運命に花束を

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運命に祝福を

それぞれの想い ①

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 『スランのアギト』それはまるで呪いの呪文のように、私達家族の頭の中を覆い尽くす。
 父は国王陛下に「近日中にイリヤに戻って来い」と告げられた。国王陛下自身も戸惑った様子ではあったが、それは実質懲戒命令で父はそれに逆らう事ができない。

「俺は納得がいかねぇ!」

 母はそう言って悔しそうな表情を見せている。

「まだ懲罰がくだると決まった訳ではありません。国王陛下のもとには、私達より多くの情報が寄せられているはずです、何故ユリウスがあんな行動を起したのか、もしかしたらそれも分かるかもしれない」
「だから、ユリは絶対そんな事しねぇって言ってる!」

 意固地になる母、そんな母を父は困ったように見守っている。
 『スラン』という村が、その昔母の兄によって滅ぼされた村だと知った母は相当なショックを受けたようだったが、今回は記憶を混乱させる事もなく、何とか正気を保っている。
 だが、今の母には些細なきっかけでまた記憶障害を引き起こす可能性が高く、父はそんな母を一人にする事に恐れと不安を抱えていた。

「今回のイリヤ行きにも恐らくグノーは付いてくると言うと思います。けれどもし万が一の事態があった場合、また子供達を忘れてしまう可能性が否定できない。ここザガには副団長を置いて行きます、ルイは一度皆を連れてルーンへ避難しておいてもらえませんか?」
「ルーンへ? 何故? また皆でイリヤに行けばいいだけの話じゃないの?」

 私の言葉に父は静かに首を横に振った。

「グノーは私がいないと駄目ですが、子供達は違う。うちの子達はお前も含めて赤髪の子が多い、それが私の子供達だと知られればまた余計な憶測を生み辛い思いをさせるかもしれない。今のイリヤには行かない方がいい」

 昨年あったイリヤでの事件、メリア人を排斥しようと動く謎の組織がその思想から何者かに付け込まれイリヤ壊滅の幇助をさせられた事件。
 捕まった犯人達は口を揃えて『自分達はファルス人の目を覚まさせてやろうと思っただけで、首都イリヤを壊滅させようと目論んだ訳ではない』と言ってはいたが、やった事はまるで違う。一歩間違えばイリヤに暮らす何千万という市民が一夜で命を落とす可能性すらあった恐ろしい事件だ。
 ただ騙されて片棒を担がされていた犯人たちはその話を聞いて青褪めていたが、今回の件に関わっていない者達の中でその事実に気付ける者は極一部の者のみ、頭の悪い連中がこの世の中にはいくらもいて、目先の利益しか見えない者達によって他国人排斥の動きは影で少しずつ進行していると聞いている。
 父はこの国の第一騎士団長だが、母は元メリア人、そして父自身も元ランティス人でファルスの人間ではないのだ、そう言ったファルス至上主義の人間にとって父は煙たい存在であるのは間違いない。
 そしてそんな父がメリア人保護の仕事をしていれば尚更に面白くないと思っている人間は幾らもいるのだろう。

「それに、ヒナノの様子が少し心配です。ただでさえここ最近、何者かに狙われる事も多くなっていたのにこの事件では……」

 確かにそうなのだ、妹のヒナノは言わばメリアの王子ツキノの影武者のようなもので、メリア王家に敵対する人間からの襲撃も後を断たない。ヒナノは持って生まれたその膨大なフェロモンを操る事で今まで事なきを得てきたが、今回の事件でヒナノの心が過剰に揺れているのが手に取るように分かるのだ。
 ただでさえオメガのヒナノにとって今は大事な時期なのだ、彼女はまだ初めての発情期を迎えてはいないのだが、年齢的にはいつきてもおかしくない。こんな精神状態のまま初めての発情期を迎えるのはヒナノにとっても辛い事だろう。
 彼女にはまだ選んだ番相手がいない、けれどルーンには彼女が恋するノエルもいる。
 ノエルはベータなので番相手になれるかと問われたらそこは疑問だが、不安定な時期のオメガの精神を安定させるには好きな人の傍にいるのが一番なのだ。

「分かったわ、父さん。皆の事は任せてちょうだい」
「苦労をかけるね」

 疲れたように父は笑う。昔はいつでも楽しそうに笑顔で働いていた父が、最近めっきり老いたと思う。

「父さんも無理は禁物よ。ただでさえ髪の毛薄くなってきてるのに、また抜けちゃうわよ」
「怖い事言うのは止めてください、これでも少しは気にしてるんですよ」

 慌てたように父は髪を頭に撫で付ける。

「まぁ、例え髪の毛が全部抜けたとしても、母さんは愛しそうにその頭を撫でるだけでしょうけど」
「そうですね、それで愛想を尽かされる事はないだろうというのは確信していますので、そこは安心しています……」

 それでも昔より薄くなったその髪が気になるようで、父は苦笑する。どれだけ見た目が変わろうと変わらない関係がそこにはあって、私はそれが羨ましい。

「父さんが母さんに出会った年齢って確か今の私とそう変わらない頃よね?」
「ん? そうですね、私が24、母さんは23の時ですからね。そう思うとグノーと出会う前の人生と出会ってからの人生がもう同じだけの年数になるのですね、それはそれでなんだか感慨深いものがありますよ。そして、子供の成長は本当に早い……」
「父さんは母さんと番になった事を後悔した事はないの?」
「え……?」

 一度聞いてみたかったのだ、両親の過去は断片的に幾つも話を聞いている。父は母に出会うまでランティスでそれはもう何不自由のない生活を送っていたのだ。ランティス騎士団長の長男で、将来を嘱望されていたらしいという話も聞いている。そんな父が母と出会い父の生活は一変した、そんな話を私は断片的には知っていても詳しく知っている訳ではない。

「ルイは私が今の生活を後悔しているように見えますか?」
「見えないけど、でも大変なのは間違いないでしょう?」

 母の生い立ちは普通とは言い難い、そんな母と普通を絵に描いたような父が出会って結婚したのだ、自分の年齢が両親の出会いの年齢に近付くにつれ、父はそんな普通の生活を捨てて母との人生を選んだ事が、私には不思議でならないのだ。

「やっぱり運命の番だから? 運命の相手ってそれまでの人生を投げ打ってまで手に入れたいと思うようなものなの?」
「それは私への問いですか? それともユリウスへの……?」

 父は綺麗に私の想いを汲み取ってくれる。弟ユリウスは言ったのだ、自分は運命と出会って番になったのだ、と。
 それ自体はとてもおめでたい事だと思うし、私はそこに否を唱えるつもりはない。だが、そんな運命の相手と出会った事で弟があんな風に変わってしまったのであれば、それを自分は看過できない。

「ルイの想いは私にも分かる気がするのです。たぶん今ルイが抱えているその想いは、あの当時弟が私に対して抱えた感情と同じようなものだと思いますからね。私はその当時、弟も家族も何もかもを一度は捨てたのです。それは全て母さんの為に。私はあの時そうする事が当然だと思いましたし、それは今も間違っていたとは思わない」
「だったら父さんはユリが起した今回の事件、やっぱりユリの意思でやった事だと思うの……?」

 父は難しい表情で黙り込む。

「運命ってそんな風に人を変えてしまうモノなの? 私は父さんや母さんを見てきて『運命の番』っていうのは本当に素敵な関係だと思ってきたわ、確かに少し過剰な愛情がある所も否めないけど、それでも自分にもそんな相手が現れるといいなと思ってきたわ。だけど、ユリのあの変わりようを見てしまったら、私はそんな風に人を簡単に変えてしまう『運命の番』というモノが恐ろしくて仕方がないの」
「私はその時のユリウスに会ってはいないので何とも言えないのですが、運命の番が人格までも変えてしまうという事はありえません。実際生活は変わっても私の根本的な所は母さんと出会ってからも何も変わってはいませんし、ツキノやカイトを見ていてもそれは分かると思います」

 確かにその通りだ、昨年番関係を結んだツキノとカイト、彼等も自分達は『運命の番』だとそう言っていた。けれど彼等は彼等で何も変わりはしない、一年経っても恐らく何も変わってなどいないと思う。
 ツキノが襲われた事件から2人の絆が強くなったのは目に見えて分かったが、それはそれだけの話でユリウスのように人格まで変わってしまうようなそんな事はなかったはずだ。

「だったらなんでユリはあんな風になってしまったの?」
「何か理由があるはずです、私が家族に理由を告げられなかったように、きっとユリウスにも何か事情があるのだとそう思います」

 父の言う『理由』私はそのユリの『理由』が知りたいのだ。今のままでは私はこんな大事件を起こし、町を混乱に陥れた弟を許す事などできはしない。

「ユリウスは出来た子です、きっと何か考えがあって……」
「父さんはユリを買いかぶりすぎよ、ユリはまだ19よ? 見た目に落ち着いて見えたって、まだ19なのよ? 人生経験だってまだそこまで豊富じゃない、子供じゃないけど何もかも一人前だと思うほど大人だとは思えない」
「買いかぶり……ですかね?」
「確かにユリは出来た子よ。なんでも適度にそつなくこなす要領のいい子でもあるわ、だけど、たくさんの弟妹に囲まれてちゃんとしたお兄ちゃんにならなければって気を張っていたのも確かよ。それは私も同じだし、ユリは長男でそのプレッシャーも人一倍だったんじゃないかと私は思うわ」
「そんなモノでしょうか……? 私も同じ立場で生活していましたが、そこまで考えた事はありませんでしたが」

 父が少し困惑顔だ。確かに弟と父の立場はかぶる所が多い。兄弟が多い所も、父親が立場のある人間で、周りから過度の期待とプレッシャーを与えられた生活をしていた所も同じはずなのだ。過去、父も同じような経験をしてきているはずなのに、父はまるでそんな事は考えた事もなかったというような表情で少し呆れてしまう。

「父さんが母さんに『太平楽だ』って言われるの、父さんのそういう所よ? 父さんとユリは違う、そういう所ユリは神経質にちゃんと考える子だって私は知っているもの」
「私はそんなに太平楽なのでしょうか……?」
「そこが父さんの良い所だから変える必要はないけど、そうだと思うわよ」
「ユリウスはそこまで周りからプレッシャーを受けていた……?」
「父さんはユリが昔、物凄い甘えん坊だったの覚えてないの? それがいつの間にかそこまで甘えなくなったのよ、それがいつからなのか覚えてない?」

 またしても父は戸惑い顔だ。

「それは普通に成長と共に親離れしていったのだと……」
「初めは父さんと母さんにムソンに置いて行かれた時よ、最初のうちは毎日泣いてたのが、段々言葉少なくいわゆる『いい子』になったの。いい子でいないとパパとママは二度と帰ってこないとでも思ったのでしょうね。それでも2人が帰ってきてルーンでの生活では元のユリに戻ってた。だけど次はヒナノが生まれた頃ね、ツキノがきて、カイトも転がり込んできて、母さんの手が回らなくなった頃、その『いい子』が顔を出してきたのよ。最初のうちは子供返りみたいになっていたけど、そのうち拳を握って、じっと黙って待っているようになったわ。甘えたくても言い出せなくて、甘え方も分からなくなってしまったみたいだった……」
「そんな事……」
「父さんも母さんもあの頃は本当に忙しかったし、それどころじゃなかったのも分かってる。それは勿論ユリも同じ、だけど、あの頃からずっとユリは『いい子』でいるのよ。ユリには私みたいな反抗期もなかったのよ、気付いてなかった?」

 父は過去に想いを巡らせているのか、腕を組んで考え込んでしまう。

「周りには私達を構ってくれる人が幾らもいたし、私は寂しいと感じた事もなかったけど、私とユリとだって違うもの、ユリが何を考えそうなっていったのか私には分からない。だけどユリは父さんが考えているほど完璧な出来た息子ではないと思うし、それはそれでユリにとってはプレッシャーでしかなかったと思うわ」
「その話グノーには……」
「しないし、した事もないわよ。そんな話をしたら母さんまた気に病んじゃうでしょ」

 私の言葉に父はまた少し苦笑した。
 父は私に言われたユリウスの姿が意外だったのだろう、物思いに耽るように考え込んでしまう。

「とりあえず、みんなを連れてルーンに行けばいいのね。ママがいないとなると少し不安になる子も出てくるかしら、困ったわね」
「申し訳ない」
「大丈夫よ、私は大丈夫だって知っているもの、だから父さんは母さんと一緒にちゃんとあの子達を迎えに来てあげてね、約束よ」

 父は微かに微笑み頷いた。
 こうして事件からしばらくして両親はイリヤへと向かい、私は弟妹を連れてルーンへと旅立つ事になった。
 時は少しずつ秒針を進め、その先の未来は誰にも見えない。それでも私達はこの時間の中で立ち止まる事は出来ずにもがき続ける。それは誰の上にも平等に訪れる時の流れなのだ、それを捻じ曲げるような人智を超えた力が働かない限り。



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