運命に花束を

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君と僕の物語

巡る運命

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 ランティスではそんな不穏な事になっているとは欠片も知らなかった俺エドワード・ラングは今日も人波に揉まれている。
 クロードの親衛隊を潰すと宣言してから数日、俺の周りは特に変わった事は起こっていなかったが、クロードの周りは劇的な変化をもたらしていた。
 クロード親衛隊のボスと噂されていたガリアス・ゲイル第2騎士団長が自ら、自身の起した親衛隊の解散を宣言した為、親衛隊界隈は一時大混乱に陥ったようだったが、そもそも親衛隊自体がそこまで組織立った物ではなく口コミで数を増やし、先走った過激派が勝手に動いて皆の行動を制限していたに過ぎなかった事が分かるやいなや、クロードの周りには老若男女の人間が殺到したのだ。

「あの、マイラー様、これ貰ってください!」

 歳若い少女が数人で手作りと思われる菓子を手渡し、クロードがそれを受け取ると彼女達は黄色い悲鳴を上げてぱたぱたと駆けて行った。

「また、いただいてしまいました……お返しはどうすればいいのでしょう? どこの方かも分かりませんし、せめてお名前くらい書いておいて貰えると助かるのですが……」
「たぶんお返しなんか期待してないから大丈夫だよ。でも中には怪しい物も混じってるかもだから食べ物には無闇に手を出すなよ」
「それは昔からいただき物はすべて一度ハウスワードのチェックを通すのが我が家の慣例となっておりますので承知しています」

 そうかよ、と俺は1人呟く。
 ハウスワードさんもこの量では大変だろうなと苦笑する程にクロードの手には幾つもの贈り物が抱えられている。
 特にそれを拒む事をしないと分かった彼女達は競うようにしてクロードに貢物を持って現れるので、まるで毎日が誕生日のようなプレゼント攻撃に嬉しさ半分、戸惑い半分でクロードも困惑しているようだった。

「ところで今日は城にはどういったご用件で?」
「これ、今朝届いたんだよ。エリオット王子からだ」

 俺はクロードの前にぺらりと封書を差し出した。

「手紙……ですか?」
「中身はメモみたいなものだ。アジェを早く迎えに来いと書かれている。王子がなんで俺にこんな物を寄越したのかよく分からないし、お前にかかずらって最近アジェから手紙が届いてないのに気付いてなかった……何もないとは思うけど、一応親父に確認だ」
「それは心配ですね」
「心配なんかする事はないはずだろう? 事件はもう解決したんだ」
「……国王陛下からまだ聞いていらっしゃらない?」
「何を?」
「あなた方が捕まえた騎士団の副団長、殺されたそうですよ」

 クロードの言葉に一瞬言葉を失う。

「それは処刑された、という意味でか?」
「いえ、牢で殺害された不審死だったと私は聞いております」
「なんでそれを俺に言わない!」
「私は陛下から聞いているものと思っておりました。まさかまだ聞いていないなど思いもせず……」

 俺はクロードの言葉を最後まで聞く事もしないで駆け出した、あのダグラス・タッカーが殺害されていた? それは何時だ? 殺害されたという事は必ず犯人がいる、そいつは捕まっているのか? ダグラスは何故殺された? 口封じ? だとしたら……
 事件は終わっていないのか!

「親父!!」

 執務室の扉をノックもせずに蹴破る勢いで開け放てば、そこには誰もいなかった。
 辺りを見回しても人の気配もない。

「くそっ、何処だ?!」
「お兄ちゃん?」
「ルネ! 親父は!?」
「今朝大剣下げて少し留守にするって出てったわよ。お兄ちゃんが来るだろうからこれ渡しとけって預かってる」

 妹ルネから手渡されたのはやはり手紙で、その封を切るのももどかしく破って中身を確認すれば、そこには今現在ランティスで起こっている事件の詳細が事細かに書き綴られていた。
 アジェが幽閉されている事など欠片も聞いていなかった俺は顔色を失う。

「親父は何処に行った!」
「知らないわよ、父さんの事なんて私達に分かる訳ないでしょう」

 俺は舌打ちをして踵を返した。
 親父は知っていたのだ、知っていて俺に何も言わなかった。

「エディ?」

 遅れて現れたクロードを無視して城の外へと向かう。

「待ってください、エディ!」
「うるさい黙れ! お前も親父とグルなんだろう! 子供だと思って馬鹿にしやがって!!」
「何の事ですか! 私は何も……」

 俺はクロードの襟首を掴んで怒鳴りつける。

「アジェの身に危険が迫ってる事を何故俺に言わなかった? 親父に言いくるめられでもしてたのか? ふざけんな! 友達が聞いて呆れる、お前は友達が危険な目に合っていても自分が幸せならそれでいいのか! 俺が誰よりアジェを大事に思ってる事くらいお前だって分かっていたはずだろう! なのになんで!!」
「エディ、私には何がなんだか……」

 俺は親父からの手紙をクロードに押し付けてまた前を向いた。こんな所で足止めをくらっている時間など今の俺にはない。
 屋敷に戻り荷物を纏め、何事かという表情のハウスワードに世話になったと頭を下げて、出て行こうとした所でクロードに捕まった。

「エディ、私も行きます!」
「うるさい、お前なんかもう信用できるか!」
「聞いてくださいエディ、私は本当に何も知らなかった。聞いていたのは先程言った副団長の殺害だけです、アジェは王子と共に国に守られていると私は思っていたのです、決してあなたを裏切っていた訳ではない!」
「それを俺に信じろというのか? お前の為にと駆け回っていた俺はさぞかし滑稽だっただろう、マジふざけんな!」

 クロードの顔が泣き顔のように顰められる。
 あぁ、本当に表情豊かになったもんだよ。

「私も一緒に行きます! 私はあなた達を裏切ったりしない。私の、大事な友人達を私は決して裏切らない、どうか……お願いします」

 縋るように言われた言葉、最後の方は泣いているような涙声で、俺は小さく息を吐く。
 存外自分がお人好しなのは分かっている、こんな風に縋られたら振り払うのは心が痛む。
 これまでの付き合いでクロードは嘘などつけない性格だという事も知っているから尚更だ。

「メルクードまでは時間がかかる、行くならさっさと準備しろ。俺にはお前を待ってる時間なんか無い」
「身ひとつで充分です。入用な物があれば都度購入すればいい」
「……この金持ちめ」

 ハウスワードが察したようにクロードの身支度を整え、俺達はその日のうちに一路ランティス王国メルクードへ向けて旅立った。




 同じ頃、別の場所では兄に裏切られた弟が慟哭し、また別の場所では孤独な青年が涙を堪えて笑っていた。

 僕はそんな事も知らず、閉じられた部屋の中、ただうつらうつらとまどろんでいる。





 その日も僕は変わらない一日を、変わらない景色を眺めながら過していた。
 姫なんて柄じゃないけど物語の囚われの姫はなんて退屈な役回りだろうとぼんやりと思う。
 もういっそ「お前が全ての犯人だ!」と焚き付けてもらった方がまだ反論のしがいもあるというものだ。
 まぁ実際そうなったら困るのは自分なんだけどと苦笑する。
 日に三度の扉への合図、食事の時間なんてどうでもいいがそこに卵が乗っているとつい笑みが零れる。それは兄エリオットからの便りに他ならない。
 兄からの近況報告は僕の代わり映えしない幽閉生活の唯一の彩りだ。
 決して楽しいばかりの報告ではないが、それくらいしか外の様子を推し量れない僕にはとてもありがたい事だった。
 その日の手紙も小さな紙にびっしりと小さな文字で綴られていて、僕は目を細める。
 だがその日の手紙はいつもと様子が違い、近況というよりは完全な報告。

「え……嘘、嫌だ……なんで……」

 文字を読み進める僕の手は震えている、卵が床に落ちて軽い落下音が響き、僕はもう一度その手紙を頭から読み返し始める。
 それは僕を守ってここまで連れて来てくれたグノーとデルクマン家の長男ナダールの訃報だった。
 手紙には彼等2人が渓谷近くの街にいた事、そこで兄を捜索していたリク・デルクマンに遭遇した事、そして2人を連れ帰ろうとした騎士団員の手を振り払って逃げ出した2人が渓谷から落ちて亡くなった……と書かれていた。
 嘘、誰か嘘だと言ってよ。
 グノーとナダールさんがなんで死ななきゃいけないの? 2人は何もしていないのになんで? 
 悲しいという感情が来る前に信じられずに呆然としてしまう。
 寂しくて仕方なかった時に傍にいてくれた人が、この街に来て僕達を温かく迎えてくれた人が、僕のせいで死んだ……?
 今回の事件に2人を巻き込んだのは僕だ、僕が2人を殺した……
 そう思った瞬間訳の分からない感情が心の内に一気に溢れ出した。
 泣けばいいのか喚けばいいのか分からない、悲しみ? 怒り? それとも焦燥?
 なんで僕はこんな所で何も出来ずに閉じ込められているのだろう、どうしてこんな事になってしまったのか分からない。
 出会わなければ良かった、彼等に出会わなければ2人は死ぬ事なんてなかった、僕がエディの元から逃げ出さなければこんな事にはならなかった。
 ううん、違う、そもそも僕がこの世に生まれ落ちた事が間違いだったんだ。
 僕達が双子として生まれさえしなければこんな事件は最初から起きなかった!
 叫びたい、大声で泣き叫んでしまいたい。でも今ここでそんな事をすればこの手紙を届けてくれている人にも迷惑がかかる、それはしてはいけない。
 ぐっと顔を擦って涙を堪える、何もできない僕だけど泣いても何も変わらない。
 今僕の為に動いてくれている人達の為にも僕は強くならなければいけない。
 この国の闇が僕を追い詰めるなら、僕もそれと戦わなければ駄目なんだ。
 開く事のない扉を睨み付けて、僕は何度目かその手紙を読み返していると、食事の時間でもないのに扉は静かに打ち鳴らされた。

「失礼します、アジェ王子。ウィリアム大臣が面会を求めています、しばらくのちに面会に参りますので仕度をお願いします」
「……はい、分かりました」

 人と会話をするのは何時ぶりだろう、今更大臣が僕なんかになんの用がある?
 兄は大臣を疑わしいと思っている、だとすると彼が僕をここに閉じ込めた事自体が彼の考えの内だろう。
 いよいよもって邪魔な僕の始末に来るのか……とそう思った。
 兄エリオットは自衛を強め恐らく現在手を出し難い状況なのだと思う、だったら簡単に始末できる方から……そう思ったとしても不思議ではない。
 グノーとナダールさんの顔が頭をよぎる。
 まだ2人の死を悲しんであげられない、信じたくもない。
 でも、もし僕もそっちに行ったら2人は温かく迎えてくれるかな?
 お前のせいでと罵られるかもと苦笑して、でもきっと優しい2人は僕を抱きしめてくれる、そんな気がした。


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