運命に花束を

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君と僕の物語

不穏

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 事件から数日、待てど暮らせどエディは僕の前に姿を現さなかった。

「エディ、迎えに来てくれないのかな……それとも何かあったのかな?」
「奴を連れて行った男はファルスに帰ると言っていたからな、一度ファルスに戻ったのかもしれないぞ」
「え~そうなのかな? せめて顔だけでも見たかったぁ……」

 僕の日常には平穏が戻って来ていた。
 幽閉される前同様、傍らには兄であるエリオットが居て、そこにたまに弟のマリオが加わってくる。
 カイルさんは事件の被害者であると同時に加害者側でもあるので連日取調べを受けてはいたが、夕方になると兄エリオットの元へと戻って来た。

「兄さま!」

 弟のマリオは僕を見付けるとぎゅっと抱き付いてきて離れない。
 ある日急に姿を消して、会ってはいけないなどと言われたマリオは、また僕が突然姿を消す事に不安を覚えているようだった。

「兄さまごめんね、兄さまに借りてたあの人形、大臣に持ってかれちゃった……」

 マリオはそう言って瞳を潤ませるので、僕はその頭を「大丈夫だよ」と撫でる。
 グノーの作ってくれたからくり人形、彼の形見になってしまったそれを僕は大臣の屋敷の調査にあたっている兵士にも捜索をお願いしたのだが、結局それを見つける事はできなかった。
 大臣の屋敷は使用人や盗賊に荒らされているとの事だったので、持ち去られたのかそれとも捨てられてしまったのか……僕は瞳を伏せる。
 大事にしようと思っていたのだ、こんな事になるなら誰にも見せずに大事にしまっておけば良かったと思っても後悔先に立たずだ。
 僕もカイルさん同様何度か取調べを受けたが、元々何も企んでもいないし、大臣の側近達がこぞって減刑を求めて口を割ったので、僕の疑いはすぐに晴れた。
 カイルさんも元気になったし、事件も解決したし、マリオは少し嫌がってはいるけど僕はエディが迎えに来て、許可さえ下りるのならもう帰る気でいたのだが、エディは一向に姿を現さない。
 そうこうしている内に数日が経ったある日、僕は父親であるランティス国王陛下に呼び出された。
 大臣に罠に嵌められたあの日もこんな感じだったので、少し不安が胸を掠める。

「えぇと……何でしょうか?」

 険しい顔で迎えられたあの日とは違い、王様はふわりと微笑んだのだがどうにも少し困ったような顔をしている。

「アジェ、お前に幾つか聞きたい事があるのだが、いいかな?」
「はい、何でしょう?」

 僕はいまだに王様の前だと父親として接していいのか、王様として接したらいいのか分からずに変な緊張感を覚えてしまう。

「君がここまで供として連れて来たメリア人の事なのだが、彼は本当にこの一件とは無関係なのかお前は知っているかね?」
「え? それは無関係だと思いますよ、だって彼は何もしていない……」
「ふむ、それはな。だが裏で糸を引いていた可能性は?」
「彼は僕がメルクードに来ると言わなければここに来る事すらしていなかったと思います。都会は危険だと散々言っていたのは彼で、彼も僕と同じ『男性Ω』だった。彼には番がいません、そんな危険を冒してまで彼が都会に来て何を企むというのですか?」
「お前というランティスの王子を手懐けて、ランティスを落とそうとした可能性は?」

 王が何を言っているのか分からず眉間に皺を寄せてしまう。
 なんだか悲しくて泣いてしまいそうだ。

「なんでそんな事言うんですか! 彼は僕の大事な友達です! 彼は僕を守って僕の我がままを聞いてこんな所まで来て、僕の為に兵に追われて僕の為に死んだんだ! 僕が彼を殺した! 彼は何もしていないのに!!」

 王は怯んだように言葉を詰まらせた。

「やっぱりこの国はまだ僕を疑っているんですね! だったらすぐにでも僕を放逐してください! 僕はもう二度とこの国には関わらない!! 僕はあなた達を憎んだ事はありませんが、こんな風に疑われたら憎んでしまいたくなる! 僕を解放してくれるなら僕はもう二度とランティスの地は踏まない!」
「アジェ、違う! 違うのだよ!! 話を聞いておくれ」
「一体何を聞けというのですか! 僕はただ平穏に暮らしたいだけなのに……」

 気まずい沈黙。
 こんな風に声を荒げるような事はしたくなかった、それでも僕の大事な友人達を死に追いやった事は僕の心の中でどうにもならない傷口になって血を流している。
 その傷口に塩を塗られるような王の言葉に僕はどうしても言葉が止まらなかった。

「アジェ違うのだよ、お前を疑っている訳ではない、君の友人も私達は疑ってなどいなかったのだよ、ただな……」

 王は困ったように息を継いだ。

「メリア王から書状が届いたのだ『私の弟を返せ』とその書状には書いてあった……」

 そういえば兄もグノーはメリア王の弟なのかと僕に問うてきた事があったが、どういう事だ? グノーはメリア人だったがそんな話しは聞いていない。

「何故メリアの王がそんな事を言い出したのかは分からない、けれど国王として私はこの書状の真偽を確かめなければならない。アジェ、決してお前を疑っている訳ではないのだよ」
「グノーはそんな事言ってなかった……」
「そうだろうな、彼はファルスからお前と共に来たのだろう? メリアの王子がファルスにいる事自体がそもそも不自然だ。ファルスもメリアのこの謀略に一枚噛んでいるという想定もできるが、それはないだろう……それだったら今回の件ファルスは無視を決め込んだはずだ、彼が出てくる訳もない」
「……彼?」
「私にもある程度の情報網はある、先だっての事件の解決に手を貸してくれたのはファルスの国王だろう?」
「あ……」

 僕の頭の中でまだエディの父親と国王陛下がうまく結びついていなかった。
 エディを父親が連れ帰ったと言うのなら、そこにいたのはブラックさんで、エディからの話を信じるなら彼はファルスの国王陛下だ。

「最初に彼が私の前に現れた時は驚きもしたが、義妹から聞いていた通りの人柄で、すぐに彼だと分かったよ。まさかファルスの国王だとは思っていなかったが、運命というのは不思議な物だな……」

 王は感慨深げな顔で小さく頷いた。

「メリア王にはそのような者はいないととうに返事は返してある、ただ事実確認の為に聞いただけだったのだが、不安にさせたのならすまなかった」
「いえ……でも何故メリア王はそんな事を言ってきたのでしょう……」
「真意はいまひとつ分かりはしないが、メリアでは王が弟を溺愛しているのは有名な話でな、その王弟が城を出ているという話しは聞いていなかったからまさに寝耳に水の話でこちらも混乱しているのだ」

 グノーがメリア王の弟……? そういえばクロードさんは昔グノーに会った事があるかもしれないと言っていた、同じようなからくり人形をくれた人物の名前が確か……

「グノーシス」
「ん? 誰だ? それは?」
「そのメリアの王弟という人の名前は何と言うのですか?」
「あぁ……メリアの王子に名はないのだよ。セカンド・メリアそれが名前だと聞いている」
「名前がない?」
「あぁ、だからメリア王にも名前はない。ファースト・メリア、もしくはメリア国王陛下だ」

 なんという国だ、生まれた王子に名前も与えられないなど想像もしていなかった。
 グノーは王家など碌でもないと吐き捨てていたが想像以上に酷い国だ。
 国王は再度「すまなかった」と僕に言って僕は解放された。
 メリア王国……いい噂はまるで聞かない治安の悪い国だ。
 僕が生まれる前には学術の都として栄えた時期もあったらしいけれど、最近は争いばかりで国は貧に窮している。
 グノーもいつでもどこかで誰かが争っているような国だと言っていた、確か数年前に国王が変わっているはずだが、メリアの国王は在位年数が短い事でも有名だ。
 数年単位で王が変わる事もよくあって、その都度政権も代わり国は落ち着かず、余計に悪循環を生み出している。
 それにも関わらず、メリア王国は好戦的でランティスにもたびたび手を出してくるのだからランティス王国もたまらない、両国の関係は一進一退を繰り返す微妙なバランスの上にあるのだ。
 大きな争いには現在発展していないが、火種はその辺に転がっていて今度の事件もそうだが、メリアはいつでも虎視眈々とランティスを狙っている。

「もう帰りたい……」

 二度と帰らないと後にしてきた故郷だったが、今はその温かさが懐かしくて仕方がない。
 エディが領主様の本当の息子で、僕はいらない子供だと拗ねて家を飛び出してきたが、なんだかもうそんな事はどうでもいいくらいに帰りたくて仕方がないのだ。
 思えばこの短期間で色々な事が起こりすぎた、早くエディ迎えに来てくれないかな……と僕は思わず溜息を零した。

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