運命に花束を

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君と僕の物語

苦悩

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 その日兄は朝から苛立っていた。
 傍から見ても不機嫌全開の顔付きで、何かあったのかと聞いてみても「なんでもない」と答えるのみで苛立ちの原因が分からない。
 事件からはなんだかんだと2週間程が経っていて、大臣は処刑が決まり、もう何も思う事はないだろうに彼は苛々と爪を噛む。

「本当にどうしたの? 駄目だよ爪の形悪くなるよ?」
「そんな事はどうでもいい! なんでお前の男はいつまで経っても現れない! 何をしているんだ!!」
「そんな……僕に聞かれても分からないよ」

 困ってしまった僕がそんな風に居心地悪く兄の傍にいると、国王の近衛兵が僕を呼びに来て、兄はそれにまた苛立ったように「何の用だ!」と機嫌の悪さをぶつける。

「エリィ駄目だよ、すぐに行きます」

 兄を諌めて国王の元に向かおうとしたら「俺も行く」と兄が付いて来た。
 王の御前に立つと「お前も来たのか」と国王は少し困ったような表情を見せる。

「父上、アジェに何の用ですか!」
「うぅむ……」

 唸って国王は黙り込んでしまう、苛立つ兄、困惑の表情の父、僕は何がなんだか分からない。

「うむ……アジェや、私はお前を蔑ろにしている訳ではない、こんな話を聞かせるのはお前にまたいらぬ心労を与えるかとも思うのだが、どうにも事態は深刻でな……」
「アジェはファルスに帰るんだ! もうこれ以上こいつをこの国の事情に巻き込むのは嫌だ!」
「エリオット……事はそこまで軽くはない、これは国民すべてを巻き込む事態だ、私情だけでは動けない」
「父上!!」
「なんですか? 何かあったんですか?」

 僕は俄かに不安を覚える。
 兄の苛立ちの原因、それは恐らく今父である国王が僕に話そうとしているその事にあるのだと、言われなくても僕にも分かってしまう。

「うむ、メリア王からまた書状が届いた……相変わらず内容は変わらない、弟を返せというものなのだが……」

 国王は言葉を濁す。

「メリア王は弟をこちらに引き渡さなければランティスとの戦争も辞さない、とそう言ってきたのだ……」
「戦争?」

 国王は疲れたような表情でひとつ頷く。

「メリアはすでに国境近くに多数の兵を構えてこちらに向けて進行中だ、こちらにそのような者はいないし、お前の連れて来たメリア人ならばすでに死んでいると何度も書いて送り返しているのだが聞く耳を持たない。しまいにはそのメリア人と一緒にいた者をこちらに寄越せとそう言うのだ、事情はすべてこちらで聞く……そう言ってきてな……」
「それは僕をメリアに寄越せ……とそういう事ですか?」
「あぁ……そういう事になる」

 そう言って国王は沈痛な面持ちで大きな溜息を零した。

「アジェは関係ないだろう! なんでアジェがメリアになんて行かないといけない! おかしいだろ!!」
「それは分かっている、その要請も再三断りを入れているし、ファルスの人間だからこちらではどうにもできないと言っても、メリア王は聞き入れない。攫ってでも連れて来い、それが出来ないなら戦争だ……と、全く聞き入れられないのだよ」

 驚きすぎて言葉も出ない、なんという横暴。私事に国家権力を行使するというのも信じられない。

「もし僕がメリアに行かなかったら……」
「恐らく争いは起きるだろう、こちらも兵を構えて国境に向かっているが、小競り合い程度では済まない大きな戦闘が起こる」

 戦争、国と国が争う……罪も無い人達が土地を追われ、危険に瀕する。
 事を理解して僕は青褪めた。

「なんで、そんな事を……」
「分からない、メリア王の考える事は私達の考えの範疇を超えている。もしかすると、あの大臣の謀反の計画が失敗に終わり、弟の事は口実に過ぎずただランティスに攻め込みたいだけなのかもしれない、だが我々にはそんなメリア王の考えなど分かりはしない」
「行く必要はない、メリア兵なんて追い返せばいい、無茶を通そうとしているのは向こうの方だ、俺達が譲歩する必要がどこにある!」
「しかし、争いが起これば多くの民が傷付く」

 兄の言う事も、父の言う事もどちらも正しい、僕はどうしていいか分からない。

「くそっ! そのメリア人が生きてさえいれば!」

 あぁ、そういえば兄はグノーが生きている事を知らないんだった。
 確かにグノーが生きているのなら彼が自身で人違いを主張すればそれで事足りる話でもある。
 ただそれはメリアが本気で弟の奪還を願っている場合の時のみだが、もしそれを口実にランティスに攻め込みたいのだったら、そんな主張はなんの役にも立たない。
 現在グノーは妊娠中だと言うし、いくらグノーが強いからと言ってそんな危険な場所には立たせられない。

「僕……行くよ」

 するっと言葉が口をついて出た。

「なにを……」
「だって行かなきゃ皆困るでしょう? もし僕が行ってもメリアがランティスに攻め入るようならもうこれは完全にただの口実だって分かるから、徹底的にやるしかないけど、そうじゃないならまだ争いは回避できるかもしれない」
「こんなのただの口実に決まってる! メリアはランティスに攻め込みたいだけだ! メリアはそういう国なんだよ!」
「でも、少しでも戦闘回避の可能性があるならその方がいいだろう?」

 僕の言葉に言葉を失って兄は口を噤み拳を握った。

「私はお前を行かせたい訳ではない……」
「分かっています、でも父さまが守らなければいけないのは僕よりも国民でしょう?」

 国王は目を見開いた。

「お前は私を父と呼んでくれるのか?」
「こんなにそっくりな兄が居たら疑いようがないですよ。僕はあなたが父親である前に国王である事も分かっています、言葉に嘘が無い事も理解しているつもりです」
「アジェ……」
「だから僕はメリアに行きます」

 大丈夫、どんな場所に行ったって絶対エディが助け出しに来てくれる、それは僕の確信。

「お前は……なんで……」
「エリィ、心配してくれてるんだよね、ありがとう。でもこれは僕にしかできない事みたいだから僕行ってくるよ。意外と人違いだって分かったらすぐに解放されるかもしれないしね」

 僕の言葉に兄は瞳を伏せた。
 本当は兄も分かっているのだ、国に混乱を起させない為には僕が一時的にでもメリアに赴いた方が時間を稼げる、その間に体制を整えて迎撃の準備だってできる。

「もしエディが来たら、待ってるからって伝えておいて。エディには怒られちゃいそうだけどね、あはは」

 そんな風に投げた言葉に兄は眉を寄せて、必ず伝えるとそう頷いてくれた。
 こうして事件から20日後僕はメリアへと旅立った、そして奇しくもエディがランティスに辿り着いたのはその翌日のことだった。


  ※  ※  ※



 エリオット王子から事の顛末を聞いた俺は憤りが隠せない。

「何故止めなかった!!」
「何度も止めたさ! 俺が何もせずに指を咥えて見送ったとでも思っているのか!! 結局最後までアジェの意志は変わらなかった! お前がもっと早くにここに来てたらあいつだって考え直したかもしれないのに!」

 王子の言葉に俺は拳を握って耐えるしかない。
 ここで暴れても何の意味もないからだ。

「アジェが向かったのはメリアの首都サッカスか?」
「あぁ、ご丁寧にもメリアからの使者が来てな、連れて行った……」

 なんで俺はその時アジェの傍にいられなかったのか! いれば止められなかったにしても一緒について行く事くらいできたのに!

「くそっ!」

 どうする? どうすればいい? 追うか? だがただ闇雲に追ってアジェは帰ると言うだろうか?
 アジェは自分の意思でメリアに向かったのだ、それでは何の解決にもならないのではないのか?
 それでも、ここに立ち止まっている訳にはいかない、俺は行かなければ、だが何処へ?
 1人で一体何ができる?
 途端に自分がとても小さく感じる、今回のこのランティスの事件ではクロードがいた、それに王子も騎士団も味方になってくれた、だが今回はどうだ? 自分には何もない、何の力もない。
 アジェを無理矢理攫って連れ帰る、それはもしかしたらできるかもしれない。
 だが親父も言っていた、メリアは何をするか分からない国だ、自分が動いた事でもし万が一自分がファルスの人間だとばれればランティスどころかファルスも戦火に巻き込む可能性がある。
 何もできない……?
 いや! そんな事はない、絶対何かできる事はあるはずだ!! まずはクロードに会おう、俺はそう思い顔を上げる。

「行くのか?」
「あぁ、行く。俺にそれ以外の選択肢なんて存在しない」
「我が国はメリアとの争いは望んでいない、それでも何かできる事があるならば、なんでも協力する」

 エリオットの言葉に頷いて俺は城を後にした。
 向かった先は騎士団の詰所、朝になったらそこにクロードが現れるはずだ。
 俺はその夜まんじりともせず一晩中地面を睨み付けていた。



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