運命に花束を

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運命に祝福を

宣戦布告 ①

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 粛々と鎮魂の鐘が鳴る。
 メルクードの街は、中身はどうあれ見目麗しい街だった、けれど今その街は見る影もなく荒れ果てている。花々が咲き乱れる街、それが今は焼け焦げた煤で黒ずんで街全体が暗く沈んでいた。
 街を行き交う人々の表情は暗い。何故なら先だっての嵐の夜に、その住民の多くが何かしらの被害を受け現在復旧は急ピッチで進められているとはいえ、まだ通常の生活に戻れる目処が立っていないからだ。
 そして、それと同時に同じ夜、ランティスの国王陛下が亡くなった。それは急な訃報で国民も不安を隠せずにいる。表向きには急な病による病死、けれど人の口に戸は立てられず、その死因はまことしやかに広まっている。
 国王の死を悼んで喪に服していると言われている王子達が国民の前に顔を出さないのも国民の不安を煽り立てる。何が起こっているのか分からない、それはじわりと澱のように皆の心に不安を呼び起こす。

「ノエル、こんな所に居たのか、探したぞ」

 俺に声をかけてきたのは友人のウィル・レイトナー。現在、俺ノエル・カーティスはランティス王国騎士団長、リク・デルクマンの家に居る。
 彼の家はそこそこの広さがあり、家の真ん中には多目的に利用できる大きな庭がある。基本的には剣の稽古に使われる事が多いのだそうだが、現在その庭には家を焼きだされた街の住民が何人も身を寄せ合い避難してきている。その中にはランティス人に留まらず、メリア人もファルス人もいて、余所の避難所では受け入れてもらえなかったという者達が多く身を寄せていた。

「葬儀、始まったのかな……」
「あぁ、そうかも。ロディ兄ちゃん大丈夫かな?」

 カルネ領主のご子息ロディ様、彼は現在王城で、この国王陛下の葬儀に参列しているはずだ。
 彼は国王陛下の実の孫であるのだから、それは至極当然の事のようにも思われるのだが、彼の母親は隠された王子、公には認められていないエリオット王子の双子の弟。本来ならそんな場に列席すら許されないはずなのだが、現在彼はその場にいる。
 立場的にはエリオット王子の隠し子、そんな触れ込みで彼は現在王族関係者の席に座らされているはずだ。
 独身を貫いていたエリオット王子には『王に結婚を反対されている内縁の妻がいる』という噂は、実は結構広く広まっていた噂だったようで、陛下が亡くなったこのタイミングでの隠し子発覚はまさに計算通りと言わんばかりの言われ方をしているのだが、その内情はそんな簡単なものではない。
 ロディ様がそんな扱いでその場に立たされたのは、あの晩夜会の最中に襲われたエリオット王子の意識がまだ戻らないからなのだ。
 国王陛下が亡くなり政情が安定しない今、まだその情報は伏せられているが次期国王と言われていたエリオット王子が何者かに襲われ意識不明の重体、まだ王家には末のマリオ王子が残っているが、気弱で病弱な王子である事は誰もが知るところで、そんな弟王子に不安を抱く民衆は多い。
 エリオット王子の隠し子発覚は、そんな不安を払拭する意味でも、もしエリオット王子が亡くなってもまだ彼の落し種が残っているという希望を繋げる為の布石にもなっている。
 そうは言ってもこのタイミングで現れた隠し子なんて、疑惑の眼を向けられるのは必然で、きっと今頃ロディ様は大変な思いをしているのは間違いない。
 ちなみにエリオット王子の本物の隠し子であるカイトの方はと言うと、彼もまた夜会で襲われ大怪我を負っている。だが意識ははっきりしており受け答えも出来ているらしい。
 けれどまだ寝たきりの療養生活で、カイトはそんな場に出て行くことが出来なかったのだ。
 ロディ様とカイトはどことなく雰囲気が似ている。背格好もほぼ同じで、カイトが無事復帰の暁にはロディ様はその立場をカイトに返すつもりでその役割を請け負ったらしい。ロディ様って意外とお人好しというか、頼まれると断れない性質なんだよね。

「結局俺、何も出来なかったな……」
「ノエルはまだそんな事言ってるの? もうしょうがないじゃん、起きちゃった事は今更過去に戻って取り返す事なんかできないんだから」
「でも、だけど……止められたかもしれないだろ。俺が間に合っていたら、あの人だって、もしかしたら思い止まってくれたかもしれないのに」

 ユリウス・デルクマン。俺の恋人。
 その名は今となってはこの大陸全てで指名手配のかかった犯罪者だ。夜会を襲った襲撃者、その目撃情報はもう間違いだと言えないほどに多く、俺はその事実を受け止めるしかない。
 国王陛下を暗殺した者の名は分かっていない。けれど、そいつは仮面を被った山の民だったと聞いた。彼等が仲間で同時に王城と夜会を襲ったのは間違いない。彼は危険な山の民と手を組んで犯罪者となってしまった。

「ノエルがいくら思いつめても仕方がないよ。本当に止められたかどうかだって分からないだろう? だってユリ兄には番相手ができたんだ」

 ウィルはきっと悪気があってそんな事を言っているのではないのは分かる、たぶん慰めようと思ってその言葉を選んだのだろうけれど、その言葉は俺の胸に突き刺さる。
 バース性の人間にとって番相手は絶対なのだそうだ。ベータである俺にはそれがどんなモノなのかも分からない。そんな風にあっさり仕方がないと諦められるほど、俺の感情は簡単な物ではない。
 あの晩、俺がこの街で見たのは燃え盛る炎のドラゴンだった。雨も降っているのに、その炎はまるで生きてでもいるかのように街を焼いた。街に着いた俺とユマさんは逃げ惑う民衆の人命救助が手一杯で、結局俺はユリ兄の姿を見つける事すら出来なかった。
 俺達の他にもその非常事態に救助の手を差し伸べる人間はたくさんいた。
 俺達が最初に見付けたのはメリアの人達。彼等は「こういう急な災害には慣れている」と、手慣れた様子で消火活動にあたっていた。
 それは争いの絶えないメリア国内で、家を焼き出される事も多かった彼等の当たり前の行動だったのだが、それはランティス人にはひどく頼もしく見えたようで、ここにきてメリア人の株が少し上がったのは皮肉としか言いようがない。
 次に黒の騎士団の人達、彼等は目立ちはしないが夜陰を飛び回り、助けられる命を片端から助けて回っていた。同時に同じように火を付けて回っていたという言葉も散見されたのだが、それは一様に仮面を被った山の民だったという証言から、それはユリ兄の仲間だったのだと推測される。
 黒髪の人間を見て「山の民に助けられた」と感謝する人と「あいつ等はこの街を焼いた」と憎々しく言う人で意見は真っ二つに割れて、同じ黒髪でも全く違った行動に出る人達がいるのだと認識されたのも、これもまた皮肉な話だ。
 そういえば、黒の騎士団の人達がそんな騒動を終えて、一息吐いてもいい所なのだが、彼等の表情はとても沈んでいる。
 その理由を彼等は口にはしないが、黒の騎士団の仲間から裏切り者が出たからだとイグサルさんは言っていた。
 ユリ兄の親友である事を自負していたイグサルさんも今回の事件にはショックを受けていて、今まで自分の立っていた位置にまるでユリ兄の相棒であるかのように黒の騎士団が一人付き従っていたと言っていた。
 自分は裏切られたのか? 騙されていたのか? と自問自答していたイグサルさんだったのだが、やはり彼の目にもユリ兄の様子は明らかにおかしく映ったようで、「あいつは正気じゃなかった。ユリウスはあんな事を言うような奴じゃない」と、そう言っていた。
 それでもユリ兄のした事は許される事ではない。現在犯人一味で名前の分かっている者、ユリ兄含め数人がこの大陸中で指名手配犯として追われる身となっている。
 その中で仮面の男に寝返ったと思われる黒の騎士団『セイ』は、黒の騎士団の中でも次世代を担っていく男と仲間には思われていたらしく、ショックも相当大きかったらしい。
 彼等は3兄弟、長男セイ、次男サキ、三男シキの3兄弟で動いている事が多かった。
 そんな中、残り2人の動向も怪しいのでは……? と疑いの目を向けられたのだが、次男シキは、現在黒の騎士団の本拠地であるムソンと言う名の隠れ里で妻子をもうけたばかりだったらしく「そんな訳あるか! 兄貴の事なんて知った事じゃない!! 俺はこいつ等を養うために働いている! 裏切りなんてアホな事をしている暇はない!」と大変怒っていたらしい。
 そして三男シキは「俺は常にルイの側だ……」と、言葉少なに語ったらしい。そういえば、武闘会の時もそうだったよね、彼、いつでもルイさんの傍に居たそうだったもんね。
 そんな2人の言葉だけで疑いが晴れる事はなかったらしいけど、色々と裏を取っていった結果どうやら裏切り者はその長男だけで間違いないだろうと結局はそういう結論になったらしい。
 けれど、仲間が1人そんな事になれば疑心暗鬼にかかるのが世の常で、フットワークの軽さと、ネットワークの広さが売りの黒の騎士団内では仲間内で微妙な意見の齟齬も生まれているらしい。これはユマさん情報。

「裏切ったのが本来なら村を纏めていかなければならない村長の孫だったっていうのも大きいみたい。ランティス王家の事を笑えないわね、父さんも足元を掬われたと思っているんじゃないかしら」

 と、困ったように言っていた。

「リリーの父ちゃんもこんな事になって、もう何日も全然帰って来ないし。この国、本当に大丈夫なのかな?」

 少し不安そうにウィルが言う。いつでも元気で前向きな彼がこんな表情を見せるのは珍しい。

「もしこの国に何かあったら、オレ、絶対リリーは連れて帰ろうと思う」
「ウィルは本当にリリーが好きなんだな」
「彼女はオレの『運命』だからね」

 『運命』そんな言葉は聞きたくない。これが全て『運命』に導かれた事であるのなら、ユリ兄がこんな事になってしまったのも、まるで全て目に見えない何かに操られているかのようではないか。
 彼が自分の意思でこんな事をしたなんて信じたくない、それが彼の『運命』で抗えない流れなのだとしたら、それにも俺は納得がいかないのだ。
 『運命』なんてクソ喰らえだ。これが俺達の運命なのだと言うのなら、俺は最後までそんな運命には逆らってやる!

「俺、ちょっと葬儀見てくる」
「気を付けなよ」

 心配そうなウィルの声を背に俺は歩き出した。見てくると言った所で俺なんかが葬儀に参列できる訳がない。俺は国葬を遠目に眺めるだけなのだが、そんな民衆は俺以外にもいくらもいて、大通りは人で溢れていた。
 先だっての火災で亡くなった方も大勢いると聞いている、大通りには人が大勢いるのに街中がまるでお葬式をしているかのように皆言葉少なく活気もない。
 老若男女が城を見上げる、そんな時にふっと目の端を掠めた人影。金色の髪に目を奪われた。後姿が似ていると、条件反射で動いた俺はその人の腕を掴む。

「ユリ兄!」
「あ?」

 振り向いた男の顔はユリ兄とは似ても似つかなくて、俺は慌てて頭を下げた。男は訝しげな表情を見せつつもすぐに行ってしまう。そういえばここはランティスだ、ユリ兄に似た金髪の男なんていくらでもいる。それでも、彼のような不思議なアメジスト色の瞳を俺はまだ彼以外に見た事がない。
 空は今にも降りだしそうな曇天で、まるで皆の心を代弁しているかのようだと俺は思った。


  ※  ※  ※


 名前を呼ばれたような気がして振り向いた。けれど、そこに見知った顔は見付けられず私は瞳を伏せる。

「どうした?」
「いえ、ただ少し名前を呼ばれた気がして……」
「はは、そんな事ある訳がない。俺達はいまや指名手配のお尋ね者だ、もし知人がいたとしても声なんてかけてこずに通報されるのが関の山だ」
「…………」

 指名手配のお尋ね者。確かに街の至る所に私達の手配書は出回っている、けれど私のこの容姿はランティスではあまりにも一般的で、少しの変装だけで誰も私を私と見破れない。
 きっと人なんてそんなモノで、誰も思うほどには私達に注目などしていない、今回の事件にしてもそうだ、私達は指名手配を受けてはいるが事件自体は隠蔽されて、大した騒ぎにもなっていない。これでは事件を起したかいもない。

「エリオット王子の国王即位は一ヵ月後だそうだ、まぁ、急な事だったからな……」

 民の囁き交わす声。

「その一ヵ月後まで王子が生きていればいいがな」

 セイが暗い瞳で笑みを零した。彼には確かな手応えがあったのだろう。
 エリオット王子はこんな事になっていても民衆の前に姿を見せない。まだ亡くなったという話も聞かないが、少なくとも動ける状態ではないという事だろう。
 王家は戴冠式までにどうにか王子の回復を図るつもりでいるのかもしれないが「そんな事はあり得ない」とセイは言った。

「致命傷には至らなかったらしいが、俺の刃は特別製だ。即死に至らなくとも刃に塗り込んだ毒が体を蝕んでいる。俺にこの刃を与えたのはファルスの王だったのだが、今頃あの男はどんな顔をしているだろうな」

 セイは元々ファルス国王の直属の配下であったのだそうだ。けれど今、その裏切りの刃はそんな主人の喉下に突きつけられていると言っていい。
 鎮魂の鐘が街中に響き渡る、それはどこかとても澄んだ音色で耳に心地よかった。

「城の方で何か王家からの発表があるらしいぞ」

 ふいに聞こえた新たな声、民衆が顔を見合わせた。私達もその言葉に耳をそばだてる。

「王子が俺達に伝えたい事があるんだと」
「ふん、マリオ王子か……役にも立たない末王子が何を言った所でこの流れは変えられない」

 セイが瞳を細めて、そう呟く。

「行ってみますか?」
「まぁ、一応はな」

 私達は連れ立って歩き出した。大通りを埋め尽くしていた民も、思い思いに移動を始める。城の周りにはとても多くの民衆が集まり、皆どんなお言葉があるのかと城を見上げた。
 城の前は少し大きな広場になっており、周囲をぐるりと小さな塔が囲んでいる。その上にそれぞれ兵が立っており物々しい雰囲気だ。
 あんな事件があったばかりだ、これでマリオ王子にまで何かあったらと、警戒が厳重になっているのだろう。
 大きな城門の上には楼があり、そこにも何人も兵が立ち並び、こちらを睨みつける。
 ざわざわと騒がしい民衆達、あそこで王子が何を喋った所で聞こえる気もしないのだが、それでも民衆は今か今かと王子の登場を待ちわびていた。
 しばらくすると、前触れが王子の楼への到着を知らせる声を上げ、民衆は息を飲むように声を落した。
 楼の上、最初に現れたのは黒髪のジャン王子、彼は周りを睨み付け民衆達を黙らせる。その瞳は眼光鋭く不審な動きをする者は一人たりとも許さない! と、城門前を見回した。そして、続いて出てきたのはマリオ王子、そして更に続く人影。

「な……そんな馬鹿な……」

 セイが驚いたようにその人影を見やる。マリオ王子に続いて姿を現したのは床に伏しているはずのエリオット王子。信じられない、という表情でセイは彼を食い入るように見つめていた。
 エリオット王子を中心に向かって右にジャン王子、左側にはマリオ王子、ジャン王子は睨む瞳を緩める事なく後ろへと下がった。そしてエリオット王子は前に進み出て民衆を見回す。その足取りには覚束ない所も見えず、怪我をしているようには全く見えない。
 それが王子のやせ我慢の末の動きなのか、それともセイが思っていたほど王子の怪我は大した事がなかったのか、私達は食い入るように彼の動きを見守った。
 エリオット王子は楼の中央に立ち、民衆をぐるりと見回して小さく片手を上げると民衆がわっと湧いた。その歓声に耳を傾け、落ち着くと彼は「最初に国民の皆には不安な夜を過させてしまった事、大変申し訳なく思う」と、謝罪の言葉を口にした。

「先だっての天災は未然に防ぐ事が出来るものではなかったが、その日のうちの国王陛下の訃報に皆もずいぶん不安になったと思う。本来ならばもっと早くに私が皆の前に立ち、こうして皆の声に耳を傾けるべきであったのだが、対応が遅くなり大変申し訳ない。家族が亡くなった者には追悼の意を述べると共に、家を焼きだされた者には早急な対応を約束しよう」

 決して大きな声ではないと思う、けれど張りのあるその声はずいぶん遠くの民衆にまで届いているようだった。
 彼は民衆達に今後メルクードでどのように復興を進めていくか、簡潔丁寧にひとつひとつ分かりやすく説明していく。それは、技術者の語るべき事で、王子が語るべき事ではないと思いはするのだが、その丁寧な説明に民衆の表情に安堵が浮かんだのが見て取れた。
 先行きが分からないという不安を拭うという意味ではそれは意味をなす言葉だったのだと思う。

「この先のメルクードに関してはここまで、更にここでひとつ、皆に申し伝えたい事がある」

 エリオット王子は語り続ける。決して性急ではない落ち着いた語り口は民衆の耳目を捉えて離さない。

「すでに風の噂で聞き及んでいる者もいると思うのだが、今回の国王陛下の訃報、表向きは病死として発表したのだが、それは事実とは異なっている」
「な…………」

 まさか、ここでそれを言い出すとは思わなかった私達は言葉を失う。それは王子を囲んでいた兵も同じだったのか顔を見合わせるようにエリオット王子の顔を見やる。

「陛下はあの嵐の晩、侵入してきた何者かに襲われ命を奪われた……」

 民衆の動揺が手に取るように伝わってくる。けれどエリオット王子は淡々と語り続ける。

「犯人は未だに捕らえられておらず、これは私達王家に対する宣戦布告であった。あの晩、私も暴漢に襲われいくらかの傷を負わされた、皆の前に顔を出せなかったのはその為だ。だが次期国王である私がたかが暴漢の襲撃に尻尾を巻いて逃げ隠れをしている訳にはいかない。何より、今この国を混乱に陥れようとしている悪漢どものいいように事が運ぶ事は避けなければならない」

 王子の言葉に固唾を飲むようにして民衆は耳を傾ける。

「犯人が何を思い私達を狙うのか、それはまだ分からない。けれど、私達はそんな脅しには屈しない。これは我がランティス王国のみを狙った犯行ではない。情報によると犯人達の刃は隣国ファルス王国、メリア王国にも向いていると聞き及んでいる。我等はそんな情報を共有し共に同盟を組む事になった」

 ざわ、と空気が揺れる。ファルス王国はともかく、ここランティスにとってメリア王国は長年の敵国だ。そんな国と手を組むと言うのだから、国民が戸惑うのも無理はない。

「私達が戦わなければならない相手は隣国ではない。我等の暮らす平和な生活を脅かそうとするテロリスト達だ。私達は卑劣な悪党を許す事はない、それは共通認識として各国と話し合いを進めている。敵はメリア人でもファルス人でも山の民でもない、平和を願う民はすべて等しく我等の友である。憎むべきはそんな我等の平和を脅かす者である事を皆の者にも再度申し伝えたい」

 しばしの沈黙、エリオット王子は周りの反応を窺うように息を吐いた。

「我が国は強い国だ、決して他国に劣らぬ国である。だが、その強さを他国人にひけらかす事が強さではない。私達は誰にも負けない、それは他者を辱めて手に入れる物でもない。我等は強い、強者は弱者を蔑む事はない、何故ならそれが強者の強者たる所以であるからだ。弱者を蔑む者は決して強者になる事はない、それは強さではなく恐れであるからだ。それは強者の心理ではなく、弱者に取って代わられる事を恐れる弱者の心理である。再度言う、我等は強い、決して弱者の心に己の心を乗っ取られないで欲しい。それはそのまま、我が国の弱味になるのだと理解して欲しい」

 場内はしんと静まり返っている。何故か声を上げられない空気がそこに流れていて、誰もが王子の言葉を一言一句聞き逃すまいと耳をそばだてているのが分かるのだ。

「昨今、巷では快楽を得る為、自分の力を過剰演出する為、己の欲望を満たす為に、不法な薬物が街中に溢れていると聞く。それは、決して皆の生活を向上させる物ではない、物に頼らなければ見いだせない己の力など無意味でしかない。もしここにいる者達の中にそんな物を所持している者があるのならば、即座にそんな物は破棄して欲しい。我が国の民はそんな物に頼らなければならないような弱者ではないはずだ。我等は強い、そしてこれからも、我等が強者であらん事を!!」

 強く言い切った王子の言葉、やはりしんと場内は静まり返っているのだが、そのうち、わっ! と歓声が上がった。民衆はエリオット王子の名を叫ぶ。まだ国王に即位もしていないのに「国王陛下万歳!」と叫ぶ者までいて、傍らのセイは苦々しい表情を隠さない。

「行くぞ」

 まだ王子の言葉は終わっていないのにセイが踵を返すので、私はそれに慌てたように付いていく。

「何がテロリストからの宣戦布告だ、これは俺達に対する挑発だ。宣戦布告をされたのは俺達の方だ。来られるものなら来てみろとあいつは言っているのさ。いい度胸だ」
「セイさん……」
「アジトへ行くぞ。今のあいつの言葉、一言一句違えずにアギトに聞かせてやらねばな」

 足早に進むセイ。私は城を振り返る。エリオット王子は、笑顔で民衆に応えているのだが、その顔色は決して良くはない。あんなのはただの王子の強がりだろうと私は思うのだが、セイはそうは思わなかったのだろう。
 王家からの宣戦布告、私達は彼等に敵だと認められたのだ。それだけでも私達にとっては大きな一歩であると思う。
 私は立ち止まり、息を吐いた。力を使う事には慣れてきている。瞳を瞑り、雲を呼ぶ。幸い今日は曇天で、雷雲を呼ぶのは簡単だった。
 俄かに現れた雷雲は大きな音を立てて城へと稲妻を落す。

「お前……」

 セイがその雷鳴に気が付いたのか引き返してきた。

「宣戦布告返しをしてみましたよ」

 笑って言った私にセイは苦笑して「本当に、しみじみお前が敵でなくて良かったよ……」と、そう呟いた。



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