運命に花束を

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君と僕の物語

焦燥

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「あなたは一体何をしているのですか!」

 目を覚ましたらクロードに怒られた。
 なんだかんだ最近やたらとこいつに怒られている気がする。

「別に……喧嘩売られたから買っただけだろ」
「何も倒れるまでやる事ないでしょうに……」

 呆れたように溜息まで吐かれて憮然とする。

「倒れたのは単なる寝不足だ、あいつらに負けた訳じゃない」
「第3騎士団の方々ですよね……本当に困った人ですよ」
「ふん、それで親父に事情とやらは聞けたのか?」
「えぇ、まぁ……」

 クロードは言葉を濁し「その話を聞いて、私も春まで待つのが人道的ではないかと思いましたね……」とそう言った。

「理由は?」
「あなたに教えたら怒りそうなので、あまり言いたくないです」

 クロードのその言葉に俺が彼を睨み付けると彼は溜息を吐いて「彼は現在大怪我を負っていて、ほとんど寝たきりの生活を送っているそうです」とそう言った。

「それは春には治る、という事か?」
「まぁ、たぶん恐らくは……」

 クロードの歯切れが悪い。

「怪我人をメリアに差し出すのは人道的ではない、とそういう事か? 別にメリア城はあいつの家なんだ、どうという事もないだろう」
「王子が城を出て市井の暮らしをしていた事に、事情がないとでも思いますか?」
「その事情ってなんだよ」
「それは陛下が現在調査中です」
「埒が明かない!」
「どちらにしても彼の居場所を知っているのは陛下だけです、陛下が首を縦にふらないかぎり私達には何もできません」

 俺はぐっと拳を握る。

「何もできないのか?」
「現状は」
「……飛び方を教えろ、俺はメリアに行く」
「どうしてもですか?」
「いいから教えろ!」

 「仕方がないですね……」そう言ってクロードは俺に剣を向けた。

「どういうつもりだ」
「メリアはランティスに比べて格段に危険な国です、行くなら私を倒して行ってください」
「またそれか、いつまでも俺を侮るな」
「そちらこそ、手加減されている事に気付きもしないで大口を叩かないでいただきたい」

 クロードの表情は真剣で、ゆらりと立ち上るフェロモンの薫りに身震いした。

「手加減……だと?」
「あなたは弱い、単身でメリアに乗り込みアジェを奪還できるとは思えない。そして失敗すればルネーシャ様、そしてマリアの命が危ない。更に言うならば、あなたの失敗ひとつで国が争いに巻き込まれる、それを私情だけで看過できるほど私は短絡的な人間ではありません」

 既にクロードのフェロモンひとつに気圧されている自分に気付いて愕然とした。
 αのフェロモンはそれだけで他者を威圧する、今までクロードからはそんなフェロモンの発露を一度として感じた事などなかったというのに、今の彼はその威圧感を隠そうともしない。

「私はこれでも怒っているのです。私だってメリアに飛んで行きたい、けれど今はそれができない。陛下が春まで待てと言うのならば待つしかないのです」
「どうしてもか?」
「どうしてもです」

 俺は苛々と髪を掻き毟る。
 分かっているのだ、自分に力がない事くらい。自分一人ではひとつの国を相手取って戦う力などありはしない。

「春って具体的にいつなんだよ!」
「桜の咲く季節には必ず……」

 俺は拳で力いっぱい壁を殴り付けた。

「その言葉、忘れるな……」

 それから先の一ヶ間、俺は荒れに荒れていた。
 時折届くメリアからの情報では、アジェは比較的友好的にメリア王から遇されているという事だけは分かり、それに俺は安堵する。
 それでもこのやり場のない思いはどうする事もできず、俺は俺に絡んできた第3騎士団員達にたびたび絡むようになっていった。
 相手も相手で無類の負けず嫌いが揃っており、その度ごとに俺達は大乱闘になったが、その事に親父もクロードも何も言わなかった。
 クロードは愛想をふりまく事を止め、日々黙々と剣を振るっていた。
 彼のその心中がどのような物だったのか俺には分からない、ただ時折「あなたが羨ましい」と人の顔を見ては大きな溜息を吐いていた。



  ※  ※  ※



 僕の名前はアジェ、僕は今ランティス王国からメリア王国の首都サッカスに向かう旅の道中にいる。
 ご丁寧にも僕をランティス王国の首都メルクードまで迎えに来たメリアからの使者は、思っていたより丁重に僕を扱ってくれた。
 馬車の外を流れる景色は季節柄寒々としているのだが、ランティス王国を出て、メリア王国に入った途端、それは更に顕著になっていた。
 ランティス王国の街々はまだこの寒空でも活気があったが、メリアにはそれがあまり感じられない。
 道行く人達もどこか疲れたような面持ちで、僕はそれがなんだか少し心配だった。

「アジェ様、間もなく城に到着致しますよ」

 使者は淡々と僕にそう告げる。僕は慌てて、身繕いを整えた。

「ここがメリア国王の城……」

 窓から見上げたその城の外観もどこか寒々としている。
 城に着き、僕は導かれるままに城の中を歩いていた。
 寒々とした外観とは違い、中はランティスとそう変わらない豪奢な造りになっていて、僕は辺りをキョロキョロと見回してしまう。
 連れて行かれた先は恐らく国王との謁見室、重そうな扉が開くと僕はその中へと通される。
 前方を見れば、奥の一段高くなった場所に有る豪華な椅子に座っている男性……あれが多分メリア国王陛下だ。

「遠い道のりご苦労であったな」
「いえ、お初にお目にかかりますメリア国王陛下」

 ふん、と男は上から僕を見下ろした。
 くすんだ赤髪、がっしりとした体型、だが男はどこか神経質そうでその目をぎょろりと光らせる。

「お前が例の?」
「アジェ・ド・カルネと申します」
「名前などどうでもいい、我が弟を何処へやった?」

 僕の言葉など軽く聞き流して、王は睨むようにそう言った。

「僕はあなたの弟君の事は知りません。それは何度もランティスからの便りにあったと思うのですが……」
「ふん、戯言を。我が弟はお前と共に旅をしていた、それはもう明白だ」
「僕が一緒に旅をしていたのはグノーという名の旅人です、彼はあなたの弟君ではないと思います」

 まるで聞く耳を持たないメリア王がなんだかとても恐ろしい。
 彼からはエディやブラックさんから薫ってくるような微かな柑橘系の薫りがして、彼はαなのだろうな、とそう思った。

「我が弟の名はグノーシス、グノーとグノーシスこれほど名前が似ているのにか?」
「同じような名前の人間ならこの世の中に幾らでもいます、人違いです」

 僕が首をふると国王はふいっと立ち上がり窓辺に寄った。

「グノーシスは我が最愛にして運命のΩ、私が間違えるなどありえない」
「見てもいないのに何故そう思うのですか?」
「お前はグノーシスの瞳を見たのであろう?それはもう美しいルビーの双玉、このメリア中を捜してもそんな瞳を持った男性Ωなど、グノーシス以外には存在しない」
「確かにグノーの瞳は紅かったです、ですがそれがそれほど珍しいのですか?」
「お前は紅玉の貴重さを知らんのだな。あれの瞳は王族にしか現れない選ばれし者の瞳の色だ」

 確かにグノーの瞳は紅かった。
 その紅眼はメリアではそう珍しい物ではないのかと思っていたのだが、そんな事はないようで驚いた。

「それに我が弟は剣の名手でもあった、あの子はとても筋のいい子だったよ。こんな事になるのなら剣など習わせるのではなかった」

 剣の名手……確かに彼は驚くほど強かったが、本当にそんな事があるのだろうか?
 メリア国王は「ついて来い」と僕を促し歩き出した。僕は導かれるままに彼の後を付いて行く。
 幾つもの廊下を潜り抜け、メリア王はある部屋の前で立ち止まる。

「本来ならば見せたくはないのだが、特別に見せてやる」

 そう言って扉を開けたその先は、まるでおもちゃ箱をひっくり返したような部屋だった。
 所狭しと壁中を埋め尽くすのは人形? それは大きな物から小さな物までたくさんのからくり人形で埋め尽くされていた。

「これは……」

 僕は絶句して言葉も出ない。
 メリア王はその部屋の中を迷う事なく奥へと進んでいく。
 部屋の奥、机の上には見覚えのある卵が柔らかそうなクッションに鎮座していて目を見開いた。

「これ僕の……!」
「触れるな!!」

 飛び付いてそれを手に取ろうとした僕を国王は一喝する。

「この部屋にある物はすべて私の物だ、お前ごとき小童にくれてやる物などひとつもない!」

 恫喝に身を竦ませた僕を尻目に国王はその卵を手に取り、何の迷いもなくその卵を開いた。
 それはやはりどう見ても僕がグノーに貰ったあのからくり人形で、やはり中に入った猫は何の感情も見せず「にゃ~」と鳴いた。

「それは僕がグノーに貰った僕の物です、返してください!」
「お前にくれてやる物など何もないと言っているであろう?」
「でも、それは……」

 国王は愛おし気にそのからくり人形を眺める。

「これは我が弟が作ったものだ。私には分かる」
「え……?」
「この部屋にある物はすべてあの子が、グノーシスが一人で作り上げた人形達だ。この部屋はグノーシスの私室なのだよ。本来ならばお前になど見せたくもないのだが、お前達は人違いだと言い張ってグノーシスを返そうとしない。私は別に争いを好んでいる訳ではない、ただ弟を返せ……と、そう言っているのだ」

 壁中に飾られたからくり人形達が皆こちらを注視しているようなそんな錯覚に襲われる。

「この部屋を見れば分かるだろう、この人形の造作はどう見ても我が弟の作品だ。こんな愛らしく出来のいいからくり人形など、このメリア中を探してもありはしない」

 確かにその部屋にあるからくり人形はどこかグノーに貰った人形と似ている気もする、それでも僕はまだ信じられなかったのだ、グノーがこの人の言う通りこの人の弟だとしたら、何故グノーはファルスであんな暮らしをしていたのかまるで分からなかった。

「グノーは王家を嫌っていた……」
「そうであろうな、そうでなければあの子が私の元を離れる訳がない。私がもう少し早く父を追い落とせてさえいればこんな事にはならなかったものを……」
「どういう事ですか?」

 僕の問いに、国王はまた目を細めてグノーのからくり人形を見やった。

「私達は『運命の番』であったのに、父親である先代の王は私達2人が番うのを面白く思わなかったようで、私達2人の仲を裂こうとしたのだよ。父はあの子に首輪を嵌めて、その鍵を自分で管理していた、グノーシスはきっとそれを悲観してこの城を出たのに違いないのだ」

 そう言って国王は胸元からひとつの鍵を取り出す。
 確かにグノーの首にはΩ用のチョーカーが嵌められていた。自分も付けた方がいいかと尋ねたら、お前はこんな物しなくていいと彼は言ったのだ。
 それがもし自分の意思に反して父親に無理矢理付けられた物だったとしたら……

「だがこの鍵が私の手元にある限り、あの子は誰とも番う事ができない。あの子はいずれ私の元へ帰ってくるだろう」

 僕は混乱していた、彼の言う王弟グノーシスは限りなくグノーと酷似している、だがグノーは彼の「運命」ではありえない。
 何故ならグノーは今本当の「運命の番」であるだろうナダールと共にいるのだろうから間違いない。
 あのグノーがナダールを選んでその子供を生もうとしているのだ、そんな彼がこの目の前の男の「運命」である訳がない。

「さぁ、ここまで話したのだ、我が弟グノーシスの居場所をいい加減教えてはくれないか?」

 僕は答えに窮する。

「僕は……知りません。聞いていないので……」
「やはりグノーシスは生きているのだな?」
「グノーが本当にあなたの弟であるのならば、グノーは生きています。けれど僕はその場所を知らない」
「ふん、やはりランティス王国の奴等が隠しているのか、小賢しい」

 苛立たしげにそう言った国王の言葉に僕は慌てて首を振った。

「違います! ランティスの人達は本当に何も知らないし、グノーの事も本当に死んだと思っています! グノーは生きている、でもそれは僕が知っているだけで、彼等は何も知らない事です!」
「ほう、では何故お前はそれを知っている?」
「……教えてくれた人がいて……でも僕はその人が何処の誰だか分からない……」
「見知らぬ他人がお前にグノーシスの安否を教えにきたのか?」
「……そう、ですね」

 事実全くその通りなのだが、どうにもいい訳にしか聞こえない。
 メリア王もそう思ったのだろう、不愉快そうに眉間に皺を寄せた。

「嘘を吐いてもお前の為にならないぞ」
「嘘ではありません、僕は本当に彼の居場所は知らないのです!」

 しばらく無言でお互い見つめ合う。

「ふん、まぁいい、とりあえずグノーシスが生きている事と、それを知っている人物は存在するという事だ、だったら次はその者を見つけ出すまでだ」
「その人達はランティスには無関係な人達です、ランティスに戦争を仕掛けるのはやめてください」
「それは私が判断する事で、お前に指図されるいわれはない」

 国王はそう言って僕に背を向けた。

「今日はもういい、お前には特別な部屋を用意した、ゆっくり寛ぐがいい」

 いつの間に控えていたのか僕は城の小間使いのような男に促されその部屋を後にする。
 部屋を出る際、僕が国王の方をちらりと垣間見ると、彼はその間もずっと部屋の中に立ち尽くし、壁一面埋め尽くされたその人形達を愛おしそうに見詰めていた。


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