運命に花束を

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運命の子供たち

事件解決の糸口は…… ①

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「それマジな話……?」

 青褪めた表情で奥さんが言った言葉に「私が冗談を言うと思いますか? 何かあってからでは遅い。今から陛下にも報告に行く所です」と、俺達に向けていた柔和な笑みを引っ込めて騎士団長は真剣な表情でそう言った。

「俺も行く」
「いえ、あなたは子供達と安全な場所にいてください」
「でも……」
「大丈夫です、いざとなったら手を借りますが、今はどうか子供達を守ってください」

 彼を見上げていた小さな幼子達の頭を撫でて「ママの言う事ちゃんと聞くんだよ」と彼は子供達に言い聞かせる。

「私も行きます」
「ユリウス、お前は街の保安維持に回ってください。恐らくこれからそちらにまで手が回らなくなる、現在ここイリヤには観光客も含め大勢の市民がいます、パニックになったらそれこそ大惨事。ルイ、お前もユリウスと一緒にそちらをお願いします」
「分かった」
「ヒナノ、お前はママと一緒に下の子を見ていてください」
「はいです」

 子供達にまで役割分担をふっていくその様は、本当にまるでこの家族はひとつの部隊のようだ。
 彼は家族を一通り見回して微かに微笑み、ひとつ頷いて踵を返した。

「あの……今の話……」
「ファルスの北方ザガがきな臭いという話しはしたと思うけど、難民と一緒に入り込んできている輩の中にそういった闇商人という人達もいて、ファルスでは扱いを規制しているような物をメリアから運び込んでいる者達がいるのです。今回はそこからの情報という事でしょうね……」

 父の背中を見やってユリウスさんは言う。

「姉さん……」
「まずは人員の確保ね。騎士団員達はそっちにかかりきりになってしまうでしょうから、別の所から人を確保しないと。私は心当たりをあたってくる、あなたは速やかにこの事を自分の仲間に伝えて、さっき言ってたその浮浪者の事も気になるわ。何かこの事件に関わっている可能性も否定できない、早急に確保して。シキ、どうせその辺にいるんでしょ、連絡係頼んだわよ!」

 シキ……? 知らない名前が出てきたと思ったら「ルイ、俺は……!」とどこからか声が降ってきた。
 姿は見えない。どこ? どこにいるの……?

「シキ! 四の五の言わない、今は国家の一大事、分かる? 今は私情で動いてる場合じゃないの、使える者は誰でも使う。そんな判断もできない男はこっちから願い下げよ! 分かったら返事!」

 姿はまるで見えないまま、けれどどこからか降ってきた声は「分かった……」と少しだけ悲しげに響いて、姿は見えないのだけどなんだか可哀相。

「あの、シキさんって……?」
「彼も幼馴染だよ、さっき私のチームにいたセイさん、サキさんの弟。昨日姉さん攫われただろ? だから心配してくっ付いてたみたいなんだけど、姉さんも人使い荒いよね」
「ユリ、聞こえてるわよ。あんたはシキ連れてさっさと行く!」

 びしっと指を差されて、ユリウスさんも慌てたように踵を返した。

「俺も……!」
「ノエル君は駄目、ここでヒナ達と一緒に待ってて! 今は子供の出る幕じゃないわ」
「でも、あの浮浪者の人が分かるのは俺だけです」

 俺がルイの瞳を真っ直ぐに見やると、しばし考え込んでルイは「分かった」と頷いた。

「でもユリの言う事は聞いて、無茶は絶対しちゃ駄目よ」

 ルイさんの言葉に頷いて、俺はユリウスさんの後を追う。まずはどこに行くんだろう? そういえばウィルの行方も気にかかる、何事もなければいいけれど……
 どうにかユリウスさんに追いついて、その服を掴むと驚いたように「なんで付いて来たんですか?!」と言われてしまった。

「だって、あの人捕まえるなら俺も居た方がいいと思ったから……」
「危ないです!」
「それはユリウスさんだって同じだ!」
「私はこれが仕事です。君はまだ子供で、こんな事に首を突っ込むべきではない」
「だけど……」

 ウィルの悔しかった気持ちが分かってしまう。まるで役立たずだと言われているようで悲しくなった。
 どこかで爆竹の弾けるような音がして、ユリウスがそちらを見やった。
 細く赤い煙が上がっている、あれは何?

「赤……」

 その煙の色には何か意味があったのだろう、ユリウスは駆け出そうとして、俺を思い出したのだろう、一瞬躊躇うような表情を見せた。

「本当は連れて行きたくはありません、ですが今は急を要します。付いて来てください、けれど私から離れないで」

 俺は頷きユリウスと共に駆け出した。何かが起ころうとしている、いや、もう何かは起こっているのかもしれない。嫌な胸騒ぎと共に俺達は人混みの中を駆けて行った。



 駆けつけた先、そこにはイグサルさんが頭上を見上げ、佇んでいた。

「イグサル! 皆は?!」
「あぁ……意外と早かったな」

 イグサルが顎で指し示す先には何人かの男達を締め上げるユリウスさんの仲間がいた。

「あの人達は?」
「あの浮浪者の仲間っぽい。でも悪い、そいつは逃がしちまったみたいだ」

 捕まえられた男達は「なんで俺達が!」と口々に不満の声を上げている。
 その人達は特にチンピラという感じでもなく、かと言ってあの浮浪者のように小汚い格好をしている訳でもない、極々普通の人達だった。

「俺達はこの国を正す為に活動をしているだけで、こんな風にお前達に捕まえられる筋合いなどない!」
「そうだ、そうだ! 騎士団はもうすっかり腐っちまった、俺達がこの国を守らなければ……!」
「騎士団が腐っているというのは、どういう事ですか……?」
「そのまま、こういう事だろうが! なんで善良な一般市民である俺達がこんな扱いを受けて、そこのガキみたいなメリアの不法移民が野放しになってるのか分からない!」

 男は俺を見やって、そうがなり立てる。

「彼はメリア人ではありません。それに、不法移民はちゃんと取締りをしています、誰でも彼でも受け入れている訳ではありません」
「騎士団の審査なんてほとんどがザルじゃねぇか! それもこれも全部あの男、ナダール・デルクマンのせいで!」
「言いがかりです! 父はそんな事はしていない!」

 男達の胡乱な瞳がユリウスへと注がれた。

「お前、あいつの息子か?」
「あなた方は何か勘違いをしています、父は無差別にメリア人を受け入れている訳じゃない、受け入れているのはあくまで行き場を失った、生活に困っている人達だけです!」
「そういう輩がファルスの治安を悪くしているんだろうが!」
「それは……ですが、それも全力で対応にあたっています!」
「全力で対応が聞いて呆れる、あいつの騎士団はそんな不法移民の保護ばかりで、被害にあった方は放ったらかしだ!」
「そんな事は……!」

 ユリウスは言葉に詰まって語尾を濁らせる。

「お前も心当たりがありそうだな。あいつは元々ランティスの人間だと言うじゃないか、他国の人間が入り込んでこの国を荒らす、この国は我々ファルス国民の物だ! あんな奴を第一騎士団長の座にのさばらせている国王も頭がおかしいんだよ!」
「国王陛下は民を一番に考えられている立派な方です。父もそれに賛同する形で政策を行っているだけで、ファルス国民を蔑ろになど決してしてはいない!」
「どうだか……そもそも今の国王のあの黒髪……黒髪は山の民、犯罪者の色だ。母親は先々代の王の妾だったと聞いている、どこの馬の骨とも知れない女から生まれた国王など信用できる訳がない」

 ユリウスと男達の話し合いはどこまでいっても平行線。けれど、こうして第一騎士団長や国王に不満を持つ人間は大勢いるのだという事が分かってしまった。

「ユリウス、もう止めておけ。今はあの男を追う事の方が先決だろう。坊主が言ってたけど、あいつは本当に強いよ、なんであんな男があんななりでこんな奴等と一緒にいたのか、そっちの方が気にかかる。おい、お前等、あいつは一体何者だ?」
「あの方は救世主だ、この国を救ってくださる神の御使い」
「神の御使い? ずいぶん小汚い神の使いもいたもんだな。それにこの国を救うってなんだよ? お前等何を企んでる?」
「そのうち分かる、全部綺麗に元通りだ」

 その言葉を最後に男達は口を閉ざした。ユリウスは彼等を第一騎士団の牢へと連行する事にして、指示を出す。

「イグサル、セイさん達は?」
「まだあいつを追っかけてるだろうさ、だから信号が上がるのを待ってる」
「シキさん、見えますか?」
「いや、でも痕跡はある、ここから西方向だ」

 すたん! と何処からか降ってきた黒髪の男性。もしかして、シキさん?

「追えますか?」
「たぶん……」

 言葉は少ない、けれど彼は何かを感じるように瞳を閉じて駆け出した。
 慌てたようにユリウスさん、イグサルさん率いる何名かもそれに続く。勿論俺もそれに付いて行くのだが、皆足が速い。先程は俺の足に合わせてくれていたのだろう、体力は人並みにあるつもりだったのだが、付いて行くのが精一杯だ。
 自分達は大通りから離れた道を走っているのだが、どこか遠くから祭りの喧騒も聞こえてきて、そんな場所でもし爆弾が破裂したらと思うとぞっとした。
 俺が彼等を必死の思いで追いかけていると、何故だか俺に並走するように走る人影が追いかけて来て俺の顔を覗き込んできた。

「あぁ、やっぱりノエルだ? 何してるの?」

 その人は軽いフットワークで気軽にそんな問いを投げてくるのだが、息が切れて返事ができない。
 気が付けば、逆隣にもう1人並走者がいて、俺は完全に挟まれた状態だ。

「追いかけて……」
「うん? ユリウス兄さん?」

 前を向いて、前方を走る人達を確認したカイトは「これお祭りの何か?」とやはり軽い調子で問うてきた。逆隣のツキノは全くの無言で付いてくる。

「ちがっ……変な人が、お祭り……爆薬……」
「おっと? 何か物騒な話になってきた」

 そんな事を言いながらも、カイトの声は楽しげで、しかも全然息切れしないのなんでなの?!

「関係あるかも、だからっ……捕まえてっ」
「なるほど、なるほど? 悪い奴を捕まえに行くんだね?」

 俺が無言でこくこくと頷くと、カイトはそれはもう楽しそうににいっと笑った。

「ねぇ、なんか楽しそうな事になってるよ、ツキノ」
「余計な事には首を突っ込むなと、何度も言っているだろう……」
「あはは、昨日は結局何もできなかったからねぇ、これも何かの縁だって」
「本当に、お前は……」

 俺を挟んで2人の会話は進んでいく、っていうか何? 2人も一緒に行く気?

「これどこに向かってるの?」

 俺はやはり言葉が出なくて首を振った。

「ところでノエルは何で兄さんを追いかけてるの?」

 何でと言われても、もう自分でもよく分からない。あの浮浪者は俺を目の敵にしてたから、俺がどうにかしなきゃと思ったけど、こうなってくると自分が何の役に立てるのかも分からない。むしろ足手纏いになりそうだから、やっぱり大人しく待ってた方が良かったのかも……

「しかも騎士団の制服羨ましい、僕も着たいなぁ」

 そういえば、誰のか分からないけど制服着たまんまだった。でも、これ端から見たら完全に落ちこぼれ騎士団員だよねぇ……
 前方を走る彼等との距離はどんどん離れていく、一体何処まで行くんだろう?

「まぁ、いいや。僕も兄さん追いかけるね。ツキノ、行こう」
「あ、こら待て」

 ぐんと、2人のスピードが上がる。俺はそのスピードに付いて行けない。
 おかしいな、俺だって田舎で野山を駆け回っていて足腰は強いはずなのに……どれだけ懸命に追いかけても人影はどんどん遠のいて、そして俺は次の曲がり角、完全に彼等の姿を見失ってしまった。

「はぁ……もう、無理……」

 立ち止まって肩で息を繰り返す。結局俺は完全にただのお荷物で、何の役にも立てなかった。しかも、ここ何処だよ……
 滴る汗を腕で拭って、周りを見回すのだが自分のいる場所が分からない。
 息を整え、近くにいないかと見て回るのだが、やはり彼等はどこにもおらず、完全に置いていかれた……と、そう思った時

「おい、お前」

 ふいに声をかけられ顔を上げると、そこにいたのは自分と同じ騎士団員の制服を着た男性だった。
 ユリウスさんの仲間の人? でも、こんな人いたかな?

「何をやってる、こっちだ」

 顎をしゃくられ、路地裏へと促される。待っててくれた? それとも近道?
 男はどんどん路地裏を進んで行って、俺はそれに首を傾げつつも付いて行く。
 細い小路の突き当たり、そこには勝手口のような扉があって俺達はそこへと入って行くのだけど、なんだか暗いし、変な匂いはするし気味が悪い。
 ユリウスさん、どこ行っちゃったんだろう、なんだか怖いし嫌だなぁ……

「ん? いたのか? 見ない顔だな」
「新入りだからな、でもこの赤髪だ、間違いない。騎士団にいる赤髪なんてそんなに何人もいやしない」

 そこにはやはり男や自分と同じように騎士団員の制服を着た男達がたむろっていた。
 何か今まで見てきた騎士団の人達と雰囲気が違う……なんだろう、嫌な感じ。

「さて、お前にはやってもらいたい仕事がある」
「仕事?」

 男の1人が部屋の奥へと顎をしゃくる、そこまで広くないその部屋の奥に1人、後ろ手に縛られて転がされている人がいる。目隠しのつもりだろうか、袋を顔にかけられていて、どこの誰だか分からない。けれど、俺は気付いてしまう、その縛られた腕に付いている緑色のリボンと鈴。あれって、もしかして……ウィル?

「こいつと第3騎士団に捕まってるクロウを交換する、全く馬鹿な奴だがあいつの金がないと、この計画は完全に終わるからな」

 そう言って、男の1人が転がされた人物を転がすように蹴飛ばした。
 クロウ……クロウ・ロイヤー? 昨日捕まったあの人か……そういえば捕まえたのは第3騎士団長、捕まっているのは第3騎士団? それでウィルが誘拐された?

「父ちゃんは、そんな脅しには屈しない! オレだって、ただじゃおかないからな!」
「うるせぇガキだ、死にたいのか!? こっちはそれでもいいんだぞ、交換するまでは生きていて貰わないと脅迫材料にならねぇが、別に死体と交換でも構わないんだからな!」

 やはり転がされているのはウィルだ。ウィルを足蹴にして、男は脅しつけるように恫喝する。
 でもなんでこいつ等皆騎士団の制服着てるんだろう? ウィルを誘拐する為? それとも本当に騎士団員なの? だとしたら、悪い奴等は騎士団員の中にもいるって事……?
 ウィルを助けたいけど、俺1人じゃ無理だ、どうすればいい?
 俺はぐるぐると逡巡して、動く事ができない。

「それでだ、お前はお使いだ。こいつを第3騎士団に届けて来い」

 放られるように渡された一枚の封書、中に何が書かれているかは分からない。

「届けるだけでいいですか?」
「それ以外に何ができる? どのみち大した事もできないんだろう? メリアの人間は金を積めば何でもやるが、そう大して役にも立たない。お前は大人しく言う事を聞いてりゃいいんだよ」

 また言われた。どうやらここイリヤではメリア人は本当に嫌われているみたいだ。さっきは出て行けとばかりに、今度は能無し扱い、なんだか同じ人間として扱われている気がしなくて憮然としてしまう。

「なんだ? 不満か?」
「いえ……」
「行き場の無いお前達を有効活用してやってるんだ、少しは役に立ってくれよ」

 俺は無言で頷き、その手紙を握った。第3騎士団に行けというなら、行って助けを請えばいい。ウィルの事は心配だが、クロウが釈放されない限りたぶん無事でいるはずだ。
 急いでこの事を誰かに伝えなければ!
 俺は踵を返してその路地裏を飛び出し、そしてそこで人にぶつかる。

「あ、すみませ……」

 顔を上げたらまた騎士団員の制服を着た男性だった。そこまで大きくもない、ひょろりとした青年だ。そして、その髪は俺と同じ赤髪だった。

「君……騎士団員? 初めて見るけど、どこの騎士団?」
「え……あ、えっと……」
「僕、第1騎士団なんだ。メリア人の騎士団員は少ないから、嬉しいなぁ」

 彼はにっこり笑みを見せた。

「こんな所で何をしてるの? もしかして今その路地裏から出てきた?」
「あ……」

 何をどう言っていいか分からない。もしかして、この人あの人達の仲間? もしかして俺が間違われた人? 今ここでこの人があそこに行ったら俺が仲間じゃない事ばれちゃうよ!

「君ももしかしてあいつ等に使われてるの……?」
「……え?」
「もしそうなら悪い事は言わない、あいつ等には関わらない事だ。幾ら積まれた? 君、まだ若いよね? こんな事で人生棒に振ったら駄目だ」

 その人は、俺の腕をぐいぐい引いて、その路地裏から俺を引き離す。

「あの……あなたも、あの人達の仲間なんじゃ……?」
「うん、まぁ、そうだね」
「だったらなんでそんな事……」
「僕には金が必要だ。妹に持病があってね、金がかかる。騎士団の給金だけじゃ足りないんだよ。君は? 君だったら騎士団の給料だけで生活できるだろ? 悪事に手を出したら駄目だ、自分を貶めたら駄目だ。裕福な生活を求める気持ちは分かるけど、犯罪だけは絶対駄目だ」
「だったら、あなたもこんな事するべきじゃない。妹さんの為にもあんな人達と付き合うべきじゃない」
「だったら、妹を見殺しにしろと……? たった一人の妹なんだ。他に身寄りもいない、僕にはあの子しかいなんだ、僕はあの子の為なら何でもできる……」
「それが悪い事だと分かっていても?」
「金が、必要なんだよ……」

 瞳を伏せて彼は苦しげにそう言った。

「運よく騎士団に入れて、生活も安定した、だけど足りないんだ……メリア人は信用がない、金貸しも金を貸してはくれない。学もないから給金のいい仕事に転職もできない、ここで出世できればまた違っただろうけど、僕には騎士団員としての腕も見込めない」

 ここイリヤでのメリア人の扱いを実体験してきた自分には彼の苦悩が分かってしまう。だけど、それなら尚更彼はこんな事をしていてはいけないとそう思うのだ。

「でも、あなただってこんな事をしていたらいずれ捕まってしまいます。そんな事になったらそれこそ妹さんは救われない!」
「だったら、どうすれば良い!? 他に手段がないんだよ、メリア人は生きるなと言う事か!? 僕達は生きる事すら許されないのか!」

 それは彼の心からの叫びだろう、だけどだからこそ、そんな事はしてはいけないとそう思うのだ。

「もしかしてあなた今朝、第5騎士団からある男を連れ出しませんでしたか?」
「なんでそれを……?」
「その人は何故連れ出されたんですか? あなたにその指示を出したのはあいつ等?」
「ううん、違うよ。それはあいつ等じゃない。だけど、僕が連れ出したあの男を僕の上司は何処かへ連れて行ったんだ。第一騎士団に移送だと聞いていたのに、連れては行かなかった。何処へ連れて行かれたのか僕にも分からない……」
「その上司って……?」
「知ってるかな? 第一騎士団長の息子、ユリウス・デルクマン」

 瞬間目を見開いた、そんな事がある訳ない! この人は嘘を吐いている、だけど、本当に?
 あの時あの浮浪者が現われた時、彼等はお互いを分かっていなかったはずだ、いや、それともそれは周りに対するふりだった?
 でも彼がそんな事をして何の得がある? 今だって彼はあいつを追いかけているのに!
 信用しかけていた目の前の男が俄かに信用ならなくなった、いや、でも信用できないのはどっちだ!?

「どうかした……?」
「騎士団長の息子がなんでそんな指示を……?」
「上層部の考えなんて僕に分かる訳がない」
「その人は本当に騎士団長の息子なんですか?」
「知ってる? 第一騎士団長の奥さんってメリア人なんだよ。だから第一騎士団はメリア人への待遇がいいんだ。あそこならこの赤髪もそこまで悪く言われない、だって騎士団長の息子も赤髪だからね」

 違う! この人騙されてる! ユリウスさんの髪は父親譲りの金髪で赤髪なんかじゃない!

「騎士団長もいい人だったけど、息子さんも凄くいい人なんだよ。僕がイリヤで騎士団に入ってからまだ2ヶ月くらいなんだけど、僕にはいつも良くしてくれて、妹に玩具まで買ってくれた」

 その人って誰? でもそれは絶対俺の知ってるユリウスさんじゃない! だってユリウスさんは一昨日お祭りの為にここイリヤに来たんだ、イリヤに来るのは久しぶりだって笑ってた、そんな事絶対ありえない!

「あなたは騙されてます」
「え……?」
「蜥蜴の尻尾切りみたいに、このままじゃ全部の罪を擦り付けられますよ!」
「え? どういう事?」
「手伝ってください、俺、イリヤには詳しくないんだ。第3騎士団の詰所の場所が分からない、連れて行って」
「それって……あいつ等の? それは、駄目だって言ってる、それは僕がやるよ君は手を引け」

 俺は黙って首をふる。これは駄目だ、俺がやらなきゃ、この人は捕まってしまう。
 誰だかよく分からないけれど、ユリウスの名を騙る誰かがこの人を使って何かをしている。この人はその赤髪の誰かをユリウスだと信じている、もしこの人があの浮浪者を逃がした犯人だとされたら、もしこの人が捕まった時にその上司の名を出したら、その時、本物のユリウスさんまで疑われてしまう。
 すべて計算尽くなのか? あいつ等の仲間は、いや、あの浮浪者自身も第一騎士団長を嫌っていた、これは騎士団長やその周り全ての信頼をも失墜させるそういう物なのかもしれない。

「俺が全て何とかします、だから手伝って」
「君は、何をする気だ?」
「悪いようにはしません、俺を信じて」

 戸惑ったような表情を見せる男に俺は「お願いだから」と頭を下げると、男は渋々と頷いて、俺を第3騎士団の詰所へと案内してくれた。

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