運命に花束を

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運命に祝福を

彼を探して ②

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「ノエル……行くのかい?」
「行きます! その為に俺はここまで来た」
「さっきの娘の言う通り、何も出来ないかもしれないよ?」
「それでも行きます」

 然程量がある訳でもない荷物を抱えて、俺は「ありがとうございました」と、ユマさんにぺこりと頭を下げた。

「礼を言われるほどの事はしちゃいないけどね……」

 ユマさんは少し困ったような表情で自身の髪をくしゃりと後ろに撫で付ける。

「あぁ! もう!! ……本当にこの世界は厄介で、関わらずに生きていかれたらどれだけいいかと常々思っていたけど、こんな健気な子を見ていたら姉さん心が動いちまうよ」
「俺は大丈夫です。ユマさんこそ、きっとこの件にはもう関わらない方がいい。あの村の民が何をしようとしているのか分からないけれど、きっとこの世界の人々は黒髪すべて『山の民』だと思っている、ユマさんも居心地の悪い思いをするだけです」
「ある意味、私も当事者って事だね」

 当事者……そうなるだろうか? 確かに一部の山の民がやっている事が黒の騎士団の人達を見る目にも影響しているのだから、それはあながち間違いではないのかもしれない。
 彼女は背中の中程まで伸びた自身の髪を掴んで、どこから取り出したのだろう? 小刀で、その掴んだ髪をそぎ落としてしまった。

「え……ユマさん!?」
「そろそろ切る頃合いだとは思っていたんだ、すっきりした」

 何も考えずにただそぎ落とした髪は風に乗って飛んで行く。ユマさんは髪をくしゃくしゃとかき回して、整ったのか整っていないのか、分からない状態で「それじゃあ、行くか」と、頷いた。

「へ? 行くって……? それに髪!」
「髪なんてほっとけばまた伸びる。街に行くなら長いと邪魔なの。目立ってしまって仕方ないからね」
「それにしたって!」
「髪は女の命って? は、馬鹿らしい。髪色ひとつで差別をされて、何処に行っても厄介者扱い、いっそ坊主の方がすっきりするくらいよ。そんなモノに価値なんてありはしない。私は私、その価値を決めるのは髪じゃない」

 なんという潔さ、この人、性別を間違えて生まれてきたんじゃないかと俺は思わずにはいられない。
 男性っぽいという話ならミヅキさんも男性陣に混じって違和感無く生活していたけれど、それともまた違うワイルドさだ。

「でも、なにも切らなくたって……」
「もし万が一戦闘があれば、長い髪は邪魔になる。視野も狭くなるし引っ掴まれたらそれだけで身動きが取れなくなる」
「戦闘……?」
「君だって薄々気付いているはずだ、彼等が何をしようとしているか。だから君は行くんだろう?」

 確かに彼女の言う通りだ、俺は分かっている。それはユリ兄がやりたくてやっている事なのかどうかも分からない、けれど先程の女性の言葉、そしてユリ兄がザガでした事を思えばそれがどういう事なのか容易に想像できる。

「ユマさんには関係ないじゃないですか……」
「生憎無関係って訳でもないんだよ」

 俺の言葉に彼女は困ったように微かな笑みを零した。

「ザガでの一件は風の噂で聞いていた、その犯人がユリウスだってのは知らなかったけど、それに兄が巻き込まれた話しは聞いていたんだ。兄は偶然居合わせただけかと思っていたけど、それはどうやら違っていたみたいね」
「兄? ユマさんのお兄さんザガに住んでいたんですか?」
「イリヤにいると思っていたんだけどね、なにせうちの家族は皆自由気ままだから」

 ユマさんの実家はファルスの首都イリヤか。

「でも、それとこれと何か関係ありますか? お兄さんの敵討ち?」
「申し訳ないけど、兄の事でそこまでしてやろうって気はないな……」

 えぇ……ユマさん、薄情だ。

「問題は彼等が王家の人間を狙っているって件の方だ、下手をしたら巡り巡って私にお鉢が回ってくると困る」
「王家の……ユマさんって、もしかして王家の関係者なんですか?」

 「まぁね」と、ユマさんは頷いた。どこの王家……? って、考えるまでもないか、黒髪の王様はファルス国王陛下、もしかしてユマさんの兄ってジャック王子?

「今、メルクードにジャン王子が滞在中なの知ってます?」
「嘘でしょ……?」

 驚いたように彼女は俺を見やった。

「なんで君、そんな事知ってるの?」
「偶然ですよ」

 そう、本当に偶然。
 たまたま、彼等の昔住んでいた家に俺が居たから出会っただけ、そして今度はたまたま立ち寄った村に彼女が居た。けど、これって本当に偶然なのかな……?
 何か目に見えない時流に流されている気がする、その流れは留まる事なく俺を翻弄する。

「ランティス王家のマリオ王子をお嫁に貰う為に、ジャン王子はメルクードに乗り込んだんです」
「……何をやってるのあの人? そんな浮かれポンチな性格じゃなかったと思うんだけど、恋は人を駄目にするのかしら……それにしても、マリオ王子ってオメガだったの? 初耳なんだけど」
「やっぱりユマさんもバース性なんですね」
「うちは姉以外全員アルファよ。君もそうでしょ?」

 また言われた。俺は間違いなくベータのはずなのに、何故かそう言われる事が多くて、本当に戸惑う。

「俺、ベータですよ。祖父母がそうなので、そういう性が有るのを知っているだけのしがない一般人です」
「あら、だったらこの匂いって、もしかして匂い付け?」
「匂い?」
「知らない? アルファは気に入ったオメガを囲い込む為にオメガに対して自分のフェロモンで匂い付けするのよ。他にもオメガの家族を不埒なアルファから守る為に匂い付けする事もあるわね。あなたからはアルファの匂いしかしないから、てっきりアルファなのかと思っていたけど、誰かの護り付き? おじいさん?」

 俺からアルファの匂いがする……? でも、そんな事ある訳ない。

「祖父ではないと思います」

 もし、仮に俺にそんな匂いが付いているのだとしたら、その匂いの主はきっと……

「心当たりはありそうね? でも、今はそんな話をしている場合ではないわね。事態は急を要するわ、行きましょう」

 そう言って踵を返したユマさんが歩き出した方角は、何故かメルクードとは逆方向、渓谷へと足を向けるので俺はなんの冗談なのかとその背を追うのを躊躇した。

「何をぐずぐずしているの?」
「え、だってそっち逆方向ですよ。そっちに行ったら渓谷です」
「近道よ、四の五の言わずについておいで」

 問答無用の彼女の言葉、そんな方に近道があるだなんて到底信じられないのだけれど、俺はしぶしぶ彼女に続く。辿り着いたのは当然と言えば当然のように切り立った渓谷で、俺はますます戸惑いが隠せない。

「ユマさん、こんな所に近道なんて、絶対嘘でしょう!」
「あるわよ、普通に行くより格段に早い方法が。上手く風に乗れれば今日中にメルクードにだって辿り着けるわ」

 彼女の言っている言葉の意味がまるで分からない。ついでに彼女が歩いて行く先に、何故か一軒の掘っ立て小屋、何もない渓谷の何もない場所にぽつんと寂しく一軒建っている。
 彼女が目指しているのは恐らくそこで、案の定彼女はその掘っ立て小屋の前に立つとその扉をノックもせずに開け放った。少なくともそこが誰かの家じゃない事は分かるけど、これって不法侵入にならないのかな?

「あら? 先客?」
「え……ちょ、姫さま?!」

 その掘っ立て小屋の中には数人の男がいて、突然の珍客に驚いたような表情を見せた。そのうちの一人が彼女を『姫』と呼んだので、たぶん知り合いなのだろう。

「ちょうど良かった、ちょっと伝言頼まれてくれる?」
「え?」
「今、メルクードに危険な山の民が迫っている、もしかしたら近日中に何か起こるかもしれない」
「ちょ……姫、それ、どこ情報ですか!?」
「どこ情報でもなに情報でもいいでしょう! 危険が迫っているの、時間がないの! 飛翼借りるわよ」
「それはまぁ、結構ですが……」
「今の伝言、父さんに大至急。聞けば兄さんも今メルクードに居るって言うじゃないの、放っておいたらファルス王国の跡継ぎがいなくなるわよ! ちなみに私は絶対城には戻りませんから、そこはあしからず伝えておくのも忘れずにね!」

 ユマさんはそう言って、その掘っ立て小屋の中の男達を蹴散らすようにして、その床板を剥いだ。その床下は何かの格納場所になっているようで、ユマさんは俺に次々とその幾つかの部材を手渡した。

「あの、ユマさんこれって……?」
「姫さん、飛翼を貸すのは構わないが、その子、身元のちゃんとした子なんだろうね? 一応これは大事な機密なんだ、悪用されたりしたら困るんだよ」
「そこは私が保証するわよ。さぁ、ノエル行くわよ」
「行くって、何処へ?」
「メルクードに決まっているでしょ? 何しにここへ来たと思っているの?」

 そんなさも当然みたいに言われたって、俺、全然分からないんだけど。でも俺はこの『飛翼ひよく』という名には聞き覚えがあるんだ。あれはそう武闘会の時、花火を止める為に使われた空飛ぶ翼。

「もしかして、飛んで行くんですか?」
「当たり、飲み込みが早くて助かるわ」

 空を飛ぶ。それは誰しも一度は夢見る事だ、けれどそれが現実となると少しばかり気おくれする。
 ユマさんは掘っ立て小屋の外に出ると、その部材で迷いも無く翼を組み立てていく。

「俺も行くんですよね?」
「あら、行かないの?」
「いえ、行きますけど! こんなの乗った事ないし……」
「私が操縦するから、君は落ちないように掴まっているだけで大丈夫よ」

 そう言って、彼女はにっと笑みを見せた。
 それにしても飛ぶという事は、もしやこの渓谷を飛び降りるという事なのではないのだろうか? 目の前に迫るのは断崖絶壁。武闘会の時は自分に余裕がなくて何も考えはしなかったけれど、足も付かない場所を飛ぶというのは一体どんな感覚なのだろう?
 俺、あんまり高いところ得意じゃないんだけど……

「さぁ、行くわよ」

 身体を縄で縛られた、なんと言うか心許ない縄なのだが、きっとこれが命綱。

「変に緊張しないで、風に己を任せるだけでいい」

 そんな事言われたって緊張するなって方が無茶な要求だろ!?
 翼の真ん中に渡された握り棒のようなモノを掴まされた。そして彼女は覆いかぶさるようにして俺の背後からその棒を掴む。

「合図するから、それでここから飛び降りて頂戴」

 簡単に言ってくれる……と俺は目を瞑った。見るから怖い見なけりゃきっと平気……なはず。

「さぁ、行って!」

 俺はままよ! とばかりに踏み出した。落ちる! と思った刹那、吹いた風に煽られて足が宙を掻く。

「上体を寝かせて、そう、上手」

 奇妙な浮遊感、耳元を風が吹きぬける音がする。

「あとは真っ直ぐ前だけ見ていて」

 前?! 無理! 目なんか開けたら……

「怖がらなくて大丈夫だから、ほら、綺麗だよ」

 身体が少し片側に傾いだ、きっと旋回したのだろ。俺は恐る恐る薄目を開けてその未知の世界を見やった。

「うわぁ……」

 そこに広がるのは遥かな地平線。凄い、本当に飛んでいる。

「どうだい? 気持ちがいいだろう?」
「なんか変な気分です。こんなの今まで経験した事ないです」
「まぁ、だろうね。これはファルス王家の秘密道具みたいなものだから」

 秘密道具、確かにそうかも。ファルス国王陛下って本当に凄い! 人が空を飛ぶなんて考えたってそう簡単に実現なんて出来るはずがない。けれど国王陛下はそれを簡単にやってのけてしまう。

「これが三国共同制作だって言うんだから、手を取り合えばこの世界、何でもできる気がするんだけどねぇ」
「え? 三国共同制作?」
「そうそう。メリア人が図面を引いて、ランティス人がそれを元に製作、それをうちの父親が小型化させたの、だから三国共同制作」

 これはファルスの人間が作ったものなのだとばかり思っていた。なのに違うんだ。三国が仲良く手を取り合えばこんな事だって出来るんだね。きっと不可能を可能にする事だってできるんだ。なのに今はまだ三国は手を取り合えない……

「さぁ、スピードを上げるよ。優雅な空の旅もいいけれど、今はそんな事を悠長に言っている場合じゃないからね」

 翼は風を掴んでスピードを上げる。みるみる景色は後方へと飛び去っていき目が回りそうだ、これはどう考えても確実に馬よりも早い。そして飛ぶこと数刻で、俺達はランティスへと到達してしまった。そこには国境も無く、あんなに時間をかけてメリアまで行った俺の苦労が馬鹿らしくなる程に早かった。
 メルクード最寄の掘っ立て小屋にユマさんは飛翼をバラしてしまい込む。っていうか、この小屋、本当にあちこちにあるんだね? もしかして俺達の町の近くにもあったりするのかな?
 渓谷を下り、一番近くの村で馬を調達、そこからは一気にメルクードまで駆け抜ける。本当に早い。それこそユマさんの言う通り、今日中にメルクードに着いてしまいそうだ。

「あれは……」

 前を駆けていたユマさんの駆る馬の足が弛んだ。

「どうしました?」
「空……」

 空? 前だけを見て馬を走らせていた俺が空を見上げると、そこにはとても厚い黒雲が渦を巻くようにして空を覆っていた。それは本当に不自然に、メルクードへと向かう。

「あんな雲、今まで見た事がない。不吉な事でも起こりそうな雲だね」

 ルーンの町でヒナノに聞いた話。晴天の空が俄かに嵐に変わって、まるでそれを操ってでもいるかのようにユリ兄は笑っていたと彼女はそう言っていた。
 そんな人の域を超えた力がある訳がないと思う、けれど俺は胸騒ぎが止められない。

「ユマさん、早く行きましょう!」

 俺は再び馬を駆る。メルクードへ近付けば近付くほど天気は段々に崩れていった。黒雲はどんどん厚みを増し、渦は強大な目のように大きくなっていく。
 雨が降り出し俺達もずぶ濡れで、だけど俺は馬を駆るのを止められない。

「これは参ったね、少し雨宿りをした方がいいかしら」

 ユマさんがそう言った時には前方にメルクードの街が見えてきていた。けれど雨足はどんどん強まって視界を遮る。先を進んでいた黒雲はそんなメルクードの上空に留まって巨大な渦を巻いている。

「駄目です、ユマさん、早く行かないと!」
「だが、この豪雨じゃ……」

 まだ日暮れ前だと言うのに、辺りはもう夜のように薄暗い。そして雨は視界を遮り、ろくすっぽ前も見えやしない。
 瞬間空に閃光が走る、驚くほどにまばゆい閃光。雷だと気付いた時には物凄い爆音が、地面を揺らした。

「ちょ……雷!? もしかして落ちたの!?」

 空気がびりびりと肌に刺さりそうな棘を持っている。けれど、雷はそれ一度で終わりではなかった。
 立て続けに二度三度、閃光は暗闇を染め、まるで花火のようにも見えた。少しだけ弛んだ雨足、前を見やれば仄かな明かり。

「ちょっと……メルクードが…………燃えてる……?」

 始めは小さく仄かな明かり。けれど、それは次第に数を増し、街に火の手が上がっているのだと気が付くのにそう時間はかからなかった。
 雷のせい? それとも誰かが火を点けた……?
 胸騒ぎがいっそう大きくなる。俺は居ても立ってもいられずに馬を駆ろうとしたのだが、先程の雷に萎縮してしまったのだろう、馬が上手に操れない。

「くっ……!」

 街の明かりはどんどん増していく、それはもう間違えようも無く大きく広がって、街が燃えているのだと確認できる。真っ直ぐ走ろうとしない馬を俺は乗り捨てた。
 行かなければ、きっとあそこに彼は居る。それは奇妙な確信だった。
 俺は走る、それは武闘会の時、花火を止める為に街を駆け抜けたように、今は彼を止める為に。

『よく頑張りましたね』

 綺麗な笑みで頭を撫でられた。あの時はそんな彼の優しさに、泣いてしまった自分を思い出す。きっと今度はそんな事を言ってくれる人は誰もいない、だって今、彼は俺の傍にはいないんだ。

「ユリ兄…………」

 彼が居たはずの集落で身重の女性に出会った。それが彼の番相手であるのかは分からない、怖くて確認も出来なかった。けれど彼女は愛しげにその自身の腹を撫でたのだ。そんな彼女の夫が……父親にならなければならない人が、こんな所に居ては駄目なのだ。
 少なくとも彼女の夫はここメルクードへとやって来ている、俺はそれを止めなければいけない。

「ユリ兄、俺は……」

 ぎゅっと痛いほどに拳を握る。メルクードの街から上がる炎は煙を巻き上げ、まるでドラゴンが現れたかのように空へと立ち昇っていた。

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