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君と僕の物語
黒幕
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カイルはやはり後ろめたいのか、視線を彷徨わせながらも頷いた。
カイルの話しはこうだ。
カイルは元々研究熱心な男だった、疑問に思った事は解決せねば気が済まない性分、それが講じて薬屋の息子という立場上、身近に合った薬という物に彼は歳を追うごとに傾倒していった。
特にバース性の薬はいまだに開発途中の物が多く、その研究にカイルはのめり込んでいく。
バース性の人間には金持ちや特別なコネを持つ物が多い、薬を融通する事で自分の欲した物を手に入れる事は容易く、カイルは次第に違法な薬や薬草にまで手を伸ばすようになっていた。
「新薬の開発の為と言えば、大概の人はそれを疑問に思わず手に入れてくれた。私はそれを享受し、その行為自体が罪であるという事を失念してしまったのです」
「それは例えば?」
「人を酩酊させる物や体を蝕む物、様々な薬草を私は手当たり次第に収集しました。それはメリアの裏社会にまで手を伸ばし、我が国では手に入らないような薬までも手に入れようとした……」
「メリアにまで……お前は、まったく」
「ですが、それによって作る事ができた新薬も幾つもあるのです。人が豊かに生きていける事、私はそれを心がけてきた。ですが違法な物はやはり違法なのです……」
「それはそうだろうな」
カイルは瞳を伏せて頷く。
「ある時、私は取引現場に踏み込まれ捕縛されました。その時私を捕らえたのが騎士団副団長のダグラス・タッカーです。彼は私に取引をしないかと持ちかけてきた、私の罪を伏せる代わりに毒薬を分けてくれと彼は言いました」
「毒薬を? ダグラスが?」
ギマールは眉間に皺を寄せる。
ダグラスは腹心の部下とまではいかないが、数人いる副団長の中でも信頼のおける人物としてギマールの中で数えられていたのでその名にギマールは眉を寄せたのだ。
「はい、何に使うのかまでは私は知りませんでしたが、ある時気が付いてしまったのです、体調を崩された王子の症状があまりにもその薬の症状と酷似していた。私は彼を問い詰めました、彼はすぐに白状しましたが同時に私に言うのです『お前も共犯だろう……』と。彼を告発する事は自身の罪をも告白する事になる、私は……何も言えなかった」
「なんて事を……」
「彼は自分のしている事が私にばれてしまったので、もうその罪を隠す事はしなくなった。そして彼は私にも王子暗殺の片棒を担がせようとするようになったのです。私は王子の家庭教師です、王子に近付くのも容易かった」
「それで王子に毒を?」
「はい……ですが、私には王子は殺せなかった。王子を殺す事は私の半身を失うも同じ、私にはどうしてもそれが出来なかった……」
「王子がお前の半身というのはどういう意味だ?」
カイルはまた躊躇うように瞳を伏せる。
微かに流れる甘い匂い、それは本当に気のせいかと思えるほどに微かな物だったが、ギマールはそれに気づいたのかまじまじとカイルを見やった。
「カイル、お前はβなのではなかったのか?」
途端に彼の体はびくっと震える。
「お前からΩの匂いがする。今までこんな事はなかったはずだが……」
「私は……どうやら自分で自分の体を作り変えてしまったようなのです」
「どういう事だ?」
居心地悪そうにカイルは自身の腕をきつく握り、瞳をそらす。
「私はαになりたかった。バース性の匂いは分かるのに、私はβとして生まれ落ちた。それはバース性の人間の間で育った人間としては酷い屈辱です。何をしても、どれだけ努力をしても、所詮はβと蔑まれる、幾ら結果を出しても認められない、私はそれが悔しかった」
「お前はそれでも王子の家庭教師という地位まで手に入れたではないか、βとしては破格の出世だろう」
「それだから余計に……ですよ。城の中はバース性の人間ばかりです、何を言われなくてもお前は自分達より劣っているのに何故そんな場所にいるのかと、やっかみの視線は絶えない、私はそれが本当に嫌だった。βだからどうせ分からないだろうと、フェロモンを撒き散らして威圧する、そんなαを私は見返したかった。だから私は薬を作ったのです、フェロモンの誘発剤、効くかどうかは分かりませんでしたが、実験を重ね私はそれを作る事に成功しました……けれど、その薬は私をαではなくΩに変えてしまったのです」
「性を変える……そんな事が出来るものなのか?」
「少なくとも私は変わりました、自分で試しただけなので他の者に効くかどうかは分かりませんが、薬は確かに効いたのです」
ギマールは難しい顔で唸った。
「私は元々βなのでさして匂いも強くはありません、Ωである事を隠し通すのは難しくはなかった。けれど王子は私の体がΩに変わった事にすぐに気が付き、言いました『お前は俺のΩだ、俺がお前をΩに変えた』と。私は自分の薬で体を変えてしまったのに、王子はそれを認めようとはせず、私の事を『運命』だとそう呼ぶのです」
「エリオット王子が……?」
「はい、実際私にとっても王子の匂いが一番強く感じられ、王子に見詰められると竦み上がってしまう自分を止められなかった。『運命』それがそういう物なら、私にとって王子が運命なのです、私は王子を殺せない。だから王子にそっくりなアジェ君を見付けた時に思ったのです、この子を身代わりにして王子を城から連れ出そう、と」
カイルの言葉にかっと頭に血が昇った。
「アジェを人身御供に使うつもりだったのか!」
カイルはそこで初めて俺の存在を認めたようで、戸惑いの表情を見せる。
「あなたは……」
「彼はエドワード・R・カルネ。どうやらアジェ君の『運命』らしいからな、彼が怒るのも無理はない」
「ではあの時の……」
「あの時?」とギマールは首を傾げる。
「私は王子にこの計画を話しました、王子はその話を聞いてアジェ君を追い返してしまった。そして、あなたに更に釘を刺したのですよ『早く彼を連れ、帰れ』とね」
カイルの言葉にエリオット王子との会話を思い出す。
気に食わなければ絡んでこなければいいものを、彼はわざわざ俺を庭へと誘い出しアジェを連れてさっさと帰れとそう言った。
王子とアジェの会話もアジェから聞いて知っている、でもだとしたら……
「エリオット王子はわざとアジェを脅して追い返そうとしていた……?」
「その通りです。王子は弟君の身をずっと案じていた、その弟君を殺そうというような計画に王子が乗る訳もなかったのです」
「それで今度のこの事件か……確かに暗殺者が出たと騒ぎ立てればアジェ君はより一層城には近寄りづらくなるだろうしな、王子らしいと言えば王子らしいやり方だ」
「それでも私はこの計画を止める事はしたくなかった、そうでもしなければ王子はいずれ殺されてしまう、私はそれに耐えられない。だから私はアジェ君が捕まるように彼が客室塔に潜んでいる事を密告したのです」
「あれもあんたのせいだったのか!」
カイルの胸倉を掴もうとした俺をギマールが「少し待て」と制する。
「話しは分かった、だがどうしてお前はその話を告白する気になったのだ?」
「……ずっと迷いはありました。私のやっている事は間違っている、しかし王子はそうやって私の先回りをしつつもひとつも私を責めようとはしない。そして私はアジェ君にも会いました。牢の中で彼は自分の身より私の身を案じてくれた、これはすべて自分の責任だからと彼は言うのです、私は自分が恥ずかしくなりました。私は彼等よりもずいぶんと歳を重ねているのに、自分でした事の責任も取ろうとせずに、周りを巻き込んで自分の罪を隠そうとしている。私はそんな自分に罰を与えなければいけないとそう思ったのです」
カイルは拳を握ってそう言った。
「では今話した中に嘘はひとつもないのだな?」
「ありません。私は自分の罪を償わなければいけない、どうぞ彼を、アジェ君を解放してあげてください。責任はすべて私にある」
ふぅむ、とギマールは腕を組んで宙を睨んだ。
「事の真相がこの人の言う通りだとしたら、それこそアジェが捕まっているのは見当違いも甚だしい、私も早々にアジェの解放を要求したい」
「そうだな、彼を解放するのは簡単だ……だが私はひとつ確かめなければならない事がある。カイル、先程言っていたダグラスの件、事実に相違はないのだな?」
「はい、私はもう嘘を吐く事をやめました」
「それが本当の真実なのだとしたら、私は部下であるダグラスを捕らえなければならない。それにはこの証言だけでは証拠としては不十分だ。彼が王子の暗殺に関わっているという確かな証拠をお前は何か持っていたりはしないか?」
「それは……そんな物を残す事は私にとっても彼にとっても不都合極まりない、そういう物はすべて都度処分しています、私に彼の罪を証明する物は何も……」
「ふぅむ、だろうな。かといってこのままこの事件をうやむやにする訳にもいかない、困ったな」
ギマールは腕を組んだままどうしたものかと思案する。
「でしたら……私が彼を呼び出します。私と彼の会話を聞いて騎士団長自ら事の真偽を判断してください」
「うむ、そうだなそれはいい」
「ちょっと待ってください、そんなに簡単にその男の言う事を信じてもいいのですか? もしこれがまた別の思惑を持った罠だとしたらどうするのです!」
「ふむ、だがカイルは幼い頃から知っている息子の友人だ、信頼するには足ると思うのだが?」
「その信頼に足るはずの人物が王子を殺そうとしていたのですよ? そんなに簡単に信じてどうするのですか! そもそもそのダグラス? とかいう人もこの国の副騎士団長なのでしょう? だったらもうすでにどこにどんな罠が張り巡らされているか分からない、誰が敵で味方なのかあなたには分かるのですか?」
俺の言葉にギマールは「そこなのだよ……」と溜息を吐く。
「どうやらこの国の癌はずいぶん深い所まで進行してしまっているようだ。だがその病巣を放置してしまえば病は進行するばかり。私は自分の信頼に足ると判断した人間は信頼したいと思っている。それに嘘を付いている人間は大体匂いで分かるものだ」
「ではそのダグラスという人物の事は分かっていたとでも言うのですか?」
「はっきりとではないが、何かを隠している雰囲気は掴んでいた。ただそれが私的な事であるのか、そうでない事なのか私には判断できない。だがそういう疑わしい人物をすべて外していけばおのずと信頼に足る人物は厳選されてくるものだよ」
「あなたは一人一人の人間の匂いをすべて嗅いで周るつもりですか? しかもバース性の人間ならそれで分かる事もあるだろうが、βの人間はそれすら分からない。そちらの事情に巻き込まれるのはごめんだが、あなたにもしもの事があればアジェが悲しむ。だったらその密会、私も立ち会いましょう。私はファルスの人間です。メリアにもランティスにも思い入れなどない私なら公平な判断ができると思いますよ」
「君が……?」
ギマールは少し驚いたような表情をするが、もう乗りかかった船だ。
これでこの国の病巣が取り除かれればアジェを狙う人間もいなくなる可能性は高い、だったらその癌、根絶やしにするのもやぶさかではない。
「協力します。完全な部外者だからこそ、私はどちらにも加担しない。交換条件はアジェの解放です。私は腕に自信がありますので捕り物にはうってつけですよ」
ギマールは少し考え込んで頷いた。
実際ギマールにも分からなくなっていたのだ、王自身も言っていた、誰を信じていいのか分からない、と。
エドワードは何かを隠していたり嘘を付いていたりそんな感じは全くない、示された条件もあくまでアジェの為。だったら彼に協力を仰ぐのも悪くはない、ギマールはそう思ったのだ。
「カイル、君にはもう少し話を聞きたい。ここまで話したのだ、もう逃げるとは思っていないが、今夜はここにいてもらおうか」
「私もアジェ君同様牢に入れてもらって構いません。それは覚悟の上です」
「そんな事をすればダグラスに気付かれてしまうではないか。アジェ君には明朝解放の指示を出す、エドワード君もそれでいいかい?」
ギマールの言葉に俺は頷いた。
アジェを一晩牢屋で過させるのは心が痛むが、そこまで早急に事が運ばないのは重々承知の上だ。それでもしばらく解放できないと言われていた事を思えば、ずいぶん早くに彼を救い出せたと喜ぶべき所だろう。
俺はカイルとギマールをその場に残し、一端クロードに報告をと客室塔へと戻る。
寝ていると思ったクロードはうつらうつらとはしていたが、起きて俺のことを待っていた。
「如何でしたか? アジェには会えましたか?」
「いや、アジェには会っていない。だが、伯父が朝にはアジェを釈放する事を約束してくれた。その代わりちょっとした手伝いをする事になった」
言って俺はクロードに一通りの説明をすると、彼は「また勝手な事を……」と溜息を吐いた。
うん、感情表現がなかなかに様になってきた気はするな。
「約束してきたものは仕方がない、という訳で今日一日俺いないから後は任せた」
「もとよりあなたに国同士の付き合いのあれやこれを期待してなどいませんよ」
「それなら話しは早いな。俺は少し休む」
簡単な仕事になるのか、それとも大捕り物になるのか今はまだ分からない、少しでも休んでおくに越した事はない。
「何をするにしてもくれぐれも目立たないでください。そして絶対ファルスの名は出さない事!」
「ランティスの騎士団長様公認で動くんだ、問題にはならないはずだろ」
「そういう問題ではありません!!」
クロードは更に畳み掛けるように説教を重ねてこようとするのだが、俺は話半分にそれを聞き流して目を瞑る。
その時刻は夜明けまでもうあまり時間はなかった。
カイルの話しはこうだ。
カイルは元々研究熱心な男だった、疑問に思った事は解決せねば気が済まない性分、それが講じて薬屋の息子という立場上、身近に合った薬という物に彼は歳を追うごとに傾倒していった。
特にバース性の薬はいまだに開発途中の物が多く、その研究にカイルはのめり込んでいく。
バース性の人間には金持ちや特別なコネを持つ物が多い、薬を融通する事で自分の欲した物を手に入れる事は容易く、カイルは次第に違法な薬や薬草にまで手を伸ばすようになっていた。
「新薬の開発の為と言えば、大概の人はそれを疑問に思わず手に入れてくれた。私はそれを享受し、その行為自体が罪であるという事を失念してしまったのです」
「それは例えば?」
「人を酩酊させる物や体を蝕む物、様々な薬草を私は手当たり次第に収集しました。それはメリアの裏社会にまで手を伸ばし、我が国では手に入らないような薬までも手に入れようとした……」
「メリアにまで……お前は、まったく」
「ですが、それによって作る事ができた新薬も幾つもあるのです。人が豊かに生きていける事、私はそれを心がけてきた。ですが違法な物はやはり違法なのです……」
「それはそうだろうな」
カイルは瞳を伏せて頷く。
「ある時、私は取引現場に踏み込まれ捕縛されました。その時私を捕らえたのが騎士団副団長のダグラス・タッカーです。彼は私に取引をしないかと持ちかけてきた、私の罪を伏せる代わりに毒薬を分けてくれと彼は言いました」
「毒薬を? ダグラスが?」
ギマールは眉間に皺を寄せる。
ダグラスは腹心の部下とまではいかないが、数人いる副団長の中でも信頼のおける人物としてギマールの中で数えられていたのでその名にギマールは眉を寄せたのだ。
「はい、何に使うのかまでは私は知りませんでしたが、ある時気が付いてしまったのです、体調を崩された王子の症状があまりにもその薬の症状と酷似していた。私は彼を問い詰めました、彼はすぐに白状しましたが同時に私に言うのです『お前も共犯だろう……』と。彼を告発する事は自身の罪をも告白する事になる、私は……何も言えなかった」
「なんて事を……」
「彼は自分のしている事が私にばれてしまったので、もうその罪を隠す事はしなくなった。そして彼は私にも王子暗殺の片棒を担がせようとするようになったのです。私は王子の家庭教師です、王子に近付くのも容易かった」
「それで王子に毒を?」
「はい……ですが、私には王子は殺せなかった。王子を殺す事は私の半身を失うも同じ、私にはどうしてもそれが出来なかった……」
「王子がお前の半身というのはどういう意味だ?」
カイルはまた躊躇うように瞳を伏せる。
微かに流れる甘い匂い、それは本当に気のせいかと思えるほどに微かな物だったが、ギマールはそれに気づいたのかまじまじとカイルを見やった。
「カイル、お前はβなのではなかったのか?」
途端に彼の体はびくっと震える。
「お前からΩの匂いがする。今までこんな事はなかったはずだが……」
「私は……どうやら自分で自分の体を作り変えてしまったようなのです」
「どういう事だ?」
居心地悪そうにカイルは自身の腕をきつく握り、瞳をそらす。
「私はαになりたかった。バース性の匂いは分かるのに、私はβとして生まれ落ちた。それはバース性の人間の間で育った人間としては酷い屈辱です。何をしても、どれだけ努力をしても、所詮はβと蔑まれる、幾ら結果を出しても認められない、私はそれが悔しかった」
「お前はそれでも王子の家庭教師という地位まで手に入れたではないか、βとしては破格の出世だろう」
「それだから余計に……ですよ。城の中はバース性の人間ばかりです、何を言われなくてもお前は自分達より劣っているのに何故そんな場所にいるのかと、やっかみの視線は絶えない、私はそれが本当に嫌だった。βだからどうせ分からないだろうと、フェロモンを撒き散らして威圧する、そんなαを私は見返したかった。だから私は薬を作ったのです、フェロモンの誘発剤、効くかどうかは分かりませんでしたが、実験を重ね私はそれを作る事に成功しました……けれど、その薬は私をαではなくΩに変えてしまったのです」
「性を変える……そんな事が出来るものなのか?」
「少なくとも私は変わりました、自分で試しただけなので他の者に効くかどうかは分かりませんが、薬は確かに効いたのです」
ギマールは難しい顔で唸った。
「私は元々βなのでさして匂いも強くはありません、Ωである事を隠し通すのは難しくはなかった。けれど王子は私の体がΩに変わった事にすぐに気が付き、言いました『お前は俺のΩだ、俺がお前をΩに変えた』と。私は自分の薬で体を変えてしまったのに、王子はそれを認めようとはせず、私の事を『運命』だとそう呼ぶのです」
「エリオット王子が……?」
「はい、実際私にとっても王子の匂いが一番強く感じられ、王子に見詰められると竦み上がってしまう自分を止められなかった。『運命』それがそういう物なら、私にとって王子が運命なのです、私は王子を殺せない。だから王子にそっくりなアジェ君を見付けた時に思ったのです、この子を身代わりにして王子を城から連れ出そう、と」
カイルの言葉にかっと頭に血が昇った。
「アジェを人身御供に使うつもりだったのか!」
カイルはそこで初めて俺の存在を認めたようで、戸惑いの表情を見せる。
「あなたは……」
「彼はエドワード・R・カルネ。どうやらアジェ君の『運命』らしいからな、彼が怒るのも無理はない」
「ではあの時の……」
「あの時?」とギマールは首を傾げる。
「私は王子にこの計画を話しました、王子はその話を聞いてアジェ君を追い返してしまった。そして、あなたに更に釘を刺したのですよ『早く彼を連れ、帰れ』とね」
カイルの言葉にエリオット王子との会話を思い出す。
気に食わなければ絡んでこなければいいものを、彼はわざわざ俺を庭へと誘い出しアジェを連れてさっさと帰れとそう言った。
王子とアジェの会話もアジェから聞いて知っている、でもだとしたら……
「エリオット王子はわざとアジェを脅して追い返そうとしていた……?」
「その通りです。王子は弟君の身をずっと案じていた、その弟君を殺そうというような計画に王子が乗る訳もなかったのです」
「それで今度のこの事件か……確かに暗殺者が出たと騒ぎ立てればアジェ君はより一層城には近寄りづらくなるだろうしな、王子らしいと言えば王子らしいやり方だ」
「それでも私はこの計画を止める事はしたくなかった、そうでもしなければ王子はいずれ殺されてしまう、私はそれに耐えられない。だから私はアジェ君が捕まるように彼が客室塔に潜んでいる事を密告したのです」
「あれもあんたのせいだったのか!」
カイルの胸倉を掴もうとした俺をギマールが「少し待て」と制する。
「話しは分かった、だがどうしてお前はその話を告白する気になったのだ?」
「……ずっと迷いはありました。私のやっている事は間違っている、しかし王子はそうやって私の先回りをしつつもひとつも私を責めようとはしない。そして私はアジェ君にも会いました。牢の中で彼は自分の身より私の身を案じてくれた、これはすべて自分の責任だからと彼は言うのです、私は自分が恥ずかしくなりました。私は彼等よりもずいぶんと歳を重ねているのに、自分でした事の責任も取ろうとせずに、周りを巻き込んで自分の罪を隠そうとしている。私はそんな自分に罰を与えなければいけないとそう思ったのです」
カイルは拳を握ってそう言った。
「では今話した中に嘘はひとつもないのだな?」
「ありません。私は自分の罪を償わなければいけない、どうぞ彼を、アジェ君を解放してあげてください。責任はすべて私にある」
ふぅむ、とギマールは腕を組んで宙を睨んだ。
「事の真相がこの人の言う通りだとしたら、それこそアジェが捕まっているのは見当違いも甚だしい、私も早々にアジェの解放を要求したい」
「そうだな、彼を解放するのは簡単だ……だが私はひとつ確かめなければならない事がある。カイル、先程言っていたダグラスの件、事実に相違はないのだな?」
「はい、私はもう嘘を吐く事をやめました」
「それが本当の真実なのだとしたら、私は部下であるダグラスを捕らえなければならない。それにはこの証言だけでは証拠としては不十分だ。彼が王子の暗殺に関わっているという確かな証拠をお前は何か持っていたりはしないか?」
「それは……そんな物を残す事は私にとっても彼にとっても不都合極まりない、そういう物はすべて都度処分しています、私に彼の罪を証明する物は何も……」
「ふぅむ、だろうな。かといってこのままこの事件をうやむやにする訳にもいかない、困ったな」
ギマールは腕を組んだままどうしたものかと思案する。
「でしたら……私が彼を呼び出します。私と彼の会話を聞いて騎士団長自ら事の真偽を判断してください」
「うむ、そうだなそれはいい」
「ちょっと待ってください、そんなに簡単にその男の言う事を信じてもいいのですか? もしこれがまた別の思惑を持った罠だとしたらどうするのです!」
「ふむ、だがカイルは幼い頃から知っている息子の友人だ、信頼するには足ると思うのだが?」
「その信頼に足るはずの人物が王子を殺そうとしていたのですよ? そんなに簡単に信じてどうするのですか! そもそもそのダグラス? とかいう人もこの国の副騎士団長なのでしょう? だったらもうすでにどこにどんな罠が張り巡らされているか分からない、誰が敵で味方なのかあなたには分かるのですか?」
俺の言葉にギマールは「そこなのだよ……」と溜息を吐く。
「どうやらこの国の癌はずいぶん深い所まで進行してしまっているようだ。だがその病巣を放置してしまえば病は進行するばかり。私は自分の信頼に足ると判断した人間は信頼したいと思っている。それに嘘を付いている人間は大体匂いで分かるものだ」
「ではそのダグラスという人物の事は分かっていたとでも言うのですか?」
「はっきりとではないが、何かを隠している雰囲気は掴んでいた。ただそれが私的な事であるのか、そうでない事なのか私には判断できない。だがそういう疑わしい人物をすべて外していけばおのずと信頼に足る人物は厳選されてくるものだよ」
「あなたは一人一人の人間の匂いをすべて嗅いで周るつもりですか? しかもバース性の人間ならそれで分かる事もあるだろうが、βの人間はそれすら分からない。そちらの事情に巻き込まれるのはごめんだが、あなたにもしもの事があればアジェが悲しむ。だったらその密会、私も立ち会いましょう。私はファルスの人間です。メリアにもランティスにも思い入れなどない私なら公平な判断ができると思いますよ」
「君が……?」
ギマールは少し驚いたような表情をするが、もう乗りかかった船だ。
これでこの国の病巣が取り除かれればアジェを狙う人間もいなくなる可能性は高い、だったらその癌、根絶やしにするのもやぶさかではない。
「協力します。完全な部外者だからこそ、私はどちらにも加担しない。交換条件はアジェの解放です。私は腕に自信がありますので捕り物にはうってつけですよ」
ギマールは少し考え込んで頷いた。
実際ギマールにも分からなくなっていたのだ、王自身も言っていた、誰を信じていいのか分からない、と。
エドワードは何かを隠していたり嘘を付いていたりそんな感じは全くない、示された条件もあくまでアジェの為。だったら彼に協力を仰ぐのも悪くはない、ギマールはそう思ったのだ。
「カイル、君にはもう少し話を聞きたい。ここまで話したのだ、もう逃げるとは思っていないが、今夜はここにいてもらおうか」
「私もアジェ君同様牢に入れてもらって構いません。それは覚悟の上です」
「そんな事をすればダグラスに気付かれてしまうではないか。アジェ君には明朝解放の指示を出す、エドワード君もそれでいいかい?」
ギマールの言葉に俺は頷いた。
アジェを一晩牢屋で過させるのは心が痛むが、そこまで早急に事が運ばないのは重々承知の上だ。それでもしばらく解放できないと言われていた事を思えば、ずいぶん早くに彼を救い出せたと喜ぶべき所だろう。
俺はカイルとギマールをその場に残し、一端クロードに報告をと客室塔へと戻る。
寝ていると思ったクロードはうつらうつらとはしていたが、起きて俺のことを待っていた。
「如何でしたか? アジェには会えましたか?」
「いや、アジェには会っていない。だが、伯父が朝にはアジェを釈放する事を約束してくれた。その代わりちょっとした手伝いをする事になった」
言って俺はクロードに一通りの説明をすると、彼は「また勝手な事を……」と溜息を吐いた。
うん、感情表現がなかなかに様になってきた気はするな。
「約束してきたものは仕方がない、という訳で今日一日俺いないから後は任せた」
「もとよりあなたに国同士の付き合いのあれやこれを期待してなどいませんよ」
「それなら話しは早いな。俺は少し休む」
簡単な仕事になるのか、それとも大捕り物になるのか今はまだ分からない、少しでも休んでおくに越した事はない。
「何をするにしてもくれぐれも目立たないでください。そして絶対ファルスの名は出さない事!」
「ランティスの騎士団長様公認で動くんだ、問題にはならないはずだろ」
「そういう問題ではありません!!」
クロードは更に畳み掛けるように説教を重ねてこようとするのだが、俺は話半分にそれを聞き流して目を瞑る。
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