運命に花束を

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君と僕の物語

挨拶の練習

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 夕飯時、帰ってきたクロードを捕まえて俺はクロードの親衛隊について彼に語って聞かせたのだが、案の定と言うべきかクロードは「そんな事ある訳がない」と首を振った。

「からかうのはよしてください、私がそのように人に好かれているなどという事実はどこにもありませんよ」
「まぁ、信じないのは勝手だが、お前はこのままで良いと思っているのか? 友達だって欲しいんだろう?」
「それはまぁ、そうなのですが……」

 クロードは戸惑ったようにそう言った。

「信じなくてもいい、まずは基本の挨拶からだ。お前、実は自分から話しかけるという事を今までしてきてないだろう?」
「そうですね、私が声をかけると皆さん迷惑そうにされるので……」

 迷惑と言うよりは萎縮しているだけなのではないかと思うのだが、もうここは何も言わない。

「朝は『おはよう』昼は『こんにちは』夜は『こんばんは』だ。この三言くらいならさすがのお前でも言えるだろう? 声をかけられるのを待つんじゃない、自分から言うんだ。返事を返してくれたら、後はお前の自由にしていい。話すなり、それでしまいにするなり好きにしろ、それくらいできるだろ?」
「私なんかに声をかけられて、皆さんのご迷惑になりませんか?」
「迷惑だと思う人間はきっと返事をしないから、そいつは無視して構わない。でも最初は驚くだろうから三回くらいは声をかけても良いと思う。三回声をかけて無視されるようなら脈がないから諦めろ。返事を返してくれた人間は少なくともお前に害意は持っていないはずだ」
「そんな簡単にいきますかね?」

 長年1人で孤独に過してきたクロードは、どうにも人間不信気味だ。
 「大丈夫だ」と肩を叩いても不安そうな声音は変わらない。

「あぁ、でもここでひとつ注意事項、話せたからと言って全部が全員善良な人間だとは限らない、そこは気を付けろよ」
「途端に難易度が上がりました……そんなのどうやって見分ければいいのか私には分かりません」
「ん~そうだな、だったら友達になれそうだと思ったらまずは俺かハウスワードさんに相談しろ。人となりを確認するから。それで友達が増えたら、その友達に相談していけばいい。駄目な人間は……まぁそれなりに排除されると思う」

 俺がやらずとも恐らく親衛隊とやらが勝手にやってくれそうだしな。
 少なくとも親衛隊に分別はあると思うのだ、俺は遠巻きにされていても嫌がらせを受けていないのがいい証拠だ。
そして親衛隊はクロードに近付く全ての人間を排除しようとしている訳ではない。
 クロードが認めた人間は悪い感情を持って近付きさえしなければ容認される、となれば話しは簡単だ、クロードの方から積極的に動きさえすれば問題はない。
 クロードと親しくなりたいと思っている人間は多分少なくないはずだ。

「どうだ? できそうか?」
「……正直不安ですが、やってみます。私もいつまでもこのままではいけないと思っていたのです」

 クロードの言葉に俺は頷き、いつでも空気のように部屋の端に控えているハウスワード執事も同じように頷いていた。
 自分はこんな事をしている場合ではないと思うのだが、もう乗りかかった船を下りる訳にはいかず、俺は親衛隊のボスとおもしき男の名前を出す。

「あなたが他人に興味を示すなんて珍しいですね、何故突然そんな事を?」
「その人どんな人なんだ?」
「私にとっては兄のような存在です。陛下もそうですが、兄の友人達は私を構ってくれる数少ない奇特な人達なので、大事な人です」
「お前とも幼馴染だと聞いたけど、違うのか?」
「幼馴染……そう言ってしまえばそうかもしれませんね、家もすぐお隣ですし」

 隣? と首を傾げる。
 クロードの屋敷は広い、勿論庭もアホみたいに広くて屋敷の中から隣家は見えない。

「そうですよ、知りませんでしたか? 元々この家は我が家の母屋だったのですが、兄が当主を継いで家庭を持つにあたり屋敷を新築してそちらに移ったのです。遺産の分配という事で私はこの屋敷を相続したのですが、私だけが一人ここに残され寂しい限りです」
「お前家を出されたって言ってなかったか?」
「はい、ですから家族から追い出されたという意味での家を出されたという発言でしたが、どこかおかしかったですか?」

 どうりで1人で暮らしている割に屋敷が大きいわけだ、明らかに1人暮らしをするサイズの家ではない。
 それにしても相続でこの豪邸をまるっと明け渡してしまうのも凄い話だ。

「はぁ、マイラー家っていうのは本当に大きな家なんだな。お前の兄ちゃんって何やってる人なんだ?」
「色々手広くやっていますよ。城の郊外に広大な土地を所有していますので、それを貸したり作物を育てて売ったりといった商売も勿論のこと、政治の世界にも顔が利くのでご意見番としても名が売れています。私と違って兄は有名人ですから」

 お前も充分有名人だから! という突っ込みはあえてしないぞ、どうせ言っても否定するだけだろうしな。
 それにしても第2騎士団長の家が隣家だったとは驚いた、隣とは数百mも離れているので隣家の家人と顔を合わせた事すらない、誰が暮らしているのかなど知りもしなかったし興味もなかった。

「その人に会えたりしないか?」
「ガリアスにですか?」

 男の名はガリアス・ゲイル、多分俺はまだ一度も会ったことはないはずだ。

「恐らく私が言えば会ってはくれるとは思いますが、先程も言ったように私にとっては大事な人です、喧嘩を売るような真似はしないでくださいよ?」

 すっかり喧嘩っ早い事がバレているクロードにそんな釘を刺されて苦笑する。
 別に話の分かる人物なら喧嘩をする必要もない、少し親衛隊について話が聞きたいだけなのだから「分かった」と俺は頷いた。
 クロードは今度は何を始める気なのかと少し眉間に皺を寄せている。
 ずいぶん人間らしくなってきていい傾向だな、うん。

「そういえば陛下がたまには顔を出せとおっしゃていましたよ。最近あまり城には行かれていないのですか?」
「親父の顔を見ると腹が立つ」
「それでもアジェ様について何か連絡があるかもしれませんし……」
「アジェは俺がここにいる事を知っている、親父に頼らなくても、連絡なら直接俺に寄越すはずだ」

 クロードは少し困ったような表情を浮かべた。
 そういえば今週アジェから手紙が来ていない、メルクードからここイリヤは遠い、手紙のやり取りにも時間がかかるのは当然で、それでも先週まで手紙は届いていたのに、そういえば今週に入ってその手紙が途絶えている。
 最後の手紙に特に気になるような事は書かれていなかったが、何かあった?

「アジェに何かあったのか?」
「いえ、特にそう言った話しは聞いていません」
「なんだ、焦らすなよ。だったら別に問題ない」

 手紙が来ないのもきっと大した理由はないはずだ、だって事件はもう解決しているのだから。

「でもそうだな、久しぶりに妹達に会いに行くのも悪くない。クロード、明日暇?」
「特に急ぎの用はございません」
「だったら城に行くぞ、ついでにお前も挨拶の練習だ」
「挨拶の練習……」

 途端にクロードが挙動不審になる。

「もう明日からなのですか?」
「先延ばしにしてどうするよ? やるからには即実行。ねぇ、ハウスワードさんもそう思いますよね?」
「私は旦那様のペースでいいと思いますが」
「またそうやってハウスワードさんはクロードを甘やかす。そんなんだからいつまで経ってもクロードは世間知らずなままなんですよ」

 俺の言葉にハウスワードは「私は旦那様が良ければ良いのです」と微笑んだ。
 そんな執事の様子に思う所があったのか、クロードは意を決したように顔を上げる。

「私だってできる時はできるのです。やらせていただきます、えぇ、頑張りますとも」

 その声音はやはり少し不安げだったのだが、俺はそのクロードの様子に思わず笑ってしまった。




 翌朝、俺とクロードは連れ立って城へと向かっていた。
 有言実行とばかりに、クロードは周りに挨拶をして回っており、道程は遅々として進まない。
 最初は驚いてこちらを見ていた人達も、クロードが目の合った人間に片端から挨拶をして回っているのを見ると皆我先にと寄って来て、挨拶を返していった。

「凄いですエディ、皆が私と話してくれます。こんなの生まれて初めてです」
「初日にしては上出来だな。その内挨拶だけじゃなく会話も出来るようになるさ、頑張れよ」

 俺がクロードの背を叩くと彼は嬉しそうに微笑んで、その笑顔を見た人々は何が起こっているのかという顔で皆顔を見合わせていた。
 中にはクロードを拝み始める年寄りやら、鼻血を吹出しそうなほど顔を赤らめる人々もいて、傍から見てるとおかしくて仕方がない。
 だがクロードはその反応ひとつひとつが嬉しいようで、笑顔の大盤振る舞い、さらに不審行動を起こす人間は後を絶たなかった。
 それにしてもこの調子だといつ城に着けるやら……
 ふと顔を上げると道の先に大きな背中が見えた、道行く人より頭ひとつ分大きなその体躯はよく目立つ。

「アイン団長!」

 俺が声をかけるとアインは振り向き、隣に立つクロードを見て固まった。

「アイン団長、昨日の約束覚えてますよね?」
「え? あ? あぁ、覚えてる」

 アインの挙動は街行く人より余程不審な動きだった。

「ほら、クロード」

 背中を叩くとクロードも少し緊張した面持ちで前に出る。

「おはようございます、アイン騎士団長殿」
「あぁ、おはようございます。クロード・マイラー騎士団長殿」
「何それ、なんで2人共そんなに堅苦しいの? クロードはアイン団長とは同僚だろ? もう少し砕けた話し方でよくないですか?」
「エディ、それはアイン騎士団長殿に失礼ですよ」
「いや、こちらこそ恐れ多くて……」

 アインはむにゃむにゃと語尾を濁して逃げ腰だ。

「アイン団長、約束!」
「や……そうなのだがな、これはもう長年培った習慣というかなんと言うか……」
「クロードも、俺はアイン団長はお前と友達になってもいいと思ってる」
「え? 友達ですか? でも私はアイン騎士団長殿には嫌われていると思うのですが……」

 何をどう勘違いしてそう思っているのかと俺は盛大に溜息を吐く。

「クロードはこう言ってますけど、アイン団長はクロードの事、友達にできないほど嫌ってたりします?」
「とんでもない! 滅相もない!!」

 アインは首が千切れ飛ぶのではないかという勢いで首を振って否定する。

「エディ、アイン騎士団長殿に無理強いはよくありません」
「無理強いじゃないって、ねぇ、アイン団長?」
「そうです、そんな無理強いなんて滅相もない」

 それでもやはり大きな体躯は逃げ腰で呆れてしまう、ホントなんなんだろうこの人達。っていうか、俺を挟まず会話しろ、お前達。

「もう何でもいいからクロード、まずは本人にちゃんと聞け。友達欲しいんだろ?」

 ぐっとクロードは言葉に詰まってアインを見上げる。
 そしてアインはアインで見詰められて挙動不審に瞳を逸らした。
 なんか、告白現場に居合わせているようで居たたまれないのはなんでなんだろうな……
 俺達の会話を何故か回りも固唾を呑んで見守っていて、どうにも居心地が悪い。

「ほら、クロード、早く言えって」
「あ……あの、アイン騎士団長殿、私と友人になって貰えませんか?」

 語尾が小さくなって最後の方は聞き取りづらかったが、なんとか言い切ったクロードはアインを見上げて小首を傾げた。
 うん、なんかそれ、あざといな。
 アインは顔を真っ赤にして首を縦に振る、言葉は出てこないようだ。

「あの……それは、了承と受け取ってもいいのでしょうか……?」
「あ……あぁ、勿論私なんかで良ければ喜んで」

 なんとか声を搾り出したアインの言葉に、クロードはぱぁっと笑みを零した。

「エディ、了承ですよ。凄い、アイン騎士団長殿と友達になれました!」
「良かったな、ほらやればできるじゃないか……ってアイン団長大丈夫ですか?」

 アインは何故か顔を覆って蹲っている。

「ちょっと激しく動揺した……大丈夫、すぐに治まる……」

 押さえた顔が真っ赤なのばればれだけどな。
 っていうか、傍観していた周囲の人間も羨望の眼差し半分、アイン同様うろたえる人間続出で笑うしかない。

「アイン団長、こんな所で立ち話もなんなので、私達と一緒に城に行きませんか?」
「城に? 何か用があるのか?」

 アインはどうにか動揺を隠して立ち上がる。

「城に家族が居るんです。会いに行こうと思ってるのですけど、一緒にどうですか?」
「なに!? それはもしかしてブラック・ラング様もいらっしゃるという事か!?」
「え? えぇ、まぁ暇ならいるんじゃないですかね」

 正直親父に会う気はさらさらなかったのだが、アインの顔が急に喜色満面笑みを見せたので、俺は思わず頷いた。

「伝説の剣豪にお会いできるとは夢のようだ! 是非ご一緒させていただきたい」

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