運命に花束を

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運命に祝福を

赤髪の少女 ①

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 ツキノがやたらと大人しい。
 国境の町から乗り合い馬車を乗り換えて、メルクードへと向かう道中、目に見えて黒髪のツキノに対する人々の目が厳しくなった。胡乱な瞳で見るだけの者はまだマシな方で、明らかに言いがかりのように絡んでくる輩までいる。けれど、普段のツキノならキレて喧嘩になりそうなその場面で、彼は静かに落ち着いて淡々とそれを処理していく。
 腹の中で何を考えているのかまでは分からないけれど、それはなんだか不思議な光景だった。

「ツキノ、大丈夫ですか?」
「ん? 何が?」
「いえ、何も無いのならいいですけど、あんまりにもいつもの貴方らしくないので、ちょっと不思議で……」

 私が少しばかり彼を案じて問いかけると、彼は片眉を上げて「黒の騎士団に怒られたからな」とそう言った。

「確かにこの国は色々と腹が立つ事が多い。だけど、あの人達の言う通りだ、暴力で解決してもそれはまわり回って結局また自分に返ってくる。そう思ったら、それはあんまり賢明じゃないな、と思ったんだ」
「ツキノが大人な発言を……」
「いつまでも子供だと思うな! 俺だってちゃんと、考える時には考えてる」

 そうやってムキになって怒るあたりはいつものツキノと変わらないのに、それでも彼の考え方は今までとは違うとそう思った。
 私にとっては弟同然のツキノ、気が強くていつでも誰かと言い争っていた彼が、他人の言葉に耳を傾け大人の対応をするようになっている事に感動すら覚える。この一年間、私達家族と離れて過して、それだけ成長したという事か。
 その成長ぶりは喜ばしい事ではあるが、兄としては少し寂しくもある。

「ツキノ、何話してるの?」
「別に何でもないよ」

 そう言って、ツキノはカイトと手を繋いで行ってしまう。
 ツキノの傍らには常にカイトがいて、それも見慣れた光景だったはずなのだが、一年ぶりにその光景を見て不思議に思う。これまで仲は良くてもどこか歯車の噛み合わない所があった2人の歯車がぴたりと合っている。これは2人が番になったせいなのか?
 匂い? お互いの個性を主張していたお互いのフェロモンの匂いが綺麗に解けて混ぜ合わさっている。それは両親の匂いにも似て、安定感を人に与えるのだ。

「ユリ兄どうしたの? またノエルに会いたくなっちゃった?」

 2人の後ろ姿をぼんやり眺めていると、ウィルがからかうように寄ってきた。

「それはもちろん会いたいですよ。せっかく晴れて恋人同士になれたのに、また離れ離れですからね」
「遠距離恋愛は大変だね」
「その分想いは強くなります」
「はは、惚気られちゃった。結婚式には呼んでよね。そういえばツキ兄とカイ兄は結婚式しないのかな?」
「今はそれ所ではありませんからね……」

 ツキノとカイトの2人にはそれぞれ背後に大きな事情がある、2人が結ばれる事に対して自分達に否はないけれど、きっと気に入らない人間もいるだろう。
 ウィルは「そっか」とひとつ頷く。

「ねぇ、ユリ兄、俺達明日にはもうメルクードに着くけど、ツキ兄とロディ様? はどうするの? 俺達と別行動だよね?」
「留学生用の寄宿舎に2人を連れ込む事はできませんからね。2人は別に宿を取る事になると思いますが、これまでの経緯を考えるとツキノの泊まれる宿があるのか少し不安ですね。その辺はセイさん達にお任せするしかありません」
「黒の騎士団の人?」
「そうです。彼等は各地で活動していますから、そういう差別のない宿の把握はしているはずです」
「あの人達も黒髪だもんね~大変だ。でも、あの人達偉いよね、そうやって差別されていても、隠したり染めたりしようとしないもん」
「隠した所で意味がないと分かっているのでしょうね。結局ばれた時に相手を裏切る事になる、一生隠し通すつもりの嘘でないのなら、嘘など吐くものではない」

 「そんなものなの?」とウィルは小首を傾げた。

「嘘を吐いて築いた信頼関係など、それが相手に知られた時すぐに崩壊しますよ。結局それは全部自分に返ってくる、だからすぐにバレるような嘘なら吐かない方がいい」
「それで宿に泊まれるなら、それでも良くない?」
「見付かった時点で黒髪の人間は嘘吐きだというレッテルを貼られますよ? 自分だけならともかく、黒髪の人間全てにそれは影響していくと思ったら、それはしない方がいい事でしょう?」

 ウィルは腕を組んで「そういうものなのかなぁ?」と首を傾げた。

「私は幼い頃から彼等と共に育って、その髪色を不思議に思った事は一度もなかった、それは嫌われがちな赤髪もです。けれど世間の評価は自分の価値観とは違っていて、最初はとても驚いたのです。結局そういう人達は一部の者しか見ていない、目立ってしまうから嫌われる。それをなくす為には、そちらに染まっては駄目なのです。自分の目で見たものだけを信じる、それがなかなか難しいのですけどね。ついでに言えば自分の目で見た物がそれこそ山賊だったり、犯罪を働く不法移民だったら、やはりそういう風に見てしまいますよ。だから彼等は『自分達は違う』と主張しているのです」
「そういうの全部、個人個人なのにな」

 ウィルは唸るようにそう言った。彼はそれが分かっている、何故なら彼の周りにはそういう悪さを働く山の民も、メリア人もいなかったからだ。けれど、そういう犯罪者から害を被った人間はそうは思わない、ステレオタイプで全て悪いと頭から決めてかかる。
 それはもう防衛本能で仕方がない部分でもあり、自分達にはどうにもできない事なのだ。

「そういえば、ルーンでロディ兄を攫ったの、山の民だったんだろ? ファルスは王様が黒髪だし、あんまりその山の民って言葉も聞いた事なかったんだけど、やっぱりファルスにもいるんだ?」
「私もあまり知りませんが、恐らくいるのでしょうね。山の民は渓谷を囲むように山の中で生活していると聞いています、最近は街に降りてきている人も多いみたいですよ。私は黒髪といえばムソンの民としか交流がないのでよく分かりませんが……」
「ん? ムソンの民って何?」
「黒の騎士団の人達ですよ、彼等は皆ムソンの民です」
「ムソンってどういう意味?」
「ムソンは村の名前ですよ、昔は私もそこに暮らしていました」

 ウィルは「そんな村の名前聞いた事もない」と首を傾げる。

「隠れ里ですからね、基本的に行き来できる人はほとんどいません。私ももうずいぶん長い事戻ってないです。昔お世話になったおじさんやおばさんに会ってみたいとは思うのですけど、なかなか」
「そんなに遠いの?」
「遠いと言えば遠い気もしますし、近いと言えばとても近くでもありますね」
「むぅ? 何それ?」
「あそこは距離が近いから行けるという場所ではないのですよ、なにせ秘境ですから」
「黒の騎士団は皆その秘境の人なの?」
「基本的にはそうですね」
「じゃあ、山の民の人は1人もいないの?」

 はて? 確かに言われてみればそんな事は考えてみた事もなかった。

「たぶん、いないのではないですかね……? 少なくとも私は会った事ないです」
「へぇ、だったら山の民の人達は逆にファルスでは黒の騎士団と間違われて大変かもしれないね。王様の隠密部隊って格好いいけど、大変な事も多いみたいだし」

 そんな事、一度として考えた事はなかった。自分の中では黒髪はムソンの民で、黒の騎士団、王直属の隠密部隊という認識しかなかったけれど、確かに逆に考えれば、山の民が黒の騎士団に間違われるという事は無い話ではない。
 もしロディ君を襲ったのが本当に山の民だとしたら、それももしかして関係があったりするのだろうか? あの男は酷く王家を憎んでいた。黒の騎士団は王直属、何もないとは考えにくい。

「どうしたの? ユリ兄?」
「え? いえ、何でもないです」

 今はまだ確信がない、けれどそれはあの謎の男の正体を知るひとつのピースなのではないかと、その時そう思ったのだ。



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