運命に花束を

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君と僕の物語

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 その日僕は何もする事のできないその部屋でうつらうつらとしていた。
 この部屋に入れられて一体どのくらいの日が流れただろう、2日3日と日を数えて、10日を過ぎる頃からそれをやめた僕には今が何日なのかも分からない。
 僕と連絡が付かなくなってエディも心配しているのではないかと思いはするが、エディがいるイリヤからここメルクードはとても遠い。片道10日はかかるだろう道程をもう帰り着いているとは思うけれどまだ異変には気付いていないのではないだろうか。
 そして例え異変に気付いたとしても、またここまで戻ってくるのにずいぶんな時間がかかる。
 もしかしたら僕はもう二度とエディとは会えないまま処刑されてしまうのかもしれない……そんな暗い気持ちが頭を掠める。
 自分が閉じ込められているのは塔の上階の部屋だった、エディと初めて抱き合った客室塔の部屋も景色は良かったが、ここも窓から見える景色は悪くない。
 ただその窓には鉄格子が嵌められていて、そうやって窓を見るだけで自分が閉じ込められている事を自覚させられる。
 下階には常に監視の人間が待機していて逃げる事は適わない。
 部屋の扉は日に三度叩かれて、それが食事の合図。
 扉は開けられないまま、扉脇の小窓から食事が差し入れられる。
 今日も扉が叩かれて、何も言わずに小窓から食事が差し入れられる、僕はもうそんな時間かと窓の外を見やると日はずいぶんと傾いていた。
 たいして動きもしないのに食事ばかり与えられても食欲は湧かず、申し訳ないと思いながらも最近その食事を残す事の多かった僕は、今日も食べられそうにないなとその差し入れられたプレートを見やった。

「あれ?」

 食事だけが乗せられている筈のそのプレートの上に何やら卵が乗っている。
 卵だとて食べ物だ、別段不思議ではないがその卵には見覚えがある。
 普通のゆで卵のようにも見えたそれは、グノーのくれたからくり人形の卵を小さくしたような代物だった。

「これ、からくり? でもグノーのとは違う。えっと……どうするんだろう?」

 いかにも開きそうなその卵には亀裂が入っていて、グノーの卵を知っている僕にはこれは絶対何かの仕掛けで開くのだと確信が持てたのだが、その開け方がよく分からない。
 左右に捻ってみてある一定の場所までしか動かないそれを右へ左へと捻って頭を抱えてぽんと放ったら、卵がどういう拍子かぽんと開いた。

「あ、開いた」

 卵の中には小さく折り畳まれた紙が入っていて、僕はそれを摘み出して開いてみる。
 その紙は手紙で、小さな字でぎっしりと文字が綴られている。

「あ……これ、エリィからだ……」

 それはエリオット王子からの手紙だった。
 その手紙にはこの卵の開け方と閉め方、そして今自分達の周りで何が起こっているのか近況報告のような物が綴られていた。
 閉まってる状態で開け方の説明を中に入れられても分からないのに……と苦笑しつつも、もうそこは一か八かの賭けだったのだろうなと理解する。
 手紙には僕との接触を禁じられたエリオット王子の怒りも見え隠れしていてつい笑みが零れた。
 グノーの卵は現在弟のマリオ王子の手元に有る、その卵のからくりを調べながらエリオットはこの卵を作ったようだった。
 カイル先生はエリオットの元で怪我の療養を続けている事、ギマール伯父さんは心配していたようにやはり拘束されてしまっている事などその手紙には綴られていて、状況はあまり芳しいとは言えないのだと僕は息を吐いた。
 そして今エリオットが一番怪しいと思っているのが大臣のウィリアム・メイスであるという言葉に、僕はこの国の闇の深さを知る。
 僕をこの部屋に閉じ込めた諜報人であるウィリアム大臣、僕を見る冷たい瞳を思い出すと気持ちは落ち込んだが、手紙を読んでそんな弱音を吐いている場合ではないなとそう思った。
 その卵のサイズは窓の鉄格子を通り抜けられるサイズで、何か欲しい物があったり、話したい事がある時は手紙を入れて窓から放れとその手紙には書かれていた。
 僕はとりあえずペンを手に取り、お礼の手紙を綴ってその卵を窓から放り投げる。
 陽が沈むとその卵は月明かりに微かに発光するのか、闇に紛れて誰かが回収していくのが見て取れた。
 こんな閉じられた空間で僕にも何かできる事はあるだろうか……と考えるが、そんな妙案は思いつきもせず、月を見上げる。
 その日の月はとても綺麗だった。



 エリオットはぽすんと何かが落ちる音に振り向くと、ベッドの上に自分の作った卵が置かれている事に気が付いて慌ててそれを手に取った。
 開けて中身を確認してみれば中から出てきたのはアジェからの手紙で、自分は元気な事、手紙がとても嬉しかった事を綴ったメモ用紙が入っていた。

「良かった、元気そうだ。おい、いるのか?」
「いますよ、王子」

 エリオットは空に向かって声をかける。
 決して姿を見せる事のないこの声の主に声をかけられたのはつい先日の事だった、最初は何者かも分からず焦って取り乱したりもしたのだが、男の声は冷静だった。

『私はあなた方に害をなす者ではありません』

 そう告げた声の主をまだ完全に信用した訳ではないが、アジェと繋ぎをつけたいと告げたエリオットの願いをこの声の主は叶えてくれた、もしかしたら少しは信用してもいいのかもしれないと思いはするのだが、如何せん今は何もかもを疑ってかからなければいけない時だ、そう易々と信用もできない。

「お前は何故こんな事をしている?」
「ボスがアジェ様を助けたがっているので、できる範囲の事をしているだけです」
「ボス? それは誰だ? あのファルスの男、アジェの番か?」
「詳しくは申し上げられませんが、それに準ずる方……とだけ申し上げておきます」

 だとするとこの声の主はファルスの人間、メリア人でないだけマシとはいえ信用できない事に変わりはない。

「お前は俺に何をさせたいんだ?」
「特に何も。ただアジェ様の身の安全を考えてくださっているあなたは信用できると私は考えています。あなたも現在身動きが取りづらい様子でしたので、少しでもお手伝いできればそれがアジェ様の身の安全に繋がると思っただけです」
「俺は先生を守るので手一杯だ、アジェにまで手が回るか分からない……」
「できる範囲で結構です、私共には仲間が必要なのです」
「共? お前達は複数いるという事か?」

 相手はうっかり口を滑らせたとでも言うように沈黙を落とした。

「まぁいい、こちらとしてもお前の意見には同意だ。だが、もしお前達がこちらに仇なす場合は覚悟しておけよ、草の根分けてでも探し出し縛り首にしてやるからな」
「あなたがアジェ様を大事に思っていてくださる間はそれはありませんよ。ただこちらとしてもアジェ様に身の危険が迫った場合はなりふり構ってはいられない可能性がございます、それだけはご了承願いたい」
「ふん、アジェはそんなに大事か?」
「ボスにとってアジェ様は家族のようなもの、家族を守りたいと思うのは当然です」

 家族のようなもの? あのエドワードの手の者だと言うのならそれも分からないでもないが、ボスというのはエドワード本人ではなさそうで、エリオットはその得体の知れないボスという人間を信用していいものか迷う。

「そのボスは我が国に害を成す人間ではないのだな?」
「ボスは本来ランティスにかかずらっていられるほどお暇な方ではありません。今回はアジェ様が巻き込まれた事での特別措置です、害を成すような事は決してしない」

 エリオットは「ふん」と鼻を鳴らす。
 どうやらアジェはファルスでずいぶん手広く何かをやっている人間に気に入られているとみえる。

「用がある時はどう呼べばいい?」
「今日のように声をかけてくだされば結構です、後はそうですね……この部屋にメモでも残して貰えればそのように動かせていただきます」
「王子の部屋にも入りたい放題か、まったく我が国の警備体制は杜撰な物なのだな」
「なんなら警備の穴もお教えしますよ?」
「事件が解決した暁には是非お願いしたいものだ」

 エリオットの言葉に声の主が微かに笑った気配が窺える。
 エリオットは何やらメモを書き付けて卵の中に入れ、その卵を窓辺へと置く。

「もう一度アジェに届けておいてくれ」

 窓から目を離し、しばらくするとその卵は姿を消した。
 どうやっても自分の前には姿を現す気はないと見える、だがそれでも誰も信用できない中少しでも使える者は使うに限る。
 ダグラスの家に向かわせた家臣の報告は芳しくない、何か少しでも証拠が残っていればと思っていたのだが、彼の家は荒らされた様子で証拠らしい証拠は何も残っていなかった。
 そしてそんな現場で家臣は何故か騎士団長ギマール・デルクマンの息子、リク・デルクマンとかち合ったらしい。
 考える事は同じ、と取るべきか、証拠隠滅を図るために彼が部屋を荒らしたと取るべきなのか判断が難しい。
 ギマールを信じているエリオットだったが、息子のリクは前線基地を点々とする勇猛果敢な騎士だった、それ故にメリアとの関わりも深く全く無関係と断言する事もできなかったのだ。
 彼はダグラス捕縛の一件にも関わっている、あの場に裏切り者がいたとは考えたくもないが疑惑の眼は摘みきれない。
 苛立ち紛れにエリオットはペンを取った。
 宛先はファルス王国にいるエドワード・R・カルネ、アジェの番だというのにはまだ少し納得いってはいないのだがエドワードがアジェ至上主義なのは見ていれば分かる。
 先程の声の主が何者かは知らないが、少なくともエドワードを知らない人間ではないようなので、手紙に封をし届けるようにとメモを添えた。
 内容は「さっさとアジェを迎えに来い」という喧嘩腰の内容だが、奴にはそれで充分だろう。
 その手紙は夜陰に紛れ翌朝には消えていた、全く得体の知れない者達だ。
 敵には回したくないな……とエリオットは1人呟いた。

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