運命に花束を

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君と僕の物語

動き出す歯車①

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 僕の名前はアジェ。
 今僕はランティス王国の国王が住む城で幽閉されています。
 どうしてこうなってしまったのかよく分からないのだけど、どうやら僕はメリア王国からのスパイだと思われてしまったみたいです。
 僕、メリアなんて行った事もないんだけどな……
 幽閉とは言っても牢に入れられる訳でもなく、部屋を与えられ食事も与えられている、出来ないのは外出くらいで、特に不自由はないんだけどこの何もない部屋で一人で過すのはとても退屈です。
 毎日のように顔を合わせていた兄や弟にも勿論会えなくなって、なんのいい訳もさせて貰えなかったのは少し悔しいかな。
 もしエリオット王子やマリオ王子が大臣の言う事を真に受けてしまったら……と思うと悲しいです。
 部屋の中には時間を潰す為の多少の本が置いてあって、そのページをぱらぱらとめくりながら考えてしまうのは大好きな人のこと。
 あの時エディの言う事を聞いてファルスに帰っていたらこんな事にはならなかったのに……
 無闇に事件に首を突っ込むなって言われたけど、また事件には巻き込まれてしまったみたいで、エディの怒る顔が目に浮かぶようだよ。
 でも僕はまだいい、こんな状況でも特に不自由のない生活だ。
 でも糾弾されたあの時、僕と一緒に捕らえられてしまった伯父ギマールの事が心配で仕方がない。
 伯父は本当に何もしていないのに、僕とグノーが伯父の家にお世話になっていたばっかりに巻き込んでしまった。
あまり無体な扱いを受けていなければいいと思うのだが、今の僕には彼等の動向はまるで分からない。
 僕の周りで何か事件は動いているのに、僕は何も分からない、それがどうにももどかしくて仕方がなかった。


  ※  ※  ※


「くそっ、なんでアジェに会ったら駄目なんだ! そもそもなんでアジェが幽閉なんかされないといけない!!」

 僕の双子の兄、エリオット王子は憤慨していた。
 詰め寄られた国王陛下は渋い顔で呻くばかりで明確な返答を返してはくれない。

「父上! 父上がそんなだから、大臣が図に乗って次から次へと妙な事を言い出すんだ! もっとはっきりアジェはメリアとは関係ないって明言すれば!!」
「うむ……だがな、それでもウィリアムの言う事にも筋は通っている。彼は今まで我が国の為に働いてきてくれた実績もある、それこそこの国の事は私よりも詳しいくらいなのだ、そんな彼の意見を無碍にはできん」
「でも、アジェは絶対メリアのスパイでなんかありえない!」
「ううむ、それは私もそう思っているのだがな……」

 煮え切らない言葉を返す父親に業を煮やしてエリオットは踵を返した。
 なんだか雲行きが怪しい。
 カイルは自分の手の内で囲うように守っているが、いつの間にか弟であるアジェが捕らえられていた。
 あの事件の時、一緒になって尽力してくれたアジェの伯父である我が国の騎士団長、ギマール・デルクマンもアジェと同様にメリアのスパイとして捕まってしまっていると言うのもどうにも納得がいかない。
 城を守護する役目の人間が立て続けに二人も捕縛されてしまったら城の警護だとて現在手薄になってしまっているのではないのだろうか?
 ダグラスは実際自分を殺そうとした、その殺意は明確で疑う余地もなかったが、ギマールの話しはどうにも納得がいかない。
 そもそもアジェを疑っていないエリオットにとってギマールは完全にこちら側の人間だとしか思えないのに、大臣のウィリアムはそれがまるで分かっていないようで唇を噛む。
 王子王子と言われていても自分がこの城で行使できる権限などしょせん雀の涙程度、何もできない自分が悔しくて仕方がなかった。
 荒々しく部屋に戻ってきたエリオットにカイルはベッドの上からおどおどとした表情を見せる。

「王子、何かあったのですか?」
「あぁ……いや、お前は何も心配するな。お前だけは俺が全力で守る」
「また何か起こっているのですね?」
「先生は何か知っている事はないか? この国を陥れようとしている人間に心当たりは?」
「ダグラスに命令を出していた人……ですよね。僕はその具体的な人間をまるで教えられてはいないのですが、ただひとつダグラスは元々メリアの出身だという事を聞いた事があります。メリアの人間が何故今のような立場に立てたのか? それが僕は不思議だったのですが、彼をこの国に引き入れた人間、そんな人がいるのならその人が一番怪しいのではないでしょうか?」
「ダグラスがメリアの? そんな話聞いてない……」
「私も偶然知っただけなのですがね、彼の持っている品に描かれた紋章が見慣れないもので、何処の紋章か調べてみたらそれがメリアの貴族の物だったのです。それを尋ねてみたら元々の出自はそちらだと教えられました」

 エリオットは顔を上げる。
 ダグラスの家、部屋、何処かにまだ証拠が残っている可能性が有る!

「ありがとう先生、少し探ってみる!」
「無茶はしないで下さいね、王子。あなたはまだ狙われている可能性が高い」
「分かってる、先生は何も考えず傷を癒す事にだけ専念していればいい」

 エリオットの言葉にカイルは瞳を翳らせた。

「そもそも僕はこんな所で王子に守られていられる立場ではないのですよ、私は犯人側の人間なのですから……」
「被害者である俺が加害者であるお前を許したんだ、第三者が何を言おうが関係ない。俺の力なんてこの国ではまだたかが知れている、それでも先生だけは俺が守ると決めたんだ、大人しく守られておけ」

 そう言ってエリオットはまた踵を返す。
 「自分以外の人間を絶対部屋に入れるな」と王子は部屋を後にした。カイルはそれをただ少し困ったように見詰めていた。


  ※  ※  ※


「……兄、ねぇ、リク兄ってば!」

 名前を呼ばれている事に気付かず、物思いに耽っていたリクの肩を弟のマルクが揺さぶる。

「あぁ、マルクか……なんだか久しぶりな気がするな」
「気がするんじゃなくて、久しぶりなんだよ。リク兄大丈夫? 顔色悪いよ?」
「それはこんな状況で元気はつらつとはいかないな……」
「父さん、まだ帰ってこないの? 一兄も?」
「あぁ、どっちもまったく消息が掴めない。親父が城にいるのは間違いないが、まったく会わせて貰えないんだ。何が起こっているのかまるで分からない……」

 久しぶりにあった三男にそんな言葉を返してリクは溜息を吐く。
 父であるギマールとは城で別れたあの時からまるで連絡が取れない。
 騎士団のツテを伝って繋ぎを取ろうとしても、誰も彼も詳しい事情は分からないと困惑顔で首を振るばかりで埒が明かない。
 上司に問い詰めてみても、難しい顔で「今は会わせられない」の一点張りでこちらも話にならない。
 メリアのスパイとして疑われているとあの時王の近衛兵は言っていた、まさか本当にそんな事が?

「そういえばカイルさんはどうなったんだ?」
「う~ん、なんか今は城から出られないみたい。大怪我したんだって? 捕まったと思ってたらなんか違うっぽくて、でもしばらく帰れないって連絡はあったみたい。怪我はもう大丈夫みたいでカイルさんは安全そうだから久しぶりに家に帰ってきたら、自分の家が全然大丈夫じゃなかった」

 少し困った風ではあるのだが、それでもマルクは笑みを見せた。なんだか彼のその屈託のなさが今は少しだけ心強い。

「ナディアは? リングス薬局の方は特に何もないのか?」
「いつも通りだよ。ナディアも仕事に復帰しないとって言ってたんだけど、それは何故か上の方から止められたみたいで家にいる」

 兄であるカイルが公にされていないとはいえ王子暗殺未遂の実行犯の一人である以上、その措置は妥当とも言える。
 そして今我が家も家自体が疑われているのだろう、自分に対しても同僚の態度がよそよそしい。
 中には自分やその家族を心配して顔を覗かせてくれる同僚もいるが、どうにも風当たりが強くなっているのをリクは肌で感じていた。
 マルクはそんな事は一切感じていないのかけろっとしているが、リクはこの街に居心地の悪さを感じていた。

「ねぇリク兄、カイルさんはなんで捕まったの? 王子暗殺未遂って結局何があったのか知ってる?」
「あぁ……お前は何も知らないんだな」

 リクは自分の知っている範囲で事の次第を説明すると、マルクはようやく今自分達が置かれた立場を理解したのか眉間に皺を寄せた。

「なんか言ってる事デタラメばっかり! そんな事言ってるの誰?」
「さて、な。うちの親父を糾弾したのは大臣らしいが、大臣自体も傍から聞いた情報で動いているだけだからな。やっぱり疑わしいのはあの王子の双子の弟? 実はあの事件も城に乗り込む為に起こした事件だったのかもしれないし……」
「アジェはそんな奴じゃないよ!!」

 マルクが怒鳴った事にリクが驚く。
 いつも能天気な弟は怒るという事をほぼしない、兄もそうだがいつもへらへらと笑っていて我が家のお気楽担当とリクは認識していたのに、そのマルクが怒った事に驚いてしまったのだ。

「アジェはそんな大それた事考える奴じゃない、グノーさんだっていい人だったよ! そもそも一兄が選んだ人が悪い人のわけないだろ! 一兄のそういう人に対する勘の良さは次兄だって知ってるだろ! 二人をこの家に連れてきたのは一兄だよ、そんな悪巧みをするような人間だったらそもそも一兄は連れてこない!」

 確かにマルクの言う事は一理ある。
 兄は幼い頃から鼻が効く。それは物理的にではなく感覚的に、人の良し悪しを匂いで嗅ぎ分けるのだ。
 どれだけ外面良く隠しても兄のその感覚の前では誰も嘘は付けない、それを顔には出さずにっこり笑って駄目な人間は遠ざける、兄はそういう人だった。

「でもだったら、なんで兄さんは姿を消した? 一体何処へ行った?」
「俺が知る訳ないだろ。それが分かれば苦労しないよ」

 二人は難しい顔で顔を見合わせてしまう。

「俺、ナディアの所戻るよ。こんな話聞いたらやっぱり心配」
「我が家はどうでもいいのか? そっちよりも今は我が家の方が大変な状況なんだぞ?」
「リク兄がいるだろ? こっちは任せるよ」

 またそれか! 父といいマルクといい、任せると言われて一体俺に何が出来る!?
 リクは眉間に皺を寄せた。

「それに俺ちょっと気付いちゃった。父さんを糾弾したその大臣、怪しいよね?」
「は? 今の話でなんでそうなる?」
「俺の友達、一人大臣の屋敷で働いてる奴いるんだよ。職場環境悪いみたいでさ、よく愚痴聞いてるんだけど、聞いた事あるんだよね、時々怪しい人間が訪ねて来る事があるってさ。もしかしたらメリアの人間かもしれないって言ってた事あるんだよ。話半分にしか聞いてなかったけど、ちょっとそれもちゃんと聞いてくる」
「は? え?」

 マルクの爆弾発言にリクの思考が止まる。
 大臣が? どこかでメリアと繋がりがある……?
 じゃあと手を振って行こうとするマルクに「そいつの話を聞いたら結果報告は必ずしろ」と釘を刺す。
 お喋り好きなこの弟には、やはり友人もお喋り好きな人間が多い事は知っていたが、まさかそんな情報が無造作に落ちているとは思わなかった。
 「分かった」と頷いて弟は小走りに駆けて行き、リクはその背を見送りながらウィリアム・メイス大臣の顔を思い出す。
 さすがに係わりはほぼないのだが、ウィリアム大臣は父であるギマールをあまり好いてはいない事をリクは知っていた。
 言わば国の中では武官と文官のトップ同士だ、意見の衝突もたびたびあったのだろう。
 父はそう言った愚痴のようなものを零す人ではないので大臣に対してこちらは何の感情も持ってはいなかったのだが、あちら側の態度はあからさまだった。
 何かの折に大臣に会った時、最初は普通に接していたものをリクがギマールの息子である事を知った途端、大臣の態度は一変して冷たくなった。
 その態度の豹変には驚いたし、子供のような態度を取る人だなと驚きもしたのだ。

「ウィリアム・メイス……」

 少し調べてみるかと、リクは重い腰を上げた。
 幸いと言うべきか、現在仕事は半分干されているような状況だ、時間は幾らでもあった。


  ※  ※  ※


 ギマール・デルクマン騎士団長は牢に入れられ呻いていた。
 執拗な尋問にもギマールは答えられるような回答を持ち合わせていない、そもそも事実無根の疑いなのだから当然だ。
 自分を尋問してくる者達も見知った顔ばかりでお互いやり難くて仕方がない。
 最初のうちはまだ気も張っていたのでどうという事もなかったのだが、これが2日3日……一週間と日を重ねていくにつれ心は少しずつ折れていった。
 自分は何もしていない、なのに疑いが晴れる気配がまるでないのだ。
 ギマールの元を訪ねて来る者は様々だった、中には「あなたは決してそんな事をする人ではない、必ず無実を証明するので待っていてください」と耳打ちをして、大した尋問もせず去っていく者もいた。
 ギマールにとってはそういった者達の存在が唯一の心の支えになって、なんとか平静を保っている状況だった。
 あぁ、それにしてもどうにも体調がすぐれない。
 ギマールは自分の体が何かに蝕まれていくように動きづらくなっている事を自覚していた。
 ダグラスは牢の中で変死体で見付かったのだ、自分も誰かに命を狙われている可能性は否定できない。
 このまま自分がここで死ねば、自分は事件すべての罪を着せられて、この件は闇に葬り去られるのではないかとギマールは危惧していた。

「何か話す気になったかね、ギマール・デルクマン騎士団長殿」
「生憎と話せるような事が何もなくてね」

 ウィリアム・メイス大臣は気紛れにギマールの元を訪れる。
 完全に見下したような瞳でこちらを見やる彼の心の内は見えないが、ここ最近彼の匂いが濁っているのをギマールは感じていた。
 元々いい感情は持っていない、ウィリアムは若い頃からギマールを眼の敵のようにして嫌っていたので、こちらから歩み寄ってやるつもりはなかった。
 それでも国を思う気持ちは同じだと思っていたし、大臣として政務を怠るような人間ではないと思っていたので気にしないようにしていたのだが、どうにも彼の自分への敵意が肌を伝うように纏わり付いてきて気持ちが悪い。

「何もという事はないのではないですか? あなたは何かを知っているはずだ」
「何を根拠にそんな事を言っているのか分からないが、私は今まで話したこと以上の話しは何も知らない。メリアに知り合いもいない」
「メリアの人間を家に連れ込んでおいて? その者を息子と共に行動させているのでしょう? そやつを連れてくればあなたの疑いもすぐにでも晴れるのでしょうに何故隠すのですか?」

 いやらしい笑みだ。本当に胸糞悪い。

「隠すもなにも私は彼の事は何も知らない。アジェ王子の旅の供、それ以上の情報を私は持ち合わせていない。彼は確かにメリア人だと言ってはいたがメリアのどこから来て、どこへ行ったのか私には分からない」
「グノー……とか言っていたな、本当に何も知らないのか? では息子は?」

 ナダール……一番おっとりしていて一番温和な長男が何も言わずに彼と消えている。
 そこにどんな事情があったのかギマールにはまるで分からない、ギマールは息を吐いて首を振る。

「もうとっくに成人済みの息子の動向を、端から端まで把握している父親なんていやしない」
「ではその息子さんがメリアと繋がっていた可能性は?」
「うちの長男は争い事を好まない。戦地に行った事もなければここメルクードを出た事すらほとんどない、ましてや今までにメリアに関わった事など一度もないはずだ」

 ウィリアムは目を細める。

「ではあなた達家族はそのメリア人の素性は何も知らない……と?」
「最初からずっとそう言っている」

 何度も何度も同じ事を繰り返し聞かれても、知らないものは知らないのだから答えが変わる事もない。

「ふぅむ、困りましたなぁ」
「困っているのは私の方だ。こんな事実無根の罪を着せられ、何日も拘束されて、私は何もしていないし何も知らない。彼の事を詳しく知りたいのであれば私に聞くよりアジェ王子に聞いた方が早い」
「王子にも丁重にお伺いさせていただいているのですがね、王子自身も何も知らないと言い張るのですよ。ファルスからやって来たとはいえ、国王陛下のご子息にキツイ尋問もできず、こちらとしても困っているのですよ」

 それもそうだろう、本当に何もかもが事実無根でこんな事は茶番でしかないのだから。
 赤毛の男が関わった事件そのものが狂言であった以上、犯人は赤毛の男である可能性は低い、そこにうちの客人を絡めて罪を被せようとした所で決定的な証拠が出るわけもない。

「ダグラスの身辺は調べているのか?」
「あぁ、あの殺されたあなたの部下ですか。それは勿論、彼の事は隅から隅まで調べているが有益な情報は何も出てきませんでしたよ。部下であるダグラスの事であなたが知っている事はないのですか?」
「ダグラスは優秀な部下だった、まさかあんな事をするような人間だとは思っていなかった」
「メリアとの関係を疑うような事は?」
「そんな事はあの時まで考えもしていなかった」

 ウィリアムは何かを確認するようにまた目を細め頷いた。

「ふむ、そうですか。あなたはなかなか牢の居心地がいいとみえる、罪は早めに認めてしまった方が楽ですよ?」
「な……私は何もしていないし知らないと何度も!!」
「私も国王陛下もあなたには失望しているのです、これ以上私達を失望させるような態度は潔くありませんぞ。一国を背負った騎士団長がそのような逃げ口上ですべてを免れるとお思いですか?」
「やってもいない罪を被る事が潔いとは思えません」

 「そうですか」とウィリアムはまた目を細めて立ち上がった。

「せいぜいそうやって虚勢を張っていればいい、その虚勢いつまで持ちますかな?」

 見下すような表情でウィリアムはギマールの元を去っていく。
 それをギマールは拳を握って耐えるしかなかった。


  ※  ※  ※


 大臣ウィリアム・メイスはふんと鼻を鳴らして私室へと向かう。
 本当に昔からあの男ギマール・デルクマンは気に入らないのだ。いつでも清廉潔白な顔をして、正論をぶつけてくる。
 こんな時まで弱音らしきものは一切吐かず断固とした態度を取り続けるのにも腹が立つ。
 お前はもう一生その牢から出る事は叶わないと鼻で笑ってやりたかったが、まだそれをやるのは時期尚早、もっと磐石に地盤を固めてからでも遅くはない。
 それにしても上手くいかない。
 この国を乗っ取るつもりで長い年月をかけて少しづつ積み上げてきた物が、ようやく身を結ぼうとしているこのタイミングで面倒くさい人物が現れた。
 それが、ファルスの田舎からぽっと現れた、エリオット王子の双子の弟、アジェ王子だ。
 どういうつもりで王が王子を呼び戻そうと思ったのか分からないが、始末する人間は一人でも少ない方がいいと差し向けた刺客にもことごとく抵抗し、彼はここまでやってきてしまった。
 不審死は相手の警戒心を高める、あえて少量の毒を盛り続ける事で衰弱死を狙っていたエリオット王子はその謀略に気付き身辺を固めてしまった所に、捨てられたアジェ王子が戻ってきた事で事件の一端まで暴かれてしまい臍を噛む。
 こんな事になるならいっそ一思いに殺しておけば良かったのだ。
 事が露見したらいけないとダグラスは早々に処分したというのに、その下の子飼いがなかなか処分できない。
 奴は何も知らないとは思っているが、不安の目は摘み取っておかなければ計画に支障が出る可能性がある。
 実行犯を務めていたダグラスの子飼いの部下、カイル・リングスは何故か今エリオット王子が手の内に囲うようにして守っていて手が出せず、ウィリアムは少し苛立っていた。

「連絡は?」
「計画は速やかに実行せよ、とだけ」
「ふん、毎度同じ文句だな、出来るものならとっくにやっている。あちらは代替わりをしてからどうにもやりづらくていかん、新しい王はぼんくらなのか賢人なのかもよく分からん」

 ウィリアムのランティス乗っ取りの計画はそれはもう長い年月をかけて少しづつ着実に組み立てられてきた計画だった。
 王や周りの人間に気付かれないように長い年月をかけて手駒を増やし続け、今となってはどこの部署にも自分の息のかかっている人間がいない場所などない。
 国王陛下が確固たる信頼を置いている近衛部隊でさえ間者は入り込み、その情報は逐一報告されてくる。
 いわばこの国の動向はすべて自分の掌の上だった。
 それにも関わらず、あの王子の双子の弟が現れてからどうにも様子がおかしい。
 何がどうという訳ではないが、時々妙な違和感を覚える。
 そもそもがあの王子、懐柔しようと近付いたウィリアムを避けるように最初から当たり障りのない必要最低限の接触しか持とうとはせず、扱いづらくて仕方がなかったのだ。
 上手い具合に疑惑をかけて閉じ込めてやったが、何やら兄であるエリオット王子も最近はこちらを不審げな顔で見てくる。

「本当に煩わしい小童どもが」

 メリアの新しい王もさして歳を重ねていない若造だ。
 それでもこの計画に長年金と人材を出し続けてきたのはメリア王国だった。
 数年前、前国王が現国王の謀反にあって失脚した時にはどうなる事かと思ったが、代が変わっても別段メリアからのこちらへの扱いは変わる事はなかった。
 幾分か昔ほどやる気は見られなくなったが、やるならさっさとやれ、金は惜しまないというスタンスは変わらない。
 こちらにもこちらの事情がある、着実に成果は上げているのだからとやかく言われたくもない。
 この計画が成功して王家を処分してしまった暁にはこの国はメリア王国と統合されるだろうが、その時点でのランティスの支配権は自分に委ねられる事は確約されている、すべての不穏分子は取り払って計画の失敗は許されない。
 だが、逆に考えれば今は好機なのかもしれない、騎士団の副団長であったダグラスが捕まった事で騎士団長であるギマールに罪を被せる事ができた。
 騎士団は城の守護の要、その長が捕まり副団長の一人は死んだのだ、動揺は隠しきれず騎士団の内部がごたついている事は知っていた。
 騎士団が結束を取り戻してしまう前に事を起こすのもいいかもしれない……ウィリアムはほくそ笑む。
 自分は長年日陰の身で努力してきた、もうそろそろ陽のあたる場所に出る時期が来たのではないだろうか?
 それはなんだかとてもいい案のように思われてウィリアムは思考を巡らす。守護のない城など落とすのも容易い、だがその為にはもっとたくさんの人間と武器が要る。
 ウィリアムは手紙をしたため部下に手渡す。

「くれぐれも見付かる事のないようにな」

 その封書を受け取った男は頷いて身を翻す、長年の悲願が叶う時がきた。
 ウィリアムは勝利の確信に酔って高笑った。


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