弟を探す為、そのくらい彼の弟君は特徴的な容姿をしているんだよ」
一体それがどんな容姿を指すのか私には皆目見当も付かないし、そんなグライズ公爵家の内情を私に話して一体この人は何をしたいのか? アレクセイがグライズ公爵家を継ぐという事に戸惑いはするが、そんな詳しい内情を聞かされたところで一体私にどうしろというのだろう? 彼の考えている事は本当にさっぱり分からない。
「そしてね、僕はそんな彼の所在を実は知っていたりもするんだよね……」
「え……」
「彼はファルスに暮らしている、最近結婚してね、子供も生まれたんだよ。パパにそっくりな黒髪だって言っていた」
「そんな……父親に似るなら白くなるはずだろう?」
そんな事を口走ったグレンがはっと何かに気付いたようにまた口を噤んだ。
「白くなる? それはどういう事?」
「いや、何でもないです。少しぼうっとしていたみたいで……」
瞳を逸らしたグレンにアジェ王子は瞳を細める。
「グレンさん、よく知っていたね。僕は何も言わなかったのに」
「何の事です? 俺は何も……」
「そう? それにしては僕にははっきり聞こえたけどな。生まれた子供は白くなる、僕にははっきりそう聞こえた」
「……噂で! そう、そんな話を小耳にはさんだだけです! グライズ公爵の末弟は髪も肌も真っ白なアルビノだと、巷では有名で……」
「彼の弟はずいぶん幼い頃に誘拐されている、そんな話を偶然耳にする事なんてあるのかな?」
一瞬グレンは言葉に詰まったのだが、そのうちきっと王子を睨み上げるようにして「人の口に戸は建てられませんよ!」と、言い切った。
「だけど、だとしても、あなたはなんでその子供が公爵の『弟』だと思ったんだろう? 彼は誘拐されるまでずっと公爵家では女の子として育てられていたんだよ? 彼が男の子だったと知っているのは本当に限られた極一部の人間だけだ」
真っ直ぐな瞳が今度はグレンを見つめている。グレンは挙動不審に視線を彷徨わせ、うろたえているのは一目瞭然だ。
「僕は、さっき公爵には何人か兄弟がいるって言ったよね? 実は公爵には弟が3人いたんだよ。1人目は奥様が不倫をしてできた子供、2人目は先代の公爵自身が不倫してできた子供、そして3人目が今言ったアルビノの子だ。正式に公爵の弟として認められていたのはその3人目の子供だけ」
アルビノ……単語だけなら聞いた事がある、先天性の疾患で体の色素がほとんどないのだと聞いている。だからアルビノの人間は髪も肌も真っ白で、瞳だけが赤いのだ。
「あなたは特徴的な容姿の公爵の弟という単語だけで、末の弟ハルシオンを思い浮かべたんだろう?」
「…………」
「あなたは何で彼のことを知っていたのかな?」
「だから……噂で聞いたと言いました。それにそんな人間に子供ができただなんて聞けば驚くに決まっているでしょう? よく考えたら最初の不倫の子は黒髪だったと聞いている、あなたが言う弟君と言うのは公爵の一番目の弟さんの事だったんですね」
「はは」と笑いながら言ったグレンの言葉に彼は「うんそうだね」と、頷いて「だけど、何故あなたはそれを知っているの?」と、また小首を傾げた。
「対外的にはその黒髪の弟は生まれてすぐに亡くなったとされている。そしてそんな不義の子供は存在すらも抹消されて記録にすら残っていない。でも、そんな彼が生きている事を何故あなたは知っているの? ううん、そもそもその人が黒髪だったという事実を知っているのは何故?」
グレンはまたしても黙り込む。グライズ公爵家というのはなかなかに複雑な家族形態をしているようで、私は彼等が何の話をしているのかもよく分からない。
グライズ公爵には三人の弟、一人目は黒髪? 二人目は分からないまま、三人目はアルビノだと彼は言う。グライズ公爵は典型的なランティス人の容姿をしていた。金色の髪に碧い瞳、それを思うとその兄弟達はずいぶん似ていない兄弟であると言わざるを得ない。
そもそも二人目、三人目は不倫の果てにできた子だと言うのだから、まぁ、それも致し方ないのかもしれないのだが。
「もう、まどろっこしい言い方は止めようか? ねぇ、グレンさん、あなたは先代のグライズ公爵の落し種、公爵家の三男だよね?」
「え……?」
私がグレンをまじまじと見やると、彼はふいと瞳を逸らし「何を根拠にそんな事を言っているのか……それにこんなのは誘導尋問だ。俺はあくまでも小耳に挟んだ噂話を語っているに過ぎない」と反論した。
「根拠は色々、今の会話もそのひとつ、君はグライズ公爵家の内情をよく知っている。ううん、むしろ知り過ぎていると言ってもいい。黒髪で生まれついた次男は先代の公爵に殺されかけて、実父である不倫相手が生まれてすぐに攫っていったんだ。公爵はそれ幸いと彼を死んだ事にして、その記憶は綺麗に世間から抹消されているはず。なのに何故あなたはそんな次男が生きていると知っているのだろう?」
畳み掛けるような言葉にグレンが大きく息を吐いた。
「あなたは一体何者ですか? 何故公爵家の内情にそれ程までに詳しいのか? 俺はそっちの方がよほど不思議だ」
「僕だって、知ったのはまだ最近だよ。だけど色々な情報を繋ぎ合わせたらこうなった。嵐の晩のあの襲撃、そもそもあの夜会に王家の人間が多数来場する事は急に決まったことで、王家の人間を狙った襲撃者があそこに現れる事自体が不思議だったんだ。あそこに王家の人間が複数現れる事を襲撃者に情報として流した人物がいる。その人物は王家を嫌い、国という枠組みすら嫌っている国籍の曖昧な浮遊層。国籍の売買、それによって自分の居場所をなくした者もいれば、どちらに属しているのか曖昧な者まで、そんな人達はメリアとランティスの併合を望んでいるとそう知った。枠があるから弾かれる。だけど、そんな枠組みが取っ払われてしまえば全て解決だ」
国籍の曖昧な人々、どちらの国にも属せない?
「あなたのその赤髪は、きっとランティスでは酷い差別を受けただろう? それでメリアに渡ったの?」
グレンが「あぁ……」と呻くように頭を振った。
「一体何処まで知っている?」
「さぁてね? 君が嘘を吐いたら、嘘だと見抜ける程度には?」
穏やかな表情の王子と対照的にグレンは苦虫を噛み潰したような表情だ。ツキノも何故か驚いたような表情でグレンを見やり、彼は何も知らなかったのだなと、それだけで理解できた。
グレンは長い長い溜息を吐いた。
「どっからバレた……いや、今の話からするに、情報元はアレクセイさん?」
「今回の襲撃で公爵が亡くなったのは君にとっても予想外だったんだろう? 関わり合いになりたくないと思っていた公爵家、だけど、そうなってみれば現在残っている公爵家の人間は自分だけだと思ったんだろ?」
「あぁ、そうさ。妾腹とは言え、それでも俺は公爵家の血を引いた人間だ、後を継ぐ人間がいないのならば、その後継者は俺のはずだとそう思った」
「でも君は自分のランティスにおいての戸籍を捨ててしまっていて、自分の身分も証明できなかったんだね」
くっ、と自嘲の笑みでグレンは笑う。
「その通りだ。完全な門前払いだったよ。元々、俺なんて公爵家の人間としてカウントもされていなかったし、どうでもいいと思っていたが欲が出た……まさかその時点ですでにアレクセイさんが公爵家の実権を握っていたのか……?」
「まぁ、そうだね。アレクセイさんは戸籍を捨ててメリアにいた訳じゃない、彼が公爵の叔父だと言うのは公爵家の人間には周知の事実だったんだ。彼は父親の命でメリア王家に乗り込んだ間者、そして向こうで生活基盤を築いて暮らしていた。だけど公爵家との縁はずっと切れてはいなかったんだよ。長い長い日陰の身暮らしだったけれど、甥である公爵との関係は悪くなかったみたいだね。狸と狐で気が合ったのかもね」
初耳尽くしの話に、私はどう反応していいのか分からない。何もかも聞いていない、これは一体どういう事だ!?
「アレクセイが公爵家の人間であるのは嘘ではなく、本当の話なの?」
「うん、嘘じゃないよ。きっと今も彼は公爵家の方に出向いているのだと思う。だけどアレクセイさんの姫への忠誠も嘘じゃない……ううん、これは忠誠なんかじゃないんだよね?」
アジェ王子が私を見やる。やはり私は彼のその真っ直ぐな瞳がとても嫌いだ。
「アレクセイさんは姫の本当のお父さん、なんだろ?」
「……真実は誰にも分かりませんわ。アレクセイは何も言わない、母に聞く気もありません。確かに父が死んだ後、親身に母の世話をしていたのはアレクセイよ、だけどそれは主従を逸脱したものではなかった……と、私はそう思っております」
そうは言ってみたものの、私は過去に彼と母が睦み合っているのを見た事がある。幼かった私にはそれがどういう情景なのか分からなかったのだが、大人になって意味を理解した。理解をした頃には母とアレクセイはもう既に主従以上の関係ではなくなっていたようで、そんな気配は微塵も感じられず、真相は闇の中だ。
「それで、あなたは俺の正体を暴いてどうしようって言うんだ? 確かに俺は公爵家の三男だが、認知もされていないその辺に転がっているただの男だ、そんな男の正体を暴いた所で……」
「この国に根強く残る差別、それを無くす為に動く組織、時に過激にこの世界を改革しようと目論んでいるのだってね? 勿論一枚岩ではなく、今回の襲撃者は特に過激な一派だったけれど、そういう闇組織の人間がこの事件の鍵を握っている。そして君はその組織の一員だ」
グレンが驚いたように顔を上げた。
「君が王家に職を求めたのもその為だろう?」
「俺は別に王家の人間全てを嫌っている訳じゃない。メリアのレオン国王陛下は尊敬していると言ってもいい。俺が嫌いなのは旧体制の王家ってやつだ、威張るばかりで何もしない、口だけ達者な張りぼての虎。姫さま然り、ランティス王家も同じだったな」
開き直ったようにグレンは鼻で笑う。
「だけど、どうやら貴方は違うようだ。惜しいな、なんで貴方はエリオット王子の影武者なんかに甘んじているんです?」
「僕は政に興味はないし、そんな立場に立ちたいとも思わないからね。それで、あなたは姫を殺す為に姫に近付いたの?」
「俺は殺しはやらない。それこそ俺がその組織の一員になったのは俺の技術が買われたからだ。俺の技術は幾らでも武器に転用できますからね」
「あなたのその技術はそんな事の為に使う物ではないだろう?」
「俺の技術を生かせる世界を創る為なら、幾らでもこの腕使ってやりますよ」
「だったら貴方は早々にそんな得体の知れない組織とは手を切った方がいい」
「ただ待っているだけでは時代は変わらない」
「国の混乱は技術の発展を滞らせるよ」
「そんな国を無くせば全てが上手くいく!」
言葉の応酬、私は口を挟む事もできない。それはツキノも同様に、ただ2人の言い合いを睨み付けるように眺めていた。
そう呟いたのはグレン、はっとしたように口を噤んだ。だが思うことは私も同じ。アレクセイがグライズ公爵家の人間? そんな馬鹿な話があるだろうか? 私の幼い頃からずっと傍にいた彼がメリアの人間ではなかったと、アジェ王子はそう言うのか!?
「姫に縁談を持ってきたのはアレクセイさん、そして最初はグライズ公爵家との縁談だったと聞いているよ。そして、グライズ公爵の口利きで王子との見合い話に発展した。だけど何故? 何故アレクセイさんはグライズ公爵と繋ぎを取る事ができたんだろう? 姫はそれを不思議には思わなかった?」
「思うわけがないでしょう! 私は姫よ! 向こうからそんな縁談を持ち込むことに何の疑問を持てというの? そんな話、信じられませんわ!!」
「だよね、そう言うと思った。こちらとしても証拠はない。あるのは幾つかの証言だけだ」
「証言? 一体誰がそんな事を!」
「グライズ公爵家にいくらか縁のある人達だよ。名前は言えない、余計に混乱してしまうから」
そんな名も名乗れないような人間の言葉にどれ程の信憑性があるというのか? 私はもう20年もアレクセイと共に生きてきたのだ、そんな言葉を信じられる訳もない。
「嘘を並べるのもいい加減にして!!」
「残念だけど、これは嘘じゃない」
「そんな馬鹿な話あり得ない!!」
「僕は言ったよ、現在当主を失って混乱しているはずのグライズ公爵家がとても静かだ、それが一体何故なのか? サムエル・グライズ公爵には跡継ぎがいなかった、結婚もしていないからね。兄弟もいる事はいるが、現在行方不明でどこにいるかも分からない。なのに混乱もせずにいるのは何故なのか? それはね、ここメルクードにグライズ公爵の叔父にあたるアレクセイさんがいたからなんだ」
「アレクセイが、グライズ公爵の叔父……?」
私の言葉に彼は静かに頷いた。
「そうだよ、彼は先代のグライズ公爵の弟。だけど妾腹でほとんど公にはされていなかった存在だ。だけど血統的には間違いなくグライズ公爵家の血を引いている」
衝撃的な彼の言葉、だけど……
「だからなんだって言うのよ! 別にそんな事どうでもいいわ! アレクセイが私と共に生きてきたこの20年は消えはしない。そんな出自なんて知らないわよ! アレクセイはアレクセイだわ!!」
「そうだね、僕もそう思う。だけど彼の心にはいつでも野心が渦巻いている。彼はグライズ公爵家を継ぐ事になるだろう、そうなった時、姫は一体どうするのかな? 彼はもう執事ではいられない、けれど姫は変わらず彼を執事のように扱うの? そんな事できやしない」
「そんな……」
アレクセイは私を父親代わりで育ててくれた、そんな彼が私の元を去るなんて考えられない。
「もし、ここに亡くなったグライズ公爵の弟が現れれば、そんな話も立ち消えになるだろうけどね」
「弟……」
「そう、彼の実弟。実はねグライズ公爵には兄弟が何人かいるんだよ、だけど公にされていないのはその弟が不倫の末にできた子供で、現在所在が掴めていないからなのさ」
私の傍らに腰掛けているグレンが少し驚いたように顔を上げた。
「そんな所在も分からないような人間、今更のこのこ出てくるなんてあり得ないわ! よしんば出てきたとして、一体誰がそれを証明するというの? 先代の公爵も既にお亡くなりになっているのでしょう? そして兄であるグライズ公爵も亡くなっているのよ? 誰もその弟が本物だって証明なんてできやしない」
「そうだね、だけどその弟には身体的特徴があってね、その弟君が現れればきっと一目で分かるだろうっていう特別な特徴があるんだよ。だからグライズ公爵もずっとその弟を探し続けていたのだけどね。彼が裏で奴隷売買なんてやっていたのはその弟を探す為、そのくらい彼の弟君は特徴的な容姿をしているんだよ」
一体それがどんな容姿を指すのか私には皆目見当も付かないし、そんなグライズ公爵家の内情を私に話して一体この人は何をしたいのか? アレクセイがグライズ公爵家を継ぐという事に戸惑いはするが、そんな詳しい内情を聞かされたところで一体私にどうしろというのだろう? 彼の考えている事は本当にさっぱり分からない。
「そしてね、僕はそんな彼の所在を実は知っていたりもするんだよね……」
「え……」
「彼はファルスに暮らしている、最近結婚してね、子供も生まれたんだよ。パパにそっくりな黒髪だって言っていた」
「そんな……父親に似るなら白くなるはずだろう?」
そんな事を口走ったグレンがはっと何かに気付いたようにまた口を噤んだ。
「白くなる? それはどういう事?」
「いや、何でもないです。少しぼうっとしていたみたいで……」
瞳を逸らしたグレンにアジェ王子は瞳を細める。
「グレンさん、よく知っていたね。僕は何も言わなかったのに」
「何の事です? 俺は何も……」
「そう? それにしては僕にははっきり聞こえたけどな。生まれた子供は白くなる、僕にははっきりそう聞こえた」
「……噂で! そう、そんな話を小耳にはさんだだけです! グライズ公爵の末弟は髪も肌も真っ白なアルビノだと、巷では有名で……」
「彼の弟はずいぶん幼い頃に誘拐されている、そんな話を偶然耳にする事なんてあるのかな?」
一瞬グレンは言葉に詰まったのだが、そのうちきっと王子を睨み上げるようにして「人の口に戸は建てられませんよ!」と、言い切った。
「だけど、だとしても、あなたはなんでその子供が公爵の『弟』だと思ったんだろう? 彼は誘拐されるまでずっと公爵家では女の子として育てられていたんだよ? 彼が男の子だったと知っているのは本当に限られた極一部の人間だけだ」
真っ直ぐな瞳が今度はグレンを見つめている。グレンは挙動不審に視線を彷徨わせ、うろたえているのは一目瞭然だ。
「僕は、さっき公爵には何人か兄弟がいるって言ったよね? 実は公爵には弟が3人いたんだよ。1人目は奥様が不倫をしてできた子供、2人目は先代の公爵自身が不倫してできた子供、そして3人目が今言ったアルビノの子だ。正式に公爵の弟として認められていたのはその3人目の子供だけ」
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「…………」
「あなたは何で彼のことを知っていたのかな?」
「だから……噂で聞いたと言いました。それにそんな人間に子供ができただなんて聞けば驚くに決まっているでしょう? よく考えたら最初の不倫の子は黒髪だったと聞いている、あなたが言う弟君と言うのは公爵の一番目の弟さんの事だったんですね」
「はは」と笑いながら言ったグレンの言葉に彼は「うんそうだね」と、頷いて「だけど、何故あなたはそれを知っているの?」と、また小首を傾げた。
「対外的にはその黒髪の弟は生まれてすぐに亡くなったとされている。そしてそんな不義の子供は存在すらも抹消されて記録にすら残っていない。でも、そんな彼が生きている事を何故あなたは知っているの? ううん、そもそもその人が黒髪だったという事実を知っているのは何故?」
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そもそも二人目、三人目は不倫の果てにできた子だと言うのだから、まぁ、それも致し方ないのかもしれないのだが。
「もう、まどろっこしい言い方は止めようか? ねぇ、グレンさん、あなたは先代のグライズ公爵の落し種、公爵家の三男だよね?」
「え……?」
私がグレンをまじまじと見やると、彼はふいと瞳を逸らし「何を根拠にそんな事を言っているのか……それにこんなのは誘導尋問だ。俺はあくまでも小耳に挟んだ噂話を語っているに過ぎない」と反論した。
「根拠は色々、今の会話もそのひとつ、君はグライズ公爵家の内情をよく知っている。ううん、むしろ知り過ぎていると言ってもいい。黒髪で生まれついた次男は先代の公爵に殺されかけて、実父である不倫相手が生まれてすぐに攫っていったんだ。公爵はそれ幸いと彼を死んだ事にして、その記憶は綺麗に世間から抹消されているはず。なのに何故あなたはそんな次男が生きていると知っているのだろう?」
畳み掛けるような言葉にグレンが大きく息を吐いた。
「あなたは一体何者ですか? 何故公爵家の内情にそれ程までに詳しいのか? 俺はそっちの方がよほど不思議だ」
「僕だって、知ったのはまだ最近だよ。だけど色々な情報を繋ぎ合わせたらこうなった。嵐の晩のあの襲撃、そもそもあの夜会に王家の人間が多数来場する事は急に決まったことで、王家の人間を狙った襲撃者があそこに現れる事自体が不思議だったんだ。あそこに王家の人間が複数現れる事を襲撃者に情報として流した人物がいる。その人物は王家を嫌い、国という枠組みすら嫌っている国籍の曖昧な浮遊層。国籍の売買、それによって自分の居場所をなくした者もいれば、どちらに属しているのか曖昧な者まで、そんな人達はメリアとランティスの併合を望んでいるとそう知った。枠があるから弾かれる。だけど、そんな枠組みが取っ払われてしまえば全て解決だ」
国籍の曖昧な人々、どちらの国にも属せない?
「あなたのその赤髪は、きっとランティスでは酷い差別を受けただろう? それでメリアに渡ったの?」
グレンが「あぁ……」と呻くように頭を振った。
「一体何処まで知っている?」
「さぁてね? 君が嘘を吐いたら、嘘だと見抜ける程度には?」
穏やかな表情の王子と対照的にグレンは苦虫を噛み潰したような表情だ。ツキノも何故か驚いたような表情でグレンを見やり、彼は何も知らなかったのだなと、それだけで理解できた。
グレンは長い長い溜息を吐いた。
「どっからバレた……いや、今の話からするに、情報元はアレクセイさん?」
「今回の襲撃で公爵が亡くなったのは君にとっても予想外だったんだろう? 関わり合いになりたくないと思っていた公爵家、だけど、そうなってみれば現在残っている公爵家の人間は自分だけだと思ったんだろ?」
「あぁ、そうさ。妾腹とは言え、それでも俺は公爵家の血を引いた人間だ、後を継ぐ人間がいないのならば、その後継者は俺のはずだとそう思った」
「でも君は自分のランティスにおいての戸籍を捨ててしまっていて、自分の身分も証明できなかったんだね」
くっ、と自嘲の笑みでグレンは笑う。
「その通りだ。完全な門前払いだったよ。元々、俺なんて公爵家の人間としてカウントもされていなかったし、どうでもいいと思っていたが欲が出た……まさかその時点ですでにアレクセイさんが公爵家の実権を握っていたのか……?」
「まぁ、そうだね。アレクセイさんは戸籍を捨ててメリアにいた訳じゃない、彼が公爵の叔父だと言うのは公爵家の人間には周知の事実だったんだ。彼は父親の命でメリア王家に乗り込んだ間者、そして向こうで生活基盤を築いて暮らしていた。だけど公爵家との縁はずっと切れてはいなかったんだよ。長い長い日陰の身暮らしだったけれど、甥である公爵との関係は悪くなかったみたいだね。狸と狐で気が合ったのかもね」
初耳尽くしの話に、私はどう反応していいのか分からない。何もかも聞いていない、これは一体どういう事だ!?
「アレクセイが公爵家の人間であるのは嘘ではなく、本当の話なの?」
「うん、嘘じゃないよ。きっと今も彼は公爵家の方に出向いているのだと思う。だけどアレクセイさんの姫への忠誠も嘘じゃない……ううん、これは忠誠なんかじゃないんだよね?」
アジェ王子が私を見やる。やはり私は彼のその真っ直ぐな瞳がとても嫌いだ。
「アレクセイさんは姫の本当のお父さん、なんだろ?」
「……真実は誰にも分かりませんわ。アレクセイは何も言わない、母に聞く気もありません。確かに父が死んだ後、親身に母の世話をしていたのはアレクセイよ、だけどそれは主従を逸脱したものではなかった……と、私はそう思っております」
そうは言ってみたものの、私は過去に彼と母が睦み合っているのを見た事がある。幼かった私にはそれがどういう情景なのか分からなかったのだが、大人になって意味を理解した。理解をした頃には母とアレクセイはもう既に主従以上の関係ではなくなっていたようで、そんな気配は微塵も感じられず、真相は闇の中だ。
「それで、あなたは俺の正体を暴いてどうしようって言うんだ? 確かに俺は公爵家の三男だが、認知もされていないその辺に転がっているただの男だ、そんな男の正体を暴いた所で……」
「この国に根強く残る差別、それを無くす為に動く組織、時に過激にこの世界を改革しようと目論んでいるのだってね? 勿論一枚岩ではなく、今回の襲撃者は特に過激な一派だったけれど、そういう闇組織の人間がこの事件の鍵を握っている。そして君はその組織の一員だ」
グレンが驚いたように顔を上げた。
「君が王家に職を求めたのもその為だろう?」
「俺は別に王家の人間全てを嫌っている訳じゃない。メリアのレオン国王陛下は尊敬していると言ってもいい。俺が嫌いなのは旧体制の王家ってやつだ、威張るばかりで何もしない、口だけ達者な張りぼての虎。姫さま然り、ランティス王家も同じだったな」
開き直ったようにグレンは鼻で笑う。
「だけど、どうやら貴方は違うようだ。惜しいな、なんで貴方はエリオット王子の影武者なんかに甘んじているんです?」
「僕は政に興味はないし、そんな立場に立ちたいとも思わないからね。それで、あなたは姫を殺す為に姫に近付いたの?」
「俺は殺しはやらない。それこそ俺がその組織の一員になったのは俺の技術が買われたからだ。俺の技術は幾らでも武器に転用できますからね」
「あなたのその技術はそんな事の為に使う物ではないだろう?」
「俺の技術を生かせる世界を創る為なら、幾らでもこの腕使ってやりますよ」
「だったら貴方は早々にそんな得体の知れない組織とは手を切った方がいい」
「ただ待っているだけでは時代は変わらない」
「国の混乱は技術の発展を滞らせるよ」
「そんな国を無くせば全てが上手くいく!」
言葉の応酬、私は口を挟む事もできない。それはツキノも同様に、ただ2人の言い合いを睨み付けるように眺めていた。
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赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。
【完結】ここで会ったが、十年目。
N2O
BL
帝国の第二皇子×不思議な力を持つ一族の長の息子(治癒術特化)
我が道を突き進む攻めに、ぶん回される受けのはなし。
(追記5/14 : お互いぶん回してますね。)
Special thanks
illustration by おのつく 様
X(旧Twitter) @__oc_t
※ご都合主義です。あしからず。
※素人作品です。ゆっくりと、温かな目でご覧ください。
※◎は視点が変わります。
【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】
紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。
相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。
超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。
失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。
彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。
※番外編を公開しました(2024.10.21)
生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。
※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。
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