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君と僕の物語
メリア王の独白①
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メリア王は苛立っていた。
グノーシスへの手がかりである隣国ランティスからきた少年は、何故か自分に苦言ばかりを呈してくる。
『あなたは寂しいだけの哀れな子供だ!』
一回りも年下の少年にそんな事を言われて、自分はその場から逃げ出した。
彼は自分に目を逸らすなと言うのだ、この現実を、グノーシスがいないこの世界を受け入れろと私に言う。
そんな事が受け入れられる訳もない物を、あの見た目は幼い気の弱そうな少年がこの誰もが恐れるメリアの国王である私にそう言い募るのだ。
『僕はあなたの本当の声が聞きたい』
本当の声? なんだそれは?
自分は常に本当の事しか言ってはいない。
『運命』であるグノーシスをただひたすら求めているだけなのに、彼は現実から目を背けるなという。
所狭しとからくり人形が並ぶグノーシスの部屋で、その人形達を眺める。
人形の瞳は何も映さない、ただそのガラスの瞳はこちらを見つめて私の顔を映すだけ。
グノーシスの瞳もそんな人形と同じような瞳をしていた。
紅い紅玉、母と同じルビーの瞳。
母は幼い頃から自分を構ってくれた事は一度もなかった。
私を育てたのは乳母と侍女と傍仕えの何人かの下男達だ。
父は幼い自分には一切興味はなかった、自分に父が関わってきたのはある程度歳を重ねて物事が分かるような歳になってからの事だった。
乳母や侍女は優しかったが、ある程度育ってしまえばもう用はないとばかりに、父は彼女達を自分から引き離し、代わりに付けたのは頭の堅い家庭教師たち。
勉学、行儀作法、王族としての帝王学、そんな物をひたすら詰め込まれて、自分個人としての感情などすべて無視された。
そんな時に生まれたのが弟グノーシスだ。
いや、その時はまだその名前はない、自分がファーストと呼ばれるように、彼は周りにはセカンドと呼ばれていた。
けれど、母は違った、彼に名を与え彼の名を愛しげに呼んで彼を育てていた。
その時のセカンドの名を自分は知らない、けれどただの「一番目」である自分と彼とは違うのだと私はその時思ったのだ。
最初こそ母と母の浮気相手の男は人目を憚るように逢瀬を重ねていたが、その内誰の目も憚る事は無くなっていた。
メリア王であった父もそれを黙認し、王が何も言わないのならもう誰も何も言う事はできなかったからだ。
セカンドは笑顔の可愛い子供だった。
母と浮気相手とその子供は、勉強に追われる自分とは対照的に日々幸せそうな姿を見せていて、私はそれが何か物語のワンシーンでも見ているような気持ちで眺めていた。
決して自分には入る事ができない夢物語のワンシーンだ。
あそこにいる子供がもし自分だったら……そんな事も思っていたのかもしれない、けれど結局母は一度として自分に彼に見せるような顔を見せてくれた事はなかった。
転機が訪れたのは母が浮気相手と駆け落ちを仕掛けた時だった。
ずっと母の浮気を黙認していた父は、それでも母の駆け落ちを許さなかった。
浮気相手は父に殺され、どういう訳か母はこれまで愛情を注いで育てていたセカンドを捨てて城を出て行った。
正直「ざまぁみろ」と思ったのははっきり覚えている。
自分は彼等が憎かった、仲睦まじい姿を見せ付けるように笑顔を見せるセカンドも本当は大嫌いだったのだ。
けれどその後、表情を無くしたセカンドに会った自分は、そんな彼に心を奪われたのだ。
母と過していた時のような笑みはなかった、彼はただ虚ろにこちらを見ていた。
それなのに、私は彼に心を奪われた、それが何故だったのか私には未だに分からない。
いや、それこそが『運命』だったと私は思っている。
一人になったセカンドは次第に私に懐いて笑みを見せるようになった。
『兄さま、兄さまはいずれ父さまの跡を継がれるのですよね、凄いですね。兄さまは王様です』
『お前は私が王になれると思うのかい?』
『兄さまはたくさん勉強もして頑張っているので、きっと格好いい王様になれると思います』
そう言って何の邪気もなく私に笑みを見せた彼が私は可愛くて仕方がなかったのだ。
だがある時私は気が付いた、セカンドからは何故かいつも甘い匂いが漂ってくるのだ。
本人は『つまみ食いなどしていない』と頬を膨らませたが、私にはそれがなんだか分からなかった。
それを知ったのは思春期に入る少し手前、そろそろ男女の夜の営みなどの性交渉の知識も持たなければいけないと家庭教師に教えられた時だった。
基本的な男女の性差の違い、それに加えた第二の性の存在、それがバース性だ。
α・β・Ω、家庭教師は私の事はαだと言った。
その時家庭教師はαとΩはフェロモンで惹かれ合うという話を私にしたのだが、それがどういう物なのか、私には分からなかった。
私には人のフェロモンの匂いなど分かりはしなかったのだ。
家庭教師のその男は自分もαであるとそう言ったのだが、やはり私はその匂いが分からなかった。
だが、不思議と彼は私の事はαであると疑ってもいないようで、それが匂いでの判断であると気付いた時に、私は幼い頃に父に言われ、渡された物の事を思い出した。
『王家の人間として身だしなみというのは重要だ、人前に出る時は必ず使用するように』
そう言って渡された香水を私は長年律儀に使い続けていた、その香水にαのフェロモンに似せた薫りが混入されているのだという事に、私はその時始めて気が付いたのだ。
父が何故私にそのような物を渡したのか私には分からなかった。
それと同時にセカンドから漂ってくるあの甘い匂いはΩのそれであるという事にも始めて気が付いた。
一瞬自分はαでは無いのかもしれない、そんな思いが頭を過ぎったが、自分にはあのセカンドの匂いが分かる、だとしたら例え他の人間の匂いが分からなくとも、自分はαなのだろうとそう思った。
私にとって分かるのはセカンドのその甘い匂いだけ、だとしたら彼は自分の『運命の番』なのだと確信するのに時間はかからなかった。
『運命の番』それはなんと甘美な響きだっただろう、あの愛らしい弟が生涯自分だけの物であると確信してしまえば、愛しさは募るばかりだ。
私は彼に「グノーシス」という名を与えた、そして自分には自分で「レリック」という名を付けた。
その時読んでいた小説に出ていたというだけで他意もない名付けだったが、弟はにっこり笑みを見せた。
『兄さま、レリック兄さま』
そう言って自分の周りを付いて回るグノーシスが可愛くて仕方がなかった。
だが、彼が成長するにつれ彼の色香は増し次第に彼に目を奪われる人間が増えていった。
『お前は私の運命なのだから、他の者など見るんじゃないよ』
歳を重ね、私はグノーシスにますます溺れていった。
彼の甘い匂いは私の思考を麻痺させて執着は自分でも驚くほどに強くなっていた。
そしてある日、体調が悪いと臥せっていたグノーシスを見舞った私が彼の部屋に入った瞬間、部屋中に充満した甘い薫りに私の思考は完全に霧の彼方に消え去った。
その時の事を実は自分はあまり覚えていない、ただ気が付いたら自分の横には虚ろな瞳をした弟が全裸で横たわっており、その体には幾つもの鬱血が残っていた。
ベッドの上は荒れており、至る所に血の跡のような物まで残っていて、自分が彼を辱めたのだと気が付いたのは総てが終わった後だった。
どうしていいのか分からなかった、何故こんな事になっているのかも分からなかった。
けれど呆然とする傍らで、自分は彼の総てを手に入れたのだという仄暗い愉悦があったのも否定できない。
無理矢理にこんな風に手篭めにするつもりはなかったのだ、それでもその心も身体も総てを手に入れたと私はその時思っていた。
グノーシスへの手がかりである隣国ランティスからきた少年は、何故か自分に苦言ばかりを呈してくる。
『あなたは寂しいだけの哀れな子供だ!』
一回りも年下の少年にそんな事を言われて、自分はその場から逃げ出した。
彼は自分に目を逸らすなと言うのだ、この現実を、グノーシスがいないこの世界を受け入れろと私に言う。
そんな事が受け入れられる訳もない物を、あの見た目は幼い気の弱そうな少年がこの誰もが恐れるメリアの国王である私にそう言い募るのだ。
『僕はあなたの本当の声が聞きたい』
本当の声? なんだそれは?
自分は常に本当の事しか言ってはいない。
『運命』であるグノーシスをただひたすら求めているだけなのに、彼は現実から目を背けるなという。
所狭しとからくり人形が並ぶグノーシスの部屋で、その人形達を眺める。
人形の瞳は何も映さない、ただそのガラスの瞳はこちらを見つめて私の顔を映すだけ。
グノーシスの瞳もそんな人形と同じような瞳をしていた。
紅い紅玉、母と同じルビーの瞳。
母は幼い頃から自分を構ってくれた事は一度もなかった。
私を育てたのは乳母と侍女と傍仕えの何人かの下男達だ。
父は幼い自分には一切興味はなかった、自分に父が関わってきたのはある程度歳を重ねて物事が分かるような歳になってからの事だった。
乳母や侍女は優しかったが、ある程度育ってしまえばもう用はないとばかりに、父は彼女達を自分から引き離し、代わりに付けたのは頭の堅い家庭教師たち。
勉学、行儀作法、王族としての帝王学、そんな物をひたすら詰め込まれて、自分個人としての感情などすべて無視された。
そんな時に生まれたのが弟グノーシスだ。
いや、その時はまだその名前はない、自分がファーストと呼ばれるように、彼は周りにはセカンドと呼ばれていた。
けれど、母は違った、彼に名を与え彼の名を愛しげに呼んで彼を育てていた。
その時のセカンドの名を自分は知らない、けれどただの「一番目」である自分と彼とは違うのだと私はその時思ったのだ。
最初こそ母と母の浮気相手の男は人目を憚るように逢瀬を重ねていたが、その内誰の目も憚る事は無くなっていた。
メリア王であった父もそれを黙認し、王が何も言わないのならもう誰も何も言う事はできなかったからだ。
セカンドは笑顔の可愛い子供だった。
母と浮気相手とその子供は、勉強に追われる自分とは対照的に日々幸せそうな姿を見せていて、私はそれが何か物語のワンシーンでも見ているような気持ちで眺めていた。
決して自分には入る事ができない夢物語のワンシーンだ。
あそこにいる子供がもし自分だったら……そんな事も思っていたのかもしれない、けれど結局母は一度として自分に彼に見せるような顔を見せてくれた事はなかった。
転機が訪れたのは母が浮気相手と駆け落ちを仕掛けた時だった。
ずっと母の浮気を黙認していた父は、それでも母の駆け落ちを許さなかった。
浮気相手は父に殺され、どういう訳か母はこれまで愛情を注いで育てていたセカンドを捨てて城を出て行った。
正直「ざまぁみろ」と思ったのははっきり覚えている。
自分は彼等が憎かった、仲睦まじい姿を見せ付けるように笑顔を見せるセカンドも本当は大嫌いだったのだ。
けれどその後、表情を無くしたセカンドに会った自分は、そんな彼に心を奪われたのだ。
母と過していた時のような笑みはなかった、彼はただ虚ろにこちらを見ていた。
それなのに、私は彼に心を奪われた、それが何故だったのか私には未だに分からない。
いや、それこそが『運命』だったと私は思っている。
一人になったセカンドは次第に私に懐いて笑みを見せるようになった。
『兄さま、兄さまはいずれ父さまの跡を継がれるのですよね、凄いですね。兄さまは王様です』
『お前は私が王になれると思うのかい?』
『兄さまはたくさん勉強もして頑張っているので、きっと格好いい王様になれると思います』
そう言って何の邪気もなく私に笑みを見せた彼が私は可愛くて仕方がなかったのだ。
だがある時私は気が付いた、セカンドからは何故かいつも甘い匂いが漂ってくるのだ。
本人は『つまみ食いなどしていない』と頬を膨らませたが、私にはそれがなんだか分からなかった。
それを知ったのは思春期に入る少し手前、そろそろ男女の夜の営みなどの性交渉の知識も持たなければいけないと家庭教師に教えられた時だった。
基本的な男女の性差の違い、それに加えた第二の性の存在、それがバース性だ。
α・β・Ω、家庭教師は私の事はαだと言った。
その時家庭教師はαとΩはフェロモンで惹かれ合うという話を私にしたのだが、それがどういう物なのか、私には分からなかった。
私には人のフェロモンの匂いなど分かりはしなかったのだ。
家庭教師のその男は自分もαであるとそう言ったのだが、やはり私はその匂いが分からなかった。
だが、不思議と彼は私の事はαであると疑ってもいないようで、それが匂いでの判断であると気付いた時に、私は幼い頃に父に言われ、渡された物の事を思い出した。
『王家の人間として身だしなみというのは重要だ、人前に出る時は必ず使用するように』
そう言って渡された香水を私は長年律儀に使い続けていた、その香水にαのフェロモンに似せた薫りが混入されているのだという事に、私はその時始めて気が付いたのだ。
父が何故私にそのような物を渡したのか私には分からなかった。
それと同時にセカンドから漂ってくるあの甘い匂いはΩのそれであるという事にも始めて気が付いた。
一瞬自分はαでは無いのかもしれない、そんな思いが頭を過ぎったが、自分にはあのセカンドの匂いが分かる、だとしたら例え他の人間の匂いが分からなくとも、自分はαなのだろうとそう思った。
私にとって分かるのはセカンドのその甘い匂いだけ、だとしたら彼は自分の『運命の番』なのだと確信するのに時間はかからなかった。
『運命の番』それはなんと甘美な響きだっただろう、あの愛らしい弟が生涯自分だけの物であると確信してしまえば、愛しさは募るばかりだ。
私は彼に「グノーシス」という名を与えた、そして自分には自分で「レリック」という名を付けた。
その時読んでいた小説に出ていたというだけで他意もない名付けだったが、弟はにっこり笑みを見せた。
『兄さま、レリック兄さま』
そう言って自分の周りを付いて回るグノーシスが可愛くて仕方がなかった。
だが、彼が成長するにつれ彼の色香は増し次第に彼に目を奪われる人間が増えていった。
『お前は私の運命なのだから、他の者など見るんじゃないよ』
歳を重ね、私はグノーシスにますます溺れていった。
彼の甘い匂いは私の思考を麻痺させて執着は自分でも驚くほどに強くなっていた。
そしてある日、体調が悪いと臥せっていたグノーシスを見舞った私が彼の部屋に入った瞬間、部屋中に充満した甘い薫りに私の思考は完全に霧の彼方に消え去った。
その時の事を実は自分はあまり覚えていない、ただ気が付いたら自分の横には虚ろな瞳をした弟が全裸で横たわっており、その体には幾つもの鬱血が残っていた。
ベッドの上は荒れており、至る所に血の跡のような物まで残っていて、自分が彼を辱めたのだと気が付いたのは総てが終わった後だった。
どうしていいのか分からなかった、何故こんな事になっているのかも分からなかった。
けれど呆然とする傍らで、自分は彼の総てを手に入れたのだという仄暗い愉悦があったのも否定できない。
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