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運命に祝福を
再会 ②
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俺は椅子の背に腕を乗せるようにして反対向きに腰掛け、部屋の住人達を眺めている。何なんだろう、ここ俺の家なのに、物凄く疎外感を感じるのなんでなのかな……
俺の名前はロディ・R・カルネ。この屋敷の主人の一人息子だ。先程から目の前では何故か目に見えないハートが飛び跳ね、俺に流れ弾のように直撃しまくっている。ホントこの状況、誰か何とかしてくれないかな?
まず一番近場にいるのがうちの両親、侵入者を撃退した親父に駆け寄った母さんが、泣きそうな顔で親父に抱きついていて、それをあやすようにしている親父の顔は今まで見た事もないくらい甘ったるい表情をしている。
その向こう側にいるのは我が家の居候ツキノと、その番相手と紹介された男、カイト・リングスだ。ノエル曰く、可愛らしい人形のようなオメガの少年だと聞いていたのに蓋を開けてみれば俺と身長もさして変わらない普通の少年だった。
確かに顔立ちは可愛らしい部類かもしれないが、あれに比べたらツキノの方がよほど可愛い。騙された。しかも、登場してからこっち、ずっとツキノを独り占めで離さない彼は、ツキノのその柔らかそうな身体をむぎゅむぎゅと抱きしめている。俺だってそのマシュマロみたいな胸を触るの我慢してたってのに、遠慮はないのか! 自重しろ!
しかもツキノ! お前はそんな風に胸を触られていて、恥じらいとかないのか! 平然としてんじゃねぇよ!
そして、更に俺から一番遠い所では何故か一人の男が食事中だ。それを満面の笑みで見ているのは、うちの町の領民でもあり幼馴染のノエル・カーティス。かいがいしく食事中の男に給仕しながら、それは嬉しそうに笑っている。
食事中の男の名前はユリウス・デルクマン。ツキノが『ユリ』と呼んでいたツキノの義兄……そう、義兄だった。ツキノが『ユリ』なんて呼んでるから、てっきり美人なお姉さんを想像していたのに、違うじゃないか! 騙された!(2回目)
しかもこの男、よく分からないが得体の知れない力を使いやがる。こいつが部屋に入ってきた瞬間から俺はその部屋で蛇に睨まれた蛙のように身動きひとつできなくなった。
よく分からない恐怖、この男には逆らうなという絶対的な圧力、それがバース性アルファの力である事はなんとなく分かるのだが、俺は今までそんなフェロモンの使い方をしている奴を見た事がない。
確かに自分もその力で周りをある程度魅了できていると思うのだが、何というか桁違いなのだ。そもそもあそこまでの圧倒的なフェロモン量を誇る人間に俺は会った事がない。
しかも、ツキノを襲った男を捕まえ、彼の気が抜けた途端に部屋に響き渡ったのは彼の腹の虫。先程までの圧倒的な威圧感とはかけ離れた呑気な笑みで『ノエル君、お腹が空きました』と、へろっと笑った顔は、先程までの男とは同一人物に見えないくらいの気の抜けようだった。
そして、それを聞いたノエルは速攻で厨房に走って、まるで分かっていたかのように、驚くような量の食事を作って運んできたのだ。そして彼はそれをひたすら満面の笑みで食べ進めている。時々ノエルの顔を見上げては凄く美味しいという素振りを見せて、ノエルもノエルでそれにはにかんだように笑みを零す。もう、ホントお互いの好意が駄々漏れ過ぎて、ハートの流れ弾どころかハートに埋もれそうな勢いだ。
もうこれは本当に何なんだ! 俺一人だけのけ者かよ! 滅茶苦茶納得いかねぇ……
俺が不貞腐れように量産される見えないハートを睨み付けていると、背後からひとつ「うほん」と咳払いが聞こえた。あ……そういえば、じいさんも居たんだった。
彼はノエルの祖父コリー・カーティス、うちの自警団の副参謀で纏め役でもある。そんな彼が何故『副』なのかと言えば、彼が結構な年寄りだからだ。上に立つのはあくまで若いのがやればいい、というスタンスの彼がそれでも自警団の中で圧倒的な存在感を放っているのは、ひとえに彼の経歴にファルス王国騎士団の副団長を務めていた、という経歴があるからだ。
彼は周りを見渡し俺と同様眉間に皺を寄せて「各々皆さん宜しいかな?」とその場に声をかけた。
我が家を襲った犯人は、なんと広場に来ていた行商人達だった。商売で金を稼いで、更に最後の一儲けとばかりにこの町で一番大きな我が家を押し込み強盗のターゲットに選んだのだ。そして、そんな彼等を我が家に引き込んだのはツキノの護衛としてメリアから来ていた男だった。
メリアからツキノの護衛をとやって来ている者達は数人いるのだが、その全員が悪者なのか、彼1人だけが違ったのかそれはまだ今後の取調べ次第。とりあえず、今後ツキノの護衛はもう彼等に任される事はないだろう。
彼等を味方だと判断したのはうちの親父なのだが、その事を伝えたら親父は難しい顔で考え込んでいた。
覆面を剥いだ行商人達は皆一様に赤毛だった。赤い髪はメリア人の証。いや、ノエルという例もあるのだ、全員がそうとは限らないのだが、それでもそれはちょっとした衝撃だった。
メリア人のいる土地は治安が悪くなる、正にその通りの展開だ。
「彼等は、自分達はメリアからやって来たと言っているそうです。彼等の荷物を検査した所、確かにメリア人としての身分証明書が出てきたと報告も上がってきています」
コリーさんの言葉に怪訝な表情を見せたのは孫のノエルだ。
「じいちゃん、俺、それ嘘だと思う。だって文房具屋の人、散々メリア人のこと馬鹿にしてた。ダニエルさんが言ってたんだ、メリア人を悪者にしようとする風潮、印象操作をされている、って。悪さをするのはメリア人、あの人達はそう思わせようとしているとしか思えない」
「けれど、そのダニエル自体が現在、敵の可能性もあるのですよ?」
「そうだけど、俺はなんか納得いかないんだ。揃えたように全員赤毛で、あれ自毛じゃないんじゃないかな? だって、わざわざ悪さをする時だけ赤くするっておかしくない? 昼間見た時はあの人達、みんな普通の髪色してたんだよ。メリア人は差別を恐れて髪を染める人も居るってダニエルさん言ってたけど、逆ってなんかおかしくない?」
「けれど、ちゃんとした身分証明書も出てきていますからねぇ。メリアからやって来る彼等のような行商人はそれがなければあちらとこちらを行き来はできない、間違えようはないと思います」
祖父の言葉にそれでも尚、ノエルは不服顔だ。確かに俺もあの行商人のノエルやダニエルさんに対する暴言をこの耳で聞いているので、納得できないのも頷ける。
「その身分証明書、確かに本物なのですか?」
次に声を上げたのはツキノの義兄ユリウスさんだ。
「間違いないですよ、証明書の刻印も見た限り本物でした」
「でも、それが本人の物だという証拠はありませんよね?」
「どういう事ですかな?」
「これはランティスで得た情報なのですが、ランティスへと来ている移民の中にメリア人としての国籍を奪われている人間が何人もいるらしいという情報を得ています。その国籍情報を奪った人間はどうしているのか? と考えた時、それを裏で売り捌いている人間がいても不思議ではない、と私は考えます」
国籍を売り捌く……? 皆の中に動揺が走る、それはどういう事だ? そうやって国籍を奪われた人間は一体どうなる? 手に入れた者達は一体何をしている?
「ランティスでのメリア人の扱いはファルスとは比べ物にならないくらい酷いものです、裏で手を引いているのは恐らくランティス人。そして彼等は行商人、ランティスの商人が何かしら裏で動いている可能性を私は否定できません」
「ふむ、確かに君の言い分には一理ある。けれど、だとしたらメリアからの護衛とランティスの商人が手を組む意味は何ですか? 私には理由が見付けられない」
「そもそも、その護衛任務というのがでっち上げの可能性は……?」
ユリウスさんの言葉に「いや、それはない」と首を振ったのはうちの親父だった。
「確かにルネから事前に連絡は来ていたのだよ、そして俺はそれを確認している」
「では偽者、という可能性は?」
「俺が見た限りではそうは思わなかったな。メリアの首都サッカスはここからだと大陸を反対側まで行かなければいけない、再び確認を、と言われてもそう簡単に確認は取れないがな……」
「では、彼等はやはりメリア国王夫妻が送り出した護衛で間違いない、という事でしょうか?」
「俺はそう思うのだが……こうなってくると正直分からない」
「俺は、ダニエルさんは信用できる気がする」
片手を上げて俺は声をあげる。そもそも俺が怪しいと思ったのはあいつ1人だけだったのだ。彼等は代わる代わるやって来てツキノの護衛を務めていたのだが、あいつ1人だけがどうにもツキノをいやらしい目つきで見ていたのだ。
彼は態度に出すような事はほとんどしなかったが、俺はその視線が気になって仕方がなかった。だから、もしかしたらツキノに気でもあるのか? と彼の護衛勤務の時は極力注視してツキノに付き纏っていたのだ。
実際今日だって風呂に向かったツキノを覗き込むようにしていて、俺が隣に座り込んでからはそんな素振りは全く見せなかったが、危なっかしくて仕方がないと思っていたのだ。
ツキノは家の中では薄着でふらふらしているし、襲われでもしたらどうするのか……と思っていたら、案の定襲われた。意味合いは少し違っていたけどな。
「その根拠は?」
「しいて言えば、勘?」
「お話になりません」とコリーさんには呆れられたが、俺の言葉に賛同するようにノエルも「俺もダニエルさんはそんな事する人じゃないと思う」と、片手をあげた。
「お前まで……ただの勘だけで人は信用できませんよ」
「でも、ダニエルさんは本気でメリア人の今後の事を考えていて、俺はあの人が間違った事を言っているとは思えない」
「人は口先だけでなら幾らでも嘘が吐けます」
コリーさんの言葉にノエルはしょんぼりとうな垂れてしまう。コリーさん、辛辣。
「まぁ、けれども、疑うばかりではお話にもなりませんので、全ては事情聴取の後ですね。今日はもう遅い、話はまた明朝という事でいかがですか?」
コリーさんの言葉に皆が頷く。それもそうだ、時刻はもう深夜という時間なのだ。
コリーさんに促され、ノエルは帰り支度を始め、それにツキノの義兄ユリウスさんは付いていくのだが、ツキノの番相手であるカイトは一向にその気配を見せずツキノに纏わりついている。
「お前はあいつ等と一緒にいかなくていいのか? さすがにこの時間から我が家に寝床は準備できないぞ。それでなくても家の中は滅茶苦茶で、それ所じゃないからな」
「あぁ、問題ない。カイトは俺の部屋で引き取るから」
しれっと言ったツキノの言葉に俺は「は!?」と思わず聞き返してしまう。
「だから、一緒に寝るから問題ないって言ってるだろ?」
「冗談だろ? ツキノの部屋のベッドは1人用だ、2人でなんて寝られない」
「引っ付いて寝ていれば問題ない。俺達は今までずっとそうだったし、それにこの家のベッドは1人用でも通常のベッドより大きいからな」
今までずっとそうだった……って、今までずっとここに来るまで、お前達一緒に寝てたって事か? いや、子供の時分なら分かるけど、それは本気でどうなんだ?
「何か問題あるか?」
やはり何の問題もないという顔でツキノは首を傾げるのだが、もう何だろうな、俺の気持ちの衛生上それは問題大有りだ!
やる気か? やるんだろ? そりゃあ、こいつ等番同士だし、やる事やってんの分かってるけど、どうにも気持ちは複雑だ。
「俺の部屋、ツキノの部屋より広いし、なんならソファーでも寝れるし、俺の部屋に招待もできるけど……」
途端にツキノの表情が険しくなって「あ? お前ふざけんな!」と怒鳴られた。
「こいつは俺だけのオメガなんだよ、アルファのお前なんかと一緒に寝かせられるか! ついでに言うなら、俺もお前の部屋で一緒に寝るなんて真っ平ごめんだからな!」
「それは駄目だよ、ツキノ。ツキノと一緒に寝ていいのは僕だけだ」
「ふん、当たり前だ」
いかん、またハートの流れ弾にやられた。血反吐吐きそう……
「でも、やっぱり君の部屋のベッドは狭いと思うけどなぁ……」
それでも俺は2人の同衾は阻止したい、だって俺の部屋とツキノの部屋は割と近くて、喘ぎ声とか聞こえてきたら、俺はどうしていいか分からねぇよ! やるにしてもあのベッドでは2人の重量に耐えられないだろう? な? な?
「あぁ、もうロディうるさい! 話しは明日聞いてやる、ほら、カイト行くぞ」
明日じゃ、もう遅いだろぉぉぉ!!
俺の心の叫びは虚しく、自身の心に響くのみ。
そんな俺の心の叫びに気付きもしないツキノは、カイトの手を引いて行ってしまった。
独り身つらい。彼女欲しい……
絶対そのうち恋人作る! と、俺は決意を新たにするのだが、狭い田舎町、出会いもろくすっぽないこの町で恋人なんてできるのか? と俺は大きく溜息を零した。
俺の名前はロディ・R・カルネ。この屋敷の主人の一人息子だ。先程から目の前では何故か目に見えないハートが飛び跳ね、俺に流れ弾のように直撃しまくっている。ホントこの状況、誰か何とかしてくれないかな?
まず一番近場にいるのがうちの両親、侵入者を撃退した親父に駆け寄った母さんが、泣きそうな顔で親父に抱きついていて、それをあやすようにしている親父の顔は今まで見た事もないくらい甘ったるい表情をしている。
その向こう側にいるのは我が家の居候ツキノと、その番相手と紹介された男、カイト・リングスだ。ノエル曰く、可愛らしい人形のようなオメガの少年だと聞いていたのに蓋を開けてみれば俺と身長もさして変わらない普通の少年だった。
確かに顔立ちは可愛らしい部類かもしれないが、あれに比べたらツキノの方がよほど可愛い。騙された。しかも、登場してからこっち、ずっとツキノを独り占めで離さない彼は、ツキノのその柔らかそうな身体をむぎゅむぎゅと抱きしめている。俺だってそのマシュマロみたいな胸を触るの我慢してたってのに、遠慮はないのか! 自重しろ!
しかもツキノ! お前はそんな風に胸を触られていて、恥じらいとかないのか! 平然としてんじゃねぇよ!
そして、更に俺から一番遠い所では何故か一人の男が食事中だ。それを満面の笑みで見ているのは、うちの町の領民でもあり幼馴染のノエル・カーティス。かいがいしく食事中の男に給仕しながら、それは嬉しそうに笑っている。
食事中の男の名前はユリウス・デルクマン。ツキノが『ユリ』と呼んでいたツキノの義兄……そう、義兄だった。ツキノが『ユリ』なんて呼んでるから、てっきり美人なお姉さんを想像していたのに、違うじゃないか! 騙された!(2回目)
しかもこの男、よく分からないが得体の知れない力を使いやがる。こいつが部屋に入ってきた瞬間から俺はその部屋で蛇に睨まれた蛙のように身動きひとつできなくなった。
よく分からない恐怖、この男には逆らうなという絶対的な圧力、それがバース性アルファの力である事はなんとなく分かるのだが、俺は今までそんなフェロモンの使い方をしている奴を見た事がない。
確かに自分もその力で周りをある程度魅了できていると思うのだが、何というか桁違いなのだ。そもそもあそこまでの圧倒的なフェロモン量を誇る人間に俺は会った事がない。
しかも、ツキノを襲った男を捕まえ、彼の気が抜けた途端に部屋に響き渡ったのは彼の腹の虫。先程までの圧倒的な威圧感とはかけ離れた呑気な笑みで『ノエル君、お腹が空きました』と、へろっと笑った顔は、先程までの男とは同一人物に見えないくらいの気の抜けようだった。
そして、それを聞いたノエルは速攻で厨房に走って、まるで分かっていたかのように、驚くような量の食事を作って運んできたのだ。そして彼はそれをひたすら満面の笑みで食べ進めている。時々ノエルの顔を見上げては凄く美味しいという素振りを見せて、ノエルもノエルでそれにはにかんだように笑みを零す。もう、ホントお互いの好意が駄々漏れ過ぎて、ハートの流れ弾どころかハートに埋もれそうな勢いだ。
もうこれは本当に何なんだ! 俺一人だけのけ者かよ! 滅茶苦茶納得いかねぇ……
俺が不貞腐れように量産される見えないハートを睨み付けていると、背後からひとつ「うほん」と咳払いが聞こえた。あ……そういえば、じいさんも居たんだった。
彼はノエルの祖父コリー・カーティス、うちの自警団の副参謀で纏め役でもある。そんな彼が何故『副』なのかと言えば、彼が結構な年寄りだからだ。上に立つのはあくまで若いのがやればいい、というスタンスの彼がそれでも自警団の中で圧倒的な存在感を放っているのは、ひとえに彼の経歴にファルス王国騎士団の副団長を務めていた、という経歴があるからだ。
彼は周りを見渡し俺と同様眉間に皺を寄せて「各々皆さん宜しいかな?」とその場に声をかけた。
我が家を襲った犯人は、なんと広場に来ていた行商人達だった。商売で金を稼いで、更に最後の一儲けとばかりにこの町で一番大きな我が家を押し込み強盗のターゲットに選んだのだ。そして、そんな彼等を我が家に引き込んだのはツキノの護衛としてメリアから来ていた男だった。
メリアからツキノの護衛をとやって来ている者達は数人いるのだが、その全員が悪者なのか、彼1人だけが違ったのかそれはまだ今後の取調べ次第。とりあえず、今後ツキノの護衛はもう彼等に任される事はないだろう。
彼等を味方だと判断したのはうちの親父なのだが、その事を伝えたら親父は難しい顔で考え込んでいた。
覆面を剥いだ行商人達は皆一様に赤毛だった。赤い髪はメリア人の証。いや、ノエルという例もあるのだ、全員がそうとは限らないのだが、それでもそれはちょっとした衝撃だった。
メリア人のいる土地は治安が悪くなる、正にその通りの展開だ。
「彼等は、自分達はメリアからやって来たと言っているそうです。彼等の荷物を検査した所、確かにメリア人としての身分証明書が出てきたと報告も上がってきています」
コリーさんの言葉に怪訝な表情を見せたのは孫のノエルだ。
「じいちゃん、俺、それ嘘だと思う。だって文房具屋の人、散々メリア人のこと馬鹿にしてた。ダニエルさんが言ってたんだ、メリア人を悪者にしようとする風潮、印象操作をされている、って。悪さをするのはメリア人、あの人達はそう思わせようとしているとしか思えない」
「けれど、そのダニエル自体が現在、敵の可能性もあるのですよ?」
「そうだけど、俺はなんか納得いかないんだ。揃えたように全員赤毛で、あれ自毛じゃないんじゃないかな? だって、わざわざ悪さをする時だけ赤くするっておかしくない? 昼間見た時はあの人達、みんな普通の髪色してたんだよ。メリア人は差別を恐れて髪を染める人も居るってダニエルさん言ってたけど、逆ってなんかおかしくない?」
「けれど、ちゃんとした身分証明書も出てきていますからねぇ。メリアからやって来る彼等のような行商人はそれがなければあちらとこちらを行き来はできない、間違えようはないと思います」
祖父の言葉にそれでも尚、ノエルは不服顔だ。確かに俺もあの行商人のノエルやダニエルさんに対する暴言をこの耳で聞いているので、納得できないのも頷ける。
「その身分証明書、確かに本物なのですか?」
次に声を上げたのはツキノの義兄ユリウスさんだ。
「間違いないですよ、証明書の刻印も見た限り本物でした」
「でも、それが本人の物だという証拠はありませんよね?」
「どういう事ですかな?」
「これはランティスで得た情報なのですが、ランティスへと来ている移民の中にメリア人としての国籍を奪われている人間が何人もいるらしいという情報を得ています。その国籍情報を奪った人間はどうしているのか? と考えた時、それを裏で売り捌いている人間がいても不思議ではない、と私は考えます」
国籍を売り捌く……? 皆の中に動揺が走る、それはどういう事だ? そうやって国籍を奪われた人間は一体どうなる? 手に入れた者達は一体何をしている?
「ランティスでのメリア人の扱いはファルスとは比べ物にならないくらい酷いものです、裏で手を引いているのは恐らくランティス人。そして彼等は行商人、ランティスの商人が何かしら裏で動いている可能性を私は否定できません」
「ふむ、確かに君の言い分には一理ある。けれど、だとしたらメリアからの護衛とランティスの商人が手を組む意味は何ですか? 私には理由が見付けられない」
「そもそも、その護衛任務というのがでっち上げの可能性は……?」
ユリウスさんの言葉に「いや、それはない」と首を振ったのはうちの親父だった。
「確かにルネから事前に連絡は来ていたのだよ、そして俺はそれを確認している」
「では偽者、という可能性は?」
「俺が見た限りではそうは思わなかったな。メリアの首都サッカスはここからだと大陸を反対側まで行かなければいけない、再び確認を、と言われてもそう簡単に確認は取れないがな……」
「では、彼等はやはりメリア国王夫妻が送り出した護衛で間違いない、という事でしょうか?」
「俺はそう思うのだが……こうなってくると正直分からない」
「俺は、ダニエルさんは信用できる気がする」
片手を上げて俺は声をあげる。そもそも俺が怪しいと思ったのはあいつ1人だけだったのだ。彼等は代わる代わるやって来てツキノの護衛を務めていたのだが、あいつ1人だけがどうにもツキノをいやらしい目つきで見ていたのだ。
彼は態度に出すような事はほとんどしなかったが、俺はその視線が気になって仕方がなかった。だから、もしかしたらツキノに気でもあるのか? と彼の護衛勤務の時は極力注視してツキノに付き纏っていたのだ。
実際今日だって風呂に向かったツキノを覗き込むようにしていて、俺が隣に座り込んでからはそんな素振りは全く見せなかったが、危なっかしくて仕方がないと思っていたのだ。
ツキノは家の中では薄着でふらふらしているし、襲われでもしたらどうするのか……と思っていたら、案の定襲われた。意味合いは少し違っていたけどな。
「その根拠は?」
「しいて言えば、勘?」
「お話になりません」とコリーさんには呆れられたが、俺の言葉に賛同するようにノエルも「俺もダニエルさんはそんな事する人じゃないと思う」と、片手をあげた。
「お前まで……ただの勘だけで人は信用できませんよ」
「でも、ダニエルさんは本気でメリア人の今後の事を考えていて、俺はあの人が間違った事を言っているとは思えない」
「人は口先だけでなら幾らでも嘘が吐けます」
コリーさんの言葉にノエルはしょんぼりとうな垂れてしまう。コリーさん、辛辣。
「まぁ、けれども、疑うばかりではお話にもなりませんので、全ては事情聴取の後ですね。今日はもう遅い、話はまた明朝という事でいかがですか?」
コリーさんの言葉に皆が頷く。それもそうだ、時刻はもう深夜という時間なのだ。
コリーさんに促され、ノエルは帰り支度を始め、それにツキノの義兄ユリウスさんは付いていくのだが、ツキノの番相手であるカイトは一向にその気配を見せずツキノに纏わりついている。
「お前はあいつ等と一緒にいかなくていいのか? さすがにこの時間から我が家に寝床は準備できないぞ。それでなくても家の中は滅茶苦茶で、それ所じゃないからな」
「あぁ、問題ない。カイトは俺の部屋で引き取るから」
しれっと言ったツキノの言葉に俺は「は!?」と思わず聞き返してしまう。
「だから、一緒に寝るから問題ないって言ってるだろ?」
「冗談だろ? ツキノの部屋のベッドは1人用だ、2人でなんて寝られない」
「引っ付いて寝ていれば問題ない。俺達は今までずっとそうだったし、それにこの家のベッドは1人用でも通常のベッドより大きいからな」
今までずっとそうだった……って、今までずっとここに来るまで、お前達一緒に寝てたって事か? いや、子供の時分なら分かるけど、それは本気でどうなんだ?
「何か問題あるか?」
やはり何の問題もないという顔でツキノは首を傾げるのだが、もう何だろうな、俺の気持ちの衛生上それは問題大有りだ!
やる気か? やるんだろ? そりゃあ、こいつ等番同士だし、やる事やってんの分かってるけど、どうにも気持ちは複雑だ。
「俺の部屋、ツキノの部屋より広いし、なんならソファーでも寝れるし、俺の部屋に招待もできるけど……」
途端にツキノの表情が険しくなって「あ? お前ふざけんな!」と怒鳴られた。
「こいつは俺だけのオメガなんだよ、アルファのお前なんかと一緒に寝かせられるか! ついでに言うなら、俺もお前の部屋で一緒に寝るなんて真っ平ごめんだからな!」
「それは駄目だよ、ツキノ。ツキノと一緒に寝ていいのは僕だけだ」
「ふん、当たり前だ」
いかん、またハートの流れ弾にやられた。血反吐吐きそう……
「でも、やっぱり君の部屋のベッドは狭いと思うけどなぁ……」
それでも俺は2人の同衾は阻止したい、だって俺の部屋とツキノの部屋は割と近くて、喘ぎ声とか聞こえてきたら、俺はどうしていいか分からねぇよ! やるにしてもあのベッドでは2人の重量に耐えられないだろう? な? な?
「あぁ、もうロディうるさい! 話しは明日聞いてやる、ほら、カイト行くぞ」
明日じゃ、もう遅いだろぉぉぉ!!
俺の心の叫びは虚しく、自身の心に響くのみ。
そんな俺の心の叫びに気付きもしないツキノは、カイトの手を引いて行ってしまった。
独り身つらい。彼女欲しい……
絶対そのうち恋人作る! と、俺は決意を新たにするのだが、狭い田舎町、出会いもろくすっぽないこの町で恋人なんてできるのか? と俺は大きく溜息を零した。
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