415 / 455
運命に祝福を
メルクードへの道 ②
しおりを挟む俺とジェイさんことジャン王子と、リオさんことマリオ王子との旅はその後も続き、俺の髪色やジェイさんの黒髪のせいで色々と嫌な目にあいながらも数日後には無事メルクードへと到着した。
俺に正体がバレてしまった二人だったけど、その後も偉ぶる事はなく普通に接してくれて俺達は無事にこの街に到着できた。
二人の目的地は当然だけど王城で、俺はそれについていく事はできないし、ついて行こうとも思わなかったので、俺達はメルクードの街に到着後、お互いの無事を願いつつお別れをした。
俺の向かう先はユリ兄達の暮らす寄宿舎。俺はユリ兄から最後に貰った手紙を握りしめて前を向いた。
寄宿舎だと思われる建物の前に立ち俺は深呼吸を繰り返す。何故そんな事をしているのかと言えば、先程から俺を見る周りの視線が痛いからだ。
ここに来るまでも散々不審者を見るような瞳を向けられて分かっていた事ではあるが、この土地は俺のような赤髪にはとても厳しい街であるようで、恐らく寄宿舎の受付に声をかけるだけでもたぶん一言二言何かしらの嫌味は言われると思うのだ。
そんな悪意ある言葉を受け取るのは分かっていても覚悟がいる、そんな覚悟を決めて建物へ突撃しようとした矢先俺は突然誰かに押し倒されるように吹っ飛ばされた。
「ノ~エ~ルっ!!」
一瞬何が起こったのか分らなくて瞬時に状況確認ができなかった俺に、俺を吹っ飛ばした相手は気まずそうに「ごめん、大丈夫?」と手を差し出した。
「おまぇ……相変わらずだな、ウィル」
「えへ、ホントごめん。だけど何でノエルがここに居るの? 誰かと一緒?」
ウィルの笑顔は変わらない。何もかもが変わってしまったような気持ちでここまでやって来た俺だけど、ウィルは何も変わってない。そんな些細な事なのに俺は何故だかホッとしてしまう。
俺はウィルの手を取って立ち上がり、ここへは一人で来た旨を伝える。ウィルの方こそ一人なのか? と俺が問うと、ウィルは少しだけ拗ねたように「最近はみんな忙しくて俺の事なんかほったらかしだよ」とそう言った。そして続けて「少し待ってて」と言い置いて寄宿舎の中へと駆けこんで行く。
ウィルは前から落ち着きがないが、それも何も変わらない。だけど、こんな場所で一人残されるのはやっぱり少し落ち着かない。だって、先程から道行く人が俺を見ているのが分かるのだ。
分かっている、俺のこの赤髪がこの街の人には嫌悪の対象であるのだと痛いほどに分かっている。隠してしまえばこの突き刺さる視線も多少緩和するのかもしれないのだが、それでも俺は赤髪を隠そうとは思わなかった。
だって俺はこの街で何も悪い事はしていない、そして俺はただの旅人で、何もしようとも思わない。なのにその視線に耐えられないからとそれを隠して自分を偽るのは何かが違うと思うのだ。
しばらくするとウィルが「お待たせっ」と、建物から飛び出してきた。どうやら荷物を置いて着替えてきたようだ。
「どうしたの、ノエル? 少しお疲れ?」
ウィルがやはりいつもと変わらぬ様子で俺の顔を覗き込む。
「え? あぁ……聞いてはいたけど、ランティスは思っていたより赤髪差別が酷くてさ、ここまであんまり良い思いしなかったから、ちょっとだけな……」
「そうなんだ? 大丈夫?」
「大丈夫だよ」と、返事を返し俺達は連れ立って歩き出した。というか、何処へ行くんだ? 皆の所か? でもさっき皆忙しいとか言っていた気がするのだが……
「なぁ、ウィル、何処行くの? 俺が一緒で大丈夫?」
「ん? リリーのとこだよ!」
「……リリーって誰?」
唐突に知らない名前を告げられて俺は戸惑う。リリーって誰だ?
ウィルがきょとんと首を傾げた。
お前そういうとこだぞ! お前の知ってる事を皆が皆共有してると思うなよ! そんな事を思った所でああそうかというような表情を浮かべたウィルがにぱっと満面面の笑みで「リリーはオレの彼女だよ!」と俺に告げ、俺は一瞬言葉を失った。
「あれ? ビックリ?」
「だって、彼女? 女の子は一緒に遊んでくれないから無理って言ってたウィルに!? 彼女!?」
矢継ぎ早に思わず畳みかけてしまった俺にウィルは相変らず呑気な笑みだ。
「ウィルのお母さんみたいな人?」
確かウィルの理想の女の子は自分の母親のような人だったはず。ウィルの母親は男勝りで気が強く、そんな母親のような人がいいというウィルのタイプは自分と対等に渡り合えるようなそんな人のはずだった。
ウィルが彼女と言うからには、恐らくそういうタイプの女の子なのだろうと思ったのだけど、苦笑するようにウィルは「リリーは母ちゃんには似てないかな」とそう言った。
「来れば分かるよ、すぐそこだから」
そう言って俺を引っ張るようにウィルは走り出した。これ、ウィルと出会った頃のことを思い出す。あの時もウィルはこうやって俺を引っ張り回してあちこちへと連れて行ってくれたのだ。
あの時は俺の隣でユリ兄がずっと笑ってくれていた、そんな事まで思い出してしまった俺は、また痛む胸を掴んで瞳を伏せた。
「リリーっ!」
ウィルが勝手知ったる他人の家という感じで遠慮もなく入っていった家は田舎暮らしの俺から見るとずいぶん立派なお屋敷だった。
門を抜けて中へ入るとそのまま中庭へと続く道があり、その中庭をぐるりと囲むような形で家が建っている。
ウィルが真っ直ぐ進んで行った中庭は庭というには飾り気もなく、そこは剣の稽古場を兼ねているのだとウィルが教えてくれた。
「ウィル君、いらっしゃい」
賑やかなウィルの声に反応するように返ってきた声に俺は顔を上げる。そこには俺と同じ赤髪を綺麗に結んだ可愛い少女が、水の入った大きなたらいの中からこちらを見やり笑っていた。
「リリー、今日は何をしているの?」
「今日はお天気がいいから、家のカーテンを洗っているの」
大きなたらいの中には大きな布、どうやらそれはカーテンらしい。それを一生懸命に踏んでいた彼女はとても楽しそうだ。彼女の傍らには彼女の母……ではないな、年齢的にたぶん祖母がにこにことそんな彼女と一緒に洗濯をしていた。
「あら、今日はお友達も一緒なの? あなた今までここに来た事があったかしら?」
恐らく少女の祖母と思われる品の良い婦人がにこりと笑みを浮かべ俺に問う。それに慌てて、俺は「いえ、初めてですっ!ノエル・カーティスと申します」と頭を下げた。
「ノエル君? はじめまして」
婦人はそう言って笑みを浮かべたが、その言葉のすぐ後に「お前、ここはお前の家じゃないんだぞ、無闇やたらに他人を連れ込むんじゃない」とかかった声に俺はびくっと身を竦ませた。
その声は明らかに不機嫌な声音で、恐る恐る俺が振り返ると、そこに立っていたのは苦虫を噛み潰したような表情で大量の布を抱える男性だった。もしかしてアレ全部カーテンなのかな?
「あらあら良いのよ、うちはお客様大歓迎よ」
婦人はそれでもにこにこ笑顔のまま、しかしその男性の不機嫌そうな表情は変わらない。ってか、誰が誰で誰? リリーがリリーなのは分かるけど、この人達どういう関係?
「それにしたって、そいつメリア人じゃないか……ただでさえオレ達のせいで、近所じゃあまりいい顔をされないのに」
男性の言った言葉に俺は気が付く。そういえば確かに男性の髪色は俺と同じ赤髪だ。リリーも赤髪、この人も赤髪、とするとこの二人は親子なのか?
「ノエルはメリア人じゃないよ、生まれも育ちもファルスのファルス人だよ。それにノエルの父ちゃんはオレのうちと同じで騎士団長、第五騎士団のスタール騎士団長って言うんだ」
「それじゃあ母親がメリア人か……」
「いえ、うちの母は生粋のファルス人です、父が元々メリアの出で……」
瞬間男性は目を見開き「ファルスじゃ、騎士団長にメリア人までいるのか!?」と驚いたような声をあげた。
「ユリ兄の父ちゃんだって元々ランティス人だよ、うちの国はそういうの関係ないから、強ければ何でもありだ」
ウィルの言葉に男性が絶句している。ファルスとランティスでは文化や価値観が全然違うのだ、驚かれるのも無理はない。
「ファルスってのは本当に自由な国なんだな。オレ達もどうせ国を出るならファルスに行けば良かった……」
「うちはいつでも大歓迎だよ」
ウィルが他意もなく言ったであろう言葉に俺は少し瞳を伏せた。
「ウィル、ファルスでは国王陛下が移民の受け入れを制限したよ……」
「え? そうなん? 何で?」
「国境の町ザガで大規模なテロ騒動があったんだ、ウィルは聞いてない?」
「聞いてない、聞いてない。何? その犯人移民の人だったの? メリアの人? ランティスの人?」
初めて聞いたという感じのウィルの真っ直ぐな瞳から俺は思わず目を逸らす。
やっぱり国を出ると自国の情報ってなかなか入らないものなんだな。ここにはまだあの事件の詳細な情報は流れてきていない、俺は「犯人はまだはっきりしていないんだ」と言葉を濁した。
「なんだ、でもそれで何で制限?」
「たくさんの人がテロに巻き込まれた。それはもう無差別な攻撃で、移民の人達もたくさん巻き込まれたんだよ。だから犯人が特定できるまで、国王陛下は移民の受け入れを制限する事に決めたんだ」
「へぇ、そうなんだ」と、ウィルはまるで他人事のような返答を返して寄こす。この反応を見るかぎりウィルにはユリ兄の蛮行は何も伝わっていないという事なのだろう。
「ねぇ、ウィル、それより俺、聞きたい事があるんだけど」
「ん? 何?」
自分で聞きたい事があると言いながらも俺は何をどこから話していいか分からず口籠る。逡巡する俺にウィルはもう一度「なに?」と、不思議そうに首を傾げた。
「ユリ兄の事、聞きたくて……」
「あっ! そうだよっ、そうだった! ユリ兄、今、行方不明なんだよっ」
「……やっぱり、いなくなったって本当だったんだ」
「うん、そう! なんかね、『運命の番』に会ったらしくて……」
そこまで言ってウィルははっとしたように俺を見やった。うん、いいよ、分かってる。やっぱり間違いでもでたらめでもなかったんだな……
「あの、ノエル……?」
「その話、やっぱり本当の話なんだ?」
「えっと、オレはそう聞いてるけど……」
「俺、本当の話が聞きたくて……色んな話を色んな人に聞いたけど、信じられないんだ、自分の耳で本当の事聞かなきゃ駄目だと思って、ユリ兄に直接会いたくて……」
「それで1人でここまで来たんだ……?」
「うん、そうだよ」
俺が瞳を伏せて頷くと「だから俺、喧嘩とか嫌だって言ったのに! 友達2人が付き合って拗れるのって一番たち悪いっ!」と不貞腐れたようにそう言った。
「ごめん、ウィル」
「ノエルのせいじゃないじゃん! ユリ兄が全部悪いんだよっ! オレ、その辺の事情よく分からないんだけど、えっと……カイ兄がその時の事見てたって言ってた! あとツキ兄はその後にも一度ユリ兄に会ったような事、誰かが言ってたかな……」
「ツキノとカイトか……今どこにいるんだ?」
「今日はお城じゃないかな」
「お城? なんで? 2人にとってランティス城なんて鬼門みたいなものだろう?」
何故そんな事になっているの分からない俺は首を傾げる。
だってツキノもカイトも聞いた話では王家に関わるのを拒否していたはずで、なのに何故そんな彼等が王城に赴いているのかが俺には分からない。
「その辺もさ、2人に聞いてもらった方がいいんだけど、なんか最近カイ兄はお父さんと仲が良いんだよねぇ」
カイトの本当の父親はランティスの第一王子のエリオット王子だと聞いている。出会った当初は父親が誰だか分からないと言っていた彼の実親が、まさかランティス王家の人間だなんてあの時には考えもしなかったよな。
「イグ兄もカイ兄の護衛で付いてっちゃうから、オレなんか最近放ったらかしだよ。まぁ、お城なんて行ってもオレはどうしていいか分からないし、行く気もないけど」
「カイトは自分がランティスに来ている事を隠してるんじゃなかったっけ?」
「そこもまぁ色々あって……オレより本人達に聞いた方が早いと思うよ」
あまり詳しい事情を聞いていなさそうなウィルは少し投げやりにそう言った。
「そっか、だとしたら二人が帰って来ないと会えないって事か……オレ、宿とか何も考えてなくて、皆と合流できれば何とかなると思って来ちゃったんだけど、何時ごろに帰ってくる?」
「その日その日で違うから何とも……でも大丈夫だよ、ユリ兄いなくなっちゃったから、オレ達の部屋ひとつベッド空いてるし、寄宿舎で待ってたら帰って来るよ」
「それっていいのかな?」
ウィルは簡単に言ってくれるが、俺は騎士団員でも何でもない、言ってしまえば完全なる部外者で、そんな人間が寄宿舎に入り込んで問題はないのかと俺は少々戸惑う。
「そういえば、ウィル達ってマリオ王子の留学に合わせた交換留学でランティスに来てるんだよな……?」
「ん? そういえばそうだっけ? オレ、その人には会った事もないし、よく分かんねぇや」
「もしかしてマリオ王子がランティスに帰ってきたら、皆の留学って終わるのかな……?」
「え? どうなんだろう?」
彼等の留学期間は一年間という期限で行われていると俺は聞いている。彼等がここに滞在を始めてそろそろ8ヶ月、まだもう少し期間はあるはずだけど、もしマリオ王子が帰還した事でその留学期限が短縮されたら、それこそ俺はこの街で頼れる人間が誰もいなくなる。
「なんで急にそんな事? もしかしてその人ランティスに帰ってくるの?」
「帰ってくるって言うか、もう帰って来てるって言うか……たぶん、またしばらくしたらファルスに戻りそうな気配もあるけど……」
「なんでノエルがそんな事知ってるんだ? オレ達にすら何も連絡入ってないのに」
「そこはこっちも事情があってさ……その辺りの事もツキノやカイトと話したかったんだけど、誰もいないんじゃな……」
それにしてもジャン王子のあの感じだとツキノやカイトが王城に入り込んでるとなったらそれだけで何かひと悶着起こりそうで不安だよ、なんてそんな事を俺が考えていると、近くから綺麗な歌声が響いてきた。
突然訪問したにも関わらず話し込んでしまった俺達を気にかけた様子もないリリーと婦人は楽しそうに洗濯を続けている。
聞こえてきた歌声の主はウィルの想い人、リリーのものだった。
きみのみむねに いだかれて
めでたきよの はじまりを
たたえいのりの いわいうた
とても綺麗な歌声だ。リリーはとても楽しそうに歌っているのだけれど、そんな彼女の姿に俺は少しだけ違和感も持っている。
彼女は声をかけられれば声の主の方を見やるのだが、彼女の視線は何故か声の主本人を捕らえているように見えないのだ。その視線は少しだけあらぬ方向を向いていて、俺はそれに違和感を抱いていた。
「ねぇ、ウィル、あの子はもしかして目が見えないの?」
「うん、そうだよ」
俺の問いにあっさりとウィルが頷いた。目が見えない少女だなんて、少し前のウィルであるならば一緒に遊べないからと遠ざけるタイプの女の子だ。なのに今のウィルは以前のウィルとは少し違って、そんな彼女をとても嬉しそうに見守っている。
「彼女はメリアの子?」
「メリアとランティスのハーフだよ。お父さんがこの国の騎士団長」
あれ? 先程の仏頂面の男性が彼女の父親かと思っていたのだが、どうやらその俺の認識は間違っていたようだ。彼がこの国の騎士団長という可能性は彼の赤髪が否定しているし、だとしたらこの三人の関係は……?
「ファルスの騎士団長はリク・デルクマン……確かナダール騎士団長の弟で……って事は、あの子ユリ兄の従妹? 母親がメリア人?」
「うん、もうだいぶ昔に死んじゃったらしいけどね」
「そうなんだ」と頷いて、俺が彼女の歌声に耳を傾けつつ「歌上手だね」と言うと、ウィルはまるで自分が褒められたかのように満面の笑みで「そうだろ!」と嬉しそうに頷いた。
色恋もさることながら芸術方面なんてからっきしで、常に自分と遊んでくれる相手だけを求めていたウィルがまるで別人のようだ。
俺の脳裏の片隅に『運命の番』という単語が浮かび上がる。もしかしてウィルと彼女もそうなのだろうか? だとしたら、こんな風にユリウスも変わってしまったという事なのだろう……
またしても俺の心に闇が広がる。そんな闇を自分で看過できない俺は気を取り直すように改めて彼女の歌に耳を傾けた。
「それにしてもこの曲、知らない曲なのに、歌詞はどっかで聞いた事があるような……?」
「そうなん? リリーはたくさん歌を知ってるから、ノエルが知ってる曲があっても不思議じゃないと思うけど」
この歌はリリーのお気に入りで、自分も好きな曲なのだとウィルはまた嬉しそうに教えてくれた。
きみのみむねに いだかれて
ねむるわがこの さちねがい
よあけをねがい たてまつる
それにしてもこの歌詞、どうにも引っかかる。俺はこの曲自体を聞くのは初めてだ、だってこんなメロディラインを俺は聞いた事がない。けれど、その歌を聞いていて、何故か俺はその続きの歌詞が分かるのだ。
「曲自体は知らないんだよ、どっかで聞いた……? いや、見たのか? あぁ、そうか! 最近本で読んだんだ!」
「へぇ? よくそんなの覚えてたね?」
「ちょっと気になって色々読んでたから。でも、この宗教って本当にランティスの宗教だったんだ」
そうだ、思い出した! これはあの屋根裏部屋にあった本の中に書かれていた詩の一説だ。本のタイトルは確か『カサバラ大陸神話』だったと思う。
その本は歴史書の括りで置かれていたけれど、その内容は荒唐無稽で史実であるとは到底思えない内容だった。
それはある種宗教に似てランティスに都合のいい内容でもあったように思う。
「宗教……?」
「え? だってこれ、神様を讃える賛美歌だろ?」
「え? そうなん?」
「違うの?」
すべてのせいに たこうをねがう
めしませわれを とこしえに
きみへのおもい とわにとわにと
「おい、小僧達、さっきから聞いていれば何を寝惚けた事を言っている。さっきからリリーが歌っているのはそんな宗教絡みの歌なんかじゃない、メリアに昔から伝わっているただの民謡だぞ」
「え……? そうなんですか?」
急に俺とウィルの会話に割り込んできたのはもはやこの家のどういう存在なのかも分からない仏頂面の男性だった。
「あまり有名な曲ではないから最近ではすっかり忘れ去られた古の民謡のひとつで、他にも幾つかあるんだが、知っての通りメリアは戦争ばかりが続いていて、こんな歌なんて歌っている場合ではなくてな、今ではもうすっかり忘れ去られた曲のひとつだ」
「そんな歌、なんでリリーが知ってるの?」
「それは、オレが教えたからだな」
「だったらなんで貴方はそんな歌を知っているんですか?」
「うちは親が音楽家だったんだよ、歌という歌は片端から叩き込まれて、今となっては完全に忘れ去られた歌まで伝承している。まぁ言ってしまえば、奇特な人間なだけだな」
音楽家! そうなんだ……この人はそんな芸術家一家の出であったのか。そんな風には全然見えないけれど、そしてリリーもその血を引いている?
「そもそも歌詞を聴いて何故賛美歌だと思う? こんなのただの壮大なラブソングだぞ」
「え……? そうなんですか?!」
「少なくともオレはそう聞いている」
ラブソング? 分かりやすく愛を歌っている訳ではないけど、確かに言われてみれば内容的には間違いない。だって歌詞の中の『きみ』は神様を称えると言う意味合いではくだけすぎていると確かに俺も思ったのだ。
けれどそれは間違いなく書物に記された詩の一節である事を知っている俺は少し腑に落ちないのだ。
あの屋根裏にあった書物の何割かはもう既に情報的に古いモノもあって、時の流れと共に書物の内容に偽りが混じっていく事は分かっている。その上あの本の内容は眉唾なものばかりであったのだから尚更に、鵜呑みにする事は間違っていたのかもしれない。
「でもだったら、あの本は一体何だったんだろう……」
「似非宗教なんてモノは幾らでもある、だけどアレがメリアの曲なのは間違いない、それで教義がランティス寄りだと言うのなら、歌を聴いた似非宗教家が勝手にでっちあげただけの宗教なんじゃないのか?」
「そんな事もあるんですかね……」
「実際そうなんだからあるんだろう。本当にメリアはランティスに利用されるだけ利用されていて、メリア人ばかりが悪者にされるのは勘弁してほしいものだな」
彼の髪はメリア人の赤髪。彼もここまで生きてきて、メリア人として辛酸を舐める事も多かったのだろう事が容易に想像できる。
メリアとランティス……お互い敵意剥き出しでまるで犬猿の仲なのに何故か似通っている不思議な関係。
俺が少し考え込んでいるとウィルがリリーの方へと駆けて行く。
「リリー、オレこの間の歌聞きたい! って言うかオレ、ちゃんと男性パート練習してきたよ!」
「ふふ、そうなの? だったら一緒に歌いましょう」
庭に楽しそうな二人の歌声が響く。ああ、これは祝い唄か……仲睦まじい様子の二人を見やり俺の心は荒んでいく。
友人の幸せを素直に祝ってやれない、そんな自分の狭い心に俺は絶望した。
0
お気に入りに追加
303
あなたにおすすめの小説
総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?
寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。
ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。
ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。
その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。
そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。
それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。
女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。
BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。
このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう!
男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!?
溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭
キンモクセイは夏の記憶とともに
広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。
小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。
田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。
そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。
純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。
しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。
「俺になんてもったいない!」
素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。
性描写のある話は【※】をつけていきます。
お客様と商品
あかまロケ
BL
馬鹿で、不細工で、性格最悪…なオレが、衣食住提供と引き換えに体を売る相手は高校時代一度も面識の無かったエリートモテモテイケメン御曹司で。オレは商品で、相手はお客様。そう思って毎日せっせとお客様に尽くす涙ぐましい努力のオレの物語。(*ムーンライトノベルズ・pixivにも投稿してます。)
大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!
みづき
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。
そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。
初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが……
架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる