運命に花束を

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運命に祝福を

見知らぬ男 ①

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 荷台に乗車していたのは年配の男性と妙齢の女性。女性は不機嫌そうな顔で、年配の男性の手を取りその奇妙な荷台から降りてきた。

「なんで私がこんな寂れた街に……」
「姫さま、これも全て御家のため、ひいては姫自身の為なのですよ」
「それにしたって気が進まないわ、何故私が敵国の、しかも十以上も年上の男の元に嫁がなければならないの! あぁ、本当に嫌だ! 虫唾が走るわ」

 女性はそんな事を呟きながら街の中へと進んで来る。どうやら女性はどこかの良家の子女のようだが歳はもう20も半ばだろうか、不機嫌顔で従者の男性に当り散らしている。
 けれど俺はそんな女の事より、その女の乗ってきた奇妙な荷台に興味があった。だってその荷台には馬が括られていないのだ、それにも関わらず荷台は動く、こんな奇妙な乗り物見た事がない。
 いや、全くないという訳でもない、幼い頃に養母はよく俺達におもちゃを作ってくれた。カラクリ細工のそのおもちゃはネジを巻けば自動で動いた、もしかしたらこれはそれの大きい版か? と俺はネジを探すのだが、その荷台にネジは付いていなかった。
 寄って行けばその荷台、何やら白い煙を上げている、一体どういう仕組みなのだろう?

「なんだ、坊主興味があるのか?」

 荷台にはまだ人が残されていた、それはきっとこの荷台を動かしていた御者なのだろう。

「これ、どうやって動いてるの?」
「石炭を燃やして蒸気で動いてる。坊主、見るのは初めてか?」

 俺がこくこくと頷くと、その男は得意気に笑みを見せ、その荷台がどういう仕組みで動いているのか説明してくれた。説明してもらっても半分も理解できなかったけどな。
 この乗り物は荷台ではなく自動で動く乗り物『自動車』というらしい。馬車と違って馬が疲れて動けなくなるという事もなく、どこまでも走り続けられる乗り物だと男は笑った。

「まだまだ改良の余地はあるが、これからはこの自動車が馬車に取って代わる時代がくるぞ」

 男はこの自動車の御者でもあり製作者でもあるのだろう、自慢するようにそう笑った。俺はそんな彼の腕に嵌ったモノに今度は目を奪われる。

「それは……?」
「あぁ、腕時計か?」
「時計!? そんなに小さいの!? どうやって動いてるの!?」
「坊主はこれも初めてか? これはネジとゼンマイで動いている、時間を合わせてネジを巻くと丸一日は動くから重宝だぞ」

 時計といえば置時計しか見た事のない俺がまじまじとその腕時計を見ていると、男は気分が良かったのだろう、満面の笑みでこれもまた仕組みを説明してくれた。

「メリアではこんな物が普通に出回ってるんだ……」
「ん? お前はメリアの人間じゃないのか?」
「俺はファルス人です」

 「へぇ」と男は笑う。

「ファルスはいい国だって聞くけど、色々な物がまだ前時代だって聞くもんな」
「前時代……?」
「腕のいい技術者もいるのに勿体ない、これからの時代は機械だぞ」
「きかい……カラクリじゃなくて?」
「はは、カラクリ細工はメリアの名産だが、今までは実用方向ではなくて、あくまで玩具の延長だった。だけど、これからは違う! こいつらが国を豊かにする時代がもうそこまで来てるんだ!」

 男は嬉しそうに傍らの自動車を撫でる。その瞳はきらきらと輝いていた。
 何だかイメージと違う。男は典型的なメリア人男性だ、俺にとってのメリア人のイメージは貧しくどこか陰気で、それでも一生懸命生きているという勝手な俺の印象だったのだが、そんなイメージは違う、全然違う! 男の表情には希望が満ち溢れている、そこに貧しさなんて微塵も感じられない。
 けれど、よく考えてみればルーンにやって来たダニエルさん達も、そんな陰気な人間ではなかった、どちらかといえば目の前の男に似て、陽気で優しい人ばかりだったのだ。
 俺の勝手なイメージ、むしろその陰気なイメージは今となってはランティス人に重なって、俺はそのイメージに戦慄する。勝手な想像だったのだ、見た事もない足を踏み入れた事もない故郷。得た知識は本からの知識で、それは決して新しいものではなかった。

「それにしても坊主はファルス人なんだろう? なんでこんな辺鄙な場所にいるんだ? 観光するならもっと見るべき場所もあるだろう?」
「えっと……俺、観光客じゃないから……」
「? だったら尚更なんでこんな場所に?」

 それを俺に言われても困る、俺はここに来る気はなかったし、本当なら一刻も早くメルクードに帰りたいのだ。けれど、うっかり国境を越えてしまって、こっちだって困惑している。
 普通なら国境辺りには国境警備兵がいるはずなのに、ランティス側にもメリア側にもそんな兵士はいなかった。いや、そもそもあそこは本当にランティス王国グライズ領だったのだろうか? 確かにあの家の持ち主はグライズ公爵だったのかもしれないが、元々国境を面した領地なのだ、もしかして、あの建物自体がメリア王国内にあったのだとしたら……? けれど、俺に道を示した黒の騎士団の男はそんな事、一言も言いはしなかった!

「坊主、どうした?」
「ねぇ、国境ってどっち?」

 俺がやって来た方角が国境であったのならば、黒の騎士団が嘘を教えた事になる、また逆に国境が逆方向ならばあの建物自体がメリア国内にあった、という話になる。男は首を傾げ「ランティスとの国境ならばあっちだが?」と指し示した方角は自分を基点に南北と考えるのならば東側の方角で、どういう事だよ……? と頭を抱えた。

「俺、あっちから来たんだけど……」
「んん? 向こうに人の住む土地なんてあったか? あっちは一昔前ランティスとの激しい紛争があって、住民は全員逃げてしまって人は住んでいないって聞いているがな」
「そうなんだ……」

 人が住んでない……だから、あんな所にひっそりと奴隷を監禁していたのか? でも、とりあえず分かった事は、俺は黒の騎士団のあの男に嘘を教えられたという事だ。少なくともメルクードはこっちじゃない。

「あの辺は国境線も未だに曖昧でな、下手に住もうと思うとランティス人に襲われる、メリアの人間は誰も近付かないと聞いている、お前はどこから来たんだ? ファルス人だと言っていたが、そんな場所に何の用があって……?」
「用……というか、無理矢理連れてこられたから逃げてきたんだけど」
「無理矢理? 誰に?」

 この場合誰と言えばいいのだろうか? ランティス人? グライズ公爵? でも、その情報はあくまであの髭面の男、リックが語っていただけで俺に確証はまだないのだ。

「メルクードで攫われた。詳しい事はよく分からない」
「メルクード! それはまたえらい遠くから! しかも人攫いか! ランティスって国は物騒なんだな」
「メリアではそんな事はない……?」
「昔は色んな事件があったが、最近は国内も安定して犯罪件数は減っていると聞いているな。だからこそ、皆安心して生活できるし、俺も機械の開発に邁進できる。メリアは一昔前とは違う、これも全部レオン国王陛下のお陰……っと、ヤバイ、口が滑った!」

 慌てたように男は口を押さえ、きょろきょろと辺りを見回す。けれど、しばらくすると、聞かれて困る人物はいなかったのだろう、ほっとしたように息を吐いた。

「どうしたの? 誰かに聞かれたらダメな話だった?」

 男はこそりと声を潜める。

「うちのご主人様さ、王家に出仕と思って技術者募集の公募に飛び付いたのはいいんだが、ご主人様はレオン国王とは犬猿の仲、むしろ敵対関係。俺、そんな事知らなかったし、知ってたらこっちじゃなくてレオン国王陛下の方に行ったんだけどなぁ……」
「え……もしかしてさっきの女の人?」
「そうそう、先代の国王陛下の一人娘、レイシア姫。主人としては悪い人間じゃないんだが、世相を読めていないというか、典型的な箱入り娘で言動にいちいち冷や冷やする。まぁ、雇われ人なんでご主人様に口ごたえはしないけど、そのうち周りの悪い人間の餌食になって身を滅ぼすんじゃないかと心配だよ」

 レイシア姫、まさかのレイシア姫! あの人、俺の従姉じゃないか! なんか色々悪い噂を聞いていて、どんな女狐かと思っていたけど、見た目だけなら案外普通だ。

「なんでそんな人がこんな所に……?」
「あ? 俺はこいつを運転するだけの従者だから詳しい事情は知らないが、何やら姫さんに縁談があるらしい。この縁談が纏まれば世紀の大ニュースだ」
「そうなんだ……? 相手、誰?」
「聞いて驚け」

 男はまたしても声を潜めて俺の耳元に唇を寄せる。そして告げられた相手の名前に俺は驚愕を隠せない。

「エリオット王子!? ランティスの!?」
「わわわっ! 声デカイっ! まだ本決まりじゃないからっ! ホントここだけの話だからっ!」

 そのわりに男は口数軽く教えてくれたけど、こんなに簡単に見ず知らずの人間に喋っていい内容じゃないだろう? こいつ大丈夫か?

「でも、王子って妻子いるだろう?」
「あ? 何を言っているんだ、ランティス王家の王子はまだ2人共独身だぞ?」

 あれ……? あ! そうか! カイトとカイトの母親は王家に入っていないから! しまった、すっかり失念していた。でも、カイトからの話を聞く感じ、カイトの父親は絶対に結婚なんてしなさそうなのだが、あれか? いわゆる政略結婚か? 大変な事だな。
 でもまぁ、この縁談がうまく纏まれば、もしかして晴れてカイトは自由の身か? 王子に子供ができれば跡継ぎ問題も消えてなくなる、これって意外と俺にとってはうまい話なのでは?
 ランティス王家とメリア王家の結婚かぁ、確かに世紀の大ニュースだな。なにせ2国は犬猿の中、これが結婚となればようやく正式に2国の和解に繋がる。

「もしかして、姫はランティスに見合いにでも行くのか?」
「まぁ、そんな感じみたいだね」
「さっきお姫様、嫌がってる風だったけど?」
「そりゃあやっぱり政略結婚だしな。姫は、本当はこの国で王位の奪還をしたいらしい。確かに先代の王から姫を抜かして王弟に王位がいったんだから、姫としては納得いかない所もあるんだろう。メリア王家はそういう点では昔から親族間で血みどろの争いを繰り返してきた王家だからな」
「でも、もうじき王家は廃止されるって……」
「あ? 何の話だ?」

 男はきょとんと首を傾げた。あぁ、そういえば、これも重要機密だっけ? どの情報までが巷に浸透してる情報なのか分かんねぇ……これ、下手な話できないな。

「確かに王政廃止の話しは時折聞くが、今の王家は民衆からの信頼も厚いし、そんな話にはならんだろう?」

 いやいや、その王様が王政廃止を推進している訳で……! ってこの話、やっぱりしちゃダメなやつか!? そうか、まだ巷には王政廃止の話しは何も伝えられていないのか……

「レオン国王陛下って、そんなにいい人?」
「それはそうだろう! 時代の流れを肌で感じるんだ。俺が子供の頃はまだこの国は貧しくて大人も子供も皆、疲れきったような顔をしていた。食べる物にも事欠いて、餓死者だって大勢出ていたんだ、だけどこの20年でどうだ、世界はここまで変わった! 素晴らしいと思わないか?!」

 その貧しい時代を知らない俺はなんと言葉を返していいのか分からないのだけど、メリアに生まれメリアに暮してきた彼にはその時代の移り変わりが分かるのだろう、この先の未来には希望しかない! という彼の表情は眩しいくらいだ。

「これでランティスとの関係が改善すれば、もう未来を憂える事なんて何もなくなる、だからご主人様の縁談は個人的に上手くいって欲しいと思っているんだが、どうだろうなぁ……」

 エリオット王子、カイトの父親。カイトは彼を嫌っていたし、自分もあの人にいい印象は持っていない。メリアを嫌い、メリア人を嫌悪していた彼が果たしてメリア人の姫を嫁にする事があり得るだろうか? というか、そもそも、あの人あれでいてカイトの母親にぞっこんらしいし、どうなんだろうなぁ?
 そうこうするうちに男は「油の売りすぎだな」と笑って、自動車の整備に戻ってしまった。俺はしばらくそれを眺めていたのだが、こんな所でぼんやりしていても埒が明かない。俺は一刻も早くメルクードに帰らなければならないのだ。
 けれど、少し気になるのはこの国メリアの事だ。初めて踏んだメリアの地、それは本で読んだ知識とはまるで違っていた。
 『自動車』『腕時計』その2つだけでも既に驚きだが、この地にはまだ他にも何かが隠されているのではないかという思いが湧いてきて、好奇心を刺激する。
 いやいや、でも今はそんな事に気を取られている時じゃない。俺は一刻も早くランティスに帰らなければならないのだ。
 俺は少しばかりの仮眠を取って、改めて国境に向けて馬を走らせる事にした。

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