運命に花束を

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君と僕の物語

昨夜の出来事

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 俺は苛々とした気持ちを抱えて案内されるがまま、まるで観光客のように辺りを見回していた。
 観光客のようにというか観光客なのだ、相手からすればな。

「エディ、その仏頂面はやめなさい。愛想よくとは言いません、せめて相手の気を損ねるような表情は控えなさい」

 どの口がそれを言うのか、と思わないでもないのだがクロードは黙って立っていればそれだけで絵になる、愛想がないのは御互い様なのになんだかそれはとても腑に落ちない。
 分かったと、俺はアジェと暮らすうちに身に付いた作り笑顔で対応する。
 猫を被り続けて幾年月やろうと思えば俺はできる。
 クロードはほっとしたのか、ひとつ頷いた。

「こちらの美術品はかの名匠の作で、製作期間は……」

 そんな話しはホント正直どうでもいいんだが、と心の中で溜息を吐くが、顔には笑顔を貼り付けて興味のあるふりで頷けば、相手はご満悦で次のスポットへと歩き出す。
 話を続けている男は確かこの国の大臣だとか言っていた気がする。
 恰幅がよく、笑みを絶やさないがその瞳はちらちらとクロードの方を窺っていて正直に言おう、気持ちが悪い。
そんな視線を浴びていてもどこ吹く風のクロードにはむしろ感心する。
 延びてしまった日程を埋めるように大臣は俺達のような招待客の接待に務めている訳だが、俺あんまり美術品とか興味ないんだよなぁ。
 それよりも俺の心を占めるのは昨日の出来事、アジェの寝ている間に俺は伯父の家、デルクマン家を訪れていた。
そのままアジェを連れ帰っても良かったのだが、デルクマン家の面々にはアジェはずいぶん良くしてもらっていたようで一言くらい礼を言わねばなるまいと思ったのと、今度の事件は城ではずいぶん大事になってしまっているので報告くらいは伯父、ギマール・デルクマン騎士団長に伝えておくべきかと思ったのだ。
 あまり時間が取れなさそうだったのでアジェが寝ているうちにと思ったのだが、帰ったら予想外にクロードとアジェが仲良くなっていてそれはそれで腑に落ちない。
 まぁ、そんな事は二の次で、俺がこの苛々を抱えているのはデルクマン家で起こった一連の出来事に起因する。

 デルクマン家を訪れるとそこに伯父のギマールはいなかった。
 それもそうだろう、城の中がこれだけ大騒ぎになっているのだ、騎士団長であるギマールが呑気に家で寛いでいる訳もない。
 俺を出迎えたのは大柄な男だった。あのナダール・デルクマンと名乗った男と似通った風貌をしていたので、恐らく兄弟ではないかと推測する。

「あなたは?」
「私はエドワード・R・カルネと申します。ギマール・デルクマンさんの妹の息子です」
「あぁ、あんたが母が言ってた従兄弟? いや、違うか……名前が違う」

 その男は眉間に皺を寄せ首を傾げた。
 玄関先だったのだが、奥の部屋から小さな子供達がこちらを覗いていて、誰? とやはり顔を見合わせていた。

「世話になっていたのは私の……弟です。アジェ・ド・カルネ。ギマール伯父さんはご在宅ですか?」

 とっさに弟と言ってしまったが、まぁ不自然ではないよな?
 実際、俺もアジェもカルネ家の息子には違いない。

「アジェ……あぁ、そんな名だったか。あいにく親父は留守だ、何の用だ?」
「弟が大変御世話になったようなので、ご挨拶と、このまま弟を連れ帰るというご報告をしに参りました」
「連れ帰る? 荷物やなにやらそのままでか? 昨晩は帰って来なかったと聞いている、城では事件も起こっているようだが、まさか関係ないだろうな?」

 上から見下ろされる形で凄みを効かされるとずいぶん迫力があるが、そんな事で怯む俺ではない。

「関係はありませんよ、荷物があるようでしたらこちらで引き取ります」
「お前は本当に俺の従兄弟なのか?」
「お疑いですか?」
「今まで見た事も聞いた事もないからな」

 これで証明になるかは分かりませんが、と俺はカルネの紋章の入った剣を差し出す。
 その紋章を見て、心当たりがあったのか男はまだ少し不審な顔をしながらも家の中へと通してくれた。
 家の中に通されると奥から母親とおもしき女性が顔を覗かせ「あら?」と首を傾げた。

「アジェ君が帰ってきたのかと思ったら、違うのね。あなたは?」
「エドワードと申します。お初にお目にかかります」
「エドワード君? もしかして噂のエディ君?」
「噂の?」
「アジェ君から話を聞いているわ、色々大変だったみたいね。でもあなたがなんで此処に?」
「アジェを連れ戻しに来ました。このまま連れて帰るのでご報告です」

 彼女の息子に説明したのと同じように彼女にも説明すると、彼女はそれは寂しくなるわね、と頬に手を当てた。

「グノー君も一緒?」
「いえ、彼は……」
「昨夜からうちの長男も帰っていないの、アジェ君はあなたの所にいるとして、二人の所在をあなたは知っている?」
「いえ、彼等は……すみません、私には分かりません」

 そう、と彼女は少し不安そうな表情を見せる。
 恐らくあの二人はもうこのメルクードにはいないだろうが、それを俺が語るのは憚られた。
 アジェの荷物を回収して家を出ようとした時に、家の中に駆け込んでくる一人の少年、歳はアジェと同じくらいだろうか、彼はこちらには気付いた様子もなく辺りを見回した。

「やっぱり帰ってない……」

 肩を落とす彼に、最初に対応してくれた男が「何かあったのか?」と問いかける。

「リク兄、どうしよう……カイル兄ちゃんが捕まった。なんか、王子暗殺未遂の共謀とか言われて、俺訳分からなくて、アジェもいなくなるし、ナダール兄ちゃんも見当たらないし、俺どうすればいい?」
「アジェとかいう従兄弟ならそいつの所にいるらしいぞ」

 リクと呼ばれた男はこちらに顎をしゃくる。

「え? 誰?」
「アジェの兄です。アジェはこちらで保護している、事件とは無関係なのでこのまま国へ連れ帰ります」
「え? ちょっと待ってよ! なんで? アジェに会わせてよ、このままじゃカイル兄ちゃんが大変な事になっちゃう!」
「そうは言われましても、今アジェを連れ出すのは骨が折れる。ヒートを起こしてしまって、部屋から出られないので会わせられません」
「そんなぁ、アジェどこにいるの? 話だけでもできない?」
「こちらも事情があってそうそう出歩けません、無理ですね」

 俺の言葉にリクは眉を寄せマルクと俺を交互に見やった。

「なんだか事情がありそうだな、マルク何をやらかした? 洗いざらい全部吐け」

 マルクは自分達が計画したアジェの城への侵入計画を洗いざらい白状した。
 また無茶な事をした物だと零れる溜息を止められない。まぁ、だからこそアジェと再会できたのだから、結果オーライとでも思っておこう。

「なんだ、やっぱり無関係じゃないじゃないか。王子暗殺? 厄介な事をしてくれたもんだな」
「アジェはそんな事はしていない、そんな事をするような人間じゃない」
「それでも疑われてはいるんだろ? 火のない所に煙は立たない、その弟連れて来い」
「アジェはヒートを起こしていると言っている、そもそも最初にアジェの命を狙ってきたのはそっちじゃないか! アジェは絶対渡さない!」

 言って俺は踵を返す。どうにもこうにも雲行きが怪しい、これは下手に関わらない方が身のためだ。

「待て、まだ話しは終わっていない!」
「詳しい事情は父が手紙を書くと言っていた、それは既に伯父に渡っているはず。これ以上は時間の無駄です、私は失礼させていただきます」

 言って俺はデルクマン家を辞す。だが、その後をマルクと呼ばれた少年が追ってきた。

「ちょっと待って! ナディアが泣くんだ、せめてアジェの居場所だけでも教えてください」
「言ってもきっと会いにはこれない」
「どうして?!」
「アジェはまだ城の中ですよ。この騒ぎだ、そう簡単には近づけない」
「……城の中?」
「申し訳ないですが、これ以上は話せません。失礼します」

 俺はマルクを振り切るように歩き出した。
 元々自分だとて城を正面から出てきた訳ではない、この大騒ぎで警備が増え警戒態勢は騒ぎの前より厳しくなっている、それでも黙って連れ帰るのはどうかと思って挨拶に行ったわけだが、これは行かない方が正解だったかもしれない。
 面倒くさい事になった、アジェにこの話をすればきっと彼はその捕まったカイルとかいう男を助け出そうとするだろう。
 それはアジェがランティスに捕まるという事だ、そんな事はどうしても避けたい俺はこの一件は黙っていようと心に決め、城壁を登り城内へと戻ったのだ。




 これが昨日デルクマン家で起こった一連の出来事。心に決めたとおり俺はアジェには何も話さなかった。
 だが、今日は1日ファルス王の代理人として俺達二人は拘束される、それはアジェをあの部屋で一人にさせるという事だ、どうにも不安は隠せず仏頂面になるのも仕方がない。
 おまけに接待を受け持っている大臣が妙な色目でクロードを見るものだから不快さも増すというものだ。

「エディ、何かあったのですか?」

 大きな溜息を吐く俺にクロードが珍しく気遣ったような声をかけてくる。
 人の機微には疎いクロードが珍しいなと思いつつも、それは自分の不安があからさまに態度と顔に出ているという事だ、俺はこれはいかんと頭をふった。

「なんでもない。それよりもお前は自分の身を心配した方がいいんじゃないのか?」
「何の事です?」
「あの大臣、あからさまにお前に気がありそうじゃないか、あんまりいい顔してると危ない目に遭うかもしれんぞ」
「危ない目というと?」
「触られたり、押し倒されたり?」
「私αですよ? あの人も恐らくαです、男性同士ですしそんな事ありえなくないですか?」

 お前のその容姿でそれを言うのか……と俺は溜息を吐く。

「今までそういう目に遭った事はないのか?」
「ありませんよ、そもそも誰も私には近付いてきませんからね。確かに幼い頃は何度か誘拐されかけた事もありますが、酷い目に遭う前に助け出されていますのでそういう目には一度も遭った事はないです。この歳になれば誘拐される事もありませんしね」

 まぁ、あれだけの剣の腕があればそう簡単に誘拐される事もないわなぁ……
 噂をしていると件の大臣がにこやかにこちらに寄ってきて「楽しんでもらえていますかな?」とクロードへと笑みを見せた。
 その上から下まで嘗め回すような視線自重しろ! と俺は思わずにはいられない。

「それにしてもファルスにはこのように美しい貴人がいるとは驚きでした。こちらへの滞在はいつまででしたかな?」
「パーティの延期がありましたのでこちらも滞在期間を延ばしました。本来でしたら明日帰国の予定でしたが、もう2・3日こちらに留まろうと考えております」
「おぉ、左様でしたか。ではもし時間があるようでしたら一度我が家へ御招きしたい。此処にも数々の素晴らしい美術品が揃っていますが、我が家にもぜひ貴方のような人に見ていただきたい美術品を幾つか所蔵しているのです」
「それは素晴らしいですね、都合が付くようでしたら是非お伺いしたいものです」

 クロードの言葉に大臣は非常に満足したような表情で頷くと、また追ってご連絡差し上げますと別の招待客のもとへと去って行った。

「いいのか? あんな約束しちまって」
「どうせ社交辞令ですよ、それよりも言葉遣い、私相手だからと気を抜かないでください」

 はいはいと返事を返して俺は興味もない美術品を見上げる。
 こんな作られた芸術品より、ルーンの町の素朴な景色の方が余程綺麗だと思いながら。

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