運命に花束を

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運命に祝福を

混沌 ③

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 ここへ来る前に標的の名前を叩き込まれた。
 メリアのツキノとレイシア、ファルスのジャンとロディ、ランティスのエリオットとマリオ、そしてカイト。その名前は所詮記号に過ぎず、頭に留めるだけだった名の標的達を目の前にして、私は動揺を隠せずにいる。
 目の前の標的達は何故か皆私をまるで知人であるかのように話しかける。セイは「騙されるな!」と、私に叫ぶが私の中の何かが叫ぶのだ、彼等が私を知っているように私は彼等を知っている。

「ノエルだってお前を探してメリアに向かったんだぞ!!」

 誰かが言い放った言葉。標的の中には入っていない名前『ノエル』
 私はその名に聞き覚えがある。私が覚えていた名の中にその名はあった。
 けれど私の面倒を見てくれていたセイは自分はその名を知らないし、知る必要もないと私にそう告げたのだ。

「ノエルはお前の恋人だろ!!」

 馬鹿な、そんな訳はない。私の唯一は集落で私を待っているミーアただ一人。なのに、何故か胸の中に燻ぶる感情が、何かを叫び出そうと渦を巻く。
 誰だ、ノエル? そんな者を私は知らない。だが本当に……?

『ユリ兄……』

 頭に響く声。知らない、分からない、なのに胸が締め付けられる。誰だ、それは一体誰なんだ!?

「ユリウス、そいつの話しはデタラメだ! 聞く必要はない!! お前は村に残る彼女とその子の事だけ考えていればいい!」

 セイが私に畳み掛ける。

「そうだ、私はミーアと我が子を守らなければ! 私は我が子の為に、この世界を作り変える!」
「ふざけんなっ!」

 その怒声は怒りだけではなく、どこか悔しさを滲ませたようなそんな声音で、私は何故そんな風に彼等に諭されるように、そして苛立ったように叱られなければならないのかが分からない。
 彼等と私達は敵同士、なのに何故、彼等は私を兄と呼ぶのだろう……

「ふざけてなどいない。私達はこの醜い世界を正すのだ、誰にも支配されない世界を、この手に……」
「ユリウス、それはうちの親父の思想と同じだろう? お前達親子はその為に今まで身を粉にしてこの大陸中に働きかけてきただろう? 今、お前のやろうとしている事は、そんなお前達自身の働きを全て水泡に帰すような事だと何故分からない?」

 言葉を遮ったのは、仲間と同じ黒髪の青年だった。標的には優先順位がついていた、今この場で一番始末しなければならないならない男、それがこの男ジャン王子、そしてセイが今相手をしているエリオット王子だ。

「お前達のやっている事は全て己の保身だけで、真に私達の事を考えたものではないだろう?」

 仲間は言っていたのだ。ファルスの国王とその息子達は我等「山の民」と同じ祖を持つにも関わらず、自分達だけのうのうと人の上に立ち、山の民は置き去りのまま顧みようともしないのだ、と。

「己の保身? 聞き捨てならないな、いつ私達が自分達の保身を考えたと言うんだ? 親父はあの歳になってもイリヤに留まらず各地を回って国の安寧を……」
「けれど、差別はなくならない。むしろファルスでは赤髪差別も黒髪差別も酷くなる一方だ!」
「それは、我が国だけでどうこう出来る問題ではない部分があってだな……」

 聞く耳など持つ必要はない、彼等は自分達の都合のいいようにしか言葉を発する事はない。それに騙された結果が現状で、そんな王族の人間の言葉に意味などない! 
 私は男に剣を向ける。ジャン王子はその剣を剣で受けた。

「国があるから差別が生まれる、そんなものは全て取り払ってしまえばいい。その為には王家など無用なのですよ」
「暴論だな……その為に私達を殺しに来たのか、ユリウス!」
「もう、話し合いの余地はない」

 そう、もう今は話し合いをする段階はすでに終えてしまった。彼等は話し合いで解決できるはずだった時間を無為に過した、だから今、私達はこうやって彼等に刃を向けることになったのだ。それは全て王家の怠慢によるもので、今のこの状態はまさに自業自得。

「ユリだったらそんな事は絶対に言わない!」

 目の前に飛び出してきたのは黒髪の少女……いや、違う、彼はメリアのツキノ王子。

「そうだよ、兄さんは絶対そんな事を言う人じゃなかった!! 目を覚ましてよ、兄さん!」

 続いて現れたのはランティスのカイト王子。何故彼等はそれほどまでに私を知った風に語るのだろう。

「私はお前達の兄などではない!」
「確かに血は繋がってないけど兄さんはずっと僕達の兄さんだったよ! ずっと僕達が生まれた時から兄さんは兄さんだった!」
「……違う!」

 心が締め付けられるようだ。何かを思い出しそうで、思い出せないもやもやに吐き気がする。

『ママはユリとねぇねのママなのに、なんで赤ちゃんばっかり大事なの!?』

 泣きながら訴える自分を抱きあげたのは大きな男。

『ユリウスはお兄ちゃんになったのですから、ママに甘えるだけでは駄目なのですよ。お兄ちゃんは、弟や妹を守ってやらなければいけないのですからね』
『それならユリは、お兄ちゃんになんかなりたくなかった!!』

 おぼろげな記憶、私は兄になどなりたくなかった。父は困ったように、私の頭を撫でたが、思い出した記憶はそこまでだ。

「私は兄になりたくてなった訳じゃない、ならざるを得なかったんだ、お前達が私の前に現れたから!!」

 血も繋がらない弟達、どういう経緯で両親が彼等を引き取ったのかまではまだ思い出せない、けれど自分は彼等の兄になどなりたくはなかった! 彼等が私の前に現れる事で私のそれまでの生活は一変したのだ。
 私はそれを受け入れる為に兄にならざるを得なかった! 好きで彼等の兄になった訳ではない!!

「それがユリの本音なのか……?」

 その感情は間違えようのない事実、私は彼等が引き取られてきた事で窮屈な生活を余儀なくされてきた。それは私の中から溢れるように零れ出した感情で、私はそれを否定する事はできないし、する気もない。

「あぁ、きっとそうなのだろう」
「だったら……だったら! もっとそういう態度でいたら良かっただろう! 優しい兄のふりで、俺達に寄り添って頼れる兄を演じていたのか!? その裏であんたは俺達を疎んじていたってそういう事か!? なんで、それならもっと早くにそれを言ってくれなかった!! こんな事になる前に、俺達はあんたをそんな風にしたかった訳じゃない!! ずっとずっと誰よりも一番頼れる兄だと思っていたのに!!!」
「まったくもって迷惑な話だ」

 私の言葉に、ツキノは泣き出しそうに瞳を大きく見開いて、そしてその後、ぎっ! とこちらを睨み上げた。

「分かった、だったらお前は今この瞬間から俺達の敵だ!」
「ツキノ! 兄さんも、今の嘘でしょ!? たちの悪い冗談だよ……ね?」

 仲裁に入ろうとしたカイトを剣で振り払った。目障りで仕方がない。私にはやらねばならぬ使命がある。

「カイトっっ!!!」

 悲鳴のようなツキノの叫び、カイトの体がゆらりと傾いだ。まずは一人目。
 そんなカイトの体を支えようとしていた、ツキノ目がけて剣を振り下ろそうとした所で「お前の相手はこっちだよ」と、ジャン王子が割って入った。

「そうでしたね、私としても貴方を逃がす訳にはいかない」
「はは、そうかよ。だが、そう簡単にやられてはやらねぇぞ。私はお前をチビの頃から知っている、お前の太刀筋も癖も全て把握済みだ」
「いつまでも、子供だと思われるのは心外です」
「言っている事はまるで子供の駄々だがな!」

 子供の駄々? そんな事は……いや、そうであるのかもしれない。私は今、何かが解き放たれたような気分でいる。私はこの『兄』と言う名の呪縛に囚われていた、私は正しい『兄』でいなければならなかった、けれど私はそんなモノを望んでなどいなかった!
 剣が交わる音が耳に心地良い。

「ユリウス、何を笑う……?」
「さて、何故なのでしょう」

 交わされる剣撃、私は純粋にそれを楽しんでいた。私はそれが楽しくて仕方がなかったのだ。こんな気持ちになるのは久しぶりだ。
 これが私の本質か? 分からなかった自分の事を少しだけ思い出せたような気がする。

「何故警備の者が誰も来ない!? 一体いつまでこんな不審者どもを野放しにしておくつもりだ!!」

 人垣の中に紛れた誰かが叫ぶ。己では何も行動しようとしない、口先だけの者はそうやって誰かをあてにしたまま動く事をしない。だったらお前が私を止めてみたらいい、だが私はもう誰にも止められない。
 とても愉快だ。まるで世界を牛耳ったかのように誰も私に逆らえない、こんな愉快な事はない。

「……!? これは一体何事が起こっているのですか!」

 またどこかで悲鳴のような声が聞こえる。声を上げたのはずぶ濡れの警備兵、どこかを負傷しているのか顔を顰めて苦しそうな表情のその男は、何かを叫ぶ。
 その声は私にまで届きはしなかったが、逃げる事もせず、私たちを遠巻きに野次馬の如く見守っていた者達の間からも悲鳴が上がった。
 あぁ……これは恐らく族長アギトが作戦に成功したのだろう。もう、楽しんでいる時間はあまり残されていない。
 深く踏み込み剣を払う。その切っ先がジャン王子の首を掠めた。あと少しだったのに、なかなか手強い。

「躊躇なく致命傷を狙う、か。ユリウス、お前……」

 無駄口を叩く余裕が残っているのが腹立たしい。またしても場内の空気が揺れる。セイがどうやらエリオット王子を潰したようで、こちらへと加勢にやってきた。

「何をぐずぐずしている! 時間がないぞ!!」
「そんな事は分かっています!」
「お前……見覚えがあるぞ、お前は親父の配下の人間だろう!」

 ジャン王子がセイに食って掛かる。けれど、そんな王子の声は軽く無視して彼は王子に刃を向けた。私と彼とで挟み撃ちで仕留められると思った時に、私の前に飛び出してきたのはぎらぎらとした瞳でこちらを睨むツキノだった。

「セイ! ユリウス!! お前達一体何をしている!」

 響いた声はまた別の場所から。セイがちっ、と舌打ちを打った。

「ユリウス、撤退だ。行くぞ」

 セイが不利を悟ったのか踵を返す。まだ標的を倒せていないのに、そんな訳には……とも思ったのだが「無駄な深追いは命を縮める」と彼が撤退を決めてしまったので、私はそれに倣い彼の後を追う。
 バルコニーへと続く扉を押し開き、私達はそこから逃げ出した。


  ※  ※  ※


 嵐のような出来事だった。会場の外は文字通りの嵐だったが、黒い男とユリウスさんの去った後は本当にまるで嵐が過ぎ去った後のように滅茶苦茶だった。俺はそれをただ呆然と見ることしか出来なくて、会場内をぐるりと見回す。
 夜会へと詰め掛けていた人間のほとんどが騒ぎで逃げ出してしまったが、残っている人々は概ね皆俺と同じ状態だ。
 一体何が起こっているのか分からない……皆そんな顔で立ち竦んでいる。
 綺麗に飾りつけられていた室内は荒れ、床の絨毯には所々赤黒いシミが出来ている。あれは一体誰の血だ?
 人だかりの真ん中で倒れているのはエリオット王子、そしてツキノの番相手のカイトだ。
 ツキノがカイトを抱きかかえて涙を零している。お前のそんな顔初めて見たよ。まさか死んじゃいないよな? そんな訳、ないよな……?
 ツキノの他にもう一人、黒い男がその場の人に取り囲まれるようにそこにいた。あれは黒の騎士団の人だ。

「お前はあいつ等の仲間か!」
「山の民がこんな場所へ一体何をしにきた!?」

 糾弾がその男に集中する。けれど男は黙したまま何も言えないとでも言うように力なく首を振った。彼を責めるのは間違っている。だって、むしろ彼自身今のこの状況に困惑しているに違いないからだ。

「ルークさん!」
「坊ちゃん、無事でしたか……」
「俺は全然平気だけど、これは一体……?」
「オレ達にもさっぱりだ。セイに言われたんだ、街に火の手が上がっている。行ける者は民衆の救護に回れってな……まだ街中も混乱しているが、まさかこっちもこんな事になっているだなんて……どうなっている? セイが……オレ達を裏切った……?」
「あの男は最初から裏切り者だったんだよ! だから俺は言ったんだ、俺はあいつに騙された! その言葉をまるで聞き入れなかったのはお前達だ! あの時俺の言葉を信じてくれていたら、カイトは……」

 ツキノの慟哭。カイトの手がぴくりと動いた。

「カイト!?」
「ツキノ……?」

 カイトの手が弱々しく持ち上がり、ツキノの頬を撫でた。

「ツキノ、なんで……泣いてるの?」
「だって、お前が……」
「あぁ、僕……斬られたんだっけ? んっ、平気だよ……って言えるほど、平気じゃないかな、背中……」

 痛みにカイトの顔が歪む。見れば彼の背中から血がだらだらと流れている。

「動くな! 今、止血を……」
「うん、でも、大丈夫だから、ね。ツキノ、泣かないで」

 カイトの顔色は真っ白だ。完全に血の気を失い、これ以上の出血は危険だと俺にも分かる。

「早く、誰か! カイトを助けて!!」

 ツキノの叫び、動いたのはわずかに数人。それもそうだ、彼の傍らにはこの国の王子であるエリオット王子が倒れている。カイトがその王子の一人息子である事を知っている人間はここにほとんどいないのだ。
 カイトと王子が運ばれていく。残された血の匂い、現場はしんと静まり返った。

「なんで、誰もこないの? 王子がこんな事になって、本来ならもっと大騒ぎになってもいいはずだろう?!」
「会場の警備兵のほとんどが街の消火活動に借り出されている。残りは……」

 ルークさんがやはり力なく首を振った。騒ぎが起こっても誰も駆けつけてこなかったのはそのせいか? 誰がやった? そんなの状況を考えれば一目瞭然であるのだけれど……

「うふふ、本当に大変な事ね。まさかこんな事になるなんて、あははは、可笑しくて笑いが止まらないわ」

 沈黙が支配する現場で不釣合いな笑い声が響く。その声の主はレイシア姫。綺麗な衣装に身を包み、綺麗な姿のその女性がとても醜悪に見えた。
 ほとんどの人間が逃げ出したその現場に、彼女は何事もなかったかのように残っていたらしい。

「まさかと思いますけど、これは貴女の仕業ですか!」
「そんな事、ある訳がないじゃないの。こんな事が起こると分かっていたら、私、わざわざこんな所まで足を運んだり致しませんでしたわ。これは私とは無関係な事件。けれど痛快だったと言わざるを得ませんわね」
「貴女の婚約者が襲われたのですよ!」
「あら、そうでしたわね。けれど不思議と胸が痛んだりはしませんのよ」

 最初は綺麗な姫だと思っていた。けれど中身はとんだ化け物だ。俺はこんな醜悪は生き物を見た事がない。

「アレクセイ、帰りましょう」

 踵を返した姫の後ろを寡黙な執事が付き従う。

「ちょっと待ちな、メリアのお姫様」
「あら、それは何故かしら? ファルスの王子様?」
「先程の男達は王家の人間を狙っていると言っていた、きっと貴女も彼等の標的だ、軽々しい行動は控えた方がいい」

 ジャン王子の言葉に「私が標的?」と彼女はこれまた可笑しいという表情で笑みを零した。

「これはランティス内のいざこざでしょう? 私には関係ありませんわ」
「そうとばかりは言えません。先程の男達はファルスの人間だ、標的がランティス王家の人間だけだなんてそんな事は考え難い」
「おほほ、貴方は自分が怪しいとでも仰っているみたい。ファルスとランティスのいざこざでしたらメリアの姫である私には全く関係ない事ではございませんか」
「先程の男は確かにファルスの人間ですが、本気で私の命を狙ってきた。そして現メリア王の子であるツキノ王子もだ。王家の人間なら誰でも良かったんですよ。これは王家に対する無差別な殺人行動だ」

 それでも姫の笑みは崩れない。どれだけ肝が据わっているのか、彼女は恐れという感情を何処かに置き忘れてきたかのようだ。

「メリアという国はあなた方が思っている何倍も物騒な国なのですよ、これしきの事で私が動じる事なんてありませんわ」
「あくまで単独行動なさると……?」
「狐と狸の化かし合いは、あまり好きではありませんの」

 レイシア姫は悠然と微笑んだ。彼女こそがまるで妖狐のようであるのに、彼女はそんな事を言う。

「裏切って裏切られて、人間関係なんてそれの繰り返し。私、誰かを頼ろうとは思いませんの、信じられるのは自分だけ。他人を頼るのは利用する時だけですわ」
「まったく、とんでもない姫さまだな……」

 ジャン王子が呆れたようにそう言った。

「お話がそれだけでしたら、私、失礼させていただきますわね。行きましょう、アレクセイ」

 そう言って、姫は執事を伴い行ってしまった。ジャン王子は彼女の安全を気遣ったのに、そんな事に気付いているのかいないのか呆れてモノも言えない。

「君は、えっと……?」
「あ、自分、ロディ・R・カルネと申します」
「ロディ、君が……? 何故こんな所に?」
「カイトに連れて来られたんですよ。あ、カイト分かりますか? エリオット王子の……」
「あぁ、分かっている」

 ジャン王子は黒髪をくしゃりと掻き混ぜた。そこへ、彼の背中目がけて突進してくる人影。俺が思わず身構えると、それに気付いたジャン王子はそちらに向き直って、そのままその人を受け止めた。
 突進してきたのはどこか気弱そうな青年で、誰だろう? と、思っていたら王子はその人の髪を撫で「もう大丈夫だから」と、そう言った。
 あ……もしかして、この人……

「怖かったな、一人にしてすまなかった」
「そんな事より怪我は!?」
「私は大丈夫だ。それよりも君の兄が……」
「兄さま? そういえば兄さまは……?」

 先程の惨劇を見てはいなかったのだろう彼は不安そうに王子の顔を見上げた。間違いない、この人、エリオット王子の弟のマリオ王子だ。

「大丈夫、きっと彼は大丈夫だから」

 そう言ってジャン王子はマリオ王子の背を撫でるのだが、マリオ王子の不安そうな表情が消えることはない。
 その時「王子!」と、駆け寄る兵が一人。全身濡れネズミのその兵士は恐らく何処かから全力で駆けて来たのだろう、呼気荒く肩で息をしている。
 何度も息を整えようと大きく息を吸っているのだが、動揺もしているのだろう息はなかなか整わない。その服装も乱れていて、まるで戦場を駆け抜けてきたような有様だ。

「どうした? また何かあったか?」

 恐らく兵士はランティスの人間、その兵士が王子と呼ぶのは恐らくマリオ王子の方だと思うのだが、マリオ王子は怯えたように声も出せない様子で、代わりに彼の肩を抱いたジャン王子が兵士に答えた。

「っつ……っは、城が……王城が、何者かに襲われ……国王陛下が……身罷られました!」
「!?」

 身罷る……? え? 国王陛下が……亡くなった……?
 国王陛下は俺にとっても祖父にあたる。穏やかな笑みで、俺を向かえてくれたのはまだつい最近の出来事で、俺は兵士のそんな言葉を信じる事もできず呆然と立ち竦んだ。

「おい、それは確かな情報なのか!?」
「私はこの目で、その惨状を……」

 兵士が崩れるように座り込んで、ぼろぼろと涙を零し始めた。後に続くのは慟哭だけで、兵士は言葉もなく泣き続ける。

「嘘……父さまが……うそ……」
「おい、しっかりしろ!」

 顔面蒼白のマリオ王子はその言葉を最後に、くたりとジャン王子の腕の中、気を失ってしまう。ある意味現実逃避だよな、俺も倒れられるものなら倒れたい所だが、今がそんな場合ではない事も分かってしまう己が恨めしい。

「くそっ、おいそこのお前! 今すぐに黒の騎士団かき集めて来い、これはお前達の失態でもあるんだろう! 親父にもすぐに連絡入れろ、大至急だ!!」

 ジャン王子はマリオ王子を抱き上げて、ルークさんに指示を投げる。慌てたようにルークさんは姿を消し、そんな彼の後姿を見送った王子は泣き崩れる兵士を叱咤して、場を仕切り始めた。
 まぁ、この場はもう仕方がないよな、他に出来る人間がいやしない。

「ロディ、お前も手伝え!」
「へ……?」
「兄さんの一人息子だ、お前ならできる!」

 いや、待って! 一体俺に何をさせようって言うんだよ!? 俺はしがない田舎領主の息子で、こんな大事件で俺が出来る事なんてホント何もないからな!?

「エリオット王子とその子息にもし万が一があった場合、この国を纏め上げられるのはお前だけだ、気張れよ!」
「…………は!?」

 そんな訳ねぇだろう!? あんたの腕の中にいるのがこの国の正式な次男坊じゃないか!
 確かにうちの母親はこの国から捨てられた王子だったらしいけど、捨てた子供のそのまた子供に、この国守らせようだなんて虫がよすぎて笑っちまうぞ!?

「無茶言わないでくださいよ! 俺、関係ないですからね!?」
「どれだけ無関係を主張した所で、お前に流れているその血がそれを許しはしない」
「そんな馬鹿な!」
「今は形だけでいい、なんならカイトのふりでもいい。今、王家が倒れたらこの国自体が崩壊する、それは食い止めなければ、この動乱は民衆にまで及ぶんだよ! 理解しろ!」

 えぇぇえぇぇ……

 理解はしても納得はいかないままで、俺はジャン王子に王城へと連れて行かれた。
 本気で意味が分からない。なんで? どうしてこうなった!?


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