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世界一メンドくさい君を想う
世界一メンドくさい君を想う④ 後編
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こんな風に日々お互いに折り合いを付けて暮らしていた俺達2人に、ある日ルークの祖父である長老から呼び出しがかかった。
「長老から呼び出し……って、俺こんなの始めてなんだけど……」
「別にじーちゃん孫の顔見たいだけだろ。最近めっきり足腰弱ってあんまり家の外出れないみたいだしさ」
「それならお前だけ呼び出されてるはずだろ、なんで俺も一緒になんだよっ。怖すぎるっ」
ルークの家系はこの村の中で一番の本家筋にあたる。
倫理観の緩いこの村では血縁関係もまたずいぶん緩いのだが、それでも本家だけはそんな緩さもなく全員番を持って自分達の血統を守っている。
我が家にしたって遠く血筋を辿っていけば本家に辿り着くのだろうが、それでもやはり本家だけはこの村の中でやはり少し格が高いのだ。
姉のサリサの番であるカズイはまさに完全な本家筋で、本家に嫁に入った娘の弟という事で俺の名も本家の末端部分にお飾り程度に入っているのかもしれないが、それでもこんな風に長老から声がかかるなどという事は今までなかったので、俺は慄く事しかできない。
「うちの村なんて元を辿れば全部血縁なんだから、そんなビビる事ないよ。じーちゃんだって普通にその辺にいるじーちゃんと変わらないんだからさ」
「だけど長老だぞ」
「サクヤは深く考えすぎ。大丈夫だって、お茶飲んで世間話するだけだよ」
「平気平気」とルークは笑うが俺の心は穏やかではいられない。
本家筋のルークが選んだのが番にもなれないβの男である俺だというのが、そもそも問題なのだ。
もしそこに言及されるような呼び出しだとしたら……と思うと正直不安しかない。
不安顔を隠せない俺と、気にする事ないよと笑うルークの2人で長老の家にお邪魔すると、そこには何故か長老だけではなく、村長とサクヤの姉サリサの旦那である義兄のカズイが待ち構えていた。
カズイとルークは従兄弟同士だが、幼い頃から伯父夫婦に育てられたも同然のルークにとっても兄のような存在だ。
「あれ? 伯父さんはいるかもと思ってたけどカズイ兄さんまでいるの?」
「あぁ、まぁな……」
カズイは少し言葉を濁し、父親である村長を気遣うように見やって溜息を零した。
「ルーク、よく来たな。ほれ、座れ座れ」
ルークの祖父である長老は好々爺然として2人に座るように勧めてくるのだが、なんだかその微妙な空気にサクヤは萎縮してしまう。
「じーちゃん、用事って何?」
「ふぅむ、お前の嫁取りの件で息子が話しがあるというのでなぁ」
長老はそんな事をさらりと言ってにこにこしているが、サクヤとしては不安的中で、それは自分にとってあまり楽しい話ではなさそうだった。
「じーちゃんオレの嫁はサクヤだってこの間言ったよね? 忘れちゃった?」
「ふむ、そうじゃったか?」
「ルークその件なら、駄目だし、無理だと言ったはずだぞ。サクヤはβだ、お前の嫁にはなれないんだよ」
ルークと長老の呑気な会話に村長は渋い顔でそんな事を言う。
「ふむ、もしサクヤがΩだったらルークの嫁にちょうど良かったのに、残念だったのう」
「じーちゃん、サクヤはΩじゃなくてもオレの嫁だから覚えておいて」
「ふむ? サクヤは娘さんじゃったかの?」
「娘さんじゃなくても嫁だから、ここ譲れないから。じーちゃんにはオレ、何度も言ったと思うけど?」
「そうじゃったかのう……」
「年寄りは物忘れが激しくてのう」と長老は呑気に笑い、ルークの伯父である村長はやはり厳しい表情を見せた。
サクヤは何も言い返す事もできず、ただ3人の会話を聞いていることしかできない。
長老の物言いは惚けているようでもあり、ただとぼけているだけのようにも見える、俺はやんわりと2人の関係を否定されて少し悲しくなった。
「こちらも何度も言ったと思うが、お前にはちゃんとしたΩと番になる義務がある。これは一族の掟だからな、お前の戯言は聞かんぞ」
「それ親父に言ってくれる? 親父にだって番なんていないじゃん、親父が好き勝手してるのに、なんで息子のオレだけ一族の掟とやらに縛られなきゃならないのさ。物凄く納得いかないんだけどっ」
「リンにもちゃんと番の相手はいるぞ、そうでなかったらどうやってお前が生まれたというんだ?」
伯父の言葉に瞬間ルークが固まった。
「は? 聞いてない。親父に番? 聞いてない、聞いた事ないよ!」
「リンはまだお前に話してないのか? いや……あいつは言わないつもりか?」
「どこの誰!? 伯父さんは知ってるの?! オレの生みの親って生きてるの……?」
誰も何も言わなかった、だから今まで自分も聞きはしなかった。
誰も言わないという事はそこには何か問題があったという事だ、子供だけを連れ帰ってきた事情、それを今まで誰も教えてはくれなかったではないか!
もしかしたら自分の母親はもう死んでいるのではないかとさえ思っていたのに、親父にはれっきとした番がいると言う、それはもうどうにも納得がいかない。
ルークの剣幕に驚いたのであろう村長は話したものか迷うように瞳を彷徨わせ、そしてままよとばかりにルークに告げた。
「リンの番にはな……夫と子供がいるのだよ……」
「はぁ?! え……? 夫? 子供? 俺の兄弟?」
「あぁ、そうだ。お前の兄弟だよ、けれど向こうはきっとお前を知らない」
「オレだって今の今まで知らなかったよっ!」
伯父はまた溜息を吐く。
「お前の母はランティスの貴族の娘だった。その娘には親の決めた許婚がおってな、リンが彼女を見付けた時には彼女は既に結婚した後だったのだよ。幸いと言うべきか不幸にもと言うべきか彼女の夫はβで彼女を番にする事はできなかった、そもそも男はバース性そのものを知らないのであろうな。2人は普通の家庭を築いていた。それでも出会ってしまうのが『運命』というやつで、リンは彼女を見付けてしまった」
「それで親父は……」
「一度は諦めようとしたらしい、彼女とは身分も違うし、彼女の方もリンに惹かれはしても夫と子供を捨てられなかった。それでも生まれてきてしまったお前を彼女は殺そうとした。夫との間に黒髪の子供など生まれるはずもない、お前は紛れもなく不貞の子供だからだ。だからリンは彼女からお前を奪い連れ帰った、そして二度と彼女には会っていないはずだよ」
「運命とは時としてままならないものだ……」と伯父はまた息を吐いた。
「そんな話、オレは知らない!」
「言えなかったのだろう、実の母に殺されかけた事を子供に言うのは酷だと思ったのだろうな。幸せな家庭を築く事もできなかったリンはもうそれからは仕事一筋で村に帰ってくる事もなくなった。番の解除はリンの側からならできはするが、それは相手の命を削る。リンはそれをしなかった……私はそんな弟を責める事はできなかった」
しばしの沈黙、だがルークはきっと顔を上げて伯父を睨んだ。
「親父に番がいるのは分かった、でもそれとこれとは話しが別だ。オレはサクヤが好きでサクヤと番になりたいんだ、そこに口を出されるのは真っ平ごめんだ」
「だから、サクヤはβでお前の番にはなれないと何度も……」
「そもそもオレとサクヤが番いになれないっていうのがおかしいんだよ、オレはサクヤ以外と番う気はないんだ、ただ一人の人間と番えって言うならオレ達のどこにも問題はないはずだろう? このゆるい村の中で、なんでそこだけ駄目だって言われるのかオレには分からない」
村長は憮然とした顔をしているし、長老は何を思うのかずっとにこにこしている。
義兄は何を言うでもなく困ったような顔をするばかりだ。
そして、俺はといえばやはり何も言えずに黙ってそれを聞いている事しかできない。
そもそもこの2人の関係が間違っている事は分かっているのだ、ルークにほだされ彼の傍らにいる事を決めてしまった自分だが、こんな風に反対される事を予想しなかった訳ではない。
ルークのことは好きだ、けれど、自分は別にルークの番になりたかった訳ではない。
そんな俺の想いに気付いたものか、義兄は俺の方を見やる。
「さっきからサクヤは何も言わないが、お前はどう思っているんだ?」
「俺は……元々ルークとは番になれない事は分かっていましたから……」
「ちょっと、サクヤ!?」
慌てたような顔をするルークだが、お前だって分かっていたはずだろう?
「ルークの事は好きです。傍に居たいですよ。でも自分の性はもうどうにもならないです。そこを否定されて駄目だと言われるのなら、そうですよね、と頷くことしかできません」
「サクヤ……」
「それでも、一緒にいたいと思ったら、もうここにはいられない。別にいいんです、俺はルークが選ぶ道に付いて行きますよ、俺を選んでこの村を捨てる事も、この村を選んで俺を捨てる事もルークの自由です、世界はここだけじゃない、俺はそれを知っている。選ぶのはルークだ」
淡々とそう告げた俺の言葉にルークの顔が嬉しそうでもあり、驚いたような、戸惑ったような複雑な表情を浮かべた。
「ルークがこの村を選んでお前を捨てたら、お前はどうするんだ?」
「別にどうもしませんよ、俺にとってルークの世話を焼くのはライフワークなので、ルークが俺の手を必要としなくなるまで彼の世話を焼き続けるだけです」
「だったらサクヤは一生オレの世話を焼かなきゃだよ。オレはヘタレで自立心なんて欠片もないんだ、サクヤがいなきゃオレは生きていけない。それも駄目だって言うなら、オレ達この村を出て行くよ」
「おやおや」と長老は笑い「これは参ったな」と村長は額に手を当てた。
義兄も苦笑いの笑みを浮かべて「お前は本当にそれでいいのか?」と再度サクヤに問うてきた。
「もうこいつに捕まった時に全部決めてしまったので、何がどうなろうと後悔はないです」
「そうか」とカズイは頷いて「だそうだよ?」と父親を見やった。
「全く……これはサクヤ、お前を思えばこその反対だったのに、お前は本当にそれでいいのか? 言ってはなんだがこの子は手がかかるぞ?αとβでは子も生まれない。普通の家族にはどう願ってもなれないんだぞ?」
「そんな事は知っていますよ」
やはり淡々とそう告げると村長は溜息を零した。
「ふぉっふぉっ、ルークが選んだ子はなかなかのしっかり者じゃのう」
「だからずっと言ってただろ、オレにはサクヤしかいないって」
長老の満面の笑みに「そのようだな」と村長は諦めたように笑い、義兄のカズイもようやくほっとしたような表情を見せた。
「サリサから聞いた時には驚いたが、そこまでの覚悟を決めてこいつの傍にいてくれる気でいたのかと思うと嬉しいよ。できの悪い弟とできの良い弟が2人揃って幸せになってくれるならこれ以上の喜びはない」
「カズイ兄さん、できの悪い弟ってオレの事? ちょっと酷くない?」
「そう思うならお前もサクヤを見習ってもう少し大人になる事だな。お前達は俺にとったら2人共可愛い弟なんだ、俺は嬉しいんだぞ」
そう言ってカズイは2人の頭をわしわしと撫でた。
少しだけ情に暑苦しい所がある義兄だったが、なんだかサクヤはそれにようやく笑みを零す事ができた。
「そうと決まれば、ちゃんとセイヤさんにも挨拶にいっておかなければな。娘さんだけではなく、息子さんまで嫁に貰ってしまっては申し訳ない事だ。いっそルークお前、向こうに婿にいくか?」
セイヤというのはサクヤの父親の名前で「え? マジで?」とルークは戸惑い顔だ。
「別に婿に行くのは構わないけど、そういえばまだちゃんと挨拶してないや。今更感もあるけど、やっぱりサクヤを嫁になんて言ったら怒られるかな?」
「サクヤはこうして覚悟の上でここへ来たというのに、お前はまだそんななのか? 呆れたもんだな、きっちり怒られて殴られるくらいの覚悟で挨拶に行って来い」
「殴られるのは嫌だなぁ……」とルークは一人愚痴りながらも、その顔は満更でもない表情で、育ての親である伯父や祖父に認められたのがやはりとても嬉しかったのだろう、屈託のない笑みを見せた。
※ ※ ※
「あぁ、疲れたぁ」
家に帰り着き、俺はソファーに身を沈める。
そんな俺を見やって何故かルークは始終ずっとにやにやと笑みを隠せないという表情で、俺はそんな彼を手招いて寄って来た彼の頬を指で摘んだ。
「何を笑っている。こっちは本当に神経すり減らしたってのに、にやけてんな」
「いひゃい、やめて」
摘んだ指を放すとルークはその摘まれた自分の頬を撫でた。
「もう、サクヤは、さっきまでのしおらしさはどこにいったのさ」
「お前相手にしおらしくしてたら好き勝手されるだけだろうが」
「可愛くない」
「可愛くなくて結構だ」
「オレ、さっきのサクヤの言葉感動したのにぃ。サクヤがずっとオレの傍にいてくれるかなんてオレには分からなかったけど、サクヤはずっとそのつもりでいてくれたんだね」
「まぁ、お前が浮気しなけりゃな」
ん? とルークは首を傾げる。
「さすがによそに妻子を作ったら、どれだけヘタレでも俺の手は離れたモノとして俺はお前を捨てる。当たり前だろ。前提はお前が俺だけを好きでいる事、だ。そこだけは絶対条件だから忘れるなよ」
「なんだ『オレがサクヤを捨てても傍にいる』って言うのはそこが前提なんだ?」
「そう、例えオレを捨てて村や一族を選んだとしても、オレ以外の人間を選ばないって言うのが大前提。そこさえ守ればオレは一生お前の世話を焼いてやるよ」
「サクヤはオレがサクヤ以外を選ばないのを確信した上でそれ言ってるでしょう? サクヤはズルいなぁ」
「ズルさで言ったらどっちもどっちだ、確実に俺の外堀埋めてきてるのお前だろ。逃げられないように、長老達まで巻き込んだ」
ルークはにっこり笑う。
「しょうがないよね、いずれは必ず出る話題だもん。だったらきっちり話しは通しておかないと」
「付き合うのは承諾したけど、プロポーズはされてない」
「そうだっけ? オレ今まで何度もお嫁にきてって言ったよね? 返事はもう貰ったし、今更それいる?」
「今までのは冗談半分みたいなのばっかりだったじゃねぇか。俺ばっかり言わされた感があって悔しいから、ちゃんと言え」
「ふふふ……もう後には引けなくなるよ?」
「もうとっくにそうなってる」
もう一度「ちゃんと言え」と凄むとルークはにこやかに「じゃあ目、瞑って」と何やら要求をつけてくる。その言葉に従うと、手を取られて指に口付けられた。
「良かった、サイズぴったりだ」
「目、開けていいよ」と促され、嵌められた指輪をまじまじと眺める。
「お前は本当にズルイ奴だな……こんなのいつ準備した?」
「一緒に暮らし始めた辺りかなぁ。いつ渡そうかって思ってたんだよね」
いつの間にやら自分の指にもお揃いの指輪をつけて見せ付けるようにルークは笑う。
「改めて……結婚しようか、サクヤ」
あぁ、なんだよもう、なんか悔しいなぁ……
「……こんなスマートなのは気に食わない、やり直し」
ぷいっとそっぽを向いて告げた俺にルークが戸惑いの表情を見せる。
「え……ちょっ、何それ!?」
「駄目ルークでやり直し! 格好いいルークはいらないっ」
「嘘でしょ?! こんな時くらい格好付けさせてくれてもよくない!?」
「駄目なものはダメ! やり直し!」
頑としてプロポーズを受け入れなかった俺に、最後は「ねぇ結婚してよぉ、サクヤ」とルークは縋るように懇願してきて、俺はようやく頷いた。
意地悪なのは分かってる、だけどヘタレてこそのルークだろう?
俺の前ではダメなお前のままでいてくれよ、そうじゃなきゃ俺はお前の傍らにいる存在意義すら見失いそうなんだ。
長老達の前では何でもないような顔をしていたけれど、不安がない訳ではない。
だから、お前は、お前だけは変わらずにそこにいて欲しいんだ……
「長老から呼び出し……って、俺こんなの始めてなんだけど……」
「別にじーちゃん孫の顔見たいだけだろ。最近めっきり足腰弱ってあんまり家の外出れないみたいだしさ」
「それならお前だけ呼び出されてるはずだろ、なんで俺も一緒になんだよっ。怖すぎるっ」
ルークの家系はこの村の中で一番の本家筋にあたる。
倫理観の緩いこの村では血縁関係もまたずいぶん緩いのだが、それでも本家だけはそんな緩さもなく全員番を持って自分達の血統を守っている。
我が家にしたって遠く血筋を辿っていけば本家に辿り着くのだろうが、それでもやはり本家だけはこの村の中でやはり少し格が高いのだ。
姉のサリサの番であるカズイはまさに完全な本家筋で、本家に嫁に入った娘の弟という事で俺の名も本家の末端部分にお飾り程度に入っているのかもしれないが、それでもこんな風に長老から声がかかるなどという事は今までなかったので、俺は慄く事しかできない。
「うちの村なんて元を辿れば全部血縁なんだから、そんなビビる事ないよ。じーちゃんだって普通にその辺にいるじーちゃんと変わらないんだからさ」
「だけど長老だぞ」
「サクヤは深く考えすぎ。大丈夫だって、お茶飲んで世間話するだけだよ」
「平気平気」とルークは笑うが俺の心は穏やかではいられない。
本家筋のルークが選んだのが番にもなれないβの男である俺だというのが、そもそも問題なのだ。
もしそこに言及されるような呼び出しだとしたら……と思うと正直不安しかない。
不安顔を隠せない俺と、気にする事ないよと笑うルークの2人で長老の家にお邪魔すると、そこには何故か長老だけではなく、村長とサクヤの姉サリサの旦那である義兄のカズイが待ち構えていた。
カズイとルークは従兄弟同士だが、幼い頃から伯父夫婦に育てられたも同然のルークにとっても兄のような存在だ。
「あれ? 伯父さんはいるかもと思ってたけどカズイ兄さんまでいるの?」
「あぁ、まぁな……」
カズイは少し言葉を濁し、父親である村長を気遣うように見やって溜息を零した。
「ルーク、よく来たな。ほれ、座れ座れ」
ルークの祖父である長老は好々爺然として2人に座るように勧めてくるのだが、なんだかその微妙な空気にサクヤは萎縮してしまう。
「じーちゃん、用事って何?」
「ふぅむ、お前の嫁取りの件で息子が話しがあるというのでなぁ」
長老はそんな事をさらりと言ってにこにこしているが、サクヤとしては不安的中で、それは自分にとってあまり楽しい話ではなさそうだった。
「じーちゃんオレの嫁はサクヤだってこの間言ったよね? 忘れちゃった?」
「ふむ、そうじゃったか?」
「ルークその件なら、駄目だし、無理だと言ったはずだぞ。サクヤはβだ、お前の嫁にはなれないんだよ」
ルークと長老の呑気な会話に村長は渋い顔でそんな事を言う。
「ふむ、もしサクヤがΩだったらルークの嫁にちょうど良かったのに、残念だったのう」
「じーちゃん、サクヤはΩじゃなくてもオレの嫁だから覚えておいて」
「ふむ? サクヤは娘さんじゃったかの?」
「娘さんじゃなくても嫁だから、ここ譲れないから。じーちゃんにはオレ、何度も言ったと思うけど?」
「そうじゃったかのう……」
「年寄りは物忘れが激しくてのう」と長老は呑気に笑い、ルークの伯父である村長はやはり厳しい表情を見せた。
サクヤは何も言い返す事もできず、ただ3人の会話を聞いていることしかできない。
長老の物言いは惚けているようでもあり、ただとぼけているだけのようにも見える、俺はやんわりと2人の関係を否定されて少し悲しくなった。
「こちらも何度も言ったと思うが、お前にはちゃんとしたΩと番になる義務がある。これは一族の掟だからな、お前の戯言は聞かんぞ」
「それ親父に言ってくれる? 親父にだって番なんていないじゃん、親父が好き勝手してるのに、なんで息子のオレだけ一族の掟とやらに縛られなきゃならないのさ。物凄く納得いかないんだけどっ」
「リンにもちゃんと番の相手はいるぞ、そうでなかったらどうやってお前が生まれたというんだ?」
伯父の言葉に瞬間ルークが固まった。
「は? 聞いてない。親父に番? 聞いてない、聞いた事ないよ!」
「リンはまだお前に話してないのか? いや……あいつは言わないつもりか?」
「どこの誰!? 伯父さんは知ってるの?! オレの生みの親って生きてるの……?」
誰も何も言わなかった、だから今まで自分も聞きはしなかった。
誰も言わないという事はそこには何か問題があったという事だ、子供だけを連れ帰ってきた事情、それを今まで誰も教えてはくれなかったではないか!
もしかしたら自分の母親はもう死んでいるのではないかとさえ思っていたのに、親父にはれっきとした番がいると言う、それはもうどうにも納得がいかない。
ルークの剣幕に驚いたのであろう村長は話したものか迷うように瞳を彷徨わせ、そしてままよとばかりにルークに告げた。
「リンの番にはな……夫と子供がいるのだよ……」
「はぁ?! え……? 夫? 子供? 俺の兄弟?」
「あぁ、そうだ。お前の兄弟だよ、けれど向こうはきっとお前を知らない」
「オレだって今の今まで知らなかったよっ!」
伯父はまた溜息を吐く。
「お前の母はランティスの貴族の娘だった。その娘には親の決めた許婚がおってな、リンが彼女を見付けた時には彼女は既に結婚した後だったのだよ。幸いと言うべきか不幸にもと言うべきか彼女の夫はβで彼女を番にする事はできなかった、そもそも男はバース性そのものを知らないのであろうな。2人は普通の家庭を築いていた。それでも出会ってしまうのが『運命』というやつで、リンは彼女を見付けてしまった」
「それで親父は……」
「一度は諦めようとしたらしい、彼女とは身分も違うし、彼女の方もリンに惹かれはしても夫と子供を捨てられなかった。それでも生まれてきてしまったお前を彼女は殺そうとした。夫との間に黒髪の子供など生まれるはずもない、お前は紛れもなく不貞の子供だからだ。だからリンは彼女からお前を奪い連れ帰った、そして二度と彼女には会っていないはずだよ」
「運命とは時としてままならないものだ……」と伯父はまた息を吐いた。
「そんな話、オレは知らない!」
「言えなかったのだろう、実の母に殺されかけた事を子供に言うのは酷だと思ったのだろうな。幸せな家庭を築く事もできなかったリンはもうそれからは仕事一筋で村に帰ってくる事もなくなった。番の解除はリンの側からならできはするが、それは相手の命を削る。リンはそれをしなかった……私はそんな弟を責める事はできなかった」
しばしの沈黙、だがルークはきっと顔を上げて伯父を睨んだ。
「親父に番がいるのは分かった、でもそれとこれとは話しが別だ。オレはサクヤが好きでサクヤと番になりたいんだ、そこに口を出されるのは真っ平ごめんだ」
「だから、サクヤはβでお前の番にはなれないと何度も……」
「そもそもオレとサクヤが番いになれないっていうのがおかしいんだよ、オレはサクヤ以外と番う気はないんだ、ただ一人の人間と番えって言うならオレ達のどこにも問題はないはずだろう? このゆるい村の中で、なんでそこだけ駄目だって言われるのかオレには分からない」
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そして、俺はといえばやはり何も言えずに黙ってそれを聞いている事しかできない。
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「サクヤ……」
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義兄も苦笑いの笑みを浮かべて「お前は本当にそれでいいのか?」と再度サクヤに問うてきた。
「もうこいつに捕まった時に全部決めてしまったので、何がどうなろうと後悔はないです」
「そうか」とカズイは頷いて「だそうだよ?」と父親を見やった。
「全く……これはサクヤ、お前を思えばこその反対だったのに、お前は本当にそれでいいのか? 言ってはなんだがこの子は手がかかるぞ?αとβでは子も生まれない。普通の家族にはどう願ってもなれないんだぞ?」
「そんな事は知っていますよ」
やはり淡々とそう告げると村長は溜息を零した。
「ふぉっふぉっ、ルークが選んだ子はなかなかのしっかり者じゃのう」
「だからずっと言ってただろ、オレにはサクヤしかいないって」
長老の満面の笑みに「そのようだな」と村長は諦めたように笑い、義兄のカズイもようやくほっとしたような表情を見せた。
「サリサから聞いた時には驚いたが、そこまでの覚悟を決めてこいつの傍にいてくれる気でいたのかと思うと嬉しいよ。できの悪い弟とできの良い弟が2人揃って幸せになってくれるならこれ以上の喜びはない」
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「そう思うならお前もサクヤを見習ってもう少し大人になる事だな。お前達は俺にとったら2人共可愛い弟なんだ、俺は嬉しいんだぞ」
そう言ってカズイは2人の頭をわしわしと撫でた。
少しだけ情に暑苦しい所がある義兄だったが、なんだかサクヤはそれにようやく笑みを零す事ができた。
「そうと決まれば、ちゃんとセイヤさんにも挨拶にいっておかなければな。娘さんだけではなく、息子さんまで嫁に貰ってしまっては申し訳ない事だ。いっそルークお前、向こうに婿にいくか?」
セイヤというのはサクヤの父親の名前で「え? マジで?」とルークは戸惑い顔だ。
「別に婿に行くのは構わないけど、そういえばまだちゃんと挨拶してないや。今更感もあるけど、やっぱりサクヤを嫁になんて言ったら怒られるかな?」
「サクヤはこうして覚悟の上でここへ来たというのに、お前はまだそんななのか? 呆れたもんだな、きっちり怒られて殴られるくらいの覚悟で挨拶に行って来い」
「殴られるのは嫌だなぁ……」とルークは一人愚痴りながらも、その顔は満更でもない表情で、育ての親である伯父や祖父に認められたのがやはりとても嬉しかったのだろう、屈託のない笑みを見せた。
※ ※ ※
「あぁ、疲れたぁ」
家に帰り着き、俺はソファーに身を沈める。
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「何を笑っている。こっちは本当に神経すり減らしたってのに、にやけてんな」
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摘んだ指を放すとルークはその摘まれた自分の頬を撫でた。
「もう、サクヤは、さっきまでのしおらしさはどこにいったのさ」
「お前相手にしおらしくしてたら好き勝手されるだけだろうが」
「可愛くない」
「可愛くなくて結構だ」
「オレ、さっきのサクヤの言葉感動したのにぃ。サクヤがずっとオレの傍にいてくれるかなんてオレには分からなかったけど、サクヤはずっとそのつもりでいてくれたんだね」
「まぁ、お前が浮気しなけりゃな」
ん? とルークは首を傾げる。
「さすがによそに妻子を作ったら、どれだけヘタレでも俺の手は離れたモノとして俺はお前を捨てる。当たり前だろ。前提はお前が俺だけを好きでいる事、だ。そこだけは絶対条件だから忘れるなよ」
「なんだ『オレがサクヤを捨てても傍にいる』って言うのはそこが前提なんだ?」
「そう、例えオレを捨てて村や一族を選んだとしても、オレ以外の人間を選ばないって言うのが大前提。そこさえ守ればオレは一生お前の世話を焼いてやるよ」
「サクヤはオレがサクヤ以外を選ばないのを確信した上でそれ言ってるでしょう? サクヤはズルいなぁ」
「ズルさで言ったらどっちもどっちだ、確実に俺の外堀埋めてきてるのお前だろ。逃げられないように、長老達まで巻き込んだ」
ルークはにっこり笑う。
「しょうがないよね、いずれは必ず出る話題だもん。だったらきっちり話しは通しておかないと」
「付き合うのは承諾したけど、プロポーズはされてない」
「そうだっけ? オレ今まで何度もお嫁にきてって言ったよね? 返事はもう貰ったし、今更それいる?」
「今までのは冗談半分みたいなのばっかりだったじゃねぇか。俺ばっかり言わされた感があって悔しいから、ちゃんと言え」
「ふふふ……もう後には引けなくなるよ?」
「もうとっくにそうなってる」
もう一度「ちゃんと言え」と凄むとルークはにこやかに「じゃあ目、瞑って」と何やら要求をつけてくる。その言葉に従うと、手を取られて指に口付けられた。
「良かった、サイズぴったりだ」
「目、開けていいよ」と促され、嵌められた指輪をまじまじと眺める。
「お前は本当にズルイ奴だな……こんなのいつ準備した?」
「一緒に暮らし始めた辺りかなぁ。いつ渡そうかって思ってたんだよね」
いつの間にやら自分の指にもお揃いの指輪をつけて見せ付けるようにルークは笑う。
「改めて……結婚しようか、サクヤ」
あぁ、なんだよもう、なんか悔しいなぁ……
「……こんなスマートなのは気に食わない、やり直し」
ぷいっとそっぽを向いて告げた俺にルークが戸惑いの表情を見せる。
「え……ちょっ、何それ!?」
「駄目ルークでやり直し! 格好いいルークはいらないっ」
「嘘でしょ?! こんな時くらい格好付けさせてくれてもよくない!?」
「駄目なものはダメ! やり直し!」
頑としてプロポーズを受け入れなかった俺に、最後は「ねぇ結婚してよぉ、サクヤ」とルークは縋るように懇願してきて、俺はようやく頷いた。
意地悪なのは分かってる、だけどヘタレてこそのルークだろう?
俺の前ではダメなお前のままでいてくれよ、そうじゃなきゃ俺はお前の傍らにいる存在意義すら見失いそうなんだ。
長老達の前では何でもないような顔をしていたけれど、不安がない訳ではない。
だから、お前は、お前だけは変わらずにそこにいて欲しいんだ……
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★本編で出てこない世界観
男同士でも結婚でき、子供を産めます。その為、血統が重視されています。


【完結】I adore you
ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。
そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。
※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。

当たり前の幸せ
ヒイロ
BL
結婚4年目で別れを決意する。長い間愛があると思っていた結婚だったが嫌われてるとは気付かずいたから。すれ違いからのハッピーエンド。オメガバース。よくある話。
初投稿なので色々矛盾などご容赦を。
ゆっくり更新します。
すみません名前変えました。

美形×平凡の子供の話
めちゅう
BL
美形公爵アーノルドとその妻で平凡顔のエーリンの間に生まれた双子はエリック、エラと名付けられた。エリックはアーノルドに似た美形、エラはエーリンに似た平凡顔。平凡なエラに幸せはあるのか?
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お読みくださりありがとうございます。
お楽しみいただけましたら幸いです。

キンモクセイは夏の記憶とともに
広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。
小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。
田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。
そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。
純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。
しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。
「俺になんてもったいない!」
素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。
性描写のある話は【※】をつけていきます。
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