運命に花束を

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二人の王子

混乱 ②

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 僕は少しだけ焦っていた。ツキノの体が軽すぎる、まるで羽布団でも抱きかかえたかのように、彼の身体は軽かった。見た目に痩せたのは分かっていたが、尋常じゃない。
 態度はいつもと変わらないけれど明らかに顔色が悪い、このままじゃ駄目だ、と僕は危機感を募らせた。
 翌日僕は買い物と称して家を出て、ツキノに黙ってデルクマン家の住まう仮住まいの家に向かっていた。
 あの事件からこっち、僕はツキノに付きっ切りでそちらの家に足を運んではいなかった。
 その代わりという訳でもないが、おじさんが時間を見付けては僕に近況報告をくれたので、行く必要もなかったからだ。
 ツキノはグノーさんに自分達は忘れられてしまったと言っていた。僕にはそれがどういう状況なのかよく分かってはいないのだ、きちんと自分の目で確かめて、できればツキノの為にもおばさんには早く思い出してもらわないと……という漠然とした焦りが僕にはあった。
 教えられていた住所の家の前に立ち、僕はその家を見上げる。
 家の中からは賑やかな声が聞こえてきていて、その様子は一年前のデルクマン家の様子とさほど変わっている気はしなかった。
 玄関扉を叩くと返ってきたのはグノーさんの元気な声、いつもと全く変わらない。

「はいは~い、どちら様?」

 彼の様子は普段と変わらない様子なのに、玄関を開けた向こうにいた人達、ユリウス兄さんやルイ姉さんは少しだけ焦ったような表情をしているのが見て取れる。

「カイト、なんで……」

 そう言ったユリウス兄さんの言葉に反応するようにグノーさんは「んん? カイト? 誰だっけ?」と首を傾げた。グノーさん本当に僕の事分からないんだ……

「母さん、いいからちょっとこっちへ……」
「えぇ~せっかく遊びに来てくれたんだから、おもてなしはしないと。でも、ごめんな、俺、今ちょっと頭おかしくなってて君が誰だか分からないや」
「そうなんですね」
「ちょっと待っててな、え~と、ユリの友達?」

 手を打つようにそう言った彼に僕は曖昧に笑みを返すと「あれ? 違う?」と彼はまた首を傾げた。

「じゃあ、そうだなぁ……その金髪だし、ナダールの甥っ子とか? あ! マルクの子?!」

 僕は黙って首を横に振った。これは、思っていたより精神的にキツイ。相手が悪気もなくにこやかだから余計にだ。

「母さんその子は……」
「待って、待って、絶対覚えてるはずだから。絶対どっかで見た事あるはずなんだよ……」

 腕を組んで考え始める彼をユリウス兄さんとルイ姉さんははらはらした表情で見守っている。

「金髪、えっとここはファルスだから……誰がいたっけ? う~ん、と……カイル? あれ?」
「僕の名前、カイト・リングスです」
「あぁ、そうだ! やった、当たり! カイルの子……」

 にこやかに話していたグノーさんが、そこまで言ったと同時に何かを思い出したように顔を強張らせた。

「なんで、お前がここにいる?」
「……え?」

 顔を青褪めさせた彼の身体はがたがたと震えだす。慌てたようにユリウス兄さんがグノーさんの身体を抱き寄せてその瞳を手で覆った。

「母さん、この子は何もしない。母さんを脅かしたりは絶対しません」
「でも、カイルの子は、あいつの子だ! おいつは俺を……!」
「あの人ももうここには二度と現れません、落ち着いて。ちゃんと息をして!」

 急に過呼吸のような症状を見せたグノーさんを宥めるようにしてユリウス兄さんは彼を奥の部屋へと連れて行く。残されたルイ姉さんは心底困ったという顔で天を仰ぎ、手で顔を覆い、息を吐いた。

「やっぱりまだ駄目だったわね……ごめんね、カイト」
「僕の方こそ……でも、なんで……」
「母さんはあなたの父親が怖いのよ。嫌われてるのも自覚してる、関わらなければ大丈夫だけど、あのツキノの事件の時、引き金引いたの、その人なんでしょう? 母さんは怖がってる、この穏やかな生活が脅かされる事に怯えてるのよ。あなたと父親は関係ないの、だけど今の母さんにはあなたの記憶も一切なくて、だからあなたとあなたの父親が線で直結しちゃったんでしょうね」

 またあいつだ、あの人は僕の大好きな人達を傷付ける、僕の自称父親、エリオット・スノー。
 父親らしい事は本当に何ひとつせずに、僕の生活を滅茶苦茶にした! あの事件以降姿を現す事はなく、だったらあの時だって、ううん、むしろ一生僕の前に現れなかったら良かったのに!

「……ごめんなさい」
「あなたが謝る事じゃないでしょう。それに大丈夫よ、どうせ明日にはもう忘れてる」
「そう、なの?」
「母さんの事はカイトが気に病む事は何もないわ。それよりもツキノの事、カイトにまかせっきりでごめんなさいね」
「僕はツキノの『運命』だから、全然平気」
「そうなんですってね。そんな事思ってなかったから驚いたわ。でも、あなた達昔から仲良かったものね。ある意味変な相手じゃなかったから、見てて安心できるわ。ツキノの事よろしくね」

 僕はルイ姉さんの言葉に頷いた。
 結局その日、僕はもうグノーさんには会えなくて、今のデルクマン家の現状を知っただけで帰宅した。
 そして翌日、僕はもう一度彼等の家を訪ねていた。ルイ姉さんは明日には忘れていると言っていたが、それが本当なのか分からなかったので、とても怖かったのだけど、僕は確かめずにはいられなかったのだ。
 家を訪ねると、昨日のような賑やかな声はせず、玄関扉を叩くのを躊躇った僕は家の裏手に回って、こっそり家の中を窺う事にした。
 家の裏手は小さな庭になっていて、その庭先にグノーさんはぼんやり腰掛けていて「あ……」と思った時には彼と目が合っていた。
 咄嗟に言葉が出せず、うろたえていると「こんにちは」と穏やかな声で声をかけられた。

「近所の子? 家近いの?」
「えっと、はい……」

 彼はやはり僕の事をまるで憶えてはいなかった。

「少し退屈してた所なんだ。話し相手になってくれないかな?」
「え……いいんですか?」
「駄目? 俺、ちょっと頭おかしいんだけど、近所でも有名になってたりするのかな? 嫌ならごめん、迷惑だよな」
「そんな事ないです! 僕でよければいくらでも!」

 僕が庭の垣根を越えて庭に入り込むと、彼は嬉しそうに微笑んだ。

「なんだろう、俺、君の事知ってる気がするんだけど。もしかして知り合いだった?」
「えっと……そうですね、少しだけ」
「そうなんだ……ごめんな、俺、今記憶おかしくて思い出せないんだけど、名前教えて貰っていい?」

 名前……僕が名乗ればグノーさんはきっとまた僕の父親を思い出してしまう。昨日のように青褪めておかしくなってしまう。そんな事が脳裏を過ぎって僕は自分の名前を口に出す事ができなかった。

「どうかした?」

 口籠った僕に彼は不思議そうな表情で顔を覗き込んでくる。

「名前、聞いちゃ駄目だった?」
「え……や、そんな事ないですけど……」

 あんな顔はもう見たくない。怯え青褪め、震える彼を僕は見たくなかった。だから僕はひとつの嘘を吐いたんだ。

「僕の名前、ツキノ……です」
「ツキノ! 知ってる、お前がツキノか! 名前は聞いてるんだ、そうかお前か。はは、確かにこの金髪には見覚えがある気がする」

 そう言って、彼は僕の金色の髪を触って僕の頭を撫でてくれた。

「えっと、ツキノは俺とどういう関係だっけ?」
「えっと……親戚、ですかね」

 間違ってはいない、ツキノはグノーの甥なのだ、だからツキノは彼の親戚、嘘は吐いてない。

「そっか、そっか……なんか思い出せそうな気がする。ツキノ、もっと話しをしよう」

 機嫌良く笑みを見せた彼に、僕は幼い頃の楽しい思い出を幾つか彼と共にお喋りした。はっきり憶えてはいないようなのだが、所々に記憶はあるのか、時々彼は何かに納得するように頷いてはまた笑った。
 僕とツキノとデルクマン一家はいつでも一緒にいたから、全ての記憶は共有している、僕がツキノの記憶を語る事に嘘はひとつもなかったのだ。

「ありがとツキノ、なんか色々思い出せそうな気がしてきた! また話聞かせてな!」

 その日の彼は上機嫌で、前日のあの混乱した様子はまるでなく、僕はほっと胸を撫で下ろした。けれど、そんな彼はきっとまた明日になれば何もかも忘れてしまうのだと思うと、それはそれでとても悲しかった。



 翌日も、僕は懲りずにデルクマン家へと赴いた。やはり玄関扉を叩く勇気はなくて、庭にいなかったら今日は帰ろうという思いで、庭から顔を覗かせると、庭ではグノーさんとユリウス兄さんが談笑していた。
 今日の彼も穏やかな顔をしていて、僕はほっと胸を撫で下ろす。

「あ! ツキノ」

 ふと、顔を上げたグノーさんがこちらを見て笑みを零した。
 あれ? どういう事? なんで覚えてる……?

「ツキノもこっちおいで、おやつがあるよ」

 グノーさんはそう言って僕に手招きをする、僕は戸惑ったのだが、ユリウス兄さんも少し困ったような表情ながらも「おいで」と僕に声をかけてきた。

「ツキノ、ツキノ、お前のおかげだ、俺、少しだけ記憶戻ってきた!」

 嬉しそうに彼はそう言って、昨日話していたのとは違う記憶を確認するように僕に話して聞かせてくれた。

「な? な? 間違ってないよな?」

 それは家族皆でピクニックに行った時の話や、パーティをした時の記憶で、間違った記憶では決してない、それは実際にあった記憶なのに微妙な違和感に僕は戸惑い、ユリウス兄さんを見上げた。

「あれ? どこか違ってた?」
「ううん、そんな事ないよ、思い出してくれたんだ」
「あぁ、昨日からぽこぽこ記憶の欠片が零れてきてな、今日はすごく調子がいいんだ」

 彼はなんのてらいもなく笑う。けれど僕はそれに複雑な表情を浮かべてしまう。
 何故なら彼のその記憶の中には僕がいなくなっているのだ。いや、正しく言えば僕はいる、彼の記憶の中のツキノと僕がごちゃ混ぜになって、金髪のツキノという人物が彼の中に出来上がってしまっていたのだ。
 僕が戸惑っているとユリウス兄さんは「今はとりあえず話を合わせておいて」と僕にこそりと耳打ちしてきた。僕はどうしていいか分からずに、その言葉に頷いた。
 きっと昨日の記憶はもう残っていないと思っていたのだ。僕の吐いた嘘も全部忘れてしまうと思っていたのに、彼の中でその嘘は形を持って具現化し実体を持って記憶を再構築してしまっていた。

「そのうち全部思い出せば記憶も綺麗に正されるとは思うんだけど、ちょっとしばらくこのまま様子を見る事になると思う。少なくとも状態が悪くなってる訳じゃないからね」

 帰り際、ユリウス兄さんは少し困った顔でそう言った。

「僕、ツキノになんて言えばいいのか分からないよ……」
「今はツキノも精神的に参ってる、何も言わないでおいた方がいいんじゃないかな。母さんも混乱してしまうし、まだしばらくはツキノの面会禁止は継続だね」

 まさか僕の吐いた小さな嘘がこんな事になるとは思わなかった。
 記憶が戻りだしたのは嬉しいけれど、これではツキノに何も言えない。僕はツキノにどんな顔をしていいのか分からなくて、自分のやらかした結果を目の当たりにして途方に暮れていた。

 僕は毎日デルクマン家に通い続けた。一日でも早くツキノの事を思い出して欲しくて、僕は彼に僕の知るツキノの話をし続けたのだけど、それは僕の思いに反してグノーさんの記憶を混乱させていくばかりだった。
 彼の記憶は僕の語るツキノの記憶を金髪のツキノという子供に置き換えどんどん改竄されていった。黒髪のツキノ、金髪のカイト、その2人の記憶は彼の中からどんどん消されていってしまったのだ。
 逆に『ツキノ』という名の金色の髪の少年はどんどん存在感を増していき、僕は絶望していた。僕が話せば話すほど己の首を絞めている事に気付いていたけれど、もう僕にはどうにもできなかったのだ。
 既にあの事件から3ヶ月が過ぎようとしていた……

 僕は明言通り15歳の誕生日を迎えると同時に騎士団へと入団した。入団したては配属先が決まるまではありとあらゆる雑務を担う事となり、その仕事は多岐に渡る。

「毎日毎日、めっちゃしんどい……」

 倒れ込むように、ソファーに身を預けると、ツキノがお茶を入れて手渡してくれた。

「ご苦労様、今日はどんな仕事だったんだ?」
「ドブ攫いと、迷子の家探し、あとは落し物の捜索!」

 ひとつひとつ指を折って数えていくとツキノは改めてもう一度「ご苦労様」と僕を労ってくれた。

「ツキノは?」
「この辺の本、読み終わったから明日また別の借りてこようと思ってる」

 積み重ねられた大量の本。僕が仕事を始めてから、ツキノは自分で本を借りに行くようになった、外出できるようになったのはいいけれど、やっぱり少し心配。
 ツキノの体重はある一定の所で止まっている、減りもしないが増えてもいない。ツキノがそれを自分でも気にしているのだろう事は分かっていたので、僕から一切の指摘はしないけれど、僕はツキノの腕を引いてツキノを抱きしめ、その体重の変化のなさに少しだけ溜息を零した。

「もう、カイト。なに突然」
「僕、疲れてるんだよ。甘やかしてくれたっていいじゃん」

 ツキノの胸に顔を埋めるようにして甘えていると「仕方がないな」と頭を撫でられた。
 僕とツキノの仲は以前に比べて格段に恋人らしくなっていると思う、こうやって抱きあって、時々だけどキスもする。だけど僕達の間に身体の関係はまだない。
 僕達はひとつのベットで抱きあうようにして寝ていても、そういう関係には未だ至れてはいない。それは、ツキノがまだあのトラウマを克服できていないからだ。
 別に急がせるつもりはない、僕達にはまだまだ時間があるし、僕自身に発情期がきていない以上、そんな事をする必要もない。
 しばらく抱き合ってごろごろしてから、僕はキスをひとつ落として立ち上がった。

「カイト、また身長伸びた?」

 ソファーの上のツキノは僕を見上げてぼそりと呟く。

「うん、成長期かな。最近ちょっと体が痛いよ」
「そっか……」

 ツキノの体重は変わらない、それと同じに身長も変わらない、僕は1人で成長期に入ってしまい、ツキノは微かに瞳を伏せた。

「そのうちツキノにも成長期くるよ。成長痛は痛いから覚悟しておいた方がいいと思うよ」

 ツキノは僕より半年生まれが遅い、こんな多少の差を気にする事もないと思うのに、今までまったく同じように育ってきた僕達はこんな些細な事でも戸惑ってしまう。
 ツキノは「置いていくな」と僕に言った。そんなつもりは全く無いのに、不安にさせてしまうのがなんだか申し訳ない。

「それより、もうすっかり髪の毛元通りだね」

 僕はツキノの髪を摘んでそれに口付ける。
 毛先だけは僕とお揃いの金色で、それ以外はもう完全に元通りだ。

「うん、だから、そろそろ俺、母さんに会いに行ってみようと思ってる」
「え? ……あぁ、そうか……」

 そういえばツキノは言っていたのだ、髪の毛が元に戻ったらグノーさんに会いに行く。
 会ってちゃんと謝らなければ、自分は前に進めない、とそう言っていた。

「会いに行っても、大丈夫かな……?」

 僕はグノーさんの様子をツキノに伝えてはいなかった。グノーさんの調子はどんどん上向き、もう寝て起きると記憶がリセットされるという事はなくなっていた。
 ただ、相変わらず彼の中の僕とツキノは彼の中では混在してどこか混乱したままだった。

『カイト、お前もしばらくグノーに会うのは止めなさい』

 今日の帰り際にナダールおじさんに言われた言葉だ。

『あの人の記憶は混乱する一方で、こちらがいくら修正をかけても治る様子がない。たぶんお前という存在がグノーの中で存在感を持ちすぎている。私としてもこれ以上の記憶の混乱は望む所ではありません。精神的には上向いていたので黙って見守ってきましたが、さすがにもうこれ以上は看過できません』

 悲しげな瞳でおじさんは僕に告げた。それはおじさんにとっても望む決断ではなかったのだろう、それでもグノーさんの事を想えば決断せざるを得なかったのだと思う。

『それにカイト、お前だって自分の記憶がグノーの中から消えてしまうのは辛いだろう?』

 確かにそうなのだ。彼の中に僕はいない。いるのはツキノという名の金色の髪の少年だから。

『彼は必ず元に戻ります。ここから先は私の仕事、カイトはしばらくツキノの事だけ見ていてください』

 おじさんは僕にそう言った。ツキノの事はもちろん見ている、けれどツキノを回復させる為にはグノーさんの回復は絶対に必要なんだ。

「グノーさんね、もうだいぶ調子いいみたいだよ」
「うん、それは聞いてる」
「明日、一緒に行ってみようか」

 僕は笑顔でツキノに告げた。
 僕という存在がグノーさんの中で存在感を持ってしまったのなら、彼の中にツキノの存在も刻んでしまえばいい。僕ともう1人、子供がいた事を思い出せたら、もしかしたら、その他の事も全部思い出してくれるかもしれない。

「あのね、ツキノ、僕ひとつだけツキノに謝っておかなきゃいけない事があるんだ」
「ん? なに?」
「今ね、グノーさんの中のツキノって僕なんだ」
「? 言ってる意味がよく分からないけど……」

 僕は何故グノーさんが僕をツキノだと思い込んだのかの説明をする。

「へぇ、そんな事があったんだ……」
「うん、ごめん。なんとなくツキノには言えなかった」
「別にいいよ、それで母さんの記憶が戻ってきたなら全然。それに、ふふ、それってあの時のごっこ遊びみたいだな。カイトがツキノ、だったら俺がカイトになればいい」
「それは駄目だよ!」

 思わず大きな声が出て、ツキノも驚いたような表情を見せた。僕ははっとして、けれど「それは駄目だよ……」ともう一度小さく呟き首をふる。

「なんで? 別に構わないだろ? 俺がいた場所には大体いつもお前もいたんだから、何も困らない」
「駄目なんだよ、ツキノ。カイトは駄目だ。カイトはグノーさんに嫌われてる」
「なんで? そんな事あるわけないだろ?」
「カイトはあの人の子供だから……グノーさんを傷付けたあの男の子供だから……」

 あの事件の時の事を思い出したのだろうツキノは僕を見やって首を傾げた。

「あの人カイトの、父さんだったんだよね? 母さんとあの人の間には何かがあるの? そういえば結局あの人どこの誰だったんだ?」
「……本当か嘘か分からないけど、ランティス王国の第一王子らしいよ。メリアとランティスは仲が悪い、あの人はメリアを憎んでた。グノーさんはそれに怯えてる」
「あぁ、それで……」

 ツキノは何かに合点がいったという顔で頷いた。
 メリアについて散々勉強を重ねているツキノにはランティスとメリアの血塗られた関係が理解できるのだろう、それを今の僕達の関係に持ち込むのは僕には納得がいかないけれど。

「カイトはランティスの王子さまだったんだ?」
「そんなの知らないよ。あの人がそう言ってただけだし、あれから一度も帰ってこないし、姿も見せないし、ホント何しに来たんだか全然分からないよ!」
「カイトは、あの人嫌いなんだ……?」
「どこに好きになれる要素があった?! もうホント大嫌い!」
「そっか……」

 ツキノは微かに笑みを見せて「実は俺もカイトに黙ってた事あるんだ」とそう言った。

「なに?」
「あの人ね、あの事件の後、一度だけここへ来たんだよ」

 僕は驚いてツキノの顔を見やる。

「怖くてさ、家の鍵は開けれなかった。あの人中にいるのはお前だと思ったみたいで、一方的に色々捲し立てて帰ってった」
「なに? 何言われたの? 大丈夫? どうして? 言ってくれたら良かったのに」
「言えなかった、あの人がお前をどこかに連れて行くかもしれないと思ったら、怖くて、言えなかった」
「行く訳ないだろ! なんであんな人に付いて行かないといけないのさ! 頼まれたって願い下げだよ!」
「あの人ね、何か急用ができたから一度ランティスに帰るって言ってたんだよ、でも必ず迎えに来るからって、何度も何度も言ってたんだ。カイトは愛されてるんだなって、そう思ったよ」

 淡々と話すツキノの言葉に意味も分からず胸が詰まった。

「別に愛されてる訳じゃない、あの人は僕の事なんてこれっぽっちも知らなかったんだ、子供がいるって知って、父親面したいだけなんだよ!」
「でも、迎えに来てくれただろ」
「頼んでないよ!」

 「僕はツキノの傍を離れる気ないから!」と僕がツキノを抱き締めるとツキノは「そうだな」と頷いた。

「明日、母さんに会ったら話したい事がたくさんあるよ。俺の事、思い出してくれたらいいけど……」
「きっと、大丈夫。きっと何もかもうまくいく、大丈夫」
「あぁ、そうだな……」

 僕達はまたその日も抱きあって眠りについた。明けない夜はない。僕達はそれを信じていた。
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