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世界一メンドくさい君を想う
世界一メンドくさい君を想う④ 前編
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「サクヤの髪ってさ、陽に当たると少しだけ赤っぽく見えるよね」
陽の当たる窓辺で、サクヤの膝を枕にゴロゴロしていたオレは見上げたサクヤの前髪を少し持ち上げ陽にかざした。
「あぁ、知らなかったっけ? 俺の母親メリア人だから、多少赤毛が残ってるんだ。母さんは綺麗な赤毛の人だった」
「そうだっけ……?」
サクヤはオレの3歳年上、そのサクヤが6歳の頃にサクヤの母親は亡くなっているので、オレはサクヤの母親の事はほとんど覚えていない。
この村の村人はほとんどが黒髪だ。
勿論オレもサクヤも黒髪で、なんの疑問も持たずにサクヤの母親も黒髪かと思っていたのだが、そういえばサクヤの母親は村の人間ではなかった事を思い出し、言われてみればそうだったかも……と記憶を反芻する。
どこの国の人間でもうちの村の人間と交わると全員漏れなく黒くなってしまう、なのでサクヤもサクヤの姉サリサも黒髪・黒目で、そんな事はすっかり忘れていた。
「でも、そういうお前だって真っ黒って言うほど黒くないよな。少し赤茶けてるか?」
「そう? 痛んでるだけじゃないかなぁ、言ってもオレの母親どこの国の人間か分からないし、そのせいかもしれないけどさ」
「何も聞いてないのか?」
「親父は何も言わないよ。そもそもほとんど帰っても来ない。親父は親父なんだろうけど、あんまり親父だとも思ってないしなぁ」
「どちらかと言えば、オレの親は伯父夫婦だと思ってる」とオレは苦笑するしかない。
実際自分の実の父親であるリンは村にはほとんど帰ってこない。親子として暮らした期間もほとんどなくて、お前の親父だと言われはするが未だに実感は薄いままだ。
親父本人もオレの事を息子と認識しているのかも怪しいと思っている。
こんなに放置するくらいなら母親の元に置いておけば良かったのだ、親父は何故オレをこの村に連れ帰ったのか、教えてくれる者は誰もいない。
「そういえばサクヤの母さんは何でこの村に嫁いできたんだ? おじさんが連れて来たんだっけ?」
「詳しくは知らないけど、そうみたい。任務に出た先で見付けて連れて帰って来たって聞いてる。病弱で寝てること多かったし、あんまり覚えてないんだけどな」
「外のΩは弱いよなぁ、うちの村のΩ達は元気有り余ってる感じなのになんでなんだろうな……」
「俺にはバース性の人間が分からない、だけど外の世界に出ればΩへの差別はひしひしと感じるよ、この村で俺の存在感が薄いみたいに外の世界ではΩは差別の対象だ、αはどこにいっても待遇が変わらないから羨ましいよ」
「この黒髪は村の外では差別対象だけどな」
「そう思うと黒髪の男性Ωが世界で一番の差別対象かもな、うちの村でも俺の知る限り一人しかないない」
「先生のとこの奥さん?」
「そう」とサクヤは頷いた。
この村に暮らす医者先生、昔は村の外に出て医療の知識を身に付け村に戻ってきた。
その医者先生の番相手がこの村唯一の男性Ωだ。
彼は村の外に出た事はないだろう、この村にいる限り彼は安全に笑っていられる、だが村にもう一人いた男性Ω、彼は村外から来た人間だったが、やはり外では酷い差別を受けていた。
ただでさえΩはαにとっては子を産むだけの道具、決まった番相手がいればまだ幸せな生活もできるが、発情期までに決まった番を決められなければその発情に狂わされたαの慰み者にもなりかねない。
元々Ωはαは勿論βより劣っていると言われている、それは生活環境に左右されることが多く、一概には言えないと今となっては分かってきているが、それでもΩはか弱い生き物で庇護対象でそして人として劣等種なのだ。
「先生と言えば、オレ薬貰いに行くの忘れてた、そろそろ切れるんだよな、ちゃんと調達しておかないと」
「薬?」
「ん? あぁ、そうか、サクヤは必要ないもんな。フェロモンの抑制剤、村の外に出る時は持ってないと危ない時もあるから」
「それってΩだけじゃなくて? αも飲むもんなのか?」
首を傾げるサクヤにルークはよっこらせと起き上がる。
「普段は飲まないよ、必要ないからね。でも外に出る時は用心に飲んでる。αだってバレルと無闇に誘惑してくるΩもいるし、Ωに誘発されるのも抑えるから念の為。番がいればこういう面倒ごとなくなるんだけどねぇ」
ルークのその一言にサクヤは瞳を伏せた。
αのルークとβの自分ではどう頑張っても番にはなれない、ルークはそれでもいいと言ったが、やはり独り身のαにも厄介事は多いのだ。
「なんでそんな顔してんの? 面倒って言ったってΩほど面倒がある訳じゃないし、αの側なんて種を撒くばっかりでリスクは少ないんだから気にしなくてもいいよ。もし変に誘惑されて番契約しちゃってもこっちからは破棄できるしね」
「それでも破棄された側のΩは命を削る」
「それを覚悟して誘惑してくるΩはいい生活を夢見てるか、自殺願望の人達だよ。半分自暴自棄なんだよ、可哀相だと思うからせめてそういうのに引っかからない予防だけはしておかないとって話」
ルークは何でもないという顔で屈託なく笑うが、αとΩその二つの性の間にはやはり特別な関係があるのだ、自分はどう頑張ってもその中には入っていけない。
βだからといって今まで劣等感を抱いた事もないが、やはりそんな関係が少しだけ羨ましいと思ってしまうのはαであるルークを自分の恋人に選んでしまったせいなのだろう。
「もし俺がΩだったら、お前は俺を選ばなかったのかな……」
ルークは言った。俺には匂いが無いのだという。
自分自身に匂いもないし、纏わりつかせた匂いですら俺は消してしまうらしい。
そんな話しは初耳で未だにそれがどういう状況なのか俺には分からない。
「サクヤがΩだったら?」
「お前は匂いがしない俺がいいんだろう? もし俺がΩでΩのフェロモンを纏っていたらお前は俺を好きにはならなった……違う?」
「もしそうだったらサクヤはオレの『運命の番』だったんじゃないかな」
「なんでそうなる? お前はバース性のフェロモンの匂いが嫌いなんだろう?」
「そうだけど、それでも惹かれる匂いっていうのはあるんだよ。例えばサリサ義姉さんやグノーさんみたいにいい匂いだなって思う人だっている。でもそういう人達は大概既に他人の物だよ」
「? よく分からない……」
バース性の人間は本当に感覚で動くので、全く意味が理解できない。
「オレはね、たぶん幸せな番の匂いは好きなんだよ」
「幸せな番……」
「うちの村って番にもならずにやりまくりの輩もいるだろう? あぁいうのは本当に嫌い。匂いがすでに脂ぎってて大嫌い」
「そうなんだ……」
「幸せな番の人達は2人共匂いが似てくるんだよ、交じり合って2人だけの独特な匂いに変わるんだ、そういうのは羨ましいと思うけど、オレはやっぱりサクヤがいい」
そう言ってルークはすんと俺の肩口に顔を埋めて匂いを嗅いだ。
「何も匂わないんだろ? そういう事するな」
「今はオレの匂いがするよ、サクヤはオレのだって嬉しくなる、それに……」
言って、ルークは俺の項を撫で上げた。瞬間びくりと身体が反応を返してしまう。
「不思議だよね、この噛み痕。もうずいぶん経つのに全然消えない。まるで本当にサクヤと番になれたみたいで嬉しいんだ」
ルークに問答無用で噛み付かれたその場所は自分では見えないのだが、未だにその噛み痕が残っているらしい。
αはΩと番になる時、その項に消えない痕を残す、それはαとΩの間でしか成立しないはずなのに、何故か俺の項にはその噛み痕が消えずに残っているというのだ。
「これもオレの執念の成せる業なのかな」
「もしそうだとしても正式な番契約にはなってないはずだろ」
「え? 何? サクヤ、やらせてくれる気になったの?」
ルークはぱっと瞳を輝かせてこちらを見上げた。
αとΩの番契約は性交渉の最中に項を噛む事で成立する。俺がルークに噛まれたのはそんな色気のある時ではなかったし、実を言えばまだルークとはそういう関係にもなってはいない。
多少の触り合いはすでに経験済みだが、まだ自分の心にケリをつけ切れない俺に躊躇いがあるせいで、俺達はまだ最後の一線を越えられずにいる。
「そういう話しはしてなかっただろ」
「オレにはちゃんと番の契約を結んでみようって話に聞こえたけど?」
「ご都合主義な思考だな、やってみた所でどうせ無駄だ」
「何事もやってみなけりゃ分からないよ」
「そんな事言ってお前はどうせ俺とやってみたいだけだろう?」
「好きな人と抱き合いたいと思うのは当然だろっ」
俺はルークの言葉にひとつ溜息を落とした。
「だったら俺が抱く側でもいいんじゃないのか?」
「サクヤは俺を抱きたいの?」
「正直よく分からん」
2人の関係は恋人同士になってもさして変わらなかった。だったらこのままでもいいのではないかと思ってしまうのは俺の独り善がりだろうか?
何も男女のように、もしくはαとΩのように身体を結ぶ必要はない、子供ができる訳でもない二人の関係に肉体関係は必要だろうか? そんな事をしても何の生産性もないと思ってしまうのは俺だけか?
キスはいい、抱き合って寝るのも嫌ではないけれども、だけれども、だ。
「だったら大人しくオレに抱かれてくれてもいいじゃん」
「そもそもお前のソレが俺の中に入るわけがない」
ルークは俺より体格がいい、いつの間にやらにょきにょき伸びた身長は俺を遥かに超えて大きくなってしまった。年下のクセに生意気もいいところだ。
そして、彼の一物もそれに比例するように大きくて、俺はそれを見るにつけ絶対に無理だと思うのだ。
「やってみなけりゃ分からない」
「痛いのもキツイのも辛いのも全部俺じゃねぇか、そんなの進んでやってみようと思うほど俺に被虐嗜好はない」
「ちゃんと気持ちよくするからさぁ」
「入れなくても気持ちいいから問題ない」
ああ言えばこう言う俺にルークの顔は完全に不満顔だ。
「ほとんどさせてもくれないクセにそういう事言うんだ」
「ちゃんとさせてやってるだろ、キスだってしてるし触らせてもやってる、この間はお前のだって……ちゃんと、してやっただろう……」
思い出してしまった俺は耳まで真っ赤に染めて俯いた。
つい先日、どうにも我慢ができないと襲い掛かられたのを宥めすかして口でしてやったのはまだ記憶に新しすぎて恥ずかしくて仕方がない。
口の中で存在を主張する彼はやはり大きくて、これは本当に絶対無理だと思ったのだ。
だから、申し訳ないと思って最後まで、彼のモノを飲み下す事までしてやったのに、それでもやはりまだ彼は不満顔なのだ。
「アレはアレで凄く良かったけど、そうじゃないんだよ」
「もうアレで満足しておけよ、お前はちゃんと気持ち良かっただろ?」
「オレはサクヤと一緒に気持ち良くなりたいのっ」
「お前のアレを入れられて俺が気持ちよくなれる可能性は限りなく零に近いぞ」
「だから、やってみなきゃ分からないって言ってるじゃん」
「やってみてリスクが大きいのは俺の方だろ、絶対嫌だね」
こうしてここ最近俺とルークはずっと性生活において平行線を辿っている。
一緒に暮らし始めて四六時中一緒にいるのだから、もうそれだけで満足しておけばいいのに……と俺は思わずにはいられない。
「さて、そんな話しは置いておいて、そろそろ晩飯の時間だな。今日は何にするかな」
「サクヤ話逸らしたぁ」
やはりルークは不満顔のままなのだが、俺はそ知らぬ顔で立ち上がると、彼も纏わり付くようにして付いて来た。
「ルーク邪魔、大人しく座って待ってろ」
「え~やだ」
俺の腰に腕を回すようにして覗き込んでくる彼を邪険に扱って、俺は料理に取り掛かる。
「待ってる気がないなら、少し手伝え。そこの網の中にきのこ入ってるから、水洗い」
「え~もしかして、またアレ?」
ルークはまた不満そうな声を上げる。
ルークの家に通い彼に餌付けを施していた間は、彼の好物を作り続けていた俺だったが、さすがに同じ家に暮らし始めたからにはそういう訳にもいかない。
ルークはそのきのこがあまり好きではないのだが、それは俺の好物なので仕方がない。
「またって言うほど出してないだろう。俺が好きなだけだから嫌なら別に食べなくていいよ」
「サクヤの作った物は全部食べる!」
「だったら文句言うな」
そのきのこは実家の家の裏に自生しているきのこで、実を言えばあまり美味しくない。
苦味は強いし食感も悪くて食べる人はとても少ない。
村人ですらほとんど食べる事をしないのだが、我が家は母がメリアの出身なだけあって食うに困ったら何でも食べるを基本指針にしていた所があって、そのきのこをよく食べていた。
あまり美味くはなくてもそれは母の思い出の味で、俺はそのきのこが好きなのだから仕方がない。
何日か前、それを好きな事を知っている父が「食べるか?」と持って来てくれたので、自分の食事はきのこ尽くしだ。
「なんかこれ完全に乾燥してるけど大丈夫?」
「水で戻せばいける。一度乾燥させた方が苦味が減るからお前には食べやすいんじゃないか?」
「食べないって選択肢はないんだ……」
「だからお前は食べなくてもいいって言ってるのに……これはそのままでもいけるし、こうやって乾燥させとけば長期保存もきく。煮ても焼いても茹でてもいける、万能食材なんだぞ」
「味は誤魔化せても食感が……どう頑張ってもゴムみたいだし……」
「顎が強くなっていいんじゃないか?」
俺が笑うとルークは苦虫を噛み潰したような表情を見せた。
「食感も気にならないくらいちゃんと小さく切るからそんな顔するな」
「不味くてもちゃんと食べるもん」とルークは俺の肩口にぐりぐりと額を押し付けてそんな殊勝な事を言うので、俺はなんだか笑ってしまった。
陽の当たる窓辺で、サクヤの膝を枕にゴロゴロしていたオレは見上げたサクヤの前髪を少し持ち上げ陽にかざした。
「あぁ、知らなかったっけ? 俺の母親メリア人だから、多少赤毛が残ってるんだ。母さんは綺麗な赤毛の人だった」
「そうだっけ……?」
サクヤはオレの3歳年上、そのサクヤが6歳の頃にサクヤの母親は亡くなっているので、オレはサクヤの母親の事はほとんど覚えていない。
この村の村人はほとんどが黒髪だ。
勿論オレもサクヤも黒髪で、なんの疑問も持たずにサクヤの母親も黒髪かと思っていたのだが、そういえばサクヤの母親は村の人間ではなかった事を思い出し、言われてみればそうだったかも……と記憶を反芻する。
どこの国の人間でもうちの村の人間と交わると全員漏れなく黒くなってしまう、なのでサクヤもサクヤの姉サリサも黒髪・黒目で、そんな事はすっかり忘れていた。
「でも、そういうお前だって真っ黒って言うほど黒くないよな。少し赤茶けてるか?」
「そう? 痛んでるだけじゃないかなぁ、言ってもオレの母親どこの国の人間か分からないし、そのせいかもしれないけどさ」
「何も聞いてないのか?」
「親父は何も言わないよ。そもそもほとんど帰っても来ない。親父は親父なんだろうけど、あんまり親父だとも思ってないしなぁ」
「どちらかと言えば、オレの親は伯父夫婦だと思ってる」とオレは苦笑するしかない。
実際自分の実の父親であるリンは村にはほとんど帰ってこない。親子として暮らした期間もほとんどなくて、お前の親父だと言われはするが未だに実感は薄いままだ。
親父本人もオレの事を息子と認識しているのかも怪しいと思っている。
こんなに放置するくらいなら母親の元に置いておけば良かったのだ、親父は何故オレをこの村に連れ帰ったのか、教えてくれる者は誰もいない。
「そういえばサクヤの母さんは何でこの村に嫁いできたんだ? おじさんが連れて来たんだっけ?」
「詳しくは知らないけど、そうみたい。任務に出た先で見付けて連れて帰って来たって聞いてる。病弱で寝てること多かったし、あんまり覚えてないんだけどな」
「外のΩは弱いよなぁ、うちの村のΩ達は元気有り余ってる感じなのになんでなんだろうな……」
「俺にはバース性の人間が分からない、だけど外の世界に出ればΩへの差別はひしひしと感じるよ、この村で俺の存在感が薄いみたいに外の世界ではΩは差別の対象だ、αはどこにいっても待遇が変わらないから羨ましいよ」
「この黒髪は村の外では差別対象だけどな」
「そう思うと黒髪の男性Ωが世界で一番の差別対象かもな、うちの村でも俺の知る限り一人しかないない」
「先生のとこの奥さん?」
「そう」とサクヤは頷いた。
この村に暮らす医者先生、昔は村の外に出て医療の知識を身に付け村に戻ってきた。
その医者先生の番相手がこの村唯一の男性Ωだ。
彼は村の外に出た事はないだろう、この村にいる限り彼は安全に笑っていられる、だが村にもう一人いた男性Ω、彼は村外から来た人間だったが、やはり外では酷い差別を受けていた。
ただでさえΩはαにとっては子を産むだけの道具、決まった番相手がいればまだ幸せな生活もできるが、発情期までに決まった番を決められなければその発情に狂わされたαの慰み者にもなりかねない。
元々Ωはαは勿論βより劣っていると言われている、それは生活環境に左右されることが多く、一概には言えないと今となっては分かってきているが、それでもΩはか弱い生き物で庇護対象でそして人として劣等種なのだ。
「先生と言えば、オレ薬貰いに行くの忘れてた、そろそろ切れるんだよな、ちゃんと調達しておかないと」
「薬?」
「ん? あぁ、そうか、サクヤは必要ないもんな。フェロモンの抑制剤、村の外に出る時は持ってないと危ない時もあるから」
「それってΩだけじゃなくて? αも飲むもんなのか?」
首を傾げるサクヤにルークはよっこらせと起き上がる。
「普段は飲まないよ、必要ないからね。でも外に出る時は用心に飲んでる。αだってバレルと無闇に誘惑してくるΩもいるし、Ωに誘発されるのも抑えるから念の為。番がいればこういう面倒ごとなくなるんだけどねぇ」
ルークのその一言にサクヤは瞳を伏せた。
αのルークとβの自分ではどう頑張っても番にはなれない、ルークはそれでもいいと言ったが、やはり独り身のαにも厄介事は多いのだ。
「なんでそんな顔してんの? 面倒って言ったってΩほど面倒がある訳じゃないし、αの側なんて種を撒くばっかりでリスクは少ないんだから気にしなくてもいいよ。もし変に誘惑されて番契約しちゃってもこっちからは破棄できるしね」
「それでも破棄された側のΩは命を削る」
「それを覚悟して誘惑してくるΩはいい生活を夢見てるか、自殺願望の人達だよ。半分自暴自棄なんだよ、可哀相だと思うからせめてそういうのに引っかからない予防だけはしておかないとって話」
ルークは何でもないという顔で屈託なく笑うが、αとΩその二つの性の間にはやはり特別な関係があるのだ、自分はどう頑張ってもその中には入っていけない。
βだからといって今まで劣等感を抱いた事もないが、やはりそんな関係が少しだけ羨ましいと思ってしまうのはαであるルークを自分の恋人に選んでしまったせいなのだろう。
「もし俺がΩだったら、お前は俺を選ばなかったのかな……」
ルークは言った。俺には匂いが無いのだという。
自分自身に匂いもないし、纏わりつかせた匂いですら俺は消してしまうらしい。
そんな話しは初耳で未だにそれがどういう状況なのか俺には分からない。
「サクヤがΩだったら?」
「お前は匂いがしない俺がいいんだろう? もし俺がΩでΩのフェロモンを纏っていたらお前は俺を好きにはならなった……違う?」
「もしそうだったらサクヤはオレの『運命の番』だったんじゃないかな」
「なんでそうなる? お前はバース性のフェロモンの匂いが嫌いなんだろう?」
「そうだけど、それでも惹かれる匂いっていうのはあるんだよ。例えばサリサ義姉さんやグノーさんみたいにいい匂いだなって思う人だっている。でもそういう人達は大概既に他人の物だよ」
「? よく分からない……」
バース性の人間は本当に感覚で動くので、全く意味が理解できない。
「オレはね、たぶん幸せな番の匂いは好きなんだよ」
「幸せな番……」
「うちの村って番にもならずにやりまくりの輩もいるだろう? あぁいうのは本当に嫌い。匂いがすでに脂ぎってて大嫌い」
「そうなんだ……」
「幸せな番の人達は2人共匂いが似てくるんだよ、交じり合って2人だけの独特な匂いに変わるんだ、そういうのは羨ましいと思うけど、オレはやっぱりサクヤがいい」
そう言ってルークはすんと俺の肩口に顔を埋めて匂いを嗅いだ。
「何も匂わないんだろ? そういう事するな」
「今はオレの匂いがするよ、サクヤはオレのだって嬉しくなる、それに……」
言って、ルークは俺の項を撫で上げた。瞬間びくりと身体が反応を返してしまう。
「不思議だよね、この噛み痕。もうずいぶん経つのに全然消えない。まるで本当にサクヤと番になれたみたいで嬉しいんだ」
ルークに問答無用で噛み付かれたその場所は自分では見えないのだが、未だにその噛み痕が残っているらしい。
αはΩと番になる時、その項に消えない痕を残す、それはαとΩの間でしか成立しないはずなのに、何故か俺の項にはその噛み痕が消えずに残っているというのだ。
「これもオレの執念の成せる業なのかな」
「もしそうだとしても正式な番契約にはなってないはずだろ」
「え? 何? サクヤ、やらせてくれる気になったの?」
ルークはぱっと瞳を輝かせてこちらを見上げた。
αとΩの番契約は性交渉の最中に項を噛む事で成立する。俺がルークに噛まれたのはそんな色気のある時ではなかったし、実を言えばまだルークとはそういう関係にもなってはいない。
多少の触り合いはすでに経験済みだが、まだ自分の心にケリをつけ切れない俺に躊躇いがあるせいで、俺達はまだ最後の一線を越えられずにいる。
「そういう話しはしてなかっただろ」
「オレにはちゃんと番の契約を結んでみようって話に聞こえたけど?」
「ご都合主義な思考だな、やってみた所でどうせ無駄だ」
「何事もやってみなけりゃ分からないよ」
「そんな事言ってお前はどうせ俺とやってみたいだけだろう?」
「好きな人と抱き合いたいと思うのは当然だろっ」
俺はルークの言葉にひとつ溜息を落とした。
「だったら俺が抱く側でもいいんじゃないのか?」
「サクヤは俺を抱きたいの?」
「正直よく分からん」
2人の関係は恋人同士になってもさして変わらなかった。だったらこのままでもいいのではないかと思ってしまうのは俺の独り善がりだろうか?
何も男女のように、もしくはαとΩのように身体を結ぶ必要はない、子供ができる訳でもない二人の関係に肉体関係は必要だろうか? そんな事をしても何の生産性もないと思ってしまうのは俺だけか?
キスはいい、抱き合って寝るのも嫌ではないけれども、だけれども、だ。
「だったら大人しくオレに抱かれてくれてもいいじゃん」
「そもそもお前のソレが俺の中に入るわけがない」
ルークは俺より体格がいい、いつの間にやらにょきにょき伸びた身長は俺を遥かに超えて大きくなってしまった。年下のクセに生意気もいいところだ。
そして、彼の一物もそれに比例するように大きくて、俺はそれを見るにつけ絶対に無理だと思うのだ。
「やってみなけりゃ分からない」
「痛いのもキツイのも辛いのも全部俺じゃねぇか、そんなの進んでやってみようと思うほど俺に被虐嗜好はない」
「ちゃんと気持ちよくするからさぁ」
「入れなくても気持ちいいから問題ない」
ああ言えばこう言う俺にルークの顔は完全に不満顔だ。
「ほとんどさせてもくれないクセにそういう事言うんだ」
「ちゃんとさせてやってるだろ、キスだってしてるし触らせてもやってる、この間はお前のだって……ちゃんと、してやっただろう……」
思い出してしまった俺は耳まで真っ赤に染めて俯いた。
つい先日、どうにも我慢ができないと襲い掛かられたのを宥めすかして口でしてやったのはまだ記憶に新しすぎて恥ずかしくて仕方がない。
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だから、申し訳ないと思って最後まで、彼のモノを飲み下す事までしてやったのに、それでもやはりまだ彼は不満顔なのだ。
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「もうアレで満足しておけよ、お前はちゃんと気持ち良かっただろ?」
「オレはサクヤと一緒に気持ち良くなりたいのっ」
「お前のアレを入れられて俺が気持ちよくなれる可能性は限りなく零に近いぞ」
「だから、やってみなきゃ分からないって言ってるじゃん」
「やってみてリスクが大きいのは俺の方だろ、絶対嫌だね」
こうしてここ最近俺とルークはずっと性生活において平行線を辿っている。
一緒に暮らし始めて四六時中一緒にいるのだから、もうそれだけで満足しておけばいいのに……と俺は思わずにはいられない。
「さて、そんな話しは置いておいて、そろそろ晩飯の時間だな。今日は何にするかな」
「サクヤ話逸らしたぁ」
やはりルークは不満顔のままなのだが、俺はそ知らぬ顔で立ち上がると、彼も纏わり付くようにして付いて来た。
「ルーク邪魔、大人しく座って待ってろ」
「え~やだ」
俺の腰に腕を回すようにして覗き込んでくる彼を邪険に扱って、俺は料理に取り掛かる。
「待ってる気がないなら、少し手伝え。そこの網の中にきのこ入ってるから、水洗い」
「え~もしかして、またアレ?」
ルークはまた不満そうな声を上げる。
ルークの家に通い彼に餌付けを施していた間は、彼の好物を作り続けていた俺だったが、さすがに同じ家に暮らし始めたからにはそういう訳にもいかない。
ルークはそのきのこがあまり好きではないのだが、それは俺の好物なので仕方がない。
「またって言うほど出してないだろう。俺が好きなだけだから嫌なら別に食べなくていいよ」
「サクヤの作った物は全部食べる!」
「だったら文句言うな」
そのきのこは実家の家の裏に自生しているきのこで、実を言えばあまり美味しくない。
苦味は強いし食感も悪くて食べる人はとても少ない。
村人ですらほとんど食べる事をしないのだが、我が家は母がメリアの出身なだけあって食うに困ったら何でも食べるを基本指針にしていた所があって、そのきのこをよく食べていた。
あまり美味くはなくてもそれは母の思い出の味で、俺はそのきのこが好きなのだから仕方がない。
何日か前、それを好きな事を知っている父が「食べるか?」と持って来てくれたので、自分の食事はきのこ尽くしだ。
「なんかこれ完全に乾燥してるけど大丈夫?」
「水で戻せばいける。一度乾燥させた方が苦味が減るからお前には食べやすいんじゃないか?」
「食べないって選択肢はないんだ……」
「だからお前は食べなくてもいいって言ってるのに……これはそのままでもいけるし、こうやって乾燥させとけば長期保存もきく。煮ても焼いても茹でてもいける、万能食材なんだぞ」
「味は誤魔化せても食感が……どう頑張ってもゴムみたいだし……」
「顎が強くなっていいんじゃないか?」
俺が笑うとルークは苦虫を噛み潰したような表情を見せた。
「食感も気にならないくらいちゃんと小さく切るからそんな顔するな」
「不味くてもちゃんと食べるもん」とルークは俺の肩口にぐりぐりと額を押し付けてそんな殊勝な事を言うので、俺はなんだか笑ってしまった。
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そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
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