運命に花束を

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君と僕の物語

兄弟との語らい

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「なんであいつと帰らなかった! お前は馬鹿か!!」

 僕と同じ顔をした双子の兄は僕の顔を見てそう怒鳴った。
 ふふふ、そんな風に怒ったってもう怖くないよ、あなたが優しいのはもう分かっちゃったからね。

「駄目だよ王子、寝込んでる人の前で騒ぐの良くないと思うなぁ」
「意識が戻らないんだ、騒いで起きれば万々歳だろ!」
「あぁ、そっかぁ。じゃあもっと騒いでみる?」

 にっこり笑ってそう言うと、王子は呆れたように溜息を零して、またベッド脇の椅子に腰掛けた。
 ベッドに寝ているのはカイルさん。
 ダグラス・タッカーに刺された傷は深く、まだ意識を取り戻さない彼の顔色は悪い。そんなカイルさんに付きりで僕の兄、エリオット王子は彼の看病を続けていた。とは言っても意識を取り戻さないカイル相手にできる事など限られていて、王子はただずっと彼を見詰めている。
 僕も椅子を持ち出して王子の横に座ると、彼はちらりとこちらを見てまた溜息を吐いた。

「お前は大人しいだけの人間かと思ったら意外とそんな事ないな、あいつも大概根性座ってると思ったけど、お前も大概だ。まだこの国はお前にとって安全なのかも分からないのに」
「でもダグラスさん捕まったし、あの人何か知ってそうだったから、きっと後は伯父さん達が解決してくれるよ」
「そう上手くいけばいいがな……」

 エリオットは眉間に皺を寄せる。

「王子はもう体調は大丈夫なの?」
「あぁ、全く問題ない。最近はこいつに渡された薬も飲んでなかったしな……」
「カイルさんの?」
「そう。完全に疑ってた訳じゃなかったけど、少しだけ気になっていた。こいつのくれる薬を飲んだ後は少しばかりいつも体調を崩していた。疑いたくはなかったが、疑わざるをえなかった」

 好きな人に毒を盛られる……それはどれだけ辛い事だろう、裏切られていた事が分かってなお王子はこうしてカイルの看病を続けている。
 そしてカイルも裏切りながら最後まできっと躊躇い続けたのだろう。

「早く意識取り戻すといいね」
「あぁ、そうだな」

 王子はふと顔を上げて僕の首を見やる。

「お前、あいつと番になったんだな」
「え? あぁ、うん、そうだね。ヒートがきたら番になるって小さい頃からの約束だから」

 僕がエディに噛まれた項を撫でてそう言うと、王子はまた不機嫌そうに眉間に皺を寄せた。

「お前あの時、まだ番になってなかっただろう?」
「うん、あの後すぐだよ。僕あの時ヒート起こしたの王子も気付いただろ?」
「俺はΩの匂いはよく分からない」
「え?」

 僕は驚いて王子の顔を見やる。

「αの匂いは分かる、でもΩの匂いがよく分からない。分かるのは先生のだけだ」

 自分自身バース性の人間のフェロモンを嗅ぎ分ける能力がほぼ無いので、それは言ってしまえば僕達の体質なのかもしれない。

「そうなんだ……実は僕も匂いが分からないんだ。はっきり分かるのはエディとエディの育てのお父さんのブラックさんだけだよ。そんな所も僕たち似てるんだね」
「あの時お前の周りからは幾つもαの匂いがしたのに、なんであいつだったんだ?」
「なんでって言われても……エディ以外の人と番になる事なんて考えた事もないよ。そういえばあの時エディがあそこにいたから良かったけど、僕あんな所でヒート起こして危なかったよね。初めてのヒートだったから勝手も分からなかったし」
「悪かったな、そんな事になるとは思わなかった。もうそれは大丈夫なのか?」
「うん、本当なら一週間くらい続くはずなのにね、一日で終わっちゃった。助かったけど、なんかやっぱり僕Ωとして欠陥品なのかもって思っちゃうよね」

 僕の言葉に王子は更に眉間の皺を深くした。

「自分の事、欠陥品なんて言うな」
「だって、実際僕は限りなくβに近いΩだよ。匂いも分からない、ヒートもこない、来たと思ったら一日で終了。僕自身の匂いも凄く薄いらしいし、それならいっそβに生まれた方が気持ち的に楽だったなんて思っちゃうよね」
「そしたらあいつとは番にはなれなかったぞ」
「そうだね、確かに。僕が限りなくβに近いΩでも、Ωだったからエディの傍に居られる……そう思ったらΩで良かったのかな。子供生めなかったら、また考えないといけないかもだけど」
「なんだ、あいつはそんな男なのか? 子供を生めないからって出来損ない扱いするような男ならさっさとやめちまえ。そんな男にお前を嫁に出す気はない」
「あはは、エディはそんなこと言わないよ、気にしてるのは僕だけ。そんなに子供が必要だと思うなら意地でもお前が生めってそう言われちゃった。エディは領主様になるんだから跡継ぎは大事なのにね」

 エリオットは片眉を上げて、複雑な表情を見せる。

「跡継ぎは大事、か。そういうの、本当に面倒くさいよな……」

 王子の言葉に首を傾げてその顔を見やれば、また王子はカイルの寝顔を見詰める。

「こいつもお前と同じ事を言ったよ。自分はなりそこないのΩで子供を生めるかも分からない、そんな自分に俺の相手は務まらない、ってさ」
「……そうなんだ」
「そもそもが年上だし、男だし、身分的にも釣り合いが取れないって泣くんだよ。そんな事はどうでもいいって言うんだけどな」

 僕もカイルさんを見やる。この人も僕と同じなんだ、Ωである事に悩んで『運命』の相手を想って泣くんだなと思うと、僕を殺そうとした事すらもそうせざるを得なかったのかと思えてしまう。
 元々僕は不思議とカイルさんを憎いとは思えなかったのだ、それは双子の兄の気持ちが自分に流れ込んできているかのように、僕は彼の無事を祈っている。
 目が覚めたらちゃんと話してみたい、きっと彼とは色々な話が出来る。
 グノーが僕を気遣ってくれたように、僕も彼には優しくしたかった。

「王子は本当にカイルさんの事が大好きなんだね」
「俺の『運命』だからな」
「そうじゃなかったら、好きにならなかった?」
「どうだろう……でも俺は思ってる、こいつをΩに変えたのは俺自身だ。先生が俺の『運命』だったら、せめてαと番えるΩだったらってずっと思っていた、思っていたら先生はΩに分化した、だからきっと俺の想いがこの人の体をΩに変えたんだ」
「だから王子はずっと自分が変えたって言ってたんだ。でもそんな事ってあるのかな?」
「稀にあるらしい。文献にもあった、力の強いαは気に入ったβを稀にΩに変える事があるらしい……ってそれだけの短い文章だったけどな。俺はそこまで自分が力の強いαだとは思っていない、でも先生がΩに変わった時、きっとそれは俺のせいだと思ったんだ」

 そのくらい最初からカイルさんへの王子の想いは強かったのか、と改めて思う。

「そう言えば、お前はさっきから俺の事を王子王子と呼ぶが、言っておくがお前も王子なんだからな、俺の事は名前で呼べ」
「えぇ、名前? エリオット王子?」
「だから王子を付けるなと言っている」
「えっと、じゃあエリオット兄さん?」
「双子で兄も弟もないだろう、エリィでいい、母もそう呼ぶ」
「エリィ? エリィ、エリィ……なんだかエディと似てる」
「そりゃそうだろ、元々対なんだから」

 あぁ、そうなんだ……エドワードとエリオット、確かに言われてみればそうなんだと納得した。

「えへへ、エリィ……ふふふ……僕、兄弟いなかったからちょっと嬉しい」
「まだもう一人弟もいるぞ」
「あ……そう言えばそうだっけ? 確か名前……」
「マリオ」
「そう、マリオ王子! 弟かぁ、ふふふ」

 にやにやするなと小突かれるのだが、どうにも笑みが止まらない。

「お前はいつも笑ってばっかりだな」
「アジェだよ、エリィ! そっちこそいつも怒ってばっかりだとそのうち眉間の皺そのまま顔に刻まれちゃうんだから!」

 うっせ……とエリオットは拗ねたよな照れたような顔でそっぽを向いた。



 こんな風にして僕達二人はだんだんと距離を縮めていき、時は一週間ほどが過ぎていた。
 最近ではそこには弟のマリオ王子が加わって、病室は病室とは思えない程賑やかになっていた。
 マリオ王子が僕達二人を最初に見付けた時には「兄さまが二人……?」と戸惑い顔だったのだが、二人揃ってお互いの真似をしあってからかっていたら、その内すぐに馴染んでくれた。

「今日はこっちがエリィ兄さま、こっちがアジェ兄さま!」
「ぶぶーはずれ、僕はアジェだよ」
「もう、また間違えた」
「エリィからかっちゃ駄目だよ、僕が本物のアジェだよ、マリオ王子」

 二人でにっこり笑えばやはり区別がつかないのか、弟は「もう、どっちがどっち!」とやはり困惑顔ではあるのだが、なんだかそれがとても楽しかった。
 マリオ王子は僕達より5歳年下だ。
 くるくるぴょんぴょんと元気いっぱいだが、それはここ最近の事だという。

「たぶんマリオにも毒は盛られていたんだ。小さな頃から病がちで寝たきりの事も多かった、お前がきてマリオはずいぶん元気になった」

 そう言って王子は目を細めた。
 存外エリオットは世話好きで、弟の面倒をよく見ている。それはマリオ王子が兄さま兄さまとエリオットに懐いていく事からもよく分かる。本当に仲が良いのだ。
 あの時そのままエディと帰ってしまっていたら、こんな兄弟の語らいの時間はなかった。
 悪い人ではないと思いはしても、好きにはなれなかったかもしれない兄とその家族を僕は大好きになっていた。

「マリオ王子、今日はいい物持ってきたんだ」
「何? 何?」

 小さな弟は目をキラキラさせて寄って来る。
 病がちだったというだけあって普通の十歳前後の子供より多少小ぶりな体格のマリオは本当に幼く見えた。

「これ、なんだと思う?」
「んん? 卵?」

 僕は彼の手の上にグノーに貰った卵を乗せた。

「ただの卵じゃないんだよ。ふふふ、どうすればいいか分かるかな?」

 マリオは卵を両手で持って振ってみたり、こんこんと叩いてみたりするのだが、卵はびくともしない。

「これなぁに?」
「うふふ、底に押す所があるから、押してみて」

 王子は底を覗き込み、不思議そうな顔でそこを押した。
 グノーのからくり人形はまたいつものようにぱかりと割れてすまし顔の猫がくるくる回る。

「わ、わ、わ。凄い凄い、可愛い」
「でしょう、くるくる回って……」

 やはりいつものように猫はにゃーと鳴く。

「鳴いた、鳴いたよ兄さま! 凄い!!」
「これは……」

 目をキラキラさせるマリオの横で一緒にそれを覗き込んでいたエリオットは少し怪訝な顔をする。

「ん? どうかした?」
「いや、これメリアの物だろう? どうしたんだ、これ」
「貰ったんだよ、エリィも会っただろグノー、あの時のあの人が作って僕にくれたんだ」

 マリオはキラキラした瞳でそのからくり人形を眺めていて、エリオットの不審顔には気付かない。

「あぁ、あの時の……そういえばあいつメリア人だったな。なんでお前はあんな男と一緒にいたんだ?」
「グノーはいい人だよ。元々エディのお父さんのお友達で、僕のこの旅にたまたま付いて来てくれたんだ。凄く強い人で、盗賊とか蹴散らしてくれたから凄く助かったよ。僕一人じゃルーンからここまで辿り着けなかったかもしれないからね」
「でもなんでメリア人……」
「そういう差別良くなぁい。メリアの人にだっていい人はいるよ。グノーは凄くいい人、僕の大好きな人だから悪く言わないで」
「あいつαだろ、そんな事言っていいのか? あの男が怒るだろ?」
「え?違うよ、グノーは僕と同じΩだよ。エディもそれは知ってるから怒らないよ」

 エリオットはまた怪訝な表情を見せる。

「あいつからはαの匂いがぷんぷんしてたと思うのだが?」
「それはグノーのお守り。匂い自体はブラックさんの……えっとエディのお父さんの匂いだよ」
「カルネ領の領主?」
「えっと、違う。ややこしいね、ブラックさんはエディを育ててくれた方のお父さんだよ」

 そういえばブラックさん国王陛下だったんだっけ……これ言ってもいい情報なのかな?

「なんだかアジェの周りはよく分からない人間が多いな」
「よく分からないって事ないと思うんだけど、エディはエディだし、そのお父さんとお父さんのお友達だよ? 何が分からないのか分からない……」
「そもそもがあそこまで匂いの強いα自体が珍しい。本人がそこにいるんだと思えば納得もいったがお守りってなんだ? しかもあの男の父親は何故メリア人と交流がある? ルーンはメリアとはこの大陸の端と端程に離れているだろう?」
「グノーは旅人なんだよ、旅をしてる最中にブラックさんと知り合ったんだって」

 「旅人?」とエリオットはまた怪訝な顔をする。

「Ωが一人で旅をしていた?」
「うん、そうだよ。僕も最初は驚いたけど、Ωだからって旅もしちゃいけないのか! って怒られた。言われてみたらその通りだなって思って、だったら僕だって出来るんじゃないかと思ってここまで来たんだよ」
「Ω二人で旅なんて……お前等無茶し過ぎだろ……」
「さっきも言ったけど、グノー凄く強いから平気だったよ」
「それもなぁ、そいつ本当にΩなのか? Ωは一般的に庇護対象だろう?」
「それも偏見、僕そんなに弱く見える? 確かに腕力にはそれほど自信は無いけど、庇護されるばっかりでもないんだよ。確かに発情期みたいな面倒くさい体質があるから差別はされがちだけど、基本的なところはα程には優秀じゃなくても、βと同程度にはなんでもできるんだから」
「それにしてもなぁ……」

 やはり不服そうにエリオットはグノーのからくり人形を見やる。

「あれ、そんなに気になる?」
「メリアで買ってきたって言うならまだ分かる、でもそれはそいつが作ったんだろう? あんなからくり人形簡単に作れるものじゃない、そのグノーって男何者だ?」
「え? でもグノー簡単な物なら作れるって言ったんだよ。あのくらいメリアでは簡単の部類なんじゃないの?」
「馬鹿言え、俺はこんな精巧なからくり人形初めて見たぞ」

 そんなものなのかと僕もマリオが持つからくり人形を見やった。
 そういえばクロードさんもこれは凄いと褒めていたし、自分が捕まった時にランティスの兵達もこれを見て驚いていた。
 グノーにとっては簡単な物でもこのからくり人形はずいぶん珍しい物なのかもしれない。

「ねぇ兄さま、僕これ欲しい」
「ごめんね、大事な物だからあげられないんだ。でも僕がここにいる間なら貸してあげるよ」
「ここにいる間?」
「アジェはその内ファルスに帰る。ずっとここにいる訳じゃないんだよ」

 途端にキラキラの瞳は翳って泣きそうな顔になってしまうマリオ王子に僕は慌てる。

「まだそんなすぐには帰らないから、それ持ってていいよ」
「違う、これじゃなくて、アジェ兄さまはずっとここで暮らすんじゃないの? なんで帰っちゃうの?」
「う~ん、大事な人がいるんだ。僕の大好きな人。その人がファルスの人だから、その人が迎えに来たら僕は帰らないと」
「だったらその人も一緒にここで暮らせばいいよ、お部屋はたくさん余ってるから大丈夫だよ!」

 マリオ王子に言い切られて少し困ってしまうのだが、そこまで自分を好いてくれた事がなんだか僕はとても嬉しかった。
 たぶん無理だとは思うけれど「その人が迎えに来たら相談してみるね」と王子の頭を撫でたら、彼は満面の笑みで頷いた。


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