運命に花束を

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君と僕の物語

大臣ウィリアム・メイス

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 リク・デルクマンは今、何故か大臣ウィリアム・メイスの屋敷にいた。
 彼に呼び立てられたのは今朝方の事で、彼に呼び出される理由に心当たりのあるリクは渋い顔をするしかない。
 それでも一国の大臣の呼び出しを無視する訳にもいかず、こうしてのこのこやって来た訳だが、正直嫌な予感しかしない。

「やあ、よく来たね、リク・デルクマン君」
「何の御用でしょうか、ウィリアム大臣。私にはあなたに呼び出される理由が分かりません、もし父の事でしたらこの一件父は全くの無関係、罪は冤罪です即刻釈放していただきたい」

 リクの言葉に大臣は口の端で笑みを作る。

「私も君の父上の事は残念に思っているのだよ、ただ無実を証明するのには証拠が足りなくてね、私とて心を痛めているのだよ」

 大ぼら吹きが何を言っているのかと心の中で毒づくも顔には出さずリクは大臣の次の言葉を待つ。
 この数日、自分はあちこちを回ってこのウィリアム大臣の身辺を探って回っていたのだ、犯人の一味であるダグラスの家を訪れた際、兵とかち合い不審の目を向けられた。
 こうなる事もあるかもしれないと思ってはいたのだ。

「ところで君の兄ナダール・デルクマンは何処に?」
「さて、何処へ行ったものやら私にも分かりかねます」
「隠すと君の父上の立場が余計に悪くなる事、承知の上かね?」
「知らない物を答える事はできません。本当に兄の行方は分からないのです」
「メリアの人間と共に……か?」

 リクの眉がピクリと上がる。
 大臣のこの勿体つけたような言い回しが癇に障って仕方がない。

「言いたい事があるのならはっきりとおっしゃっていただきたい。私共デルクマン家は何もやましい事などしていない、父だけでは飽き足らず兄までも疑うのですか?」
「ふむ、だが君の兄がメリア人と共に姿を消したのは事実であろう?」

 確かにそれはその通りでリクは唇を噛む。

「そのメリア人について2・3質問があるのだが」
「私はその者には一度も会ってはいません、どのような人柄でどのような人物だったのか私には分かりかねます」

 ふむ……と大臣はまた声を上げて腕を組む。
 そもそも何故そのメリア人の事を彼が気にするのかが分からない、この事件が事実無根である事を知っているリクはそのメリア人自体が無関係である事を知っている。
 もし大臣が弟のマルクの言うようにメリアと繋がりがあって父を嵌めようとしているのだとしたら、そこに疑惑がありさえすればいいのだから、そこまでそのメリア人を気にする必要はないはず。
 大臣はもしかして無関係なのか?
 リクの疑問は増えるばかりだ。

「その者は何処から来たと?」
「ファルス王国からアジェ王子に付いて来たのは間違いないでしょうが、それ以前の事は分かりかねます」
「メリア人なのは間違いないのだな?」
「そのようですね、それは本人も認めていたそうです」
「その者の性別は?」
「それは男であるか女であるかという事ですか? それとも……」

 バース性の扱いは慎重だ。
 バース性を持っている者は限られており、その性を認識する者が少ない以上下手に性を明かす事はいらぬ厄介事を生む。
 そもそもバース性を持った者達はわざわざそれを言わずともお互いのフェロモンの匂いでそれを理解している、わざわざ吹聴して回ることではない。

「男だという事は分かっている。その者はバース性を持っていたそうだが、ある者はαであると言い、またある者はΩであると言う、不思議な話だが君はそれを知っているかね?」
「彼は男性Ωだそうですよ」

 そう、だからこそ兄は彼に付いて行った。
 兄は母に彼は自分の『運命』だとそう言っていたというのだから間違いない。
 「男性Ω……」大臣は眉間に皺を寄せた。

「その者の名はグノーと言ったか? それは本名なのか?」
「そこまでは知りません、私は彼には会った事がないと何度も申し上げています」
「では最後に、その者の瞳の色を君は知っているかね?」
「瞳の色……ですか? それこそ一度も会った事はないのでそんな容姿の事まで把握はしておりません」

 「そうか……」と大臣は頷いて、リクに背を向けた。

「ところでリク・デルクマン君、君は兄の、ひいてはそのメリア人の行方に心当たりはないのかね?」
「ありません、兄は元々メルクードから出る事はほとんどありませんでした。街の外に知り合いがいるという話も聞いた事はございません。そのメリア人に関しても私は一度も会った事もないのですから行方を推察しようにも分かりかねます」

 大臣は少し考え込むように沈黙を落とし、しばらく後に口を開く。

「ある小さな町で君の兄に似た人物の目撃情報があった。そのメリア人とおもしき人物も一緒にだ、どうだろうリク・デルクマン君、私と取り引きをしないかね?」

 大臣は振り返りにこやかに告げた。

「そのメリア人をこの場に連れてくれば父親の罪を不問に処す、どうかね? 悪い話ではないと思うのだが?」
「それは兄も一緒に、という事ですか? そのメリア人がどうなろうと構いはしませんが、兄は何もしていないはず」
「そこは自分で弁明させるが良かろう? 何もしていないと君達が言い張るのであれば、それが筋というものだ」

 大臣の言う事はもっともでリクは息を零す。

「君はαだろう? 君の兄もだ、兄の匂いを鼻で追える君は追っ手としては適任だ」

 確かにそれはその通りなのかもしれないが、まるで犬のような扱いにリクは思わず大臣を睨み付けた。

「その約束、決して違えないとお約束願えますか?」
「あぁ、勿論だ」

 大臣が頷き、リクはその話を受けた。
 何故大臣がそのメリア人をそこまで必要としているのか皆目見当も付かないが、父の釈放がかかっているのならばそんな瑣末な事は考えるまでもない。

「必ず兄とそのメリア人を連れ帰りますので、どうか約束お忘れなきよう」

 言ってリクは踵を返す、その背を見送ってウィリアム・メイス大臣は目を細めた。

「それまで父親の命がもっていればな……」

 リクの父親、ギマール・デルクマンは牢の中で衰弱している。
 本来ならば毒を飲んでもう死んでいても不思議ではないのだが、なかなかに頑丈な騎士団長はまだ命の灯火を灯し続けている。
 それも時間の問題とウィリアムは口角を上げる。
 それにしても、ここまでずいぶん上手くいっていたのだが何やら不穏な空気が流れている。
 何者かが自分の周りを探る気配にウィリアムは気付いていた。それと同時に届いた一枚の封書、それはメリア王からの手紙だった。
 返事などろくに寄越した事もない相手からの手紙に、中身を確認すれば書かれていたのはどうという事もない確認の手紙。
 その問題を起こしたメリア人の素性を知らせよという物、分かっている事だけを書いて送れば返事はすぐに戻って来た。
 珍しい事もあるものだと手紙を読めば確認事項は増え、その者を王の元へ連れて来いと言う。
 その男の何がメリア王の琴線に触れたのかまるで分からないのだが、元々この新しく立った歳若いメリア王は何を考えているのかまるで分からない男でもあった。
 現在ランティス王はメリア王国との和睦を模索している、それに手を差し伸べたのが現国王なのだ。
 どういう事かと問うても、お前は気にする必要はないとそれだけの答えしか返ってはこない。
 これもメリア王家側のランティス王家乗っ取りの策の内のひとつなのか思いはするが、それに自分が関与していないと言うのは全く持って面白くない。
 今までメリア王家には手を貸して貰いもしたが、こちらも何かと手を回しているのだ、勝手なことをされては困る。
 それにしても確認の中にあったそのメリア人の性別「男性Ω」それはとても珍しい性だ。
 Ωは孕む性、そこに男女の性差は関係ないとは言えやはりΩの大半は女性である、ただでさえ数の少ないΩ、その中でも数の少ない男性Ω、アジェ王子も男性Ωなのではないかという話もあったが確認は取れていない。
 αである自分には番がいない、自分の横に立つべき若く美しいΩに出会えていないのだ。
 あのファルスからの美しい使者がΩであったらと思いはするのだが、残念な事に彼はαだった。
 男性Ωに興味は有る、本来組み敷かれるべきではない性である男性が、組み敷かれ子を孕むそれはなんと背徳的で甘美な事か。
 メリア王に言われずともウィリアム自身がそんな彼に興味を持ったのだ。
 しかもその人物の瞳の色はメリアを象徴するような真っ赤な紅ではなかったか? とメリア王は問うてきている。
メリア王はその男性Ωに心当たりがあるのだろうか?
 男性Ωも珍しいがルビーの瞳もまた珍しい、ウィリアムはかつて一度だけそのルビーの瞳を見た事がある、それは先代のメリア王の妃である娘だった。
 その美しさは類を見ないほどで、ウィリアムはその瞳に魅了された。
 「男性Ω」「ルビーの瞳」メリア王に渡してしまうには惜しいほど稀少な人間ではないか、そんな稀少人物がその辺を歩いていたかと思うと悔しくて仕方がない。
 そんな人物を横に侍らせ生活できたら、それだけでもう自分は特別な人間なのだと実感できるというものだ。
 ウィリアム大臣はほくそ笑む、ここランティスを乗っ取る算段はもう付いている、その横に侍らせる人間はやはり特別でなければならない。

「父親が死ぬ前に早く帰って来るがいい」

 その時がここランティス王国の滅ぶ時だ。

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